黄金のリンゴを掴みとれ。
ラドーラの領主館、出発前夜のレヴィウス達のお話です。
ラドーラ領主の体調は、レヴィウス達と対話した日を境に格段と悪くなっていた。
あれから数日しか経たないのに、今や領主は1日中ベッドの中で過ごす状態だ。
病で所々脱色した肌は、血管が透けるほどに白い。
吐く息には力なく、呼吸音も深くて細い。
だが、人間気力があれば大抵の無茶は効くのだろう。
1日の半分は意識が無く寝たきりの状態でも、領主は自らの責務を果たす為に、
今にも崩れそうな体を酷使する。
砂漠病は痛みはさほどないとはいえ、
体から少しずつ確実に何かが削れていくのを自ら体感する病気である。
今日出来たことが明日は出来なくなる。
未来が狭まっていく足音を聴くことは、元が病弱な人間ならいざ知らず、
頑強さで知られた鋼の異名を持つ領主であれば、
その喪失感は人一倍大きいはずだが、それをおくびにも出さない。
前を見据える意思を持つ強い瞳に病による気弱さや陰りはない。
鋼の異名が実はその体躯を示していただけでなく、
彼の頑強な精神力にあったのだろうと誰もが感心するばかりだった。
朝方の気分のいい時間から、体を休めながらも夕刻まで、
ラドーラの領主としての仕事をこなしつつ、
レヴィウス達へ持たせる手紙や書類など、全てにおいて完璧にこなした。
手紙は、領主の甥宛てと、甥を面倒見ている世話役の人間宛てと2通。
そして、大神殿神官長への手紙と大神殿奥の院にいる巫女姫への手紙。
マッカラ王国のマサラティ老師宛ての手紙。
それに、もしもの時の彼らの身分証明としての推薦状を2通。
マッカラ王国出入国の手続きに必要な書類もすべてそろった。
時間がかかったのは、彼等のこれからの旅に、というか領主の要請に、
もう一つどうしても必要なものがあったからだ。
だが、なんとか用意出来た。
それは、砂の一族の長老を通して手に入れた砂の一族の友好の印。
砂の花と呼ばれる黄水晶の結晶を砕いて染めた黄色い布。
染める工程に特殊な過程が必要で、砂の一族の秘匿とされている珍しい布。
それゆえ、これは砂の一族と彼らが認めた者達だけが持つことが出来る特殊な布だった。
日の光を程よく遮断し、月の光の下ではきらきらと光る。
舞い上がる砂を寄せ付けず、頑強で破れにくく水さえ弾く優れた布だ。
特殊な織り方で出来ている布地は、実は鋏を入れることが出来ないくらいに頑丈だ。
糸も特殊らしく大量生産は出来ないが、長く使える便利な布である。
その布を首元に巻き付けて砂漠を我が庭のように闊歩する民が、
砂漠の民であり砂の一族だ。
西大陸はその国土の20%が砂漠で占めている。
それ所以に砂漠の民の駆け抜ける範囲は驚くほど広大である。
砂漠の民は、砂漠の全てを知っていて砂漠で生き砂漠で死ぬ。
彼等の生活習慣、考え方の基本全てが砂漠であり、
その力強い武力と生命力は圧倒的強さを持ってして周辺国に知られている。
幾つか集落をつくり砂漠で暮らす人々を総称して砂漠の民と呼ぶが、
彼等全てが砂の一族と言うわけではない。
その実は、西の砂漠の民と東の砂漠の民の二部族のみが砂の一族と呼ばれるのだ。
砂の一族は決して権力に阿らない。
そして、理不尽な要求に対しては徹底的に力で粉砕する。
過去数度もラドーラの一族が得た様に、
権力者たちが砂の一族を囲い込もうと画策するも、
全て圧倒的強さを持ってして排除され、
懺悔の一言も言えない内に根絶やしされていることは、
この国の、いや、どの国の人間でも西大陸の人間ならば知っている。
その経験と歴史から学んだ教訓として今もなお西大陸全体に語り継がれている。
曰く、砂の一族には決して手を出すなである。
手を出したら最後、血筋一滴すら残らないくらいに排除されるからである。
