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箱をあけよう  作者: ひろりん
西大陸砂の国編
229/240

秘密の鍵を見つけました。

お久しぶりです。これからどんどん話が進みます。

ゆっくりかもしれませんが頑張って書いていきますので、

読んでやってください。

私は断言する。

大人社会に出た全ての人間が、この喜びを知るだろうと。

どんな人間であれ、これだけはなんらかの共感を得ると思うのです。

それは、初給料を手にする喜びです。


そろそろ私がこの国に来て、一月弱が経ちました。

もうじきだろうかと、まだ見ぬお給料の存在に、

そわそわと落ち着かない日々を過ごしていたのです。


ですが、本日、ようやく本懐を遂げる日が、ではなくて。

ふっふっふっ、今日は!なんと!待ちに待ったお給料日!なのです!


きっちりお仕事、しっかりお勉強、かっちりお手伝い、の後にくるこの報酬。

私的には、拍手喝采雨あられで迎えたいほどの待ち望んだ日なのです。


これまで一文無しでも、基本貧乏性なのでどうにかやってこれたのですが、

いかんせん緊急事態が発生しまして、

実はどうしてもお金が必要になったのです。

大きな声で言えませんが、女性特有の月に一度のといえば解るでしょうか。


この世界に最初に来て船に乗っていた時は、

私の体内時間が止まっていたらしく、

こういった問題に悩まされることは全くありませんでした。

今思えば、不自然なりに有難い事象だったと実感してます。


特に最初の頃は、船に乗っているのは男性のみでしたからね。

幾ら色気皆無のまな板女だろうとも、

この問題に直面するなりなんなりすれば、

ペッソであろうと気にしてくれる人がいたかもしれない、

こともないかもしれない、いや、ないね。

そう、全く色気も女っ気もない子供にみられていたとしてもです。

だって、大体、色気とか艶気とかって、

どちらかと言うとレヴィ船長やカースの方が。

...あ、ちょっと自分で言ってて悲しくなった。

・・・色気って、どこかに転がってないでしょうか・・・


えーと、うん、気を取り直して話を戻そう。

今回は、晴嵐が言っていたように、ちょっと以前とは状況が違うようです。

私の時が、ゆっくりだが動いているのを実感するというのでしょうか。

...うん、微妙にお腹が痛い。


お風呂場で仲良くなった綺麗なお姉さんたちに、

お腹を押え、もじもじと年甲斐もなく恥らいながら、どうすればいいのかと尋ねたら、

雑貨屋さんに竹の皮を細工した防水仕様な当て布があるそうです。

どんな世界にも、やはり女性の必需品はちゃんと存在しているようです。


とりあえずの緊急用を一枚、お姉さんたちから頂いたのですが、

一枚ではどうにも心許無いので、数枚の洗い替えを購入しようと決めました。


そんなお高い物ではないそうなので、おそらくお給料で買えるはず?

でもまずは先立つものがいりますよね。

ということで、いつお給料を頂けるのかを確認したいと思います。

もし、お給料日がもう少し先なら、少しばかりのお給料の前借なんぞを、

恥ずかしながらとお願いしようと決意しました。

買いたい物が買いたい物ですので、

こればかりは必要経費に計上するわけにはいきません。


なので、私は、よしっと気合いを入れて、

昨夜の夕食後にカナンさんに尋ねたのです。


カナンさんは、あれ?って顔をしたのち、細い目を瞬かせ、

そして、困ったなって顔をしつつ教えてくれました。


「すいません。本来なら雇用が決まった時点でお伝えすべきでしたが、

 ごたごたが続き、つい言い忘れていたようです。申し訳ありません。


 貴方の身分は塔に住む警備や作業員と同じ公僕扱いになりますので、

 給料は毎週末に国立換金所からの直接支給となります。

 マールさんが働き始めてすでに一月弱経っていますから、

 換金所には3週間分が預かりになっているはずです。

 

 換金所は本日休みなので、週明け、ああ、明日ですね。

 明日の昼ニ刻前の鐘から夕の鐘の間に換金所で手続きをすれば、

 今までの給与を受け取れます」


なんと! すでに出ていたのですか?!


