港に着きました。
「おーい、港が見えたぞー。」
物見櫓から、船全体に大きな声が響きわたる。
お昼をちょっと過ぎた頃だ。
手のすいた何人かの船員が、甲板に上がってきて、
まだ、手のひらよりも小さい港を視界に入れる。
「帰ってきた。」「ああ、今回も、無事帰れた。」
あちらこちらで、安堵のため息と声がする。
皆、甲板の縁に立って、少しずつ大きくなる港を見つめていた。
ドスドスと音を立てて、船長室から
話し合いを終えた、甲板長のバルトさんが
やってきて、大きな声で高々と命令をだす。
「ぼおっとしてるんじゃねえよ。我らがロンメル港だ。
近くに寄ったら、合図を送る。 他の奴らは着岸の用意をしろ。」
「「「「はい。」」」」
皆はあわただしく、船の中に戻っていく。
私は厨房で、レナードさんの指示通りに
急いで、昼食の後片付けをしている。
港が見たかったが、ここはマートルの説明と丸窓からみえる
小さな景色で我慢することにした。
甲板では、小船の用意を始めた。
いくらこの国の商船だからといって、手続きを踏まなければ
着岸どころか、港の近くまで近づくことすら出来ない。
それが、このロンメル港だ。
小船で、港の側まで書簡を持って行き、
港の役人に許可をもらってからの着岸でないと
どこに、どう止めたらいいのかすら、わからない。
それに、絶対突破できない仕掛けが
あちこちにあるのだ。
難攻不落の港だと言われる所以である。
この港はもともと造船で栄えた港であり、
今も並ぶもの無しといわれる、
数多くの職人を抱える街でもある。
このロンメル港とあと二つの港を抱え、
多くの商人が行きかう街道を備えるにぎやかな国。
それが、イルベリー王国である。
この国の強みの一つは、海運貿易である。
ロンメル港は大型船も着岸できる、この国随一の大きな港だが、
すべてが前面に留まるわけではない。
港から、街に向かって、5つの深い運河が引かれており、
その運河を通って、船の造船ドックに行くことが出来る。
その便利さ故に富が集まり、人が集まる。
そこには海賊などの無頼の輩が多く現れる。
それに警戒して、港では数多くの自衛策を取っている。
まず、さっきも言った、先触れの有無。
書類。確認。そして、最大の防衛策は
海の中に沈めた防御鎖である。
鎖は切れないように何重にも張り巡らされ、
それは、港からの合図があってから始めて
とかれる仕組みとなっている。
鎖の網の出口は毎回違うのだ。
引き上げて、始めてわかる。
20のウインチで巻き上げるがその速度が
一定でないため、作った職人ですら把握できない。
誠に面倒な代物だ。
それに港から繋がっている5つの運河。
これも人の手によって増設されたものだった。
この運河は船の大きさによって
入るのはまちまちだけれども、
運河のあちこちに水を閉じる水門がある。
その水門は、街の人々の手で開けたり閉めたりが可能なのだ。
水を閉じられれば、船は出ないし、動けない。
孤立無援となる。
つまり、もし、海賊などがこの港にやってきても、
着岸など出来はしないし、万が一、
着岸できたとしても、街中に船も人も見咎められずに
すすめることなど不可能である。
そんな高い防御率をほこるロンメル港が眼の前である。
港は大きくコの字型になっていて、
コの字の一番先端に灯台がある。
この灯台が、まず合図をおくる。
船籍の有無を手旗信号でおくってくる。
船はそれに答え、同じく手旗信号で答え、
船の所属する国旗、または、所有団体の印を見せる。
それを確認した後、灯台から、小船が出てくる。
中に乗っているのは、警備部隊5人と役人が2人。
