表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
箱をあけよう  作者: ひろりん
西大陸砂の国編
217/240

複雑に絡み合う恋心。

ラマエメは、唯ふらふらと足を交互に動かしていた。

視線が揺れて落ち着かないのは、足元があまりにも定まらないせいだ。

頭が、心が明らかに混乱していた。


今まで、少なくない数のおせっかいな人々による助言を、幾度となく受けてきた。

周囲の人間の暖かい心根に感謝しつつも、

ちゃんと自分で折り合いをつけ、自分なりの答えにたどり着き、

それは揺らがない土台となって今までのラマエメの心に杭を打っていた。


ノーラの気持ちに答えることは生涯ない。そう決めていた。


だが、マールの言葉は明らかにその土台さえも崩す勢いで、

ラマエメの鉄壁の防御を打倒そうと何度も揺さぶった。

それはなぜか。


想像できたからである。

自分の側で、妻として笑いあうノーラの姿と自分の幸せな姿を。

何度拒絶しても、一度浮かび上がった幸せな幻は頭から離れて行かない。

駄目だと否定すれば否定するほど、青い鳥と逃した人間の哀れな最後が、

年を取って一人で死にゆく未来の自分の姿と重なった。


マールの言いたいことは解る。

自分でも解っていた。いや、解っているつもりだった。

ノーラの想いを拒絶すると言うことは、あの幸せはいつか誰かの物になる。

あの幸せの幻の中に自分の影に、他の男の姿がとってかわるのだ。


心の中で小さく燃えていた嫉妬という名の火が、

じわじわと油が浸みこむように、次第に勢いを大きくしていく。


勝手な妄想で勝手に嫉妬して怒るとは、何と馬鹿な男だ。

自問自答しながら自分の馬鹿さ加減に呆れた。

こんな馬鹿な男は、哀れな最後を迎えても仕方ないではないか。

そんな考えが過るが、先程のマールの言葉がそれをとどめる。


貴方は、見つけられるはずです。

貴方だけの青い鳥を。


それは、幸福を約束した福音の響きを持って、

ラマエメの心の楔をこうも簡単に揺るがした。


長年かけて培ってきたラマエメの壁はすでにひび割れ、

今残っているのは、張りぼてに近いわずかなプライド。

縋ったら、今にも崩れ落ちてしまう強度しかない。


マールが先程言った言葉が何度も耳に甦っては、

今まで考えない様してきた考えが、ラマエメの思考をかき乱す。


自分が、ノーラの父親代わりだという、忘れてはならないと決めていた鉄則。

そして、ノーラが自分に寄せてくれる好意が齎す未来の可能性という誘惑。


この二つが、マールの言葉で、いとも簡単に混ざりあって思考が混乱していた。


何度も何度も、丁寧に常識という真綿で包み、

教師としての理性でもって、厳重に鍵をかけた心の柔らかな場所に、

行き成り大きな落石が落ちて木端微塵に砕いたような気分だ。


頭が、いまだかつてない程に混乱を生み、体と頭が直結しない。

それでも無意識に足は前へと進み、どこかに行こうとしていた。


僕は、どこに行くつもりなんだ?

青い鳥を見つける? 一体どこで?


