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箱をあけよう  作者: ひろりん
西大陸砂の国編
215/240

お茶会は楽しいです。

お久しぶりです。

今回はメイの話です。

私の前に道はある。私の後ろに道は出来る。


この台詞、もう何度となく使った気がしますね。

遠い目をするほどに古い過去ってわけではないが、

なんとなく懐かしく感じてつい一人笑ってしまいます。


私の足元にあるのは、相も変わらず白い白い遊歩道。


私は多分、いえ絶対、夢の中です。

今までの経験から、春海と過ごした夢の中の空間と似通っているので、

これもそうなのかと、なんとなく納得している状態です。


しかし、しかしですよ。

同じような空間でもなんとなく、いえ確実に違うなあって気がするのは、

やはり世界の管理者が春海でないことを、今ここで実感しているからです。


以前の竜宮堂古書店への道筋は、高い低いの標高の高低差はあれど、

全体的に緩やかな道って感じでした。

道幅もゆったり設計で、相対的に見て安心安全設計でした。

思えばあれは、春海なりに私を気遣ってくれていたんですね。

今初めて解りました。


なにしろ、私が今現在歩いている道は、安全設計とは決して言い難い道。

現実に考えた場合、建築基準はどうなっているんだとか、

安全対策をもっと具体的に組み入れるべきだとか、

外見だけで一概にすべてがそうと決めつけるべきではないとは思いますが、

一部の人が怒りそうなファンタジーな光景です。


春海の時では決して見られなかった光景ですよね。

ゆえに言いたい。これは私が初めて通る道ですと。


この話題の中心である問題の道の全体像を簡単に言い表しますと、

螺旋道路と言った方がいいと思います。

真ん中にぽっかりとドーナツの様な空洞が開いた支柱の無い細く長い道路が、

見事な規則正しい螺旋を描きながら、上へ上へと伸びている道です。


そして現在、私はその道路の中腹程度の所にいます。

なぜそこにいるかというと、もちろん登ったからです。私が。


目が覚めてふと気が付いたら、いつもの様に何もない空間に居ました。

そして、目の前に螺旋の道がおいでませと足元から伸びていました。

人間誰だって、そこに道があれば条件反射の様に登りますよね。

私だけではないはずです。


多分、きっと、希望系。


以前は道の先に春海と竜宮堂古書店があったので、

この先に晴嵐が待っていると予測できたので、よしっと気合いを入れて、

晴嵐に会いに行くため、もちろん登りました。

ただひたすらにてくてくと歩きました。

後先? 考えないでしょう、だって夢だし。


当初は、晴嵐の前に会った時の顔を思い出して、

少しは成長したかなあなんて、呑気に考えながら歩いていました。


ですが、上へ上へと伸びていく螺旋道路は道幅がやけに狭い。

足元をすり抜ける風が冷たくて、脚が次第に震えてきた。

夢なのに、私の夢なのに、恐怖感がじわじわと寄ってくる。


ええっと、怖さを軽減するには、何か違う事を考えるのがいいんだって、

何かで聞いたことがあります。

何か何か、あ、そうだ。


この道って、いわゆる螺旋階段ならぬ螺旋道路ってやつかしら。

高速道路のぐるぐる回る道と同じなのかな。

いや、あれはここまで急な勾配ではないから螺旋とは言わないかも。


でも、安全を考えて、この道にもガードレールならぬ、

せめて手摺があったらいいなと思う。

そう思ったら、直径3cm、高さ1m程度の棒がアスパラガスが生える様に、

規則正しく1m間隔で道に沿って並んで生えてきた。

細い蔓がシュルシュルと伸びて棒と棒を繋いだ。


あっという間に手摺の出来上がりです。

早い上手い安い、ではなくて、やはり夢だけあるのでしょう。

うん、便利ですね、夢。

繊細な蔦が絡み合う装飾過多なロココチックな出来ですが、確かに手摺です。

そして、手摺の天辺が、ぴかぴかと点滅し始めた。

光を放つ華美な装飾手摺は晴嵐の趣味なんでしょうか。

私は掴みやすくて安定性のいい手摺の方が安心なのですが、

夢であっても私の思うようにはならないようです。

疲れを感じながらも、一歩一歩前へと進んでいきました。

千里の道も一歩からですしね。


だけど、しばらくして後悔しました。

カースのいつものお説教が頭に浮かぶ。

「先を見据えて行動しなさいと何度言えば解るのですか!」


・・・懐かしいなあ。カースどうしているだろう。元気かなあ。

夢の中ですらこれだもんね。

