娘になるようです。
ドックから出たら、そこは、人人人。
人があふれてました。
船の中の人口密度もかなりあるんだけど、
それとは比較にならないくらいに人がいます。
それに、びっくりするのは人種の多さ。
レヴィ船長やカースみたいな目鼻立ちが
くっきりはっきりの白人系。
体が牛みたいに大きく、ごついけど
顔は彫像みたいに彫が深いのに鼻がつぶれている
褐色の肌を持つラテン系。
体は小さく、子供の様なのに、
やけに年をくっている小人系。
肌も髪もやや黒く、
全体に白い歯がまぶしい黒人系。
眼が細く、全体的に線がほそく
背が低い平面顔の黄色人系。
ありとあらゆる人が歩いてます。
格好も統一性がなくばらばらです。
まさに、外国だ。
おかげで眼があっちにこっちにと
うろうろします。
めずらしいものを見るのに必死で、
口がぽかーんと開いているのに気がつきませんでした。
セランに背中を押されるまで、開きっ放しです。
「おい、メイ、口閉じねえと、苦い薬入れるぞ。」
はい。
すぐに閉めます。
慌てて口を手で覆い隠した私を、にやにやとセランが笑っていた。
「まあ、びっくりするよな。 人が多いからな。
はぐれないように気をつけろよ。」
そういって、左手を差し出してくれた。
「はい。ありがとう、セラン。」
迷子にならないように、掴まらせていただきます。
セランに手を引かれて、人ごみの中、
街を歩きます。
ドックを出てから、足元は石畳。
だから、船の中ではしなかった靴音が
あちこちでいろんな音を立てています。
ドックから出てすぐの通りは、裏通りになるらしい。
セランが軽く説明をしてくれる。
こんなに人がいるのに!
裏通りを2本ほど抜けたところに、馬車道がありました。
馬車道はその名の通りで、
人は端を歩き、真ん中は馬車が走ってました。
馬車。
おお、テレビでみたことのある箱型の馬車だよ。
私と手をつないで歩いているのに、
時々綺麗なお花を手にした女の人に、
セランは声を掛けられている。
やんわり断っているけどね。
花売りかな。
籠の中のお花、綺麗だな。
馬車道を横にそれたら、大通りに出ました。
大通りは、それほど馬車は走ってないけど、
両脇が店、店、店。
どこを振り返っても、店が並んでます。
いろんな店があるんですね。
この街の建物は、全体的に赤レンガで統一されている。
一階が店舗で、二階から上が住居みたい。
洗濯物は無いけど、窓辺にお花がある家がちらほら。
屋根はとんがり型で傾斜角度はかなり急です。
家と家の隙間は殆ど無い。
だから、お金が転がって隙間に入ったら、
手は届かないでしょうね。
落とさないようにしないとね。
家の並びを横から見ると
山波が続いている感じ。
きょろきょろと上や周りをみていたら、
セランがくいっと手を引っ張った。
「ここに、入るぞ。」
セランに手を引かれて入ったのは、
横に、縦に大きな建物。
どっかの神殿みたいな大きな柱が、4本玄関口に立っている。
扉も分厚い木の両開きのドア。
凝った彫刻が芸術みたいに彫られてる。
どっかの美術館みたいです。
ここも店なんでしょうか。
ちょっと普通の人が入るのに気後れしてしまいそうなほど、
重厚な印象がある建物です。
中に入ると、入り口付近の一階と二階部分が吹き抜けになっていて、
二階にあがる階段が、左端からゆったりとしたカーブで、上に伸びてました。
一階の右端には、受付のお姉さんが、座ってました。
「お久しぶりです。お戻りになられたのですね。セラン様。」
綺麗なお姉さんは、にこやかに対応してくれました。
「セフィーネ、元気そうだな。ビシン総長は居られるか?」
「はい、お会いになられますか?」
「ああ、よろしく頼む。」
受付のお姉さんは席を立って、二階に歩いていった。
背が高くて、すらっとしていて、すっごくかっこよかった。
いいなあ。
「メイ、ここは医師会館だ。俺が所属している所だな。
今から会うのは、そこの一番偉い奴だ。」
ふうん。
ここで、待ってればいいのかな?
