決心しました。
王様は、私達の様子をじっとみていたが、
侍従さんらしき人が、呼びにきたため、部屋を退出していった。
王様の去った後の部屋は、目にうつる色さえも鮮やかに見える。
圧迫感がなく、随分と広々とした感覚を覚える。
はあ、ちょっと肩こったかも。
偉い人の前で、緊張してたんだなあ。
セランも、はあっと大きなため息をつきました。
それまで、じっと黙って座っていた、王様の息子っていう人。
その人が、席を立ち、私達の側まで寄ってきた。
「セラン医師。 お久しぶりです。」
うん?
この声、どっかで聞いたような。
「ああ、坊ちゃん、元気そうで何よりだ。」
セランは、私との抱擁を解き、少年に向き直った。
セラン、知り合いですか?
「その節は、大変お世話になりました。
改めて、礼を言います。」
少年は、上品な身のこなしで、丁寧なお辞儀をした。
額に掛かる銀の髪がさらりと揺れる。
「ああ、いいってことだ。
俺は、医者としての、仕事をしたまでだからな。」
セランは、眉間に出来ている皺を指で伸ばしている。
王様との話の間中、皺よりっぱなしだったものね。
「今回の件、本当はお礼をする為に、
もっと早くに、こちらに、お呼びするつもりだったのですが、
父に止められまして、このような事に。」
少年は、下に俯いてしまいました。
「坊ちゃんには、どうも出来ないさ。
俺でも、かなわないものを、どうしようってんだ。
坊ちゃんは、まあ、気にするな。」
セランは、大きくため息をついて、言い放った。
「はい。有難うございます。」
少年は、随分と大人な反応だ。
小さいうちから、偉いねえ。
なんだか、あの王様の息子って言われるのも、
納得しちゃう出来栄えかも。
感心してたら、少年が、私に向き直った。
「久しぶり。 君も元気そうで、何よりだ。」
へ?
久しぶり?
「えーと?」
少年は、眉を寄せて、綺麗な顔をちょっと歪めた。
紫の瞳に苛立ちが見えた。
「まさか、覚えてないのか?」
覚えてないと言われたって、偉い人とは、面識無いもの。
つい、正直に、首を縦に頷いた。
「おい、メイ。 お前、鳥頭にも程があるぞ。
坊ちゃんは、お前と、一緒に、誘拐されていたんだぞ。」
鳥頭って、それはないでしょうに。
セランが私にわかりやすいように、丁寧に大きな声で教えてくれました。
でも、誘拐され仲間?
こんな、立派な坊ちゃんはいませんでしたよ。
首をかしげていると、少年が、折角綺麗に撫で付けていた髪を
ぐしゃぐしゃに乱しました。
あ、
「これなら、わかるか?」
勢いよく頷きます。
思い出しました。
「うん。今、わかった。 少年。元気だった?」
なんだか、喉に詰まっていた小骨が取れたような感覚です。
なんとなく、すっきりですね。
いやあ、わかってよかった。
なんとなく、見たことあるかなあって思っていたんです。
にこにこと笑いながら、少年を正面から、見据えて声を掛けた。
「少年って、言うな。
僕の名前は、シオンだ。」
軽く、口を尖らせながら、シオン少年は抗議した。
「シオン。 そっか、名前、聞いてなかったものね。
私は、メイよ。 改めて、よろしくね。」
手を、すっと差し出した。
やっぱり、再会を祝うには、握手だよね。
シオンは、ちょっと、躊躇していたが、
私の出された手を、しっかりと握り返した。
「ああ、これからも、よろしくだな。」
心なしか、シオンの頬がピンクに染まっている。
その表情はかなり嬉しそうだ。
それに、再会の握手に、かなりの握力です。
再会をこんなにも嬉しがられるとは、
意外でしたね。
やっぱり、誘拐され仲間って、強い絆があるのでしょうか。
今まで、考えたことも無かったんですが。
「坊ちゃん、聞きたいことがあるんだが、いいか。」
セランが、私の頭の上から顔を出す形で、聞いてきた。
「もちろんです、セラン先生。」
シオンは、紫の目をセランに向ける。
「メイを侍女にってことだったが、こいつに侍女なんて務まるのか?」
むっ、セラン、なんとなく、私を馬鹿にしましたね。
侍女って、なんですか?
