見間違えですか
うーん。
私は、今、眉間を指で押さえ、
難しい顔で、頭をひねっている。
やっとたどり着いた自分の部屋で、先ほど見たものを
再度、思い出してみる。
(何をうなってるのよ)
照、照も見たよね。
(見たわね)
なら、幻とか、白昼夢とかではないって事だよね。
(そうね、実在していたわね)
あの時見た、塔の上、はためく白い布と一緒に見えた顔は、
シオン坊ちゃんにそっくりだった。
銀の髪に、紫の目。顔立ちもそのままだ。
髪の長さだけが違う。
幾分、彼女の方が、シオン坊ちゃんより細い感じがしたが、
だぼだぼの服を着ていたので、よくわからない。
ぱっと見ただけだが、違いはそれだけだ。
あとの部分は驚くほど、似ていた。
年齢も多分、同じくらい。
ということは、双子?
か、もしくは年の近い兄妹。
そうとしか思えないくらいに、似ていた。
でも、どういうことだろう。
最初に、王様の家族って、
シオンとマリア王妃の核家族だって聞いてた。
なら、従兄弟とかかな?
でも、あんなに似るもの?
私の従兄弟とか、はっきり言って、
全然似てない。
あっちは、手足長いし、背もすらっと高い。
性格が似ていると言われたことがあるけど、
似て欲しいところが、全然似てない。
だから、従兄弟とかではないと思う。
かといって、赤の他人って言うには、
やっぱり似すぎている。
それとも、シオン坊ちゃん、実は女装趣味とか。
うーん。
頭の中が、ぐるぐるする。
駄目だ、私の少ない脳みそが、煙をあげ始める。
ここは、一つ、私の疑問を解決するべく、
きちんともう一度、誰かに聞いてみよう。
もしかして、私の聞き違えかもしれないし。
うん、そうしよう。
悩み事は皆で悩むと、解決事になるんだよ。
多分。
午後から、マーサさんについて、お仕事です。
現在、マーサさんは、王妃様のお側で、ローラさんがしていたような
お仕事をしてます。
ローラさんは、お仕事さっさ、ぱっぱって感じで、
明らかに、慣れている仕事仕様だったけど、
マーサさんの場合は、全てが、先んじてる感じです。
たとえば、王妃様と秘書官が、お話途中で、
紙やインクを補充して欲しくなったとしたとき、
通常は、秘書官から、無くなったので補充を持ってきてくださいと
言われ、侍従かローラさんが持って来る。
けど、マーサさんの場合、紙の補充をという前に、
全て補充してある。
本来の侍従の仕事でもある、資料の返却なども
必要な資料と不必要な資料の分類を
見極めて、言われる前に、山済みになる前に、
片付けてしまうのです。
まさにスーパー侍女です。
だから、仕事がとってもスムーズ。
いつもは、むうっとした顔の鼻眼鏡の秘書官が、
とっても仕事がしやすいらしく、ご満悦です。
それに、侍従の人も、何度も何度も往復することもなく、
資料の返却、持ち込みが2、3回で終わる様子に、
嬉しそうだった。
だって、痒いところに手が届くって感じですものね。
それに、お茶の時間とか休憩の配分が絶妙です。
ふうって、王妃様が、疲れた息を吐いたら、
さっと、目の前に、ほかほかの紅茶が、出され、
休憩を勧めてくれるのです。
まさに、先読みの達人です。
私は、マーサさんに、言われたことを、手伝っているだけなのですが、
はっきり言って、楽です。
マーサさん、凄いです。って伝えたら、
マーサさんは、経験の差ね。って笑ってました。
もうじき、3時になるので、シオン坊ちゃんとお茶の時間です。
本日は、仕事がさくさくと終わったようで、王妃様の本日のお仕事は、
もうじき、片付くみたい。
王妃さまは、本日2度目の塔の教会に行かれるみたいです。
いいのかな。
あんなことが、塔の近くで起こったのに。
王妃様は、なんとも思われないんでしょうか。
ふっと、今朝の事件が頭をかすめ、体に震えが走る。
嫌な予感と、不吉な空気が、周りに漂ってくる。
その幻影を、打ち払うように、頭を軽く振る。
まあ、塔の教会には2階の渡り廊下を通らないと入れない。
一階の庭付近で起こったことなので、関係ないのかもしれない。
護衛の人数も4人から、6人になりました。
だから、大名行列ではないけど、王妃様は、
