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箱をあけよう  作者: ひろりん
第3章:港街騒動編
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だまされてはいけません。

難しい話を沢山聞くと、耳が蓋をしたくなるのは、

私だけではないと思います。


カースは一生懸命に太い本のページをめくり、

国の歴史を説明してくれていたけど、

最初の王様の名前すら思い出せません。

というか頭に入りません。


どうやら、すでに頭の許容量を超えてしまったようです。


もし、私の頭がロボットなら、

いまごろ煙を上げているに違いないです。


カースの声を半目で聞きながら、

どこか遠いところに意識が飛んでいる状態です。


ドアがノックされた音で、はっと我に返りました。


「おい、そろそろ昼だぞ。

 昼飯もかねて、メイと役所に行こうと思うんだが。

 いいか?」


セランです。


セランの顔が、一割り増しにハンサムに見えそうです。


「そうですね。どうせ、殆ど頭に入ってないでしょうから」


カースの言葉が冷たいです。


そおっと顔をうかがうと、にこやかに微笑んでいましたが、

これは極寒零度の微笑みです。


「ごめんなさい。カース」


目があわせられません。

凍えます。


上からため息が聞こえた。


「お昼に行きなさい。これを持って」


大きなごわごわの紙を縦に1回、横に6回、

蛇腹に折った物を渡されました。


これは?


「この街の地図です。普通に本屋に売ってるものですが、

 ピーナさんの店とこの家の場所を確認できるはずです」


地図。


あったんですね。


これで、街で迷子にならないです。多分。


「ありがとう、カース」


後で、見ようとポケットを探しましたが、

なんと、この服にはポケットがありませんでした。


ポケットのない服。

それは、いままで生きてきた人生で、成人式にきた晴れ着のみ。

私には大変な事実発覚でした。


この服に裏ポケット縫い付けてもいいか、

ピーナさんに聞かなくては。













大通りを歩いて、医師会館を通り過ぎ、

中央にそびえる時計塔と噴水広場を通り過ぎたら、

同じ赤レンガで四角な長細い造りの建物が並んでました。


正確に言うと、長屋のようにドアが規則正しく、

同じ様に並んだ通りなのですが、ブロックで仕切ったように、

ただ真っ直ぐ同じ高さの建物が道沿いに並んでいるのです。


「ここが、役所通りだ。 

 この建物の一つ一つがそれぞれの役所になる」


ここが、役所。


もっと、日本のお役所みたいに、

一箇所に沢山の部署があるんだと思ってた。


「そして、この突き当たりにあるあの白い建物が

 国議会、その奥に見えるのが、王城だ」



国議会ね。


日本の国会議事堂ですね。


でも見たところ、パルテノン神殿のようですが。

非常に大きいのです。


それに、王城って、逆に小さくないですか?

国議会の半分以下のスペースしかありません。


「国議会は、国の中枢でもあり、

 国の宝でもある場所なんだ。

 でかくて当然だ」


ふうん。


「でも、王城あんなに小さくていいの?」


「いいんだよ。 国の税金でまかなっているんだから、

 極力質素にってのが、この国の王城のポリシーだ。

 あそこは、対外的に必要だから、あるだけなんだから」


どっちも綺麗な建物です。


それに質素倹約。

いい言葉です。


「ああ、そこの17の数字がついたドアだ。

 そこが、今日の目的地だ」


17、17、ってありました。


セランがドアを軽くノックして、ドアを開けました。


ドアは内に開き、中には5人ほどの人数が働いていました。


受付の女の人が、セランの顔をみて微笑みました。


「あら、セラン。もう、きたの? 