視線の端に、見知った書架市場の看板と掲示板が見える。

馴染んだ本の匂いが、意識の端に引っかかる。


ああ、書架市場だ。

そうだ、あそこに行くと言ったんだっけ。

ぼうっとした意識が、ラマエメを導いた。


ゆらゆらした足取りが、ラマエメの右肩を建物の壁にぶつけ、

左足の膝を柱の角でぶつけた。

痛みは感じるものの、それが伝達される場所は脳のどこにもなかった。


混乱する思考回路のまま、ふらふらと歩き続け、

書架市場の入り口付近の掲示板の柱の角に、額を正面からぶつけた。

今度こそ、大きな衝撃音と共に目に火花が散った。


ラマエメが、その痛みに頭を押さえて、前が見えない状態でよろけた先に、

大きなお尻のマダム達が、井戸端会議よろしく派手に談笑していた。


この界隈では有名なおしゃべりマダム連中である。

彼女たちの噂話は、一夜で国中に広まると言われるほどの広報力を持つ。

だからというわけではないが、日がな毎日集まって、噂話に勢を出す集団である。


そのうちの一人が、何気なしに体重移動の為、意図せず足を引いた。

そこに、前が見えてないラマエメの足取りがおぼつかない脚があった。

その結果、彼女は踏みつけたのだ。ラマエメの足をである。


予定外な出来事と言うのもあるだろうが、それはもう容赦なしの所業だった。

そのマダムが履いていた靴は、どこからどう見てもハイヒール。

それも坂道が多いこの街にはそぐわない類のピンヒールだ。

尖った踵に体重が乗り、どんなものでも穴が開くよと言わんばかりの踵。

背筋が寒くなりそうな破壊力だ。


見ていた誰かが、想像できる痛みに顔を顰めて「うわあ」と呟いたぐらいだ。

なのに、ラマエメが受けた酷な不運は一度で終わりにはならなかった。


思いっきりピンヒールで足を踏まれて、余りの痛みに悶絶したラマエメは、

足を抱えてその場でしゃがみ込んた。

そこを間髪入れず、予想外の感触にびっくりし足を引いたマダムが、

「あらっ?」とバランスを崩して、ラマエメの背中に倒れこんだのだ。


正に、泣きっ面に蜂とも言わんばかりの偶然が偶然を呼んだ鬼畜所業だった。


その結果、ラマエメはそのマダムに潰され、

「ブグッ、アギャブヘッ」何とも言えない珍妙な叫び声をあげた。


マダムの大きなお尻に潰されたラマエメは、心のどこかで思った。


今の自分は、偶に街で見かけるステラッドに潰された鼠の様ではないかと。

それほどの強烈な圧迫感に、意識が刈り取られようとしていた。


この場合は、踏んだり蹴ったりではなくて、踏んだり押しつぶしたりというべきだろうか。

そんなとりとめのないことを考えながらも、痛みに息を詰め、

ゆらゆらと意識を保ちつつ、細い息を吐いていた。


「あらやだっ」

だが、マダムが慌てて立ち上がろうと、足元のラマエメの背中に更に体重をかけた。


「グヘッ」

それが、追い打ちとなった。必死で耐えていた気が折れる。


「先生、ラマエメ先生!」


ラマエメは、霞んでいく意識の中で、ノーラの声が聞こえた気がした。




**********



うわあ、あれは酷い。


我々は人間プレスの威力を目の前に見た。

誰しもが心の声でそう言い放っただろう。


ラマエメの様子を目にした周囲にいた人間は、

酔っているのかと思うほど体がふらふらしていたから、

ちょっと危ないのではとは思ったけど、

あそこまでの不運にまみえることになるとは思わなかった。


咄嗟にメイを含む数人がラマエメを助けるべく、慌てて駆け寄ろうとしたら

書架市場の入り口に集まってきた群衆の中から若い女性が、

ラマエメの名前を叫びつつ、慌てて駆け寄ってきた。


この国のある一部の男性群から圧倒的に人気が高い女性だ。

真っ直ぐな気質に賢い受け答えが出来る教師という職に就きながらも、

少しばかりドジで甘え口調が抜けない。

男性の庇護欲を十分に発揮する、可愛らしい気質を持つ若い教師、ノーラだ。


多くの独身男性がノーラに攻勢をかけたが、それは悉く効力を無効にされた。

彼女は小さな時から一筋に愛する男がいるのだ。

そして、その男以外は彼女の目には入らない。


平凡極まりない男だが、彼女にとっては世界一の男性なのだ。

命の恩人でもあり、人生の指針ともなる男性だ。


周りがあれ以上の男は幾らでもいると言ったとしても、

全く持って認めない。


なにしろ、やっと挨拶するくらいの中になり、

よしっと口説きに来た男性に彼女は問うのだ。

ラマエメのような大人の男性のタイプとは、一体どんな女性なのだと。

更に、自分がそれに近い様になるためにはどうすればいいのかと。


どうしてそこまであんな男を好きになることが出来るのかと聞いた勇者は、

夢を語るようにラマエメの話を続けるノーラに心を折られた。

きらきらとラマエメの良いところを惚気の様に語るノーラに、

その気持ちは悉く挫けたのだ。



