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箱をあけよう  作者: ひろりん
第3章:港街騒動編
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怒ってもいいですか。

ぼこぼこお岩な男に、出会い早々に変わった顔だなんて、

言われたくないです。


思わず眉間に縦皺が入りそうになる。


「あ、警戒してる? まあ、こんな場所だしね。

 でも、俺は怪しい奴ではないからね」


自分で怪しい奴ではないっていう人ほど

十分にあやしいと思いますが。


お岩な男は、いててと言いながら、

自分の周りに散らばった切れた縄と毛布をみて、

ちょっとだけ理解してくれたみたい。


「ねえ、縄が切れているんだけど、どうしてかな。

 古い縄とかで勝手に切れた?」


理解は出来ていないようです。


「私が、切りました」


小さくため息をつく。


「君が?小さいのに力持ちなんだね」


いやいや、引きちぎるとかではないから。

手のひらに握っていたガラスの破片を見せる。


「これで、切りました」


血だらけのリボンに巻かれた手をみて、

ちょっとぎょっとした顔をみせる。


「自分の手、切ってるんじゃん。随分、不器用なんだね」


眉間に青筋が浮かびました。


「痛そうだね。でも、それって俺のせいって訳じゃないよね」


神様、回収拒否できるのでしょうか。

未だに、胸に下がっている玉は熱く熱をもっている。


ということは、確実に、

彼が、宝玉を持っているってことですよね。


今まで、特に意識してなかったけど、

人間には誰しも不得手な相手っているものです。


「まあ、一応助けてもらったみたいだから礼は言うけど、

 どうせ助けるなら、こんなに俺がぼこぼこにされる前に、

 助けてくれてもいいと思わない?」


礼って言ってないよね。

感謝の片鱗すら見えない。


「ああ、お腹すいたなあ。

 ねえ君、何か食べるもの持ってない?」


さっきから、くらげのようにふわふわと

つかみ所が無い彼の言葉。


そのうえ、何気ない悪意がちらつく。

こういう相手は、極力関わりあいたくない。


「私は、さっき、ここに、貴方と同じように簀巻きにされて、

 つれてこられたんです。貴方の縄を切ったのは成り行きです」


ここは、すっきり、さっぱりと関係を絶とう。

彼の態度も言動も、私にとっては無視して、

無かったことにしたい第一要項に決定です。


「へえ。俺、ここに連れてこられて随分になると思うんだけど、

 今日は何日なのかな。 君、小さいけど、日付くらいわかるよね」


いちいち、人の神経を逆なでする。

嫌いだ。こいつ。


「今日は2週目の火曜日です」


「ああ、もう三日もたってる。だから、こんなにお腹が減ってたんだ。

 最後に食事をしたのが家で食べた3日前の晩だからね」


ちょっとびっくりしました。

では、まる3日ほど、何も食べてないってこと?

