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箱をあけよう  作者: ひろりん
西大陸砂の国編
226/240

青い鳥への道しるべ

メイの久しぶりの登場です。


ピーロロロローピー、ピッピッピー(ヤッター、ゴハンミツケタ~)


いつもの時間のいつもの様に、やはりトンビの声に起こされました。

もはや目覚まし時計のようですね。

今日のトンビは、早々と朝ご飯を見つけて大変上機嫌の様です。


肩甲骨をぐぐっと縮めるように胸を逸らして伸びをして、はあっと息を吐きました。

そして、再度大きく息を吸いながら瞼を何度か瞬かせ深呼吸。

朝の新鮮な空気を目の中に入れて、いつものように覚醒を促します。


なんだか、頭の奥がもやもやしている気がします。瞼の上を指圧し、何度も瞬かせますが、

白い物が残像の様にちらほら。これは残像現象という物でしょうか。

昨日早くに寝たから睡眠時間たっぷりで、隈も解消、英気ばっちりのはず。

もしや、十代超えたら老化促進って眉唾じゃなかったのか。だが、事実、白い塊はふよふよ。

いやいや、夢見がわるかったのかも。 は! 指圧のし過ぎかも。そうだ、そうに違いない。


幻想だ、夢の続きだ。頭の何処かで何かが引っかかる気もするが、

幽霊とかだったら、シャレにならない。幽霊なんて冗談じゃない。ホラーは嫌いです。

目の奥ならゴミか何かのはず。うん、岸壁の母はない。


だが、毛の塊の様な白い何かは消えず、未だ私の目の前で浮いている。

……お祓いするには、どうするんだっけ? エクソシストだと聖水だよね。

でも、あれキリスト教信者でないと使えない必殺アイテムよね。

私が居た神社では榊の枝だけど、この世界では見たことない。

あ、柊が魔よけだと聞いたことが有る。柊っぽいチクチクしたものならいいのかも。

棘棘で連想したのか、薔薇がポンと浮かんだけど、薔薇が魔よけって聞いたことがない。

無理だな。どうしたらいいのかとため息を共に数回ぶんぶんと首を振ると、白い塊が跡形もなく消えた。


ほっとした。やはり指圧のし過ぎで幻影が見えていただけらしい。幽霊ホラーは避けられた。

人間、平穏無事が一番だ。これで万事解決。実にめでたい。

ほっとして肩の力を抜いたところで、なんだか視界がやけに暗いことに気が付いた。


あれ? 視界が暗い? 早く起き過ぎたかな。

しかし、私の腹内時間はいつもの起床時間。目覚ましトンビも何時もの様に飛んでいる。

あ、もしかして、天気が悪いのかな? 洗濯指数はどうなんだろ?


ポーンっと便利な天気予報のお知らせがなった。


(曇天、突風注意)


あ、やっぱりそうだ。曇りですね。

外からゴウっ強い風が流れる音がした。頭上から細く強い風が渦を巻いて首を撫で上げる。

いつもよりも風がかなり強いようだ。突風という予報も出ているし、

今日は私物を洗おうと思っていたけど、飛ばされて紛失しかねない勢いだ。洗濯は中止しよう。


肩に当たる風に小さく震えながら、勢いよく壁に掛けてあったお仕着せに着替えた。

いつもの様にタオルを手に持ち、顔を洗うために洗面所に向かった。

盥に水を溜めて、勢いよく水を顔に叩きつけるようにして洗う。


タオルで顔を拭った後、水場に置いてある蓬のようなミントのような葉を一枚千切り、

細い植物の繊維の羅紗の布ブラシに擦りつけ、それで歯を磨く。

跳ねている髪を水で撫でつけ紐で髪を縛って、鏡の前で身嗜みチェック。

鏡に映る顔は、いつもと変わらぬ平凡顔。

日本人特有の凹凸のない顔に、あ、そばかすが増えてる? 

砂漠の中の日差しって半端ないということだろうか。あ、ここにも……。


……止めよう……いいのです。人間重要なのは、そばかすじゃない。心だ。

心は錦。心が一番大事、多分。きっと。

……シミけしは、ビタミンCだっけ?


