潜入します。
小さな入り口をくぐると、そこは物置でした。
両脇の壁には、所狭しと物が積み上げられている。
一番上は、私の頭よりも高いところにある。
なんだか、日本の某格安ディスカウント店みたいです。
こんな風に雑多に置いていて、
どこに何があるのかわかるのでしょうか。
それよりも、これ落ちてきませんように。
荷物と荷物の間、人が一人が通るだけのスペースしかない。
多分、これが通路なんでしょう。
荷物の壁にあたらないように、
ちょっと体を斜めにしながら通り抜けた。
抜けた先には庭のような自然のある場所。
さほど、大きくはないのですが、
全くといって手入れがなされていないお庭のようです。
つまり、雑草伸び放題です。
テレビで見た密林のジャングルに匹敵するほど伸びてます。
その中央に、獣道のように草が踏みしめられた道が
出来てました。
下働きの人たちは皆、ここを通ってるんですね。
前をいくチェットさんは、すたすたと草を踏みしめ、
全くの躊躇なく歩いていく。
「チェットさん。ここに来たことあるんですか?」
遅れないように、やや小走りになりながら尋ねる。
「ああ、一度来ただけだけどね」
(最近、何度か足を運んだことがあるよ。)
本当にチェットさんは、悪い人たちのお仲間だったんですね。
庭はすぐに抜けれたけど、その先は突き当たり。
つまり、建物の壁です。
ここから、どこにいくのかときょろきょろしていると、
チェットさんは、やや壁際にある、
地面に面した鉄の両扉を引っ張り上げました。
おお、床下、いや地下収納ですか。
ガコッと音がして、鉄の扉が蝶番のところで止まりました。
今、扉は、フルオープン。
120度くらいの傾斜で全開に開いてます。
大きさとしては、牛が1頭丸ごと入りそうな大きさです。
多分、荷物の搬入口も兼ねているでしょうね。
中をのぞくと、石の階段が6,7段。
木と漆喰の壁が階段の下から伸びていた。
中は非常に暗く、まだ外は明るいのに一切の光が入らない。
恐る恐る入ると、チェットさんは、階段を下りてすぐの
所にたらしてあった紐を引っ張った。
ぎいぃ バタン。
うぎゃあ、閉まりました。
いきなり閉まった背中のドアの音にびっくりした。
なんとなくホラーハウスとかの演出みたいですよね。
だから、怖がってませんよ。
ただ私は、ちょっとした暗闇恐怖症候群の一員なので、
そのためです。
深呼吸です。
でも、ドアを閉められてわかりました。
ここ、完全に暗闇ではないです。
壁際に、小さな明り。
オイルランプが掛けてあり、
うっすらとオレンジ色の灯りを点していた。
足元にも光が届かないほど、小さく弱いランプの光。
側に行くと、自分の影が不気味に伸びている。
虹彩の低さに目が慣れないので、
足元が覚束ない。
チェットさんの後姿はかろうじて確認できたので、
その後を、目を瞬かせながらついていった。
白い漆喰の壁沿いに歩くと、またもや小さなにじり口。
ぼろぼろの木のドアの隙間から、外の光が漏れている。
チェットさんは、ゆっくりそのドアを開けると、
頭を沈ませ、にじり口をくぐった。
私も遅れじとついていったが、
出たとたんに外の光が目に差込み、一瞬、目がくらんだ。
一気に光が入ってきたため、反射的に目を閉じた。
手を目の前にかざしながら一歩前に進んだ。
そこには、地面が無かった。
あら?
ぐらりと前向きに重心を失った体。
そのまま、前のめりに倒れこむ。
そして、目の前に在るのは、石段。
段差があるのに気がつかず、足を踏み外しました。
ひえええ。落ちる。転がる。
そう思ったときに、右腕をぐいっと引っ張られました。
下に向いていた重心が、右側に転換し、
引っ張ってくれたチェットさんを下敷きに倒れこみました。
今、私の手の平は、冷たい石畳を触ってます。
心臓が、ばくばくと大きな音を立ててます。
心臓を落ち着かせるために、大きく息を吸い込みました。
「ねえ、重いんだけど。 降りてくれない」
(怪我してない? 動けるかい?)