西の砂の一族はラドーラの一族と血に刻まれた深い係わりを持つとはいえ、
砂の一族としての矜持は東の一族に負けないくらいに高い。
そのことを知らない人間は西大陸には誰一人居ない。
今のこの国の状況では、王権が定かでない以上、
神殿か砂の一族の後見が最も確かな力であった。
特に、力に特化した邪な考えを持つ連中にとって、
砂の一族は出来れば避けて通りたい代表格である。
この布が、目が見える害虫を減らす効果をもたらすことは安易に予測できる。
それを、領主が砂の一族の長老に頼み込んで手に入れてくれたのだ。
執事の青年が、旅中で何かあった時にこの布を見せれば、
どの砂漠の民も門を快く開くと教えてくれた。
マッカラ王国から、月の大神殿までは砂漠越えをしなくていけない。
その時に砂漠で盗賊などに襲われない為の保険も兼ねて、
あって助かりこそすれ絶対に困らない印籠の様な物だ。
ちなみに、ヤト爺が何時も身に着けている黄色い布がそれである。
カレーの様な黄色い汁物を食べた後に、、
その布でヤト爺がメイの口元を拭いてくれたことがあった。
メイは、元の色が黄色ならシミが目立たなくなっていいな、
くらいにしか思っていなかったが、実はそれなりに大層な代物なのである。
話が逸れたが、元の話に戻そう。
慌ただしいことこの上なかったが、書類も必要な物もすべて揃い、
マッカラ王国への案内人も信頼できる砂の一族を彼等に引き合わせた。
レヴィウス達の希望の3日以内には出発できなかったが、
誤差が2日の5日目出発ならば、許容範囲内であった。
出発の支度が整い、明日の朝は出立と言う前夜。
領主が、前祝とばかりに彼が持つ最高の酒と夕食をレヴィウス達に振舞った。
昔話に花が咲き、領主もレヴィウスらも、大いに飲み食い笑った。
特に、領主たちの逃避行の裏にあったゼノの狸捕獲作戦は、
今まで知らなかっただけに大いに驚き心地よく酔った。
狸捕獲作戦というのは、ラドーラの領主、若かりしシャールが、
求婚したリモーネを無事に連れ出すためのゼノが立てた作戦であった。
リモーネの狸な家族に問題があり、あわや売られてしまうところを、
ゼノの奇策がリモーネとシャールを助けたのである。
そして、両者手に手を取っての逃走となる。
これが、後に有名な芝居の元となる「愛の逃避行」と呼ばれた、
彼等の恋物語である。その芝居の元となったのは、実は新聞であった。
当時の新聞は、それはもう面白がっていろいろ書きたてた。
その当時の新聞も領主はしっかりと保管してあり、面白そうに見せてくれた。
劇画タッチの素晴らしい絵が一面を飾っていて、見事と言うほかない。
ちなみに、手紙と新聞を送って後の詳細を知らせてくれたのは、
リモーネの親友でもあったレヴィウスの母である。
彼女もリモーネを逃がすために、体を張ってゼノと共に活躍したらしい。
芝居では、シャールに味方するイルベリー国の貴族が手助けして、
群れる求婚者や悪役を見事叩きのめして、ラドーラへの逃避行。
彼等はラドーラに着き、ハッピーエンドとしかなっていない。
まさかゼノや母が関わっているとも思っていなかったレヴィウス達は、
改めて楽しい話に声を上げて陽気に笑った。
ひとしきり笑った後、領主は再度目の前の二人の友人を改めて見据えた。
その瞳には揺るがない確かな信頼が見え、
レヴィウスとカースもそれに応える様にただ頷いた。
「楽しい話を有難うございます、領主殿。
我々も誠心誠意で事に当たることを誓いましょう」
「有難う。君達の友情には深く感謝している。
私はこの命尽きるまで、君達への友情を胸に刻もう」
お互いの目に灯る信頼の光を、双方ともに心地よく受け取っていた。
「ところで、出立する前に人探しの件についてもお話しておきたいのですが、
