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箱をあけよう  作者: ひろりん
第4章:王城編
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影達の暗躍と懸念

時間的には、前半部分が前日の夜で、

後半部分は、現在のメイと同時刻です。

その視点で見ていただけるとわかりやすいと思います。

夕日が陰り、夕闇が足元の影を混ざる。

今、自分が見ている窓からは、ぽつぽつと燈る街の明かりが蛍の光を連想させる。

その一つ一つに、それぞれの生活があり、人生がある。

その光達の群れに、焦燥と、空虚さを感じ、そんな自分が可笑しくなった。


もう60の声を聞こうという年齢になったが、

今の今まで、ここから見える景色にこんな馬鹿馬鹿しい感情を感じたことは無かった。

真っ直ぐに上だけを目指してきた。

自分の足を引っ張るものは、すべて切り捨て、

情というものに重きを置く人間とは、一線を置いた。


妻は、形だけの人形であったが、子供を無事2人もうけ、

早きに隠遁した為、煩わされることも無かった。

だが、2人の子供は、ことごとく自分に対抗する。

幼い内は、子供の立てるいたずらに目くじらをたてる事もなかったが、

いつの間にか子供は大人になっていた。

程ほどに優秀であった長男は、出奔し、いつの間にか商家の家に婿養子にはいり、

我が家とは縁を切った。

次男は、役たたずもいいとこだ。

何度も問題を起こしては、金を湯水のように使う。

大金をつんで、やっと神殿に職を買い与え、

これ以上は、なにもしてやらんと告げ、家名を剥奪し、出奔させた。

にも関わらず、あの馬鹿は、警邏で自分の名前を出した。



ぎりっと奥歯をかみ締め、何も無い空間をにらみ付けた。


自分の地位を財産を守る為、ありとあらゆる手を取ってきた。

それが、あの馬鹿息子のお陰で、全てを失おうとしているのだ。

そんなことがあってたまるか。



ここから見える景色。

ここを初めて訪れたのは、30年ほど前。

仕事関連で来ることになった国議会の荘厳な建物。

一段と高いところから、見下ろす勇壮な景色は、他には無いくらいに圧倒された。

議会議員室の窓からのみ見える景色。つまり、

ここは、選ばれた者だけしか見ることの出来ない景色。

その事実が、自分の欲望に拍車をかけた。


劣等感と恥辱にまみれながらも、泥をかぶり、

穴を掘り、ありとあらゆることをやった。

その結果として、目標である地位を、この景色を手に入れたのだ。

どんなことをしても、この地位をこの場所を失いたくない。

失うことなど認められないし、認めない。


男の表情は、どす黒い感情で覆われていて酷く醜悪な顔だった。

闇の中で、誰も見ていないのが幸いである。


周りはすっかりと闇に囲まれ、

空にはうっすらと月の姿が黒い雲の間から、見え隠れする。

黒い雲は星灯りすら、地上に届けないらしく、

男の周りには、闇が広がっていた。



トントントントントン。



合図のノックの音が、暗闇に小さく響いた。


「入れ。」


男の声が、聞こえるか聞こえないかくらいに小さく、ぼそっとつぶやいた。

その声がするや否や、黒い背の曲がった影が、扉の隙間をすり抜けるようにして、

男のいる部屋に入ってきた。


「状況はどうなっている。」


男のいらだたしげな声が、影に落とされる。


「警邏に集められた情報や証拠は、無事すり替えた。

 あとは、王城の王の下に集められた証拠のみだ。」


黒い影の塊が、低く冷たい声で、返事を返す。


「裁判まで、もう一週間も無いのだぞ。」


影の顔を見ないように、男の顔は、外の景色に向いたままだ。

影を雇うときの自身を守る為の最低条件の一つ。

それを忘れそうになるくらいに、苛ついていた。


「わかっている。 

 お前の駒が、問題を起こした。

 これは、契約違反だ。

 だが、お前の意図ではないと判明している。

 だから、依頼を続行している。

 王の持つ情報と証拠は、全て、消す。

 裁判の始まるまでに。

 お前が下手な動きをしなければ、問題ない。」


黒い影が、放つ怒気にも似た冷気が、男の苛つきと焦りをひやりと冷ます。

項にも感じた冷気に首をすくめる。


「私の駒だと、何があった。」


「消された。 誰の仕業かわからんが、鼠が鬱陶しく動いている。」


「消されただと? それは……」


息を詰めて、冷たい空気を押し出すように、言葉を紡ぐ。


「証拠の鼠は駆除される。 毒薬は撒いている。