教えてください。
「母は、隣国の公爵の出ですし、現王妃としての礼儀作法は完璧です。
周りにいる侍女も礼儀作法については、細かに教えることになるでしょう。
また、今回は、期間限定ですので、大きな問題ないかと」
もう、2人して、私の頭の上で話をしないでください。
「しかしなあ」
セランは、私の頭に、腕を乗っけて、考え込んでます。
肘を頭の上につくような形で、自身の眉間を押さえてます。
重いんですけど。
「僕も、微力ですが、力になります。
彼女が法廷で恥をかかぬよう、しっかりと差配いたします。
また、彼女が危険な目にあわぬように、気を配るようにいたしましょう」
セランは、私の頭の上で、軽く笑いました。
「わかった。
坊ちゃん、よろしく頼む」
セランが、私の頭をポンポンと叩きました。
やっと、セランの腕が頭から、退いてくれました。
ところで、坊ちゃん。
いつまで、私達、握手し続けていれば、いいのでしょうか。
さっきから、手に汗が出てきているようなので、
拭きたいのですが、手をはなしたら、駄目でしょうか。
言いたい言葉を載せるように、
じいっと坊ちゃんの顔を、見つめていましたが、
坊ちゃんは、照れるだけで、一向に手を離してくれません。
「シオン坊ちゃん、手を離してください」
「坊ちゃん言うな!」
シオン坊ちゃんがむくれたままだったので、
そのままほっといて、帰ることにしました。
またもや執事さんに先導されて、
王城の正面出入り口まで歩き、そこで待っていた行きと同じ馬車に乗り、
今は、がたがたと揺れる馬車の中です。
セランは、じっと、私の顔を見てます。
ナンでしょうね。
私の顔に何か、美味しいものでもついてますか?
もしかして、さっきの、美味しいクッキーとマフィンが。
口の周りに手をやりましたが、何もついてません。
あの味を思い出しました。
あれは、甘味の好きな皆さんを、唸らせることのできる
出来栄えだったのですよ。
お土産を持って帰れなかったのが、悔やまれます。
一言も口をきかないセラン。
ただ、私を見ているだけです。
目は口ほどに物を言うとはいうものの、
実際は、口に出してもらわないと、何を考えているのかわからない。
とりあえず、聞いてみることにしました。
「セラン? どうしたの?」
セランは、一瞬、瞬きをして、ぐっと前のめりになりました。
私の顔を睨むように見つめます。
「メイ。 お前、王の話をどこまで理解しているんだ?」
王様の話?
「さっぱり、わからなかった」
セランは、がくりと肩を落としました。
「難しい、聞いた事のない単語ばかりで、わかりませんでした」
だって、基本、普段口にしない単語用語って、知らないもの。
市場の人達とお話して、通常会話なら、
大分わかるようになっているんだけどね。
「じゃあ、坊ちゃんによろしくって挨拶していたのも、
ただの、挨拶のつもりなのか?」
坊ちゃん?
「誘拐され仲間の再会の挨拶だよ。
自己紹介もしてなかったしね。 駄目だった?」
偉い人に対する挨拶は、違うものなのかな?
セランは、首を何度も振って、大きなため息を。
セラン、そう何度もため息をつくと、幸せが逃げていくのですよ。
誰か有名な人が言っていたと思います。
「じゃあ、 お前が、明日から、王城で暮らすってのも
理解してないのか」
はい?もう一度プリーズ。
「明日? 誰が? 何処で?」
あわてて、セランに質問する。
「だから、お前が、明日から、王城で、暮らすことになるって言ったんだ」
セランが、私でもわかるように、わかりやすく、区切って、
話してくれました。
が、その内容に驚きすぎて、かぱーんっと大きく口が開きました。
目も見開きすぎて、乾いてきました。
そんな自分の状態すら、混乱中です。
私、引越し?
ドナドナ?
