役に立ってますか。
朝食はいつもながら、大変に美味しかったです。
じわじわしみこんで行く魚のうまみと野菜の甘酢ソースが
コーンパンの甘味とマッチして絶妙でした。
私、絶対、前の世界のご飯より良いもの食べてる。
前の世界では自炊だったけど、
一人なので、基本こったものは毎日作らない。
どちらかというと、作り置きと薬味を休日に作って、それにちょっと手を加える。
いわゆる簡単クッキング愛用者でした。
エコとかなんとかで節約レシピがはやった時、
まねをしてみたけど、あれって心がだんだん荒んでいくのよね。
やっぱり、料理は手間暇かけてしっかり作るのが、気分的にも、味的にも、
最高に美味しいんだよね。
そしてね、この船に乗ってからの、電子機器の無い生活って
意外にいい感じなのです。昔の知恵が生きてるって感じで。
今日のスープは魚の出汁が良く出て、
鼻にちょっとつんってくるけど、
でも、あくがなく、さらっとした良い喉越し。
そして、もちもちっとした魚のすり身団子が良い歯ごたえ。
半分のサンドイッチを味わって食べてから、
ハンカチをポケットから出して、残りの半分を包みました。
ルディも同じくハンカチに包んでます。
そして、二人で目を合わせて、ふふふとほくそ笑みます。
これは、あとで食べよう作戦ですよ。
残りの皿を片付けてから、ルディは洗濯物を取りに行きました。
私は厨房の後片付けです。
今日は、マートルが一緒に手伝ってくれました。
そのマートルなんですが、朝から、なにか言いたそうな顔しているんだけど
あーとかうーとかばかりで、本題に入らない。
ナンでしょうね。
あれほどラーマソOトのごとく軽いマートルの口が重いようです。
そうしていたら、通りすがりにラルクさんがぼそっとつぶやきました。
「下っ端に逆戻り」
マートルがその言葉でぐっとつばを飲み込みました。
えーと、どういうこと?
首を傾げていたら、いきなりマートルがぐいっと頭を下げました。
それも、腰から折って90度のお辞儀。
「ごめん、メイ。
あの嵐の日のことで、ちゃんと、メイに謝りたいんだ」
嵐の日?
ああ、失くし物探しに甲板に行った事?
「あ、マートル、探し物見つかった?」
そういえば、ばたばたして聞き忘れていた。
「ああ、甲板じゃなくて、部屋に落ちてた」
ほっとしたよ。甲板で落としてたら、今は確実に海の底だよね。
「良かったね。見つかって」
甲板で無くしたのでなくて、本当に良かったと笑ったら、
マートルはくしゃっと泣きそうに顔をゆがめて、私の両手を握り締めた。
「レナードさんとラルクさんから聞いたんだ。
メイが、なかなか帰ってこない僕を探しに行ったって。
僕が甲板で探し物してるの、言わなかったんだろ。
僕が怒られるかもって。
それなのに、心配して探しに来てくれたメイを、僕は助けてやれなかった。
目の前で、メイがカースさんと何度も波に引きずり込まれそうになっているのを、
ずっと見てたんだ」
そういえば、そういう事で甲板に出たけど、
マートルは縄でぐるぐる巻きだったから、大丈夫って、
安心して放置したの私なんだよね。
あんなにぐるぐる巻きだったら、助けるなんて出来るわけ無いって解ってる。
それに、大波と血まみれカースの方に必死だったからね。
正直、マートルの事、気にしてなかったと思うよ。
だから、マートルが私に謝るのってなんか違うと思うけど。
「メイの意識がもどらなかったらどうしようって、あの後、本当に後悔した。
僕はメイの先輩なのに。
下を守ってやるのが上の責任って、レヴィウス船長がいつも言ってる。
だから、僕も後輩が出来たら守ってやる、って誓っていたのに。
僕はメイを守るどころか、危険にさらした。 僕は最低な先輩だ」
そんなに真剣に謝られると、後ろめたさが心一杯にひろがる。
何も特に考えてなかっただけなのに。
そんなに真剣に考えてもらって、大変心苦しいというかなんというか。
たけど、マートルは、すごく心配してくれたんだ。
私はいい先輩を持って、本当に幸せだと思う。
「マートルと探し物が無事でよかった。
心配させてごめんなさい。そして、ありがとう」
ぎゅっと手を握り返して、笑顔で感謝します。
マートルはますます泣きそうになってる。なんで?