えーと、気を取り直して、本日は休日なのです。そう休日です。お休みです。

待ちに待った初めてのお休みの日です。


まあ、休日と言っても、老師様や皆様の朝の食事の支度はする。

でも、書架市場の棚卸作業やいつものお掃除などの仕事がお休みなのです。

つまり、朝の食事の片付けが終われば、夕食の時間まで私は自由というわけです。


実はなんと、今日のこのお休みに、

ノーラ先生とジュディス先生と一緒にお菓子を作る約束しているのです。

材料も道具も場所も全部用意してくれて、私はちょこちょこと先生達のお手伝いをしつつ、

例のお菓子を一緒に作るだけでいいらしいのです。

楽しみですね。やっと来たよ休日って感じです。


お出かけ前に、まずは食事の支度をしなくては。

るんるん気分でエプロンの紐をきゅっと結びました。


********


カーンカーンカーンと鐘の音が街で鳴り響く。

マッカラ王国中央広場の周辺の店の扉が一斉に開いた。

沢山の人が中央広場交差点を闊歩している。街は活気があり、人々の表情は明るい。


そんな中で私はというと、中央広場の時計塔の下で立ってます。

ノーラ先生の家でお菓子を作る予定なので、ここで待ち合わせ。

誰かのお家にお邪魔するだなんて久しぶりですので、ちょっとドキドキわくわくします。


急のお呼ばれの理由は、彼女たちの作品であるお菓子である筈の焦げた何か

(未知の物体?)を見た時の余りの衝撃と、

涙目に縋ってくる先生達の勢いに押されて、ついお手伝いをすることになったからです。


さしてお菓子つくりが得意と言うわけではない私には荷が重いかとも思いましたが、

船ではマートルと一緒にラルクさんとレナードさんに基礎から徹底的に扱かれ、

指導は厳しかったが、毎日倒れる様にして反復しつつ身に着けただけあって、

有難いことに今では何とか身についている。


その上、王城ではトムさんとマーサさんやセザンさんに様々な美味しいレシピを教わったので、

気が付けばいろんな料理もいくつか作れるようになっているのですよ。

芸は身を助く?ではないかもしれないが、小さな事かもしれないが、

なにかしらで役に立つスキルがあるのは本当に心強い。


それに、日本に居た時の料理はこちらでは殆ど役に立たないと思っていたが、

いろんなことが出来る様になれば、何かしら応用が効く物だとしみじみ実感したのは、

レナードさんのお蔭。だって、ちょっとぽろっと何気なしに話した焼きそばの話とかで、

そのままではないが、それに近い、もしくはそれよりも美味しい料理を開発してしまったのです。

あの海鮮焼きそばは、絶対地元縁日のよりも美味しいと断言できるものだったのですよ。

国が、世界が違えど、作る人の腕次第ということかと実感したのです。


レナードさんには遥かに及ばない腕前の下っ端二号な私でも、

なんとか見られる料理を老師様に作ることが出来ているというわけです。

いろいろ叩きこんでくれた皆には、本当に感謝してます。


まあ、お菓子つくりを提案したのは私ですし、簡単なお菓子ならば覚えている。

秘密兵器も有りますし、まあ、何とかなるでしょう。

それに、二人と一緒にお菓子を作る時間は、

女の子の時間って感じで、なんとなく楽しい気がします。


余談だが、母にも褒められた礼儀作法には本当に助かっている。

毎日頻繁に老師様を尋ねてくるヤンゴトナイ御身分の方々に、老師様の使用人として、

ある程度の作法を持って応えることで何とか失礼の無い様に対応できているのです。

マーサさん、本当に有難う。


でも実は、淑女の心得の本は、未だ半分しか、いや正直に言えば三割程度しか読了出来ていないのです。

その上、記憶不確かな事柄が結構ある。この時ばかりは私の笊な脳みそが悲しいが仕方ない。

国に無事に帰ることが出来た時は、最初から読み直そうと思います。

多分、カースは私のあの分厚い本を大事に仕舞っていてくれていると思います。


カース、どうしてるだろう。懐かしいなぁ、皆、元気かなぁ。

船の皆は今どうしてるのだろうか。今頃は海に出ているのかな。

照はカースと仲良くしているだろうか。

セランやルディ、レナードさんやマートルは相変わらずだろうか。

エリシア王妃様や紫も元気だろうか。ミリアさんは今も看板娘なのだろうか。

いや、結婚予定は過ぎているから、もう結婚しているよね。

そうなら看板女性と言い換えるべき?


不意に山からふきつける強い風に、咄嗟にスカートの端を押える。

山風は海の風とは全く違う。

海の風は冷たい中にもどこか暖かく、潮の香りで風が舞っていた。


海の風景が最も似合うレヴィ船長は、時折甲板の上で空を見上げる。

彼が見上げるのは真っ青に晴れた濃い海の空。

私の上の空はどんより曇って薄い青の欠片しか見えない。

空は繋がっていると解っているが、会えない場所にいることが、どうしても寂しく切ない。


会いたいよ。声が聞きたい。手を伸ばした先に彼の温もりがない。

真っ直ぐに私を見つめる緑の光が恋しい。

上を向いていたら、目じりに小さな涙が溜まった。


なんだろうなぁ。ぼんやり考え事をしていると、想いに引きずられてしまう。

私は、こんなにも弱かったのだろうかと実感するのはこんな時。

忙しく働いている時には何も考えなくて済むのにとさえ思ってしまう。

寂しさと切なさが、じわじわ浸食するようで、体が、心が震えて少し怖くなる。


だけど同時に、相反する想いも押し寄せるのだ。

ああ、未だ覚えている。私は忘れてないと確かに実感できる歓喜が。

日が経つにしたがって記憶が薄れていきそうで、

何度も何度も覚えていることを反芻しているのがその証拠。


ぽろぽろと笊の目から砂が落ちるように、何かが消えていき、心が軋む。

焦りと澱みが心に沈殿していくようで、恐怖と痛みが、私を押しつぶしそうになる。


不意に、こつんっと石ころが当たった。

誰かが蹴った小石だろう。はっと我に返った。

ぱちぱちと瞼を瞬かせて、すうっと大きく深呼吸した。


駄目だ、嘆いてみても現状は変わらない。しっかりしろ、私。

ここで寂しさに負けたら、もう立ち上がれないかもしれない。

目尻に溜まった涙を指で掬って飛ばすと、気持ちにぎゅぎゅっと蓋をした。


他の事を考えよう。そう、今できる最善の事を。


えーと、まずは、そう、お給料もらったら、真っ先に手紙を書こう。

あんな別れ方をしたのだから、おそらくかなり心配しているはず。


船に直接は無理だから、ハリルトン商会のセラン宛てと、王城宛てでまずは2通かな。

まずは丁寧に謝って、マッカラ王国に居ることを伝えて、お金が貯まったら帰るからと書こう。

あら? 手紙って重量制限があるのだろうか。

ゆうパックみたいに、この封筒に入るだけならワンコインとかのサービスはないのかな。

もしあれば、一つの大きな封筒に沢山の手紙を入れて作戦が出来るかも。

そうすれば郵送代が安く済むかも。カナンさんに帰ったら聞いてみよう。


考え事をしていたら、ノーラ先生とジュディス先生が迎えに来てくれたのが見えた。

元気よく手を振られる。


「来てくれてありがとぅ、マールぅ。お待たせぇ~」

「折角のお休みなのに悪いわね。お昼は私達が驕るからね。期待してていいわよ」


待ち合わせは、大体でいうと午前9時前後。二人はかなり気合が入っている。

今度こそという意気込みなのだろう。

未だ昼食時間には早いくらいの時間だが、初心者のお菓子作りだ。

多め多めに時間を取っていた方が、私としても気が楽です。


「材料はそろっているのですか?」


尋ねたら、笑顔で頷かれた。


「ええ、数十回失敗しても大丈夫なくらい揃えたわ」

「そうなの~二か月分のお給料が飛んだわぁ~」


え。何十回って、そんなに?

