勝負します。
目覚まし時計の音が鳴り響き、遠くでぐるぐると廻っている。
感覚としては、そんな感じ。
起きなきゃいけないんだけど、まだ起きたくない。
何も考えていない真っ白な意識が少しずつ、私になってくる。
遠くで聞こえていた音が、だんだん近くに鳴ってきて、
それが、目覚まし時計の音ではないとわかった。
何だろうと音源を眼を瞑ったままで、探る。
声だ。女の子の声。
ちょっと甲高い子供の癇癪声。
「どうして、この子を助けたの?ほっとけばいいのよ。
私達の邪魔をするつもりなのよ。」
うん?
「この子は何故だか、私の力が効かないの。
この子の影響を受けている何人かの人間もそう。
だから、この子をただ他の人と切り離そうと思ったのよ。」
この子?
「別に、殺そうと思ったわけじゃないわ。
でも、かってに死んでくれるならいいじゃない。」
うーん。随分な意見だ。
「何とか言ってよ。ずっと話しかけているのに、貴方は私に返事すらしてくれない。」
お昼のテレビドラマの台詞のようですね。
「昔は、ずっと一緒にいてくれるって言ったのに。」
おお、代名詞。よくあるパターン。
「あんなに優しくしてくれたのに、どうしてそんなに私に冷たいの。」
そうそう、すがる女に心変わりした男。ワンパターンだね。
「私には貴方だけなのよ。どうして、わかってくれないの?」
おお、泣きが入った。
「まさか、私よりこの子の方がいいの? そうなの?」
まさかの逆切れ?
「もしそうなら、この子をずたずたに引き裂いてやるわ。本気よ。」
声が震えてる。
脅している台詞なのに、いまにも泣きそうな声。
「お願いだから、私の方を見て。 声を聞かせて。私の貴方。」
なんて、悪い男だ。
テレビドラマなら、絶対、この男は殺されて、けちょんけちょんだよ。
そういえば、テレビ、随分見てないなあ。
連続ドラマは一回逃すと、続きがわからなくなるので、
途中で見なくなって、あとで、再放送をしている時に見るんだよね。
だから、普段見るのは、2時間ドラマ。
サスペンスだから、こんな台詞はおなじみなのよ。
テレビ見ながら、なんて酷い男だとか
こんな男にだまされるなんて馬鹿だねとか
コタツに入って、言ってた。
だから、こんな台詞はドラマの中だけだと思ってた。
なのに、この耳に入ってきた今の台詞はまさにそれ。
か弱い女の人を、いや、声から推察するに、女の子を
助けてあげないとね。
で、女の子って誰だっけ。
あの声、どこかで、いや、さっきまで聴いていた声だよね。
そうだ、あの声。
セイレーンだよ。
顔も見たよね。
金の髪に金の眼。
真っ白の肌に、お人形のような綺麗なつくりの顔。
細い手足に、すらりとした体つき。
さらりと伸びた長い髪が背中まであって、
小さな背をもっと小さく見せていた。
でも、あの子、10歳くらいだったよね。
あの年で、あの台詞。
くっ
なんだかいろいろ負けた気がする。
風が顔にあたって、バタンと何かが閉まる音がした。
それからしばらくして、
何か冷たいものが額の上に乗っけられた。
と、同時に瞼の上に水滴が落ちた。
眼の中にすうっと入ってきて、びっくりして、眼が開いた。
「うおっ。」
「ああ、眼が覚めたのか。怪我はないな。」
額に乗せられたのは濡れたタオル。
いきなり眼に入ってきた水気を飛ばそうと、
慌てて瞼をぱちぱちとさせていた私は、声を掛けられて初めて、
誰かが私の側にいるのに気がついた。
誰かは白いお髭に白い髪、サンタクロースのようなおじいちゃん。
ああ、湖面に映ってたいたおじいさんだ。
あー。
今の言葉から考えると、彼が私を助けてくれたの?
