逃げる計画をします。
銀の髪に紫の目の男の子。
顔立ちも可愛いというより、丹精美人顔です。
女の子でしたら、さぞかし美人になるだろうの組み合わせです。
「協力? お前は何だ。奴らの仲間ではないのか?」
失礼な。
あんな男と仲間だなんて、死んでもいやです。
「違います。私も商品です。補充のですけど」
胸を張って言うことではないですが。
「補充?」
首をかしげている彼を横目に、転がってぐったりしている
子供達に目をやった。
「具合が悪い子供がいるようです。
その補充ということだそうです」
彼らの具合を見てやりたいが、
私は医者ではないので、見てもどうしてもやれない。
「そうか、お前も浚われてきたんだな」
彼は、大きくため息をつき目を伏せました。
ええ、間違ってませんよ。
私は、さらわれてきたんです。
そう、最初は。
今は、乗り込んで見つかって捕まって、ここにいるのです。
全部言ったら、あきれられるような気がします。
ここは、年上の女としての尊厳のため、言わないことにしました。
「で、協力って、どうするんだ」
少年が、顔を上げた。
「チャンスがあればどちらかが逃げて、
闇市の場所を警邏に知らせるのです」
うん。それが一番いい。
警察に知らせるのが、非力な私達にできる最善のことだよね。
「どうやって?こんなに縛られているのに」
彼は、秀麗な顔には似合わない苦々しい顔で言い放った。
「あ、縄は切れます。ナイフ持ってるから。
今、ここで、その縄切っちゃうと、
すぐに人がきて捕まっちゃうから駄目ですけど」
彼の目の光が強くなった。
「お前、警邏の関係者か?」
関係者? 全く、関係者ではないよね。
警邏で知っている人っていったら、
昨日知り合いになったミリアさんの叔父さん。
たしか、オーロフさん、くらいなんですよ。
勢い良く、首を横に振って否定しました。
「いいえ」
私の返答に彼の顔が曇ってきました。
がっかりさせて申し訳ないですが、その通りなのです。
「なんだ、父上が助けをよこしてくれると思ったのに」
彼は、小さい声で何かを言ってます。
そんなに小さな声で言っても、聞こえませんよ。
それに、時間がないって言ってるのに。
何か真剣に考え事はしているらしくて、私の方を見ないで、
ぶつぶつと独り言を言っている。
少年よ、私の言うことを聞いてください。
「助けは、待っていれば必ず来るものではありません。
自分で動いて見つけて動く。
その方が助かる確率が高いのです」
少年は、私の言葉でぴたっと動作が止まりました。
ぶつぶつ文句も止まってます。
そう、欲しいものは自分から動かないと駄目なのです。
ケーキバイキングでは、欲しいものは必ず自分で、
一番に手を伸ばさないと、無くなるのです。
ちょっとだけ、ニュアンスが違う気がしますが、間違ってないと思います。
少年を説得しようにも、私には説得スキルに使う語彙が余りありません。
これで頷いてくれなければ、どうしようかと頭をひねっていたら、
少年がこちらを向きました。
「わかった。協力しよう」
少年の言葉使いとしてはやけに堅苦しいけど、
了承とれたのでいいとします。
「ありがとう」
にっこりと、少年の目を見て笑いました。
良かった。
ここで一人で逃げ出しても、逃げられる可能性は低い。
それに、例え逃げられたとしても、
ここにいる人たちに出会ってしまった以上、
見捨てて逃げると言う行為は、毎晩、夢にうなされるに違いない。
小心者の私としては、一番可能性が高く、
かつ、私の良心が痛まない方法を取りたいと思います。
そう、横断歩道、皆で渡れば怖くない作戦です。
つまり、人海作戦です。
動ける人が一斉に逃げ出したら、
誰か一人くらいは警邏までたどり着くかもしれない。
単純だけど、私の頭で考え付く今の一番良い方法です。
「それで、いつ逃げる」
逃げるタイミングですね。
そうだった、それは、えーと。
「もうじき、闇市の場所へ移動するそうです。
多分、私達、歩ける商品は、歩いての移動になると思います」
そう、多分。
馬車に乗せるにしても、ここからの移動で、
皆を担いで移動するのは、かなりの重労働で手間がかかります。
「どの道を通るのかわかりませんが、闇市の場所に入る前に、
縄を切って、走るというのはどうでしょう」
少年の眉が寄ります。
「馬車から、跳び降りるのか?」
まさか、そんな痛いことできません。
私は、アクション映画の俳優ではないのです。
「それは、却下でお願いします。
馬車がついて、降りてすぐというのは?」
警備がきついでしょうか。
でも、予想してても違っていることは多々あります。
臨機応変にいくのが、いいと思います。
「無理ではないか?」
「無理でも何でも、やるしかないんです。
先に、お互いのロープに切れ目を入れておいて、
逃げれそうな時に合図して、違う方向に一気に逃げるというのは、どうでしょう」
いい考えのような気がします。
ぐっと腕を前に掲げ自慢します。
縛られているので、お祈りのような形になってますが、気にしません。
ここに来て、ちょっとだけ冴えてます私。
「いつ切れ目を入れるんだ?
