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箱をあけよう  作者: ひろりん
第1章:船上編
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カースの過去とトラウマ

「カース、危ない!」



その言葉で、とっさに振り返った時には、

もう、ロープの索具が振りきれていて、

俺の肩と頭に当たった。

かろうじて、腕をあげて頭をかばったが

庇いきれなかった。


側頭部が切れて、血が湧き出す。

血が頭の形をなぞるように

下に流れた。



熱い痛みが頭と肩に襲い掛かり、

めまいに襲われた。


重心がおぼつかない。

頭が酷く重いものに

取って代わったようだった。


視界に入ったのは荒れ狂う海。


ああ、落ちる。


そう思った時、

腹部に衝撃を受けた。


息がつまり、

体の向きがその反動に引きずられた。


そして、床に転がったんだろう。


頭からの血の流れる向きが

下から横へ変わったのがわかった。



冷たい海水が頭に掛けられる。


それから、誰かに抱き締められている

そんな感触があった。



懐かしい感覚だ。



そんな風に、強く抱きしめられたのは

初めてじゃない。



決して、力自慢の男のような力ではない。


心の底からの力。


俺を守ろうとする力。




思い出したくない。


俺の人生でたった一つの望みを

失った時の事を。


















「やっと幸せになれる時がきたのよ。」


そう言って母は、

俺のことを力いっぱい抱きしめた。





母は子供の俺から見ても

細く華奢なひとだった。



世間一般の人たちからみれば、

俺の家は裕福だった。


違うのは父親がいないこと。



正確にはいないのでなく、

ここにはいないのだ。



父は外国の裕福な商人で、

年に数回、母のもとを訪れ、

お金を置いていなくなる。


母国には正妻がいた。

母は何人か目の妾だった。


母は豊かな金髪に青い目の

美しいひとだったが、

母はいつも悲しそうな顔をしていて、

世の中すべてを悲観していた。



自分の過去を振り返って、

幸せだった男爵令嬢だったころに

思いをはせ、懐かしみ、

涙に暮れた。



父に似た黒髪を持った

俺や5つ下の妹のミーナに

触れることすらなかった。


いつも、いつも

母は、2階の母の部屋から

窓の外ばかりを見ていた。



気晴らしにどこかへ行こうと

父や僕達が誘っても、

嬉しい顔すらしなかった。



次第に俺と妹は母にとって

いなくてよい存在なのだと

思うようになった。




そんな中、俺が10歳の時、

父の正妻が亡くなった。



父の数いる妾のなかで、

男の子を産んでいるのは母だけだった。

ので、俺を跡取りとするために

母を正妻に迎えることにしたと

父が告げた。



母は今まで見た事が無い笑顔で

父を、俺を抱きしめたのだ。



どんな形であれ、

親に抱きしめられて

嬉しいにきまってる。



俺は父の母国に母と妹と三人で

向かうことになった。



父は仕事で先に母国に帰り、

三ヶ月後の商船に客として

乗ることになった。



初めて乗った船は酷く揺れ、

母は船室から出てこれない日を

続けた。



俺と妹のミーナは船内を歩き、

船員達と交流をもった。


特に妹のミーナは好奇心が旺盛で、

物怖じしなく、誰とでも仲良くなった。



ミーナは船の旅も船員も大好きになり、

いつか船乗りになるのって

キラキラした目でカースに言っていた。


女の子は船乗りになれないよって

いっても、聞かなかった。



頑固なとこは誰に似たのか、

父譲りの黒い目をキラキラさせて

夢を語っていた。



「いつか父様みたいに船で世界中を

 まわれるようになったら、

 ミーナも母様に抱きしめてもらえるのよ。」


ミーナは、母に抱きしめて貰った俺を

酷くうらやましがっていたから、

自分なりに考えたのだろう。



父の母国に行き、

母が幸せになれば、

ミーナも抱きしめてもらえる日が

きっとくるだろう。



「兄様、一緒に船で回ろうね。」



そう、思って、適当に相槌を打っていた。



「そうだな。」


「約束だよ! いつか、

 父様のように世界中をまわるの、一緒にね!」


ミーナの頭をなでながら、

早く、そんな日が来ればいいと

思っていた。








船にのって、10日後、

船は海賊の襲撃を受けた。



積荷は奪われ、仲良かった船員は殺され、

船は沈められた。

母とミーナと俺は父に身代金を

要求するため海賊船に残された。




父は俺の分の身代金しか用意しなかった。


その上、身柄の受け渡しの時に、

父は海軍に通報していた。



その結果、母は海賊達に辱められ、

泣き喚くミーナは海賊達に

首を絞められ、遺体は海に投げ捨てられた。



怒りに悲しみに頭が沸騰していた。

舌を噛み切ろうにも、

猿轡をされていて出来なかった。


母を苦しめ、ミーナを殺した海賊に

一矢報いたくても、出来ない自分の幼さが

悔しく、もどかしかった。


そして、身代金を払わなかった父にも

のこのこ正面からやってきた

海軍の馬鹿どもに腹をたて、憎しみを覚えた。



海軍の攻撃によって、

父が軍に知らせたことを知った海賊は

俺を人質としての価値なしと見限って

俺の上に剣を振り下ろした。