私の体の下から、チェットさんの声がしました。
そうでした。
チェットさんが助けてくれたんですね。
「はい。 ありがとうございました」
急いで脇にずれて、チェットさんの上からどきました。
でも、重いって、乙女に言う言葉ではないですよ。
否定できない自分が悲しいのです。
「ちゃんと前みて歩いてね。
俺の楯になる前に、死んだら元も子もないじゃない」
(気をつけて欲しい)
チェットさんの二重音声、
慣れてきたので、耐性がつきつつあるみたいです。
皮肉が、ちょっとだけ可愛く聞こえてくるから、
不思議ですね。
「頭を打ったみたいだね。
ニヤニヤ気持ち悪い顔してないで、さっさと前に進もうね」
(大丈夫?)
気のせいでした。
可愛くありません。絶対に。
立ち上がって周りを見渡すと、
ここは、大きなトンネルの中のようでした。
私が立っているのは、水路脇の石畳の通路。
そこから石段があり、その下が水路でした。
ここが、外の水路では無いとわかるのは、
天井から、降ってくる外の光と、
天井の上を、つまり、地上を行きかう人々の足音の為。
地下水路ですね。
でも地下なのに、入ってくる光はかなり明るい。
天井に鉄格子が埋め込まれ、通気口になってた。
へえ、地下鉄の構内みたい。
「何してるの。行くよ」
チェットさんに促されて顔を上げると、
すぐ側に、また小さなにじり口。
はあ、この建物って、どうなってんの?
下働きの人達って、こんなに回り道が必要なのかしら。
「随分、あちこちと歩くんですね」
にじり口の向こうはまた、白い壁。
さっきと同じくらい、小さなオレンジの灯り。
にじり口をくぐりながら、チェットさんに尋ねた。
「ああ、まあ、しかたないんだ。
普通に入ったら、あそこはただの宿屋だからね」
(奴らの根城はあの宿屋だけど、大切なものや、
ばれて困るものはあそこには置いてないんだ)
ええ?
なら、リリーさんは?
「えーと、ならば普通でないところに、今から行くんですね」
「まあ、そうかな」
(宿屋の三件隣、四角い建物の中だよ)
うん?四角い建物? あったっけ?
今度は、白い漆喰の壁の道はすぐ終わり、
木で出来た段差の低い階段があった。
「解りました。
この道、近所の建物に繋がっているんですね。
そこに、リリーさんは捕まってるんですね」
「多分ね」
(奴らは、大切なものや
ばれたら困るものはそこに隠しているんだ)
大切なもの。
ばれたら困るもの。
リリーさんはそこにいるんですね。
行きましょう。
早くリリーさんを助けないと。
木の階段をリズムよく登っていくチェットさん。
階段は50段くらいかな。100段はないと思う。
私は、息が切れそうです。
くっ運動不足かしら。
最近、美味しいものばかり食べてるから、太った?
力を入れなおして、ぐっと拳を握ります。
これは、ダイエットにも効果あり。
階段は昇降運動だしね。
右手の怪我のせいで、両手を振って、
思いっきり出来ないのが残念ですね。
「先に、言っとくけど、
俺は、リリー以外の奴は知らないからね」
(他の子は、多分、助けられないだろう)
助けるって他にもいるの?
「他の人がいるんですか?
チェットさんの知り合いですか?」
チェットさんは、私の顔の前に片手をあげ、
自分の口の前で人差し指を立てた。
「黙って、ここから先は話さないでね」
(この扉の向こうは、もう奴らのアジトだから)
いつの間にか、突き当たりについてました。
目の前には白い壁。天井には引き扉。
扉の隙間から光が漏れてます。
ごくりとつばを飲み込みます。
今度は、失敗しません。
足元に地面があることを確認してから、
足を踏み出すことにします。
チェットさんはゆっくりと扉をスライドさせ、
はしごをあがりました。
そこは階段の下。埃だらけの場所。
そして誰も居ません。
私も音を立てないようにはしごを上り、
扉をゆっくり閉めました。
時刻はもう夕方。
太陽がちょっとだけ西に傾いています。
階段の側の窓から、丁度西日が入ります。
目に斜めに入る光は、闇に慣れ始めていた目には、
ちょっとだけ痛いです。
瞬きをしながら、目が再度光に慣れるのを待つと、
チェットさんは、指で合図しました。
大きな体のいかついお兄さんが2人、
廊下に置いた椅子に座っていました。
「ここが、建物の一階部分。
この前にある4つの扉のどれかに、リリーはいると思う」
そういわれて良く見ると、扉がありました。
でも、どうやってあのお兄さん達をどかすのですか?
