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箱をあけよう  作者: ひろりん
第3章:港街騒動編
51/240

姉御って呼びたいです。

ここは戦場でした。


一日が終わった時は、燃え尽きたよって言いたいくらいに

忙しかった。


日本でアルバイトとして働いてた時の居酒屋さんなんか、

比較にならないくらいです。

目が廻るってこんな時に使うんだって感じたくらいに忙しかった。



まずお客を席に案内して、今日のお勧めを紹介しながら、

他の料理の説明、そしてついでに飲み物の注文も。


言葉でいったら簡単だけど、ここでは、

注文を書きとったりメモを残したりしない。



すべて、記憶していくのだ。


すべてですよ。インメモリー、総て暗記ですよ。


メニューはざっとみて10種類ご飯系、30種類おつまみ系、

あとは飲み物。

すでに、くじけそうです。


まずはミリアさんを観察して、お客さんへの接客の仕方を勉強します。


「いらっしゃい。 久しぶりね、カゼス、元気してた?」


ミリアさんは、くる客すべてにそれぞれの受け答えをしている。

もしかしなくても、客の顔と名前、好みまですべて覚えているのかも。



「よう、ミリア。 久しぶり。

 今日も愛しているぜ。

 ふっふっふ、今日は給料でたからな。

 いつもよりも奮発するぜ」


髪がちょっと薄くなっているのに髭は濃い男、

カゼスはミリアにむかって豪快に笑う。


「あら、ありがとう。 今日はお祝い事もあったのよ。

 だから、高いものを頼んでくれると嬉しいわ」


「祝い事? なんだ? 

 とうとうお前、俺と結婚することに決めたか!」


カゼスは前のめりになり、ミリアの手を握ろうと手をのばした。


それを、ミリアはひらりとかわし、楽しそうに微笑んだ。


「残念。 違うわよ。 

 ピーナさんに赤ちゃんが産まれたの」


「なに? とうとう出てきたか? 

 それで今日はいないのか、ピーナさん。」


「そうなの。おめでたいでしょ。

 お祝いに、高い酒や料理いれちゃって」


なんだか、某キャバクラとかのドラマでよく聞くセリフに

とても似ている気がするのですが。


「そうかい。それなら、

 この店で2番目に高い料理と3番目に高い酒を注文するか」


「なあに? 2番目、3番目なの?」


「だって、一番高い料理に酒を注文したら、

 俺は次の給料日までに干上がっちまうかもしれないだろ。

 そうしたら、嫁に来るはずのミリアが涙に暮れるだろう。

 男として、それだけはやっちゃあいけねえ」


「あら。 まだ、嫁に行く気はまったくないけど、

 干上がったカゼスのうわさを聞くのは

 良心が痛むかもしれないわね。

 いいわ、そのへんで決めちゃいましょ」


カゼスさんはとってもご満悦です。

今のセリフでもいいんですか?いいんですね。



ミリアさん、流石、プロですね。

姉御って呼びたいです。



ミリアさんは、カゼスさんや他のお客さんの間を廻って、

お客さんと笑いあいながら、料理とお酒の注文をとって、

厨房へ注文を通す。


常にくるくると動いている。

 

その時に必ず言うのが、カゼスの注文分でって、

食べる人の名前を一緒に言うこと。


なんと、料理人であるオトルさんとあと二人は、

客の好みをすべて覚えているらしい。

 

