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箱をあけよう  作者: ひろりん
第3章:港街騒動編
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警邏の医務室ともう一つのその後




「皆さん、こちらの部屋へ。」


迎えの馬車から降りて、案内された警邏の部屋。


そこで待っていたのは、顎鬚が生えた、若い街医者だった。


「セラン先生、被害者の方々をお連れしました。

 診察と手当てをお願いします。」


そう言って、案内してきた警邏の職員は部屋を出て行った。


医者は、僕達をざっと見渡した後、意識がなかった二人の子供、

肩や足に怪我をしていた女性、顔を腫らした女の子、

といった感じで、重傷者から診察をはじめ、的確に治療していった。


その手際のよさは、ただの街医者にしておくには惜しいほどだ。


僕は、後回しだった。


別に、文句を言いたいわけじゃない。


一緒に捕まっていたのは、僕より年端のいかない子供も多く、

彼らの様子がおかしかったのは、十分把握していた。


だけど、こんな風に目の前で、

誰かが治療されていくのを見るのは、初めてだった。


手当てを終えた後、彼らの様子は目に見えて変わっていた。


顔色もよくなり、表情に明るさも垣間見える。

その様子に思わず、笑みを浮かべる。


本当に、腕の良い医者だ。


「おい、坊主。 お前の番だ。 待たせたな。

 どこか痛むところとか、自分で言えるか。」


この言葉にちょっと、むっとしながら、答えを返す。


「坊主じゃない。子供扱いはするな。

 痛みは、手首の傷と腕に幾つか、

 頭の右後ろを殴られたのが、気になるくらいだ。」 


医者の前の椅子に腰掛けて、ずいっと手首を見せた。


そこには、軽い切り傷と、縄の跡。


医者は、手首を手に取り、上に下にと軽く動かして、動作の確認をする。


「どうだ、どこか痛むか。」


それに対して、首を振る。


医者は、俺の表情を確認した後、続いて腕の傷、頭の右後ろを確認していた。


「薬を塗って、3日もあれば、傷は気にならなくなるだろう。

 頭は、殴られてから2日以上は経っているから、浮腫の問題もないだろう。

 瘤が出来ているようだから、痛むようなら、冷たい布でもあてておけ。」


正解だ。 

殴られて気絶してさらわれたのが、丁度3日前に昼だからだ。


医者は、軟膏をたっぷりと傷口に塗りこんでいった。


「よし、終わりだ。お疲れさん。

 よく頑張ったな。坊主。」


そういって、頭をくしゃっと撫でてくれた。


また坊主と言った医者に、抗議しようと思っていたが、

その笑顔と与えられた手の暖かさに、躊躇した。


僕の父親ですら、こんな風に、僕に接してくれたことはないからだ。


いつも、他人行儀な父とで、つい比較してしまう。


だから、その対応が嬉しくて、ちょっと気恥ずかしくて、

ただ下を向いて、されるままに頭を預けていた。


「セラン先生。後続の馬車に問題があったようで、遅れてます。

 なので、こちらの治療が終わった方々は、待合の家族の方へお連れします。

 来られてない方は、宿舎に案内いたします。」


警邏の案内人が、やってきて僕達にそう告げた。


その言葉に、ひっかかりを覚えた。


僕と一緒にいた、あの子。

多分、年は同じくらいの、一番最後にさらわれてきた女の子。


びっくりするほど、面白く変わっている女の子。

考えていること、思っていることがすぐに顔に出る。


あんな子には、今まで会った事なかったから、

物珍しく、気になるのだろう。


あの子は、今、ここにいない。

以前からの知り合いらしい、意識の無かった女性と一緒に、

後から来るのだと思っていた。


だから、後続の馬車と聞いて、気になった。


「問題? 事故にでもあったのか?」


聞いたが、警邏の者は教えてくれなかった。

その対応に苛立ち、舌打ちしそうになるのをぐっとこらえた。


僕の肩に、医者の手が軽く乗せられたので、医者の方を見上げた。


「まあ、大丈夫だろ。 心配しても、どうにもならん。

 お前は、家族が迎えに来ているんじゃないのか。

 まず、そっちを優先しろ。」


医者の言っていることは、当然だ。

僕は、無力な子供でしかないからだ。


多分、家族の迎えも来ているだろう。

だけど、頭の中に、あの子の顔がちらついて離れなかった。


あんなに側にいたのに、名前すら、聞かなかったし、

こちらも名乗らなかった。


捕まっていた状態では、仕方ないのは理解しているが、

名前くらい聞いておけば、よかった。