それと小船を操縦する船員が5人の12人。
それに対して、迎えるこちらの小船の
人数は操縦船員もいれて5人まで。
小船同士の協議の様子は
港のあちこちで監視している。
船から小船が降ろされた。
カースが正装している。
どうやら、カースとほか4人が行くみたい。
肩掛けの皮鞄を斜めに掛け、
縄梯子をゆっくり、小船に向かって降りていった。
小船は4本の櫂でゆっくりと進んでいく。
書類を交わし、問題が無ければ、小船がそれぞれ戻り、
灯台から合図が港に送られ、鉄の鎖が巻かれる。
ここで、鉄の鎖はすべて巻かれるわけではない。
三分の一程巻き上げると運河までの道筋は出来る。
その道筋は大型船が1隻通るくらいの幅だ。
ここで、船の操縦技術が発揮されるらしい。
毎年、いくつかの船が鉄の網に船底や横腹を傷つけて、修理の羽目になる。
ところが、我らの船は
一度だってぶつけたことは無いらしい。
マートルが鼻高々に教えてくれる。
ふんふん。
お皿を無事に片付けながら、相槌をうつ。
わからない言葉はいろいろ出てきたけど、
なんとなく話を繋げると
着岸は問題ないってことだね。
「おい、マートル、メイをつれて、甲板に出ていいぞ。
ここはもういい。 さっきの説明をその眼で見せてやれ。」
レナードさんが、許してくれたので、ルディと三人で
急いで甲板に上りました。
甲板に上がると、まさに今、
海の中の鎖が動いてます。
それは、海蛇が海底でうごめいている感じ。
真っ黒い鉄の鎖が
ざばざばと音をたてて海底を移動していた。
カースが帰ってきて、船の上から確認し、船の順路を
船長とバルトさんの監督のもと決める。
船は左に大きくきられ、船の下部から出した、大きな櫂が
指示で細かく漕がれる。
マストの帆はすべてたたまれ、
今、張られているのは、先頭と船尾の三角帆。
帆の向きをカースが的確に指示をだして、
的確に船は決められたコースを進んでいった。
私達の船のほかに、同じように許可を取った船が4隻あり、
私達の船の後を追ってコースを進んでた。
船が湾を抜けたら、また、鉄の鎖は解き放たれ、
右に左にと引っ張られる。
ざぶざぶ、ごぼごぼと海の中を動く鎖の音を後ろに、
港に、近づく。
港の係員が大きな声で知らせてきた。
赤い布の大きな旗を振っている。
「運河に入る準備をしてくれ。」
カースはバルトさんに指示を出し、
壁に大きく2と書かれた運河の入り口を目指した。
「上陸は、中央から左よりの2番運河からだ。
2番運河の3番ドックが今、開いてる。
そこへ行ってくれ。」
運河の水は海から街へと流れ込む流れになっていて、
入り口に船を入れることが出来れば、後は
自然に船は運河を運ばれる。
3番ドックの手前で海側の水門の量が調節され、
船からロープを何本も下ろす。
そのロープは3番ドックの大きな昇降機につなげられ、
ドックへと誘導された。
ドックの中に入ると船がまるまま入る大きな建物だった。
天井部には屋根が無い。
完全に吹き抜けだ。
まあ、この船みたいにおおきな船だと、
建物の大きさだけでもとんでもないものになる。
横は取れても、縦の高さを取るには大変だろう。
メイは甲板でずっとこの様子を見ていた。
港ってこんなにハイテクなんだ。
横浜港とかを想像していただけに、
文化的ショックは計り知れない。
まあ、実際の横浜港はもっと機械で
操作されているのだろうが、
ここでは、どうやら、機械といったら、簡単なもの。
梃子の原理やら、浮力やら利用しているけど
動力はほぼ人力。
ウインチも奴隷が動かしているらしい。
そうか、だから、巻き上げ速度が一定ではないんだ。
って、奴隷? いるの?