それは、私だったら発狂しますよ。


「まあ、捕まったあとも、ちょこちょこと

 隠し持っていた固形食糧を食べていたんだけど。

 あれは食事ではないしね」


食べてたんじゃないか。

びっくりして損した。



「そうですか、では私はお先に失礼します。

 友人を探さないといけないので」


能面のように、無表情を装った私の顔が引きつり気味だ。


こんな馬鹿な男に、怒るだけ体力の消耗と言うものだ。

早く、この男の前から消えよう。

うん、そうしよう。


「ちょっと待ってよ。 

 一人でどこに行くって言うのかい。

 俺、一人になったら誰に助けてもらえばいいのさ」


知らないよ。

私は、基本、誰に対しても怒りが持続しないのだが、

この男に関してはその自信がない。


うっとおしいの一言だ。


「知りません。私は急いでます。

 早くしないと友人が売られてしまいますので」


きびすを返して戸口に向かう。


「ふうん。一人で逃げればいいのに。君、馬鹿だね」


馬鹿だと思っている男に馬鹿にされる。

ちょっとしたショックだ。


今、ここにエアポンプとかあったら、足でげしげしと蹴って、

いくらでも風船を膨らませる自信がある。



「ほっといてください。 さようなら」


戸口の戸を押すと、ぎいぃと錆びた音がした。

思ったより大きめな音なので首が縮む。


ほんの少し顔が出るくらいの隙間の開け、外の様子を伺う。


誰もいない。


「俺も一緒にいってあげるよ。

 だから、誰かきたら俺を守ってね」


いやだ。


「結構です。一人で行きます」


なんで、私がここまで言われているのに、

この男を守らなければいけないのですか。

まっぴらだ。


「遠慮しなくていいよ。一人だと、寂しいでしょ」


くるっと男に向き直ってきっぱりといいます。


「寂しくありませんし、私は弱いです。

 だから貴方を守れません。貴方は一人で行ってください」


私のそばに来ないでください。


「俺の盾くらいにはなれるでしょ。

 君がやられているときに、俺は逃げるから」


ふーん。

勝手についてくるのに、か弱い女性を盾にするんだ。

最低だね。


こういうのって、男の、いや人間のくずだね。


うん?

人間のクズって台詞は、最近どっかで聞いた気がする。


「そんな目で睨まれたって変更しないよ。

 だって、俺はまだ死にたくないから」


お岩の顔にだまされていたけど、

最低な男の、人間のくず、顔だけはいいとミリアさんが言ってた。


「もしかして、チェットさん?」


「あれ、俺の名前知ってるの?

 誰かに聞いたとか? いい男って噂になるからね」


誰が、いい男だ。

いい男っていうのは、レヴィ船長とかカースとかセランのような

男の人たちを言うのです。

世の中のいい男に謝ってください。


「ミリアさんに、聞きました」


とたんに、多分にやけていただろう顔が苦々しげな顔になった。


「なんだ。ミリアの知り合いか。

 なら、俺の悪口しか聞いてないよね」


そうですね。

でも、彼がチェットさんだとすると、

つまり、リリーさんの旦那さん。


諸悪の根源です。


「チェットさんは、リリーさんの旦那様ですよね」


「そうだよ。リリーを知ってるの?」


「はい。私は、リリーさんの家にいたときに浚われました」


まっすぐにチェットさんを見つめて言う。

ちょっと、目つきが鋭くなる。


「はあ? なんで、君が俺の家にいたのさ。

 リリーはどうしたの?何かあった?」


「リリーさんが、怪我をしていたので、家まで連れて行ったんです。

 私が、売られると言った友達はリリーさんのことです」


チェットさんの目が、大きく開かれ一瞬だが顔がこわばった。

そして、下を向き親指の爪をはじき始めた。


「リリーはミリアのとこに行ってるはずだ」


弾いていた爪が、早めのリズムをたたく。


「はい。でも、チェットさんが帰ってきたときに困るからと言って、

 家に帰ったところを襲われました」


バチッと爪の割れる音がした。

チェットさんが、私の言葉を聞いて手をぐっと握りこんで、

小さく蚊の泣くような声で言った。


「なんで、帰ったりしたんだ。 馬鹿リリー」


おお、最低なチェットさんでも、リリーさんは特別なんだ。


なんだ。

本当の心は、一部の人に対しては誠実なんですね。

多分、きっと。


心配するよね。そうだよ。


ここは、男として奮闘したいとこですよね。


ちょっと本音を言ってみなさい。

私が、その熱い心を聞いてあげましょう。


胸の玉は、ちりちりと熱さを増している。

やけどしたら、どうするんでしょうね。



チェットさんは、握りこんでいた手をぱっと開き、

うつむいていた顔をぐっと上に上げにっと笑った。


「リリーは、あきらめよう」

(リリーを助けたい)


は?今なんと。

言った言葉は二重音声です。


「俺と君は、リリーを探さずにここを出よう」

(リリーを助けるためには、君の助けが必要だ)


どういうことでしょう。


人間の言葉って二重音声可能なのでしょうか。

でも、まったく相反する言葉を言ってる。


どっちに答えたらいいのかわかりません。


そういえば、ピーナさんの赤ちゃんは、

だあだあと言ってたけど会話できたんだよね。

あれも、二重音声だった。

赤ちゃんの声が、私に伝わる本音みたいなものだとすると、

今のはチェットさんの本音ですか。

二重音声の構造はわかりませんが、

これはこれで、いいことにしときましょう。


彼は、宝玉をもっているんだから、

そんなこともあるのかもしれない。



「私は、リリーさんを置いていきません」


もっとチェットさんの本音を聞きだそうと、はっきりという。


「俺達に何ができるのさ。

 さっさと逃げて警邏をつれてくれば、リリーだって助かるだろう。

 俺達も助かるし、一石二鳥だろ」


(リリーを置いて逃げたくない。助けたい)