私が勝手に思っていただけですが、お給料は月一回かと思ってました。

月給者は老師様の様な研究者、及び国の上級公務員に当たる人達の場合らしく、

私の様に研究者の世話人や、塔の下働きや力仕事をする作業員などは、

週払いや日払いでもらうのが殆どだとか。


もし前借が出来なければ質屋に行くべきかと算段していたので、

こんなに早くもらえるのは、大変嬉しい誤算でした。


数週間分のお給料が出るなら、雑貨屋に行って買い物して、

あ、先生達に教えてもらった古着屋に行ってもいいかも。

洗い替えの服も、丁度欲しかったと思ってたので。


いずれにせよ、カナンさんや老師様に迷惑を掛けなくて済むと、ほっとしました。

それでつい、明日は少し買い物に行きたいのだと、

ぽろっと口に出してしまったのです。

私としては、口に出した言葉に何の意図もなかったのですが、

その後が本当に本当に大変でした。

仕事が?勉強が?お手伝いが? いえいえ、そちらは問題なしです。

では、何がそんなに大変だったのか。


私がぽろっと口に出した買い物の一言に、

カナンさんの何が心の琴線に触れたのか、一緒に買い物に行きたいと言い出したのです。


「買い物? ああ、そうですね、女性は総じて買い物がお好きですし、

 いえ、どうせなら、そうです。私の仕事も落ち着きましたし、マールさん、

 明日は一緒に買い物に行きましょう。給料日の事を伝え忘れたお詫びに、

 美味しい物をご馳走させてください。

 いえ、それよりも貴方に似合う可愛い服や装飾品を買うのはいかがでしょう。

 確か、中央広場から程近い場所に女性に人気の店があると聞きました」


カナンさんは、行き成り買い物に前向きになり、

にこにこと細い目を更に細めて、嬉しそうに、

私を含めた明日の計画を立て始めたのです。

何時もよりもテンションが高いといいますか、

どこか浮かれて落ち着かないというか、そう、ウキウキした感じです。


いつもの様に、分厚い本を抱える様に読んでいた老師様も、

行き成りのカナンさんの変貌に眉を顰めてます。


一瞬とはいえ、呆然としていた私は、

思わず、はいと答えてしまいそうになりましたが、

当初の予定を思い出して、慌てて首を振りました。


「いえいえ、あの、服とか装飾品を買うつもりはないこともなくて、

 あの、その、ええっと、私が買う物はカナンさんに払っていただくような、

 大それたものではなく、買い物に理由があるとかではなくて、

 その人気の店とかには、もしかしなくても置いてないかなぁなんて。

 そ、それに、カナンさんが一生懸命に働いて貯めた大事なお金は、

 私にではなく、カナンさんの為に使ってください。

 あの、お詫びとか無しにしてください。本当にお気遣いなくです」


そうです。お詫びだなんてとんでもない。

カナンさんは、帰ってきて早々の怒涛の押しかけ仕事ラッシュでしたから、

言いそびれるのも忘れるのも仕方ないのは十分解ってます。

私だって聞かなかったのですから、カナンさんのせいとは言えないでしょう。


大体、言い忘れたのが理由で驕りだなんて、

そんな理不尽がまかり通ってはいけないと思います。

年中あちこちでぽろぽろと忘れ物をしている私としては、素直に頷けない案件です。

この理論を許してしまえば、私のなけなしのお給料はすぐに空になるに違いない。

ですから、何度も言いました。どうか気にしないでくださいと。

しかし、今日のカナンさんは、全く私の意図を解ってくれません。


「そうですか。他に行きたい店があるのですね。 

 では、そちらのお店にも荷物持ちとしてお伴させてください。

 マールさん、私に遠慮は不要ですよ。

 私は砂漠で死ぬかもしれないところを、貴方に助けられたのです。

 あの時、貴方がくれた食べ物に私は救われました。

 砂漠の民の血を引く者は、命を救ってくれた恩を決して忘れません」


いえいえ、それを言うなら私の方こそですよね。

カナンさんにあの砂漠で出会わなければ、私は砂漠で干からびるか、

獣に襲われて酷い怪我をすることだってあったのです。


「いえ、それを言ったら恩があるのは私の方です。 

 砂漠で彷徨っていた見知らぬ私を、カナンさんはエピさんに乗せて、

 マッカラ王国まで連れてきてくれた上に、仕事を紹介してくれました。

 本当に何から何までお世話になりっぱなしで、

 ですから、困っていたところを助けてもらったのは、むしろ私の方なのです」


神様の加護があるので、もしかしたら他の人に助けられていたかもしれませんが、

その人がカナンさんの様に良い人とは限らないでしょう。

ヤトお爺ちゃん曰く、砂漠には盗賊や人さらい稼業などの悪い奴らが、

日常的に湧いて出るらしいのですから。


そもそも、常識から言っても、おにぎり一個と住み込みつき就職斡旋では、

どう考えても釣り合わない気がしますよね。

恩だのなんだのというと、確実に私の方が大きいはず。

それに、カナンさんの繋がりでヤトお爺ちゃんにも会い、

一から丁寧に言葉を教えてもらったお蔭で今の私があります。 

 

「そうですね。では、今回はマールさんからの恩返しということで、

 私も買いたい物があるので、ご一緒してください。 

 そもそも、マッカラ王国に着いたらいろいろ案内しますと約束していたのに、

 私の仕事の都合で未だ約束を果たせていないのですから、

 明日はせびご一緒させてください

 貴方と私で、心行くまで一緒に過ごしましょう」


あ、あれ? なにがどうしてそうなった?

買い物件観光案内?良くわからないが、にこにこ笑うカナンさんが、

ちょっと怖いというか、なんだか断れない雰囲気なのですが。


うう、どうしてだか、今日のカナンさんは、やけに押しが強い気がします。


いや、でも、ここで挫けたら進退窮まれるというか、本当に困る。

今回ばかりは、男性が一緒だとあれが買いにくいのですよ。


「あ、あの、カナンさんの買い物にご一緒するのは吝かではないのですが、

 明日はちょっと具合が悪いというか、お腹が、ではなくて、

 ちょっと具合が良くないので、仕事の合間にでもささっと行ってこようかと。

 あの、出来れば、恩返しの買い物は、またの機会に」


最後が尻蕾になりながらも、ごにょごにょと断るように話を持って行ったが、

どんどん横道にずれていく気がする。


「具合が悪い? はっ、もしや、体の調子が悪いのですか?

 やはり働き過ぎなのですね。

 大変です、医者を、いえ、老師様に診察をお願いして」


老師様に診察?! 嫌です!

診察されても、病名は女性特有のxxですって証明されるだけですよね。

あわてて老師様を振り返ったカナンさんの服の裾をぎゅっと掴みました。


「いえ、体はいたって健康ですから、どこも全く悪くないです。

 元気いっぱいです。ご心配には及びません」


診察は不要ですと微笑み、こちらをちらりと見た老師様にも、

にっこりと笑って大丈夫だと伝えます。


「……そうですか? 