私って、後悔先たたずを何度繰り返すのだろうか。

自分で自分にため息がつきたくなる。


何度も言う様ですが私は凡人中の凡人。

其れも弱者に筆頭する体力、知力の持ち主なのです。

平均的運動神経も反射神経もそこそこしか持ち合わせていないです。


ですが、止まって唸っていても始まりませんし道は終わりません。

私は何度も足を止めては休憩し、

しばらく休んだら仕方ないのでまた昇るを繰り返します。


くるくると上に伸びる道は、天高く伸びて、

まるで、某有名童話の豆の木の様な伸びっぷりです。


晴嵐はひょっとして高いところが好きなんでしょうか。

天空の宮の管理人って言ってたからそうなのかもしれません。


高いところが大好きな晴嵐には申し訳ないですが、

私の能力を見据えたうえで、改善を強く要求したいと思います。

せめて五階、いや三階建てくらいの高さで譲歩してくれないでしょうか。

ここは、痛切に願いたいところです。


そんなに嫌なら下りればいいではないか。

そう思うでしょう。ですが、帰るに帰れない切実な現状があります。

登り始めてから気が付いたのですが、

登ってきた道が尻切れトンボのように消えているのです。


くっ、なんて鬼畜使用。

疲れたから帰ろうなんて意見は論外だといわんばかり。

やめられない止まれないってこういうことを言うのですね。

そんなの、かっぱえびせOだけの特権にしておいてほしかったです。


冒頭の文句を言いなおします。

私の前にだけ道がある、でした。


何度恨みがましく見なおしても消えた道が戻るわけでなく、

止まっていても仕方ないので、ため息を時折つきながら、

疲れた体を引きずって、また前へと進みます。


足先がぶれて体がふらふらしてきた。

ちょっと休憩してもいいかな。いいよね。


道にお尻をぺたりと付けて蹲る。

疲れた~


俗にいう体育座りと言うやつですが、

誰も見ていないのをいいことにそのままです。

そういえば、以前にマーサさんの前で何気なく体育座りしたら、

笑顔で般若が降臨したのを思い出しました。

あれは怖かった。お城で時折囁かれるマーサさん最強説が頷ける事件でした。


マーサさん曰く、淑女たる者は生脚を決して見せずだそうです。

お手本の座り方を見せてもらったが、常にスカートの裾を意識して、

膝を折ったまま半中腰で上体は倒さずまっすぐ背を伸ばしたままで、

ふわりとお嬢様チックに優雅に可愛らしく座るのだ。

ちなみにお尻の下のハンカチ敷は必須だとか。


それは難易度がかなり高い上級者向けの座り方でした。

背中と脹脛の筋肉がぷるぷる震えて、今にも脚裏と背中が攣りそうでした。

ですが、まずはと教えてもらった通りハンカチ敷きをするために、

ポケットから金魚の手ぬぐいを出して、パンと勢いよく広げて、

草の上に敷こうとしようとしたら、

マーサさんの般若が鬼面にグレードアップした。


ハンカチは楚々と使う淑女の淑女たる必須アイテムなのに、

どこの親父手ぬぐい使用なのかと頭から湯気が出るくらいに怒られました。

こんなに可愛い金魚柄は親父は使わないと思いますと真面目に答えたら、

更に怒られ、頭を抱えてはあっと大袈裟にため息でした。何故でしょうね。

淑女の正しい座り方外出編は、まだまだ私は取得できない技なのです。


物思いはそのくらいにして、目的地を仰いで距離を測る。

まだまだありそうだ。気が遠くなる。


目的地の建物は、商店街の売出セールのごとくに、

看板が電光掲示板がピカピカ2色に光っています。

建物周辺には、ぐるぐると回るオレンジと白の光が点滅している。

まるでテレビで見る首都高の渋滞した画像のようです。


「ちょっと、そこでどうして車の光なわけ?」


うん?今の声は?


「声も覚えてないわけ?どんだけ頭が軽いんだよ」


えーと、その言い方と声から推測するに、もしかしなくても晴嵐ですか?


「そうだよ。やっぱり鈍いね。 僕に決まっているだろ。 

 それより、この芸術的な道を表す形容詞をよりによって、

 高速道路だなんて、他に言い方があるだろう。

 ルミナリエみたいだとか、クリスマスのイルミネーションみたいだとか」


ええっと、テレビで見たけどルミナリエとはちょっと違ったと思います。 

荘厳さとか繊細さが違うというか。

それに、クリスマスと言うには緑とか赤とか光が足らない気がします。


「ふん。所詮、アンタには僕の芸術センスが理解できないんだよ。

 聞いた僕が愚かだったよ。いいさ。 

 僕は!全く!気にしてないよ!