すばらしい、料理人の鑑だよ。


私の仕事は、まずはミリアさんについて、

お客さんの名前と料理を覚えていくこと。


注文取りはまだ無理みたいなので、仕事をしながら、

しっかりとミリアさんの会話を頭で反復する。


そして、お酒。

厨房の入り口からすぐのところに

大きな5つの酒樽が並んでた。


そのお酒を間違えずにジョッキについで、

お客さんに持っていくこと。


そしてお代わりの時にも、間違えないように

お酒の注文を覚えておくこと。


だって、他のお酒と混ざると、

味が変わっちゃうし悪酔いするから。


そして、お客が帰った後の食器をかたづけて、

机の上を拭き、次の人を案内する。



言ってみると簡単そうに見えるけど、

お客は入れ替わりでどんどんやってくる。

本日、席の空きはほぼ無し。

目まぐるしく変わるお客の流れで、目が廻りそうです。



二人でこのお店のお客をまわすのは

半端なく大変でした。



正確に言えば、初日である今日はミリアさんが、

殆ど二人分こなしてた。


私は、片付けとお酒運び半分、料理運び半分くらいでした。

全然一人前に出来てない。


あれだけピーナさんの助けになるって、

啖呵をきったのに、情けないです。





夕食時間をたっぷりと過ぎてから、

ようやく少しずつ客が減って来た。


正確にいうと、料理を食べに来るお客ではなく、

お酒を飲みにくる客に移行しているようだ。


やっと、一息つけるペースになってきたら、

ずっと立ちっぱなしだったので足がしびれてきた。


我慢、我慢。

ここで座ったら、もう立ち上がれないでしょ。

自分に発破をかけて仕事を続ける。



そうしたら、厨房の2人の料理人がでてきた。

多分、料理の注文が少なくなったので、手が空いたのだろう。


彼らはミリアに声を掛けた。


「おい、俺達は今、まかないを食べ終わったから交代する。

 お前達も中に入って食べてくれ」


「わかったわ」


ミリアは嬉しそうに微笑んで、メイの方を向いた。


「メイ。 休憩よ。

 一緒にまかないを食べましょう」


「はい」


ミリアさんの後をついて厨房の中に入ると、

厨房の奥に4人掛けの机と椅子がありました。


そして、机の上には、

ホカホカと湯気を立てているまかないがありました。


黒っぽい長めの魚の切り身に甘辛いたれが、

薬味をちらした上に掛かっている。

その下には、大麦を炒って蒸した麦飯です。


ちょっと広めの深皿に入っているけど、

これは、まさしく丼です。


それに、量がまさかの大盛りです。



ふっ

夜はしっかりとくれてます。


今のいままで、ご飯なしでしたので、

大変お腹がすいてました。


太るとか気にするはずがないでしょう。

乙女心はとりあえず、無視する方向でいきたいと思います。



がっつりと、いかせていただきます。



一口目を食べたとき、びっくりした。


こ、これは、まさかのうなぎ様?