ま、まあ、備えあれば憂いなしと言う事だよね。

小麦は普通の料理にも使えるはずだし。


「沢山出来たら、マールはもちろん持って帰っていいからねぇ~」

「素敵なお菓子を作るわよ! 見てなさい! 必ず、あっと言わせて見せるから!」


お土産有りですか。それは張り切らないといけないですね。

老師様の塔の部屋は薪ストーブコンロしかないので、

正直、余りこった物は作れないのです。基本、フライパンか鍋料理になります。

また、火力にさほど融通が利かないので、少し時間がかかる。

だから、大きな竈で焼いた方が美味しいバケットパンだとか、

燻製肉だとかは全て食材市場の出来合いを買ってきてます。


せめてレヴィ船長の家にあったような簡易オーブンが欲しい。

とは思いますが、贅沢は言えないのです。塔には塔の事情もありますので。


今回、ノーラ先生のお宅のオーブンを借りることで、いろいろなレシピが作れます。

セザンさん特製のクッキーや、トムさんからの直伝フィナンシェもいいよね。

老師様もカナンさんも甘い物がお好きなので、お土産にしたら喜ぶに違いありません。


「頑張って作りましょう」


私達は思い思いに頷き合って先を急ぎました。


ノーラ先生の家は、服飾通りの左側14番通路から2つ奥に入ったところの4階だそうです。

14番通路と言うのは、14番目の家の扉を開けて、奥に向かって進んだ裏口から出て、

細い路地に向かい合う家の扉に入り、先程と同じくそのまま通り抜けるのです。

そして、その先にある古ぼけた作りの5階建てのアパートの二階だそうです。


余所の家の玄関を通りぬけるんですね。目から鱗です。

大通りから派生する通路や小道が無いので、皆さんどこに住んでいるのかと思いました。

小道が無いのは、この国の最大の特徴でもあるそうです。


以前にカナンさんが行ってましたが、敵が攻めてきた時を想定しての、

山城を中心とした市街地作りなのだそうです。

門から入ってきて王城まで一直線と言えば、攻め入るに簡単そうだが、

でこぼこ石の坂道は意外に駆け上がるには体力を削られる。

その上で、道の両脇の建物の上から、住民が攻撃に参加すれば、

住民が傷つくことなく、敵が自滅するという仕組みなのだそうです。

現に、過去数度に渡って戦に至ったことがあるが、

殆どの敵が王城どころか、中央の時計塔までたどり着けずに叩き潰された。


防犯の意味合いも込めて、この作りが大変有効かつ合理的な造りなのだと解る。

そんな感じで、どこの家も一階は通路になっているのだとか。

国が違えば街の在り様も違うということでしょう。

隣りの垣根を通ってどころか、まさかの家の中通路。本当にびっくりした。

ちなみに住所併記は服飾左14-2-4の何号室となる。なるほどなるほど。


ノーラ先生のお母さんが服飾関係の下請けをしている関係で、

子供の頃からここに住んでいるらしい。

大通りから2つの建物を通り過ぎるだけで、かなり静かです。


その上、ここはどうやら内職専門の人達が寝泊まりするアパートらしく、

休日の前の駆け込み納品で、今の時間は殆どが寝ているらしい。

ちなみにジュディス先生の家は、金物貴金属通りの6番通路から1つ奥の家なんだとか。

金物通りは、鍛冶師が多いこともあっていつもどこかで音がしているらしい。

特に、ジュディス先生は煩い家族で住んでいるので、毎日かなり煩いらしい。

賑やかで何よりです。


ぎっぎっと板を軋ませながら階段を上がり、4階の5つの部屋の奥5と書かれた部屋についた。

ノーラ先生はポケットから小さな鍵を取り出して、少し錆びついた扉を開けた。


「さぁ、どうぞぅ~。マール、ジュディス、改めてぇ我が家へようこそぅ~」


中に入ったら、こじんまりした小さなリビングとキッチンがあった。

奥には小さな扉と小さな窓が一つ。あの先は寝室だろうか。

ここはノーラ先生とお母さんの二人で暮らしているらしい。


お邪魔するのでお母さんにご挨拶をと思ったが、

内職明けで寝ているからと言って辞退された。


まずはお茶でもと言われたが、正直時間が惜しい。


「ノーラ先生、ジュディス先生、本日作ろうとしているお菓子は何ですか?」


まずは、計画だよね。


「私は、これ、これがいいの。もし、駄目なら、こっち」

「私はぁ、う~ん、これは失敗しちゃったからぁ、今度はぁ、こっちかなぁ~」


ずいと出されたのは、分厚いお菓子の本。

手書きの絵と、装飾過多な文章が踊る様に絵の周りで描かれてある。


『オラジェブルのパイ、 王宮料理人スージウスの絶品レシピ』

『妖精のテルトタタン。 幻の王国、素晴らしきお菓子』


難しい文字が多いけど、最初のはオラジェを使ったパイ。

妖精なんちゃらは、おそらくタルトだね。


作り方のページは、どちらも3ページから5ページ。

材料は、うん、大まかだけど、多分、そんなものだろう。

作り方はと読んでいくと、うーん、なんというか、かなり大雑把に纏めてある。

ボールに粉入れて、水とあわせて捏ねて、オラジェを煮たものを挟んで焼くとしか書いてない。

長い文章は、装飾過多でどうやってどこまでどうすればなど、全くない。


これ、料理を作る人が本当に書いたものだろうかと疑問すら浮かんできた。

レナードさんやトムさんもそうだけど、料理人は自分の舌で料理を覚えて、

経験と舌を培って自らの料理を作ることに心血を注いている。

美味しいので教えてくれと言ったところで、一昨日きやがれと叩きだされるだろう。

彼等にとってレシピとは本来門外不出な物で、自分で試行錯誤していくのが当然だと思っている。

だから、料理の本は食べた人がこんな感じだろうかと予測して書いているのかもしれない。


これを見てその料理を再現できるかと言えば、それ相応の腕を持つ料理人でないと無理だと思う。

もし、これを料理人が書いたのなら、ここまで教えてやったんだから、

後は自分でなんとかしろと挑戦状を叩きつけているのも同様な本なのかも。


そんな挑戦を受けて、ノーラ先生達が勝てるでしょうか?

うん、無理だね。初心者にはハードルが高すぎる。


私は、パラパラとページをめくって、最初の方のページを開きました。


「それらを作ってみるのもいいですが、まずは、これを作れるようになってからですね」


二人が覗き込んだページは、クッキーのページ。

子供も大好きな美味しいお菓子と書かれてある。


「……えぇ、これぇ~」

「子供が美味しいって、書いてあるんだけど」


「はい。クッキーは焼き菓子の基本です。これが上手に作れるようになれば、

 すべてに応用が聞きます。何事もまずは基本からです」


これはイルベリー王城のスーパー執事セザンさんの名言。

確かにあのクッキーは絶品でした。私はあのレシピを、何度も押しかけて頼み込み、

苦笑いと共に伝授されている。二人のクッキーを見ながら私もセザンさんのクッキーを作ろうかな。


「……そうねぇ、勉強も基本が一番大事だものねぇ~」

「うん、まずは、それからってことね」


で、材料を用意する。

ここでやはり問題発見。小麦粉がボール一杯、砂糖が適宜、油適量。

つまり、料理人のさじ加減による材料配分が書かれてある。


ジュディス先生はどんっと大きなボールを出してきて机の上に乗せた。

思わずぎょっとする。ちょっとした盥の様な大きさです。


「失敗するかもしれないから大目にでしょ。これだけあれば大丈夫よ」


いやいや。


「そうねぇ、砂糖は適宜ってことは甘い方が美味しいからこれくらいかしらぁ~」


黒砂糖の塊がごろごろ。それをそのまま、粉と一緒にボールに入れようとする。

ちょっと待て!


