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箱をあけよう  作者: ひろりん
第4章:王城編
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侍女になります。

「よろしいですか?

 廊下を歩く時は左側を、荷物を持っているときでも、

 すれ違う時は、身分が上の方ならば、軽くお辞儀をするのです。」


そういって、私に教えてくれる先輩は、

この城に仕えて、20年以上のベテラン、マーサさんです。


マーサさんは、もうおばあちゃんって言っていい年齢らしく、

いつもニコニコしている、侍女の鏡みたいな人です。

笑顔が可愛くて、しぐさの一つ一つが、丁寧で、

若いときは、さぞかしもてもてだったに違いない。


マーサさんは、執事のセザンさんとご夫婦らしく、

また、その仲は大変、よろしいのです。


だから、私の教育を兼ねた指導も、

このお2人の監督の下、厳しくされてます。


「ほら、ばたばたと足音を立てない。

 音を立てるしぐさは、全てにおいてマナー違反です。」


くう、足音立てないで、普通に歩くってどうやるのでしょう。





昨日、王城に引っ越してきて、本日から侍女修行が始まったのですが、

正直、もう、根を上げかけてます。


朝の早起きは、慣れているので問題なかったのですが、

侍女服の着こなし方から始まって、歩き方、手の位置、目線の位置まで、

本当に、細かく、ええ、大変に細かく指導してくださってます。


今日一日で、いえ、正確に言えば、半日ですが、

私の体は、筋肉痛で、軋みをあげてます。


礼儀作法って、こんなにも厳しいものだったんですね。

昔、結婚するから、礼儀作法を習っているって言ってた大学の同期の彼女。

あの時、簡単に、へえって、流してすいませんでした。


礼儀作法、これは、終わりが無いです。

まるで、真空状態の宇宙に放り出されたように、

いくらもがいても、前が一向に見えません。


「ほら、足の歩く幅は、足とほぼ同じ幅で、背中を真っ直ぐに伸ばして、

 すばやく移動する。」


出来ないです。

転ぶほうが早いです。

マーサさん、無理だと思います。


でも、そういって手本を見せてくれるマーサさんは、

正直、サイボークかと見まごうばかりに、正確だ。


私の唯一の安息時間であった食事の時も、ナプキンのたたみ方やら、

フォークの持ち方、口のあけ方、食べ方、食べる順番まで、

細かすぎで、正直、泣きたい。


お陰で、お城の美味しいご飯も、マイナス80点だ。

口の中の味が、砂に変わっている気がしてます。


こんな風で、私は、一月、このお城で生きていけるのか、

異世界人生初の悩みを持った気がします。


午前中だけで、魂をすでに飛ばしていた私が、

我に返ったのは、3時のおやつタイム。

シオン坊ちゃんのお茶の時間に、ご一緒させてもらうことになっていて、

その時ばかりは、大きな深呼吸が出来た。


よろよろと不安定な体を揺らしながら、

マーサさんに連れられて、シオン坊ちゃんの部屋まで来ました。


「シオン様、メイをお連れしました。」


マーサさんは、ドアをノックしながら、部屋の主に声を掛ける。


「ああ、入ってくれ。」


坊ちゃんの声が部屋の中から返ってきたので、

ゆっくりドアを開けて、部屋に入りました。


シオン坊ちゃんの部屋は、他の客室とか、応接室みたいな場所とは違って、

生活の色が色濃く見える。


毛足の短いベージュの絨毯。

所々に置かれた、青色のセンターラグ。


ほぼ等身大の大きな窓。

その窓から入る外の明かりで、部屋の中は明るい。

窓の外に見えるのは、真っ白なベランダ。

ぱっと見ただけなら、そこでお茶でも出来そうなくらいなスペースがある。


その窓には、十分に日差しを遮る、たっぷりとドレープのある

ベージュのカーテンが掛かっていて

青い刺繍と縁取りがアクセントで利いている。



ぎっしりと詰まった本棚が二つ、壁際を占め、

どっしりとした木で出来た勉強机と椅子が、その隣にあり、

入ったとき、シオン坊ちゃんは、机で勉強していた。


机の上は、紙と本がきちんと並べて置かれていて、

とっても整理整頓できている。


そういえば、私が学生の時の机って、勉強物以外のものが、

大半を占めていたような気がする。

机って、人格でるのかしら。


部屋の中央に、背の低い楕円形の木のテーブルがあって

その上にマーサさんが、いつの間にか、真っ白なテーブルクロスをかけていた。


テーブルを囲むように、長いソファーが二つに、一人掛けのソファーが二つ。

何人かで、美味しいおやつを食べるのに、楽しそうなソファーセットです。

だって、必ず、正面に誰かの顔があって、美味しいねって相槌を打てる距離ですよ。


部屋をただぼうっと見渡していたら、マーサさんに、肩をぽんっと叩かれました。


「序に、お茶の入れ方の指導をいたしましょう。」


え?

