迷子になりました。
いい天気です。
雲が、心地よい風に流されて、気持ちよく浮かんでます。
太陽の光が目に眩しい。
絶好の洗濯日和ですね。
今日は、朝から、大量の洗濯物を洗って干しました。
この家で使っている部屋全部の
ベッドのシーツや枕カバー、
そして、布カーテンに足拭きマットもしっかりと洗いました。
この家の庭にある、3本の物干し竿だけでは足らず、
洗濯ロープを庭木から庭木に張って、
洗濯物を所狭しと干しました。
今のこの家は、洗濯物に囲まれている感じですね。
天気が良いと、洗濯物もしっかりと乾きます。
ああそうそう、この世界にも洗濯絞りの道具、
あったんですよ。
ミリアさんに、しみとりの方法と一緒に教えてもらいました。
しみとりはなんと、鳥の糞を使った特殊な粉洗剤があるらしく、
やや緑色のその洗剤を練り、一緒に揉み解してしみを写し取るのです。
鳥の糞なんてっと思っていたけど、
血の染みはこれが一番だそうです。
実際、乾いて茶色になってしまったワンピースについた血のしみも
うっすらピンクになりました。
さらに先日、ミリアさんに手伝ってもらって、
ホウセンカのようなお花で染料を作りました。
籠いっぱいの赤い花をすりつぶして、
水とぬかのような粉を加えそれを煮て灰汁をとってから綿布で絞り、
その絞り汁を使って真っ赤な透き通った液体染料を作りました。
作っている間、結構臭いのです。
匂いの種類としては、カメムシを潰した様な匂いが近いかな。
ミリアさんと2人で、鼻をクリップもどきでつまんだまま、
作業してました。
そして、できたその染料で染め直ししました。
冷たい水に染料を加えて、むらにならないように混ぜ、
そこにワンピースを漬け込みます。
一晩漬け込んだ後、洗濯して余分な染料を落とします。
そうして、ざばっとすすぎの水から持ち上げたワンピースは
うっすら全体がピンクのワンピースに変身しました。
今では、どこに染みがあったかすら、よく見ないとわかりません。
唯一、頑固な染みだった手首の端には、同じピンクの糸でお花の刺繍をしました。
もう、新品同様です。
その出来上がりには、ピーナさんも可愛いって
褒めてくれました。
大満足です。
さて、洗濯絞りの道具は、カースに聞いたら商館が貸してくれました。
何でもあるんですね、この商館。
洗濯絞り機は、ハンドローラーの手動版って感じでした。
丸い棒が3つづつ上下についていて、
その間に濡れた布を挟み、横のハンドルと回すと棒が回って、
濡れた服が挟まれて水が絞れ、台の下に用意した盥に、
水が隙間から落ちる仕組みの結構大きいもの。
でもこのハンドル、結構原始的かつ力のいる作業でした。
ふんっと乙女にあるまじき、鼻息が必要な程です。
でも、この絞り機のお陰で、ベッドのシーツとかの大物も
洗えたので万歳三唱です。
以前に、シーツとかの洗濯はどうするのかとカースにきいたら、
商館の人に掃除の時に持って帰ってもらって、
洗ってもらっていたらしいです。
殆どの家持船乗りの人達は、この商館に後のことは全て託す形にして、
家を預けるので、こんなことはよくあることなので、
商館の人達は気にしないんだそうです。
でも今は、私がいるんですから、船の中で鍛えた洗濯スキルが、
レヴィ船長達の為にお役に立つと思います。
シーツの波が風であおられながら、
私の目の前で大きく踊ってます。
今日は、本当に風が強いです。
顔に当たるシーツの様子から、
最初に干した洗濯物の殆どがもう乾いているようです。
一枚一枚乾いているのを確認しつつ丁寧にたたんで、
籠に入れていきます。
どうやら、お昼までに乾きそうです。
今日は、安息日です。
あの王城からの招待状をもらってから、ほぼ二週間が過ぎました。
その間、私は毎日、ミリアさんのお迎えでお店に行き、