多分、移動の時は監視がつくぞ」
監視。見張りのことですよね。
そうか、駄目か。
折角いい考えだと思ったのに。
「今、入れるのは駄目ですか」
小さく息を吐きながら、そうっと少年に言う。
「それしかないだろうな。
移動の時には、足の縄は切られるだろうが、
腕はそのままかもしれない。
もし、縄を結びなおされたら、終わりだがな」
そうですよね。
可能性にかけるしかないということですね。
運は……悪いほうかもしれません、私。
何しろ、捕まってますから、いろいろと。
運がよけれは、あの男に見つからず、リリーさんを華麗に助けて、
さらに、囚われていた皆を無事に逃がし、怪人二重面相のように去っていたはずです。
ちょっと、夢というか、願望がかなり入ってますが。
少年が私の前で、ごろりと横になり、うつぶせになりました。
うん? 何してるんですか?
「おい、早くしろ。
奴らが帰ってくる前に、縄に切れ込みをいれるんだ。」
あ、そうですよね。
少年は私と違って、後ろ手に縛られているので、こうやって
後ろを見せてくれているんですね。
私は縛られたまま靴を脱ぎ、入れていたペーパーナイフを取り出しました。
両手でしっかりと握り、彼の腕と手首の縄目に切れ込みを幾つか入れます。
思っていた以上に、このナイフはよく切れます。
右手に怪我をしているせいで、器用にとは行きませんが、なんとか出来ました。
少年の腕がちょっと切れたかもしれないですが、そこは無視と言うことで。
「出来ましたよ」
汗をぐっとぬぐいます。
ふう、一仕事できました。
「おい、腕切れたぞ、へたくそ」
あ、やっぱり気がついてました?
痛かったですか?
「ごめんなさい」
素直に頭を下げました。
少年は、むうっと文句を言い足りない顔をしてましたが、
私の謝罪で、黙ってくれました。
次は、私の番です。
ナイフを、自分の手首の間にゆっくりと差込ました。
そのまま、手首をナイフごとねじります。
手首の皮膚が切れる痛みがありましたが、縄もしっかりと
切れ目が入りました。
これで、いいと思います。
手首のねじれを元に戻して、ナイフを床に落として、
また、私の靴の中にしまいました。
手首から、血がじわじわとにじんでいきます。
痛いですが、耐えられない痛みではありません。
これよりも、毎月くる女の子の痛みの方がもっと痛いです。
あ、そういえば、こちらの世界にきてから、一度もない。
神様特典というものかしら。
楽といえば楽ですね。
私の手首から血がぽとぽとと床に落ちました。
縄にも、真っ赤なしみがじわじわ広がります。
右手の包帯代わりに巻いたリボンにも、
しっかりとしみこみます。
ああ、折角、傷口がふさがって乾いていたのに、
また血でべしょべしょだよ。
「お前、血が出てるぞ。酷くきったのではないのか」
少年が私の血を見て、ぎょっとして声を上げました。
「はい。でも、すぐに止まります。
今日は流血2度目なので、血が余ってないですから」
貧血で死んでしまう前に、止まるはずです。
だって、死なないんですから。
本当に、心から痛いけど。
どかどかと立て続けに、複数の人間の大きな足音がした。
こっちの方に向かっている。
バンっと扉が開き、さっきの大きな男。
魚の死んだ目のような瞳の大男が、肩に、
ぐったりとしたリリーさんを担いで、部屋に入ってきました。
リリーさん、やっぱりまだ、捕まっていたんですね。
チェットさん、役立たずです。
ここは、リリーさんを愛する男として、颯爽と助けるところでしょう。
まあ、時間がなかったのは認めます。
ですが、私が捕まっている間も動かなかったチェットさんです。
リリーさんを助けに行くほうを優先したと思ったのですが、
無理でしたか。
魚男は、いささか乱暴にリリーさんを下ろし、
両手を前にして、手首をしっかりと縄で縛りました。
「リリーさん。しっかりして」
声を掛けましたが、返事がありません。
リリーさんは、私と同様に前手首くくりです。
でも意識がないようで、どんなに酷く扱われても、
リリーさんは目を覚ましません。
これでは、リリーさんは、走って逃げられないですね。
魚男は続いて、よく切れそうなナイフを一振りだして、
少年や女性、子供の歩けそうな子達の足の縄を切りました。
意識の無い子供が、2人。
その子供は、別の大男が両脇に抱えました。
魚男は再度、リリーさんの体を肩に担ぎます。
あの姿勢、お腹に肩が食い込んで、リバースしそうになるんですよね。
意識を失っているのは、いいことなのかもしれません。
それにしても、力持ちですね。
意識の無い人間の体って、以外に重いものなのですが。
「おい、立て。移動する」
私達はのろのろと立ち上がり、誘導されるままに、
部屋から出ました。
そのまま正面の戸口の方に向かうのだと思っていたら、
階段を挟んで、一階の左手の一番突き当たりの部屋。
つまり、ボスの部屋の階段挟んだ真向かいの部屋です。
そこに、移動しました。
あれ?