ここで、うなぎ様に出会えるとは。


外側かりかりで、内は柔らかい食感にくわえ

いままで食べたことのないような

フルーツソースの甘辛い版のたれが

うなぎの柔らかい身にからんで、

うなぎの身が口の中でとろけます。


うなぎって、いままで醤油だれが一番って思い込んでいたけど、

これもありだよね。

絶対。


それにもう一つ。

野菜サラダです。


船の中では新鮮な野菜サラダを山盛りって

食べられなかったので、すっごく嬉しい。


レタスらしき葉っぱの先が赤いのは

まあ、気にしない。

食べてみると、うん。レタスでした。

ルッコラのような葉っぱは、食べるとちょっとぴりぴりした。


ドレッシングがちょっとだけしょっぱいので、

この葉っぱと組合わすと、

多分、ビールがすすむに違いない一品だ。


レナードさん、この店の料理人は

私の中ですでに世界2位にランクインしてます。


美味しいです。


美味しくて涙がでそうです。

一口一口をよく噛んで、

しっかりと味わいます。



そんな私に、ミリアさんはそっと、お水をさしだしてくれました。







お腹一杯ご飯を食べて、幸せ満足で、

ちょっと休憩を取ってお店に戻ると、

今度は客層がガラリと変わってました。



酔っ払いです。


うえ。


酒臭いです。


船の上でも酔っ払いはいたけど、ルディが基本相手をしてたし、

私はほぼ厨房の中にいたから、接触被害はほとんどなし。


日本でも、私が働いていた居酒屋では

へべれけに飲む客は少なかったし、

連れがいたら、基本まかせっきりですからね。



でも、負けません。


ミリアさんは、頑張ってます。


私も負けずに、飲み終わったジョッキを片付けます。


そうしてたら、酔っ払いの客に手を捕まれました。


思わずぎょっとして、

ジョッキを落としそうになったくらいです。


「子供がなんでここで働いているんですか?」


酔っ払いのお兄さんはうつろな目で

私の手をニギニギと触ってきます。


「お兄さん、飲みすぎではないでしょうか?」


お兄さんの目の前で手のひらを左右に振ってみる。

だめだ、焦点があってない。


「もう、帰ったほうがいいかもしれませんよ。

 お家まで、帰れますか?」


「帰れる? 帰らないよ。 奥さんが冷たいからさ」


「そうなんだ。 冷たいの? 奥さん嫌いなの?」


「そうなんだよ。 でも、嫌いじゃないんだよ。

 昔は可愛かったんだよ。 でも、最近は冷たい目ばかりなんだよ」


愚痴ばかりになってきた。

いい加減、手を離してくれないだろうか。


「なら、奥さんに優しくしたらどうかな。

 プレゼントとか、大好きだよっていうとか」


「いまさらだろう。それはどうかな」


「何言ってるんですか。 

 奥さんは、お兄さんに優しくされるのを心待ちにしてますよ」


「本当に? そう思う?」


「ええ、明日、覚えていたら、

 奥さんに優しい言葉をかけてあげてください。

 きっと、可愛い奥さんに戻りますよ」


人生相談のようだ。

こんな小娘に相談ってどうなのだろう。


いい加減にしてほしいので、やっとのことで、

握っていた手を引き剥がした。


お兄さんは、うつろな目をしたまま、

ふらふらとお店をでていきました。

一人で無事、家にたどり着けるでしょうか。







お店は多分11時前後には閉まるんだろう。

閉店間際にセランが店に迎えに来た。



「メイ、そろそろ、閉まる時間だろう。

 迎えに来たぞ。」


厨房から、オトルさんがでてきて、セランに近寄った。


「セラン先生。今日は本当にありがとうございました。

 なんて御礼を言ったらいいのかわからないです」


「いや、俺は医者だからな。 当然のことをしたまでだ」


セランは顎鬚をなでながら、目線をそらしてます。


カッコイイ台詞を言っているのに、照れてますね。


なんとなく、解ってきてます。

セランの癖。


「それにメイも。今日はありがとう」


「はい。こちらこそありがとうございます。 

 まかない、すっごく美味しかったです。

 涙がでそうになりました」


「そんなに美味かったのか?」


セランはお腹を押さえてます。

もしかして、ご飯食べてないのかもしれません。


オトルさんはセランの様子をみて、察したのでしょう。

ちょっと笑ってセランに言ってくれた。


「セラン先生。今日はまかないを作りすぎてしまいました。

 良かったら食べて行ってくれませんか?」


「いいのか? 助かる。

 役所が思っていたより混んでてな、

 夕食を食べる間がなかったんだ」


あのまかないですよ。

セランは大変にラッキーなのです。


だってうなぎ様ですよ。


日本でも高級食材なのですよ。


私だって、人生でたべたことなどそんなにないのです。

貧乏だったからね。






セランが厨房でまかないを食べている間に、

閉店準備がすんで、料理人の男の人たちが外の木戸と

入り口においてあるメニュー看板や、植木鉢など、

もろもろを中にしまい始めた。


お客はもう誰もいない。



さっきまで騒がしかったのが幻のようだ。

今は、がらんとしてる。



ふう、疲れたなあ。


肩をぐるぐるとまわしていると、

後ろからミリアさんが声を掛けてきた。


「お疲れ様、初日にしては、よくがんばったわね」


「ミリアさん、お疲れ様です」


褒めてくれたけど、あんまり役にたった感じがしない。


「大変だったでしょ。もう、こりごりかしら」


ミリアさんは、ちょっと悲しそうに苦笑した。


「はい。大変でした。 

 明日は、もっと手伝えるように頑張りますね」


そうだ、何事も継続は力なりだ。

明日は、もっと出来るはず。


多分、

きっと、

未来型。


ミリアさんは私の言葉にちょっと驚いたみたいだったけど、

ものすごく嬉しそうに笑った。


綺麗な笑顔。


私は一応女性なのに、どきっとする。

これにカゼスさんたちはやられちゃったんだ。



「明日のことだけど、お昼は2人来るから昼はいいわ。

 今日と同じ時間にここに来てちょうだい。いいかしら?」


「はい」


しっかりと頷く。


「あとこれ、ピーナさんにもらってきたの。

 昔の服だけど、貴方にはぴったりだと思うわ。

 明日はこれを着てきてね。

 まあすこし、あちこちつめないといけない気がするけど、

 着丈はあってるとおもうわ」


もらった服をびろって広げた。


おお、女物です。


スカートですよ。

ピンクの小花柄のワンピース。

胸のリボンが編みクロスになっていて、

結構かわいい。


裾は小さな良く見ないとわからないような

フリルがはいってる。


随分と大切にされてきた服のようです。

本当にもらっていいのでしょうか?