 マールさんがそう言うならば、診察はまたの機会にしましょうか。

 ですが、そうですね、明日は私と街中の散策に出かけましょう。

 貴方の体を労る意味も兼ねて、私が付き添います。

 ですから安心して一緒に出掛けましょう」


なぜ? いきなり街中散策だなんて。

ああ、買い物の趣旨がどんどん遠ざかる。

何がなんだかわからないが、カナンさんのお誘いがぐいぐい押してくる。

負けそうです。でも、ここで負けたら雑貨屋さんに行けない。

どうにかして軌道修正しないと目標物が手に入らなくなりそうです。


「は、働き過ぎはカナンさんの方です。

 えーと、私は、丈夫ですし、毎日良く寝てますから問題ありません。

 そうです。むしろ、体を労るのはカナンさんの方です。

 昨日も遅くまで頑張って仕事してましたよね。お疲れですよね。

 やっとお仕事が終わったのなら、カナンさんこそ、

 ずっと忙しかったのですし、暇な時こそゆっくりと体を休めて下さい。

 私は、散策はちょっと。

 長時間歩くのはキツイというか、いえ、病気ではなくて。

 そ、それに、ご自身の研究もあるでしょう。私の事は気にしないでください。

 私は一人で本当に本当に大丈夫ですから」


カナンさんの目の下の隈がとんでもないことになっていると、

目の下をトントンと叩いて、なんとか一緒に行かないよアピールをしたが、

私の主張はカナンさんの目には入らなかったようだ。

だって、カナンさんは胸に手を当てて、何かを噛みしめるように宙を見ていた。


明らかに聞いてませんよね。

この様子では、私の意図が全く通じてない気がする。

でもカナンさんの方が働き過ぎで倒れそうだと言うのは事実だと思うのです。

今も睡眠が足りてないせいで、細い目は血走りちょっと怖いし、

鼻息もやけに荒い気がする。

もしかして、眠気が一周廻ってやや気が高ぶっているのかも。


「マールさん、そんなにも私の体を労り、気遣ってくれるなんて。

 貴方は、なんて優しく慈愛に満ちた素敵な女性なんでしょう。

 ですが、ご懸念には及びません。

 貴方と一緒に居られるだけで、私は心の底から癒され充足を得るのですから。

 それに、私は決めたのです。

 貴方のお蔭で私は人生に天啓を得ました。正に生まれ変わった気分なのです。

 私のすること成すことは、全て私の実となり糧となる。

 ならば余計に厳選して時を過ごさねば、無為に過ごす事に成りかねない。

 私の人生は、私の為に、有効に、かつ効果的に使うべきだと悟りました。

 もう迷いません。 私は私の欲しい物を手に入れる事にしたのです。

 ですから、心置きなく一緒に出掛けましょう。

 ですが、ああ、やはり散策ではなく、買い物に行きましょうか。

 ヤト爺が言ってましたよ。

 貴方が街中の品物のいくつかを嬉しそうに見てたと」


う~ん、最近のカナンさんは、何かに焦っているかのように、

難しい言葉を唐突に早口で話し始める事が有る。

何らかの形容詞というのだと思うのだが、ところどころ解らないのです。


私の基本語彙はヤトお爺ちゃん編纂の老師様用の語録です。

つまり、基本型から派生した単純言葉以外は私は未だ解らないのです。

それに、老師様は私が解らないと首を振れば、

西大陸の言葉に訳して教えてくれますが、どちらかと言うと、

最近では私の解る言葉のみを厳選して使ってくださっているような気がする。


私だって、毎日、宿題と課題にと、いろいろ勉強していますが、

語彙に形容詞はなかなか増えない。

だって、私が現在取り組んでいる中級編の問題集は、

微妙な感覚表現や形容詞は載ってないのです。

苦手な分野だが、サーガとか詩集とかを読んで勉強するべきかも。


とりあえず、前半分は意味不明多数でしたが、

最後の方の言葉はゆっくりと話してくれたので解りました。


「ヤトお爺ちゃんが?」

 

それは、ヤトお爺ちゃんに案内されて最初に街に来た時の事ですよね。

あの時は勿論、初めての街並みですから珍しい物も沢山ありましたし、

きょろきょろしてたと思います。飾ってある洋服が民族衣装っぽいかもとか。

美味しそうなお菓子に、どんな味がするんだろうとか、

お金が無いなりにも、それなりに目移りしてたと思います。


口に出してないとは思うのですが、ヤトお爺ちゃんにばれてたのですか。

あ、そういえば、初給料が出たら、

ヤトお爺ちゃんに驕りますと言ったような気がします。

しかし、私の給料で買える物って、そんなに高い物は無理だよね。

3週間分のお給金では、食べ物とかの消え物が精一杯だと思うの。

う~ん、食材市場でヤトお爺ちゃんの好きそうな物を見繕ってもいいかも。


私は耳から耳へ流して考え事をしていたが、

カナンさんは熱心に宙を見ながら一人悦に至った顔で語っている。


「マールさん、私は今まで仕事一辺倒で浪費する事が無い生活をしてますので、

 潤沢な財とまでは言えませんが、そこそこの貯蓄はあります。

 つまり、いつでも貴方の様な女性を妻に迎え、家を構え、

 大事な人と後に増える私の家族を養えるくらいの甲斐性はあるのですよ。

 それに、貴方の様な素敵な女性を私好みに着飾れると思えば、

 今回は私にとって財を有効に活用でき、

 且つ好感度を上げる千載一遇の機会です。

 ということですので、一緒に買い物に行きましょう。遠慮しないで下さい」


確かヤトお爺ちゃんは甘辛どっちもいけるって言ってたよね。

あと、お酒が好きっとも言ってた気がする。

それなら、お酒のおつまみ系統で何か考えてもいいよね。

う~ん、ポテトチップスとか?


って考えていたら、行き成りカナンさんに手を掴まれ、ぎゅっと握られた。


「明日のお昼は何が食べたいですか?」


「え? は?」


あ、ヤトお爺ちゃんが言ってたあたりから、

カナンさんが何か言ってたの聞いてなかった。

早口だし、難しい言葉を聞きそびれたあたりから、耳から耳へ流れた気がする。

しかしここで、聞いてませんでしたごめんなさいといっていいのだろうか。


聞えた言葉だけを取り上げると、明日のお昼の話題だろうか。

コニスさんの宅配は止めて、私に作ってほしいということだろうか。

その上で、手をぎゅっと握ってくるのは、

ご飯のリクエストしたいということかもしれない。


う~ん、明日のお昼に手の込んだ料理をするほど具材がない。

朝の食事が住んだら急いで食材市場に行くべきだろうか。

ちらりと窺うようにカナンさんを見上げると、にこにこと物凄くいい笑顔です。


「えーと、明日のお昼はカナンさんの好物でいかがでしょうか」


ですので、手を離してください。とポンポンと手の上を叩いたのだが、

今度は両手を捕えられ、ぎゅっと手を握られた。


「嬉しいです。貴方と一緒ならどこにでも行きましょう」


あれ?どうしてそうなるの?

