洗濯物は午前中にです。
「そういうことならば、順番を変えましょう。」
ネイシスさんが、軽くため息をつきながら、
机の上の紙を一枚取って、さらさらって何か書き始めました。
書き物って、この国では基本羽ペン。
使い慣れてない私には、本当に難しい代物です。
がりって力を入れすぎると、穴が開くし、
ゆっくりと書いていると、つけインクが、上からすかさず垂れてくる。
これを使いまわす人達は、大変起用だと言えるでしょう。
それに、書き物の時の音って人によって違いがあるみたいで、
今までに見てきたセランやカース、レヴィ船長は、どちらかというと、
筆圧高い感じで、カリカリとか、コリコリって机の木を叩くような音がした。
でも、ネイシスさんのは流れるように、さらさらって
余り音がしません。 それとも羽ペンの種類が違うのでしょうか。
ネイシスさんは、羽ペンを机の上に置き、
紙の上に楕円形の黒板消しみたいなものを押し当て、インクの水分を取り
私に一枚の紙を渡しました。
「これを持って、先にリネン室に行きなさい。
まず、その穴をふさがないと、仕事にも支障がでます。」
穴?
やっぱり。
でも、先にお直しさせてくれるんだ。
さすが、女性としての心配り万全の侍女頭さまです。
感謝しても、しきれません。
紙を受け取って、くるくるっと巻き、
ポケットに大事にしまいました。
もう、私のポケットは左右共に、満杯です。
「午前中にリネン室の仕事を済ませてから、お昼に行きなさい。
そして、午後からは、書庫に行ってください。
予定どうり三時には、終了し、休憩に入った後、
夕刻は、王妃様が来られる前に塔の清掃をすませ、
祈りの間、邪魔が入らないように気を配ってください。
以上が、今日の仕事です。 わかりましたね。」
「はい。 ありがとうございます、ネイシスさん。」
にこにこと笑って、返事した。
ネイシスさんは、いい上司だ。
「では、早速、向かってください。
遊んでいる時間は、ありませんよ。
たださえ不慣れなのですから、時間を効率よく使うように。
ああ、それから、そこの籠をリネン室に持って行くのも、
貴方の仕事です。」
とっても、人使いが効率的ですけどね。
部屋の隅に置かれた籠。
籠の大きさは、船の中で使っていた洗濯籠の半分くらい。
私的に言えば、スーパーの買い物籠ぐらい。
これくらいならと、持ち上げようとしたけど、
何が入っているのか、とっても重たかった。
ずるずると籠を引きずりながら、部屋の外に行く私の顔を
いぶかしげにじっと見ていたネイシスさんが、
すっと立ち上がりました。
ええ、わかってます。
船でも、籠を引きずると籠が壊れるので、しないように言われました。
でも、これ、重すぎます。
これ本当に、アデルさんは、毎回運んでいたんでしょうか。
お花の量といい、洗濯籠の重さといい、
アデルさんは、もしかして究極力持ち自慢だったんでしょうか。
「メイ。 こちらを使いなさい。」
今更とばかりに、カーテンの陰から、木製のいささか前が長いワゴンが、
ネイシスさんの手によって運ばれてきました。
「リネンは重いですからね。アデルもこのワゴンを使ってました。」
ああ、よかった。
私の頭の中で、アデルさん隠れ筋肉マッチョ説はなくなりました。
籠を引きずった後が、木の板目にちょっと傷をつけたのは
見なかったことにしてください。
荷物を運ぶ台車のような、低く長めのワゴンの上に、
よいせ、って掛け声で乗せてから、部屋を出ました。
部屋の前で待ってくれていたステファンさんに、
今日の予定で、今からリネン室に行くことを告げたら、
ふふっと微笑んでました。
「ネイシス侍女頭は、頭の回転が速く、気配り上手で、能力も十分。
国議会議員や、王室関係者からも、大変良い評価を上げている女性です。
私も、こちらに配属になって1年ほどですが、
その手腕には、目を見張るほどです。」
素晴らしい先輩上司ってとこですね。
「そうなんですね。
では、私は、良い上司に恵まれて、幸せですね。」
ワゴンをキュルキュルと押しながら、
ステファンさんの、顔を横目に、返答を返した。
スーパー侍女のネイシスさんに、ついていけば