今もその手には、女性らしい簡単スイーツ特集らしきレシピ本が数冊。

噂ではラマエメにあげるお菓子を作ろうと奮闘しているらしい。

その為、書架市場にお菓子の本を見繕いに来たのであろう。


噂の出所は、ステラッドで女性三人の話を聞いていた噂好きの誰かだが、

この街の人間はなるほどなるほどと、

微笑ましい様子でその状態を受け入れていたのである。


「ラマエメ先生ぇ、しっかりしてください~大丈夫ですかぁ?」


見事なピンヒール攻撃とヒップアタックに潰されて、

ラマエメは白目を剥いていた。


意識はもちろんない。

あれで意識があればどこの鉄人だと、誰もが目を背ける程の衝撃だったのだから。


いつもはのんびり口調の穏やかなノーラも、

呼んでも答えない白目のラマエメの様子に、聊か焦った様子でその肩を揺すった。

頭を打っていたら危ないので、ノーラはとっさの判断で膝にその頭を乗せた。


膝枕である。

ほほう。と周りの人間はちらっと眼を向けた。


白目なラマエメは、ノーラの膝枕で撃沈したままだ。

そして、待つこと数分。


ノーラが声を掛け続けたら、やっと意識が無事もどった。

ううんっと目覚めの声をあげた時は、ノーラの顔をぼうっと見ながら、

柔らかい膝枕の感触を楽しんでいる様にも見える笑みを浮かべていた。


周囲の視線が、やけに生あったかい。


ノーラが小さな時からラマエメのを慕っていたことを、

誰しもが知っていたからだ。

過去、その恋の成就に昔は賭け対象となったこともある。

まあ、全ては何事もなくで終わったものだが。


ノーラの手が頬に触れた途端に、朦朧とした意識が一気に正気に戻ったようで、

ポッポッポッポッと段々とラマエメの顔が赤くなっていく。


周囲はそれをみて、おおっと心の声をあげた。

いつもならそんなことはないのに、これは、もしかしてもしかするのか?

ノーラの想いは叶うのか?


周囲に好奇心がむくむくと湧きあがり、あっという間に広がった。

負傷したラマエメには気の毒だが、そのまま傍観姿勢を貫くことにしたようだ。


誰しもが、そのままそっと二人から距離を取った。


ちなみに、ここは公道だ。そして、傍観希望はあちこちで存在している。

マッカラ王国住民は、とかく好奇心が強い人間が多い。

皆、突然の心躍る場面に、心躍らせ目を輝かしている。


潰れてダメージが酷いラマエメは気の毒だが、

ラマエメに恋するノーラが、絶妙なタイミングで颯爽と現れる。

なんとなくわくわくする展開だ。野次馬上等だ。仕方ないだろう。


「先生ぇ? 顔がぁ赤いですが何かぁ…。

 痛むのはぁ、ぶつけた腰ですよねぇ、それとも足かなぁ。

 折れてないといいんだけどぉ」


ノーラが、確認の為にラマエメの足に触ろうとすると、

ラマエメがバッタが飛び跳ねる様に起きた。

先程まで、意識が無く倒れていたとも思えない俊敏さだ。


「いや、いい。大丈夫だ。僕は、うん、大丈夫。

 どこも何ともないから、問題ない。大丈夫っていったら大丈夫」


首を振って手を大袈裟に振るラマエメの姿は、

顔だけでなく首も耳も真っ赤に染まっていた。

周囲は、これは期待できるかもと、気持ち前のめりで心の中でエールを送っていた。


「でもぅ、ラマエメ先生、顔が、いえ全身が大変赤いですぅ。

 あぅ、頭をぅ打った衝撃で熱が出たのかしらぁ。

 今、今すぐにぃ医者を呼んできますぅ。

 いえ、これからぁステラッドに乗せてぇ病院へ」


ノーラが焦った様に腰を浮かせ、ラマエメの手を取ろうとしたら、

咄嗟に、ラマエメはその手を強く払い落としてしまった。


パンッ!


周囲の人がびっくりするほどの、

手を払った際に生じる乾いた音が周囲に響いた。

傍観者全員の目も驚愕に染まり、お互いにパクパクと口を動かすことで、

声に出さない心の驚きを全員で共有していた。



「……え?」


ノーラは痛みを感じるより先に、払われた手の平を何度も見返している。

ラマエメの明らかな拒絶行動に、茫然とした顔をしていた。


叩かれた手のひらは、次第に痛みが伝わってきたのか、

ノーラは混乱した顔のまま、赤く腫れた手を黙って胸に抱え込んだ。


それを見たラマエメは、明らかにおろおろとした態度だ。

その上、自分で自分が信じられないって顔をしている。

体が勝手に動いたという感じなのだろう。


「い、いや。医者は必要ない。大丈夫だ。うん、僕は問題ない」


ラマエメは、先程から同じ台詞ばかり呟いている。


周囲の人間は黙って心で呟く。

いや、明らかに問題あるだろうと。

だが、展開が気になって、黙って影から見守り続けた。

もちろんメイもそこに含まれる。


「……で、でもぅ」


今のは何かの間違いだとばかりにノーラは首を振りながら、

もう一度と手を伸ばしかけた。


「大丈夫だって言ってるだろう!僕に触らないでくれ!