「あの、分量ですが、まずは少な目に作ってください。

 そんな大きなボールだと、混ぜるのに疲れるばかりですし、

 それに砂糖は細かく砕いてからですよ」


勿論、慌てて止める。このままだと、あの残骸が大量に出来る。

折角の材料を無駄にするなんて、もってのほかだ。

台所の棚に会った普通サイズのボールを借りて、二人にそれぞれ手渡した。


「この本の表記だと決まった分量が解りません。

 ボールだって、大きさがまちまちだち、砂糖だって入れすぎると焦げます。

 油や水を入れすぎると粘りが出て、硬くなってなかなか火が通りにくくなる。

 ですので、これを使います」


私は、私のバックから、秘密兵器の最強アイテムを取り出す。


「なにそれ。時々、研究者が実験で使う匙とカップでしょう」

「え、料理に実験器具って」


ふっふっふ。

老師様の部屋で大量の洗い物を片付けた時に、沢山洗い場にあった匙とカップですが、

それぞれにメモリが付いていてグラム数というか、一定の基準が解るようになっている。

そう、計量カップと計量スプーンです。


実は、セザンさんも同じようなマイ計量カップにマイスプーンを使っていたのです。

いつも同じ味にするためには勘だけではなく、

こういった便利道具が有る方が簡単で間違えにくい。


これらは老師様に頼んで、幾つかを料理器材として使わせてもらっているのです。

今回、お菓子を作ると言うことで、これをお部屋から持ってきたのです。


「粉は、このカップで3杯。砂糖は1杯です。

 まず、粉を篩にかけます。 所々にある球を失くすためです。

 そして、砂糖は木槌で割って麺棒で潰して小さくします」


ノーラ先生には篩。ジュディス先生には木槌を渡す。

二人は首を傾げながらも、素直に作業に取り掛かる。

私は、オーブンの様子を見る為に、キッチンの竈を開けた。


うん、薪オーブンだね。大きさ的にレヴィ船長の家のより小さ目だけど、

石がしっかり組んである。 中に手を翳すとひんやりしているから、中に火種は残ってないようだ。

オーブンの中に薪を組んで、火だね箱の中から小さな火種を取り出して火をつける。

小さくパチパチと木が爆ぜる音がして、無事に火がついたところで鞴で空気を送り、

火が大きく燃え始めたところで竈の扉を閉めた。これで余熱はぱっちりです。


振り返ると、なかなか篩から粉が落ちないので手で上から叩き、粉まみれになったノーラ先生と、

木槌でそのまま砂糖を潰して、あちこちに砂糖を撒き散らすジュディス先生が唸っていた。


ノーラ先生の篩をとり、篩の使い方をアドバイス。


「篩は小さく前後左右に揺するんです。 ボールの中に納まる様にこうやってです

 大きな球はスプーンの背で潰してからです」


私は、さささっと簡単に篩を振るう。

ノーラ先生は私の仕草を真似て同じようにする。


「本当ぅ~こっちの方が楽ぅ~」


次は、ジュディス先生の木槌を取り上げて麺棒を渡す。


「砂糖は、小指くらいの大きさまで潰したら後は麺棒です。

 小さい力で砂糖が跳ねない様に、丁寧に潰していきます」


麺棒をボールに立てる様にして小さい力でコスコスと音を立てて砂糖を潰していく。


「まあ、確かに粉にした方が砂糖は良く混ざるわよね。

 前に作った時は、砂糖が熔けないって、水で溶かしてから粉に加えたのよね」


う、それはちょっと。

私は苦笑いしながら、二人の手伝いと助言と、後片付け。

粉まみれや砂糖まみれだと、あとあと蟻やら虫やらが来そうだからね。

そうして、ようやく終わったら、次の作業の手順を伝える。


「粉が篩終わったら、そこに砂糖を加えて、塩を一つまみ。それらをよく混ぜ合わせます。

 手で構いません。よく混ざる様にぐるぐると。そうですね。フランを洗う様に混ぜてください」


フランと呼ばれるお米は、インディカ米に近いがこの国の主食。

炊き方はお昼にお弁当を持ってきてくれる食堂の方に教えてもらった。

さらさらと撫でる様に水でといで、鍋で蒸し焼きが定番。


ノーラ先生は慣れた手つきでゆっくりと混ぜていく。

大体が混ざったら、油と水。バターは高級品なので、今回は使いません。

レシピ本は古い物なので、そもそもバター使ってない。

バターを使うとふっかりサクサクに出来るけど、別になくても作れる。

油はゴマのような香りの高い物ではなく、この国では定番のナッツ系オイル。

これを計量スプーンの大で2杯。

水は、う~ん。今日は曇りなのに乾燥気味かな?大のスプーン2杯 


「水は空気が乾燥気味の時はスプーンに2杯程度、雨の日は1と半分くらい。

 これらを手で混ぜ合わせます」


ジュディス先生が手を突っ込んで、ゆっくりゆっくり混ぜる。

ぼろぼろと球が出来ていく。


「ねえ、水か油が足らないんじゃない? ぼろぼろでうまく混ざらないわよ」


「両の掌で球をすりつぶすようにしてすりすりと混ぜます。

 後は、ボールの壁面を使ってさっくりと大きく混ぜていき、一つの塊に形成します」


手のひらを使って四苦八苦しながらなんとか直径20㎝程の丸い塊が出来る。


ふうっと一息ついたところで、机の上にまな板を置いて、粉を軽く振るい生地を乗せ、

ノーラ先生に麺棒を渡す。


「これを均一に平らに伸ばします。ゆっくりと丁寧に。

 伸ばす厚さは、えーと、小指の半分くらいで」


ノーラ先生は、自分の小指を見ながら何度も太さを確めつつ、ゆっくりと伸ばしていく。

私はジュディス先生に、小さなオラジュの干し果実とナッツと小袋を渡す。


「布袋に入れて、上から木槌で叩いて小さくしてください。

 これらは飾りに使います」


二人があらかた問題なく作業を終えたのを確認しつつ洗い物を終えて、

私はバッグから秘密兵器その3を取り出しました。


「これを使って型抜きをします」


ハート型と星型と丸の抜き型です。クッキーの定番は抜き型ですよね。

実はこれ、本の修復作業で背表紙に使う薄い木片です。

棚卸作業中に、壊れた本を治す作業していた方々が、

古くなって柔らかくよれよれになった薄い木片を取り替えていたのです。

栞代わりになるかなと思って、捨てる筈の柔らかく薄い木片を貰っていいかと聞いたら、

幾らでも持って行っていいよと言われたので、数枚もらったのですが、

抜型に使えるかもと思って作ってみると、大成功です。

柔らかい木なので、水で湿らせたら形成が楽で、合せをかみ合わせて天日干しにしたら、

可愛い抜型が出来ました。


この作業は楽しいので、ノーラ先生とジュディス先生二人でしてもらう。


「へえ、面白いわこれ」

「うん、可愛いねぇ~」


抜いたクッキーは、等間隔に間を開けて板に乗せて行く。


「オラジェとナッツの欠片を少し、ええっと、一つまみ程度かな。

 クッキーの上に散らして下さい」


私はオーブンの薪を奥に移動させて、熱を確認。

余熱は多分、170から200前後だと思う。


「オーブンは、火を入れてから半刻前後で適温です。

 クッキーを板に乗せて、さあ、焼きましょう。焼き時間は半刻程です」


全ての道具を洗い終わって、オーブンにクッキーを入れて二人を振り返ったら、

二人はぐったりと椅子に座り、疲れたように机の上に伏していた。


「はぁぁ、正直、お菓子舐めてたわぁ」

「本当ぅ~、子供向けのお菓子なのにぃ、こんなに手順が必要なんてぇ~」


まあ、そうでしょうね。

この世界には精製されたお砂糖もないし、小麦だって全粒粉に近い。

お菓子のサクサク、ほわりの感触を出すためには、手間暇が必要なのです。


「初心者簡単レシピでこんなに疲れるなら、上級編のお菓子ってどんだけ大変なのよ」

「ううん、考えたくないぃ~」


そうでしょう、そうでしょう。

ここは素直に基礎のクッキーを究めるべきですよ。


二人の疲れた感想を聞きながら、二人にお疲れ様のお茶を入れた。

そんな二人を放置して、小なべでオラジェの残りと砂糖の塊を一緒に茹でてジャムを作っていると、

オーブンからプ~ンといい匂いが漂ってきた。