私の礼儀作法も完璧になるのかもしれません。
「そうですね。」
ステファンさんの、緑の柔らかい目と、その返答が
なんとなく、私の礼儀作法完璧計画を肯定してくれたように感じました。
よし、頑張りましょう。
リネン室は、地下です。
といっても、半地下くらい。
私は、地下には、不案内だったのですが、
ステファンさんについてきてもらったお陰で、迷子にならずに済みました。
リネン室に入ると、部屋は、天井も高く、大変広い場所でした。
まったく区切りのない、一間ですが、
部屋の大きさは、どこかの芸能人の結婚式会場くらいに広いです。
そこに、大きな、ええ、本当に大きな、
人が3人くらい悠々と横になれるくらいの、大きな樽が3つほど置いてあり、
水の饐えた香りと、洗剤の香り、石鹸の香り、何かが焦げた匂い、
いろんな香りが混ぜ混ぜになった空気が、あたりに充満してます。
樽の上付近には、幾つものロープがピンと張られていました。
そのロープには、沢山の洗濯バサミが、色とりどりに付けられてました。
そして、樽の横には、以前、私が家で商館から借りてきた脱水機。
あれより、かなり大きいものですし、ローラーももっと沢山の数がついてますが、
同じような仕組みの脱水機が置いてあります。
この大きさならば、かなりの大物が脱水できるでしょう。
そして、床は、石張りです。
石畳ではなく、つるつるの平面に磨き上げられた石です。
そこを、幾つもの排水用の溝が掘られ、部屋の両脇の排水溝に流れる仕組みになってます。
そして、排水溝の横に、レールが二本轢いてありました。
レールの上には簡単な、人力トロッコのような台車が乗ってます。
そのレールは、外へと繫がる戸口へと向かってました。
なんだか、どこかの工場みたいですね。
きょろきょろ見渡していたら、奥に据えられた衝立の向うから、
メイド服を着た、女性が一人、出てきました。
この女性は、リネン室の専用メイドだそうです。
市場のおばさんに負けないくらいに、恰幅の良いおばさんです。
市場のおばさんに無くて、この女性にあるもの。
それは、あのふりふりがついた真っ白いエプロンですね。
「なんだい。 いつもは昼過ぎにくるのに、今日は、やけに早いね。」
おばさんは、薄い茶色のひっつめ髪を、左手で揺らしながら、
こちらに歩いてきました。
袖を二の腕まで、巻くり上げ、大変勇ましいです。
「すいません。 ちょっと、急ぎの用件がありまして、
申し訳ないですが、お願いします。」
そう言ってる間に、ステファンさんが、籠を台車から、下ろしてくれました。
おお、やっぱり男の人だね。
でも、その重さにちょっとびっくりしてるみたい。
私は、ポケットから、さきほどネイシスさんが
渡してくれた紙を目の前の女性に渡した。
女性は、その紙を受け取って、中身を読んだあと、
はっはっはって、大きな声で笑った。
「東の庭木だろう。 侍女になったら必ず、
あの庭木で服を破くのは定番さね。
アンタだけじゃないよ。
あたしに、任しときな。
こっちにおいで。
あっという間に、直してあげるさ。」
そういって、私の手を掴んで、奥の衝立の部分に案内された。
入り口付近にいたステファンさんから見えないように、
衝立を移動させてくれた。
女性は、三段重ねの重箱のような裁縫箱をドンと床に置き、
ハギレが入った籠を、反対側の床にどさっと置いた。
「さあ、見せてみな。」
そう言われて、腰のストールをするっと取って、
後ろを向いた。
「ああ、これはまた、見事なもんだね。
いままで見た中で一番大きいんじゃないかね。」
やっぱり。
「でも、大丈夫だよ。 安心おし。
これくらい、私にはなんとも無いさ。
私には、やんちゃな坊主が8人いてさ。
坊主達の作る大穴を、見事に塞いできたのが自慢なんだよ。」
へえ。
8人の子持ちですか。
立派な肝っ玉母さんですね。
話をしながらでも、その手は、ハギレを裏からマチ針で留め、
縫い針に侍女服と同じ色の糸を通す。
「ああ、私は、ティーダってんだ。 ティーおばさんって言われてるよ。
アンタは、噂の新入りだろ。 名前なんてんだい?」
噂の新入り?
