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箱をあけよう  作者: ひろりん
第4章:王城編
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神について語りましょう。

神様ですか?

信じているかって、この場合、どう答えたら良いのでしょう。


少年の言う神様とは、何ぞやってことだよね。

まず、それから聞いてみよう。


「神様って、この場合、アトス神様のことですよね。」


だって、ここアトス神を奉った教会だしね。


「まずは、そうだね。」


まずは?

でも、肯定ってことだよね。

そうか、アトス教かあ。うーん。


「私は、アトス信徒ではありませんし、アトス教に対して、

 あまり知らないのですから、信じてないということだと思います。」


腕組みをしながら、自分の中から出た回答を答える。


「知らない? アトス教を?」


少年が、首を軽くかしげる。

まあ、それだけ、有名な神様なのでしょう。


「私は、この国には、来たばかりですし、

 まあ、もともと、私の国の宗教とは、全く違うので

 関心が薄いというべきでしょうか。」


「じゃあ、アトス教徒については、どう思ってる?」


「人それぞれということですね。

 実際、他人に迷惑をかけない程度に信仰しているならば、

 何の問題もないと思います。」


 

いろいろと迷惑かかることをしていたアトス信教の教区について、

被害者としては、つい愚痴りそうになるが、今回の質問と、あの事件は、別物だ。


アトス信徒って言っても、あの人身売買に関わっていたガマガエル

みたいな人達ばかりではないことくらい、私にだって、わかる。

だから、批判の意見もいえないし、勿論、肯定の意見もいえない。


「ふうん。 で、君の神は信じているの?」


少年は、私の意見に興味なさげに首を軽く振る。


「信じるというより、存在してるのを知っているだけですね。

 とくに、妄信的な教徒ではないですし、

 否定も、肯定も、まあ、都合よくという感じです。」


紫の瞳が、不思議な人間をみるように、私を見つめていた。


「それって、教徒と言えるのかい?」


「信仰の仕様なんて、千差万別です。

 だから、自分が教徒と言ってしまえばそうなんです。」


そうなんだよね。

一応、神社で働いていたから、神様に対して敬意を払うのは

最低限の礼儀として、知っている程度だし、

正直、お供えなんて、正月と盆くらいしかしてない。


自分の世界の自分を取り巻いている神様に対して、

一種の愛着のようなものを、感じている程度の教徒だ。


だからといって、信徒でないと否定されるのも悲しい。

死んだおばあちゃんのお墓参りには、やっぱりお経があったほうが

自分には、受け入れやすいものだし。


「ふうん。 変わった考えだね。」


そうかな。

でも、私が出会ったこの国の人達って、基本、

私に近いぐらいの信仰心しか感じられないのです。


妄信的なくらいに神様を拝んでいるのは、

マリア王妃様が始めてかもしれない。


「この国は、宗教には寛容だって、聞いてるよ。

 だから、私みたいな考えの人も、少なからず、いると思う。」


カースも、セランも、レヴィ船長も、

海の神と海の女神を信じているって言ってたけど、

それは、航海していく上での信仰だと思った。


事実、海の上で、祈っている姿は、嵐の後と出航の時くらいしか見てない。

祈りといっても、簡単なもので、

嵐の後、ワインを一樽、海に流して、お礼の言葉を口にするだけだった。

感謝の気持ちって事だね。


皆の顔や船の記憶を思い出して、ちょっと懐かしくなった。

口の端が、思わず綻ぶ。

いろいろあったけど、楽しかったなあ。


船を降りたのは、ついこの間なのに、

もう、随分と時間が経ったような気がした。




ギィイガチャリ。



鍵が開く音がして、振り返ると、

黒く長いベールを頭からかぶっている、マリア王妃様が、部屋に入ってきた。



王妃様は、私達の存在に勿論、気づいているが、こちらに視線すら向けない。

持ってきた重そうな、籠の中身の供物を拝殿の銀の大皿に載せ、籠の中から、

透明なワインのようなものが入ったビンを取り出し、ゴブレットの横に置く。 

空になった籠を床に置き、

真っ直ぐに、拝殿の前に行って、ビロードの低い椅子に跪き、

手を組んで、頭を垂れ、祈りの言葉をつぶやき始めた。



真剣な様子で、熱心に祈るマリア王妃様の邪魔をしないように、

そうっと、後ろの方に移動しようと、体の向きを変えると、

少年が、私の右の二の腕を掴んだ。


「ねえ、話が途中なんだけど。」


少年の声は、明らかに王妃様の祈りを邪魔したいかのような大きな声。

私に、話の続きをしようと、先ほどまでとは打って変わったように、

にっこりと笑った。


「少年、王妃様の邪魔はしちゃいけないですよ。

 話は、また後でということにしてください。」



掴まれていた少年の手を、そのまま引っ張りながら、