 ほら、そんなことより、ちんたらのんびりしてないで、

 早く上がってきたらどうなのさ」


いや、上がると言ってもまだまだ地上30階分はありそうなんですが。

道のりは遠いですよ。休憩しつつだから、今晩中に行きつけるかどうか。

次回に持越し、乞うご期待あれというのでは駄目でしょうか。

その時は3階建てくらいの高さまでと言うことでお願いできますか。


「嫌だよ。なんで次回なのさ。

 本当にめんどくさ、いや世話が焼ける。

 いいよ。そのままそこにいて。 今、迎えをやるから」


迎えをやる?


晴嵐の言っている意味が解らなくて首を傾げていたら、

上から白い光が落ちてきた。


白い光は私の目の前で突然コアラに変身した。


……なぜにコアラ。


突然出現したこのコアラは、熊ほどに大きい。

そのうえ、黒のお相撲さんのマワシしてる。

それがででんと目の前に座った形で鎮座していた。


でもこのお相撲コアラ、どこかで見たことがあるような無いような。

首をひねっていると、頭上から晴嵐の声がした。


「それに座って。早くしてよ」


は、はい。コアラさんの上に座る?のですね。

なんだか少しドキドキしますね。


お邪魔しまーすと心のなかで言って、ゆっくりコアラの膝に乗った。

あ、ここでコアラの毛並と言うものに触れた感想を言いたいと思います。

外側の毛(腕とか足とか)は剛毛に近いのに、

内側のお腹の毛の辺りは、上質な毛布のごとくに柔らかいのです。


うん。ちょっといいかも。

コアラはユーカリを食べるって言うけど、爽やかな香りがしていて臭くない。

グリーンノート系の心和む香りです。その上、高級毛布のような毛並。

癒されるっていうか和むというか。


なんて考えてちょっと平和的気分になり、油断しました。

肘置きであったコアラの両手が私を行き成り抱き込んだのです。

いや、抱き込んだと言う表現は生ぬるい。

羽交い絞めのように拘束されているというのが正しい。

コアラの両手が、がちんがちんと肩とお腹の所でがっちり固定された。


コアラ車は、別名拘束車でした。

それも超強力拘束。う、動けません。コアラさん、腕力強いです。

『その一瞬が命取り』どこかの交通安全キャンペーンの文句が頭に飛来しました。


行き成りコアラ椅子の円らな瞳が、かっと光りました。

そして、それはもう勢いよく走行しはじめました、

ジェットコースターの最高速度をいきなり叩きだした感じです。

これが車ならフェラーリかポルシェの最高速度かもしれない。


ひ、ひぎゃゃあああああ。


暴走車よろしくスピート重視のコアラ車でした。

安定感が全くないまま道路を勢いよく走って登る為、

拘束されていない私の足や首は時折斜めに振り切られるように振り回される。


ぐるぐると物凄い速さで螺旋道路を上っているコアラ車。

ガクンガクンと揺れる私の三半規管は、もはや虫の息。


目、目が廻る。耳がつーんと鳴ります。きんきんと耳鳴りが。

足先が冷たくて大変重たい。胃がせりあがる。


き、気持ち悪いです。吐きたい。


どんな船酔いにも負けなかった私が、こんなところでと悔しい気持ちは脳裏に過るけれど、今はそれどころではない。

だが、吐くわけにはいきません。ここで吐くと折角のコアラの毛並が汚れる。

……ではなくて、淑女希望者として、いえ、最低限の乙女の尊厳を守らなければ。