ここでも、まだ修行?


お茶の入れ方講座は、なんとなく日本茶を入れるようなものかと

思っていたら、紅茶は奥が深かった。


ポットとカップの温め方から始まって、

茶葉の量、お湯の量と注ぎ方、茶葉の踊り方の観察に、

蒸らし方とその時間。茶葉によって蒸らし時間が違うのは、

お湯を注ぐ時の、茶葉の踊り様をみてわかるのだとか。


うんうんと頷きながら、マーサさんの手をじっと見ていたら、

にっこりと笑って、お湯が入った大きな湯挿しを渡されました。

たっぷりとお湯が満載されているだけに、かなりの重量です。


「それでは、実践です。 美味しい紅茶を入れてみましょうか。」


はい。

先生。


紅茶の世界も厳しいものですね。

 

「うん、美味しい。」


私が四苦八苦しながら入れた紅茶は、現在3客のカップに注がれ、 

テーブルの上に鎮座していました。


綺麗な琥珀色の紅茶。

お花の香りがほのかに漂う紅茶の匂い。


美味しいとの感想に胸を撫で下ろしました。

良かった。


穏やかに笑いながら、シオン坊ちゃんは、

優雅に、紅茶カップを揺らしました。


「大分、疲れているみたいだな。 大丈夫か?」


そんな何気ない姿勢も、とっても気品があり、

育ちのよさが滲んでます。

礼儀作法が整った感じですね。


「大丈夫に見えるんですか?

 目が悪いんでしょう、シオン坊ちゃん。」


なんとなく、やさぐれたくなってます。


私は、下っ端の庶民。

その上、礼儀作法なんて、この方したこともない、貧乏人人生ですからね。


「坊ちゃんは、やめろ。」


シオン坊ちゃんは、すねたようで、口をへの字にしてました。

そうしていると、年相応の少年に見える。


「はあ、まあ、そうですね。

 なら、どう呼べばいいのですか?」


坊ちゃんは、目線をちょっと下にずらしたまま、

頬を薄くピンクに染めて、答えました。


「シオンでいい。

 僕も、君をメイと呼ぶから。」


これは、友達認定してくださいってことですか?

まあ、誘拐され仲間ですからね、

友達候補、知り合い以上ってところから、始めたいですね。


「いけません。 シオン様。

 彼女は、侍女として、この城にあがっているのですから、

 身分のけじめをつけるべきです。」


背後から、いきなり声がしました。


「ひょ?」


慌てて振り返ると、そこには、シオン坊ちゃんの教育係りを務めている、

ライディスさんが立ってました。


気配って、全く感じなかったんですが、

足音すら、しませんでした。

ノックってされました?


このライディスさん、背は高く、文官風で、体の線は細いのに、

嫌に、男性風な顔立ちしてるんです。

眉は、ゴルゴさんですかって言いたくなる太眉。

角ばった顔に、ごつい鼻。 それなのに、口はおちょぼ口に、

髪型は長髪なのです。


そのパーツの違和感とともに、その顔でぐっと顔を寄せられると、

思わず逃げてしまいます。


実は、ライディスさんは、目が悪いらしく、

紹介されたとき、初対面で、近寄られたので、

反射的に、後ろに、飛んで逃げました。


目が悪いなら、素直に眼鏡をかけたらどうでしょうか。

そっちのほうが、案外、似合うかもしれませんよ。


シオン坊ちゃんが、この時間だけは、自由にしていいと

言ってくれたので、気を抜いてました。


「ライディス、彼女は僕の恩人でもあるんだ。

 そこは、大目にみてもいいだろう。」


シオン坊ちゃんも、彼には、なかなか大きな顔が出来ない。

シオン坊ちゃんの教育係にと、王様が頼み込んだ経緯があるらしく、

態度が、かなり強めです。


「いいえ。 この国の制度では、王は一代のみですが、

 いずれ、貴方は、王と呼ばれる方になるのです。

 格差の違いというものをおろそかにしては、いけません。」


そういって、一人掛けのソファに座り、

テーブルの上に置かれた紅茶のカップを一つ持ち、

小指を立てて、紅茶をすすりました。


その顔は、ちょっと歪みます。

うん?美味しくなかったのかな?