王城って、どうして……
頭の中が、ぐるぐる廻って、
セランの言葉が、理解できません。
というか、したくないのかも。
そして、私は、セランにあきれられて、口を無理やり閉じられるまで、
そのまま固まってました。
家にたどり着いた時、もう日は暮れかかっていて、鳥も夕日に向かって飛んでました。
斜めにのびる影の色が、なんとなく暗いです。
あちこちの家に灯りがだんだんと燈って、夕日の色を消していきます。
日暮れって、物悲しいって本当ですね。
ああ、疲れたなあ。
足を重くして家に入ったら、台所付近から、
なんともいえないくらいに、芳しい香りがしました。
この香りは。
一気に、暗い気持ちが吹っ飛びました。
そして、台所に飛んでいくと、つるつるの頭が、一番に目に入りました。
なんと、レナードさんが、夕食を作ってくれてました。
なんでも、私のお手伝いが終わった、
慰労会も兼ねての晩餐だそうです。
今回の夕食は、10日ほど前の、
レヴィ船長からの予約だそうです。
だから、今回はレナードさんが、思いっきり腕を振るった
作品ばかりだそうです。
そこで、レナードさんの新作を、いただきました。
これは、貝ですね。
いろんな貝のクラムチャウダーですね。
ジャガイモと人参がとろとろに溶けてます。
だぶん、これはジャガイモでしょうか、
ジャガイモを潰したものをお碗状に固めて、
油で揚げてあります。
その中に、クラムチャウダーがほかほかと湯気を立てて入ってます。
それから、ホタテでしょうか。
でも、貝の形が、楕円で長細いです。
今までに見たことがない、手のひらサイズの貝の身です。
それに、魚礁をたらして、チーズを載せて、焼いてありました。
それが、一人につき5つもあるのです。
そして、お肉ですね。
羊のような、ちょっと臭みのあるお肉が、
沢山の大きめな野菜と一緒に焼いてありました。
ソースはピリ唐の照り焼きのような味、
でも、ちょっと、フルーツの酸味がします。
この柔らかいものは、ルーレでしょうか。
小さく刻まれたルーレの甘味が、酸味を引き立てています。
酢豚のように噛み応えのあり、じゅわっと肉汁が口の中に溢れてきます。
パンは、バターがたっぷりと練りこまれたパンで、
ふわっふわん。 口の中で、さっくさく。
バターロールって、こんなに美味しいものだったでしょうか。
はうー。
幸せってこんな時に使う言葉ですね。
その上、本日は、見たことも無い、
フルーツのプリンもどきがありました。
卵の味がしないので、プリンではないと思うのですが、
舌触りが、つるん、とろんっとしたプリンの滑らかさなのです。
それに、ルーレの果汁を煮詰めたものがかかってます。
これ、大好きです。
給仕をするレナードさんを見る自分の目が、最上級に輝いている自信があります。最後まで、まさにお皿を舐めるごとくに堪能いたしました。
ああ、美味しかった。
カースが、居間で紅茶を用意してくれてました。
私は、レナードさんを手伝って、夕飯の後片付けに、台所に行きました。
紅茶は、後でいただくことにします。
沢山食べたら、後片付けは私の仕事なのです。
水に漬け込んだお皿を、束子で手早く汚れを落としていきます。
ちなみに洗剤の代わりに使うのは、
本日はジャガイモの皮でした。
油汚れは、ジャガイモの皮で擦ると綺麗に落ちるんです。
船の中のお皿の量に比べたら、
こんな数は物の内には、はいりませんよ。
******
メイが台所に入ったのを確認してから、レヴィウスが口を開いた。
「それで、王城でなにがあった」
レヴィウスは、セランに真っ直ぐな視線を向ける。
セランは、その言葉と視線に、口を歪ませる。
「今回の招待は、王の呼び出しだった」
吐き出した言葉は、かなり悔しい。
「やはりな」
「謝礼の件だけならば、王城に招待などありえないだろうと、
予想はついてました」
冷静に予測を話す、レヴィウスとカース。
「おい、セラン。 それで、王は何で、お前を呼び出したんだ」
バルトが、待ちきれないように話の続きを促す。
話したくない内容だが、話さなければいけないことだ。
「正確には、王が必要としたのはメイだ」
そのセランの言葉に、レヴィウス達の目が、びっくりしたように瞬いた。
「どういうことですか?」
「アトス信教の廃絶の為に、メイを証言台に引っ張りだすつもりらしい」
「証人にということですか?