現在、ずらずらと人を引き連れて、城内を闊歩してます。
新しく追加で入った護衛の2人も、ワポルさんに負けないくらいに
ごついです。 でも、同時に、重たそうです。
船の中では、殆どの船員が、筋肉マッチョだったんですけど
彼らは、一様に、動作が軽く、機敏でした。
それに比べて、軍部から来た彼らは、どすどす、いってます。
なんでしょう。
軽飛行機とトラクターくらいに違います。
トラクター、三台あったら、
まあ、壁くらいにはなるかもしれないけど。
さっき、ステファンさんが、こそっと耳打ちしてきました。
三時の、おやつの時間は一緒に、シオン坊ちゃんの所に行けるようです。
人数が増えたせいですね。
マーサさんに、ステファンさんのおやつもありますかねって
こそっと聞いたら、厨房に追加を頼んでくれました。
トムさんのおやつは本当に美味しいですからね。
あれを逃したら、ステファンさんはきっと、後悔雨あられだと思います。
王妃さまが塔の教会に入るまで、見届け、
その場を護衛の方たちに託して、
私、マーサさん、ステファンさんで、
シオン坊ちゃんの部屋に行きました。
シオン坊ちゃんは、今日から、剣術のほかに、
体術を習うことに決めたらしく、嬉しそうに、
今日の授業で習ったことを、教えてくれました。
「あの事件の後、思ったんだ。
強くなりたいって。
大事な人を守れるくらいに、強くなりたいって。
もう、知らせに走るだけじゃ、嫌なんだ。
ちゃんと、守りたい。」
真剣な顔で、シオン坊ちゃんは、私の手をぎゅっと握って、
強くなる宣言をしました。
少年よ大志を抱けだよね。
うんうん。
「毎日、稽古して、強くなってください。
シオン坊ちゃん。」
にっこり笑いながら、ぎゅっと握り返しました。
同じ誘拐仲間が、強くなっていくのは、
心強いかぎりだ。
シオン坊ちゃんは、頬をちょっと染めて、
照れてました。
可愛いですね。
いままで、弟とか、いたこと無いけど、
居たら、こんな感じかもね。
シオン坊ちゃんは、ステファンさん相手に組み手を今度、って
お願いしてました。
よっぽど、楽しかったんですね。
マラソン3kmで、へばってしまう
私にはわからない世界ですかね。
本日のおやつは、蒸しパンもどきでした。
何故、もどきかというと、蒸してあるのに、
柔らかくないのです。
触った感じは、外郎の強化バージョンでした。
柔らかくない外郎に突っ込みを入れたいところでしたが、
添え付けに出された、5種のフルーツソースが、
答えでした。
そのソースにつけると、硬い外郎がふにゃっと柔らかくなるんです。
黒糖が練りこんだ甘いものと、
塩味のものと、
これはケシでしょうか、
何かの実を練りこんだものが出ました。
それらを、それぞれのソースに絡めると、
濃厚な味の中に、アクセントが効いて、
ほっぺが落ちそうです。
美味しいです。
レナードさん、オトルさん。
トムさんのおやつは絶品です。
叫びますよ、私。
お城には、ほぼ強制でつれてこられたけど、
お城のご飯とおやつが美味しいから、きてよかったって
ちょっとだけ思うのですよね。
これは、トムさんマジックですね。
美味しさに舌鼓を打ち、はふぅと余韻に浸っていると、
シオン坊ちゃんが、話を変えてきました。
「今朝の被害者は、アデルだったんだろう。」
一気に、余韻が消し飛びました。
坊ちゃん、余韻というものは女性にとって、
とっても大事なものなのですよ。
マーサさんとステファンさんは、頷きました。
2人とも、被害者のアデルさんをよくご存知なのですね。
「アデルさんって、侍女だったんですか?」
知らないのですよ。
3人だけでわかってないで、教えてください。
「王様付の侍女ですわ。
ネイシスの部下で、2年前からこの王城で働いてましたの。」
マーサさんが、悲しそうに俯いた。
「彼女は、真面目で、そう、よくも悪くも
目立ったとこの無い女性でしたね。」
ステファンさん、褒めて落としてませんか。
「母上と一緒に、年に2回、
教区の本殿参りにいくお供だったってこと
くらいしか、僕も覚えが無い。」
シオン坊ちゃんは目をちょっと斜めに向けて、
紅茶のカップを揺らしてました。
「王妃様と一緒に?
