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箱をあけよう  作者: ひろりん
西大陸砂の国編
210/240

種をまく日。

お早うございます。

さあ、今日も元気に働きます。


今日の天気はと上を見上げると、ポンっと天気予報が頭に響きました。

(本日終日晴天。やや乾燥気味)


なるほど。

天気予報によると、本日も洗濯日和となりそうです。


この天気予報にも慣れてきましたね。

今までの神様の加護関連で、これが一番便利でお役立ちな能力かもしれません。


さて、何時もの服に着替えて顔を洗ってエプロンをしめて、

朝食の支度に取り掛かります。

倉庫の中の食材を見ながら献立を決めます。


本日の朝食の献立は、

ベーコンと野菜のナシェとテリエ茸のキッシュ、

チーズオムレツと野菜蒸しパンとトマトのスープ、

カルドシスのヨーグルトあえを用意しました。



今日の朝食はトムさんがよく朝食で出していたレシピです。

トムさん自慢のキッシュは外がかりっとしているのに、

食べたら中からとろっとしたベーコンと、

茸の旨みがたっぷり詰まったクリームに、

誰もが舌鼓を打つ絶品レシピです。

ですが、調味料が足らなかったので、これにコニスさん自慢のスパイスを加えてちょっと爽やか風味にしてみました。

まったりとした口当たりは無くなったけれど、すっきりとした感じになりました。


具材をスパイスと一緒に炒めてタルト生地の型に乗せて、

クリームを入れてオーブンで焼き上げるだけなのですが、

ここには、オーブンが無いんですよね。

なので、フライパンを代用しました。ちょっと時間はかかりますけど、

なかなかの出来です。


野菜の蒸しパンは二種類。

ほうれんそうのようなサシャレイとコーンを入れて蒸したものと、

サツマイモの様なファレンをサイコロ状にして蒸したもの。

ふかふか肉まんの様なパンが口当たりがいいので私は好きです。

私の腕では、時間がたつと生地が硬くなるのが難点ですが、

出来上がりはとってもふっくらで美味しいんですよね。

本当はパンプディングを作ろうと思っていましたが、

人数が増えたことでパンが足りないので断念しました。

いつか近いうちにまたつくろうと思います。


ふわふわ卵の中にサイの目に切ったチーズを包んでオムレツに。

トマトのスープは、先日安売りしていたドライトマトを水につけてもどし、

後に、ことことと掃除の間、ほぼ半日煮込んで、

冷暗所に置いて冷ましていた物に、

塩とハーブとクリーム、オリーブを入れた冷たい冷製スープです。

後は、デザートも兼ねて、口休めのさっぱりしたヨーグルト。

ヨーグルトの中には、干梨のようなカルドシスの砂糖漬けの細切れ。


オムレツを作っていたら、いつものように老師様が起きてきました。

そして、次いでカナンさん、ルカさんが起きてきました。


本日の朝食は、何時もより人数が多いのです。

昨夜、私の帰りが遅かったため、宿の夕食の時間に間に合わなくなったお二人に、

夕食をご馳走したのです。


そうすると、食べ過ぎて動けなくなった、もしくは帰るのが面倒になった等々との理由でお二方は塔に泊まることになったのです。


執務室の奥に小さな部屋があるそうで、お二人はどこからか簡易ベットとソファをその部屋に持ち込みました。

晩御飯を作っている時にがたがたと作業しているなと思いましたが、お泊りの支度だったのですね。

いつもと違う日常が目新しいのか、昨夜もお二人で部屋で遅くまでいろいろとお話をされていたらしいです。

でもなんだか楽しそうで、ちょっとした遠足気分というものなのかもしれません。



そういうわけで、本日は総員そろって朝からここに居るのです。


三人共まだ寝ぼけているようで、ボウッとしてます。

老師様はいつもの様な感じですが、

カナンさん、髪の毛が某アニメの009みたいに斜めに逆立ってます。

ルカさんは、前髪全部立ってます。おでこちゃん状態です。


寝起きって、人間の一番無防備な顔が見られる瞬間ですよね。

顔を洗った後、ルカさんが隣りに立つカナンさんの髪形にぷうっと吹きました。