外に行かないの?
闇市はお休みになったのでしょうか?
窓から外の様子を伺うと、
さっきまで煌々と照っていた月の光が見えません。
真っ暗です。
嫌だな。暗闇恐怖症候群は健在なのに。
背中が、小さくぶるっと震えました。
ぐりぐり目のボスがやってきて、私達を満足そうに見据えました。
「行くぞ。出発だ」
部屋の突き当たりに置いてあった重たそうな本棚。
大きな厳つい顔が傷だらけの大男が、それをするっと、
そう、するっとなのです。
いかにも簡単そうに右に移動させたのです。
そこには、もう一つの扉がありました。
隠し扉です。
なんと、こんなところに隠してあったんですね。
あ、そうか、隠してあるから隠し扉なんですね。
なあんだ。
じゃなくて、これは、想定外、予想外、計画外です。
口をパクパクあけたまま、呆然としていると、
後ろから軽く背中を押されました。
「おい、口ぐらい閉じろ」
少年、君もびっくりしたくせに、なんですか。
その言い方は。
隠し扉は両開きの鉄の扉で、鍵がついてました。
ボスの男が鍵を胸ポケットから取り出し、差込み、ガチャリと音を立てて
開けました。
扉はきいっと音を立てて、外開きに開いていきます。
耳障りの悪い甲高い音です。
そこは、広さは畳一畳ほどの空間です。
でも、床がまるっきりありません。
そこにあるのは階段でした。
私がここに来る時に使った木の階段ではなく、
立派な石段です。
「出発だ。前に3人、商品と抱えてる奴2人、後ろに3人で行く」
つまり、ボスも行くのであれば、全員で出発ですね。
背中を押されて、私達は順番に階段の部屋の入っていきます。
先に、抱えられている3人、子供4人に、女性3人、私、少年の順番です。
扉はどうするのだと思っていたら、
最初に本棚をうごかした厳つい大男が、ふんっと言って、
先に裏から本棚の位置を戻しました。
かちっと本棚が元のところに戻る音がして、
それから隠し扉を閉めました。
また、きいっと耳障りな音かして、扉が閉まり、
ボスが、鍵で再度閉めました。
両側から、鍵の開け閉めが出来るんですね。
うーん。
日本の昔の蔵の倉庫の鍵のようですね。
日本昔話で見たような気がします。
前に進むように促され、石段を慎重に降りていきます。
前にいる三人が、結構明るいランプを持ち、
後ろの三人も同じくランプと掲げてました。
白い漆喰の壁が、ランプの光で反射して、結構明るく、
足元もかなり先まで見える。
それから、石段の高さは、こちらの人サイズです。
つまり、結構足が長い人用です。
だから、子供には結構辛いようで、
前を行く子供達は滑らないように、ゆっくりと片足片足で降りていきます。
ええ、子供達です。
私は、かろうじて大丈夫ですよ。大人ですからね。
でも、私の後ろの少年は、何の気なしに、すっすっと降りてます。
足の長さのせいでしょうか。
身長はほぼ変わらないのですが。
遺伝子が、ちょっとだけ羨ましいのは内緒ですよ。
降りていくと、耳にざあっと聞いたことのある音がしました。
突き当たりにまた、ドアがあり、
そこはボスが持っていた鍵で開けると、石の壁。
いかつい大男がまた、ボスの横で石壁を前に押しました。
ずずっと石壁が前に少し動き、かちっと音がしたら、
右に石壁をするっと動かしました。ええ、するっとです。
さっきの本棚もびっくりしましたが、今度は石壁です。
また、口が開いてました。
だから、少年に後ろから蹴られました。
「口、開いてる」
ぱくっと閉めます。
そして、扉をくぐるとそこは、チェットさんと来たあの水路、
地下水路のどこかでした。
それをみて、また私の口はぱかっと開き、
少年に足を蹴られました。