「本当は、反省の意味で、頭剃ろうかってちょっと考えたけど、
つるつるになると、もう生えてこなかったら、どうしようって思ったら、
これが、限界だったんだ」
なるほど、角刈りマートルな反省マートルだったんですね。
でも、まだ若いのに生えてこないって考えるものなの?
「僕の父系は皆ハゲてるんだ」
なるほど、それは恐ろしい脅迫観念ですね。
でも、角刈りいい感じだけどね。
精悍な気がちょっとだけするかも。多分。
「マートル、その髪、良く似合ってるよ。かっこいいと思う」
「えっそう?」
ちょっと嬉しそう。
「レナードさんとラルクさんに、この事を告白したんだ。
そうしたら、罰として、下っ端からやり直せって言ってくれたんだ。
二人には、すごく感謝してる」
なるほど、なるほど。
「マートル、今の私と一緒の下っ端なの?」
「いや、僕が一番下っ端だよ。だから、君は3番に入るんだ」
とっさに首をぶんぶん振って否定した。
「駄目だよ。私はまだまだ、厨房のことわからないことばかりなんだから。
それに、今回の件は、私も悪かった。
マートルに甲板に行かないように言うべきだったのに、
いいって言った。マートルを危険にさらしたのは、私でもあるんだから」
「でも」
「いやいや」
「僕が」
「私こそ」
うーん、卵が先がひよこが先かって議論だね。
マートルが困った顔してる。
そうだ、思いつきました。
「今回はどっちも悪かったで終わりにしよう。
だから、二人とも下っ端で!」
「はっはっはっ! いいんじゃねえ。 下っ端二人。
お互い切磋琢磨しあう相手っていうのも、時には必要だしな」
いつの間にか、私達の後ろにレナードさんとラルクさんが立っていました。
レナードさんは満面の笑み。
ラルクさんは薄く口角をあげた優しい微笑み。
私の意見が採用されました。
今日から下っ端同士頑張ろうね。
「ようし、下っ端。鍋磨いとけよ」
む、レナードさん、感動に水差さないでください。
「補充は倉庫。この袋一杯に豆」
ラルクさん、ぼそって頭に袋、乗せないでください。
何時もと変わらないレナードさんたちの様子に、マートルと思わず笑いました。
「鍋磨きしてくれる? 僕は倉庫で補充調味料と豆を取ってくるよ」
「はい。ありがとう、マートル」
重たいものを運ぶには、私だと何回も往復しないと無理。
鍋は漬け置きにしてあったので、汚れがいい感じにふやけてます。
綺麗に、顔が見えるくらいに磨きあげるのも、すぐ終わりました。
マートルはまだ帰ってきません。
そうしていたら、ルディが呼びにきたので、ラルクさんに後を頼んで、
洗濯前の繕い物を始めましょう。
今日の繕い物は大量でした。
いつもは籠2つなのに、今日は倍の4つありました。
嵐の後、皆忙しかったから、あちこち破れてます。
破れている所にあて布を小さく裏からあてて、
ちくちく縫っていきます。
ほつれている所は、裏までほつれ糸を持っていき、
表から似たような色の糸で補強。
裾や襟が破れているところは、似たような素材の布を足りない部分だけ
切り抜き、形にそって継ぎはぎします。
継ぎはぎ部分はもちろん、見えないように中折に。
裁縫は得意なんだよね。
結構、もの捨てられない病だから。
古くなっていても、愛着があるものって
やっぱり直して着ちゃうんだよね。
そして、必勝アイテムの指貫があればこわいもの無しです。
どんとかかってらっしゃい。
全部、終わった頃に、ルディが帰ってきた。
「終わった?」
ルディは、私が繕い終わった木綿のシャツを一枚取り出して、ばっとひろげた。
「やっぱり、メイの繕い物は綺麗だね。
前の時、メイがした繕い物を、皆が褒めてたんだよ。
綺麗だし、丈夫で、ほつれにくいって。
今日からメイが雑用に戻るって、みんな知ってるから、
溜めていた洗濯物が出てきて、今日はこんなに大量なんだよ」
なるほど。
私の貧乏スキルがこんなにも求められるとは。
大変だけど、ちょっと嬉しい。
この船に役に立ってる気がします。