「ああ、いい匂い~、お菓子ってやっぱりこうなのよね」

「うん。早く、食べたいねぇ~」


え、食べちゃうの?お目当ての人物にあげるのではないの。

奥の扉が相手ノーラ先生のお母さんが出てきた。


「いい匂いねぇ~匂いで目が冷めちゃったわ」


お母さんに挨拶をして、一緒にお茶を飲んでいると半刻程度経ったので、

オーブンを開ける。

うん、こんがりきつね色。


小さな端っこで作ったクッキーの欠片を口に入れる。

うん、美味しい。これ、素朴な味わいだけど、普通のクッキーだ。


鍋の中に出来ていたオラジェのジャムを皿に移して机の上に置いて、

クッキーの粗熱を取る為に、平たい籠の中に並べていく。


「冷めた物からご試食どうぞ。こちらのジャムを付けても美味しいですよ」


キラキラした目で三人が想い想いに手を伸ばす。


「あ、これ私が抜いた物よ」

「こっちは、私ぃ~」

「へぇ~どれどれぇ~、上手に出来たのねぇ~」


気が付けば、合計20枚前後のクッキーは三人の女性によって綺麗に完食されていた。


「全部、食べちゃった」

「うん、美味しかったねぇ~」

「ええ、ジャムも美味しかったわねぇ~」


製作時間一刻程度、食べるのは5分ですか。

時間は、折しもお昼時。もうお昼の用意をしなくてはいけないですね。


「大体の作り方は今ので解ったと思います。

 午後からもう一度作りましょう。今度はもう少しアレンジを効かせますが、

 今度は、もっと手早く、もっと上手に出来ますよ」


二人は嬉しそうに頷いた。


お昼はお母さんの提案で、近くの食堂に食べに行くことになった。

そこは、フランの絶品料理を出してくれた。どれもこれも値段が安い割に大変美味しかった。

日本のお米と違う食感を上手に使ったコロッケもどきや、

フランのサラダ。うん、これ美味しい。今度、夕食に作ってみようかな。


ノーラ先生の家に戻ってからは、各自であげる人の要望にあった物を作ることにする。

ジュディス先生のクッキーには、

甘い物が苦手な人でも食べられるであろう紅茶クッキー。

これは茶葉を入れるのではなく、紅茶を冷ましたものを2匙ほど水の代わりに入れる。

ノーラ先生の場合のラマエメ先生行きは先程私が作ったジャムを乗せることにした。

私はというと、お土産用にはちみつ入りのセザンさん直伝レシピで製作。

これは、二人には内緒ですが、ちょっとした隠し味があるのです。

これならば老師様も喜んでくださるはずです。


二人とも真剣にクッキー作りに取り組みながらも楽しそうに作っていた。

途中からお母さんも参戦し、嘗ての父親が大好きだったオヤツや、ノーラ先生やジュディス先生の子供のころの話などで盛り上がり、皆で和気藹々と時間を過ごしました。


順調に、沢山の種類を変え、オヤツ時にはすでにそれぞれのクッキーは出来上がり、

それぞれを可愛いと思われる?箱(牛模様?)や

綺麗な布に包んでラッピングをして、ジュディス先生はるんるんで帰って行った。

ちなみに、蜂蜜クッキーと紅茶と普通のを組み合わせたマーブルとナッツを練り込んだもの、

ジャムを使ったものなど、沢山出来ましたよ。


どうやって作るのと聞かれて作りながら、ノーラ先生のお母さんが提案するアレンジをしてみたり、

面白そう美味しそうということで、気が付けば、バスケットボールが入りそうな大きさの籠が、

クッキーで埋まるくらい(正直、作りすぎたかも……)に出来上がった。

途中、大人の味に挑戦とばかりに、クッキーに辛み調味料を振りかけようとしたジュディス先生は、

ノーラ先生のお母さんによって、報復措置(練り辛を直接口の中に!)施行などなど。

まあ、目的の物は作れたし、最終的には全員がご機嫌なので、いいと思います。

女性だけで和気藹々お菓子教室は、本当に楽しかった。


お母さんは、明日の仕事の為にもう少し仮眠をとる為部屋に戻ったので、

私とノーラ先生は、適当にお茶をしながら、失敗作の少し焦げたクッキーをお腹に収めながら、

もう夕食は入らないかもと笑ってました。うん、今晩はお茶だけしよう。

もう、クッキーの試食で胸元まで埋まっている気がしますから。


楽しかったね~と言い合いながら、ほうっと満足のため息をついていたら、

ぽつんとノーラ先生が言ったのです。


「あのね~私、これを渡して駄目だったらぁ、

 本当にもう、終わらせようとおもってるんだぁ~」


は?


「マールも知ってるかもしれないけどぉ~私は、ずっと、ずぅ~と想ってきたの。

 いつか私を女性としてみてくれるって。先生の周りには特定の女性もいなかったし、

 もしかしたらって、ほんの少しだけ希望を持ってたの~

 私が勝手に想うだけなら誰にも迷惑を掛けてないし、絶対あきらめないって思ってたの~」


まあ、そうですね。

ジュディス先生から聞いたところによると、子供のころからだから、十年以上ってことだよね。


「ずっと傍に居てぇ、同じ仕事についてぇ、対等に会話が出来たら変るって信じてたんだぁ~」


そうですよね。だってもう生徒じゃなくて、立派な同僚になるわけですから。


「だけどねぇ~どんなに頑張っても、彼は変わらないのぉ。

 それどころか、私が頑張って彼に近づくたびに、

 私達の間の距離はどんどん開いていくような気がしてた~」


まあ、ラマエメさんは意図的にノーラ先生をそういった対象から除外してましたからね。

結果としてそうなっていったのは当然だと思います。


「それでも、いつか先生の為に役立てたらと思って近くにいたけど、

 どうやら、それすら迷惑なのかもしれないのぅ~」


は?迷惑? ラマエメ先生が?

先生は基本誰に対しても丁寧で、親切な人ですよね。

だって、見も知らない私を学校に勧誘してくれた人ですよ。


「だってね、さ、触るなって言われちゃったの。傍に、こ、こ、来ないでってぇ~

 支えようと差し出した手を、た、た、叩かれたのぅ~

 わ、私が傍に居たら迷惑なんだよ。

 触られるのも嫌だなんて~きっと私がなにかして嫌われたんだ~多分」


ノーラ先生の涙腺が壊れたように涙が溢れてきた。

口をへの字に曲げて、必死で感情を押えようとするが、全く成功していない。

ノーラ先生が何かして? ってラマエメ先生が嫌うような事を? 

差し出した手を叩かれた? どうして手を差し出すような状況に?

想像しながら、ノーラ先生の顔を見て思い出した。 ああ、あの時か。

あの時のノーラ先生は今の様に泣いてステラッドに飛び乗っていた。


私がラマエメさんに青い鳥のたとえ話をした時だ。


ノーラ先生に対して、ラマエメさんが絶対しないであろう明らかに狼狽している態度。

あれは私が煽りすぎた結果でしょう。絶対そうですよね。犯人は私と言ってもいいかも。

そうと解れば、ノーラ先生のこの涙の原因は私と言うことになります。

私が余計な事をいったばかりに。少々後ろめたい気分です。


間違ったことを言ったとは思いませんが、早急に物事を進ませようとしたことには、

かなり後悔してます。二人には二人の事情があり二人のペースが有るのですから、

私が余計な事を言って混ぜ返してはいけなかったのです。

人の恋路に頭を突っ込む奴は馬に蹴られろと言いますが、

蹴られて穴掘って埋められたって文句は言いません。


「でもね、諦める前にどうしてもこの気持ちを先生に伝えたかったの~

 私の気持ちは、単なる師弟関係の親愛の情ではなく、本当に一生に一度の恋だったって。

 私の真剣な気持ちを軽く扱うな! ちゃんと今の私を見て!

 先生に言いたかったことを全部このクッキーに込めたの。

 だからね、見てなさい!マール。 私、これを持って先生にちゃんと振られてくるわ!」


あ、あああ、それ、玉砕アタック覚悟クッキーですか。

確かに、気持ちを込めて作れば、思いが伝わるかもですよとは言ったけど、

そこまで思いつめていたとは。

ですが、解りました。吹っ切れたのですね! その心意気やよしです。


「はい!ちゃんと見てます!だから頑張ってください!