まあ、新しい人が入ってきたら話題になるのはしょうがないよね。
後ろを向いたままで、失礼かなとは思ったけれど、
尋ねられたのだから、答えないともっと失礼だ。
「私は、メイです。 ティーダさん、よろしくお願いします。」
針が服に刺さったままなので、下手に動けない。
だから、後ろ向きのまま、頭だけ下げた。
「あいよ。 メイ、私のことはティーおばさんって呼んどくれ。
しかし、アデルは急だったね。 いきなりやめちまうなんて。
まあ、新人が入ってきてすぐってことは、前からやめるつもりだったんだろうけどね。
世話になった人達に挨拶もなしって、最近の若い奴等は礼儀がなってないね。
私の世代だと考えられないよ。 愛想はないけど、きちんとしてると思ってたんだけどねえ。
ああ、あとちょっとだから、動かないどくれ。
動くと刺しちまうよ。」
それは、痛い。
たちまちに、姿勢を正し、後ろに向きかけた顔を前に向ける。
でも、どういうことだろう。
アデルさんは、いきなりやめたことになってる。
あの時、亡くなったのは、別の人ってこと?
いや、だって、侍従長さんが、アデルさんって確認してた。
なら、皆は、あの事件で死んだのがアデルさんだと知らないってことだろうか。
わからないことばかりが、頭の中をぐるぐると廻っていく気がした。
ティーおばさんの手が、ちくちくと私の侍女服のお尻の部分を
縫っていく。
ちょっと考えなくても、これは、正に神業です。
私も、裁縫には、ちょっとばかり自信があったけど、
人が着ている服を、人間そのままで、縫っていく技術は持ってない。
大概、平面で、ちくちくと縫うくらいだ。
だって、立体になると、結構あちこち、歪んでくるし、
真っ直ぐな縫い目になることはない。
それに、玉止めだって、難しいんです。
昔、友人のスカートのホックが取れて、
スカートを着けたまま、縫ったけど、わき腹にちくりといって
友人に泣かれました。
懐かしい思い出ですね。
「さあ、出来たよ。 これで、大丈夫だ。」
考え事や昔を思い出していたら、もう終わったようです。
「え? もう直ったんですか?」
早いです。
スーパー裁縫師、これは師範代クラスではないでしょうか。
「ああ、近くに寄ってじっと見ない限りわからないよ。
私の腕を信じな。 」
ここに鏡があったなら、その神業を確認できたのに。
お尻の破れていたであろう場所に手をあてるが、
ちょっとだけ、糸が盛り上がっている場所が手探りでわかるくらい。
あとで、夜にでもじっくりとお部屋で鑑賞しよう。
「ありがとうございます。 大変助かりました。」
ティーおばさんに、大きく感謝のお辞儀をした。
これで、堂々と歩くことが出来ます。
「なに、これくらい私には朝飯前さ。
そうそう、アデルがいつも持っていく衣装は、
そこの長持の中さ。アイロンもさっき済んだところ。
そのワゴンに長持ごと乗せるといいよ。」
長持は、ちょっとだけ低い長机の上の置いてありました。
蓋は、開いたままです。
多分、熱いから、冷ましてるのですね。
ワゴンの上にあの長持ごと乗せるんですね。
ああ、だから、あのワゴン、長くて大きめなのですね。
長持の中は、わさっとした王妃様のドレスとか
王様の衣装とかが数枚入ってました。
手を上にかざすと、ほんのり暖かいです。
のりの匂いと洗剤の匂いが、ふんわりと漂ってきました。
下から長持ごと、ちょっと持ち上げる。
おお、以外に軽いです。
長持の箱は、木で出来ているかと思ったら、塗り籠でした。
重さも、学生の時に持ち歩いた辞書数冊入った
かばんよりちょっと重いくらいです。
これくらいなら私でも、持ち上げられそう。
ステファンさんに頼もうかと、ちらっと頭を掠めましたが、
こんなに早くに終わると思ってなかったステファンさんは、
ちょっと、って言って、さっき、部屋の外に出ていきましたから、
今、部屋にはいません。
まだ、帰ってきませんね。
お手洗いですかね。
生理現象は、止められないですからね。
引き止めませんよ。
ワゴンを長持の側に運び、机から引き落とす要領で、
長持を乗せました。
さっきの籠と違って、随分、楽に動かせました。
衣装って、案外軽いものですね。
長持に蓋をして、これで、行く準備ができた。
にこにこと笑ってみていたティーおばさんに、再度お礼を言った。
「ありがとうございます。
忙しいのに、お手を煩わせて申し訳ありませんでした。」
お礼とお詫びを言う作法と言葉使いは、
マーサさんに教わったとおり、完璧です。
多分。
「いいさ。 仕事はアンタの持ってきた籠の中身を
洗って、干して、乾いたら、今日は終わりなんだ。」
ええ?