「それは君が先に行って、囮になっている間に、
俺が確認するってことでいいよね」
(なんとかするから、先に行ってくれ)
どっちの提案も嫌なんですが。
考えて見れば、リリーさんを助けるって
なんのアイデアもなかったよ。
今更ですがね。
天才でない自分がうらめしいです。
そうすると出来ることは、
チェットさんの言う通り、体当たりに囮くらいだよねえ。
「わかりました」
大きくため息をつきます。
女は度胸だ、はったりだ。と母がよく言っていた。
大きく息を吸って乗り込むことにします。
といっても、階段下から様子を伺って、
そうっと忍び足で彼らの背中側を、
壁沿いに移動するだけなんですけどね。
私の位置は、丁度西日差し込んでいて、
見張りの男の人たちは、そろって目をそらしています。
そろりそろりと足を床につけて、一番手前のドアを開けた。
中にこっそりと入りました。
おお、忍びになれるかも。
チェットさんも、私の後をついてきました。
そこには、普通の部屋にあるもの。
机に椅子にベット。そして、もちろん誰も居ません。
はずれですかね。
次のドアに向かいますか。
そう思ってドアに足を向けると、
チェットさんは、机の中やベットの下などをごそごそ
探し物してました。
「何をさがしているのですか?」
「奴らの大事なものだよ」
(割符だよ)
「ここにあるのですか?」
首をかしげた。
だって、取り返されたっていってたよね。
チェットさんをぼこぼこにした男が持っていったって。
「ここは、知ってる部屋だからね」
(奴の部屋だ。だから、あれは奴が部下から渡されているはずだ)
そうなんですか。
「本物のあれは、ぱっと見にはそうとわからない。
だから、知らずに奴が持っている可能性が高い」
(本物は、俺が細工した物の中に隠したからね)
ほう。だから取り返したのに、まだ追われていたのですね。
でも、そんな細工しなければ、
ここまで、面倒なことにならなかったのではないでしょうか。
で、チェットさん、細工ってどんな?
チェットさんは、そのまま洗面所に入り探してます。
どんなものになっているんだか、
教えてくれないと、お手伝いできないんですが。
チェストの中から、チェットさんが何かを見つけたようです。
ぱっと見た感じは、ただのパイプとパイプ置きのセットです。
大きさは20cmくらい。
綺麗な木彫りパイプでした。
パイプ置きも獅子の模様が彫ってあって、
至極すばらしい一品ですね。
パイプ置きの獅子の足元をチェットさんが触っていると、
カチっという音がして下がずれました。
からくりですか。
獅子の置物の中から、一枚の鉄片が出てきました。
10cmほどの鉄片には、赤と黒と白い石がはめてあり、
先が鍵のように、ぎざぎざになって切り込みが入っていた。
これが、割符ですね。
「これが、奴らの探しているものだ」
(これは切り札。万が一の時の為に必要な物。
リリーを取り返すために必要かもしれない)
チェットさんは、ぎゅっと割符を握り締めました。
そして、その割符を靴の中に差し込みました。
どうやら大事なものは一つ、取り返したようです。
でも、こんなパイプセットの中に入ってるって
思わないよね。
「チェットさん。そのパイプはチェットさんが作ったのですか?」
凄く、凝った彫り物です。
北海道の木彫りの熊なんて目じゃないです。
「さあね。どうだったかな」
(ああ、そうだ。)
「綺麗ですね」
じっと、パイプとパイプ置きの獅子を見て言いました。
この獅子の顔、素敵だな。
逞しく勇ましいのに優しい瞳、レヴィ船長のようだ。
「とりあえず、それは持っていかないでね」
(無事に帰れたら、考えておくから)
「はい」
獅子の置物を机の上に戻し、
獅子の目をみて決意を新たにします。
レヴィ船長。
カース。
セラン。
バルトさん。
絶対に、リリーさんをつれて帰るからね。




