異変がおこりました。
何をどう説明したらいいものやら。
あの男の子は言うだけ言って消えるし。
大体、助けてもらおうってのなら
もっと説明あってしかるべきではないの?
私の頭では複雑な謎解きはできないっての。
だんだん、情けなくなってきた。
それは、自分の馬鹿さ加減に。
そうだよ、だから、カースやレヴィ船長にちょっとだけ助けてもらおうって
思ったんじゃない。
玉のこととか神様の守護者とか言わなければ
良いんじゃない。
とりあえず、今、あの子が言った言葉を船長に伝えておかなくちゃね。
なんだか、いやな事、言ったみたいだし。
うん、うん、そうしよう。
とりあえず、上にあがって、
二人に水場を見つけた報告をしよう。
気がつけば、私のお腹に括りつけられていた命綱ロープが
ぐいぐいと引っ張られている。
同時に、考え事していた私の足は、ずりずりと
階段の方に引きずられていた。
それに階段上部から二人の声が。
「メイ、返事しろ。何があった。」
「メイ、聞こえていますか? 返事しないなら、引っ張りあげますよ。」
はい? ここを?
「はい。聞こえてます。大丈夫です。びっくりしただけです。」
あわてて返事する。
ここを引っ張りあげられたら、打ち身オンパレードだ。
「水場ありました。綺麗です。ここから外にいけるみたいです。」
大きな声で上に向かって答えた。
あらためて、湖に視線を移した。
反対側の岸は外に向かって伸びているのは、解るんだけど、
ここは島のどのあたりなんだろう。
皆がいる広場からどのくらい離れているんだろう。
一時間近く歩いたから、結構離れているのかな。
地下って歩いていると方向感覚狂って来るんだよね。
地下鉄の構内で迷子になる人が多いってわかる気がする。
階段出口まで引っ張られた。
「今からそこに行くから、じっとしてろ。」
レヴィ船長、この階段すっごく狭いですよ。
私ですら中腰で来たのに、船長やカースだと、中腰でも
頭がつかえるのじゃないでしょうか。
でも、つかえたとか中腰とか言葉がわからない。
ああ、電子辞書や翻訳こんにゃくが欲しい。
カースが、足を先に匍匐前進のような感じで降りてきてくれた。
ほう、二人の体格だとそれがベストだよね。
「メイ、無事ですか?」
カースが下について、すぐに駆け寄って、無事を確かめてくれる。
そして、そのままぎゅっと抱きしめられた。
「大丈夫ですよ。心配ありがとう。カース。」
背中に手をまわして、カースの背中をポンポンと軽くなでる。
本当にいいおにいちゃんだ。
カースの兄弟スキンシップは結構なれてきた。
顔を近くで見なければ、どきどきすることもないしね。
続けて、レヴィ船長が降りてきた。
「メイ、何があった。大丈夫なのか。」
カースの腕から力が抜けたので、
レヴィ船長の側に行く。
「はい、男の子いました。変なこと言ってました。」
レヴィ船長とカースに緊張がはしる。
真剣な顔で持っていた短剣を鞘から抜き、
ぐっと構え、周囲を見渡した。
でも、すうって消えたんだよ。幽霊だよ。
短剣、効かないよね。
「どこだ。メイ、何もされなかったのか?」
「はい、多分、あそこから外に出て行ったみたいです。」
対岸のちょっと木の根がない部分を指差しながら言った。
二人の肩から力が抜ける。
構えていた短剣を鞘に戻し、船長はため息をついた。
そうして、湖を見渡して、眼を見張らせた。
初めてこの風景に気がついたみたいに、
しばらく無言で湖を見ていた。
見ほれてしまうのは当然だよね。
だって、こんなに綺麗な風景って世界探しても
そうそうあるものじゃない。
自然の美は人間が作り出せない究極の技ということが
ひしひしと感じられる。
近づくと顔が綺麗に映る透明度のある湖。
周りは大きな木の根っこと
キラキラと光る鉱石を含む岩盤に囲まれた
鏡のような湖に差し込んでいる月の光が
乱反射して、万華鏡の世界のように美しい。
湖に落ちている満月の姿は本物かと見紛うばかり。
もし、ここが公認されたら、世界遺産間違いなしだね。
ため息がてるような風景。
そこからいち早く我に返ったのは、やっぱりレヴィ船長でした。
「あそこから、外に繋がっているのか。」
すたすたと湖沿いに対岸まで歩いていく。
私は、ロープをしっかりとカースに握られているので、
カースの側です。
対岸の木の蔓や葉っぱの間、ちょっとひらけた場所から
外に繋がる道があったようで、船長の姿が葉っぱの向こうに消えた。
すぐ、帰って来るよね。
「メイ、貴方が会った男の子は何を言っていたんですか?」
唐突にカースが聞いてきた。
まだ、心の準備も話す手順も何も決まってない。
でも、つい、反射的に答えてしまう。
ここ最近、ずっとカースのスパルタ教室で生徒してたからね。
「もう一人、見つけてって。次の満月までに見つけないと
この島から出られなくなるって。」
カースの眉間に縦皺がよった。
「もう一人? 誰を見つけるんです? 見つけてどうしろと?
