再会しました。
レーンのお花畑の向こうにみえた、鉤の金具。
一つだったのが、二つになり、三つ目が掛かりました。
下の方で、小さな石が、からからと
落ちる音がしています。
やっぱり、そこから登ってきているんでしょう。
近くまで、出迎えるべきなのですが、
そこは、怖い高さなので、気後れしてしまいます。
花畑の中央に座ったまま、待つことにしました。
じっと見つめていると、手が掛かりました。
それから、ぐいって体を持ち上げる筋肉が逞しいです。
やはり、レヴィ船長でした。
体を懸垂の要領で持ち上げ、上半身を前に倒し、
体重移動を前半分に持って行きながら、
片足を持ち上げ、一気に体全体を岩の上に上げました。
すばらしい。
某滋養強壮ドリンクの、宣伝に負けてませんよ。
汗が光って、日焼けした肌を一層引き立てます。
レヴィ船長は、頭をぶるっと振り、前髪をかきあげました。
レヴィ船長はその緑の目で周りをぐるりと見渡し、
安全を確認してから、また、下を向きます。
ああ、レヴィ船長や皆と、離れていたのは3日ほどなのに、
随分と長い間、会っていなかったような気がする。
あの赤褐色の髪が、緑の瞳がとても懐かしかった。
早く、私に気がついて欲しいのだけど、
でも、声を掛けるのが、なぜが躊躇われた。
だって、なんて、声を掛けたらいいのだろう。
戸惑っていると、ふと、思い出した。
確か、以前に、一人で勝手な行動するなって
注意されたのは、記憶にばっちりある。
4人から、心配かけるなって怒られた。
で、勝手な行動は一人でしませんって言ったよね、私。
そこまで考えて、たらたらと冷や汗が背中を流れる。
お、怒られる。
レヴィ船長のすぐ後に、カースが来ているようです。
すぐ下のロープの付近に声を掛けてます。
「おい、手をだせ。持ち上げる。」
カースの手が岩に着いて、もう片方の手をレヴィ船長に伸ばしてます。
その手をぐいっとレヴィ船長が引き上げました。
カースの黒髪が汗で、額とこめかみに張り付いてます。
その汗を右の袖でぐいって拭いました。
ここまで来るのに、随分大変だったんだね。
ちょっとカースの呼吸が荒いです。
それに、二人の表情は厳しいままです。
それにしても、どうして二人は気がつかないんでしょうか。
こんなに近くにいるのに。
岩場からここまで5mくらいしかない。
その上、見通しは100%だ。
障害物すらないのに。
(見えないように、私が膜をはっているからよ。)
照の声が私のすぐ横で聞こえました。
本当にすぐの横です。
左の上腕の腕輪付近から聞こえます。
照さん、膜ってなんで?
(メイの仲間だとは思ったけど、万が一があるから。)
ああ、私を守るためですね。
なるほど、用心ですね。
(でも、もういいでしょう。膜をはずすわ。)
その言葉を聞いたとたんに、多分膜が外れたのだろう。
ほんの少しの間、太陽の光がまぶしく感じた。
反射的に眼を閉じる。
「メイ、そこに居たのか。」
眼を開けると、レヴィ船長とカースがこちらに向かってきます。
あわてて、立ち上がろうと中腰になった時、
レヴィ船長とカース、二人に抱き上げられました。
右側にカース、左側にレヴィ船長です。
今の私の頭の位置は、二人とほぼ同じ高さになりました。
二人の顔がよく見えます。
びっくりしすぎて、眼が一層、大きく開いてます。
「メイ、無事ですか? 怪我はしてないのですか?」
カースの頭が私の右脇に入り、背中を支えてます。
そして、左手で私の頬を撫でました。
カースの顔には、本当に心配しましたって描いてある。
薄い青い眼は、私の返事をじっと待っている。
「はい。怪我はしてません。大丈夫です。」
左側のレヴィ船長は、私の左側の腰を、
レヴィ船長の胸に押し当てられるように
抱き寄せ、しっかりと抱えてくれました。
レヴィ船長の顔は、私のほぼ肩の位置。
船長は顔を、私の肩に埋めてます。
「無事でよかった。心配した。」
大きな安堵のため息が聞こえた。
レヴィ船長の声の語尾が震えてる。
「ごめんなさい。心配かけて。」
本当に、私は二人に心配かけてばかりです。
精一杯の感謝の気持ちを込めて、
両手で、二人の手をそれぞれ取り、
私の胸の真ん中に重ねて、じっと握り締めて眼を閉じた。
「レヴィ船長、カース、迎えに来てくれてありがとう。
本当に、嬉しい。」
この感謝の気持ちが、ここで会えた感動が
二人にも伝わりますように。
すこし、涙が出てきた。
目じりから、ぽろっとこぼれる。
会いたかったの。
気持ちが涙を押し上げる。
真っ直ぐに二人を見て、微笑んだ
二人が落ち着いたようなので、