「えーと。助けてくれてありがとう?」
首をかしげながら、答えると。
「ああ、無事でよかった。」
お髭のせいで、顔の表情がわからない。
でも、やわらかい口調。
おじいさんは、ゆっくり歩いて部屋の中央の暖炉の前のゆり椅子に座った。
おじいさんにゆり椅子。
うん。ハイジのおじいさんもそうだし、絵になるね。
「すまないね。長時間、立っていられないのだよ。」
そういって、深いため息をついた。
そういえば、おじいさん、体の調子が悪そうです。
ベッドに寝たほうがいいのではないでしょうか?
ベッド、ベッドはどこに?って私が占拠してるよ。
いかん、老人には優しくだ。
早く、退かねば。
急いで、ベッドの上から降りて、おじいさんに声を掛けた。
「すいません。ベッド私が使ってます。
今、退きましたので、こちらへどうぞ。」
お布団を整えて、ささっと枕の上を払った。
「いや、今はいい。 それよりも時間がない。」
寝ないんですか?
ああ、昼間だからですね。
うん?昼間?
そう思ったとたんに、私のお腹の腹時計が大きな音を立てた。
朝ごはんを食べてません。
私の自慢の腹時計は正確です。
今は、お昼です。
「そこの机の上にスープとパンがある。 冷たいが、食べなさい。」
おお、おじいちゃん、いい人だ。
昨晩からよく運動しているのに、朝ごはんを食べてないせいで、
私のパワーはへなへなだったのですよ。
「ありがとう。いただきます。」
机に座って、パンにスープを浸しながら食べる。
ふふふ、硬いパンの食べ方はなれたものです。
船の中では常識ですからね。
お腹を満たしながら、柔らかくしたパンを咀嚼する。
このパンはレナードさんが焼いてくれた硬パンの味にそっくり。
スープは薄いけど、野菜のスープ。
さらっとして飲みやすいです。
全部、食べ終わってから、気がつきました。
そうだよ。
船の皆、レヴィ船長やカース達はどうなったんだろう。
「私の仲間が、どうしているのか知りませんか?」
「知っている。かろうじて起きているのが4人。
後は、皆、セイレーンの術に囚われた。」
4人。
レヴィ船長達ですね。
「皆を助けたいんです。どうしたらいいでしょう。」
「それは、君がすることで、私は知らない。」
おじいさんの淡々とした口調にかちんときました。
「セイレーンは貴方のために、皆の生気を奪っているんでしょう。
貴方はそれで平気なんですか?」
「平気であるものか!
だが、私には、彼女を、突き放すこと、しか出来、ない。」
いきなり、激怒したおじいさんが苦しみ始めた。
胸を押さえて、ぜいぜいと、息を吐きながら、
とぎれとぎれに話す。
お髭で顔の大部分は隠れているけど、
眼の苛立ちは隠せない。
その様子をみていたら、責めの言葉が出てこなくなった。
彼は、決して、この状況を喜んでいないんだ。
「君ならば、セイレーンを、助けることが、できる、はずだ。」
どうして、私が。
言い返そうとしたけど、おじいさんの真剣な表情とその迫力に
しり込みしてしまった。
「次の満月、までだ。 それまで、君の、ネックレスは、預かって、おく。」
え?
その言葉にびっくりして、胸元をおさえてみる。
あるはずの玉の感触がない。
急いで襟首をがばっと手でひろげて、確認した。
無い。
あの白い玉が無い。
あれが無いと、宝探しもできないし、元の世界に返れない。
「返してください。どうしても、私には必要なんです。」
「セイレーンを、助ける、ことで、君の仲間も、助けることが、出来る、だろう。」
この、がんこじじい。
老人って、本当に若い人の言うことを聞かないんだよね。
でも、セイレーンをどうにか助けたら、
皆が助かるってのはいい事だよね。
玉もその後で、返してもらえるんだよね。
で、どうやって助ければいいの?