この島から出られなくなるとはなんのことです?」
私にもさっぱり解らないので大きく首を振る。
「カース、解る?」
「今の現状では私にも解りません。とりあえず、この島には人がいるんですね。」
うーん。人かなあ。
そのまま、首を傾げてみる。
「もう一人の人、セイレーンって言ってた。名前だよね?
女の人なのかな。」
「セイレーンですか。伝説上の生き物の名前ですね。
人魚や怪魚、だと言われています。
そんな名前をつけるなんて、悪趣味ですね。」
人魚?怪魚?
「人の形と魚の形を半分ずつもつ生物です。」
「女の人?」
「一般的に言われているのは、女性型ですね。
船乗りは男性ですから。
船乗りが気が狂ったときにみる幻です。」
幻か。美人なのかな。
「美しい歌声で男を引き寄せて、殺して食らうそうです。」
人食い人魚!
「歌声も幻覚の一種でしょう。雨音でも聞き違えたのでしょう。」
すぱっというね。
驚くほど現実主義だよ。
「幽霊とか信じる?カース?」
「幽霊は生きている人が求めている幻覚です。
人の思いが作り上げた妄想ですね。
そんなものに振り回される人は大変おろかです。」
カースの顔が苦しげにゆがむ。
「本当にいるのなら、私の前にとっくに現れているはずですから。」
ああ、カースは死んだ家族のことを思い出しているんだ。
カースを勇気付けるように、カースの左手を右手でつなぐ。
ぎゅっと握ると、カースは優しい表情で私を見おろした。
「メイ、私は大丈夫です。」
カースが軽くぎゅっと握り返してきた。
「カース、私を頼っていいよ。カースの妹のつもりだから。」
普段では見ないくらいに弱弱しいカースの表情に
励ますつもりで言うと、カースの表情ががらりと変わった。
「そうですね、頼りがいがある妹になった時はそうしましょう。
今は、まだまだですが。」
あっ普段のカースだ。
こっちのカースだと、現実って感じがするなあ。
レヴィ船長が帰ってきた。
「船の丁度、間逆の位置にあるみたいだ。
広場からはそう離れているわけじゃない。
ここから出て、広場に帰ろう。」
随分歩いた感じがしたんですが、
もしかして、ぐるぐる廻っただけなのかな。
「水場の場所はわかった。日が昇ったら人数集めて、水を汲みに来よう。」
レヴィ船長の先導で、私、カースと続いて、湖から出ると、
そこは、大きな、本当に背の高い木々が隙間ないくらいに
生えていました。道の両脇を囲むかのように並んでます。
月の光が道の上に明かりを落とします。
まっすぐ、道を照らしていて道しるべのよう。
遺跡の後のような岩と石はすべて、木の成長に飲み込まれている。
石畳があったのだろう足元は、木の根に掘り起こされ、
割れて土がむき出しになり、その下から根っこが絡みついていた。
砂浜にあった白い石があちこちに転がっている。
海の側なのかな。でも、海の匂いがしない。
道は緩やかな傾斜で真っ直ぐ上に向かっている。
でこぼこと歩き辛い道なので、足元に注意しながら進む。
15分くらい歩いたとこで、いきなり木々の開けた場所にでた。
ゆるやかな風が頬をなでる。風からは潮の匂いと木々のさえずり。
ああ、外に出たって感じ。気持ちいい。
木々のさえずりを聞きながら、ふと気がついた。
この島で、そういえば動物の姿をまったく見てない。
最初は隠れているのかなって思ったけど、