窓際においてあった、簡単な応接セットに眼を向けた。
「お前も一緒に来るんだよ。
お前を俺の娘として、登録するから。
お前は余計なことは一切話すなよ。
わかったな。」
は?
娘?
セランの?
うーん、無理でしょ。だって、どっからどうみても
親子に見えないよ。
まったく、似てないでしょ。
首を傾げてみる。
「大丈夫だ。俺に任せておけ。」
セランがにかっと笑い、私の頭をポンポンと軽く叩きました。
大丈夫なのかなあ。
「お待たせいたしました。ご案内いたします。」
お姉さんが戻ってきた。
「いや、いい。部屋はわかるので、自分で行く。いいか?」
「こちらの方もご一緒ですか?」
お姉さんはちらっと私の方を見る。
「ああ、この子のことで話をしたいのでな。」
「では、そのように。
二階のいつものお部屋に居られます。
いってらっしゃいませ。」
軽く頭を下げてくれるお姉さんに、
私は、慌ててお辞儀を返した。
「いってきます。」
お姉さんは、一瞬、きょとんとした顔をして、
その後、ぷっと笑われてしまった。
「はい。いってらっしゃいませ。」
やけに綺麗な笑顔で、送り出されてしまいました。
へんな事しちゃったのかなあ。
セランの後をついて2階に上がり、
三つあるドアの2番目をあけると、
そこは、廊下で、さらに、両側にドアがある。
右壁には一枚のドアが5つほど、
左壁には両開きのドアが3つ。
その一番奥の左側のドアの前まで歩いて行き、
ドアをノックした。
「セランです。」
部屋の中から、眼鏡をかけた若い、
神経質そうな男の人が出てきて、ドアを開けてくれた。
「どうぞ、お入りください。」
セランの後に続いて、中に入ると、
20畳ほどの大きさの部屋に
皮張りの応接セット。
窓際を背にして、
重厚な机と椅子があり、人が座っていた。
全体的に小太りで、頭の天辺が薄いおじさん。
大きな鼻に小さな鼻眼鏡をして、
書類を相手に書き物をしていた。
羽ペンをトンっと弾ませ、机の上の箱の中に置く。
そして、こちらをみて、机から立ち上がった。
「失礼した。急ぎの書類があったものでね。
そこのソファにかけてくれ。話を聞こう。」
私達はソファを勧められ、腰掛けた。
おじさんは、戸口付近の机に座っていた
さっきの男の人に、書類を差出し、用事を言いつける。
「ああ、これを、ダグラスに渡してくれ。
それから、セフィーネにお茶の用意を頼む。」
「はい。わかりました。」
彼は書類を受け取り、確認し、
大きな封筒に書類を入れて、部屋を出て行った。
ドアが閉まって、おじさんが私達の前に座り、話を始めた。
「よくもどった。セラン。無事でなによりだ。」
大きめな顔に不均等な小さな目を、やや細めて嬉しそうに笑う。
「ああ、さっき着いたばかりだ。」
セランも嬉しそうに笑ってる。
「今回は大変だったんだろう。大嵐に見合われたそうじゃないか」
「良く知ってるな。 まだ、誰にも話してないんだが。」
おじさんは、面白そうな表情を浮かべながら、答える。
「帰る途中、補給と積み下しでザナドに立ち寄っただろう。
そこの商人が手紙で書いてきたんだ。
頼んだ荷で着いたのはレヴィウスの船の荷だけで、
他は嵐で沈んだらしいってな。」
セランは一つため息をついた。
「情報通なことで何よりだ。」
「大丈夫なのか?」
「ああ、船も船員も問題ない。 運が良かったんだ。」
「それは重畳、運がお前達の上にいつもあることを祈ろう。」
おじさんはにこやかに笑って腕を組んだ。
「ああ。 ところで、今日は頼みがあってきたんだ。」
セランは、真剣な顔で
おじさんに詰め寄った。
「わかってるよ。
着いて早々にここに顔を出すなんて、
今まで無かったからな。
そのお嬢さんのことだろう。」
おじさんは私の方をみて、鼻眼鏡の位置をずらす。
「ああ、身分証明書と、保証人許可申請書、
就労許可書の発行をお願いしたい。」
はあ。
もう、
何をセランが喋っているのかわかりません。
難しい言葉ばかりで、さっぱりです。
「おいおい、そこまで、必要なのか。
お前の何だ、このお嬢さんは。」
「俺の娘だ。」
「は? お前、娘なんていたのか?」
「故郷の別れた女房に預けていた娘だ。
女房が無くなったんで、俺が引き取ることになった。」
「それならわからんでもないが、
身分証明書は故郷発行のがあるんじゃないか?」
「まだ子供だから、つくってなかったみたいなんだ。
俺の拠点はこっちだから、どうせなら、
こっちで作ろうと思ってつれてきたんだ。」
「年は?」
「16だ。もうじき17になるはずだ。」
うん?
