無心にはほど遠いみたいです。
甲板から舳先へ移動して、船の行く先を見る。
特に変わった感じはない。
相変わらず、水平線があるだけだ。
どこか違う点が無いだろうか?
でも海に詳しいわけじゃない。
舳先にあたる波が、いつもより白く泡立っているくらい。
空を見上げたけど、雲だっていつもと変わりない。
雲? うん? あれ?
今、風、吹いてないよね。
だって、雲の位置さっきから変わらない。
でも、船は前へぐんぐん進んでる。
この船は基本帆駆船。蒸気機関とかないはずだし、
頬に触れる風は向かい風。
やっぱり、どこかに運ばれているような……
詳しい人に聞くのが一番だよね。
カースはどこにいるんだろう。
探しに行った。
部屋にいってみたけど、いないし。
食堂にも、遊戯室にも、医務室にもいない。
もしかしたら、レヴィ船長のとこかな。
一度、甲板に出て、船長の部屋へ向かった。
船長の部屋のドアをノックしようとしたら、
ドアがいきなり大きく開いた。
基本、船内のドアはすべて、外開き。
つまり、いきなり開くと言うことは、もしドアのすぐ近く人がいると
ドアによって顔面強打する可能性大。
「うん? メイ、お前何してんだ?」
相変わらすの蓑虫妖精のようなバルトさん。
ドアは私の鼻先3ミリのところを通過しました。
びっくりして、一瞬息がとまりました。
心臓がどくっていった音がした気がしました。
今度から、ノックしたら、2歩程下がる。をしないと
いつか絶対あたるだろう。
しっかり覚えておかなくちゃ。
心臓に手をあてて、深呼吸。
はっ
そうではなく、さっきのシャチ達の言ってた‘この先‘
を聞かなくちゃいけないんだった。
「カースはいますか? 聞きたいことがあるのですが。」
「カース?今、船長と奥へ話してる。緊急なのか?」
バルトさんは、眉を中央によせて、私をじっと見ている。
負けずに、私もバルトさんを見ます。
癖なのかな、額中央に縦皺ができている。
茶色の大きな目が昔、近所にいたチャウチャウに似ている。
「緊急かも知れない。でも、気のせいかも。」
なんて説明したらいいのか、シャチが言ったって言うと
多分、信じてもらえない。
でも、これから、この先に何かあるのは間違いない。
「まあいい、入れ。」
怪訝な顔をしていたが、バルトさんは部屋に入れてくれた。
そのまま、バルトさんは、奥の部屋の船長の寝室に
連れて行ってくれた。
「船長、カースに話があるってメイが来てる。」
二人は部屋の机の前で沢山の海図を広げて
難しい顔をしていた。
カースは目を細めて、優しい表情をうかべて、私の方を向いた。
「どうしました? メイ。」
カースのこの表情はほっとする。
最近、よく見る頼りがいがあるお兄ちゃんの顔だ。
「航路、このままで大丈夫? 波が白すぎる気がする。
風も無いのに、海の流れでこの船動いているような。」
ああ、何ていったら良いのかな。
語尾がうまく喋れても、説明能力って
上達するわけじゃないんだね。
カースの顔をじっと見る。
何とか伝わらないかな。
兄弟なら、以心伝心あってもいいのにって、
都合のよいことを言ってるよ。
「風がない? 船の速度は変わらないですが。」
「でも、雲の位置が変わらないんです。 上空に風が無いんです。
なのに、この船は波に運ばれているような。」
カースは目を大きくひらいて、急に部屋の外に飛び出した。
私の話を聞いていたバルトさんも、カースの後を追って
甲板に走っていった。
ばたばたと言う音が、静かになり、
船室に残っているのは、私とレヴィ船長だけ。
レヴィ船長は椅子に座ったまま、
机の上の海図を見ながら、難しい顔をしていました。
無造作に組まれた足は、長さを強調している。
レヴィ船長の考える時の癖なのかな。
口を半分覆うように、手のひらで顎の辺りを支えてる。
そんなしぐさもかっこいいよね。
じっと見つめていたら、レヴィ船長が私を見て手招きした。
首をかしげながら、近づく。
「メイ、お前、海図は読めるのか?」
海図? 海の地図?