ここでお昼だよね。違った?


思わず老師様に助けを求めるように視線を送りました。

しばらく我関せずで黙って本を読んでいた老師様はため息をつき、

本を閉じて立ち上がり、

徐に袂から出した小さな柄杓でカナンさんの後頭部をコイーンと叩いた。


「落ち着け、カナン。 お前は一体何をしておるのだ」


最近の老師様の袂には、小さな柄杓が入っているのは知っていた。

洗濯時の服にも入ったままだからね。

ほうほう、そうか、こういう時用なのかと、今、納得しました。


「老師様、貴方もいつもおっしゃっていたでしょう。

 本当の研究者は、どんな時も機を逃さず、

 稀な事象を捕まえる事を常とし、実行実現に全力を尽くすものだと。

 今は私とマールの邪魔をしないでください」


一つ小さなため息をついた老師様は、

今度は柄杓てカナンさんの手をすうっと掬い上げ、ぽんっと手の拘束が外れた。

 

「それに関して異を唱えようとは思わんし、邪魔をしようとも思わん。

 明日でなければ好きにしろと放っておくところだ。

 だが、明日はヤトが遠方からの客人を連れてくるはずだろう。忘れたのか?

 お前の旧知であろう大事な客人を放置するのか」


お客様? ヤトお爺ちゃんが来るの?

あ、それなら、明日の晩ご飯のおかずをちょっと豪華にして、

私のお給料からと言うことでフルーツとか。

それともなにか、おつまみ系を作ろうかしら。


「……ああ、そう、でした」


がっくり肩を落とすカナンさんには申し訳ないですが、

私にとってはまさに渡りに船です。

老師様、有難うございます。大変助かりました。


「お客様が来られるのですか?」


「ああ、明日はヤトが客を連れてくる。

 少し込み入った話になるかもしれん。お前には夕刻まで暇を出す。

 好きなところに行って自由にしてくるがいい」


これは自由に買い物してきていいよという老師様のご厚意ですね。

夕刻までということは、事実上半日の休暇。

うわぁ、お給料が出る上に、半日のお休みです。

老師様は、なんて良い雇用主なのでしょうか。


「はい、わかりました」


半日の休み。

何しよう、何をしたらいいかな。

ええっと、まずは、お給料でしょ。

その後、書架市場にいって先生に宿題を提出して、

いやいや、まずは雑貨屋行ってだよね。

あ、そうだ、念願の食材市場の試食をじっくり検分してみようかな。

それが終わったら、古着屋に行くのもいいよね。


私が、脳内で明日の予定を立てていたら、

カナンさんが、難しい顔をして老師様に尋ねていた。


「それでは、明日はサーリアもこちらに?」


老師様は、壊れた蜜蝋が付いた手紙らしき一枚の紙をカナンさんに渡した。


「当然だ。その為に面倒な仕事を前倒しにしたのだろう。

 それに、ノルバも来るらしい。

 ふん、あ奴はいつまでたっても子離れができんようだ」


手紙を受け取って一読したのち、カナンさんはそれを二つ折りにして、

蝋燭に寄せ火をつけた後、今は使ってない暖炉の中に放り込んだ。


「それは仕方ないでしょう。

 彼女にとって、20年手塩にかけて育てた我が子同然の後継者ですからね」


暖炉の石床の上で、手紙は火に焼かれ丸まり、その姿を灰に変えていった。

誰かの目に触れさせるべきでない重要な手紙だということです。

通常なら使用人である私は、二人の会話に口を挟むべきでは有りません。


ですが、つい聞えた名前に思わず私は首を傾げました。


「サーリア先生?」


棚卸が終わったばかりで、事務処理や事後処理に大変お忙しい様子ですが。

もしかして、ここに来られるのでしょうか?