よろしいでしょうか」
そのカースの言葉に領主も頷く。
「ああ。もちろんだ。 君達は誰を探している」
「探しているのは私の妹です。
黒髪に黒い目で年齢は17歳。名前はメイと言います」
カースは胸元から、一枚の紙を取り出した。
三つ折りに畳まれた紙をゆっくり開き、その表面を優しい瞳で一瞥したのち、
領主に向けて渡した。
「君に妹がいたとはな。初めて知ったよ」
領主はその紙を受け取って、描かれている絵姿をじっと見た。
見た感じは素朴な印象がぬぐえない小さな女の子。
目鼻顔立ち、どこを取ってもカースと似たところなど、黒髪以外に見当たらない。
「私の本当の妹ではありませんが、妹のようなものなのです。
私達の船医セランの娘です」
その言葉を聞いて、領主は考える様に眉を顰めた。
「ふむ、船医かね。
黒髪に黒い目なら、ベツラムかチェナン辺りの出身なのか?」
「いえ、違います。
もしかしたらベツラムの周辺国のカッツアに、
彼の亡くなった妻の親類縁者がいたかもしれませんが、
彼自身も娘もベツラムにもカッツアにも住んだこともないはずです」
ベツラムとチェナン。
この二国は西大陸の中央部の国で、現在紛争地帯となっている。
その為、多くの流浪民が戦火を逃れて諸国を彷徨っていた。
そんな流浪民が異国でまともな職にありつけるはずもなく、
結果として、犯罪に手を染めるか奴隷に落ちるかしかないのが現状だ。
そして、戦争ばかりする国民はとかく力に重点を置いて生活を送ることが多い。
つまり、喧嘩が絶えない堪え性が無い後先を考えないの、
3無いの問題多き民は、周辺各国でも多くの問題を引き起こし悩みの種となっている。
ラドーラ領主としては、そんな国の民を警戒しないはずがない。
「そうか。わかった。
だが、君達が態々娘を探すのに、親は何もしないのか?」
責任感が強い彼らのことだ。船医の家族は自らの家族と言い切って
義務感で引き受けたに違いないと領主は推測した。
「我々が探しに行くことを望んだのです。
本人も探しに行きたがっておりましたが、無理に船に置いてきたのです。
冷静にならなければいけない場合もあるでしょうから」
それは、最悪の場合を目にした場合と言う事だろうか。
行方不明の年頃の娘。
確かにその条件だけ聞いて推測するに、
正直、五体満足無事でいる可能性はとても低い。
だが、女性であれば、最悪の場合でも生きている可能性はある。
つまり、性奴隷や娼館などで働いている可能性ということだ。
それは確かに娘を愛する親ならば、冷静でなどいられないだろう。
「そうか。最悪の場合でも君達なら冷静に対処できるということか。
だが、はっきり言っておこう。 それしきの感情では人探しなど、
到底できはしないと言うことを心得ていた方がよい。
人探しというのは砂漠の中で一粒の砂を拾い上げる様な物だ。
特にこの国近辺は奴隷の売買が国の収益をして認められていることから、
見つかる可能性は殆ど無い。
売られた女性は外部には決して流れん。
病にかかるか、死にでもしない限り、日の目を見ることはないのが現状だ。
私の伝手を持って精一杯探してみるが、見つかる可能性は極めて低い。
まして一月以内になどありえん話だ。
気の毒な話だが、それが現実だ。
素直に諦めるよう勧めた方が彼の、いや君達の為かもしれん」
領主は言いにくい真実をずばりと言ってのける。
だが、彼の言葉は経験から来たもので、決して想像の産物ではない。
レヴィウス達は解っているはずだ。
なにしろ、彼は彼の甥を探す為におよそ12年の歳月を費やしたのだから。
だからこその重き忠告にカースの顔に暗い影が落ちる。
「レヴィウス、カース、酷なことを言うようだが、
この国で、君達の求める探し人が見つかるのは奇跡に近い。
