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箱をあけよう  作者: ひろりん
第3章:港街騒動編
71/240

久しぶりです。

ポロンポロンと弦が爪弾かれる音がする。

ハープの音のような、ギターの音のような、

懐かしい旋律と、暖かい音。

耳に流れていく音楽の音色は、絶えず優しい。


音を耳で拾いながら、音階をたどる。


こわばっていた体が、ぼろぼろとタイルが剥がれるように

こなれていき、肩から力が抜けた。


だけど、瞼は、釘で打ちつけられたかのように、開かない。


酷く、体が重い。

右の手も、左の足も、全てが作り物のようだ。

自分の体ではないような、

もどかしい感覚が頭をよぎる。


脳裏に響く音色が、不自由な体の上を撫ぜる。

意識がゆらゆらと揺れている中で、ただ、音を聞いていた。


どこか遠いところで揺れる草と草の擦れる音。

段々と音が近づいてくる。

側近くまできたら、それは、草の音ではないことに気がついた。

布がさらさらと何かにすれる音だ。


暖かい何かが、私のお腹の上に乗った。


その何かは、お腹の鳩尾の部分から、熱源を注ぎ込んでいく。

熱源は、音楽の調べと同じリズムを刻みながら、私の体の内部を駆け巡る。


どくどくと言う、私の心臓のリズムと音楽のリズムが重なっていく。


深いところにいた意識が、ゆっくりと浮上してきた。


こわばって、冷たかった体にじんわりと温度が戻っていく。

頭の先から、足の先まで、体中に暖かさが広がって、

手足の硬直をじわじわと解いていった。


指先を確認するように、動かしながら、大きく息を吸い込む。


はあー、ふう。


ああ、気持ち良いなあ。

やっと動けるようになった。

開放感が満ちる。


この感覚は、癖になる。

体の全身から喜んでいる感覚が伝わってくる。


目を瞑ったままで、思考を働かす。

今の私の状態を確認する。


そうして、自分の意識がいる場所は、どこなのか

ぼんやりとだが、わかった。


いつもの、白い空間。


狸と自分の夢の空間。


言葉尻だけを捉えるならば、とても趣がある言葉だが、

実際は、困惑と混乱を教えられる場所でもあった。


だからだろう。

なんとなく、目を開けたくなかった。


深呼吸をして、空気を体により多く取り込む。


横道にそれるかの様に、他のことをわざと考える。


それにしても、この曲を演奏している人って、

最高の演奏家だと思う。

これだけで、一生食べていけるに違いない。


この音楽は、現実の世界に持って帰りたいくらいだ。


ミュージックセラピーの一種かな。

今まで、そういったCDとかに興味は無かったけど、

ああいった音楽は、あると嬉しい一品だと今は思う。


体が、なんとなく軽くなってきた今、

心も、軽くなってきたようで、浮かれ気味だ。

ちょっとだけ走って、どこかにいきたい気分になった。



ここで、ストレッチをしてみる。


右に左にと腰を動かし、両手を前に、下に、上に。

アキレス腱を伸ばし、足首を回す。


よし、問題ない。


いくかっと身構えたら、真上から声が降ってきた。


「どこへ行く気なんですか。 芽衣子さん。」


やっぱり。

正直、このまま、目覚めたいのですが、それは可能でしょうか。



「ほら、変にひねくれてないで、あがってきてよ。

 ここに、コーヒー入れてるからね。」


はう。

コーヒー。


好物を盾に出されたら、行かないなんて選択はありません。、



まあ、今日は、この間のリベンジもしないといけないし。

しっかりと味わって、後悔しないようにしよう。


いつの間にか出来ていた、目の前の真っ白な道。

その道は、真っ直ぐ斜め上に伸びていく。

私は、いつものように、白い道を早足に歩いてあがりました。

その際、決して、下は見ません。

高所恐怖症では、無いんですが、なんとなくです。



そうして、目の前に現れたのは、やはり、龍宮古書店の看板を持つ

あのあやしい本屋だ。

入口についてる、自動ドアの開閉ボタンを、ポチっと押した。

すうっと開かれたドアから、いつものように中に足を踏み入れた。


中は、やっぱり、圧倒されるほど本棚の壁。

中央を囲む様に、吹き抜けになり、天井が見えない。


その中央には、革張りのゆったりとしたソファセットに

高い位置にある丸机。

その机の上には、いい香りがするコーヒーが、湯気を立てていた。


いつもと同じ、模様替えの仕様の無い部屋だ。


唯一の模様替えは、ソファーの色。

本日は、紫でした。