 あとは、雑草と足跡を刈り取るまで。」


くっくっくっと低い声が、喉に詰まるようにして笑いを漏らす。

その声は、男の足をすくませる。

体が、氷で固められたように、動けない。


「わかった。 よろしく頼む。

 約束の金は、その机の上だ。

 私の駒の迷惑料に、後金には、色をつけよう。」


影が、ゆらりと男の視界の端で、動いた。

机の上のずしりと金貨が入った皮袋が、じゃらっと重たい音をたてた。


「一週間後に、残金をもらうためのつなぎをつける。

 それまで、お前は駒を動かすな。いいな。」


男は、外に向かっていた顔を大きく頷かせた。


「ああ。」


その返事を最後に、影は音も無く、部屋から消えた。

気配が無くなってしばらくして、男はようやく部屋の中を振り返った。


闇の中で慣れた目を瞬き、そうして、片手で机の上を探る。

そこに置いてあったずっしりと重い皮袋が、無くなっていたことに、

安堵のため息が漏れる。


「あと、一週間か。」


自分の口からでた言葉が、余りにも掠れていて、

自分で自分の声にいささか驚く。


あの影の毒に、侵された感覚があった。

あのような輩と付き合うのは初めてではない。


最初の頃は、ずぶずぶと底なし沼にはまり込む自分の足を呪いそうになった。

嫌悪感と共に、自身が変わっていくことに、胃液が何度も逆流した。


だが、今は、全てに慣れてしまった。

そうして得たものは、この地位だ。

何が何でも、たとえ、どこの誰かが殺されても、

今更、なにも感じない。


部屋の片隅に、目を向けると、影が一層濃い塊があるように見えた。

この部屋には、先ほどまでの影の毒が蔓延している気がして、

息を吸うのも嫌になった。


自分の毒と影の毒、混ざり、合わさる。

口の中の唾液がやけに苦い。


暗闇の中、すぐさま、きびすを返して、

部屋のドアを開けて、外に出た。





**********







「オーロフ、ちょっといいか。」


警邏の取調室で、犯罪組織と繋がっている金貸しに、散々に脅しをかけていたら、

めずらしい男に声を掛けられた。

先日の人身売買組織の捕り物以来、まったく関わりが無かった相手だ。


もともと、警邏の組織は縦割りだが、

それぞれに担当部署があって、オーロフのように組織犯罪を扱う部署は、

特に、他の部署との接点がかなりの確率で、多々ある。


そんな中、この目の前の男は、どちらかと言うと、

監査のような役目をしている為、政治犯とか、より大きな犯罪を担当しているから、

以外に、接点は少ない。

オーロフとは、今回の裁判の為、情報を随時提供することで合意した

ただの協力者で終わってる。




「バルマン副所長。どうされたんですか?」


小会議室の手前で、その隣の資料室に入る。

埃とカビの匂いがするが、誰の気配もない。

昼間の太陽の光が、窓から入り、空気中の埃に反射して、

目の前できらきらと乱舞する。


「警邏の金庫から、例の裁判に関する資料が盗まれた。

 そして、管理室から、証拠物件も。

 巧妙に偽者を用意して、すりかえられている。

 やはり内部の者の犯罪だった。」


表情も変えずに、淡々と紡ぎだされる言葉に耳を疑いたくなる。


「は? 盗まれた? それにすり替えですか。」


だんだんと声が大きくなるのを、バルマンが手を上げて止める。


「ああ、鼠のあぶり出しも兼ねていたので、盗まれていたものは

 全て偽者だが、どうやら、警邏が長年追ってきた、

 闇の影がこの件に暗躍しているらしい。」


その言葉で、オーロフはふうっと大きなため息をついた。


「闇の影か、厄介な相手だな。」


「内部犯は証拠を持ち去ったのを確認してから、捕まえた。」


今までの話の経緯から、それは、悪い方向ではないはずだ。

それなのに、なぜかバルマンの顔は渋く、苦々しげだ。


「内部犯は、第二室長と、その子飼いの部下だ。」


その言葉に、軽く頷きを返す。

槍玉にあがった彼らの顔を思い浮かべて、ありえると思ったからだ。

確か、第二室長の部下は、賭け事にはまって苦労していると聞いたことがある。

だが、そんな捕り物に対して、俺に報告する意味がわからない。


「ああ、そうなのか。

 で、問題はそこじゃないんだろう。」


問題がこれだけじゃないから、自分を呼んだのだろう。

真っ直ぐに、斜め下から、背の高いバルマンを睨み付けた。


「ああ、君から預けられ、王城にかくまっている女性だ。」


「なに。」

一瞬で息が止まるかと思った。


「奴等の狙いは、警邏の証拠を消したと思っている時点で、