夕方から夜までお店で働き、セランかカースかバルトさんかが
お迎えに来てくれての送迎付でお店に行ってました。
もう付き添わなくても大丈夫と何度か言ったのですが、
皆さん、大変過保護気味でした。
いわく、一人にしたら捕まったやつらの仲間から、仕返しをうけるかもしれないから。
いわく、一人にしたら余計な事に巻き込まれそうだから。
いわく、一人にしたらどこで怪我をするかしれないから。
ありとあらゆる理由が私に当てはまりますが、
最後は船長命令でもあるからとのこと。
つまり、レヴィ船長から一人歩きの許可はまだ出ません。
皆の時間を私の為に割いてもらうのはとっても心苦しいのですが、
心配してくれるのは嬉しいし、誰かといつも一緒は、
どちらかというと楽です。
それに、夜の帰り道は酔っ払いが多く、
ちょっとした拍子に絡まれそうなので、
大変助かってます。
昨日、ピーナさんの容態が大分良くなったので、
セランから許可がでて、めでたく、
ピーナさんがお店に出られることになりました。
ずっと寝たきりでベッドからやっと解放されたピーナさんは、
嬉しくて張り切りすぎて、オトルさんに怒られるくらいでした。
リリーさんの足も完治して、お店に出られるようになりました。
これで人手は十分なので、私のお手伝いも終わりになりました。
2週間、いろいろありましたが、本当にあっという間でした。
あれから毎日のように、市場の人たちに声を掛けられ、
気さくに世間話も出来る間柄になりました。
私が誘拐されたことは市場の皆が知っていて、
余計に気にかけてくれ、ちょっとした機会を見つけては、
危ない人を見かけたら叫ぶようにとか、
変な人が近寄ってきたら逃げろとか、
いろいろ助言を言いに、オトルさんのお店に来てくれました。
そうして気がついたら、彼らは、
オトルさんの店の常連客の一員になってました。
美味しいものね。わかりますとも。
満席で入れなかったり、お昼が遅くなって、
オトルさんのご飯が売り切れていた時なんかは、それはもう、
がっかりではすまないくらいに嘆いているのです。
お腹を押さえ、悲壮な顔の彼らの姿を
入り口付近で沢山見るようになりました。
お店の増改装をしようかとオトルさんが悩むくらい
大人気のオトルさんのお店です。
ですが、増改築が終わるまで待てない。
そんな彼らに、私が市場まで出張し、
レナードさんのあの焼きそばを配達することにしました。
最初は、カースに持ってかえって食べさせてあげようと、
お弁当箱(油紙を引いた文箱)をもってレナードさん家の屋台に行き、
お弁当箱にやきそばを入れてもらってお店に行ったのですが、
お店の前で空腹で倒れそうなスミフさんに、
お弁当を見つけられて、やきそば弁当を振舞うことになったのです。
もの珍しさもあって、みんなでつついた焼きそば弁当は、
あっという間に皆のお腹に入ってしまいました。
その結果、皆さん、はまりました。
翌日から、お弁当を頼まれるようになったので、
びっくりしました。
オトルさんもレナードさんの焼きそばの魅力にはまったらしく、
お昼のまかないに、レナードさんのお弁当をぜひと言われました。
そんな感じでレナードさんの所に、風呂敷に空の箱を幾つも入れて、
背中に背負い、何度か往復してます。
やきそば弁当の普及に尽力してます。
こうして、美味しい食べ物の輪が出来上がりつつあります。
いいことですね。
「おい、メイ。
昼頃に馬車が来るんだろ。
そろそろ、したくしたらどうだ」
セランが、家の窓から顔をのぞかせて声をかけてきました。
そうでした。
急がないといけません。
やきそば弁当について、熱く語っている場合ではありませんでした。
ほぼ2週間前に、一通の招待状を受け取りました。
その招待状は、王城からでした。