この籠が最後でしたか。
「殆どの洗濯物は、朝一番にどこからも出てくるんだけど、
王様の執務室関連は、いつも午後になるんだ。
今日くらい早いと、私も全部済ませて、
心おきなく仕事が終わって、早く家に帰れるってもんだ。」
うん?
午前と午後にそんな違いがあるの?
「洗濯は、午前中に干してしまうのが、一番だって、
毎回、アデルに言ってたんだけど、駄目だって言い返されてたんだ。
今度から、アンタが持ってきてくれるんだろ。
今回みたいに、早い時間に頼むよ。
そうしたら、午後からくる通いの女中を他にまわせるさ。」
そっかあ。
洗濯物の乾き加減ということですね。
朝から干したほうが、風も気持ち良いし、
綺麗に乾く。
そうだよね。乾燥機とか無いんだから、天日干しなら、午前中だよね。
「あとで、ネイシスさんに聞いてみます。
問題なければ、明日もこの時間に持ってきますね。」
司書の整理も午前中でないといけないってことは無いと思う。
だって、王妃様の側の侍従について、本を返しに行った時、
書庫は、本が山積になっていた。
お爺ちゃんの司書が一人で、よろよろ働いてたもの。
お爺ちゃん、一人で大丈夫だろうかと思ってた。
本当に忙しいのは、本が積まれた午後だとおもう。
「今日は、風の通りがいいから、大物を沢山洗ったからね。
この籠の洗濯は、いつもどおり、午後から来るルシータに任せるさ。
あの子も、来て仕事がなけりゃがっくりするだろうしね。」
そう言いながら、ごそごそとハギレ籠から、布を取り出し、
何かを縫い始めた。
「ネイシスに頼まれたエプロンと手袋はアンタ用だろ。
手ぬぐいも、今から作っとくよ。
一時間もしたら出来るから、午後、早めの時間に取りにきとくれ。
ああ、その長持とワゴンは、衣装を片付けたら、
衣裳部屋の前に置いといておくれ。
あとで、メイドが巡回する時にでも回収して、もどしてくれるから。」
言いながらですが、その手の動きは、正にプロ。
するすると布を縫っていきます。
うーん。
ハギレの形と、縫代から推測するに、
あれは、手袋ですね。
一時間もすると出来上がるなんて。
ミシンも無いこの世界では、正に脱帽です。
ティーおばさん、師匠って呼びたいです。
本当に、素晴らしいです。
ティーおばさんの技に感動して見ていたら、ステファンさんが、帰ってきたので、
一緒に服を届けに、王様家族のお部屋に行きます。
私は、随分と機嫌が良かったのでしょう。
いつの間にか鼻歌が、出てました。
「メイさん。ご機嫌ですね。 何か良いことがありましたか?」
「はい。 ティーおばさんは、凄いんです。
私の破れた服をあっという間に直してしまうし、
さっき頼んだ、エプロンも一時間もしたら出来るって言うんですよ。
本当に凄いです。 私も、あんなふうに、縫えるようになりたいです。
いつか、レヴィ船長のお洋服とか、いろいろ作ってみたいです。」
カースやセランやバルトさんのお洋服とか、作ってみたいなあ。
そうなるとお裁縫っていう小さな仕事ではなくて、洋裁とかの服飾関連になるんだよね。
いままで、服を作るって思ったことも無かった。
だって、作るより買ったほうが安いし、可愛い服は巷に溢れている。
この世界にいるからこそ、やってみたいと思う。
ミシンも無く、全て手作業。
だからこそ、暖かい人間の手で作られた服が
お守りの用に、大事な人を守ってくれるかもしれない。
ティーおばさんのするすると動く手をみていたら、自分にも出来るかもって。
本格的にティーおばさんに弟子入り志願しようかしら。
興奮しているみたいで、ワゴンのすべりがとってもいい。
多分、さっきと違って、軽いせいもあると思う。
「そうですね。 兄は、喜ぶでしょう。
ところで、そのワゴン、先ほどよりも、随分軽そうですね。」
ワゴンの車輪の音でわかるのか、からからとした音を耳に残して
ステファンさんが、聞いてきた。
「はい。 この箱、衣装が上まで詰まっているのに、
さっきの籠よりも断然、軽いんです。
私でも、持ち上げられました。
それに比べて、執務室の洗濯物って、重いんですね。
ステファンさんも、さっき、びっくりしたのではありませんか?」
「ええ。 あれは、いつもあんなに重いのでしょうか?」
「さあ? わかりません。
でも、アデルさんは、いつも重たいので、
あのワゴンを侍女部屋に用意していたとネイシスさんが言ってました。」
うん。確か、そういってた。
「あの洗濯籠を受け取るのは、さっきの女性ですか?」
受け取る?