コアラ車の中で目を閉じて、襲ってくる吐き気にじっと耐えました。


さらに、空気が顔に当たって痛くて涙が出る。夢なのに。

目を開けていられない程の風圧に、下に流れるはずの涙は、空中に散布されました。今の私の顔は、乙女の尊厳?それって何?な顔をしているでしょう。

いつまで続くこの地獄。


宇宙飛行士がエンジン積んで物凄い速さで出立するときって、

こんな感じなのでしょうか。

宇宙飛行士に単純に憧れる子供がこれを体験すると、

確実に宇宙嫌いになるかもしれない苦行です。

安全設計に基づいたシートベルトやコクピットが必要です。


息も満足にできずに必死で目を瞑って絶えていると、やっと止まりました。

突然の急ブレーキです。

止まってすぐに、コアラの拘束がガキョンという音を響かせて一気に外れました。


その結果として言えることと言えば、もちろん私は前に投げ出されます。

それはもう勢いよく、ずしゃあと顔面から床に突っ込みました。

おそらく1m以上転んだと思います。


い、痛い。打ち付けた感覚と転んだ衝撃に頭がくらくらする。

シツコイようだが、夢なのに。

それに、たださえ低い鼻が、もっと低くなったらどうするのだ。

顔を押えて呻いていたら、私の後方で暴走コアラが、

そのままプシュウっと煙を上げてしまいました。


あ、壊れた。


・・・暴走コアラ車は無理しすぎだったのですよ。多分。

壊れた原因については無茶な暴走したためだと思われます。

ええっと、その、……私が重かったせいとかではないよね。


とりあえず、煙を上げているコアラに深呼吸をしながら目礼しました。

有難うございました。ご冥福を心よりお悔み申し上げます。

あれ? この場合は違ったかな? まあ、いいか。


気を取り直して、深呼吸です。

たどり着いた先の看板を見上げました。


それは、竜宮堂古書店ではありませんでした。

看板に描かれた文字は、『ファンシーショップ 天空』

白い地に青の文字と金の装飾。それに埋め込まれた電球の球。

電球の光は白色とオレンジ色。実に明るい、目に眩しい看板です。


「時間がないのに、何してんだよ。

 それにしてもドンくさいな、アンタ。思ってた以上だよ。

 さあ、遊んでないで早く入ってきなよ」


ドンくさいって、晴嵐は、口が悪すぎではないでしょうか。

あんまり正直な口は人を時として大変傷つけるのですよ。

気配りしましょうよ。解っていても、ぐっさり刺さります。

子供の内にしっかりと気を付けないと、素敵な大人になれませんよ。


文句をいろいろと言いたい気分ですが、ここに至るまでに大層疲れました。

ですので、ここは私が好きなココアとか梅こぶ茶などで疲れを癒したいところです。あ、畳とちゃぶ台とかあれば、足が延ばせるかも。


「ないよ。当り前でしょ。ファンシーショップなんだから!」


あら、そうなの。


ぽちっと店の自動ドアのスイッチを押すと、自動ドアがすうっと開き、

相も変わらずの美少年顔の少年晴嵐が仁王立ちしてました。


そしてそこには、更なるコアラが二匹。

金縁まわしの大きなコアラと先程のと同じ黒まわしの小さいコアラ。


ああそういえば、先ほどの壊れたコアラは、以前にここで見たんだったと、

やっと思い出しました。


「ほら、飲み物をちゃっちゃっと用意して。

 僕は怒っているから甘いものを希望する」


え、私が用意するの? なんで?

それに、怒ってるってなんで?