ですが、メイは、成人しておりませんが」
「メイのことは、調査済みだそうだ。
その上で、国の為と正論を振りかざされ退路を絶たれた」
「何でメイなんだ? 他にも人質はいたんだろうが。
それこそ、王の知人とやらがいるじゃねえか」
「そうです、それに大人も何人かいたはずですよ」
「王の知人は、対象外だそうだ。
多分、今回の裁判を裁くのは王直々だからだろう。
そして、他の人質は、証言できない年齢や、体調不良、そして、
違法移民だそうだ」
カースが、苛立ち気に机を叩く。
「それで、メイなのですか」
セランは、ぎりっと歯をくいしばっていた。
「ああ、そうだ。 犯罪の立証の為の証言台は過酷だ。
証人は命を狙われるかもしれない」
バルトは、難しい顔をして腕を組んだ。
「そこまでわかっていてメイを危険にさらすなんて、俺は承知できねえ。
セラン、お前、何で承知しちまったんだ」
「俺だって、納得して了承した訳じゃない」
セランの顔は、苦々しげです。
レヴィウスが、3人の会話に横槍を入れるように片手を挙げた。
緑の目は真っ直ぐにセランを見ていた。
「バルト、カース、まずは話を最後まで聞こう。
反論はその後だ。 セラン、続きを」
「ああ。これは、王命で、国命だそうだ。
もし断れば、メイは市民としての権利を失う」
「断らせないということですか」
カースは、机の上の自身の拳をぎゅっと握り締めていた。
「王はメイの命を守るため、王城で預かると言われた。
証言に立つまで、ほぼ監視化に置かれるらしい」
「メイは捕虜ではないのですよ。 監視などと」
「反対派の行動を予測した上での、王の判断らしい。
メイには、これを機に礼儀作法をみっちり教えてくれるそうだ」
「礼儀作法ねえ。 まあ、男ばかりのこの家じゃあ、
望めねえことだがなあ」
バルトは、深く頷いてため息をついた。
礼儀作法などは確かにその通りだが、
本題は、メイが証言台に立つことを認めねばならないということ。
これは、断ることができない強制であるとことだ。
皆が、苦々しい思いで理解した。
「それで、メイはいつ王城に行くことになる」
レヴィウスの声は、いつになく堅い。
「明日の夕刻に王城から迎えが来る。おそらく一月は帰れない」
「メイは、納得してるのか」
レヴィウスの視線がセランに突き刺さる。
「いや、王の話は、殆ど理解できなかったらしい。
だから、きちんとメイにも、説明しようと思っていた」
レヴィウスはセランに頷き、体を前のめりにして、
両肘を膝の上にのせ、考え込むように頭を沈ませた。
レヴィウスは、心の底から、頭を抱えたくなっていた。
なぜ、メイの上には厄介ごとばかりが圧し掛かる。
この世の神を、少しだけ恨みたい気分だった。
軽く鼻歌を歌いながら、食堂の机の上を拭いていた私は、
レヴィ船長に呼ばれて居間の皆の側に近寄って行った。
目の前のソファに座るように言われ、カースの隣に座り、
レヴィ船長の真正面から、その緑の目をじっと見つめた。
綺麗な緑の瞳。
何度見ても、見惚れてしまう。
その緑の瞳の中の自分の顔で、見とれている自分の様子を確認できる。
直にレヴィ船長は私に話し始めた。
「メイ。 お前が明日から、王城に行くのはわかっているか」
私は、うんうんと頷いた。
「お前は、この国の市民の義務を負わせられた」
義務?