 どんな結果になっても私とジュディス先生はノーラ先生の味方です」


ラマエメ先生と上手くいってほしいけど、無理矢理では意味がない。

それに、ここまでして駄目なら、ここできっぱりと諦めがつくのかもしれない。

別の人に目を向けるいい機会なのかも、というジュディス先生の意見に賛成します。


「有難うマールぅ~ 私はいい友人を持って幸せだわ~」


はい、友情万歳です。


「あの「すいません、ラマエメです。ノーラは在宅でしょうか」


トントントンと小さな扉がノックされ、私の言葉を遮りつつの、

突然の話題の訪問者が扉の向こうから声を掛けてきた。

心に疾しいところがあるわけではないが、ドキンと心臓が大きく音を立てた。

おそらく、ノーラ先生も同じ状況だったのか、先程の意気込みがしゅるんと消え、

ひゅっと息を吸った後、ごくりと唾を飲み込んだ。

だが、慌てて返事をしようと舌を噛んでしまったようです。


「ひ、ひゃい、いましゅぅ」


ノーラ先生は慌てて部屋の扉を開けたら、ノーラ先生とは対照的に、

落ち着き払った態度のラマエメ先生がそこに居た。


「よかった、ノーラ居たんだね。あのね、話があるのだけど、今いいかな」


彼の表情から何か真剣な話があるのだと予測できる。

隠しているが先生の背中から見えるのは、可愛い小さな花束。

これはノーラ先生にだろう。


私はそのまま椅子から立ち上がって、お土産のクッキーを鞄に入れて二人に挨拶をした。

ラマエメ先生は私を見て一瞬何故ここに?といった表情をしたが、

私のお辞儀にちゃんと返してくれた


「ラマエメ先生、こんにちは。

 ノーラ先生、そろそろ私も夕食の準備が有るのでお暇いたします」


「え! あ、あの、で、でも」


「マール、楽しい時間を邪魔してすまないね。

 また今度お礼するから」


御礼? 


「いえ、本当にそろそろ帰る時間なので、気にしないでください」


まあ少し早いが、夕食の材料を買いに食材市場に行く予定なので、

ここで別れても特に問題はないだろう。

奥にはノーラ先生のお母さんも居るし、

ラマエメさんなら、ノーラ先生相手に乱暴などあり得ないから問題ないだろう。


それに、先程のクッキーを渡して気持ちを伝える絶好の機会ではないでしょうか。


ラマエメ先生に見えない様に、ノーラ先生に向かって「頑張って!」と

口パクだけでエールを送った。扉を閉めるときに見えたノーラ先生の顔は、

緊張で、今までにないくらいに蒼白になっていた。



********



いつからだろう、自分の隣が寂しいと感じ始めたのは。

その寂しさがホンの少しだけ、消えると時があると感じたのは、誰の側だっただろうか。



昨夜、くたくたに疲れて家に帰ったラマエメは、寂しさを感じつつ、

肩に背負っていた重たい鞄を乱暴に床に落とした。

自分の部屋に帰ってきて、自分だけの空間に居るのに、何故か落ち着かない気がした。


本棚には沢山のお気に入りの本、生徒達の心づくしの思い出深い品々、

知りたい知識を携えている分厚い未読の古書。手を伸ばせば届く、

狭いながらも心地よい自分だけの世界。

ここでは、世界の中心は自分であった。 何をしようと何を考えようと誰も邪魔しない。

この空間で自分のベッドにごろりと転がると、思うままに思考の海を泳げた。

そうして思うままに時間を過ごし現実に戻る。それがラマエメのいつもの習慣だ。


そうして現実に戻って仕事の事や母の小言、生徒の事や授業についてが脳裏に翻る。

本日中に片付けなければならない仕事が生活のリズムの中心になり、その先の予定が未来を形作る。

何かに追われるように毎日の仕事をこなして、家に帰って母の小言を魚に夕食を食べて、

また部屋のベッドの上で転がって目を閉じる。


平穏な毎日の平穏な日々。山向うの砂漠の国、隣国は干ばつで人死が出ているし、

砂漠の周りの周辺国は流民で溢れていると聞いた。

都心部では武器を掲げ根強い犯行勢力との武力衝突が所々で起こっているとか。


生死の境を彷徨う人に比べれば、今の自分はなんと恵まれていることか。

自分の隣が寂しいと思うのは、恵まれすぎているゆえの我儘だ。

生きて、毎日水や食べ物を得ることが出来ている。それだけで満足すべきだ。

そうでなくとも自分の人生は自分の望んだ通りに進んでいる。

天職と決めた教師になり、教え甲斐のある生徒を持ち、教師としての実績も上げてきた。


だが今日は、灰色の思考が、自分でもどうにもならない感情が、思考を割り込み、ラマエメの世界を揺らし続けていた。感情と思考にいつもの様に蓋をしようとしても出来ない。

大きくため息をついて目を閉じた。


耳に、脳裏に、何度も言葉が繰り返される。


(青い鳥はすぐ傍に居たのに、彼が気が付いた時は、すでに遅かったのです)


これは、幸せの青い鳥という、マールの故郷の逸話らしい。

どこにでもある様な子供に聞かせるおとぎ話。単なるお話。架空の物語。

だけど、マールのまっすぐな黒茶い瞳と、話の内容がラマエメの心を抉って切りつけた。

ノーラの無邪気な笑顔と暖かな瞳が、浮かんでは消える。


馬鹿な、何を考えている。 彼女は僕を父親の様に慕っているだけで……


(彼女はもう子供では有りませんよ。大人の女性です)


解ってる。解りたくないけどそんなことは態々言われなくたって十分すぎるほどに解ってた。

いや解っていたつもりだった。


(あんなに近くに居たのに手遅れだったと、嘆き悲しみながら死んだそうです)


近くに居るのは親代わりで、先生として、教師として当然で。

……それが手遅れ?死ぬって誰が?


(すぐそばの幸運を見ようとしない人には決して青い鳥は見えません)


暗闇の中で不意に現れた笑顔のノーラが、自分でない誰かと腕を組み、ラマエメから離れていく。

幸せそうな笑顔と親密そうな関係に、喉の奥がきゅっと引き絞られたような苦しさを覚える。

ノーラを呼び止めようとするが、手も動かなければ、声もでない。


傍に居るのに、ここに自分はいるのに、……ノーラは気づきもしない。

僕の事が好きだと言ってくれたはずなのに。何故。いや、違う、いいことだ。

僕よりもっといい人が彼女を幸せにしてくれる。 はず。


顔を顰めて下を向いたら、自分がどこかの小さな部屋にいた。

何処かと言うのは解らないが、何故かここは自分が見知った場所だというのが解る。


暖かい日差しに綺麗なカーテン、花が飾ってある小さな食卓。

カタカタと鍋の蓋が揺れて、ラマエメの為の暖かく美味しい料理に頬が緩む。

愚図る子供をあやす女性の声がどこからか聞こえてくる。

目の前にとんっと小さなカップが置かれ、にこやかにほほ笑む女性が今日はどうだったと

ラマエメが話す一日の出来事を、時折頷きながらも嬉しそうに聞いてくれていた。

その笑顔と存在が僕を全身で肯定してくれているようで、心が潤う。

ラマエメの描く小さな幸福の場所。ここはとても居心地良かった。


ラマエメは廻りを見渡して、ほっと肩の力を抜いて、椅子に深く腰掛けて目を閉じた。

一呼吸ついて目を開けた時、驚いて目を瞠った。


美しかった食卓の花が枯れていた。柔らかな光と届けていたカーテンは破れ、

磨かれていたはずの窓には埃がつもり、窓の向こうは暗闇が広がっていた。

振り向けば、料理中であった鍋は古ぼけて亀裂が入り、壁のあちこちには亀裂。

部屋のあちこちに蜘蛛の巣が張っていた。


椅子を蹴り倒すように立ち上がる。

ここは、どこだ? 何故僕はここにいるのだ。


酷く寂しい場所への突如な変化により、喪失感が襲いかかってきた。

誰もいない。僕は一人だ。

一人は嫌だ。一人でいたくない。一人にしない手。

誰でもいい。傍に居てくれ。孤独に狂いそうだ。


誰か僕の傍に居てくれ!誰か!