「砂糖たっぷりの紅茶がいいかな。クリーム乗せて。

 あ、お茶請けも甘い方がいいな。

 チョコレートケーキとかモンブランとかショートケーキでもいいよ」


そ、そんな。

ココアを飲もうと思っていたのですよ。

立浪ブレンドの特製ココア。

バン0ーのココアに負けない、まったりココアなのですよ。


甘さの中に、爽やかな苦みがうっすら入り、口の中で蕩けると、

シルクの様なとても滑らかなチョコレート顔負けの舌触り。

鼻に抜けるつんとしたカカオの純質な脂肪分が、

生クリームに負けない諄い甘さを引き出す。

あれは絶品中の絶品ココアなのです。

そこに甘さ控えめの特製クリームが浮いていて実に濃厚な味わいなのです。

時折焼いたマシュマロを乗せてくれるサービスもある強者中の強者メニュー。

冬季限定なのが悔やまれる一品なのです。

これを飲んだら他のココアを飲めなくなる。そんな幻の一品なのですよ。


「……じゃあ、それで。

 で、でも、ケーキは譲れないから。前は饅頭だったし。

 和菓子もいいと解ったけど、今度は絶対洋菓子の方がいい。

 ほら、よく耳にする有名パティシエ推薦のケーキ!」


あ、そうですね。

ココアにはガレットの様なクッキーもあいますけど、ケーキもいいですよね。

ですが、ケーキと言ったら、意外にチーズケーキも合うのですよ。

有名ホテルのパティシエが作ったチーズケーキもいいけど、

ここはがっつりレアチーズケーキがお勧めです。

私としては、某一部で有名なレアチーズケーキを押します。


以前に喫茶店で待ち合わせた友人が、

持ち込みで冷凍のままホールで買ってきて、

常連さんやマスターを巻き込んで皆で分けながら食べたあのケーキの美味しいこと。

爽やかなレモンの香りがふんわり漂う絶妙の乳製品の甘さ。

ナチュラルチーズをここまできめ細かく練れるのかと感嘆するほどの舌触り。

ラクレットを上回る目を瞠るほどに美味しい肌理の細かさ。

そして、うっすらと焼けた表面の焦げが鼻に抜ける香ばしさが、

全くもってたまらないことこの上ない。

レアチーズの台座に使われているクッキー生地が、

サクサクとしっとりの微妙なハーモニーの上、絶妙な塩分が舌に残って、

そのあと飲むココアを引き立てる。

このコンビの美味い事と言ったら比べようがないのですよ。


そこへ丁寧に煮詰めたオレンジのソースの酸味と甘みがアクセントになって、

口に入れた時に身悶えるくらいに美味しいのです。

友人はベリー系のソースが一番好きでしたが、

私はマーマレードを特製蜂蜜とかりんの水あめで煮溶かした、

あの絶品ソースが一番のお勧めです。


ごくっ。


「……じゃあ、それで」


はい。


返事をすると、キラキラの机の上にお勧めのココアとチーズケーキが現れた。

食器は見たことが無いファンシーな柄と形で高価そうであるが、

今の私にはそんなことを考える余裕は欠片もなかった。


鼻腔をくすぐる香ばしい香りを、思いっきり吸い込む。

甘い、どこまでも甘い鼻に抜ける芳醇な香り。


やっぱり疲れた体と心を癒すには甘味が一番ですよね。

糖分過多と言われようが、乙女の癒しに甘い物は必需品。

それが美味しい物であること限定だが、

これは文句なしに美味しい組み合わせなのです。


私はいそいそと可愛らしいカップを持ち上げてココアをこくり。

繊細な感じのきらきらフォークを持ちあげてチーズケーキをさくり。

ああ、至福。幸福。天国。ビバ楽園。


これよ、これがほしかったのです。


晴嵐はごくりと唾を飲み込んで、丁寧にフォークでさくり。

口に含んだ時、その衝撃は完全に見て取れた。

飲み込むのを忘れるくらいに何度も咀嚼している。


ふっふっふっふ。

美味しいでしょう。素晴らしいでしょう。

疲れが癒されるでしょう。


さあ、ココアも飲んでみて。

あ、ちゃんと台座の所のクッキー生地も一緒に食べるのですよ。

そっちの方が断然美味しいから。


晴嵐は目を見開いたまま、湯気が立つココアのカップを持ち上げてこくり。

大きな目が転げ落ちそうなくらいに驚いている。


「凄い。美味しい」


でしょう。よかった。気に入ってもらえてうれしいです。


この組み合わせは絶妙なのですよ。

冬季限定だと解っていても真夏でも注文したくなるほどの威力があるんです。

真冬の凍てついた寒さを一瞬で踏破するほどの破壊力。

溜まっていたストレスなんか綺麗さっぱり富士山の上に投げ捨てた感じです。

どっしりとした安定感溢れるこの甘味バランス。

これにはまるとなかなか抜け出せないんですよね~


ちょっと体重計が怖い組み合わせだけどね。

同じく常連さんの女性と一緒に笑いながらそう言って、至福の時を過ごしたのだ。

懐かしいですね~


まあ、ここでは夢だしね。

体重を気にせず、遠慮なく食べてもいいかも。


「ふうん。人間はというか女性は大変だね。

 でも僕は体重なんて気にしないから、さあ、もっと出していいよ。

なんなら机一杯に出してくれてもいいよ」


そんなに?糖尿まっしぐらだよ。

あ、でも夢だからいいのかな。

でも、私が出さなくても春海は勝手に出していたし、

同じ管理者なんだから晴嵐も出来るんじゃない?