うーん。見事なまでに、言ってることと考えていることが違う。


これは、どっちに答えるべきなのかしら。


ここは、話題転換して話を振ってみよう。


「そういえば、チェットさん。

 悪いお仲間から大事なもの盗みませんでしたか?」


「盗み? 俺は今まで盗みなんてしたことないよ」

(ああ、盗んだな。すぐ、捕まったけど)


なるほど、盗んだんですね。

それで、ここに簀巻きなのですね。


でも、彼らは、チェットさんを探してた。

どうしてなんだろう。


「彼らは、貴方を探してましたよ。盗んだ物を返せって。

 リリーさんが持っているんじゃないかって疑ったから、

 ここに浚われたんです」


うーん。

あの怪しい男たちは、事情を知らないってことだろうか。


「知らないよ。リリーには何も渡してないし、

 話すら最近してないしね」


(あんな危ないもの、リリーには渡せない)


危ないもの?

ナイフとか?

銃とかかしら。


「彼らが探している大事なもの、知ってるの?」


取り扱い要注意とかだったら、触るの怖いよね。

気持ち悪いものだと、もっと嫌です。


「知らないね。俺は奴らとは関係ないからね」


(奴隷闇市に渡す割符だ。それが無いと、奴らの商売は成り立たない)


なんと、闇市ですか。

戦後日本にもありましたけど、闇米とか。

そんな平和的な闇市ではないですよね。


人攫いがいれば、人買いがいるのは当然の理屈ですよね。

では、その市場の商品はやっぱり人間ですね。


ならば、その割符が見つからなければ、

リリーさんも私も、売られずに済むのでしょうか。


「彼らは、とても焦ってました。すぐにも必要なくらいに。

 チェットさんが知らないのはしかたありませんが、

 ちゃんと誤解は解いたほうがいいのではありませんか?」


チェットさんが捕まったってことは、

誰かが割符を隠し持ってるってこと。

チェットさんのこの状態をみたら、納得するかもしれないし、

どうでしょう。


「嫌だよ。言っても信じてもらえないよ」

(嘘ばかりついていたから、信頼ないんだ)


なるほど。

どの世の中も、正直は大切なのですね。


「では、探し物は二つですね。

 リリーさんと、彼らの大事なもの」


チェットさんは、ふてくされたような顔で私に反論した。


「誰が探すんだよ。そんな面倒なことしたって意味無いだろ。

 なんで、俺となんの関係が無いお前がでしゃばるんだ」


(どうして、一緒に探してくれるんだ)