「ええ、サーリア司書長も来られる予定です。

 ああそうだ、マールさん、もしよかったら宿題を預かりましょうか?」


あ、そうですね。まずはお給料をもらってから、雑貨屋さんに行って、

その後に書架市場にと考えてましたので、

入れ違いになる可能性があります。

なので、カナンさんが先生に渡してくださるのであれば、大変助かります。


「はい、ありがとうございます。よろしくお願いします」


これで、書架市場は行かなくてよいですね。楽になりました。


あ、でも、お客様が沢山来るのであれば、お茶菓子とかお茶の用意とか、

おもてなしの用意をしておいた方がいいのではないでしょうか。

老師様の使用人として、老師様はお客様のおもてなしも碌に出来ないと、

お客様に思われるのは駄目でしょう。

使用人として、主に恥をかかせるわけにはまいりません。


「老師様、明日の御客様にお出しするお茶菓子とお茶の用意をしても?」


しばらく何かを考えていた老師様が、一瞬、瞼を瞬かせてふっと笑った。


「客人は知らんが、サーリアもノルドも甘党だったな。

 マール、あの菓子を大目に作れるか?」


「ああ、確かにあの菓子は大変美味しかったですからね。

 あれならば、いちいち口が悪くて点が辛いノルバ婆さんにも、

 人の揚げ足ばかり取る面倒くさいサーリアの口にもあうでしょう。

 細かい気配りが出来る上に優しくて料理上手。

 私のマールさんは誰もが羨む嫁になれますね」


あの菓子とはクッキーの事です。

あのクッキーは、さくさくでほろほろで美味しいですよね。

確かまだバターあったよね。

あれをつかえば、少量の油を使うより香ばしく焼ける。


「はい、今晩の内に幾つか焼いてしまえば問題ないと思います」


私は胸を叩いで承知します。胸を張って言えます。

その理由は、私の後ろに有るキッチンの王様、最新型の竈です。

これは、先日届いたばかりのピッカピカの新しい竈なのです。


先日、ジュディス先生達とで作ったクッキーを、

食事までの繋ぎのオヤツにと老師様達に差し上げました。

老師様は大層お気に入りの様子で、カナンさんと二人で、

籠一つ分のクッキーをすべて食べてしまったのです。

そこまで喜んで綺麗にたべてくれるのなら、作り手冥利に尽きると言うものです。


またいつか作って差し上げたいと思っていたのですが、

この研究室の小さな簡易ストープと温石コンロではクッキーは同じように焼けない。

フライパンで試してみたら、甘食のようになった。

うん、これはクッキーではない。


ですので、どこかでオーブンをかりれたら作ろうと思っていたのです。


そうしたら先日、ラマエメ先生とノーラ先生、

ジュディス先生とその幼馴染さんの4人から、

なんと、この竈をプレゼントしていただいたのです。


ラマエメ先生とノーラ先生、ジュディス先生と幼馴染さん、

この二組の結婚が、この度、決まったらしいのです。

大変、お目出度いことです。


以前、私が余計な事を言って、ラマエメ先生とノーラ先生の間に、

大きな溝を作ってしまったと猛反省していただけに、

お二人で仲良く手を繋いで、嬉しそうに結婚の報告をする姿は、

まさに感無量でした。


ノーラ先生の恋する心が、やっとラマエメ先生に届いたのです。

ああ、よかったと心の底から喜びました。


『どうか、幾久しく幸せになってください』とお伝えしたところ、

4人から私への礼にと、なんと最新式竈のプレゼントが届いたのです。


クッキーを作っている間に、確かに『研究室にも竈があればなぁ』って、

ぽつりと呟いた記憶はありますが、

まさか、先生方から頂けるとは思いもしませんでした。


先生達が恋愛ごとで悩んでいたのは知っていましたし、相談にも乗りました。

一緒に差し入れのクッキーも作りました。

ですがそれだけです。


この度の結婚も、ノーラ先生やジュディス先生が、

自分の心を伝えようと頑張った結果だと思うのです。

私は何もしていないので、そんなお高い物を頂くわけにはと、

一度ご辞退したのですが、皆さんの満足そうな笑顔と、

これで一層美味しい物を作って老師様を労って差し上げて下さいという、

ラマエメ先生の言葉に、つい受け取ってしまいました。


だって、老師様は口に出しては言いませんが、

どうやらクッキーがお気に入りになったようなので、

作って差し上げたいなぁって思ってたんですよ。


この簡易窯は、耐熱煉瓦を積み上げた持ち運び可能な最新型だです。

一般家庭にある窯より少し大き目のサイズだが、

以前に塔で火災を起こした旧式の竈よりも、断然安全性に優れ、

機能面、扱いの簡単さも比べ物にならないくらいに優れているらしい。


どうしても塔に竈や火器設備を置いて欲しいと訴える研究者達の思いと、

技術者の懇願の末に、互いが何年も試行錯誤して出来上がった耐熱煉瓦。

老師様が安全性を重視して設計し、それを石屋が組み上げた竈だそうです。


『そんなところにまで手を広げていたのですね。流石老師様です』と、

ラマエメ先生は老師様の偉業に感動しつつ、『流石に高かったけど、

僕達からと、恩恵を受けた有志一同からのお礼の気持ちを込めたから』と、

立派な最新式の竈を誇らしげに設置してくれました。


先生達は兎も角、有志一同?