「む、そうなのか? では遠慮なく」


そういって晴嵐が指揮者が指揮棒を振るように、

どこからかキラキラ光る棒を取り出して勢いよく振ったが、何も出なかった、


「出ないじゃないか!いや、それとも振り方が違うのか?」


晴嵐は上を向いたり下を向いたりと試しているが、

残念ながらケーキはおろかフォークさえも出てこなかった。


おかしいですね。確か春海はこうやって手を簡単に机の前で振ると、

ポンと出てきていたようなないような。


私が試しにしてみたら、ポンッと出てきた。

それもホカホカの焼き立てマシュマロが乗った別バージョンココアだ。


「な、なぜだ! 僕だと出てこないのに」


目を見開く晴嵐を前に、ちょっとだけ気持ち良くなって

更に手を振ると机の上にケーキのお代わりが現れた。

それも、レモンクリームソースがかかったクルミ入りレアチーズケーキだ。

これは秋限定のレアチーズケーキですね。ああ、これも美味しいのよね。

キャラメリゼしたクルミの香ばしさが台座のクッキーと一緒になって、

サックサクのコリコリで、チーズとレモンクリームの相性が誠に絶品なのである。


なるほど、自分で出来るとこうやって季節限定バージョンも楽しめるのですね。

いいことを覚えました。次回からはこうやって楽しみましょう。


あと最も寒い一月二月限定ででる、チョコレアチーズケーキも捨てがたい。

私も一度きりしか食べたことがない、まさに幻のケーキ。


ココアのタルト生地に生チョコとチーズクリームを層にして焼いた絶品。

とろりと舌の上でほどけるチョコの濃厚な甘さとさっぱりしたチーズクリームの絶妙なコンビネーション。ティラミスとは全く違う食感と鼻に抜けるココアのほろ苦さがチョコとチーズクリームの甘さを軽減させつつ旨さを引き出している。

これを例えるなら、そう、一口食べるとまさに天国の鐘。

あれだと、ミルクティーがあうのよね。


うんうんと頷いていると、

晴嵐がソファの端で小さくなって落ち込んでいた。


「くぅ、天空の貴公子と詠われた僕が力及ばないなんて」


まあまあ、そんなに落ち込まないで。

もっと大きくなったら、多分春海みたいに簡単に出来る様になるから、

気にしないでいいよ。ほら、一緒に食べよう。

こっちもスッゴク美味しいよ。


私はもう一度手を振った。カップは違えど現れたのは同じもの。

マシュマロココアにレモンチーズケーキ。

チョコバージョンは出なかったか、残念。

ほ~ら、美味しいよ~


「し、仕方ないな。アンタがそこまで言うなら食べてやろう」


私の方をチラちらっと落ち込みながらも見ていた晴嵐は、

新しい味覚の魅力に負けたらしい。

恥ずかしそうに顔を俯かせたまま、そっとフォークを手に取った。


そうそう、人間正直が一番です。

美味しい物は美味しい時に堪能しなくては。

ああ、それにしても美味しい物はいいですよね。


二人で向き合ってまったりと至福を満喫していたら、

一冊の冊子がどこからか唐突に現れて、晴嵐の頭にバサッと落ちた。


「わぁ、なんだ?」


晴嵐が払い落とすように無造作にその冊子を手に取り、そして目を見開いた。

晴嵐は、フォークを握ったまま一心不乱にその冊子を熟読し始めた。


外側は何も書いていないので詳しいことは解らないが、

ちらりと見えた中身は小さな字がぎっしり書いてあった。

なんだか、食事の際に新聞を読む親父のようですね。


ねえ、ココア冷めちゃうよ。

それ読むのは飲み終わってからでいいんじゃない。


「いや、ちょっと待て」


はあ、待てと言われれば大人しく待ちますが。


晴嵐は、真剣な顔で熱心にその冊子を読みふけってます。

お仕事関連かもしれないので邪魔はしませんが、会話が無いと悲しいです。


晴嵐はぶつぶつとその冊子を読みながら一人頷いていた。

そして、ぱたんと冊子を閉じると、くるりと私に向き直った。


「よし理解した。まずは仕事を済ませる。アンタは宝珠を出せ」


は?何、突然。


「早くしてよ。 ほら宝珠を出して」


ポケットから宝珠を出して、晴嵐に渡すと晴嵐は宝珠に小さな穴をあけて、

皮ひもに宝珠を通して私の手の上にぽんっと置いた。

紐は黒地に青と白のラインがうっすら入った素朴感あふれる代物。

銀の留め具に、太さは直径5mmぐらいの柔らかい紐です。

試しに引っ張ってみたら、みにょーんと伸びる。ゴム紐かな。


「ちょっと、遊ばないでよ。 いいから今すぐに首に掛けてみて」


急かされて留め具を外して首に掛けると、いい感じに馴染んだ気がする。

それに首が何だか軽く感じます。

肩こり防止の磁気ネックレスですか?


実に素っ気ないシンプルな皮紐ですが、柔らかいし重さを感じない。 

服の中に隠れて見えなくなるいい感じの長さで、付け心地はいい感じです。


「言っとくけど、デザインとかは僕の趣味じゃないからね。

 そんな無骨で質素でみすぼらしいのは、本当に見るのも嫌ってくらいに、

 反対したんだけど、アンタには似合っているからいいんじゃない」


そ、そうですか。

確かに無駄にデコデコが好きな晴嵐の趣味じゃないとは思いましたが。


「その紐はね、僕がものすごく頼んで、

 天と地と海の三神様が作った特注品だよ。

 大変な苦労をして作った稀に見ない合作だから」


神様が磁気ネックレスを?何で?