私は最大限に協力するつもりだが、覚悟をしておいた方がいい」
ここで諦められるようなら諦めた方が彼等の為にもなるはずだ。
領主はそう思って彼らにあえて辛辣な現実を話した。
「メイを、諦めるなんて出来ません。
彼女は大切な、大切な光なのです」
逆らう言葉に力が抜けていく。
カースは唇を噛んだまま領主の言葉を聞いていた。
確かに領主の言っていることは正しい。
言葉を無くしたカースの動揺を切り伏せる様に、
レヴィウスがまっすぐに領主をみて告げた。
「領主殿、彼女を見つける為に奇跡が必要なら、
俺たちの手でその奇跡を引き寄せる。
誰に何と言われようとも、俺達は、いや、俺は彼女を諦めることはない」
レヴィウスのその言葉に、その強い瞳に領主の眉が怯む。
その瞳の強さに、義務感や責任感以外の強い感情を見つけたからだ。
瞳から毀れるのは、誰かを恋い焦がれる様な熱い想い。
嘗ての自分が最愛の妻リモーネに抱いた物と同じ想い。
「レヴィウス、もしやその彼女は君にとって特別な存在なのか」
まかり間違えば子供にしか見えない小さな女性。
紙に描かれたのは、何の変哲もない平凡な容姿。
だが、人間は紙の上の容姿に心を打たれるわけではない。
「そうだ、彼女は俺の心臓だ。彼女の運命は必ず俺と共にある」
単純だが率直な返答に領主の脳が、一瞬思考を停止する。
いつも飄々としていて誰にも心の奥底を見せない、
孤高にして気高き男だと思っていたが、
その男がここまで1人の女性を想うのかと、感動にも似た思いが湧きあがる。
だが、そこは人生経験豊富なラドーラの鋼のシャールである。
一切の表情を変えず、ただ顎に手を当て短い顎髭を撫でる様にして、
自分の呼吸を整え声を絞り出す。
「……そうか」
愛しい相手を求める焦がれる様な視線。
あれは、かつて自分が妻に出会い梱る様に縋った時と同じ。
領主はあの視線を持つ意味を自分の身を持って知っていた。
「では、私もその軌跡を期待することとしよう」
領主に返せる言葉はもはやその言葉しか残っていなかった。
そして、神に祈った。
願わくば、彼の思い人が無事でありますように。
彼が彼女を見つける軌跡を起こしたまえと。
領主は冷たくなった紅茶を飲みほし、脇に控える執事に視線を向ける。
執事は、阿吽の呼吸のごとくに暖かい紅茶を入れた新しいカップを差し出した。
いつもと同じ。
ふわりと暖かく香ばしい香りだった。
*********
しばらくなんの変哲もない話をしたのち、いつの間にか姿を消していた執事が
部屋に帰ってきた。
そして、主人である領主の耳に、小さな声で耳打ちする。
それを受けて領主も頷き、困ったように顔を顰めながら説明した。
「息子の帰還はどうやら明日の正午過ぎになるようだ。
やれやれ、君達とはすれ違いになるな」
レヴィウスは口に運んだカップを降ろしながら、軽く目を伏せた。
「すれ違いだな。仕方ない」
レヴィウスの口調から少し残念だと思っているのが解ったので、
カースは、間を持たせるように苦笑した。
グレンはレヴィウスにとって本当に可愛い後輩なのだから。
「そうですか。まあ、此度会えないのは残念ですが、
この国にいる間に会うこともあるでしょう。
ところで、彼は長く家を空けていたのですか?」
カースの問いに、領主は頷いた。
「マッカラ王国にいるグレンの友人の頼みで砂漠に出ていたんだ。
まあ、その前から砂漠の調査もあり、家にいなかった期間は2月程だな。
グレンの命を狙っていた奴らもいたからあえて砂漠へ追いやった。
砂漠に愛された民を従えたグレンに、奴らは手出しできないからな」
カースは相槌を打ちながら、何かを思い出したように左上をちらりと見た。
「私の手紙と行き違いと言うわけですね」