声の限りで叫ぶ。脳裏に浮かぶのは、先程の柔らかな声を持つ暖かい女性。

あれは、だれ? 僕は知ってる? 

そうだ。傍に居てほしいのは、彼女。 彼女はどこにいるのだろう。


背後から視線を感じて振り向くと、窓の外に小さな青い鳥がいた。

青い鳥は、僕をじっと見ていた。真っ直ぐな瞳に思わず後ずさる。

一歩、二歩、下がって、更に下がる。どうしてか、僕はこの青い鳥が怖かった。


不意に、青い鳥が視線を逸らし、空に向かって羽ばたいて飛び立った。

去っていく青い尾羽、力強く飛び立つ大きな羽根、決して振り返らないその姿。


慌てて窓を乗りあがる様にして追いすがる。

ラマエメは壊れそうな心臓と喉の奥を引き絞って声を上げた。


「待って、ノーラ。お願いだから僕の傍に居て。僕を一人にしないで! ノーラ!」


手を窓の外に伸ばして、青い鳥の背を見詰めながらノーラと何度も呼びかけて、

はっと目が覚めた。


目が覚めて視界に入ってきたのは、見慣れた自室の天井と自分の手の影。

窓の向こうには細い月。いつの間にか眠っていたようだと気が付いた。

むくりと起き上がり目を擦り、大きく深呼吸をした。


「ああ、なんだ、そうか」


ラマエメは、誰に聞かせるでもなく呟いていた。


(ラマエメさんなら、見つけられるはずです。貴方だけの青い鳥を)


「ああ、そうだな」


手のひらをぎゅっと握りしめた。



そうして、翌日の休みの日、先日の詫びも兼ねて、広場で小さな花束を買い、

ノーラの家の扉の前に立つ。いざ扉を前にしたら、緊張で足が固まった。

決心してきたはずなのに、意気地がないと笑えばいいのか、

何度心で叱咤しても、どうにも体が言うことを聞かなかった。


内心困り果てて、扉の前ですうっと深呼吸をした。

甘い、甘い香りがラマエメの鼻腔を擽る。

幸せを予感させる甘い香りだ。


その香りにほんの少しだけ体が動くようになった。

ラマエメは、もう一度空気を吸い込むと、口角をゆっくりとあげて、コンコンコンと扉を叩いた。



*******



ラマエメが見知った小さいけれど綺麗に整頓されたノーラ達母子の部屋。

椅子に座る様に勧められ、失礼のない程度に部屋を見回す。


この部屋に入るのは何年振りだろうか。

ノーラがもう子供ではないと意識した時から、ラマエメは気軽に訪れなくなっていた。

今思えは、その時からノーラの事を意識していたのかもしれない。


ポットの暖かな湯が注がれて、ふわりと馨しい紅茶の香がただよう。

以前、ラマエメが好きだと言った紅茶だ。ノーラは覚えていてくれたのだろうか。


「本当に、僕は馬鹿だよね」


ぼそりと小さく呟けば、紅茶を入れていたノーラの手がピタリと止まる。

顔を挙げてみると、ノーラは驚愕に目を見開いて、顔を固まらせていた。


「え、先生が馬鹿って、ではなくて、どうか、し、したのですか?