 いいから、頼むから、僕のことは気にしないでくれ!」


ビックリするような大声で、ラマエメは明らかな拒絶反応を起こした。


傍観者たちの心の叫びが、あちこちで目で語られた。

「そりゃあないだろう。やっこさん、物凄い悪手だ」

「これは、ドツボだな」

周囲から、ラマエメに向かって、一斉に残念な視線が寄せられた。

そしてノーラには諦めを伴った同情の視線が集まった。


ノーラは、伸ばしかけた手をぎゅっと胸の前で握りしめて、

泣きそうな顔で俯いた。


「…は、はい。ごめんなさい、先生」


小さな小さな声が、ノーラの口から毀れた。

それをみて、ラマエメも顔を歪めて泣きそうな顔になった。

その顔には、こんな風にするはずじゃなかったのにと描いてある。


ラマエメは何か言いかけたが、一瞬迷った後、呟くように謝った。


「すまない、ノーラ先生。今のは、……僕の、八つ当たりです」


ラマエメが、今更のように大きくため息をついた。


周囲も大きくため息を突きながら首を振った。

こりゃあ駄目だ。もう終わりだ。

心の声が傍観者の顔に現れていた。


「い、いぃえ、謝らないでくださいぃ。

 勝手に触れようとしたぁ私が悪いのですからぁ」


小さな声で謝罪を続けるノーラに、ラマエメはくしゃりと顔を歪めた。


リリリンとステラッドの登場を教える鈴の鳴る音がした。


「……ごめん。今日は、どうもおかしいんだ。先程の言動は、忘れてください。

 というより、あまり気にしないでくれると助かります。

 それより、ノーラ先生はもうすぐ授業だろう。

 ほら、東行きの青のステラッドが来る。あれに乗って学問所に早く帰りなさい。

 さあ、気を付けて行くんだよ」


ラマエメはノーラに目を合わさない様にして、その背中をとんと軽く押した。


ここでこのまま退場を促すとは、お前は馬鹿か!

誰しもがそう声をあげたくなった。だが、皆ぐっと我慢した。

自分達はただの傍観者だ。人の恋路に口を挟む権利はない。


ノーラは泣きそうな顔のまま、ラマエメから離れる様に、

背を向けてとぼとぼと歩き始めた。


その小さな背を、ラマエメはじっと見つめている。

強張った様な顔からは、なんらかの感情は読み取れない。


周囲は、やれやれと肩をすくめた。


だが、そんなラマエメの背中を叩く者がいた。

周囲にも、踏まれた本人にも忘れ去られていたようだが、踏んだ張本人である。

お尻の大きなマダムが、トントンとラマエメの背を叩き声を掛けた。


そのマダムは、俗にいう腰を強調するタイプのドレスを身にまとい、

何処かの国の上流社会のお金持ちと言った感じの服装だ。


「あのもし、そこの貴方。 本当にどこも痛いところはないんですの?

 もし、怪我でもされているようなら、私どもの店がすぐそこなので、

 よろしければ一緒にいらして下さいませんか。お怪我の原因は私ですもの。

 ぜひ、手当をさせてくださいませ」


そんな彼女が指さした店と言うのは、この国随一と本人が語る婦人服の専門店。

ピカピカと光るショウウインドウは太陽の光が反射して眩しい。

その中に燦然と輝くドレスは、

マダムが来ているものに良く似たスタイルのドレスだ。


振り返ったラマエメに向かって悠然と微笑むマダムは、

はっきりした異国風な派手目なお化粧を施した女性だ。


今まで目が行かなかったのが嘘のような存在感が彼女にはあった。


この国ではあまり見かけない異国のドレススタイルは、

このマダムに実に良く似合う。

姿勢も良く、周囲にも本人にも歩く広告塔として周知されている。


厚手の肩パットに、腰と胸を強調したスタイル。

ウエストの不自然な細さはコルセットを使用する為。

お色気もそこそこあり、ドレスが強調する大きなお尻と、

ぽってりとした唇が印象的な粋な女性だ。

年齢は、ラマエメより少し年上のはずだ。


「このようなところで、先程の御嬢さんよろしく、

 立ち話というのもなんですので、私の店にお出でなさいな。

 ね、色男のせ・ん・せ・い!」


陽気にほほ笑むマダムに、周囲のくすくすという笑い声が重なる。

 