それを見たカナンさんが、お前こそと言い合いになり、

狭い水場で言い争いが始まりそうになりましたが、

老師様の無言の制裁が落ちました。


「煩い!」


「ぎゃ」「ぐっ」


ちなみに老師様の手に本日握られていたのは、ミニ金盥でした。

あったんですね、ミニサイズ。


用が済んだので、老師様は床に金盥を投げ捨て、

クワンクワンと小気味のいい音が辺りに響きました。

あれで殴れば手は痛くない。確かにそうですね。


しかし、きらりと光る盥の背に、私の背中がぞくっとするのは何故でしょうか。

トラウマになっているのかもしれません。


朝食は別々でと言われたので、老師様の食事は何時もの様に寝室へ。

カナンさんとルカさんの食事は執務室へ運ぶように言われました。


老師様の部屋の丸机は昨日の様に綺麗に片付けて下さってましたから、

昨日と同じくカトラリーなどをさっさとセットして、

朝食を置いてきました。


老師様のいつもの朝食の量を見越して、

小さな籠に山盛りの蒸しパンと、キッシュも3切れ、

特大オムレツも用意しました。

オムレツの上には、レナードさん直伝の練りトマトピューレです。

スープを作る上で質量的に重く、鍋底に焦げ付きそうになった部分を取り出し、

油と酢とで練って練って、少しずつ丁寧に伸ばしたものです。

船で何度も仕込まれましたから、私でも時間が掛かるが問題なく作れる。


本当は、オムレツの上にお花の絵とか描けるケチャップがあればとは思いますが、これはこれで調味料として使い勝手がいいと思います。

肉にも魚にも干物にも合うし、日持ちする調味料ですからね。


トマトを煮詰めた上澄み部分はトマトスープに。

大き目の深皿によそってオムレツの横に置きます。


老師様が一口目のオムレツを食べるところまで見てから、

執務室へと二人の朝食をワゴンで運びます。


しかし、カナンさん達の朝食を持ってきたら、

執務室の脇の長机にも、やはり書類が塔になっていました。

これをどうするのでしょうと思っていたら、

ルカさんが、さくさくと書類を床に並べて長机の上が開きました。


床に並べられた書類を見ながらいいのかなと思っていたら、

ルカさんが笑って言いました。


「ああ、いいの、いいの。

 あれは、僕達のするべきじゃない仕事だから。

 むしろ、書類自体が紛失ってことになってほしいくらい邪魔だし」


カナンさんは、はあっとため息をつきます。


「老師様が有能だからと言って、官僚の仕事まで廻される筋合いはありません。

 それらの書類は、それぞれの代表者に突き返す予定の書類なのです」


はあ、大変なのですね。


「ただ返すだけにすればいいのに、カナンは全て目を通して、

 助言を添えたうえで担当部署返すから、奴ら甘えてるんだよ」


「仕方ないだろう。そのまま返したのでは、

 何度も同じ書類がやってくるのだから」


なるほどなるほど。


「だけどさあ、カナン。

 君、執政官ではなくて、研究者だろ。

 こんなことをしていたら研究の妨げになるだろう」


「まあ、それもそうだが」


ふむふむ。


「それでは、マニュアルを製作したらどうでしょう。

 ちゃんと書類を担当部署別けできる詳しいマニュアルを作れば、

 カナンさんの所に来る前に、そちらにまわされると思いますが」


私は机の上を拭いてカトラリーを並べ、朝食をセットします。


「えー、それこそ僕達の仕事じゃないよ。

 そんなのは、執政官や書類別け担当の子らが作るべきだろ」


御皿に、キッシュを取り分けて隣にオムレツを乗せて、

大き目の籠に残りの蒸しパンを全て乗せます。

トマトのスープを深皿にたっぷり入れて、

ヨーグルトを小さな器に入れてセットです。


「しかし、それが出来ないからこちらに廻ってくるのだ。

 マニュアルを作るのは確かに面倒だが、

 それで後々の作業が減ると考えれば、悪い話ではない。

 マールさん、とてもいい考えです。

 私の為に、有難うございます。」


それでも、あーだこーだと話を続ける二人の前でぱんっと手を叩きました。


「話はとりあえず置いておいて、朝食を食べませんか?