だっこ状態から下に降ろしてもらいました。
カースは小屋の方に歩いていきました。
誰もいないのはわかっているみたいだけど、
一応、警戒している様です。
レヴィ船長が私の顔をじっと見下ろし、聞いてきました。
「セイレーンとは会えたのか?」
そうでした。説明しないといけないんでした。
「はい。会えました。」
「どこにいる。」
「この場所にはいません。」
うん、腕輪の中だからね。
「それで? 話せたのか?」
「はい。友達になりました。
だから、船の皆はもう、目が覚めると思います。」
「は?どういうことだ?」
「友達になったので、術を解いてくれました。
それに、この島から出してくれるそうです。」
「友達って、なんでだ。
セイレーンは、生気を取り込む必要があるんだろう。
なぜ、こんなに急に気が変わった。」
「もう、セイレーンは生気を必要としないから。
セイレーンとずっと一緒にいた人が亡くなったの。
だから、お願いを聞いてくれた。」
私は、小さな墓石に視線を落とす。
「もう、いないの。だから、もういいって。」
風がそよそよと渡り、墓石にかけられた
レーンの花のネックレスを揺らしていた。
「そうか。」
「うん。」
レヴィ船長は、私の肩にそっと手を置いた。
言葉は無かったが、私の気持ちを汲んでくれている
のがわかった。
カースが小屋をあらかた調べて、なにやら本らしきものを
持ってきてます。
「どうやら、ここは人間が住んでいたみたいです。
航海日誌のようなものがありました。
日付から推測するに、ほぼ200年ほど前のだと
思われますが、どうしましょうか。」
航海日誌?
おじいさん、船乗りだったの?
(いいえ、探検家だったの。とってもかっこよかったんだから。)
へえ、そうなんだ。
(そこの二人よりも、数段かっこいいのよ。)
むっそれは、聞き捨てならないね。
レヴィ船長とカースは、私の一番なのよ。
(ふふふ、あとで、二人きりになった時に話しましょうか。)
そうだね、コイバナは女の子の必須事項だからね。
楽しみ、楽しみ。
「日誌の中に、地図も挟んでありました。
持ってかえって、船で照会します。」
地図だって。
この島の?
(ううん。違うわ。 あれは、彼が持っていた宝の地図よ。)
「宝の地図?」
びっくりして、大きな声でちゃった。
カースとレヴィ船長は話の途中で割り込んだ
私を振りかえり、ちょっと苦笑しながら、答えてくれた。
「宝の地図かどうかは、定かではないです。
ですが、この島ではないですね。」
この近くじゃないの?
(うん。彼の故郷近くだって言ってたわ。)
「これから帰る我々の国から見て、
北にある遺跡のようですね。」
じゃあ、彼は、
船長たちと同じ国の人だった
かも知れないんだね。
(そのようね。)
「それらは、もらって帰ろう。
今は、まず、日が暮れる前に、
ここから降りよう。
暗くなると我々はともかく、メイは無理だろう。」
えっ
私もあのロープで降りるんですか?
無理無理無理。
首をぶるぶる左右に何度も振ります。
(小屋の裏手に井戸があるの。 その脇の岩陰に下へ降りる道があるわ。)
そっちにいきましょう。
「レヴィ船長。小屋の裏手に下に降りる道があるんです。」
「道? こんなところに?」
「はい。」
カースか小屋の裏手へ駆けていきました。
しばらくして、見つけたようです。
「あります。 岩陰に隠れてますが、道です。
これで、降りるとどこに出るんでしょうか。」
(地下の昔の神殿跡に出るの)
神殿? 地下なの?
(大きな湖があって、そこから貴方達がいた広場まですぐよ。)
ああ、あの綺麗な湖があるところですね。
彼に初めてあったのも、あそこだったんだよ。
(そう、そうなの。)
なんだか、沈んで来たみたい。
「あの湖の処にでるはずです。」
カースの方を向いて答える。
レヴィ船長とカースが頷いて、そこから降りることを決定したらしい。
岩場まで、二人は戻って、ロープを鉤などの道具を回収してます。
私は、ふと思いついた。
昨日、沢山つくったレーンの花のネックレス。
セランへのお土産にしよう。
たしか、薬になるって言ってたよね。
ポケットのなかの手ぬぐいを出して、包んだ
(どうせなら、根っこごと持って行きなさい。
根も薬になるはずよ。)
ほうほう。
なるほど。
小石をもって、土を掘り返し、根っこごと
レーンの花を採取しました。
20個ぐらいを束にして、手ぬぐいの中にしまい、
それをくるくると縦に巻き、
落とさないよう、お腹に巻きつけました。
よし準備万端。
「さあ、降りるぞ。」
レヴィ船長が私に手を差し伸べました。