老師様は流石な有名人だということでしょうか。

ラマエメ先生の様に、老師様には熱心なファンが沢山いるのでしょう。


まあ、それはさておき、達磨ストーブのコンロだけでは、

出来ない料理が沢山あったのです。

熱源が足りなくて、なかなか手のかかる料理が出来なかったのだけど、

竈が出来てからは、うんと楽になりました。


先生方と有志一同様には、大変感謝してます。

そのお蔭で、老師様の御客様へのおもてなしのお菓子をこうして作れる。


今日の内に10人前くらいのクッキーを作って焼いておこう。

足りないかな? うん、15人前くらいにしよう。

あ、甘い物が嫌いな御客様がいるかも。何かないかな。

塩バターを掛けたポップコーンは、手がべたべたする。

ポテトチップスは時間が経つと湿気る。

う~ん、柿ビーは無理。

あ、チーズのフィナンシェ。

甘い物が苦手のセランも食べれたあれなら大丈夫かな。

あれは冷めても美味しいから、

種を寝かせておいて、明日一番で焼いてもいいよね。


その日は、深夜遅くまでお菓子をもくもくと焼きました。

クッキーは三種類。

難しいお客様も来られるみたいなので、とっておきのレシピ。


イルベリー王城執事のセザンさん直伝の蜂蜜クッキーと、

船のコック長、レナードさんが得意なたっぷりバターを使ったジンジャークッキー。

王城コックのトムさん直伝の紅茶の葉を砕いて練り込んだ甘さ控えめ紅茶クッキー

とチーズのフィナンシェの種を作って寝ました。

明日の朝いちばんにフィナンシェを焼いて、朝食の際に熱いのをお出ししよう。


今日はこちらに泊まっていくことになったカナンさんも、

老師様も喜んでくれるといいな。


お布団にもぐって明日の予定をふわふわと考えました。

今日で、小麦粉とお砂糖とバターが、かなり減りました。

明日は食材市場によって注文しないとと、考えていたら寝てしまいました。




******



で、翌朝です。


気合いを入れて早起きし、用意した焼き立てのフィナンシェは、

老師様にもカナンさんにも大変好評でした。

甘さ控えめだが、チーズの塩加減が絶妙だとカナンさんには大絶賛でした。

トムさん、ありがとうございます。


ですが、朝食に乱入してきたルカさんには甘さが足りないらしく、

それならと、オラジュの砂糖漬入りの甘いフィナンシェも作ってきました。


強請られるままにオラジェのフィナンシェをチーズの倍近く作りましたが、

両手にフィナンシェを持ち、

満面の笑みで口いっぱいに頬張ったルカさんの様子を鑑みるに、

今も残っているか疑問です。

ヤトお爺ちゃんの分も残しておいてくれるといいのだけれど。


それは兎も角、私に出来る精一杯のお菓子を作りました。

お客様が来る前にルカさんに食べつくされない様に、クッキーやフィナンシェは、

日本から持ってきた重箱の中にきっちりと詰めて入れて紐で括り、

カナンさんにお客様に来たら開けてくださいと渡しました。

美味しい紅茶の用意も、万が一を考えカップを15客、ワゴンに用意しました。

これで、お客様対策はばっちりのはずです。


さあ、頭を切り変えて、私のお給料を取りに行きましょう。


と言っても王立換金所は塔のすぐそば、塔から3m位です。

スキップしても一分で到着できる距離です。


本日は、誠にお日柄もよく、綺麗な青い空と眩しい日差しが心地よい日です。


見上げると、青に白い絵の具を説いた様な薄青色の空の色。

青い空にうっすらと棚引く白い雲が、風に押されてゆっくりその姿を変える。

時折、ひゅっと小さな風が上から下に流れ、足元の落ち葉を持ち上げ廻る。

耳元で遊んでいた髪が一房パラリと落ち、空気が少しずつ乾燥してくる。

何気なしに髪を持ち上げると、風が耳元を軽く撫であげる感触がくすぐったい。


こういうカラッとした晴れの日は心地いいといいますか、

大きく吸い込んだ空気が美味しい気がします。

まあ、それに輪をかけて気分を上げているのが、今日の良きお給料日。


今日の私の足取りも心も晴れやか青空気分です。

浮かれた私は、スキップしながら塔の右手にある王立換金所に入りました。


換金所の中は、商館よりも大きな銀行窓口という感じの場所です。

窓口の女性は、無駄口を一切聞かず、もくもくとお金と伝票を確認し、

並んだ人々にお金を渡しています。プロですね。


私もいそいそと列に並び、私の番になると首のタグを外して女性に見せました。

カナンさん曰く、この就労証明のタグを見せればすぐにお金がもらえるのだとか。

先程まで全く表情が変わらなかったプロな彼女が、何故か驚いた顔をして、

何度かタグと私の顔を見比べます。

え~と、顔にパンくずはついてた? いや、ないよね。


「貴方は、あの老師様の使用人よね。珍しく長く続いてるって評判の。

 まあ、負けたのは私だけじゃないから、別にいいんだけど」


ぽつりと言った言葉に首を傾げます。評判?負けた? 何の事でしょう。

その女性は顔を首を振ってなんでもないと苦笑いしながら、

私のお給料を渡してくれました。


その明細とでんと置かれた袋の中身に、ビックリです。

なんと、私名義の給料が105クレスもあったのです。何ですか!この大金は!


幾ら3週分とはいえ、他の人と間違えているのではと、

窓口の女性に再度問うたくらい驚きました。

ですが、何度か小さなため息をついていた窓口の女性によると、

私の仕事の報酬は、なんと週30クレスの大台だったそうです。


世界最高峰の頭脳を持つ気難しい老師様のお世話は、なんでも超難攻不落らしく、

何度募集を掛けても人が居つかなかった為、結果として金額が吊り上ったとか。

あ、そういえば、私の名前は100人目って意味だった気がします。

つまり、私の前の99人は、早々に退職したということですよね。


うーん、どうしてでしょうか? 人が居つかないって可笑しいよね。 

確かにちょっと気難しいかもしれませんが、老師様は優しく寛大で頭がいい上に、

優しく寛大で素敵な雇用主なのに。

そして、お給料は破格とも言っていいくらいの金額。

仕事の主な業務は掃除に洗濯に食事。

誰にでも出来るとは言わないが、イルベリー王国女官長のマーサさん曰く、

それらは『使用人に求められるの最低限な仕事』ですよね。

それなら諸手を挙げて、我こそはと申し出る人が多々いる筈だと思うのだけど。

うーん、不思議なことがあるのものです。


そして、更にもう一つの給料明細がありました。

私は、書架市場でここ数日、サーリア先生のお手伝いをしましたが、

これにもお給料が出ていたようです。

なんと、一日5クレスで、3日間で15クレスも。


先輩であるジュノが、棚卸作業はキツイけどいい収入になると笑っていたが、

私ももらえるとは思ってませんでした。

確かに本を持って階段を上がったり下がったりで、

割とキツイお手伝いでしたけど、ジュノと分業の一日4時間程度の作業ですから。


そんなこんなで予想外に収入も増え、

袋の中に転がっている10枚の小銀貨と5枚の大銅貨に、

びっくりするやら戸惑うやらで大変でしたが、

次第に頬が緩んできました。だって、無一文から一気に小金もちですよ。


このまま稼いで言ったら、概算だが一年で1000クレス弱程度。

目標の3000クレスは三年と少しで溜まる算段になる。

私の掲げる目標、イルベリー国に帰る道筋に、

明るい陽射しが降り注いでいるみたいです。

最近、ちょっと気弱になってきた実感があるだけに、

励まされるというか、本当に嬉しい。


おっかなびっくり受け取って、その重さとジャラッと鳴る硬貨の音に、

思わず慌てて胸にぎゅっと袋を抱き込みました。

そして、きょろきょろと気配を伺いつつ、

塔の人が来ない裏手へと小走りで走りました。


何故、塔の裏手に来たかというと、ここに来るには、

塔の門番さん達の前を通りぬけなければ入れません。

なので、一般の人は入ってこられない場所だからです。


誰も居ない場所で、お金をどこに仕舞えばいいのか考えようと思いました。

老師様からは、夕方まで帰ってこない様にと言明されていますし、

大きなお金を持ちなれない小市民ですからね。

あ、いっそ、スカートの下に紐で括りつけたほうがいいのでは。

だって、落としたら怖いですよね。大金なんです。


しかしながら、このスカートの裏地はかなり薄かった。

ポケットもないし、つりさげた皮袋が服の上からでもぽっこり解るはず。

これでは歩きづらいし、皮袋の所を押えつつ歩くのは、

挙動不審に拍車がかかりそうです。


「うーん、駄目みたい」


仕方ないので、肩掛け鞄の奥底に入れることにしました。

鞄はある程度膨れるが、中がお金だとばれなければ、問題は少ないはず。

そう思って、誰かが来る前に、鞄の一番奥に勢いよく皮袋を突っ込むと、

ガチャンと何かが割れる音がした。


ああ、やっちゃった。

しまった。先に割れ物があるかないか確認しておくんだった。

はっ、もしかして携帯電話の液晶が割れた?