 冷めてしまいますので」


そういうと二人は大人しく長椅子に座って食事を食べ始めました。

一口目は普通にぱくっと口に入れましたが、二口目からは昼食時と同じように、

どこの欠食児童かと思われる食べっぷりでした。


「美味しいです。マールさん。

 こんなに美味しい朝食は久しぶりです。

 私は、毎日貴方のつくる朝食を食べたいです」


いや、大袈裟ですよ。これは普通の朝食です。


「僕達の下宿は食事がついてないからね。まあ、その分安いんだけど。

 夕食は頼めば用意してくれるんだけど別料金だし、

 その上、僕の所は美味しいとは言い難いね。

 寝に帰るだけの部屋だから、仕方ないと諦めているよ。

 

 朝は、態々食べにどこぞの食堂に寄るのが面倒で、

 買い置きの硬いパンと水で済ましちゃうんだよね。

 まあ、その分、昼食はしっかり食べるんだけどね」


ほう。

それに比べれば暖かい朝食は美味しいと言いたいわけですね。

了解しました。


大き目のマグカップに紅茶をコポコポと入れて二人の前に置くと、

老師様の部屋からベルがリリンとなりました。


お代わりでしょうか。

蒸しパンは無くなりましたが、キッシュはまだ多少残ってます。


ワゴンをきゅるきゅると動かしながら老師様の部屋にいくと、

御皿の上も籠の中もすべて綺麗に無くなっていました。


「おい、皿を下げて茶を入れてくれ。

 アイツらは食事をとったか?」


綺麗に食べてくれて本当に嬉しいです。

私は、笑顔で答えました。


「はい。先程、執務室の方に運びました。

 程無く終えられると思います」


御皿をワゴンに片付け、紅茶を入れて老師様の前に置きました。


「書類は、どのくらい残っていたか?」


どのくらいと言われて思い出したのが、カナンさんの執務机の上の塔と、

ルカさんの机の上の塔、そして、長机から床に降り分解された塔の計3つ。


「えーと、塔が3つくらいです」


「……そうか。

 おい、今日はお前にワシの実験の手伝いをしてもらう。

 カナン達の手が開くまで悠長に待っておれん。

 お前の様にどうしようもない手でも必要なのでな。

 食事を終えて片付けが終わったら声を掛けろ。

 その後は、ワシの指示に従え。いいな、マール」


実験の手伝いですか?

化学の実験みたいなものかな。


「はい。わかりました」




********



御皿をすべて回収し流しに置いてから私の食事です。

残ったキッシュとトマトスープと硬いバケットパンを一切れを、

温めの紅茶で流し込んで朝食を食べ終えました。

綺麗に御皿を洗って拭いてあらかた片付けた後、老師様の部屋をノックしました。


老師様は分厚い本を読んでいましたが、

私の姿を見ると手に持っていた本の一節を私に見せました。


「これは、東大陸の学者が書いたものだ。読めるか?」


本を受け取ってみたら、年季の入った手書きの写本。

印刷技術が発展し始めているのが、ごく最近。

それまでは当然の様に、手書きの一冊一冊違う本です。

だからすごく高価な代物です。

綺麗に書かれているけど、紙がバリバリに乾燥していて、

正直言うと、古くて破けそうで怖い。


書かれている内容は、雨、神、山、風、愛がなんちゃらと、

つらつら講釈を垂れているような感じですが、時折というか、

文章に必ず入る難しい単語の数々に打ちのめされました。


思い起こせば、私、東大陸の言葉ですら勉強中でした。

更に、絵が一つもないので、予測すらできません。

ここは、素直にわかりませんと言うべきでしょう。


「専門的な言葉が多くてわかりません。

 雨、風、神、愛などについていろいろと書かれているのは解りましたが」


「ふむ。要約すると、ここにはこう書いてある。

 高い山の頂に雲を作る神々の居わす聖域がある。

 神の力によってつくられた聖なる雲は大量の水を天へと運ぶ。

 風の神が雲を運び、定められた場所で雨を降らす。

 雲の量は神の采配によって決まり、雨の量も神の愛によって変わるとな」


はあ、なるほど。

神話っぽいですね。神さま頑張るって感じですね。


「ワシは神を信じておらん」


は?