「知りませんよ。でも、私がリリーさんを助けるついでに、

 貴方の問題も片付けば一石二鳥ですよね」


お得、好きでしょう。

さっきも一石二鳥って使ってましたし。


どっちにしても、リリーさんを放置するのは目覚めが悪いです。


リリーさんを助けて、探し物を見つけて、

皆で無事にここを出るのが一番いいことだ。

そう言ってしまうと、簡単に聞こえてくるのが不思議です。


それに、彼の言葉ではなく本音の方に集中すれば、

さっきまでの嫌味さ加減が薄くなるってものです。


にっこり笑って、先に先導するように部屋を出た。

チェットさんは、複雑な顔をしながら私の後をついてくる。


外に出ると、ここはどこか倉庫のようです。


たくさんの同じような倉庫が並び、

同じようなドアが均等に並んでます。


お役所の通りのようですね。

ちょっと天井が高いですが。


お役所との圧倒的な違いは、その古さ。

建物自体もぼろぼろです。


扉の蝶番も錆びて、動きが鈍く甲高い摩擦音を響かせる。


道は石畳が一応轢いてあるけど、殆どの石は割れ、

隙間から雑草がたくさん生えています。

石畳になっていませんね。これでは壊れ石道です。


最近、この道はあまり使われていないようです。


道に出来ている影の部分を選んで、

足音をなるべく立てないように、壁に沿ってそうっと歩いていく。


探偵さんの尾行術とか抜き足の極意とか、

テレビでやってたのを面白半分に見たけど、

私には、全然役に立ってないです。



そういえば、チェットさんは、一体誰に捕まったのでしょう。

簀巻き状態は、私と一緒ですし、

あの、顔は覚えていませんがいかついお兄さんでしょうか。


声を低く落として、小さな声でチェットさんに尋ねる。


「チェットさんは、誰に捕まったんですか?」


顔とか、特徴とか覚えているでしょうか。


「顔を殴られたから、見てないよ」

(組織の2番目に偉い奴の取り巻きだ)


見ているのですね。しっかりと。


「ここは、悪い奴たちのアジトなのですか?」


それにしても、人通りがなさすぎではないでしょうか。


「奴らの根城の近くの倉庫だろ。知らないよ」


(根城は海の近くの宿屋。ここは、長らく使われてない廃倉庫)


なるほど、だから誰もいないんですね。

なら、どうどうと歩いてもいいのかしら。


チェットさんを見ると、結構、ひょこひょこと真ん中を歩いてる。


足取りがおぼつかないのは、怪我のせいでしょうか。


「足が痛いのですか?」


固定したほうがいいのでは。


「いいや、この足はもともとなんだよ。

 痛いのは他のところ。 君、おぶってくれるの。

 出来ないよね小さいし」


(この足は昔に痛めたもの。それよりもリリーを助けに行かないと)


チェットさんの心の声だけ聞いていたら、

誠実な人に見える。


それにしても、チェットさんの言動って、

わざと人を怒らせるような感じに聞こえる。


小さいというと私が反応するのを、知ってて言ってる気がする。


こんなふうに他の人と接していたなら、

誰も信用どころが近寄らないよね。


廃倉庫郡から抜けると、港の近くの倉庫の裏通りに出た。


人はまばらだが、ちらほらいる。


すれ違う人々は、お岩なチェットさんの顔をみて、

ぎょっとはするが、基本近寄らない。


ここには下町人情はないようです。


いつの間にか、先を歩いていたチェットさんの後をついていくと、

細い路地の先で足がピタっと停まった。


「リリーは、多分ここにいる。

 本当に行くの?もう帰らない? 警邏に呼びにいこうよ」


(リリーは多分ここにつれてこられてる。

 時間がない。 取引は今晩だから)


なっなんですか。

そういうことは、もっと早く教えてくれるべきですよ。


ちょっと、警邏を先に呼んだほうがいいかも、

なんて思ってましたよ。


「行きますよ。でも、どうどうと行っても

 捕まるだけだから、裏口とかから入れませんか?」


腕っ節に自信が無い人は裏からが常識ですよ。


「裏口?二人で行くの?」


(下働きの使う常備出口がある)


「当たり前です。チェットさん。

 リリーさんを助けるだけなら、私でも出来るかも知れないけど、

 大事なもの探しは、なにかを知らない私だけではできません」


当然でしょう。

チェットさん。

リリーさんは、貴方を待っているんですよ。


多分。


「しょうがないね。

 でも、奴らに見つかったら俺の楯になってね」


(リリーを見つけたら、先に逃げてくれ)


本当に、嘘ばっかりです。

この人。


ちょっと困った顔をしながら、

チェットさんに言い返しました。


「見つからないように、そうっといきましょう」


気分は探偵。もしくは刑事ですね。

気分が変わると、それに準じた能力がつくかもしれないし。


チェットさんの後をついて、宿屋の裏口の更に左側に、

小さなにじり口ほどの入り口がありました。

あれが、下働き用の出入り口ですね。


そうっと近くの路地から周りを伺うと、

裏口なのに人の出入りがかなりある。

正面口とほぼ変わらない。


どうしようかと思っていたら、

チェットは、そのまますたすた歩いて下働き用の常備出口に入った。


慌ててその後を追いかけた。


チェットの顔をみて、ぎょっとして裏口付近にいた人々も、

下働き用の出入り口に入るのをみて納得していた。


ほう、お岩な顔、なかなか説得力あるんですね。

下働きとして認知されたということでしょう。


その後をついていった私にも生暖かな視線。


説得力あるのでしょうか。





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