殺される。


そう、思った時、俺の体は温かい何かで

かばわれていた。

それは、強い力で俺の体を抱きしめ、

決して離さないって感情か伝わってきた。

海賊の剣を振り下ろされる度に、

衝撃が伝わってきた。


「ぐぅ。」


頭のすぐ上でくぐもった声がした。


血の匂いがして、

俺の目を顔を覆っている

誰かの体から苦しげな声が幾度も

聞こえた。

それでも、俺を抱きしめる体の力は

緩まなかった。




海軍が、海賊船に乗り込んできて、

剣を振るっていた海賊が討たれ、

目の前の影が俺の体の拘束を解いた。


ずるっと倒れる体。


それは俺の母だった。



猿轡と縄をはずしてもらい、

息絶え絶えの母の手を握って

母に声を掛けた。



母は何故、俺を庇った。


解らなかった。

自分の感情か渦をまいて、混乱していた。



「母様、何故?」



母は今までに無いくらいに美しく笑った。



「カース、良かった。」



そういって微笑んだ。

そして、そのまま息を引き取った。


いままでに見た事が無いほど

美しい、すがすがしい笑顔だった。



自分の感情が自分でも解らなかった。

でも、母は俺を最後に見てくれた。

あの笑顔が忘れられなかった。






あれから、父の生家に引き取られ、

跡取りとして育てられた。


母のことを悪く言われないため、

一生懸命努力した。


生来の気質と勉強することは嫌いではなかった為

次第に、周りにも父親にも跡取りとして認められた。


だが、母をミーナを見捨てた父との確執は

取り除くことは出来なかった。


父は別の後妻を迎え、

その後妻との間に

男の子が生まれた。



後妻は俺を疎ましく思い、

父を言い含め、

俺を家から追い出した。



生活に十分な金銭の保証はされたものの、

これからどうしようと

思っていた時に、

幼馴染のレヴィウスに声を掛けられた。


「船乗りになって、俺の船に乗らないか。」



(船乗り)それはミーナが何度も口にしていた

ミーナの憧れの職業。



レヴィウスの家は代々軍人だが、

レヴィウスは妾腹のため、

軍には入らない。

父親から餞別に船を造らしたそうだった。


レヴィウスは、代行商船のようなものを考えているらしかった。


幾人かの商人の依頼を受けて、

荷を運ぶ、運輸業のようなもの。


代行商船は他にも沢山あるが、

レヴィウスが考えているのは

海軍にも海賊にも負けない

強い商船だった。



船乗りは気が荒いものが多いが、

戦闘を生業にしてる海軍や

海賊にはかなわない。



それをレヴィウス自らが餞別した

戦える人をスカウトして、

船内の仕事をそれぞれ割り振って

覚えさせた。



俺も剣は使える。

子供の頃の出来事から

自分の身を守るために必要だと

思うから習得した。


それに、商人に必要な読み書きから、

計算、書類仕事、人との交渉術、

そして、航海士としての知識を備えていた。



一緒に船に乗って、世界を廻ろう。

そんなミーナの言葉が頭にふと蘇った。


これは運命なのかも知れない。


そう思ってレヴィウスの船に乗った。


航海は大変だったけど、毎日が楽しかった。

だけど、船に乗ってからある種の焦燥感が

ずっと付きまとっていた。


あの時の自分の決定を後悔したことなどないし、

毎日の生活は充実していた。が、

この気持ちは消えることは無かった。




だけど、あの日。


得体の知れない少女を拾った。


ミーナと同じくらいの年の

ミーナと同じ黒髪に黒い瞳。


顔立ちは似ていない。


けれども、ミーナと同じような屈託のない笑顔

それを見ていて、苛ついた。



視界にいれることすら

鬱陶しかった。



それなのに、レヴィウスは船員として

彼女を使い始めた。



いらいらした。



そんな時、いつも首から提げていた

母の形見のペンダントが

なくなっていたことに気がついた。


服を洗濯籠に入れるときに一緒に

入ったのかも知れない。

そう思って、雑用部屋に行ったら、

彼女がいて、俺のペンダントを手に持っていた。



俺の彼女に対する悪感情が爆発して、

口から出るに任せて、彼女に酷い

暴言を吐き、首を絞めた。


ミーナは船員になれなかった。

海賊に殺された。



それなのに、何故、ミーナに似たお前が

この船に乗って、生きて、俺の前にいるんだ!



苦しんでいる彼女の顔が

海賊に首を絞められて死んだミーナの

顔と重なった。



兄様!



ミーナの叫ぶ声が聞こえた。



自分の体は血まみれで母が

俺の足元で血を流して、海賊に剣を突きたてられていた。



何度も何度も見た夢。



いつも自分は助けられない。




でも、今回の夢は違った。



成長したミーナが俺を抱きしめて、


「大丈夫だよ。」って


言った。


強い力、母とは違う、でも似た感じの

俺を思ってくれている感情が伝わってくる抱擁。



根拠などどこにも無い。

でも、ミーナの大丈夫の言葉に

体の力が抜けた。



その後、ミーナが水を飲ませてくれた。


喉が渇いていたので、

とても美味しかった。



その水が、喉から体に染み渡り、

以前からあった焦燥感や

苛立ちのしこりのようなものが

溶けていった。



体の重荷が少し軽くなった感じがした。




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