「これは、神の名を借りた自然現象を模しただけだと、ワシは考えておる。

 つまり、標高の高い山の頂に雲が集まっているという現象だ。」


そうか、そういわれてみればそうともいえるかも。

全部が全部神様の仕事にしてしまうと、神様過労死してしまうからね。


「だが、マッカラ王国も高い山の頂に位置しているが、

 雲はまだ遥か上空を漂っている。

 塔は山の頂よりも更に高い位置にあるが、雲には届かない」


まあ、そうですね。

雲海は、ある条件をそろえないと見えないと思いますよ。

富士山の上とか。

それ以外で見えるといえば、一般的なもので冷却放射現象だっけ?


「そもそも、雨水は質量、体積どれを取ってみても重い。

 だが、一つの雨雲が含む雨水の量は時に膨大だ。

 それなのに、何故雲に乗る。何故空で浮くことが出来る。

 あの雲は一体何だ。

 一体どうやったら雲をつかむことが出来る。

 雲を人工的に作ることは可能なのか。

 それがワシの長年の研究だ」


老師様は拳を握って力説する。

そうですか、ご苦労様です。


「ふん。……笑わぬのか? それとも、呆れたか」


笑う?笑ったり呆れたりする要素あったっけ?


「いいえ。 私は、笑いませんし呆れもしません」


それにしても研究者って、いろんなことを考えるのですねとは思いましたが、

あまり物事を深く考えない私には決して真似できない頭が痛くなる仕事です。

尊敬すれども、呆れるなんて出来きませんよ。



「ふん。……しかし、お前は、批難もせぬのだな」


「は?」


益々なんのことだかわからなくて見上げると、

老師様が真剣な目でまっすぐ私を見つめている。


聞き間違いですか?今、批難って聞こえた。


「何を批難するのですか?」


私が首を傾げると、老師様は乱暴に本を閉じ、

聊か言い捨てる様に言い放った。


「研究者でない一般人は、ワシの今言った様な言葉には逐一眉を顰める。

 学者連中ですらワシの研究は神への冒涜といい、

 中には悪魔の所業だと言う者もいた。

 雲をつかむなどと滑稽夢想だと笑う者もいる」


ああ、そうですね。

私の世界でも研究者って魔女とか悪魔とか呼ばれて迫害された歴史がある。


真理を説いたソクラテスは投獄されたし、ガリレオは死ぬまで世論に苛められた。

人間の祖先は猿だといったダーウィンは、生涯教会から悪魔と罵られた。


そう考えると辛いよね。研究者って。


「老師様は研究者なのですから、

 不思議だと思うものを研究するのは当然かと思います」


「……そうか」


「はい」


私はしっかりと老師様の目を見つめながら頷く。

老師様は、私を見ながらぼそりと呟いた。


「……お前は、彼女と同じように答えるのだな」


彼女?