マートルの説明で一番びっくりしたことはそれでした。
そうか、人力主導ということは専用で働いている人たちがいるって
ことだものね。
それが、奴隷なんだ。
私達の世界の歴史でも奴隷はあった。
リンカーンの奴隷解放宣言は試験に必ず出る。
でも、奴隷制度は知識で知っていても、
実際には知らない。
テレビで映画でいろいろ見たけど、
それは、私の生活圏では関係なかったから、
ほとんど、無関心でした。
でも、へたな同情はいけないよってマートルは
私の表情を見て言った。
彼らの多くは、職業奴隷というものなんだって。
つまり、奴隷の仕事というわけ。
奴隷でも、ちゃんと賃金はもらってる。
生活に必要な住まいと食事を奴隷商会で
保障されている、りっぱな職業だそうです。
まあ、そうなんだ。
私は、鞭でばしばし叩かれている映画の奴隷を
想像していたけど違うんですね。
ちょっと気が楽になった。
ドックの中に着岸され、ロープで船が固定され、
縄梯子がいくつもかけられた。
レヴィ船長とカースが先に降りて、
ドックの責任者みたいな人と話を始めた。
レヴィ船長と身長はほぼ変わらないけど、
全体的にひょろりと細長い印象だ。
顔が細面、日焼けしてない真っ白な顔、
半分閉じているかのような眼
それに、薄い茶色髪に白い髪がほぼ半分くらい。
マートル情報によると、
そのせいで年寄りに見えるけど、
実際は違うらしい。
レヴィ船長とほぼ年は変わらないんだって。
「やあ、おかえり、レヴィウス、カース。無事で何より。
予定より遅かったようだね。」
お互いに握手しながら、再会の抱擁なんかしてる。
うーん。
こっちの世界の人って基本、外人補正なんだよね。
「久しぶりだ、元気そうで何よりだ。」
カースはさすがに、握手だけ。
お互いに挨拶が終わり、
軽く話しを進めてる。
「ああ、すこし寄り道があったからな。」
「それに船が大分傷んでいるようだけど、
嵐にでも遭遇したかい?」
「ああ、アドラミ海域で大きな嵐にあった。」
「やっぱり。 あの海域での嵐は報告が来ている。
あの嵐で難破した船は20隻を超える。
よく、無事だったな。」
「ああ、運が良かった。」
「トーマス、それで、船の修理の見積もりを頼みたい。
済んだら、商会に連絡してくれ。」
トーマスと言われた責任者の人は、
細面に似合わない乱暴なしぐさで頭をかいた。
「うーん、ざっと点検がすむのは3日後だね。」
「それでいい。」
「わかった。」
話が終わったようだ。
レヴィ船長が船のほうを向いた。
「上陸しろ。」
わあって船から歓声が上がった。
「荷物の確認をするから、順番に並べ。」
バルトさんが許可を出した人から船を下りる。
次々と船員が降りていく。
ドックの隅の小さな両開きのドアが開いた。
そこから、待っていた人たちが駆け寄って来た。
「マリーア、マリーア、来てくれたんだ。」
横で、マートルが全開の笑みを浮かべて大きく手を振った。
あれが、マートルの彼女さんなのですね。
可愛い系の美人さんですね。
マートルやるな。おぬし。
他にも、沢山の人が出迎えの人に会って、
再会を喜んでいた。
「これから、2ヶ月の休暇だ。
給料を商会で受け取って帰ってくれ。
それ以降どうするかは、まだ未定。
休暇の終わり頃に商会に問い合わせしてくれ。
では、よい休暇を。
解散!」
レヴィ船長の言葉で各自で思うところに散らばった。
お互いに「またな」って声を掛け合って分かれている。
コリンやゾルダックやアントンさん、レナードさん
他の船員何人かは、私にも「またな」って
挨拶して降りていった。
マートルもいそいそと荷物を抱え、降りていった。
ルディも家族のお迎えが来ていて、一緒に帰っていった。
わかっていたことだけど、去っていく皆の背中が
とてつもなく羨ましい。
私には、迎えてくれる人も、無事を喜んでくれる人も
この世界にはいない。
疎外感がじんと心の中に染みた。
船に残ったのは、私とセラン、バルトさん、カースにレヴィ船長。
後ろ三人は荷物の積み下ろし作業で
他の知らない人たちと難しい書類見ながら
話をしていた。
セランに私の服や荷物が入った箱を渡された。
それらを布の大きな麻袋に詰め替える。
セランは下で荷物を落とせって言ってくれたので、
上から投げる。
おお、ナイスキャッチ。
ゆっくり縄梯子をおりて、地面に降り立った。
硬い石畳の地面をしっかりと踏みしめる。
うん、足が地に着くと、よしって感じがするね。
気を取り直して、この街をまずは見学しよう。
顔をぐっと前に向ける。
わかっていたことに落ち込んでも始まらない。
前を見るんだ。
はじめてみる街。
大勢の人。
わくわくしてきた。
「おし、メイは俺達と一緒にまずは商会だ。」
「はい。」
セランに手を引かれて、小さなドアをくぐった。