これだけの木々があれば、鳥とか沢山いてもおかしくない。
でも、鳥の声どころが、羽ばたきなどの存在すら感じられない。
どうしてだろう。
足元をふと確認すると、石畳が終わってる。
そこは少し、高台になっていて、下には
皆が寝ている広場が見えた。
高さ的にはビルの5階付近から見下ろしているぐらい。
木々が結構高いので、そこまで高さを感じない。
レヴィ船長は高台の位置から斜め後ろに道を見つけたみたいで
そのまま、ついていく。
どんどん道が広くなっていく。
レヴィ船長と私をカースが一列になっても
大丈夫なくらいだ。
高台からは、緩やかな傾斜がぐるっと木々を囲むように
道が出来ていた。整備されているわけではないのに
雑草とかあまり生えてない。
多分、土のせいだろうな。
この土、白すぎる。
砂浜の砂の色とほぼ同じ。
多分砂交じりの土だから雑草が生えにくいんだろう。
それに、足から伝わってくる感触から、
かなり硬い。
石ではないが土を固めた石膏のような硬さだ。
歩きやすいが、転ぶと痛いだろうな。
つらつら考えていると広場に帰ってきた。
月はもうかなり傾いて来ている。
深夜の3時くらいだろうか。
寝息と寝言、歯軋りが広場の音を占拠している。
皆、よく寝ている見たいで、誰一人起きてこない。
焚き火の周りに座っていた見張りも
ぐっすりと寝ている。
私も、眠くなってきちゃった。
あくびをぐっと我慢する。
前を歩いていたレヴィ船長から緊張した雰囲気が漂ってきた。
船長の緑の目が警戒心をあらわにしている。
カースも何か感じたのだろう。
口元を引き締め、私をカースの背中に移動させた。
「おかしい。 何故誰も起きてこない。」
え?
寝てたら起きないでしょ。
「見張りも寝ているなんて、この眠りの深さは異常です。」
広場を見渡していたら、テントの向こうから人が走ってきた。
息を詰めて眼をこらした。
セランとルディだ。
ほっとした。
「どこから出てきたんだ。 今から、ルディと探しに行こうと思っていたところだ。」
「何があった。」
「わからん。予備のロープを取りに行かせたルディが皆の様子が変だって
言ってきたんで、帰ってきて診察したとこだ。」
「それで? どうでした?」
「船の中も、この広場にいる奴らも総じて寝ているだけだ。
だが、眠りが深すぎる。 朝になっても眼が覚めない奴らがいるかもしれねえ。」
睡眠薬とかですかね。
でも、それだったら、私も同じもの食べてるんだから
同じ症状になるはず。
それに、今日の夕食は船の中から下ろしたもので
作ったので、おかしな物は何もないはず。
でも、やや眠いとはいえ、私の体に変調はないです。
首をかしげながら髭をなで、眉を寄せるセラン。
その後ろで心配そうに見上げているルディ。
厳しい顔をしているカースとレヴィ船長。
「朝を待って、起こしてみるしかないな。
何をしても起きなかったら、起きない要因が何かあるんだ。」
起きない要因?
心臓がどきっと鳴った。
「あと、2時間ほどで夜が明ける。
それまで、焚き火の側で起きていよう。」
頭の中でさっきあった男の子の言葉が反響する。
誰もこの島を出られないって言ってた。
皆の異変。
寝てしまった船員達。
彼らを置いて船が動くわけない。
5人じゃ船は動かない。
どうか朝になったら皆の目が覚めますように。
いやな予感はひしひしと私の心を占めていった。