宛名は、医師であるセランとその娘の私でした。
なにやら、誘拐騒ぎに王様の知人が関わっていたらしく、
そのお礼を兼ねてお茶にご招待したい云々、だそうです。
セランは彼らの治療をしたから、呼ばれるのはわかるのですが、
なぜ私まで呼ばれるのでしょう。
疑問に思っていたら、そういうものだそうです。
正式な招待には、同伴者は必須だそうです。
主人が呼ばれればその婦人が一緒に。
婦人がいないならば娘を一緒にが、常識だそうです。
偉い人の常識って、堅苦しいのね。
でも、私の持っている一張羅は、ピンクのワンピースのみ。
夜に洗って部屋干ししてお昼までに乾いたら、
それを着ていこうと着まわし計画を立てていました。
そうしたら、とっても嬉しいびっくりなプレゼントが
私に贈られました。
3日前に、カースから靴が、
2日前に、セランとバルトさんから、バッグと帽子。
昨日、レヴィ船長から、レモン色の綺麗な洋服が届きました。
ピーナさんとオトルさんから、給料の替わりだと
綺麗なレースのハンカチや靴下や小物。
ミリアさんからは、真っ白の手触りの良い肌着をもらいました。
これ一式着たら、どこかのお嬢様に見えます。
そのくらいに、皆、奮発してくれました。
「これで王城に行っても、気後れすることはないですよ」
カースの言葉に、皆の優しい気遣いを感じ涙がでました。
乾いたシーツを全て取り込み折りたたみ、
各部屋のベッドにぱっぱっとつけて、他の洗濯物を片付けて、
急いで2階の自分の部屋にあがります。
両手と顔を洗って、手ぬぐいでぐいっと水気をふき取ります。
鏡を見る暇もなく、洗面所をでて、
クローゼットを開け新しい服一式を出しました。
新しい靴下、肌着をつけて、洋服を着込みました。
サイズは測ったかのように、ぴったりでした。
新しい洋服は、ボレロタイプの上着がついている、
レモン色のワンピースでした。
シンプルだけど、上品なデザインです。
裾には、銀と白の刺繍の縁取り、
襟元と手首には細かいレースがあり、プロの仕事です。
靴は、黒の革の5センチほどの高さのヒールがある、ローファー型の靴。
今まで、皮の編み上げブーツとか、低い歩き安いものばかりだったので、
ちょっと、目線の位置が高くなりました。
帽子は、白の木綿の生地にレモン色のリボン。
前方にだけ、つばが広がって、リボンを一周させ、後ろから、
顎の下で、結ぶようになったもの。
バッグは黒の皮のハンドバッグ。
腕に下げるタイプのもので、形は、おむすび型。
真上についた、がま口の取っ手が可愛いです。
それらを、身に着けて、鏡を見ると、
服だけは立派なお嬢様です。
服に着られている感じです。
余りの、ちぐはぐさにがっくりします。
(当たり前よ、髪に寝癖がついたままだからよ。
綺麗に直したら似合うと思うわよ)
鏡の中の私の頭は、右に全てが寄っている髪型になっていた。
特に、後ろが酷いんです。
そんなこと言ったって、今日の寝癖、
全然直らなかったのよ。
動いていれば、直ると思ったけど、
さっぱり直らない。
(本当に、頑固な寝癖なのね)
お風呂に入りなおすしかないかあ。
あきらめて、服のボタンを外しかけた。
(仕方ないわね。 ちょっと待ちなさい)
腕輪から、すうっと照が出てきて、目の前に立ちました。
照が手をすうっと、私の髪に沿って撫で付けると、
アラ不思議。
頑固な寝癖が、へなっとなりました。
「照、これってどうやったの?」
「髪に水分を上から足しただけよ。
ちょっと、濡れているでしょ。
櫛で梳いてらっしゃい。 鏡を見ながらね。」
急いで鏡の前に立ち、櫛を持って、
タオルで叩きながら髪を梳いていきます。
うん。
大丈夫。
多分、乾いても跳ねないはず。
ええ、きっと。
希望系。
「メイ。そろそろ、降りてきてください。
迎えの馬車が来る頃ですよ」