私が首を傾げると、老師様は髭を乱暴に撫でて、言葉を落とす。


「いや、いい。気にするな」


そうですか。

気にするなと言うからには、気にしないでいようと思います。


「ふん。 それでは、ワシの研究についてお前はどう思う。

 無駄なことだと、馬鹿馬鹿しいと思うか?」


研究って、雨の研究だよね。

砂漠で彷徨っていた時、雨が降らないかなって何度も思った。

砂漠があり雨季と乾季がある西大陸では、雨の有無って結構重要らしい。


そういえば、どこかの国で干ばつで苦しむ人々ってテレビで見た気がする。

ひび割れた大地のたった一つの井戸。

痩せ細った子供たちが、水を求めて毎日何キロも歩いて井戸へって話だったと思う。

考えれば、雨を自由自在に好きな時に振らせることが出来れば、

干ばつなんて災害はこの世から無くなる。それって夢のような話だ。

私の世界でもそんな発明品はどこにもない。


雨がいつ振るって私の世界の天気予報でもごく最近になって、

衛星写真とか天気図とかで解る様になったのに、それすらこちらでは解る筈がない。

雨の仕組みや雲について調べて雨を解析しようとする老師様の研究は、

とてつもない長く辛い道のりだと言えるだろう。


だけど、研究を続けて解ることが後に大きな発展に繋がることだってある。

それを無駄で片付けていいわけがない。


私は、必死で言葉を探して答えることに集中した。

久しぶりに脳みそをフル回転させているような気分だ。


「いいえ。 老師様の研究は決して馬鹿馬鹿しいことでも、

 無駄な事でもありません。

 未来に繋がる大きな意義を持つことだと思います」


老師様は髭をゆっくり櫛削る様に撫でる。


「ふん。 未来に繋がる大きな意義か」


「はい」


言葉があっているかどうか、ドキドキしながらも必死で言葉を探します。

ああ、今、私の脳にナポレオンの辞書が欲しい。切に願います。


「……ワシは、雲をつかむことが出来ると思うか?

 人が望む場所に雨を降らす方法は、夢物語で終わるかもしれぬ。

 我が研究は無駄な物で、ついぞ今生では叶わぬかもしれぬ。

 それを馬鹿馬鹿しいと世間は評価するだろう」


老師様の目の光がゆらりと揺れた。

そんな弱弱しい光は初めて見た。

流石の老師様も不安なんだろうか。


私はまっすぐに老師様と視線を合わせたまま、

ゆっくりと間違えないように話す。


「私にはわかりません。

 ですが、もし生きているうちに無理でも、老師様の研究が、

 もっと先の未来で後の研究者によって実現されるかもしれません。

 私は、研究者や学者と言うのは、後の世に種をまく職業だと思います」


「種をまく」


老師様がぼそりと復唱した。


「はい。農夫が種をまき収穫を得るまでに長い時間を必要とする様に、

 私は、学問や研究は、長い長い時間を必要とする種だと思います。

 時に、答となる実を結ぶのに膨大な時を必要とするからです。

 結果を伴わない今は、馬鹿馬鹿しく無駄な事と評価されるかもしれません。

 ですが、決して無駄な事ではありません。

 

 人は、何かを知りたいと思う心を決して無くさないからです。

 後世の学者の誰かが、老師様と同じく雲について知りたいと思い、

 雨を降らせる老師様の研究を引き継ぎ、それは後に実を結ぶかもしれません。

 老師様の研究は、後の世の世界の不思議を解き明かすための大事な種です」


ああ、もっとちゃんと説明したいのに、ハンカチを噛みしめたい気分です。

結果、言葉は半分以上東大陸の言葉での回答でした。

要学習と怒られるかもしれません。

でも、農夫って単語すら知らないし。


老師様がふっと笑った。


「ふん。言い得て妙な物だな」


う、やっぱり言葉尻が違ったかもしれない。巻き舌が足りなかったかな。

そもそも私の脳裏の単語数が少なすぎるのよね。

難しい単語が解らないと言うのが敗因だろう。

ところどころ東大陸の言葉が混じっているのも笑うしかないが、

老師様はそれに動じることもなく、怒るでも馬鹿にするでもなく、

そのまま内容をくみ取ってくれる。

老師様って、頭のいいだけでなく、人柄的に立派な人なんだと解って嬉しくなって老師様に向かってへらっと微笑んだ。


「だが、悪くない」


老師様がにっこりと笑ってます。口角が確かに上がってます。

今まで厳しい睨んだ様な瞳ばかりだったので、

この優しげな瞳にちょっとびっくりしました。


「……マール、お前は知りたいと思うものはあるか」


知りたいものですか?

