勉強は必要ですね。
あれからルディくんは、毎日、私のいる医務室に
きてくれて、身の回りのものやこまごまとした
ことを身振り手振りをいれながら、教えてくれた。
あと、青い目の医者は「セラン」といった。
セランは、私の手当てと簡単な世話を、毎日
してくれながら、ルディと一緒に
言葉を教えてくれた。
ノートと鉛筆が欲しかった。
でも、無いものはしょうがない。
セランが使っていた羽ペンは
インクにつけるタイプで、
万年筆すら使ったことの無い私には
ハードルが高すぎた。
また、貸してくださいってどうやって伝えたらいいのか
わからない。
私は、教えてもらった単語と、それを指し示す物を指差し確認しながら、
毎日、反復勉強した。
繰り返し繰り返し、それこそ寝ている時間以外を、
勉強にあてていた。
セランの手当てが良かったのと、
なるべく動かないように生活していたのが
良かったのだろう。
この船に私が拾われて3週間経ったころには、
左肩の打撲と左足首の捻挫も
だいぶ良くなってきていた。
カタコトだけれども、
彼らの言葉が理解できるように
なった。
セランとルディの言うことにも
私が反応しているのが
わかるみたいで
日々、語尾が増えていく。
そろそろ、私の気になることを聞いてみてもいいだろうか。
「セラン、私、布、かばん、どこ、知る?」
単語を並べただけだが、通じたようだ。
セランは小さく頷いて、セランの机横のミカン箱サイズの
木箱を渡してくれた。
木箱の中を見ると、
私が着ていた服と持っていた
かばんが一緒に入っていた。
かばんの中から携帯を取り出す。
急いで開けてみると、
電源すら入らない。
海水につかったせいだろうな。
ペットボトルのお茶もそのまま
あったけど、あれから3週間だよ。
なんとなく、にごってる。
くさってるな。
後でトイレに捨ててこよう。
他の荷物は無事みたい。
全部海水につかったせいでよれよれに
なっているけどね。
私がひとつずつ、中のものを出して確認していると、
「なぁ、それなんだ?」
セランが聞いてきた。
のど飴のきらきらした袋を指していたので、袋を開けて、
ひとつセランに差し出した。
「甘い、食べる、好き、いる?」
セランは困った顔をしていたので
個袋を開けてひとつ食べてみる。
うん。
かりんののど飴。
蜂蜜いりでこれ好きなのよね。
思わず顔がにんまり。
「僕も欲しい。」ルディが言ってきたので、
個袋から開けてルディの手のひらに飴を乗せる。
「甘い。すごい美味しい。」
ルディの目が驚きで見開かれる。
「甘いの苦手だからなぁ。」セランが苦々しく言う。
そうか、ガムなら大丈夫かな。
ガムのビンの蓋を開けて、手のひらに乗せ、セランに差し出す。
「甘くない、辛い、鼻、噛む、目、覚める、冷たい」
うーん。ガムの表現ってば、難しい。
セランが複雑な顔をしていたけど、
私の手からガムをとって、口に入れる。
「噛む、鼻、目、つーん」
とりあえず、注意する。
「おぅ? 何だこりゃ。 鼻とのどがスースーする。
面白い味だな。」
気に入ったようだ。
しかし、ガムを知らない人がこの世の中にいたとは。
不思議なものだ。
まぁ、日本でもガムが入ってきたのは戦後なのだから、
それもありかな。
彼らと飴やガムを食べながら
この三週間を振り返る。
この三週間、この部屋から出るなと
言われていたのと、怪我をしているのとで、
この部屋から出ていない。
また、訪ねてくるのはルディとこの部屋の
持ち主のセランのみで他の船員などは
一度も見ていなかった。
もちろん、あの時いた、緑の目の彼にも
会えていなかった。
セランとルディの会話から、
この船は結構大きな船で、
沢山の人数が働いているとわかっていた。
だから、そのうち、他の船員とかに会えたら
日本のこととか聞いてみようと思っていたのに、
ぜんぜん、会えない。
この船はどこに向かっているのかと
聞いても、土地になじみかない私では、
さっぱりわからない。
どうしたらいいんだろう。
いまさらだけど、不安を感じ始めた。
それに、こうして助けてもらって世話をしてもらっているのに、
私、お返しするもの何も持っていない。
体はだいぶ、動くようになってきたし、
何か私にできることないだろうか?
「ケガ、良い、手伝い、何、する、ある?」
つたないカタコトで、二人に伝えてみる。
二人はちょっと驚いた顔をしてた。
でも、鶴だって恩返しするんだから、人間はもちろん
するべきでしょう。
意志を伝えるように、まっすぐに二人を見る。
「じゃあ、船長に聞いてみるよ。ちょっと待ってて。」
そういって、ルディは部屋を出て行った。
そういえばお世話になっているのに、
船長さんに挨拶すらしていない。
いや、したくても出来ない状態だったんだけどね。
私って、とっても、ダメダメ人間ではないの。
ここはしっかり、お礼をいっておかなくては。
うん。
拳をぐっとにぎって気合をいれながら、深呼吸。
何人かの足音がした。
船長さんをルディが連れてきてくれたみたい。
木のドアが大きく開いた。
そこには、あの印象的な緑の目をした彼がいた。