後ろに移動していく。


「大丈夫だよ。 気にしないで良い。」


「気にしてください。 普通、お祈りの邪魔したら怒られます。」


一応、人としての礼儀というか、

雇い主への遠慮というかそういったものいろいろ含めて、

遠慮したいと思います。


「怒る? 彼女には、見えないし、聞こえない。

 だから、邪魔にもならないよ。」


少年は、感情のない顔で、王妃様の後ろ姿をじっと見つめていた。


見えないし、聞こえないって、3猿じゃあるまいし、

でも、それだけ集中しているということだろうか。

受験中に、頭の良い人は、集中しているときは、他の事は一切頭に入らないって

聞いたことがある。

昔、通信簿に、注意力散漫ですと書かれた私には羨ましい限りだ。


「ふうん。 なら、もうちょっと普通の声で話そうよ。

 近いのに大声だされると、耳が痛いです。」


少年は、にっこりと私に向かって微笑んだ。


「そうだね。 気に入ったよ、君。」


君って、なんだか、すごく偉そうです。


「私は、メイよ。 貴方の名前は?」


「名前? 僕には名前はないんだ。

 まあ、片割デュプレとか死人ゴーレムとか言われたことあるけどね。

 だから、君も好きに呼べばいい。」


余りにも似つかわしくない名前というか呼び方だ。

誰だ。こんな呼び方つけた人。

可愛いもの愛好家として、一言物申したい。


「名前、無いの?」


その私の質問に、少年は、今までに無いくらいに

弱弱しい微笑みを浮かべただけだった。


「そうっか。 なら、そうだね。 ゆかりはどうかな?」


頭の中に、ぽっとその漢字が浮かんだ。

瞳の色が紫って、単純かもしれないけれど、

すごく、似合っている感じがした。


「ユカリ? ユーカリ?」


「そう、駄目かな?」


「いいよ。君がここにいる間は、その名前で呼んだら、答えるようにするよ。」


なんでもないことのように、肩をすくめる。

その表情は、なんとなく嬉しそうに見えた。


やっぱり、少年って呼ぶより、紫って呼んだほうが、

しっくりくるというか、面倒でないというか、覚えやすいというか。


固有名詞って、大事だよね。

受け入れてくれるならば、それに越したことは無い。


「メイ。 質問に戻るけど、いいかな。」


「うん。 いいよ、紫。」


早速、呼びかける。


「メイの神様って、どんな神様なの?」


神様かあ。うーん。


「私の国の神様は、兎に角、人数が多いんだ。

 全部で八百万の神様がいるの。」


「は? 八百万? 人間より多いってこと?」


「そうそう、だから、本当にいろんな神様がいるんだ。

 偉い神様は、確かにいるんだけど、もっと自分達の生活に密着している

 愛想の良い人間目線の神様達も、確かにいるんだよ。」


「たとえば?」


「そうだね、家の玄関を守ってくれる神様に、台所の神様、

 お風呂の神様ってのもいたし、あと、言葉の神様とか、物に宿る神様とか。」


「玄関? 台所に風呂? 随分、細かいね。」


「人間の生活や、幸運は、神様の恩恵に守られているっていう考え方が元なんだけど、

 玄関でよいことを招き入れてくれる神様に、感謝して奉るっていうことなの。

 だから、台所で、美味しいご飯が炊けたら、神様に感謝。

 お風呂で良い気分になったら、神様に感謝なの。」


紫は、面白そうに、目を大きく広げて私の話を聞いていた。

知らない話を聞いて、興味津々なんだろうね。

こんな様子をみると、さっきまでの、警戒心丸出しが嘘のようだ。


「なんでも感謝なんだね。 なら、不幸はどうするの。

 神様を恨むのかい?」


「まさか。 (禍福は糾える縄の如し)って言うの。」


紫は、眉を寄せて、首をかしげた。

あっ、日本語で言ったらわかんないよね。

うーん。


「えっと、幸福と不幸の数が同じだけっていう意味だったと思う。

 人生には、不幸ばかりが続かない。

 いつか必ず幸福がくるの。

 そう、信じようってこと。

 そして、神様は、乗り越えられる不幸しか、用意しない。

 だから、 今は辛くても、耐えて頑張りなさい。

 いつかくる、幸福を迎える為の試練なのだから。

 そういう意味。」


私が、この言葉を聞いたのは、辛くて辛くて、

心が、痛くて仕方ない時。

あの時は、言われた言葉が、薄っぺらで上辺だけだと思ってた。

いつかくる幸福なんて、嘘っぱちだって思ってた。


でも、今、私、笑ってる。

あれから、随分経ったのもあるけど、

乗り越えたというのとは違うと思うけど、

幸福だって思うことが出来るようになった。


だから、あきらめないって決めた。


「ふん。 理想論だね。」


「そうだよ。 理想に近づけるように、頑張るのが

 楽しい人生の生き方だよ。」


「お気楽な生き方だよ。 

 不幸の真っ只中にいる人間には、受け入れられないと思うけどね。」


紫の目が、剣呑さを増してくる。


「そうだね。 苦しい時には、受け入れ難いと思う。

 でも、ぽんっとわかるの。