服をかかえてミリアさんに目で尋ねる。


「大丈夫よ。ピーナさんがぜひメイに着て欲しいって」


「いいの? 大切な服なんでしょう?」


「明日着てきたら、一番にピーナさんに見せてあげて。

 きっと、喜ぶわ」


ミリアさんの嬉しそうな笑顔が、後押ししてくれました。


「はい。ありがとうございます」





セランと一緒に帰ります。


セランは、片手に私の荷物。

反対の手にランプが握られてます。


ランプを、軽くゆらゆらと揺らしながら、

石畳の道を歩いてます。


二人分の影が、短く伸びてます。


疲れているのはセランも同じなのに、

悪いなあと思いつつも好意に甘えておきました。


だって、少しずつ、

足が重くなっているような気がするんです。



気を紛らわすように周りを見渡すと、

酔っ払いのおじさん達。

それに、夜からの商売の客引きの人たちで、

ちらほら人はいます。


おお、あのお姉さん、すっごいナイスバディです。

胸と腰の落差30cm以上ありそうですよ。


暗い夜道に時折揺れるランプの光。

昼間と街の雰囲気が随分と変わって見えます。


残業だったのでしょうか。

家路を急いで帰る人もちらほらいます。



はっ、そうでした。


今、気がつきました。


私達は一体どこに帰るのでしょう。


船はドックで修理中だし、お宿?

お宿の予約って今から出来るのかしら。

でも私、自慢じゃあないけど一文無しです。



……。


セランのお宿の隅っこにでも泊めてもらおう。


「セラン、どこいくの?」


「ああ、家だ、家」


おお、セランは家持ちだったのですね。

さすが、お医者様です。


ちょっと、ほっとしました。


お家ということは、私が寝るスペースぐらいは

探せばどこかにあるでしょう。


それでは今は、店までの道順を覚えることに、

意識を集中したいと思います。





右に左にと何度も曲がったけど、見覚えのある

白っぽい壁の街並みまでやってきた。


おお、ハリルトン商会。


ここまで帰ってきたんですね。


商会の横の路地を入って、真っ直ぐに行った突き当たり。


箱庭のような壁に囲まれた小さなスペースがありました。


ここですか?



割と背の高い庭木を中心に、いろんな花木が植えてありました。

その庭木の奥には、3階建てのこじんまりした建物。


周りを高い建物でぐるりと囲まれているんですが、

不思議と窮屈な感じがしません。


真上に月が見えました。

今日は三日月です。


建物の窓には明るい光が燈ってます。


家の灯りってやつですね。


いいなあ。


うん?


家のあかり?


セランの奥さんとかがいるんでしょうか?


泊めてもらうのに、こんな時間にいきなりきて

挨拶もなしでって、非常識ですね。


ここは初あわせで、しっかりと挨拶をしましょう。


庭を通り抜け、入り口の戸を開くと、

中は普通の家の玄関。


ランプの火が、玄関の脇の灯篭に燈っているのですが、

暗いです。 暗いと足元がおぼつかないって言うか、

ちょっと不安です。


家の中に、土足でずかずかと入るセランの後を、

遅れないように、小走りでついて行きました。



一階の奥の部屋のドアがちょっと開いていて、

そこから光が漏れてます。


そこに人がいるんですね。


セランの後について入ると、

思いがけない人たちがいました。


「おかえりなさい。メイ、セラン。」


カースです。


「随分、遅かったじゃあねえか。 

 夜遊びはほどほどにしろよ。」


バルトさんです。


「メイ、セラン、おかえり。」


レヴィ船長です。


ええ?

 

なんでセランの奥さんではなくて、

彼らがここにいるのでしょうか?


驚きすぎて口がぽかーんと開いたまま。

ただ、瞼をぱちぱちと瞬きしてました。


開口一番のセランの奥さんへの挨拶は

雲の上に乗り上げたようです。



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