うーん。

何故に紫。

それも、薄いラベンダーに近い色の薄紫ですね。


私の気分は、薄紫なのかしら。


まあ、いっか。

気にしたらきりが無いからね。


ソファーに近づき、ぼすっと腰を落とし、

目の前に座っている狸を横目に

机の上のコーヒーを取り上げた。


一口、二口。

ああ、美味しい。

この味、至福だわー。


まったりと目を閉じて、コーヒーを堪能していたら、

この感動を、邪魔する声が聞こえてきた。


「美味しいでしょう。芽衣子さんの記憶の中で、

 一番美味しかったものを、再現してるからね。」


得意げに言う目の前の狸に、ようやく視線をあわせた。


それって、狸の手柄のように言ってるけど、どうなのかな。

まあ、美味しいから考えないようにしよう。


「おめでとう。芽衣子さん。

 3つ目の宝玉、回収達成だよ。」


あれ、何時の間に。


途中から、すっかりと忘れていた。

そういえば、チェットさんが、持っていたんだったよね。


でも、なんで、回収できたんだろう。


何度か左右に首をひねる。


「今回の宝玉は、信愛。 

 愛を信じる心だね。」


ああ、なるほど。

チェットさん、愛欠乏症だったんですね。


脳裏に、チェットさんとリリーさんの顔が浮かぶ。


今回は、リリーさんが、頑張ったから、

チェットさんは、愛を信じられる様になったと思う。


だって、ナイフの前に飛び出していったのには、

本当に、びっくりした。


あれは、正に愛だよね。 


ドラマとかで、愛ここにってロゴが入りそうだ。


なんとなく、棚からぼた餅気分だ。

何時の間にか、宝玉帰ってきてる。



「そうだね。

 今回は、僕が随分と手助けしたからね。」


会うと、訳のわからないことばかり言う狸。

この狸のお世話になったって、実感が正直ない。


「何言ってるの。

 今回だって、僕の言ったとおりだったでしょう。」



えーと、同じなのは、壷、売ってないだけだったよ。


「嘘が、見分けられた。」


え?


あれ、狸のしわざだったの?


まあ、それは確かに役にたった気がする。


それに関しては、凄いです。

ちょっと、今、びっくりしました。


「あれは、宝玉同士が反応しあって

 君の願いに、作用したからだけどね。」


宝玉が?

それは、狸の能力ではないってことですよね。


はあ。


びっくりした。


狸にそんな大きな力があるなんて、

一瞬、呼び方を大狸にすべきか迷ったよ。


「この間から、言ってるけど、

 僕の名前は、春海だからね。」


だって、似合ってない。


狸が、一番しっくりくるというか、

呼びやすいというか。


「酷い事、いってるよね。わかってる?

 ところで、芽衣子さん。

 クッキー食べる? ジンジャークッキーだよ。

 好きだよね。」


何もない空間から、私の顔よりも大きな皿が現れる。

焼きたての良い香りを放つ、人型のジンジャークッキーが載った大皿が

狸の手の上に鎮座していた。




……いただきます。春海さん。


「最初から、春ちゃんで良いって言ってるでしょう。」


春ちゃんね。

まあ、次回からと言うことで。


ああ、クッキーが美味しい。

前みたいに、消えてしまう前にと、しっかりと掴んで、

さっさと口にほうばります。


「芽衣子さん、そんなに警戒しなくても。

 そろそろ、慣れてきたでしょう。」


警戒するなというほうが、無理だと思います。

それに、早く食べておかないと、消えたら味わえないからね。


「芽衣子さんが、目を覚ますのが早いんだよ。

 僕のせいじゃない。」


聞き捨てならない言葉です。

目覚めがいい、自分の体質のせいですか。

ちょっとだけショックです。


これは、要研究かもしれません。

自分に暗示をかけるとか、可能だろうか。


いわく、美味しいものを食べている時には、目覚めないとか。

……無理だ。


そこまで、現実の自分の管理が、夢の中で出来るわけないし。



春海は、芽衣子の正面のソファにゆったりと腰かけ、

大皿のクッキーを一つ摘み上げる。

人間の形のクッキーは、粗目の砂糖が掛かった甘そうなクッキーだ。


甘いものは、そんなに好きではないが、

芽衣子の好きなものに興味があったので、

そのまま、クッキーを口に運ぶ。


甘味の中に、生姜のぴりっとした苦味が相まって

後味がなかなかに良いクッキーだった。


春海もコーヒーの香りを満喫するように、

一口一口の余韻を楽しむ。



「今回は、たまたま、覘いたら刃傷沙汰だろう。」


たまたま?