 毎日、生きているうちに、ああ、こういうことかあって。」


自分の苦しい記憶を抑えるように、胸に手をあてて、

目を閉じて、深呼吸を繰りかえす。

さきほど東の庭園でもらって活けた、ゆりや花々の香りが鼻から入って、

気持ちがふわりと柔らかくなるのを感じた。

それに応じて、顔の筋肉が緩む。


「そう、なら、僕もいつかわかるのかな。」


目の前の紫の瞳から、剣呑さが消え、寂しい色だけが残った。


「うん。 絶対、わかるようになるよ。」


だって、紫は、こんなに小さいのに。

人生はこれからではないの。

まだまだ、人生をあきらめるには、早すぎる。


「メイの神様は、いいね。

 僕も、メイの国に産まれたかったよ。」


「そうだね。

 でも、どの国の神様も、悪いことばかりではないと思うよ。」


だって、信仰の対象になるくらいなんだから、

立派でないと、経典なんて出来ないでしょう。


「そうかな。 アトス信教は、立派な建前ばかりの宗教だよ。

 中身は、カスだけどね。」


カス?

まあ、あのアトス教区のガマガエルには、神を語る資格無しだと思う。



「カスは、困るね。

 でも、カスばかりじゃあ、人は納得しないでしょ。

 だから、立派な尊敬できる人も、中にはいるんだよ、きっと。」


そうだよ。

多分、隣の国の宗教だって言ってたから、

隣国には、まともな宗教家もいるんでしょう。

ガマガエルばかりだと、人の心は離れるに違いない。



「どうだかね。 カスたちは、何かあれば祈り、救いを口にする。

 神に頼ることで、すくわれると思っているんだ。」


祈りに救いかあ。

確かに、神様には、大きな負担だよね。

ずっしり重いって感じ。


「アトス神様って、一人なんだよね。

 そんなに大勢の人が頼ったら、重くてつぶれちゃうよ。」


神様業って、以外に重労働なのかもしれない。


「はは、神様は、つぶれるのかい?」


「当たり前でしょう。 神様だって、無限ではないよ。

 だから、救いの数は限られているんじゃないかな。」

 


実際、春海の言ってた4柱の神様達は、人間の社会に干渉できないって言ってた。

そうならば、自分で、やれることはしないと。

神様任せだと、あとで、必ず後悔する。


疲れて帰って冷蔵庫を開けたとき、何も無くて、むなしかった。

神様に祈っても、ご飯は振ってこない。

日曜日に買い物行っておけばよかったって後悔したよ。

まあ、それとは違うかもしれないけどね。



「子供を産んだっきり、全くかまいもせず、それどころか、

 その存在さえも否定する。 そんな女を神様は救うと思うかい?」


いきなり、深すぎる質問ですね。


「何? それ。 私は、神様じゃないからわからないよ。」


「いいから、メイの思想を聞きたい。」


うーん。

子供を産んだきり放置かあ、DVの一種だったよね。


「さあ、知らないし、わからない。」


うん、それしか言えない。


「わからない? 具体例を述べているのにかい?」


紫の顔が私の顔を覗き込むように、ぐっと近づいてきた。

綺麗ですね。

ではなくて、そんなに間近でみられると照れますよ。


「だって、私は、その女の人を知らない。

 会った事もない人の判断を、神様のようにしろというのは難しいよ。」


実際、人の噂話ほど、人物評価に置いて、当てにならない事この上ない。

DVだといわれても、実際は違うのかもしれない。


紫はいらいらした様子で、銀の髪をかきあげた。


「救いはあるか、と聞いてるんだよ。

 一般論も交えてでいいんだよ。」


「そうね。 一般論ならば、無いでしょうね。」


実際の神様達ならともかく、アトス神には祈っても、届かない可能性は大きい。

干渉力が無いって悲しいことだね。


紫は、私の言葉で、初めてほっとした顔を見せた。

そうか、その言葉を私から引き出したかったのか。


カタンと拝殿の方から音がした。


その音に、振り向くと、

王妃様が、祈りを終えて、立ち上がるところだった。


そのまま、真っ直ぐに私の前まで歩いてきて、

紫にではなく、私に向かって、声を掛けた。


「ネイシスからの伝言です。

 今から、私と一緒にこの塔を出て、食事に行くようにとのことです。」


王妃様からは、ただ、連絡事項を告げただけの声が流れた。

仕事をさぼって、紫とおしゃべりしていた私をとがめることもない。



「はい。わかりました。」


ああ、やっと朝ごはんです。

本当にお腹すきました。

今日は本当によく働きました。

お腹を押さえると、ぺこぺこですって、返事をしそうだ。



「そう、食事だね。行っておいで。

 また、夕方に話をしようね。」


紫は、私から、一歩二歩と離れて、くるりと後ろを向いた。


「行きますよ。」


王妃様が、入り口に鍵を挿したまま、私に声を掛けてきたので、

慌てて側に行き、王妃様に続いて部屋を出る時に後ろを振り返ったけど、

紫の姿は、そこには無かった。



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