尋ねようと思ったら、寝息が聞こえてきた。
おじいさんは寝ちゃったようです。
顔を覗き込むと、眉間に皺を寄せて、すこし苦しそうにしていた。
あー老人に無理させちゃったのかな。
私一人じゃあ、椅子からベッドには運べないので、
あとで、起きてから、移動してもらおう。
ゆり椅子の上にベッドの上の毛布を掛けた。
これでよし。
とりあえず、部屋を見渡した。
一間しかない部屋。小さな暖炉。
机に椅子が2脚。
ゆり椅子にベッドが一つ。
古びた木の本棚兼食器棚が一つ。
長方形の木のチェストが一つ。
本当に小さな、何も無い部屋だ。
多分家捜しとかしたら、すぐ玉は見つかるかも知れないが、
今、するつもりは無かった。
まず、セイレーンを見つけないと。玉はその後だ。
部屋には四角いガラス窓が一つ。
そこから、黄色の花が日の光に照らされているのが見えた。
メイの足は、自然に外にむかって行った。
ドアをあけたら、そこは一面の黄色のレーンの花。
黄色に黄色に黄色。
黄色の絨毯の様です。
勿論、ところどころ緑の葉っぱは生えているけど、
圧倒的にレーンの花が所狭しと咲いている。
真っ直ぐに歩いてレーンの花畑の中央付近で立ち止まる。
そこで、しゃがんで一輪の花を摘んだ。
花は先日、メイの頭の上に振ってきたものと同じ。
生えているのを摘んでみると、花の茎は以外に長い。
20cmくらいある。
シロツメクサの茎ってこのくらいだったよね。
そういえば、最近、私の田舎でもシロツメクサってみなくなったなあ。
小さい頃はよく、シロツメクサの冠とか首飾りとか作って遊んだよね。
できるかな。
ふと、思いついて、レーンの花をプチプチと茎の根元から摘み始め、
全体が円になるようにお花を摘んでいって、花のなくなった地面に
座り込んだ。
摘んだレーンの花で花のネックレスを作り始めた。
うーん、こうだったかな?
あれ? こっち? いや、うん、こうだよね。
うんうんとうなりながら、なんとかつながった。
でも、どうも、うまく出来ない。
おかしいなあ。
子供の頃はもっと上手にできたのに。
これでは、ネックレスどころが、数珠繋ぎだ。
「下手ね。お花がかわいそうだわ。」
後ろから、いきなり声を掛けられた。
ちょっと、心の準備がないからどきっとしたけど、
そこまで驚いてないよ。
だって、ここにセイレーンがいるのはわかってたんだから。
ゆっくりと振り返ると、あきれたような顔つきのセイレーンがいた。
「貴方、ここで、何してるの?」
首をかしげる。見てわからないのか。
「ネックレス作ってた。でも、上手に出来ないの。昔はもっと綺麗にできたのに。」
セイレーンは大きな金色の目をちょっと見開いて、くすっと笑った。
「レーンの花で? 昔も今も貴方の実力は変わらないと思うわよ。」
「花は違ったけど、もっと綺麗に出来るはずなの。
お母さんが持ってた本物よりも、綺麗なネックレスが出来たと思ったもの。」
「幻想よ。もしくは、夢でも見たんじゃない。」
ちょっといらっとした様子で髪をかきあげる。
金の髪は指の間からさらさらと流れ落ちる。
「自分が出来ないからって、人が出来ないと思うのはよくないと思うよ。」
セイレーンの手がピタっと止まった。
「誰が出来ないって言ったのよ。貴方よりもっと綺麗なものが出来るわよ。」
セイレーンの顔がどんどん赤くなる。
なんとなく、素直に返ってくるセイレーンの反応が嬉しくなってきた。
ちょっとからかってみたくなるって感じ。
「それなら、作ってみなさいよ。出来るんでしょ。」
「出来るわよ。」
「私ももう一回作ってみる。今度はもっと上手に出来るはず。」
セイレーンは耳まで真っ赤にしながら、私に向けて、右手の人差し指を指した。
「絶対、貴方なんかに負けない。どっちが綺麗に出来るか勝負よ。」
おう、この勝負、受けて立つ!