うわーん、まだ買い替えてから半年しかならないのに。


慌てて鞄の中に手を突っ込むと、ちくっと指先に痛みが走った。

傷口がじんじんと痛い。


手を引っ込めて指先を見れば、わずかに皮膚が切れて、小さな欠片が刺さってた。

古い陶器の様な欠片です。壊れたのが携帯電話ではないことにほっとしました。

ですが、これは確実に何か壊れたよね。


何が壊れたのかはわからないが、このまま袋の中に割れ物が有るのは、

大変よろしくない。

布のバックなだけに少々の身の危険があるかもしれないが、大事なのはそこではない。

つまり、最悪、鞄に穴が開くかもしれないからです。

もしそうなれば、お財布や大事な物をすっぽりと落としてくる羽目になりかねない。


うん、早急に割れ物除去に取り組んだ方がいいでしょう。


私は誰も居ない背の低い木立の側に座り込み、お給料の入った皮袋を膝に抱えて、

土の上に鞄の荷物をひっくり返しました。


出てきたものはハンカチに裁縫道具に携帯電話に日本の財布や手帳等々。

飴やガムなどは部屋に置いてきたが、貴重品はそのまま鞄に入ってます。

そして、それらの貴重品は粉々になった欠片まみれになってます。


私は一体何を鞄に入れてたのかと、荷物の山を探ると

おそらく直径15cm位の小さな絵皿の様な物が、

ひっくり返した荷物の一番上で、見事に割れていたのを発見した。


「これ、何?」


絵皿?いや、皿と言うより古い壁画の欠片だろうか?

何故に、私の鞄にこんなものが入っているのでしょうか。


疑問に首をひねるつつ、7つくらいに割れた大きな欠片をとりあえず並べてみた。

古い物だし、真ん中が大破しているため、絵柄は擦れて良くわからない。

だが、なんとなくだが、人物像だと思う。

人物像の首から胸にかけてが大破しているので断言できないが、

髪が長いし、膝で組まれた手が細い。おそらく女性だと思う。

涼やかで愛情深い綺麗な瞳に、どこかで見たような気がして、

瞳が描かれた大きな欠片を持ち上げると、

裏側がボロリっと割れて私の膝の上に落ちた。


うっ、更に被害が拡大したと一瞬慌てた時、

カツンっと金属が触れ合うような甲高い音がした。


私の膝の上には、お給料の硬貨が入った皮袋。

ジャラジャラと硬貨同士が触れ合っても、こんな金属特有の硬い音はしない。


何だろうと皮袋の上に落ちた物に目を向けようとしたら、

行き成り私の首に掛けてある白い球が、かぁっと熱くなった。


「え?」


思わず首元を押えて、辺りを見渡す。

だが、周囲には誰も居ない。

だけど白い球は熱い。


誰かが、木立のどこかに隠れているということだろうか。

そういえば、ここには裏口という名の秘密の扉があったのだと思い出した。

塔の優秀な研究者や王族の方々の為の、逃走用秘密の通路があるのです。


まぁ、私がカナンさんやヤトお爺ちゃんと一緒に入ってきたことを鑑みても、

公然とした秘密なのかもしれないですが。

つまり、誰かがここを通ることはありうる話なのです。


警戒しつつ、まずはいつでも逃げられるようにと、

急いで私の荷物をかき集めていたら、白い球の熱がふっと消えた。


あれ? 何で? 消えた?

服の上から押えて確認すれど、熱は全く感じられなくなっていた。


私が気が付かない誰かがこの近くにいて、

私に気づかず去って行ったということだろうか。


そうですよね。で、今はいないと。


しかし、私の経験からいうと、球が反応したということは、

何かに悩んでいる人が近くにいたと言う事だろう。


私だって、それなりに神様関連では経験を積んでいるはず。

この国に宝玉を持っている人が居るのなら、またどこかで出会うかもしれない。

よし、私、慌てない慌てない。うん、大丈夫。


辺りの様子を窺いながら、大きく深呼吸し、荷物を鞄に入れ、

お給料の袋に手を伸ばしたら、またもや白い球がかぁっと熱を持ち始めた。


なんで? 立ち去った誰かが引き返してきたとか?


私はぎゅっと荷物を抱えたまま、木立の陰に蹲って気配を探りました。

だが、風にそよぐ木立の音がするだけで、人の気配はまるでない。


心臓がドンドンと音を立てるが、じっと黙って動かない。

なのに、しばらくすると熱がまたもや消えた。

今度こそ、立ち去ったのだろうか。


服の下から白い球を取り出して、見えるように引っ張る。

白い球は黒と赤の細いラインが入った、見慣れた球です。


球を持ってじっと見つめていたら、またも熱くなってきた。

宝珠は明らかに何かに反応している。

だが、しばらく光るとまたもや反応が一瞬で消える。

まるで、壊れた蛍光灯のようです。


なんでこうなるの?訳が分からない。

この球は宝玉を持つ相手に反応するんだよね。

なのに、誰も居ないし気配もない。それなのに球は熱くなったり冷たくなったり。


う~んと悩んでいたら、私の足元でカエルがゲコッと鳴いて跳ねた。


ゲコ、ゲコ(ジャマ、ドケ)


もしや、今回の宝玉を持つのは人間ではなくカエルとか?