「天空の神様に、雷を飛ばしてもらったんだよ。

 まあ、あんなとこに落ちるとは、思わなかったけど。」


は?


あの雷、春ちゃんが落としてくれたんだ。

それも、予定外の場所に落ちるって、いまいち制御不安定?


もし、私や、チェットさんたちに

落ちてたら、今、黒こげだ。 



「君には加護がついているから、雷は反れるよ。

 抜かりないでしょう。」


雷が、膨大な光が、目の前で弾けた記憶が、脳裏に蘇る。


ちょっとだけ思い出して、ぞっとした。

あのボスの人、助かったんだろうか。


「こう、ちょいちょいって。

 天空の神様は、器用なんだよ。さすがだね。」

 

器用って、そういうレベルなんですか。

もう、なんだか、疲れてきました。



コーヒーのお代わりを所望します。

ついでにクッキーも。

頭の中が、糖分を必要としているんです。


「ほらほら、いじけてないで、

 本題にそろそろ入ろうか。」


嫌です。

食べ終わってからでお願いします。

本題に入ってしまったら、クッキーやコーヒーが終わる前に

目が覚めるかもしれない。



春ちゃんは、どこからか、お代わりのコーヒーを出してきた。

勿論、クッキーのお代わりのお皿も一緒にだ。

その鮮やかなしぐさは、マジシャンを思わせる。



「ねえ。芽衣子さん。

 双子ってどう思う?」


え?

覚悟してたのに、世間話ですか?

近所のおばさんたちが、

ねえねえ、あの人達ってどう思うって感じの。


「聞いてないね。」



聞いてますとも。

双子でしょう。


可愛いよね。


小さい子供が2人して同じ着物着て、

神社に、あけましておめでとうって来られた時、

余りの可愛さに、シャメを一枚お願いしますって言うところでした。


一人でも可愛いのにダブルなんて、最強だよね。


「最強ね。 最凶って同じくくりなんだよね。」


くくりって?


「実際に、神様は関与してないから。」


双子が可愛いかどうかってこと?


「天井に気をつけてね。」


さっきから、意味が繋がらない。

双子と天井と、どういう関係があるのよ。


もぐもぐと頬張ったクッキーをごくんと飲み込み、

残りのコーヒーをぐっとのみほした。


「違うよ。ああ、そろそろ目覚めるみたいだよ。

 じゃあ、頑張ってね。」


ぐっとコーヒーカップを持ち上げたところで、カップが消えていく。

勿論、反対の手に握っていたクッキーも。

コーヒーに気を取られて、さっき聞いた言葉の意味、考えてなかった。


あとで、起きてから考えよう。

わからないのは、夢の中だからかもしれないし。


もしかして、出たとこ勝負なのかなあ、また。



「せっかくのアドバイスだよ。

 聞いてくれないと大怪我するからね。」


え?大怪我?

慌てて、背筋を伸ばし、口元をぐっと手で拭く。


真剣に聞かせていただきます。

説明をお願いします。


ぐっと詰め寄ったが、遅かったようだ。


その姿も、本屋の風景も、

何もかも、白い風景の中に飲み込まれていった。







私の問いに、春狸が答えるかわりに、

どこからか、聞いたことのある音がした。


きゅーーくるくる。

ぐううーぐう。


ナンですかね。

どこかの珍妙生物の鳴き声でしょうか。


ぐうーきゅうーぐう。


でも、やけに、近くで鳴いている。


ぐるぐ、きゅきゅきゅーぐう。




(うるさいわよ。起きて。

 その音、なんとかしたらどうなの)


そうだね。

でも、なんとかって、私がするの?


(あたりまえでしょう。 

 寝ぼけてないで、いい加減起きたらどうなのよ)


ぐううぐうーきゅうーぐう。


うーん。

一層、音が大きくなった。


この音を聞いてると、心までが殺伐としそうですよ。

何故でしょうか。


照さん、わかりますか?


(貴方が、寝ぼけているからわからないだけだと思うわよ)


そうか、寝ぼけているのか。

なら、まず、目を開けてみないとね。


よっと掛け声をかけて、両目をぱっちりと開く。


私の目の前には、最近みなれた部屋の天井。



ぼうっと天井を見つめながら、

あげていた右手を下ろした。


(やっと目が覚めた。もう、朝よ)


うん? 今のって、照の声に似てる。


(いいかげん目を覚ましなさいよ。ねぼすけ)


おお、その言い草は、照ですね。


おはよう、照。

久しぶり。

もう、起きてもいいの?