レヴィ船長は、片眉を器用に上げたまま言葉を続けた。
「一月後に裁判がある。 そこで、今回の人身売買事件のあらましを
説明することになるだろう」
ふうん。
まあ、大変なことだもんね。
「メイ。 そこで、お前の証言が必要だそうだ。
拒否することは出来ない」
うーん。
証言ですか。私に出来るのかな?だってまだ言葉片言だし、
理解不能な単語のほうが圧倒的に多い状態なのに。
状況を読むって言っても、裁判経験なんて皆目ない。
こんなことなら、日本で裁判官や判事が出ているドラマを
しっかりと見ておくんだった。
「そこで、お前は王城で保護されることになった」
ああ、だから、明日から王城なんだ。
証人保護システムのようなものだね。
あれも、警察が匿っておくってことだったと思う。
そうか、でも、ここから王城に通うとかでは駄目なのかな。
「私は、ここに居ちゃいけないの?」
「ああ、国議会の審議採決が終わるまで、
この家には帰らないほうがいい」
「いつまで?」
「ほぼ一月だ。」
「……一ヶ月」
なんだか、一ヶ月って、遠い遠い先のような気がします。
レヴィ船長やカースやセランやバルトさんに毎日会えないんだ。
そう思うと、心の中に隙間風がすうっと通り向けていく感じがしました。
俯いていた私の手を、カースがすっと握ってきた。
その優しい手が、私の心をわかっているように優しくさすってくれました。
その優しさに甘えて大声で泣きたくなったのをぐっと我慢する。
「メイ、顔を上げろ」
レヴィ船長の緑の目が、真っ直ぐに私の目を見つめる。
「これは、お前の身の安全の為だ。
その間、俺達も暇を見つけてお前の様子を見に行く。
だから、我慢してくれるか」
船長は、これは義務だと言った。
つまり、絶対私がしなくてはいけないこと。
証言をすることは必要で、逃れられないってこと。
そして、それには危険を伴うってこと。
王様の目の前で、セランが怒っていた意味がやっとわかった。
あの時の会話。
わからない言葉の羅列ばかりだけど、ところどころはわかっている。
教会の病院の人たちが悪いことばかりしているって、
セランは怒ってた。
子供達が奴隷に売られているって。
私が売られそうになった時と同じように。
「私が証言をすることは、レヴィ船長やセラン、
皆にとっても良いことなんだよね」
レヴィ船長の目をじっと見つめたまま続ける。
「拒否できないじゃなくて、しちゃいけないんだよね」
アトス信教に対する裁判。
これは、国家を変えるかもしれない。
それだけ大きな裁判に、自分が必要とされていて、
証言して丸く収まれば、売られる子供も無くなるし、
教会の病院も悪いこと出来なくなる。
それは、この家の住人に限らず確実にこの国に住む人達を幸せにする。
私からお世話になった皆の為に出来る恩返しの一つかもしれない。
「私、王城にいく。 そして証言する。
そうしたら、レヴィ船長やカース、セラン、バルトさんや、皆が、
今よりもっと幸せになるんだよね」
無理やりに笑顔をつくる。
頭では理解しているが、皆と、レヴィ船長と、別れて暮らすことに、
心が軋みをあげる。
この居心地の良い世界から無理やり引き剥がされる。
覚えのあるこの感覚に心臓がきゅうっと引き絞られる。
レヴィ船長が、ソファから立って私の側で膝をついた。
下から私を見上げるような角度で緑の目が揺れた。
その緑の目に映る、自分の顔が泣きそうになっていた。
それを見て、とうとう涙をこらえることが出来なくなった。
「お前の帰ってくる場所は、ここにある。
だから、一月後、無事に帰って来い」
レヴィ船長に片手を取られ、甲にレヴィ船長の唇が押し付けられた。
私の目から涙が滝のように流れた。
涙で曇って、レヴィ船長の顔がぼやける。
反対側の私の手は、カースにぎゅっと握られた。
それに答えるように強く握り返した。
後ろに廻っていた、セランとバルトさんの手が、
私の両肩に乗せられる。
皆に囲まれて、肩に、手に体温を感じる。
一人じゃない。
王城に行くのは一人だけど、心はずっと、私と共にある。
そう言ってくれているようだった。
「はい。 必ず、帰ってきます」
この場所は、私の帰る場所ですから。