王妃様と仲良しだったんですか?」
だって、王様付なのに、一緒に行くんですよね。
「仲良しって、母上とか?
ありえんだろう。」
身分の差とかの事ですか。
シオン坊ちゃんは、あきれたような顔で私を見ます。
なんですか。
何度も言いますが、無知は悪いことではないんですよ。
これから知れば、無知ではなくなるのですからね。
「アデルは、王妃様と同じ、アトス信徒だったのよ。
だから、教区の拝殿に行くときだけ、一緒にお供していたのよ。」
ふうん。
同じ神様を拝むのに、一緒に行くんだね。
なるほどなるほど。
マーサさんの入れてくれた、紅茶のカップを両手で包み、
カップを軽く揺らしながら、さまします。
熱いですので、冷まさないと飲めないのです。
ふーって吹きかけたいところですが、それは、マナー違反なのです。
「シオン坊ちゃんは、アトス信者ではないんですよね。」
もしそうなら、アトス信教、
実は、信者を売り払う酷い宗教だってことになる。
「いや、僕も父上も、信徒ではないよ。
この国の人口の殆どが、異教徒だ。
国のトップが、一つの宗教に誇示するのは、
混乱を招きやすい。 」
そうなんだ。
でも、王妃様は、信徒なのですよね。
私は、程よく冷めた紅茶を、こくりと飲んだ。
「母上は、隣国から嫁いでこられたから、容認されているだけだ。」
隣国?
「隣国、アトス神皇国は、唯一神、アトス神を信仰し、
アトス信教を政治の柱とした国だ。」
ほう。
昔の、ローマ法王領みたいなものかな。
「それに、我が国は宗教の自由を歌っているだけに、
個人の信仰を止めることはないのですよ。
王妃様のいう身分の後押しはあれども、
今まで、王妃様の権力で、一宗教に肩入れしたことも
ございませんでした。その結果、容認されているのです。」
ステファンさんは、淡々と紅茶と飲みながら、
シオン坊ちゃんの言葉の後を続けた。
一生懸命、一つ一つの書類を読んで、
時に、真剣に悩んで、秘書官と相談しながら、
書類にサインをしていく執務室の王妃様の姿が、ふっと浮かんだ。
一生懸命、お仕事しているから、
認められているのですね。
人形のような王妃様の印象が、ちょっとだけ上昇した。
「アデルは、自殺だったのでは、無いでしょうか。
最近、思い悩んでいるようでしたので。」
マーサさんは、突然、思っても無かった話を始めました。
「悩んでいたんですか?」
でも、悩んで、ばらばら死体って、ありえないでしょう。
自分がアデルさんでも、嫌だと思います。
「塔の上から、身を投げての自殺ではないかと……」
あの塔の上から?