カースが、ドアをノックして部屋まで迎えにきてくれました。
「はい。今行きます」
返事をして、帽子とハンドバッグを持ちました。
照、ありがとうね。
本当に、助かった。
(いいわよ。 さあ、行きましょうか)
階段をご機嫌でとんとんとリズムよく降りていくと、
一階の居間に、皆さん、勢ぞろいです。
セランは、今までに見たことも無い正装をしてました。
カチッとした服と言うより、びらびら? かもしれません。
濃紺のビロードの上着に同色のスラックス。
首元は詰まっていて、首周りに大き目のレース飾りが。
どちらかというと、フランスの昔のルイなんちゃらの時代の服みたいです。
まあ、白タイツではありませんけどね。
襟裳のヒラヒラが大変に気になりますが、
セランはまるで別人のようです。
いつものだらっと気崩した船乗りセランではなく、
貴族のゆったりセレブ風セランです。
じっと見ていたら、こちらもじっと見られていることに、
気がつきました。
「セラン、その格好初めて見ました。
りっぱな偉い人に見えます」
セランの側に寄って行きます。
「そうか? 商館で借りたんだが、
どうも勝手が悪くてな。 落ち着かないってとこだ」
うん。
さっきから、首元に指を突っ込んで微妙に伸ばしてます。
借り物だったのか。
返すときは、首のとこの生地が、
びろーんって伸びているかもしれませんね。
「メイも、普段より、娘らしい格好でいいんじゃないか?」
そうですか?
ちょっと照れてしまいますね。
「メイ。 こちらにも見せてください」
カースに呼ばれたので、カースたちの方を向くと、
カースやバルトさんレヴィ船長の目が、
嬉しそうに微笑んでました。
「おい、メイ。 それなら、王城に行っても、猫をかぶれるぜ」
バルトさん、猫って、巨大なものをかぶる必要ありですか?
「ええ、黙って座っていたら、お嬢様にみえるでしょう」
カース、黙って座ってろ、と言いたいわけですか?
「メイ、その格好は、お前に良く似合っている。
堂々と行って来い」
レヴィ船長に、頭を撫でられました。
大きな暖かな手が優しく撫でるのは、大変心地良いです。
レヴィ船長、ありがとうございます。
「だが、危ないところには決して近づくな。
変な人にはついていくな。 いいな。メイ」
はい。
段々、耳蛸になってきましたよ。
ほぼ毎日、必ず誰かに言われ続けていますからね。
心に、きっと刷り込まれているはずです。
「はい。 行ってきます」
お迎えの黒塗りの箱馬車が、それから直ぐにやってきて、
家の前に止まり、セランと2人で馬車に乗り込みました。
外装は、一般の外を走っている馬車と大して変わりません。
むしろ、飾りが何も無い分質素に見えます。
ですがこの馬車は、王城からのお迎え馬車。
実は、街中を普通に走っている馬車よりも、
内装がグレードアップしてます。
つまり、ふわふわのクッションに濃い皮張りの壁紙、
ビロードが張られた座り心地の良い長椅子。
小さな引き窓につけられたかカーテンも外側は、黒皮の重たいもの。
内側にはレースのカーテンがかかり、なんとなく洒落てます。
その上、座ってて余り振動がお尻に響きません。
以前に警邏でのせられた馬車は、石畳を走るとき、
その振動にお尻が飛び跳ねてました。
偉い人専用の馬車は、今で言う、横に長い高級車みたいな感じでした。
まあそんな高級車には、過去に乗ったことも、
見たこともないんですけどね。
馬の速度はほぼ一定で、遅すぎず早すぎずで、
カツカツカツと蹄の音が石畳を蹴っています。
窓から見える外の風景も、ゆったりと流れるように、
変わっていきます。
白い石壁から、赤いレンガの壁に。
そして、噴水横の広場の横を通り抜け、
国議会の前の道から、左に大きく迂回します。
大通りを外れた通りには、大きくきらびやかで、