 よっぽど待ちきれないのね。

 可愛いお嬢さんだものね」


セランは髭に手をやってさすりながら、

私の頭の上でもう片方の手をポンポン弾ませました。


「まあな。 それで、出来ているか?」


彼女はその様子がほほえましく、

見ているのが嬉しいといった表情で笑った。


「ええ。今、丁度、出来上がったとこ。 

 本人確認したいから、こちらに来てもらえる?」


彼女は、受付のカウンターを、トントンと人差し指で弾いた。

私の方を見る目で、私だけを呼んでいるんだとわかった。


セランに軽く背中を押された。

セランを振り仰ぎ、頷いて受付の前に立つ。


「まずは、名前。 メイ・ファーガスランドルで間違いない?」


は? 何? その長い名前。


セランを振り返ると、セランが大きく頷いた。


そうか、セランって、ファーガスランドルなんて名前だったんだ。


「はい」 彼女に頷く。


「まあ、亡くなったお母さんの姓をなのってもいいけど、

 セランと一緒に暮らすんだったら、一緒の方が

 不都合がないわよ」


どうやら、彼女はセランから、あの設定を聞いているようで、

私の戸惑いを勘違いしているみたいです。


「年齢は16歳、あら誕生日、近いのね。

 なら、もうじき17歳かしら。これであってる?」


誕生日でびっくりした。


3月生まれだから、確かに今頃生まれたのだけど、

言ったかしら。とまどいながら返事をする。


「はい」 


「あのね、いくら離れていても、子供の誕生日を

 忘れる親はなかなかいないものよ」


彼女は私の表情を、

かなり好意的に理解してくれている様子でした。


「あとは、保護者はセランでいいのよね」


ああ、それは、もちろん。


すぐに、大きく、頷く。「はい」


彼女は笑みをもっと鮮やかにして、

大きな声で、セランに向かって言った。


「良かったわね。セラン。

 父親として、認められてるじゃない」


セランは肩をすくめながら、返事をした。

「まあな」


「最後に、この書類にサインをしてちょうだい。

 このプレートの中にもね。

 これが、貴方の身分証明書になります。

 この街では、いろいろな場所で必要になります。

 失くさないように、身に着けてください」


渡されたのは、鉄の薄いプレート。

市民カードの様な板に、名前、誕生日が彫ってあった。


プレートはスライドしたら、2つに割れるようになっていて、

そこに、布が貼り付けてあった。その布に羽ペンで名前をメイと書き、

書類にも同じ様にメイと書いた。


重なったプレートはドックタグみたいに、真ん中に穴が開いていて、

そこに、紐を通して、首から提げるらしい。


「そこの箱にいろいろな色の皮ひもがあるから、

 それを使っても良いわよ。

 あ、もし、無くして再発行の場合は、

 お金掛かるから。 覚えておいてね」


カウンターの右端に置いてある深さ3cmくらいの箱の中に、

いろんな色の皮紐が並んでました。


私は迷わず綺麗な緑の紐を選びました。


船でも、私の刺繍は緑だったからね。

それに、この皮紐を見るたびに、

今朝のレヴィ船長の目の色を思い出して、

ちょっと幸せ気分に浸れるような気がするんです。


うふふ。


「あら、女の子なのに渋いわね」


これがいいんです。


「そうだ、ねえ、メイちゃん。

 手にずっと持ってるの地図でしょう」


「はい」


「まだ来たばかりで不慣れだものね。

 これをあげるわ。 

 地図をもって歩いて、観光客と間違われて、

 絡まれても大変だし」


彼女がくれたのは、可愛い花柄の布バックでした。


「私の母が、そういうの作るのが好きなのよ。

 可愛い布地を見つけて、作っては、持たせてくれるんだけど、

 さすがに、全部使い切れないから、

 欲しい人にもって帰ってもらってるの。

 よかったら、使ってくれない?」


この布バック。

大きさは私の手が二つ入るくらい。


マチはしっかりとあるし、

バックの入れ口は巾着方式になっていて、

紐を締めれば中に入っているものが見えない。


外側はピンクの花柄で、中は無地ですが、

同じくピンクの生地が張ってありました。


可愛いです。


「ありがとうございます」

もらった布バックを抱きしめ、ペコリとお辞儀した。


「本当に、亡くなった奥さんはいい子に育てたわね。

 セラン、貴方、感謝しなくちゃ駄目よ」


いつの間にか私の横に来ていたセランは、

胸をはって言い張りました。


「もちろんだ」


私は、彼女の顔が見れません。嘘ついてごめんなさい。

私の母は生きてます。異世界で。


「あら、照れちゃって。可愛いわね」


彼女は勘違いしたままで、

私達は役所を後にしました。





地図を布バックに入れて、持って歩きます。


このバックと今日の服、なんとなくおそろいな感じで

嬉しくなってます。


るんるんで街を歩いていたら、

前から見覚えのある頭が見えました。


ええ、頭です。


レナードさんは、人より頭一つ高いので、

見つけるのが簡単なのです。


セランの服の端をひっぱって指差します。


「レナードさんでしょ。 多分、そうだよね」


「おう、そうだな。

 こんなところで何してんだ?」


セランと一緒に、人ごみを掻き分けて近づくと、

レナードさんが屋台で料理をしてました。


芳しい香りがあたりに広がって、

皆をとりこにしているのでしょう。

あちこちに屋台はあれど、

レナードさんの屋台のまわりには、人の群れが出来てました。


セランがレナードさんに話しかけました。


「レナード、お前、ここで、商売始めたのか?」


「よう、船医。 違うさ。

 商売を始めたのは、俺の義理の息子だ。

 今日は、娘夫婦が出かけてるんで、代役だ」


「お前の娘、結婚してたのか?」