「いいえ。」首を振る。
学校でも習ったことないよ。
特殊技能だものね。
レヴィ船長は一枚の海図を私の前に持ってきて、
指でここって指し示す。
「嵐の後、通常の航路から右にそれたが、
問題ないはずだった。 そのまま右にいく先に
大きな潮の流れのある海流に当たる予定だったからな。
それに乗れば、2,3日のずれで次の港まで着く予定だった。」
海流?予定?
「だが、流れが変わったらしい。
修正し直しだ。」
ああ、レヴィ船長やカースはそれで
航路修正の話会いしてたのか。
「メイの話の通りだと、修正が再度いる。」
大変、お手数をおかけいたします。
うなだれていると、レヴィ船長の手が私の頭を
なでてくれた。 気持ちいいなあ。
猫のように目をつむってレヴィ船長のなでる手を
そのままにしてると、船長の手が頭から頬に下りてきて頬をなでる。
頬をなでる手はごつごつしているが、暖かい。
やさしいしぐさでレヴィ船長の手は頬から耳、鼻、顎
私の顔の輪郭をたどるように触っていった。
いつもの触り方とはちょっと違うので、目を開けるべきか悩むところだ。
船長の手は、私の唇の上で止まり、ふにふにと人差し指で何度も往復する。
「やわらかい。」
私の耳にかすれたようなレヴィ船長の声が聞こえた。
いつもと違うレヴィ船長の手の動きが
私の心臓の速度を上げている。
どんどんばくばく言ってるよ。
船長のこのしぐさはペットにするものと同じ。
そう、私は猫とか犬なのです。
船長のこのしぐさに特に意味を考えてはいけないのです。
無心です。親鸞です。海空です。仏様です。
私の唇から船長の手が離れたと感じたすぐ後に、
何かやわらかく暖かいものが、唇にふれました。
触れるとすぐに、離れていきました。
今のはなんでしょう。
眼をあけると、すぐ目の前にレヴィ船長の緑の目があり、
じっと私を見つめていました。
私も視線を離しません。お互いに何も話はしない。
緑の瞳に私の顔が映ってます。
多分私の目にはレヴィ船長の顔が映っているでしょう。
時間がとまったかのような錯覚がありました。
レヴィ船長に話しかけようとしたら、
足音が二人分して、船長の手が私から離れました。
カースとバルトさんが帰ってきたようです。
「どうやら、おかしな波に乗ってしまったらしい。」
難しい顔をして、カースが新しい海図に記しをつけ始めた。
「島が近くにあるようだ。上空に鳥が飛んでいる。
近くの島に上陸して、風が出るのを待って、航路に戻る。」
レヴィ船長は表情を変えずに頷いた。
「島? 解った。」
「この海流に乗ったままだと、どこに行くのか解らないし、
海溝海流や渦海流だと、厄介だからな。」
カースは机の上の海図から眼を離さないで、怖そうな台詞をいう。
渦って。鳴門の渦潮みたいな奴?
バルトさんが私の側にきて、がしがしと頭をなでて?くれた。
「メイ、よく気がついたな。」
力が強いので、首が痛いです。
あうっ脳みそシェイク!
「バルト、そんなに強くメイの頭を振らないでください。
やっとつめこんだ知識がショックでこぼれたらどうするんですか?
私の苦労を無にする気ですか?」
カース、庇ってくれているのか、貶されているのかわかりません。
「がははっ悪い悪い!」
豪快に笑うバルトさんに仕方ないなあって感じ。
いいひとだなあって思うし。
そうしたら、物見櫓から繋がる、船長室の連絡管に声が聞こえた。
「船長、前方に島影です。」
全員そろって、甲板に出ると、前方に確かに島があった。
バルトさんの大きな声が甲板中に響き渡る。
「上陸の用意をしろ。あの島に上陸する。」
さあ、上陸ですね。
上陸の用意をしているバルトさんとカース、それから周りを見渡した。
皆、てきぱきと上陸の準備をはじめる。
その後、レヴィ船長の顔を見る。
レヴィ船長は真っ直ぐ島の姿が次第に大きくなるのを見ている。
顔を見ていて、船長の唇で視線がとまった。
さっきのあれって、もしかして、ええっ?
メイは改めて思い出して顔が赤くなる。
赤くなるというより蛸のように茹で上がった。
その顔を隠すように両手で頬を覆う。
無心は私にはハードルが高すぎました。