さっき、坊ちゃんは美味しいって褒めてくれたのに。


そういえば、カースが、この国の王政は

代表者としての地位だって、言ってた気がする。

だから、一代のみなんですね。


「と、いうことですね。シオン坊ちゃんで、我慢してください。」


坊ちゃんに、向かって、すちゃっと敬礼した。


それをみて、坊ちゃんは、はあっと小さくため息をついた。


「貴方も貴方です。 

 恩人だそうですが、それを笠に着ての横暴は、慎むべきです。」

  

横暴って、いうものでもないでしょうに。

そう思っていたら、ぐぐっと顔を寄せてくるので、

その間に、クッキーの皿を持ってきた。


「ライディスさんも、おやつにしませんか?

 このクッキー、美味しいですよ。」


話を微妙にするべく、話題をずらしてみた。


「……いただきましょう。」


ライディスさんは、いそいそと、

クッキーを手に、嬉しそうに食べはじめました。


その表情は、眉が下がって、嬉しそうです。

わかりました。

甘党なんですね。


「紅茶にお砂糖はいれますか?」


紅茶のお代わりカップを用意しながら、聞く。


「3さじ入れてください。 大盛りで。」


超甘党でした。






夕食をいただく前に、王妃様にお会いしました。

今日一日、このお城の中をことごとく歩き、

働いている人を紹介され、名前と顔が一致しないままでしたが、

王妃様は、確実に覚えました。


王妃様、マリア様とおっしゃるそうです。


太陽の光を固めたみたいな、輝く金髪。

それに、光線の加減で、青にも見える紫の瞳。

そして、それらを併せ持つにふさわしい、美貌。

冷たい表情に、流し目にも見える、物憂げな視線。


これは、人形ですか?

人間ではないでしょう?

って聞きたくなるほどの、反則技ばっちりの容貌でした。


それに、挨拶した時の王妃様の声。


「明日から、私の侍女として侍ると聞いております。

 日々、精進なさい。」


鈴の転がるような声って、あるんだね。

これは、もう、同じ女性のくくりに、入れてはいけないのでは、ないでしょうか。


入れられたら、私は、圏外どころか、海外の枠にも入れないでしょう。

そんなの、酷すぎます。


王妃さまは、論外の枠で、女神様あたりと、競うと良いのではないでしょうか。

見ている分には、綺麗でいいのですよ。

月とか、花とかを愛でるのと同じですね。


綺麗なものを見ていると、心が潤うのですから、

潤い補充が、こんな近場にいるとラッキーくらいに構えていけるかも。


でも、一つ、気になったこと、王妃さま、

表情が、全く変わらないんです。


顔に皺どころか、眉を寄せることすら、ありません。

本当に、人形のようなんです。


まあ、初日から、眉を寄せられたら、笑うしかありませんが。







夕食をマーサさんと、セザンさんの指導の下、食べ終わって、

部屋に帰るときには、燃え尽きてました。


今の私は、風前の灯火だと思われます。


「今日一日、大変、ご苦労様でした。

 時間がないので、どんどん詰め込みましたが、

 正直、一日でなんとかなるとは思っていません。

 明日から、今日のことを、忘れないように、

 一つ一つを確認しながら、所作を心がけてください。」


マーサさんは、ニコニコ笑いながら、私の背中を撫でてくれた。

その優しさが、今は、すり抜けているようです。


詰め込みすぎは、頭からこぼれるってご存知でしょうか。

受験の時も、覚えたはずの英単語は、見事にこぼれてわかりませんでした。


私の為を思って、指導してくれたのは、わかっています。

わかっているけど、言いたいのが、愚痴というものです。



「ご指導、ありがとうございます。 マーサさん。」


覚えたての、15度角度の軽いお辞儀で、お礼の言葉を口にします。


言葉使いも、いちいち直され、口が、ロボットのように

ただ、覚えた言葉を反復しているようです。


なんだか、かくかくと言ってるんじゃないかしら。


でも、感謝の気持ちは本物ですよ。

礼儀作法は、必要なもの。

侍女として、身につけないといけないのでしょう。


それを私にもわかるように、事細かに、丁寧に教えてくださる

マーサさんとセザンさん、本当にありがたいです。


「貴方は、明日から、王妃様つきの侍女になります。

 王妃様を見て、所作を学んでくださいね。」


微笑みとともに、厳しい教師のごとくに、ハードルの高い

宿題を残していったマーサさん。


お手本が、王妃さまって、無理がありすぎませんか?