結構、無節操な貴族のお屋敷郡が、我先にと
でこぼこと高さと色を変えながら立ち並んでます。
そこを通り抜けると、
目の前には、立派な木々が立ち並ぶ並木道。
並木道を、馬車で10分ほど走りました。
ほぼ同じ高さの並木が、両脇に立ち並んでます。
その並木道の先に、真っ白な王城がありました。
規模は、貴族のお屋敷よりもかなり高く大きく、
背が高い塔が4つ、四方を囲むように立ち、
中央にはいかにもお城な建物がありました。
どちらかというと、城砦に近いかもしれません。
建物の天辺が尖ってないですからね。
近くに来ればくるほど、装飾が殆どない、
地味な感じのお城です。
私の中でお城といったら、ヨーロッパの有名なお城が浮かぶが、
あれらは一様に装飾過多です。
ですが、綺麗なのは綺麗です。
真っ白なお城はお日様の光が当たって、
白が反射して目に痛いです。
サングラスが欲しいですね。
窓から、身を乗り出すようにしてみていたら、
セランにお尻を叩かれました。
「落ち着け。危ないから、座ってろ」
危ないって、子供じゃないんだから落ちませんよ。
でも、目が痛くなったので外に顔を出すのはやめました。
大人ですしね。
そうしてしばらく大人しくしていたら、
馬車の轍の音と馬の蹄の音がぴたっと止まりました。
セランと目を合わせて、扉が開くのを待っていたら、
どきどきしてきました。
これって、自分で扉開けるの?
それとも、待ってればいいのかしら。
なかなか開かない扉を、どうしたら良いのかとやきもきしてたら、
やっと外から、お声が掛かりました。
「到着でございます。 お開けしてもよろしいでしょうか?」
待っていた声に、ちょっと高くなって緊張した声で返事しました。
「はい。 お願いします」
あけられた馬車の扉をくぐって降りると、お城の正面玄関です。
そこは、真っ白な大きな柱が何本も立っている玄関でした。
どこかで見たようなと思っていたら、思い出しました。
国議会の入り口にそっくりです。
パルテノン神殿縮小版ですね。
執事さんのような、黒いお仕着せを着たおじいさんが、
馬車を降りて直ぐの所で、
片手を胸の前に置き軽く頭を下げ挨拶してくれました。
「ようこそいらっしゃいました。
中へご案内いたします。 よろしいでしょうか?」
セランがゆっくり頷き、先に執事さんの後をついていきます。
私は、遅れないようにその背中の後をついていきました。
正面入り口から中に入ると、吹き抜けの広い玄関になっていて、
その玄関から、3方向に向かって通路がおくにのびてます。
執事さんは、右側の通路を選び真っ直ぐに歩いていきます。
通路は一本道でした。
そうして歩いていくと、中庭らしきものが右側に見えました。
通路からこの中庭が見渡せるようになっていて、
色とりどりの花が咲いてました。
そんな綺麗な中庭にそって通路が続き、突き当たりを左に。
左に右にと何度も曲がり、
もう、最初の出入り口はどこだったのかわからないでしょう。
それに、このお城の中は通路も装飾が至極シンプル。
あちこちにある通路の飾り棚や、明り取りに置いてあるランプは、
どうやら実用重視で綺麗と言うほどではない。
そして、造りが一様に同じ様式の為、場所を特定する為の、
目印が一切ないのです。
壁の色も床の色も一様に同じです。
このお城で働く人達は、迷子にはならないんでしょうか。
そうして、15分ほど歩いたでしょうか。
部屋に案内されました。
こちらでお待ちくださいと、案内された部屋。
そこは、居間のような応接室のような、
ソファと足の短い長机がどどんと真ん中にある部屋でした。
大きな窓から、お日様の光が入って日当たり良好です。
壁には絵が一枚。
丸テーブルの上には、お花が飾ってある花瓶が一つ。
あとは、装飾らしいものはありません。