もちろんありますよ。


「知りたいものは沢山あります。

 ですが今は、早く西大陸の言葉を覚えたいです。

 話すのもそうですが、出来れば読み書きも」


そうなんですよね。

今一番知りたいものは、言葉。

食材市場の本日のお買い得商品の看板が読みたいのです。

それに各お店にも、今が旬の食材は何かとか、

美味しい料理方法とかのレシピが並んでいるのですよ。


数字やお金の計算関連は何とか、見ているうちに予測が付きましたが、

食材やメニューと言った情報が人に読んでもらわないと手に入らないと言うのは、

台所を預かる立場として鑑みるに、大変不自由だ。


旬の食べ物は美味しいし安いしの二大看板なのですよ。

それを逃すなんて、なんてもったいない。

そういう意味でも、さっさと言葉を読んで書けるようになりたいのです。


「ふん。王立学問所に通いたいと言ったな」

 

そういえば昨日の夕食の時に言いましたね。


「はい」


老師様はさっと踵を返してベッドの上に転がっていた数枚の紙を取り、

机の上でさらさらと羽根ペンを動かして何やらサインをしました。

それを二つに折って、バサッと私の頭の上に乗せました。


「いいだろう。仕事を終えて夕の鐘が鳴るまで自由時間をやろう。

 夕食の支度に間に合うように帰って来ることが条件だが」


頭の上に乗せられた紙を受け取って見てみると、昨日ラマエメさんがくれた、

就学の為の雇用主の許可書と、在学中の保証人うんたらかんたらの書類。


雇用主の許可は老師様に貰って、保証人にはヤトお爺ちゃんか、

カナンさんにお願いしようと思っていました。


「え?いいのですか?」


すべての欄に老師様のサインが入ってます。

あ、費用負担の所にも老師様のサインが。


「ワシも昔、お前と同じように働きながら学校に通った。

 その時も同様に、雇用主に保証人になってもらった。

 ワシが受けた恩をお前が引き継ぐだけのことだ」


なるほど。

そういえば老師様って、王立学問所出身だってラマエメさん達は言っていたね。

老師様も働きながら学校に通っていたのか。

脳みその違いはあれど、苦学生って括りだね。

本当に、老師様は理解ある素敵な雇用主です。


「これも、お前の言葉でいう種をまく行為に当たるだろう。

 芽吹かせるには本人の努力が必要だが」


たしかに、学問の道に簡単な道など無いでしょう。

努力して、私のざるな脳みそがどこまで細密化するでしょうか。


週末だけ通うつもりでしたが、一気に時間が増えました。

お昼を取った後買い物に出て、そのついでに学校に行って、

夕食の支度が出来る様に帰ってくるという感じで行けるかもしれない。


「ただし、仕事の手は抜くな。

 少しでも仕事を怠けているのを見かけたら、すぐに止めさせる。

 憶えておくんだな」


「はい」


「ワシが、保証人になるのだ。

 勉強の方も手を抜くな。宿題もしっかりやることだ」


「はい」


嬉しくて飛び跳ねたい気分です。

こんなに優しくて寛容なご主人をもって本当に私は幸せ者です。


書類を胸に抱えて笑っていた私の頭に、老師様の手がポンと乗りました。


「宿題で解らないところがあれば言ってみろ。

 仕事を終えて、ワシが暇な時間なら教えてやる」


なんと。

その上、家庭教師まで。

本当になんて心の広い立派な方なのでしょう。

ラマエメさん達が神様の様に老師様を崇める気持ちがよくわかります。

私も拝みたくなってきました。


「はい。有難うございます」


勉強は得意ではないですが、ここはしっかり言葉を勉強して、

見事食材市場の看板をすべて読んで見せましょう。


しっかりと旬の食材を手に入れて、

この優しい素敵な老師様に、最高のご飯を作るのです。


今日から頑張りますよ。

 



学校に通うお許しが出ました。

なかなか話が進まなくてすいません。

あと少し、あと少しです。

まだ、全員そろってないのです。

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