月とすっぽんって言葉がありますが、

すっぽんはお月様には、なれないのですよ。






部屋に独りになり、窓の側に立った。

窓はあまり大きなものではないが、この小さな部屋には

十分の大きさだった。


窓からは、鬱蒼と茂る、木の陰が見えるだけ。


本日は、月も出ているはずなのに、

この部屋には、月明かりさえ、届かない。


部屋の明かりは、壁際のランプとベッドサイドのランプのみ。

誰かが立てる音もなく、外からの風の唸り声も聞こえない。


この世界に来て、いつも誰かの存在が、近くにあり、

誰かの起てる音が常識だっただけに、かなり寂しさを感じる。


その上、必ず帰るのだからと、自分の荷物は極力持たずにきたため、

目になじんでいるものが、まるでない。


がらんとした、温かみのない部屋。


あるものは、変哲も無い木のクローゼットに

ベッドと壁際に置かれた小さめの高台。

その壁には、壁掛け鏡が備え付けられていた。


高台の上には、水差しとコップが二つだけ。

部屋そのものは、レヴィ船長の家の私の部屋と大差ない。

こちらのほうが、ちょっと小さいだけだ。


だけど、見知らぬ場所に見知らぬ人達に囲まれた

この部屋にちょっとだけ寒々しさを感じていた。



(なに、感傷に浸ってるのよ)


照。


(なあに、子供みたいに、寂しくなったの)


ああ、よかった。 照。


(なによ)


そうなの、寂しかった気がしたのよ。

でも、照と一緒だもんね。


照の声を聞いて、心のそこからほっとした。


(そうよ。その通りよ。)


うん、元気出てきた。

さっきの感傷は、気のせいってことで忘れよう。


(元気? もう?)


いや、落ち込むのは、疲れるから。

それでなくても、今日一日、疲れきってるし。


照が、一緒に居てくれるから、一人じゃない。

だから、寂しくない。


それに、ここに来るって決めたのは、私だ。

多分、今日一日、頭と体に、負荷をかけすぎたせいで、

変に落ち込みモードになっているんだと思うのよ。


(よくわからないけど、疲れてるんでしょ、寝たらどう)


うん。

照。


(なによ)


照。

もう、寝るわ。


(ええ、おやすみ)


侍女の服を脱いで、寝巻きに着替え、ランプの火をおとした。

真っ暗の中、照の居る腕輪に触れる。


「ありがとう、照。

 照がいてくれて、本当に心強いよ。

 おやすみなさい。」



ごろんと、ベッドに転がり、シーツを首まで引っ張る。

そうしたら、あっという間に睡魔に襲われ、ものの一分で寝息を立てていた。


(私も、一緒にいれて、寂しくないわ。 メイ)


すうっと、腕輪からでてきた照は、嬉しそうにメイの顔を見つめ、

しばらく寝顔をみつめた後、腕輪に帰っていった。


窓の外には、ナイチンゲールのような綺麗な声の囀り。

それを子守唄がわりに、私の意識はどんどん、眠りの淵に吸い込まれていった。






毎朝の事ながら、起きて直ぐの私のゴルゴンヘアーは

頑固で、手を焼きます。


明け方近くに目を覚まし、お風呂に入り、その寝ぐせの悪さに

洗面所で奮闘していたら、マーサさんに、あきれられました。


マーサさんに手伝ってもらって、やっとなおした寝癖は、

乾いたら、元通りになるかもしれません。


現に、乾いた部分の右側が、跳ねかけてます。


これからは、夜お風呂に入って、

ナイトキャップをするようにって、アドバイスをもらいました。


ついでに、ピンクのナイトキャップももらいました。


これで、ゴルゴンヘアーからの脱出が

可能であることを願います。



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