 王城の残りの証拠へと切り替わったと見ていいだろう。」


自分が、王城への招待状を渡し、正義の為、国の為、

裁判の為と納得させた上で、王城へと見送った彼女、メイさんの顔が浮かんだ。


「昨日、王城より、侍女一人の死亡が確認された。」


心臓が、どくんと跳ね上がる。

メイさんは、侍女として、王城で働くと聞いていた。


「まだ、医師の判定は出ていないが、他殺の線が色濃い。」


口の中の唾液が、大量に分泌される。

ごくりとつばを飲み込むと、喉の一部に痛みを伴う。


「安心しろ。 その侍女は、あの女性ではないことが、確認されている。」


その言葉で、胸につかえていた空気を一気に吐き出した。


「ああ、それは……」

死んだ侍女からしたら、良かったとは言いがたいが、彼女でなかったのは、

正直ありがたい。


「だが、犯人は、侍女というだけで、目標を定めていたなら、

 彼女の危機は、なくならない。

 いや、それどころか、さらに濃厚になったと言っていいだろう。」


さっき、すった空気が、ぴりぴりと鼻の粘膜を焼いている。

思わず、鼻の下をごしごしとこする。


「王城で働く侍女の内、若手の侍女は死んだ娘と、預かった娘のみだ。

 つまり、次には、確実に狙われる。」


擦りすぎて、鼻の下が赤くなる。

浅く息を吸い込むが、埃で、喉がつまる。


「死んだ侍女は王城で殺されてる。

 現在、王城には、外部の者が入れない。

 つまり、犯人は、王城内部の人間だ。」


殺人犯が、メイさんのすぐ側に、それも同じ屋根の下にいるのだ。

手の中に汗がじわっとたまる。


「一応、軍部に頼んだ応援要請で、侍女それぞれに護衛をつけてもらった。

 特に彼女には、間違いの無い人選で護衛をつけているはずだ。

 だが、万全とは言いがたい。 彼女にも気をつけるようにと言っておいてくれ。」


俺が?


「王城には、俺は入れないが。」


「ああ、だが、彼女の家族ならば、面会できるだろう。」


つまり、彼女の家族として、面会にいけと。


「彼女の家族というか、保護者に軍部とつながりのある人物がいた。

 彼と一緒に面会に行けば、彼女に危機を知らせることが出来、

 かつ、城内にいる犯人にとっても、牽制になるかもしれない。」


軍部?

ああ、レヴィウス船長か。

そうだな。 彼は、自身でも、音に聞こえた猛者で有名だ。

海運で栄えたこの国で、いまや知らない者は皆無だろう。

そんな彼が後見についているならば、城の中で彼女を狙っている襲撃者も

行動を控えるかもしれない。


だが、絶対に安全と言い切って送り出したのに。

反対に、手の届かないところで、危険に追い込んでいるなんて。

考えれば考えるだけ、頭痛とめまいがしてきた。


「わかった。今日にでも、彼女の家に行ってこよう。」


「面会の申請書類は出されたら、すぐに受理するように、

 手を回しておくから、すぐに出してくれ。」


バルマンの声からは、焦りの感情は見えないが、

すぐにというからには、かなりの切羽詰った状態なのかもしれない。



バルマンと別れて、頭に手をやりながら、頭痛をやり過ごす。

窓からもれる日の光が、やけに目に痛い。

今日は、いい天気だ、幸先良いといっていた部下の尻を蹴りたくなった。


仕事を早めに切り上げて、夜になる前に、レヴィウス船長に会いに行くことにしよう。

早くにメイさんに、知らせてやらないと、彼女の事だ。

絶対に、トラブルに巻き込まれるだろう。


あの事件から、ずっと彼女の行動を、ミリアからの発言も込みで見てきたが、

どうやら彼女は、問題を呼び寄せる体質でもあるらしい。

それも本人は無自覚で、その問題を解決している感がある。


それが、腕に自信がある猛者とかなら、ほっておくのだが、

彼女は頼りない女の子にすぎない。

いままで、無事だったが、これからも無事とは限らないのだ。


部下どもに発破をかけて、明日出かけることを告げる。

多分、午後に王城を訪れることになるだろう。

王城に面会の申請書を提出しなければいけない。

いまから、書類を提出し、明日、問題が無ければ

午後には、面会ができるだろう。


そこまで計算して、申請書の書類を作成し始めた。

書類仕事は、好きではないので、いつも部下にさせていたが、

今回はそれが裏目にでた。


ちっ

軽く舌打をしながら、間違えた書類を書き直す。


何度目かの失敗の書類を投げ捨てた後、ようやく書き終えた書類を持って、

役所に向かった。




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