対象が人間以外だと、私にはまずもって無理だよね。

神様の守護で時折動物やトンビの声が聞こえると言っても、

殆どが一方通行な代物なのだから。

もしそうなら、今回の宝玉集めは前よりも大変困難かつ面倒な事になるに違いない。


ゲゲコ、ゲコゲコ(ドケ、ナワバリ)


その場合は、...うん、晴嵐には諦めてもらおう。


ぐるぐると考えていたら、頭が痛くなってきた。

もしかしたら、前の球と違う使用法があるのかもしれない。

どちらにしても一度晴嵐に確認を取るべきだろうと思います。


私が悩んでいる様子を見れば、近々、夢を通して会えるかもしれないが、

あまり期待できないような気もする。だって、前回も忙しいって言ってたし。

ファンシーショップの経営が大変なのだと言う事かしら。


とりあえず点滅する球は服の下に戻し、パンパンと服を叩いて、

当初の予定どうりに皮袋を鞄の奥に入れて立ち上がりました。

うん、まずはカエルのナワバリからさっさと立ち去るべきでしょう。


カシャン


膝から落ちた何かが、木立の下に惹いてある赤レンガに当たって跳ねた。

私が慌ててそれを拾うと、それは、どこからどうみても鍵でした。

全長10cm弱の鍵。黒ずんでいるが材質はおそらく銀。

クローバーのような三つ葉の持ち手の部分に、

目の覚めるような青い石が埋め込まれている。


「鍵?」


誰かが落としたのだろうか。なんだか随分と高級そうな鍵です。

ごしごしとハンカチでこすってみたら、豪華な造りがはっきりと解った。

持ち手の三つ葉には一輪の薔薇の模した銀の透かし彫り。

支柱は、きらきらと光っていた。実に、高価そうな鍵です。


もしかしたら落とし主が困っているかもしれない。

落し物ですと、塔の門番のサームさん達に届けるべきだろうか。


名前とか家の番地だとか、どこかに記載がないだろうかと、

裏に表にと観察してたら、鍵に絵皿の欠片が付いているのに気が付いた。

纏わりついていると言っていいくらいに欠片まみれです。


ふと、足元に転がっているお皿の欠片を裏返してみた。

欠片には、くっきりと鍵の型が残っている。


うん?


ということは、絵皿の中にあった鍵が、私が割ったことで出てきたということ?

なんらかの理由で、態と鍵を隠していたということだろうか。


あ、もしかして内緒の鍵だとか?

そういえば、いましたね。私の同級生に鍵付の日記をつけていた人。

酔った時に『黒歴史なので墓までもっていく』と宣言していた。


もしや、恥日記の鍵を誰にも見られない様に皿に埋め込んだとか。

誰にも触れられたくない秘密の鍵という物でしょうか。

それなら、落し物で届けても絶対に引き取り手は現れないだろう。

う~ん、どうしようか。でも、こんなに高級な鍵を捨てるってありえないよね。

でも、このままここに放置して、何かあったら少々良心がとがめる気がする。


あ、そうだ。この鍵に紐を通して、私の鞄にひっかけとけばどうだろう。

もしかしたら持ち主の目に留まるかも。

もし、持ち主がそうっと自分のだと言ってきたら、黙って返してあげればいいよね。


うん、鍵自体は綺麗だし可愛いし、

紐を通せばちょっとしたアクセサリーみたいでおしゃれかも。

そう思って、裁縫セットの中に入れて置いた皮ひもに鍵を取り付けていると、

白い球がまたもや、かぁっと熱くなった。

それと同時に鍵が手の上でぶるりと小さく動いた。


うん?


球は相変わらず、大体3分間隔で熱、冷、を繰り返している。

そして、現在、鍵が私の手の上で、球と同調するように震えている。


どういうことだろう。鍵が宝珠に明らかに反応している。

首を傾げながら球をつついていたら、次第に点滅の間隔は長くなり熱が治まった。

同時に、鍵も震えなくなった。


これって、どういうことでしょうか。

白い球が熱くなって、日記帳の鍵がブブブッて。

新機能で球にもマナーモード切替があるとか?


うん、混乱しているし、何がなんだか、さっぱりわかりません。


秘密日記の鍵が、どうして白い球に反応するの?

誰かの黒歴史を白い球が必要としているとかだろうか。


『この黒歴史だけは死んでも手放さん。欲しいなら殺せ!』

と酔っぱらってスルメを噛みながら、

何重にも鍵を掛けていた友人が脳裏に浮かぶ。


なんでそんな面倒な物がこの白い球は欲しいのでしょうか。

誰かの黒歴史なんて、そうっとしておいてあげようよ。

それとも、なにか切羽詰まった事情があるとかでしょうか。

友人の言う、私の屍を乗り越えていけなノリは良くわからないが、

2時間ドラマな展開は、切にご容赦願いたい。


ゲーコゲコゲコ(アッチイケ)

ゲコゲコゲーコ(デテイケ、デテイケ)


いつの間にか、私の足元でカエルが増えて、一斉に抗議を始めた。


思わず遠い空を仰ぎ、はぁっと大きく肩を落とした。


解らないものは仕方ない。ここで座っていても何も変わらない。

今はまず、カエルの要望を叶えることから始めましょう。


私は、鞄の手に紐で引っ掻けるようにして、内ポケットに鍵を入れ、

重い腰を持ち上げて、雑貨屋に向かうべく歩き出した。




********



メイが立ち去った半刻後、

塔の真後ろの木立の奥にある隠し扉がギィッと軋んだ音を立てて開いた。

その扉の向こうから、鮮やかな黄色のターバンを巻きつけた小柄な老人が現れた。

老人を筆頭に、5人の男達と馬が周囲を警戒しつつ扉を抜けた。


緑あふれる背の低い木立の間に、

標識替わりの絵が案内表示が入った赤レンガの敷き石。

緑の垣根を聳えるのは、天をも突くと名高い賢者の塔。

老人を含まない全員が、思わず塔を見上げる。

塔の先端は下からではまるで見えない。


「ようやっと着いたの」


老人の言葉に、ローブを目深にかぶっていた男達が、視線を正面に向け、

目の前にそびえる大きな塔を仰ぐ。

一人の男が、ぐるりと周囲を見渡して、一息を吐きだすように呟いた。


「ここが、マッカラ王国か」



カナンはヤト爺の教えに従って、押して押して押して戦法に出てます。

そして、とうとうマッカラ王国に、かの人達がやってきます。

一体彼等は誰なのか。うん、解る人は解ると思います。

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