案内されて、離れてしまうと、あの子とのつながりは

切れてしまうのだろうか。


僕は、今までに無いほどの、焦りを感じている自分にただ驚くばかりだ。


ためらいを感じていたが、

僕は、背中をおされるままに、部屋を移動した。





案内人は、待合に皆を連れて行ったが、バルマン副所長という人がやってきて、

僕だけ、別室に案内された。


まあ、当然だろうな。


部屋に入ると直ぐに、見覚えのある、我が家の忠実な使用人2人が

椅子から腰を上げて、駆け寄ってきた。


「シオン様。 よくぞご無事で。」


涙ぐみながら、僕の前にひざまずき、僕を強い力で抱擁するのは、

幼子のころから、僕を育ててくれた乳母だ。

もう、かなりの高齢だが、僕の母のような、祖母のような人でもあった。


「マーサ、心配かけたな。すまない。」


乳母の肩を軽く叩きながら、その強い抱擁にほっとした。


「シオン様。 お怪我などなさってませんか?」


僕の様子を一歩下がったところで、心配そうに聞いてくるのは、

我が家の執事で、乳母の夫でもある、セザンである。

セザンはいつもよりも、やつれた顔をしていた。


「問題ない。手当ては先ほど受けた。

 ここの医者は、いい腕をしている。 

 街医者にしておくには、惜しいほどだった。」


張り詰めたような顔で、心配していたセザンの顔がふっと緩んだ。


「後で、私どもの方から、先生にお礼を申し上げておきましょう。

 シオン様。 屋敷に帰りましょう。

 皆様、そろって心配しておりますよ。」


セザンはマーサを立ち上がらせながら、僕の手を取った。

いつもと同じ、皺が数多く入った、年寄りの手だ。

その手はいつも暖かい。


「皆様? 父上と母上もか?」


今まで、そのようなことなど期待したこともなかったが、

何故だか、聞いてみたくなった。


その質問に対する答えは、セザンとマーサの表情で理解した。


「いい。 詮無いことだ。 気にするな。」


申し訳なさそうな顔で、見返してくる彼らの顔に、

訓練済みの張り付いた笑顔で答えた。


もう、期待しないと決めたはずなのに、馬鹿だな。


ドアの側で、ずっと僕らの会話を聞いていたバルマン副所長が

近寄ってきたので、セザンが対応する。


「バルマン副所長様。 この度は、本当にありがとうございました。」


セザンが、深く懇切丁寧なお辞儀をした。


「いえ。ご無事でお戻りになり、本当によろしゅうございました。

 早速ですが、裏に警邏の印が入ってない、馬車を用意させました。

 警護もかねて、お屋敷まで、ご一緒いたします。」


僕は、その言葉に、眉を顰める。


「警護? 犯人は捕まったんだろう。 まだ、警戒が必要なのか?」


バルマンは、ちょっと苦笑しながら、答えた。


「犯人達が、幾人か逃走しました。

 殆どつかまりましたが、用心をかねてです。」


警邏に捕まったところは、しっかりとこの眼で見ている。

そして、馬車で到着したところも。


そして、逃走したと言うことは、

この警邏の建物内で、逃したと言うことだろう。


そうか、先ほどの問題とは、このことに関してかもしれない。

それならば、彼女とは関係ないかもしれない。

ちょっと、ほっとする。



「セザン、マーサ、屋敷に戻ろう。

 バルマンさん、案内を頼みます。」


何かを言おうとしていた二人を、軽く牽制して、声を掛けた。

僕の意図がわかったのだろう。

バルマンの顔が、面白そうに苦笑する。



「はい。それでは、こちらに。」


その案内で、裏口に向かい、

待っていた真っ黒な馬車で、警邏を後にした。






「バルマンさん、聞きたいことがあります。」


馬車に乗り、出発して直ぐに、バルマンに質問をぶつけた。


「はい。私が、お答えできる範囲であれば、なんなりと。」


バルマンは、淡々とした表情のままだ。


「僕と一緒に捕まっていた女の子が居たんだ。

 でも、一緒の馬車には乗ってなかった。

 あの子の事を知りたい。」


バルマンはちょっと、驚いたようで、目を瞬かせて、

その変わらない表情のままで、質問してきた。


「女の子ですか? 」


「ああ、僕と同じ歳くらいの女の子だ。

 黒い目に黒い髪をしていた。」


あの子の顔を思い浮かべながら、説明した。


バルマンは、視線を上に、少しずらして

左手の人差し指を口元に持っていき、考えていた。


しばらくして、彼は、口を開いた。



「確か、保護された被害者の中で黒髪は2人。

 一人が女性で、黒髪だったと記憶してます。

 ですが、年は16、7くらいだったと。」


16?17?

ありえないだろ。年上?