洗濯をするかどうかってことかな。
「わかりませんが、いつもは、あの洗濯籠は午後にアデルさんが、
持ち込むそうです。 なので、通いの女中が洗っているとティーおばさんが
言ってました。 洗濯物は本当は午前中に持ってきて欲しいそうです。
だから、明日からは、今日のように、仕事を午前と午後を逆に出来ないか
ネイシスさんに聞こうと思ってます。」
うん。
後で、そうだ、書庫に行く前にネイシスさんに聞いてみよう。
もし、大丈夫なら、午後にエプロンを取りに行ったときにでも、
ちゃんとティーおばさんに返事が出来るし。
「そうですか、いつもは午後なのですね。」
「はい。
洗濯物は、朝のうちに干す方が、乾きが断然良いんです。
お日様の香りもしますし、風の通りもいいので。
私も、ここに来る前に、レヴィ船長の家中のシーツやカーテンを洗いましたが、
朝早くに干しましたから、午後早い時間には乾いてましたよ。
洗い立てのシーツは気持ち良いって、レヴィ船長も笑ってました。」
そうそう。
レヴィ船長も、カースも
翌日の朝、気持ちよく寝られたって、褒めてくれたんだよね。
あれは、太陽と風で乾いたさらさらの手触りでした。
「兄が、一緒に笑ってですか? シーツの上で?」
ステファンさんが、ちょっとだけ、口の端を軽くゆがめながら、
聞いてきた。
その顔は、なんとなく可笑しそうに笑ってた。
上かどうかは、勿論、上だろう。
掛け布団代わりの、綿のごついブランケットを上に引いているから、
シーツは、ベッドマットの上に引いているだけだ。
「はい。 レヴィ船長は、下はないですね。」
うん。
他の家は知らないが、もしかしたら、
シーツを上にも引くんだろうか。
ステファンさんは、公爵様の家とかなんとかいってたし、
お金持ちは、沢山のシーツを上にも下にもひくのかもしれない。
「ステファンさんは、基本、上にも下にもですか?」
「わ、私ですか? ええっと、そうですね。
まあ、状況に応じてといいますか。」
そうか、雨が降ったりして、ちょっと肌寒い日は、
ブランケットの下にもう一枚シーツを入れると、
暖かいのかもしれない。
「そうですか、私も、こんど、レヴィ船長に勧めてみます。」
その後、無言になったステファンさんの顔を仰ぎ見ると、
その顔は赤く、耳まで、真っ赤になっていた。
「ステファンさん、 熱があるんではないですか?
顔が赤いです。お医者様に薬をもらいにいきましょうか?」
慌てて、ステファンさんの熱を測ろうと、額に手を伸ばしたら、
ものすごい勢いで、後ろに跳び退った。
「いえ。 問題ないです。 熱はありません。
これは、予想外の貴方の答えに、反応しただけですから。」
予想外?
シーツの話で、答えが違うとは、これいかに。
さっぱりわからない。
「まあ、体の調子が悪くないのなら、よいのですが。」
首をかしげ、言いよどんでいたら、私の両手が、
ワゴンの押し手を持っていないことに、遅かりながら気がついた。
さっき手放したワゴンが、少しだけ斜めになっていた廊下をからからと
滑って先に走っていた。
ああ、待って、行かないで。
照、止めて、お願い。
(はいはい。)
ワゴンを追いかけて、先に走っていた私の後ろで、ステファンさんが、
ふうっと小さくため息をついた。