おじさんの目がじろじろ私を値踏みするように見る。
話している内容は、多分、セランの娘云々だと
思うのだけども、何を話しているのか、所々しかわからない。
とりあえず、笑ってしまおう。
にっこりとおじさんに笑顔を返しました。
「ゆっくりとしたことだな。
こちらでは10歳の子供ですら
証明書を持ってるぞ。」
「田舎だからな。 必要なかったのさ。」
おじさんは、大きくため息をつき、答えた。
「保証人は3人いるぞ。もう一人はどうする気だ?」
「レヴィウスが承知してくれた。」
ちょっと、びっくりした表情をしていたが、
すぐに、おじさんは立ち直り、微笑んだ。
「そうか、わかった。書類は調えておく。
一週間後に、レヴィウス船長とその子を連れて、ここに来てくれ。」
セランは満面の笑みで手を差し出した。
「礼を言う。よろしく頼む。」
おじさんはセランの手を握り返し、微笑んだ。
「ところで、娘の名前はなんていうんだ?」
私の顔を見つめて、セランに尋ねる。
今のは言ってることわかったけど、
何も話すなって言われたし。
「メイだ。顔つきは、母親にうりふたつだ。
俺に似たのは性格だな。」
「お前に似たのか、それは災難だな。
逆なら、嫁の貰い手は山ほどあるだろうに。」
セランに頭をなでられ、背中をちょっと前に押された。
これは、挨拶をしろってことかしら。
「はじめまして、メイです。
よろしくお願いします。」
挨拶と同時にちょっとだけ、頭を下げた。
「おお。成人しとらんのに、
しっかりとした挨拶ができるもんだ。
性格も母親似なんじゃないか?」
ニコニコした顔で、
私の前に、手を差し出した。
握手だね。
セランの顔をちらっとみたら、頷いたので、
そおっと手を握った。
「よろしく。メイちゃん。
ワシはビシンだ。
セランにいじめられたら、いつでもおいで。」
言っていることは、わかるけど、いじめって。
セランの顔をちょっと仰ぐ見る。
「俺のは愛のムチだ。いじめじゃねえ。」
「そう言っても、ムチが過ぎるから、
お前の弟子は居ついたことないだろうが。」
「そいつらに、根性が足りねえだけだ。
お前こそ、従者がまた変わってるじゃねえか。」
「有能さを求めていくと、変わるのは当然だろう。」
「他の条件のよい職場に、取って代わられるからか?」
「ワシが選んで、変えているだけだ。」
あの、どんどん、話がずれて、
声は大きくなり、
喧嘩っぽくなってますが、どうしましょう。
おろおろとしていたら、
ドアをノックする音がした。
「セフィーネです。お茶をお持ちしました。」
セフィーネさんの絶妙なタイミング。
まさに神の助けですよ。
感謝の気持ち一杯でセフィーネさんを
見つめていたら、セフィーネさんが
私に向けて、軽くウインクした。
わざとか。
ありがとうございます。
だされたお茶をすすりながら、
喧嘩をやめた大人二人は、
セフィーネさんの微笑みから
軽く顔をそらして、下をむいていた。
あーお茶が、美味しい。