(ええ、もう大丈夫よ。

 長く眠っていたし、昨日の一件も、

 さほど問題ないくらいに回復してるわ。)


昨日?


(ほら、落雷よ。 

 感電しないように、私が膜を張ったの。

 貴方と、貴方が守りたかったあの二人にね。)



目からぽろっと鱗が落ちたって、

こういう時に使うのでしょう。



照。


(なによ)


照。


(だから、何)


ありがとう。本当に感謝します。


照のお陰だったんだ。 

よかった。

照は、2人の恩人だね。


心の中で盛大に頭を下げた。



(別に、あれくらい、なんとも無いけど。)



照の口調が懐かしい。


そっか。

もう寝なくていいのね。


なら、実際に顔を見れる?


(いいわよ。びっくりさせるけど)


なにが?


(ほら、起きて御覧なさい)


ベッドから、起きてみたら、

いつの間にかベッドサイドに

私の肩くらいの、背の高さの少女がいた。


金の目の見たことがあるような容貌。

足元まで伸びた、金色の長い髪。

ぱっとみた感じの年齢は14,5歳くらいだ。


びっくりして、口が閉じられなくなった。


その特徴で、照とわかるけど、

私が最後に見た照は、背の高さが、

私の腰くらいしかなかったはず。


「どう、びっくりしたでしょう。」


照は得意げに、胸をそらした。

その胸の大きさも、すでに、

私のと変わらない、いや、ちょっと上かも。


「大きくなっちゃったの?」


ちょっとショック。


「なによ。成長したのよ。

 喜んでくれてもいいじゃない。」


そうだね。それは喜ばしいことだね。

でも、あの子供の照を、抱っこしてみたかったなあ。


お膝に抱っこして、ぎゅっとして、

髪の毛を編み編みしたかったのに。


まあ、こころのシャメで我慢だね。

でも、あの照もこの照も同じ照だ。

大きくなっても、変わらない。


「そうだね。成長できたんだね。

 おめでとう。照。」


誇らしげに胸をそらす照の顔が、

ほほえましくて、可愛らしい。


「からっぽまで、能力を使ったのがよかったのかしら。

 どうしてかわからないけど、私、成長してるのよ。

 力だって、以前よりももっと大きくなったわ。

 いつか、大人のセイレーンに、一人前になれるわ。」


キラキラした目を輝かせて、照は私の横に座った。

よほど嬉しいのか、早口で今後の夢を語った。


ずっと、大人になれないことを気にしていたものねえ。

とっても、嬉しいんだね。


成長に伴って髪の毛も伸びたらしい。

小さい時よりも、明らかに長く、

光輝き、つやつやして、鼈甲を溶かしたかのようだった。


窓から入る日の光に反射して、金の髪が金粉を撒き散らした様に光る。


それに、もちもちしていた白い肌は、

なめらかなぷるぷるお肌に変身していた。


丸みをおびていた顔は、細面になり、

大きな綺麗な目を、際だたせていた。


ぽちゃっとしていた子供特有の体つきは、

スレンダーなのにメリハリがある、

女性らしい体つきに変化し始めた様子だった。


唇は、さくらんぼのように赤い。


もともと、照は目鼻立ちは際立って、可愛いい子供でしたが、

今の照は、超絶美少女です。


綺麗で、可愛いものって見ていると

なんだかうずうずしてくる。


動物の毛並みだったら、ブラッシング。

人間だったら、勿論、髪遊びでしょう。


金のさらさらの髪。

大人バージョンになっても、

この髪は変わらないのが嬉しくなる。


私の、すぐ手の届くところに、金の髪。


「照、綺麗になったねえ。 

 それに、すっごく素敵な髪だよ。

 ねえ、編み編みしてもいい?」


手をわきわきと動かした。

さらっさらの金の髪。


ああ、編みこみしたい。

いろんな髪型で遊びたい。


「い、今は、駄目よ。

 そっ、そう、駄目なの。

 ほら、もうじき、人が来るわ。

 私は、腕輪に帰るわね。」


一瞬で、真っ赤に熟れたトマトのようになった照は、

さっさと腕輪の中に帰ってしまった。


ああ、帰っちゃった。


いつか、必ず。

あんな髪型とかこんな髪型とかで遊ばしてもらおう。


照、いいですかね。


私の決意に照の返事は無かった。






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