 痛! あ、噛んじゃっ、ではなくて、あの、ラマエメ先生?」


敬語を含んだぎこちない質問。

目上の人と話をするときには語尾を間延びさせない事と昔よく注意した。


彼女は、なんとかしていつもの間延びした口調を変えるのだが、時折、

慣れない口調とテンポに目を白黒させながらも挙動不審になり、舌をかむことがよく有る。

そんな彼女を可愛いと思っていた。いや、今も確かに可愛い。


「ノーラ、僕は未だ間に合うだろうか」


何も考えずノーラを見詰めていたら、言葉がするっと出ていた。


「え? あ、あの、間に合うって、あの、何がですか?」


ああ、もう落ち着いてきたようだ。昔はもっと時間がかかっていたはずなのに。

確かに、彼女は大人になったと言う事なのだろう。

ずっと彼女の成長を見てきたのだから、知っている。

すこしの悪戯心から、紅茶のポットの柄を掴んだノーラの手の上に、ラマエメの手を重ねた。


「あ、ええええ、え、あ、ら、せ」


ノーラの顔は赤く染まり、耳まで赤い。可愛い。

もっと彼女を動揺させたくて、手を握る力を強めた。

その時、寝室の扉がいきなり開いて、目を擦るノーラの母親が出てきた。


「あ、あら? マールちゃんが、いつの間にラマエメ先生になっちゃったのぉ~」


二人の目が一瞬で点になっていた。


「うん? あら? あらあら。まあまあ。 うふふ、良かったわねノーラ」


母親の視線が向けられる先は、ラマエメが握っていたノーラの手。


「あ、あの、こ、これは、その」

「うふふぅ、いいのよぅ~お邪魔様でしたぁ。私は夕飯の買い物に行ってくるわねぇ~

 ちょっと遅くなる予定だからお二人様で、ごゆっくりねぇ~」


風の様に部屋から出ていくノーラの母親を引き止めようと、

慌ててノーラの手を離して立ち上がろうとすれば、椅子がぐらりと倒れた。

気が付けば、ラマエメは、ガタン、ドシンっと床に大きな音を立てて転がっていた。


後頭部が微妙に痛い。思わず、ううっとうめき声をあげていた。


「ら、ラマエメ先生、大丈夫ですか? い、今すぐ医者をぅ~」


駆けだそうとしたノーラの手を掴み行動を制したが、

その手の柔らかさに想いかけず多大に動揺し、すぐに手を離した。


「だ、大丈夫だよ。ちょっと打っただけだよ。医者は必要ないから」


振り返った場所にはもう母親の影はない。

体が弱いくせに、あの人のこういう時の行動は昔から素早い。


「で、でも、その、あの」


ノーラは、座り込んでいる僕の傍で、途方に暮れ泣きそうに顔を顰めた。

ああ、こんなところは昔と一緒だ。

僕は、子供のころからしているようにノーラの頭をポンポンと軽く撫でた。


「大丈夫だから」


「……はい、解りました。

 あの、それで、ラマエメ先生のお話はどういった?」


正面から行き成り問いかけられて言葉に詰まる。

転んだ拍子にラマエメのなけなしの勇気が何処かに行ってしまったようだ。

ノーラが落ち着いてくるにしたがって、意気込んできた気持ちが小さく萎むのを感じていた。


何をしている。言わなければと思考に蹴りを入れるが、

小さくなった気持ちが後ずさりする。

何時もは滑らかすぎる口が今日は貝のように硬い。

このままでは、夢と同じになりそうで、嫌な予感がした。

これ以上後ずさると絶対に後悔する。とりあえず、話題からと言うことで、

言葉を探して何かを口に出す。


「あ、あの、先日は、悪かったね。

 ちょっと考え事をしていて、君に酷いことを言った気がするんだ。

 ちゃんと謝ろうと思ってね」


ノーラは困ったような顔で笑っていつもの様に首を振った。


「いえ、私、ちゃんと解ってますから。大丈夫です。

 ラマエメ先生は、理由もなしにあんな行動をとる人ではないって知ってますから」


曲解すると謝ってくれるなという返事に、ラマエメの眉が寄る。

正直、理由を尋ねられても答えられないというか答えたくないくらいに、

情けない理由なのだが、そういわれると二の句が告げられなくなる。


「そ、そう」


ラマエメを信頼しきった瞳に、再度心が挫ける。

ここは、一度帰ってから再度出直すべきかと真剣に考え始めた。

だが、ノーラはラマエメのその態度に何を思ったのか、

口元を引き締めて真剣な顔で、ラマエメの前に座り込んだ。


「ラマエメ先生。私、先生に渡したいものがあるんです。

 これで最後にしますから、どうか受け取って下さいませんでしょうか」


ラマエメの前に差し出されたのは、白い布に包まれ赤いリボンで括った可愛い包み。

それを受け取るより前に、最後という言葉にラマエメの心臓がドキンと音を立てた。

これを受け取ったら、最後? 

気が付いたらラマエメは答えていた。


「嫌だ」


ノーラが固まった。一瞬、凍ったように動かなかったが、

我に返ったら、慌てて詰め寄ってきた。


「ど、どうしてですか? い、嫌だなんて」


「嫌なものは嫌だ。最後と言うなら絶対に受け取らない」


「駄目です!受け取ってください。私の一緒に一度のお願いです」


「君の一生に一度のお願いは何度も聞いた。もう駄目だ。打ち止め。」


「そんなぁ、私、これ、一生懸命作ったんですよ~

 すっごく美味しく出来て~これなら先生だって喜んでくれるはずって思ったのにぃ」


ノーラの情けない顔に、うっと詰まるが、ここで受け取ったら最後なのだ。

だが、じりじりとノーラが包みを持ってラマエメににじり寄る。


「駄目でも、どうしても、どうやっても、絶対に受け取ってください。

 受け取ってくれないと、私一生ラマエメ先生に付きまとい続けます」


その言葉に、ラマエメの思考回路がくわんと揺れた。


「それなら、そうしたらいいじゃないか」


「は?」


子供の時の様に、酷くびっくりした顔だ。ノーラのこんな顔は変わらない。

可愛いと、じっと見ていたら、今度は怒りはじめた。

子供のころからノーラは意外に短気でそそっかしいところがあって、感情の落差が激しい。

大人になってもこれは余り変わらないようだ。


「何を言ってるんですか!一生ですよ!ずうっとですよ!

 この鬱陶しいのが先生の傍に居るんですよ。迷惑でしょう!」


ラマエメはぶっと思わず噴いていた。


「う、鬱陶しいって、自分でいうのかい?」


「あ、う、ちょっとだけ鬱陶しいにしますぅ~」


そんなところを変更したって余り変わりがないだろう。

思わず喉の奥から笑いが漏れた。


「うん。……大丈夫だよ、僕は。君がいるなら」


「は?」


僕はゆっくりとノーラの髪を頭の形に添うように撫でていく。

そのまま頬を撫でると、涙の痕が乾いて塩を浮かべていた。

ノーラは恥ずかしそうに、ポケットからハンカチを出して、自分で頬を拭き始めた。

そのハンカチには覚えがある。


昔は、ノーラが大声を上げてわんわんと泣く度に、

ラマエメのハンカチはぐっしょりと濡れ、翌日に真新しいハンカチが、

ノーラから届けられていた。てっきり捨てたのだと思っていたが、

持っていてくれたのか。


そう気が付いたら、心が少しだけ膨らんだ。部屋に香る甘い香り。甘いお菓子なのだろう。

先程ここに居たマールが教えたのだろうが、いい匂いだ。

ノーラにお菓子作りの才能があるとは欠片も思ったことはないが、

この匂いなら期待できる作品なのかもしれない。


上手に出来たお菓子を、ラマエメに渡すつもりだと、ノーラは言った。

ならば、まだ間に合うのではないか。

あのハンカチをまだ使っているということは、嫌われたわけではないはず。

甘い香りが、彼女の手にあるハンカチがラマエメの背中を押した。


「子供のころと、泣き顔は変らないね」


ラマエメは指先で睫に散った涙を弾き飛ばす。


「もう、いつもそういうのですね~何度も言いますけど、私はもう大人ですぅ~」


ラマエメは、否定の言葉と共に伸ばしてきたノーラの手を取り、

ぎゅっと握りしめた。

ああ、この手だ。この温もりだ。

もう離したくない。もうあの夢の続きは見たくない。


「…うん。 そうだね。解ってたんだ本当は。

 君は、もうとっくに大人になっていたんだって」


「先生?」


いつもと様子が違うラマエメにノーラは首を傾げた。


「知っての通り、僕は君よりもずっと年上だ。

 君の若さが、君の無邪気さが、僕にはずっと眩しかったから、

 あえて見ないようにしていたんだ。 君は、知っていたかもしれないね」


「ラマエメ先生、一体何を……」


なけなしの勇気が萎んでしまう前に伝えてしまいたい。

ノーラからの否定の言葉は聞きたくなかった。

人差し指をノーラの唇に当てて、少し赤くなった顔を見詰めた。


「でも、もし、もし許されるのなら、僕は、もう諦めたくない。

 ノーラ、僕は、青い鳥をこの手に掴んでもいいだろうか」


「あ、青い鳥?」


「青い鳥は、幸福の鳥だそうだ。

 僕にとっての青い鳥は、君だよノーラ。

 やっと解った、いや、やっと認めることが出来たんだ。

 ノーラ、これから先の人生を、僕と一緒に歩いて行ってくれないか」


「え、それって……」


「駄目……かな?」


ノーラは、ぶんぶんと首が降りきれんばかりに頷く。


「これ、先生への気持ちを込めて作ったの。う、受け取って下さい。

 ずっと、ずっと先生だけだったの。 先生とずっと一緒にいたいの。

 先生のことがす、すす、す、す、好きです。大好きです」


ノーラの言葉が嬉しくて泣きそうになる。真っ赤に染まった顔が途轍もなく可愛い。


「受け取ったら、一生傍に居るんだよ」


「は、はい。喜んで!」


差し出された包みを掲げる小さなノーラの手を囲むように、

ラマエメの手で包み込む。

ノーラの額をラマエメの額にくっつけて、小さな鼻にキスをした。


「僕は、君が好きだよ、ノーラ」


ビックリしてまた固まったノーラをぎゅっと抱きしめる。

真っ赤に染まった顔はもっと見ていたいけど、こうして体温を感じるのも嬉しい。


心の中で青い鳥が大きな羽音を立てた。

ああ、確かに僕は青い鳥を手に入れた。

青い鳥、青い鳥。幸福への道しるべ。

飛び立っていく幻想がガラガラと消えていく。

その音が、抱きしめた温もりが、歓喜をもってラマエメの心を彩っていた。



記述通りに覚えてあるクッキーを作ってみました。

なんとか出来てほっとしました。

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