「王城って、入ったのは初めてだが、
話に聞いていた通り、質素かつ上品ないい雰囲気だ」
セランは貶しているのか、褒めているのかわからないですが、
何かに感心しながら、髭をさすってました。
私達は、しばらく部屋をうろうろしてましたが、
何をするわけでもなく手持ち無沙汰になってしまったので、
そのままソファに腰を降ろしました。
「このお城、思っていたより広いんですね。
国議会の大きさに気を取られていて、
そんなに大きいものだと思ってませんでした」
深々とソファに腰を沈め、その柔らかさを堪能します。
ああ、このソファ、柔らかくて気持ち良い。
私のベッドよりもふわふわです。
お金、かけているところはかけているんですね。
わかる人はわかるということでしょうか。
なるほど、セランの感心は、
こういうところなのかもしれません。
ドアが軽くノックされて、
メイドさんがお茶セットを持ってやってきました。
シンプルだけど高そうな白の青磁に金の縁取りの紅茶セット。
そこに、ふわりと漂う美味しそうな紅茶が湯気を立てて注がれます。
お茶請けは、クッキーと簡単なマフィン。
でも、クッキーは、なんとイルバリの花模様が。
マフィンには、これはレーズンかと思ったら、
イルバリの種の砂糖漬が入ってました。
全ての芸が細かいです。
感心します。
それに美味しいです。
クッキーは、甘くさくさくでガレットのようです。
マフィンはふわふわで、舌の上で蜂蜜な香りが広がりました。
隠し味は蜂蜜ですか。
お土産に持って帰りたいです。
これ、ハンカチに包んで持って帰っちゃいけないでしょうか。
メイドさんは、ニコニコ笑ってどんどん紅茶をついでくれます。
直ぐに、お腹がいっぱいたぷたぷになり、
次第に、当然のことながらお手洗いに行きたくなりました。
メイドさんに、こそっと場所を聞くと、
案内をしてくれました。
ほっとしました。
右に左にと言われてもさっぱりですからね。
無事にさっぱりすませて、お手洗いから出てくると、
メイドさんの姿が見えません。
うん?
どこにいったんでしょう。
誰かに呼ばれたとかかしら。
ここで待ってればいいのかしら。
ですが、10分ほど待っても、
全然メイドさんの姿すら見えません。
(帰ってこないわね)
そうだね。
これは、一人で部屋まで帰れってことかしら。
(覚えてるの?)
いえいえ。
お手洗いに行く時は、
周りに気を使っていられない状態でしたので。
(覚えてないのね)
照こそ、お部屋までの道がわかりますか?
(……わからないわよ)
そうですか。
ならばやっぱり、手当たりしだいに歩いて、
人を見つけるしかないですね。
とりあえず、朧な記憶で右に左にと曲がると、
やはりさっきと同じような場所でした。
眉を寄せて、ざかざかと大またでその場所を通り抜けて、
さらに左に曲がると 先ほどの通った中庭とよく似た景色。
ここってさっきの中庭?
(でも、お城の中庭にしては小さいわよ?)
このお城、造りは質素なんだって。
だから、中庭も質素風でお花が豪華なのかもしれない。
(なによ、それ)
まあ、まあ。
でもここが中庭なら、玄関までの道わかるかも。
たしか、右に曲がって、左、左で抜けたら、そこは……
(どこが、玄関なのよ)
あれ?
階段がありました。
ここは通ってないですね。
でも、どこに行ったらいいかわからない。
とりあえず、誰かを探さないと永遠に迷子でしょう。
上から、誰かの話し声がしているので、階段をあがってみました。
階段を上がった先には、男の人が一人。
助かった。あの人に聞こうと近づくと、
誰かの声がして、その人はすたすたとどこかへ行ってしまいました。
そんなあ。
目の前には外に繋がる渡り廊下。
その向うは塔ですかね。
まいったね、これはもう。
(迷子ね)
はい、そうです。