あの塔をぱっと見るに、窓はあの天窓だけだった。
あそこから、地面まで、ゆうにビル5階分以上あるよ。
飛び降りようとしたって、足がすくむのではないでしょうか。
「マーサさん。 下手な推論や憶測は、混乱を呼ぶ。
それ以上は、軍部と警備の長からの知らせがあるまで、
話さないほうがよいと思います。」
ステファンさんの口調が、固くなった。
「アデルの件は、終わりにしよう。」
坊ちゃんは、そう言って、私の前に、
ぐいっと空の紅茶のカップを差し出した。
これは、おかわりということですね。
私は、席を立ち、暖かいお湯が入った、
湯入れを掴み、新しい茶葉が入ったマーサさんが
用意してくれたポットの中にお湯を注ぎます。
そうそう、このお城では、
見たことも無いものが、沢山ありましたが、
その一つが、この湯入れです。
形は、水差しの大きい版なのですが、
底に、熱した温石を入れるようになっていて、
入れたとたんに温いお湯が、一瞬で沸騰します。
湯入れの素材は多分、鉄です。
だって、重いです。
取っ手の部分は、麻紐で、巻いてあるのですが、
お湯いっぱいの湯入れを持ったら、
ずしっと腰に来ます。
マーサさんは、にこやかに笑って、
若い人って、いいわよねえって、
湯入れを差し出してくるんです。
そうですよね。
マーサさんみたいな年嵩の女性がぎっくり腰になったら、
大変です。
まあ、ぎっくり腰に年齢は関係ないですが、
私、腰痛もちでなくて良かったと思います。
アデルさんの話題が終わったので、
何か、別の会話をとおもっていたら、
ふと、聞かなくてはいけないことを思い出しました。
「シオン坊ちゃん、聞きたいことがあるんですが。」
紅茶をシオン坊ちゃんの前の机の上に置きながら、ちらっと
坊ちゃんの顔を下から覗き込みました。
「何だ? 何でも聞いてくれ。」
シオン坊ちゃんは、嬉しそうに、笑って返事を返してくれました。
「恥ずかしがらずに、言ってください。」
シオン坊ちゃんは、何のことだか、わからないって顔を
してましたが、しばらくして、顔を一気に真っ赤に染めてしまいました。
「な、なななな、何をだ、だだ。」
いつに無く、口調が、どもってます。
その様子はかなり挙動不審ですよ。
「女装趣味があるんですか?
それとも、女性になりたい思考でもあるんですか?
相談にはのりますよ。」
ぐっと、前かがみになって、シオン坊ちゃんの目をみる。
これは、ミリアさん直伝の必殺技、尋問テクニックですよ。
カゼスさんや、オーロフさん相手に使うのを何度も見ました。
シオン坊ちゃんは、口から、紅茶を一瞬吐きそうになり、
咽てましたが、それを押しとどめるように、
ごっくんと喉を鳴らし、紅茶を飲み込みました。
なんだか、苦しそうです。
「なんだ、それは。
僕には、そんなおかしな趣味も思考もない。」
シオン坊ちゃんは、大きな声で、私の耳元で叫びます。
そうか、違うのか。
それならば。
「坊ちゃん、長い髪をなびかせたかったとかですか。
私的には、男性は短い髪の方が、かっこいいとは思うのですが、
趣味は人それぞれなので、なにも言いませんよ。
現に、ステファンさんは、長い髪がよくお似合いですし。」
うんうんと、頷きながら、腕を組みます。
「いい加減にしろ。
どうして、そういう話になる。」
シオン坊ちゃんは、私の耳を引っ張りました。
あれ、地味に痛いんですよ。
「だって、今日、長い髪の鬘、かぶっていたでしょう。」
マーサさんが、後ろで、ガチャっと紅茶セットの音を立てました。
珍しいことがあるものです。
特訓を受けた日に、食器の音を立てないって、
きつくお叱り、いえ、指導を受けたのですよ。
マーサさんの方を向こうとしたら、シオン坊ちゃんが、
大きく肩を落としてました。
「僕は、そんなことをしていない。
どこかの誰かと、見間違えたのだろう。
お前の思考回路はどういう風になっているんだ。」
シオン坊ちゃんは、はあっと大きなため息をつきました。
その坊ちゃんの肩を、いつの間にか、
坊ちゃんの後ろに立っていたステファンさんが、
とんとんと優しく叩いてました。
見間違い?
そんなことはないはずですが。
私、視力は良いんですよ。
なんだか、わからないけど、シオン坊ちゃん女装説、
及び、長い髪憧れ説は、没です。
今晩、もう一度、塔の教会に王妃様が行かれるときに、
確認してみよう。
その晩は、シオン坊ちゃん似の誰かさんは姿を現しませんでした。
なんとなく、肩透かしです。
でも、その塔の付近でなんだか、嫌な予感がしました。
誰かが、見ているような視線も感じます。
なんだろうっと見渡したけど、わかりませんでした。
そして、翌朝、元気になったローラさんと一緒に、王妃様の部屋に行くと、
侍女頭のネイシスさんから、配置換えの命令を受けました。
私だけです。 ローラさんはもとの王妃様の侍女仕事のままです。
私は、居なくなった、アデルさんの仕事を引き継ぐようです。
三時のおやつタイムは、無くなるかもしれません。
嫌な予感は当たるものですね。