その声で、ラマエメは周囲の視線に気づいたようだ。

周りを見渡しながら頭を掻いて、マダムに向かって苦笑し首を振った。


「いいえ。ご親切に有難うございます。ですが、本当に気にしないでください。

 考え事をしていて、前を十分に見ないでふらふらしていた、

 僕が悪いのですから」


だが、ちゃんと断っているラマエメの言葉が、

まるで聞えなかったかのように、マダムはその手を掴んで方向転換する。


「さあさ先生、一緒に行きましょうね。

 そこで、ちゃっちゃと手当を致しましょう。

 小さな怪我は万病の素と申しますわ。

 些細な傷でも朴っておいたら、私共の信用にかかわりますわ」


そういいながら、ずるずるとラマエメを引きずっていく。

どちらかというと小太り気味なラマエメの体が簡単に移動する。


彼を引きずるには、それ相当な筋力が必要になると思われる。


ええっとか、そんなっとか言いながらも、

ラマエメは、ずるずるとお店に連れて行かれた。


メイも呆気にとられたように、口を開けたままその様子を見ていた。


あれを問答無用で引きずっていくとは、随分な剛腕マダムだ。

周囲では鉄腕マダムと知られているのかもしれません。

ちょっと、見習いたいかもです。


そんな心の呟きを胸に秘め、メイがキョロキョロと周りを見渡すと、

周囲は、またやっているよと言わんばかりの生あったかい視線だ。


どうやら、今の状態は日常茶飯事の出来事に処理されたらしい。

マダムのすることに目を留める人はもう誰もいない。

皆、イベントが終わったとばかりに各自自分の作業に戻っていった。


いや、一人だけ例外がいた。


ラマエメの手を掴んで店に入るマダム。

それをみたノーラは、自らの手を抱きしめ今度こそ泣き出した。


自分の伸ばした手は振り払われたのに。

そんな悔しい想いが、その顔には如実に表れていた。


そしてその涙を隠すように、ノーラは真っ直ぐ下を向いたまま、

ステラッドの順番待ちの列に並んだ。つまりメイの後ろにだ。


ノーラは本当は走って帰りたかったのだが、

ラマエメの言いつけに従ってステラッドで帰る。

そんなところにも、刷り込みにもにた自分の猛進的な愛情が見え隠れして、

ノーラは涙が止まらなくなった。


メイは、ポケットからハンカチを取り出してノーラに差出した。


「ノーラ先生、これ、よかったらどうそ」


咄嗟に顔をあげたノーラの顔は、見事なまでに涙腺が壊れていた。

頬だけでなく顎を伝った涙の滝は、真っ赤な目を更に赤くしていた。

まるでウサギのようだ。


ウサギの目から落ちるキラキラした涙に、メイの心がずくんと痛んだ。


ラマエメの突然の変貌の原因は、

明らかにメイの言動にあると解っていたからだ。


メイのハンカチを手にぎゅうっと絞るように握りしめて、

ノーラは目の前に来たステラッドに飛び乗った。


「ごめんなさいぃ、マールぅ。でもぅ、今は一人にしてぇ」


気持ちが解るだけに、メイは黙ってノーラを見送った。


ノーラを極端に避けようとするラマエメ。

ノーラを意識し始めたことからくる拒絶反応なのか、

それとも、ノーラからのはっきりとした好意を意識して、

もっと拒絶することに決めたからの行動かのどちらかだ。


ラマエメの決定は、はたしてどっちなのか。

あの場面や表情を見ただけでは解らない。


メイは、一人で首を軽く振って思いを巡らした。


それにしてもタイミングが悪いと言うかなんというか。

話を振ってすぐにノーラ先生が現れたことで、

なんだかもっとややこしくなった気がします。


素直になれない大人の恋愛行動は本当に斜め上に行く。

先日の書架市場でのカップルのようには、簡単にいかないのだろう。

メイは肩にずっしりと責任という重みを感じていた。


人は、好きの感情だけでは動けない何かを、抱えているってことなんだろう。

恋心とは複雑に絡まった糸の様な物なのかもしれない。

遠ざかっていくステラッドを、黙って見送った。




ちなみにお尻の大きなマダムは以前にも登場してます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