「あんたが宝珠をいつまでもポケットの中に入れとかない様にだよ。

 全く、その首輪にどれだけ僕が苦労したと思っているんだよ。

 もう一度言っておくけど、僕だから出来たんだからね。

 感謝してよね」

 

え、これ、首輪なんですか?

首輪って言われるとつけたくない気がします。

せめて、ネックレスですとか言ってくれればいいのに。

まあ、晴嵐は子供だから乙女心が解ってないんだろうね。


「子供じゃないって言ってんだろ」


胸元に視線を落とすと、木片の中に埋もれる感じで球が揺れていた。

紐は丈夫そうだし切れたり落ちたりしなさそうだ。うん、いい感じ。

お給料が入ったら皮ひもを買いに行こうと思っていたから丁度いい。


あ、でも、この紐に木片も一緒に下げられるかな。


「はあ? 駄目に決まってるだろ。そんなものと一緒にしないでよ」


だって、こんなにがらがらといろいろ掛けていると、

宝珠も傷がつくかもだし、紐が切れて落としちゃうかもしれないでしょう。

お風呂に入った時とか忘れちゃうかもしれないし、

それなら、一緒に掛けた方が楽だしいいかなって。

ほら、鍵とか纏めとくと絶対に失くさないって感じがするでしょう。


晴嵐は私の首の紐に手を当てて何か言葉を発し、皮紐がチカっと光った。

何?今の?


「よし、これでいいだろ。その紐は絶対に切れたり失くしたりしない。

 どうやってもアンタの首から離れない特殊機能付きにしたから」


光も気になるが、それよりも問題なのは先ほどの言葉。

特殊機能?離れないってことは、ピップエレOOンのように、

決して落とさない肩こり予防健康グッズということでしょうか。


とりあえずもう一度外してじっくり見ようかと思って、

くるくると回して、留め具を探したが見つからない。


あれ?

それならばと引っ張って首から離そうとしたら、

行き成りチョーカーの様に首に張り付いた。

ああ、なるほど、これが外したくても外れないってことなのね。


「この世界のどこにいてもアンタの波動を探すように設定してるから。

 これで万が一アンタが間抜けなことをしても、

 落としたり失くしたりしないし、誰かに取られる心配もない。

 そんじょそこらの刃物でも切れないから、頑丈だし。

 万が一、どこかの使徒の妨害があったりして強制的に剥ぎ取られても、

 何とかなるようにしといたから」


使徒?妨害?何それ?


「だから、問題ないって。この世界のどこにいてもアンタを追っていくからね」


つ、追跡機能付き。磁気ネックレスにホーミング機能付きだなんて。

便利と言ったら便利だけど、そこまでしなくても拾った方が解るように、

名前と連絡先を描いた物を付けるとかすればいいんじゃないかな。

拾った人は交番に届けてくださいとか。


それに、妨害って誰が何を妨害するの?

強制的に剥ぎ取るって随分物騒ですが。


「何言ってんの?この世界に交番なんてないよ。

 大体、アンタがうろちょろするから、おちおち遊んで、じゃない、

 僕の管理者としての仕事が出来ないんだよ。しっかりしてよ。

 いいかい?前任者が言ったかもしれないけど、

 人の世界に及ぼす僕たちの力は、全く足りていない。

 

 特に、この西大陸は全くと言っていいほどに無いよ。

 だから、僕の上司が昔からあちこちとテコ入れをしてきたけど、

 人って愚かだからさ、態々壊しちゃうんだよ。馬鹿だよね。

 その馬鹿さ加減に呆れて物も言えないって感じだけど、

 ほっとくわけにはいかないって上司は言うんだよ。

 で、しょうがないから、僕がアンタをここへ送ったの。

 わかった? で、本題。

 この国はともかく、今の砂漠の国はもっと神の力が及ばない。

 人の負の力が強すぎて、宝珠の軌跡が追えないんだ。

 だから、あっちに入ったら、この優秀な僕でも

 アンタの手助けは、欠片すら出来ないみたいなんだよ。


 でも、あそこをまずどうにかしてもらわないと困るって上司が言うんだ。

 まさに孤軍奮闘ってやつだよ、まぁ仕方ないよね。

 