でも、あの強い意志を感じる目。

あれだけを見るならば、年上でも一応、無理やり納得できる。


最後に、助かったねって笑ったあの顔が、

忘れられない。 


あの笑顔を、もう一度、見たい。


「あの子に、もう一度、逢うことが出来るだろうか?」


バルマンの告げた彼女の年齢に、

いぶかしみながら、バルマンに希望を告げる。


彼女ともっと、きちんと話してみたい。


バルマンは、ちょっと返事に困ったようだったが、

軽く微笑みを浮かべて、答えてくれた。


「基本、個人情報ですから、一般の人には教えられないのですが、

 君ならば、問題ないでしょう。

 後で、警邏に帰って、本人に確認を取ってから、お知らせしましょう。」


その答えに、思わず顔がほころぶ。


「ああ、よろしく頼む。」


バルマンは、また淡々とした表情に戻り、軽く頷いた。


僕らの会話を聞いていたセザンが、困惑気に僕に尋ねてきた。


「シオン様。 その方とは、どういったことで……」



「どうもないが、しいて言うならば、恩人だろうか。 

 囚われている中で、希望を見せてくれた。」


いや、希望を見せてくれようとしたが正しいかもしれない。


実際に、助かったのは、警邏が踏み込んできたからだ。


だが、もし、こなかったら、僕は彼女と、協力し合い、

外に駆け出すつもりだった。


なぜだか、彼女といると、絶対に助かるような気がしていた。

それが、とても安心できた。


そして、助かったと、わかった時の彼女の笑顔。

思い出すと、心の中に春風が吹きぬける。


くすぐったいような、落ち着かないような気持ちになる。


この気持ちはなんと表現したらいいかわからないが、

シオンにとって、今までにない心地よさを覚える。


自然と緩むシオンの顔をみながら、

セザンとマーサは、お互いの顔をあわせて、

そっと手をあわせ、全てをわかったように微笑みあっていた。





馬車の轍を踏む音が止まり、屋敷に着いた事を御者が知らせた。


屋敷の門が開き、中に馬車を乗り入れる。


大きく、馬車は前庭を走りぬけ、屋敷の全貌が見えてきた。


それは、城であった。


国議会の後姿に姿を消されがちだが、きちんと整備された、

確固たる城。そう、王城であった。


再度、轍がとまり、馬車の止まった先に、幾人もの

使用人が、並んで、馬車の開くのを待っていた。


馬車の扉が開いて、銀の髪、紫の瞳の少年が降りてくると、

そろって、頭を深く下げる。


「シオン様、お帰りなさいませ。」


使用人の代表である、堂々とした体躯の年嵩の男が、

浪々と出迎えの挨拶を述べる。


それに対して、軽く頷いて、はっきりと言う。


「皆、心配をかけた。 今、帰った。」


この王城の現在の王、その家族の一員である自分は

決して、弱みを他人に見せてはならない。


だから、使用人に謝るとかは、一切しない。


それは、鉄則。 


今、ここにいる使用人は、王城に使えているのであって、 

シオン自身に仕えているわけでは、ないのだから。


出迎えの人達を両脇に、その間をゆっくりと歩き、

城の入り口から、中に入る。


緊張を解かないままに、西の回廊の先にある、自分の部屋に入る。

ほっと、一息ついたが、ノックの音で、再度、気を引き締める。


「王が、執務室でお待ちです。」


中に入って直ぐに、王の秘書官が、知らせをもってやってきた。


時刻は、夜中をとっくにすぎて、夜明け近い。

こんな時間まで、父である、王が僕を待っていてくれたのだろうか。

 

シオンの心の中が、申し訳なさと、嬉しさでいっぱいになる。


直ぐに、王城中心部にある、執務室に向かった。





執務室のドアをノックすると、秘書官の一人が、ゆっくりとドアを開けた。

その部屋には、いつものように、いかめしい顔をした、

父であり、この国の王、法制館の代表という肩書きを兼任している人が

大きな執務机に座って、仕事をしていた。


「父上、ご心配おかけいたしました。 今、戻りました。」


王は、机の上で、走らせているペンを、ピタッと止め、

こちらをゆっくりと見返した。


その表情は、不快さをあらわにしていた。


「全く、お前は、自分の立場と言うものを理解しているのか。

 お前の失態は、私の進退にも影響するのだ。

 よくよく気をつけなさい。

 王は継承されないとはいえ、我が家はすでに、三度、王を輩出した家柄だ。

 お前には、周囲も期待していること、努々忘れるな。」


低い、地を這うような声が、シオンの背中をぞっと冷やす。


そうだ、心配など、この父が、前面にだすはずがないのだ。

わかっていただろう。


決して、感情を荒げず、他国のどんな言葉にも、

威厳と理性をもって対応する、イルバリー王国の誇る王。


自分が、王の弱みなると知れることすら、この国の根底を揺るがす。


シオンの父は、父であることよりも、王であることを優先させた

確固たる信念の人。


それは、誇らしいはずの長所のはずなのに、

その日の王の言葉は、シオンの心に穴をあけていた。


「母上は? いかがされていますか?」


とっさに、父に尋ねた。

答えはいつもと同じ。

わかっているが、聞いてみたかった。


「マリアは、塔の教会だ。

 祈りの儀式とかで、1週間前から、出てきてない。

 多分、お前がいなくなっていたのも知らないだろう。

 無駄に、母を騒がせるな。」


祈りの儀式。


その言葉に、小さなため息がでる。


「報告は、本日の昼までには、あがってくる。

 その時に、確認が必要ならば、お前を呼ぶ。

 本日は、城からでないように。

 では、これまでだ。 部屋に帰れ。」


そう、低い声で、確認事項を述べる王の言葉に、

小さく頷き、部屋を後にした。


部屋の扉を閉めた時、手先がしびれていることに気がついた。

どうやら、握りこんでいた手のひらに爪が食い込んでいたようだった。


両手を開き、開閉運動を軽く数回繰り返す。


目の前に伸びた自分の影、それが、何故か無性に腹立たしかった。

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