「いや、昨日、結婚式を挙げたんだ。

 俺が帰るまで、待っていてくれたんだと。

 泣けるだろ。で、今日は、二人して、

 役所に行ったんで、俺が代わりに、

 帰ってくるまで、この店の料理してるってわけだ」


じゅうじゅう鳴らしながら、

鉄板の上で焼きソバもどきが踊ってました。


「食べていくか?」


レナードさんの言葉に、私のお腹が盛大に返事をしました。


ぐうううううう。


セランは軽く笑いながら、懐から財布を取り出しました。


「二人前。つけてくれ」


銅貨を2枚出しました。


そして、ほいっと渡された木のお皿とフォーク。


それを持っていると、鉄板から熱々の焼きソバが、

どさっと乗せられました。


その上に軽く、ぱらぱらと調味料が振られました。


「よし、食べてみな。俺の新作だ」


私は、すぐにフォークをもって、焼きそばを口に入れました。


驚きに目を見張ります。

くうううう、美味しい。美味しい。

のた打ち回るほど、美味しいです。


ソバの適度な硬さともっちりとした食感。

ぶつ切りにして、絡めてある海産物。

蛸やイカや貝柱から、芳醇なエキスを出してます。


それに、ソース。


これは、醤油ではないですか。

オイスターソースにも近いようですが。

魚醤でしょうかね。


振ってある粉は鰹節です。

紛れもなく。

間違えません。



新しい料理に、警戒しつつも離れられなく、

遠巻きに私の顔を見ていた人たちが、大丈夫だと思ったのか、

あわててレナードさんに注文しました。


「おい。俺にも一つくれ」


「俺にもだ」


「こっちにも2つちょうだいな」


「おい、並べよ。順番だ。こっちが先だぜ」


一気に、長い行列が出来ました。


私は、その様子が目にも入らないくらいに感動して、

一心不乱に食べてました。


それがまた人の目に留まり、どんどんと列が長くなります。


それに食べた人が口々に

「旨い。なんだ、この味。」とか「癖になる味だ。」

とか 「何皿でもいける。」とか言い出して、

あっという間に売り切れになってしまいました。


後日、レナードさんにお礼を言われましたが、

私こそお礼を言いたいくらいです。


私は、レナードさんの料理の信者といっても

差し支えないと思います。


美味しかった。

 






ピーナさんのお店は、この広場から歩いてすぐです。


周りの看板や建物を覚えてます。

昨日晩に見たのと時間は違えど、同じです。


セランと一緒に、ピーナさんのお店にいく途中で、

セランの知り合いに声を掛けられました。

どうやら、食べすぎで気持ち悪くなった人がいるらしく、

見て欲しいって言ってきた。


そういえば、レナードさんの焼きソバを

何杯もお代わりして食べていた人いましたよね。

もしかして、その人でしょうか。


お医者さんとしてのセランを求められているのですから、

行かなくてはいけません。


「セラン、私、ピーナさんのお店の場所、

 ちゃんとわかるから、大丈夫だよ」


にこっと笑って、セランの背を押した。


セランは、しょうがねえなってぼやきながら、

走っていった。


私は一人になりました。

と言ってもまだ周りも十分明るいし、人も沢山行き来している。

市場には、面白そうな物や、変わった物を売っている。


まだ時間はちょっと早いので、この近くで、

あちこちお店をのぞいていればいいよね。


まずは、場所の確認と言うことで、記憶を頼りに目的地を探す。

ピーナさんのお店の蒼い看板を目にして、ほっとした。


昨日の記憶通りといっても、違ってたら困る。


店の中を窓からのぞくと、まだ昼食の客が大勢いて、

てんてこ舞いしている。


邪魔をしないように、そおっと店から離れ、

広場の近くに戻った。


広場には屋台のほかに、露店や花売、飴売など、

多種多様な業種が軒を並べていた。


可愛い髪飾りや、ハンカチ、カチューシャやリボン。

絵画や骨董品、簡単な武具から、料理包丁まで。

ありとあらゆる店が無節操に並べられてた。


それらをひやかしとはいえ、

見て廻るのは楽しく、時間を忘れるほどだった。


そうしてたら、後ろから声がした。


「そこの、ちいさい君」


知りません。


「そこの、小さい女の子」


誰のことでしょう。


「そこの、可愛い、お嬢さん」


はい、私のことですね。


くるりと振り返りました。


目がぐりぐりと大きく、背はあまり高くない、

頬がこけている、貧弱って感じの男の人。


手招きをしてます。


怪しいです。 こんな人、知り合いにいません。


「君、昨日から、ピーナの店で働いている子だよね」


あれ? お客様にいたかしら?

覚えがないんですが。


お客さんだったら、行かないのは失礼だよね。

ゆっくりと、その男に近づいた。


「君さあ、幸せになりたくない?」


なんだか嫌な気分です。


「絶対に幸せになれる方法を、俺は知ってるんだよ」


この‘幸せ’フレーズ、いやな予感がします。


「君は可愛いから、君だけに特別に教えてあげるよ」


いや、いいです。特別いりません。


「まあまあ、いいから見てよ。

 いま、ここにあるのは、神様の霊験新たかな壷でございます」


男は、手のひらサイズの壷を取り出した。


壷? 壷ってどこかで聞いたような。


「この壷を持っているだけで!ありとあらゆる幸福が君の物に!」


その後のセリフっておなじみだよね。


「いまなら、これが銀貨3枚で君の物に」


買いません。絶対に。


幸福をだしにされるのは、これで2度目。


私って、そんなに、

幸薄そうな顔をしているんでしょうか。


へこみそうです。



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