 更に、馬鹿な使徒の成れの果てが馬鹿に輪をかけてアホな事をしようと

 する可能性があるって知らせがあったんだ。

 で、アンタがそれを無くすと僕の監督不行き届きってことになるらしい。

 なんでそうなるんだよと言いたいけど、これも宮仕えの苦労ってことだよね。

 そのためのバージョンアップさ。本当に感謝してよね。

 この僕が、ここまで気を使っているってことなんだから。

 

 それより砂漠の国に飛ばしたのに、なんで別の国に来てるのさ。

 ショッピングして、観光終わって帰ってきたら、

 アンタはどこに行ったか解らなくなっているし。

 居場所を探すのに本当に苦労したんだから。 優秀な僕に感謝してよね。

 

 万が一、死ぬほどの大怪我を追わせたら、減給されて降格じゃなくて、

 闇と光の神様に治癒の術発動を頼むのは、ちょっとメンドクサ、

 じゃなくて、ええっと、とにかく心配だから出来ればあまり怪我しないで。

 つまり、そのネックレスは君を監視じゃない、

 守る為に必要なんだから黙って付けといて」


はあ、そうなんですか。

あんまり晴嵐が早口でいうから、途中から聞き流してしまいました。

ココアもケーキも美味しいですしね。まったりするわ~


なんだかスルーしたらいけないことを沢山言った気がしますが、

気にしないことにしました。

だって、夢で言われたことを覚えていた事って殆どないし。

必要なら、頭の引き出しがどこかで開いてくれることを願いましょう。


それはともかく、大層な物を用意してくれて有難う。晴嵐。


晴嵐は腕を組んで満足したように頷いている。

子供が嬉しそうに笑っていると和みますよね。


「よし、これで前仕事の第一段階は完了だ」


そして、また先程の空から降ってきた冊子を広げて、ぶつぶつと言い始めた。

あれはお仕事カンペと言うものでしょうか。

そういえば晴嵐は管理者初心者ですものね。

しっかりマニュアルを読んで、頑張ってね。


私が3杯目のココアを堪能しながら飲んでいると、

晴嵐はようやく笑顔で冊子を閉じた。


「え~、コホン。静粛に! 良いですか? 座して心して聞くように」


座してってもう座っていますよ。


首を傾げたら、私の視界がゆらりと揺れた。

そして、段々とココアを持つ手が薄れていく。

ああ、起きる時間ですね。


「え?!ちょ、ちょっと待て!」


いや、待てと言われてもこればかりは私でも制御不能です。

それにしてもココアとチーズケーキは美味しかったですね。

お茶会は楽しかったよ。また一緒に食べようね。

次はチョコバージョンがいいかな。楽しみにしてるね。


それから、もう一度言うけどこの紐有難う。

これからもいろいろ迷惑かけるかもしれないけど、よろしくね~

じゃあ、時間だから行くね~


「ちょ、や、待てって、僕の仕事がまだ」


仕事?何かあるの?

私は消えつつある耳に手を当てて、聞く体制を取った。


「だ、な、ア、アンタはそんなに運がいい方じゃないんだよ」


は?耳をすませてみれば、嫌なこと言いますね。

そんなの言われなくても解ってますよ。

宝くじだって当たったこと一度もないですし、商店街のくじ引きでも、

ハズレか一番下のティッシュか束子ですし。

もういいですか?じゃあね。


「ああっ!待て、消えるなって言ってんだよ。

 ああ、なんだ、そうだ。ば、薔薇だ。覚えて置け。

 いいな」


ババラ? 腹? お腹痛いの?正露丸が腹痛にはよく聞くよ。

春海なら知っていると思うから聞いてみてね


そういえば、晴嵐はチーズケーキ3ついや4つ食べてたなあ。

ココアは2杯だけど。単純に考えて食べ過ぎかもしれないね。

子供の胃にはちょっと重たすぎるのかもしれませんね。


「子供じゃないって言ってんだろ。

 じゃなくて、あああああ」


落ち着いて、お腹痛いならトイレに行ったがいいよ。

ああ、私はもう殆ど消えちゃうね。

今度こそ、じゃあまたね、晴嵐。


「そうじゃない。待て、待てって言ってんだろ」


止める様に手を伸ばしたまま反対の手で頭を抱えた晴嵐は、

目の前でにこやかに笑って消えていくメイを、

混乱のままに見送った。


「まだ、他に伝えないといけないことが」


にこやかに別れの挨拶をしたメイは、

晴嵐が何か大切なことを言おうとしていたことにも、

全く気が付くことなく夢から覚めて行った。



それを後に、両者共に大層悔やむことになる。



晴嵐は、まだまだ未熟ですね~

ちなみに上空に居て苦笑している人がいたりします。

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