カースが手紙を出したのは、前の寄港地から。
一番早い鳥を使った滑空便を使ったのだが、届くには1月以上かかる。
2月近くいないのならば、グレンは手紙を見ていないということだ。
「ああ、その通りだ。
当初の予定では20日と言っていたが、予定外の延長理由が出来たらしく、
砂漠を元気に駆け回っていたらしい。
まあ、私が生きているうちに羽根を伸ばして来いといったから、
楽しんでいるのだろう。若者の予定など無きがごとしだからな」
先日もなかなか手紙をよこさないことを愚痴られたばかりだ。
またもや、あの話が続くのかとカースの顔が引き攣りそうになった。
「耳が少々痛い気がしますね」
カースは愚痴はやめようではないかと提案に似た懇願を込めて、
とりあえず言ってみた。
「ああ、君達への愚痴にするつもりはないよ。
実は、この件か片付いたら、
グレンにそろそろ嫁を迎えてもらおうと思っているんだ。
だからこそ、羽根を伸ばせといって送り出したが、
あの子はいつまでたっても夢見がちで困っているんだよ」
カースの意図を読み取ったように領主が断ると、話題を強引に変えてきた。
領主の話題は相変わらずころころと変わる。
それに振り回されない様に、レヴィウスも意識をその都度引き締める。
「グレンが夢見がちなのは両親を見ているからでは?」
「ああ、そうですね。
芝居にも有名な貴方達の結婚話を聞いて育ったからには、
そこらの娘では妥協しないのではないのでしょうか」
二人の言葉に、領主は小さく首を振った。
「私だって解っているさ。
私達のせいで息子の理想が高くなってしまったことは十分承知している。
でも、あの子は肝心なことが解ってないんだよ。
出会いなんてものはどこで転がっているか解らないものなんだよ。
私だってあんな遠くの国で最愛の人と出会うなんて思ってもみなかったんだ。
だけどね、遠くに行ったら会えるというものでもないんだよ。
グレンの相手が近くにいないとどうしてわかる。
もしかしたらその辺の砂漠あたりに転がって居るかもしれないじゃないか。
だから、まずは女性と知り合う機会を作るべきなんだ。
なのに、社交界にはでない。取り巻きは男ばかり。
爺は片っ端から女性にダメ出しをする。
で、私がそろそろ孫の顔が見たいと文句を言うと、
あの子が尊敬している君達だって妻帯していないのだから問題ないと、
君達を引き合いに出す始末だよ。
だからねえ、君達そろそろ妻を持ってみないかい?」
「領主様、問題をはき違えてますよ。
グレンの妻帯に何故我々が付き合わなければならないのですか」
カースが冷たい声で返すが、領主は笑って答える。
「だって、君達が妻帯すれば、グレンも妻帯する気になるし、
君達に妻帯する気に慣れたと言うことであのファシオン公爵にも恩が売れる。
そして、同時期に孫が産まれたら親戚付き合いだって未来可能になるかもしれない。
ほら、一石二鳥どころかいいことずくめだろう」
領主は嬉しそうに肩をすくめた。
「我々の意志はどこにあるのですか」
カースの表情が目に見えて硬く冷たくなっていく。
「意志なんて、幸せになったらほらやっぱりで終わるものだよ」
そんなカースをからかうように、領主は更にカースの感情を煽る。
「終わりませんよ。そちらの家族の問題に我々を巻き込まないでください」
「みずくさいな。君達は家族同様だと言ったじゃないか」
「それとこれとは別問題でしょう」
領主に遊ばれている感が強い状態を終わらせるために、
レヴィウスが無言で机をココンと叩いた。
二人の視線がレヴィウスに集中する。
「領主殿、その話題はグレンに直接してやってくれ。
カース、売り言葉に買い言葉では話が変わらない」
レヴィウスの指摘でカースは改めて息を整える。
そこで、レヴィウスはにやりと領主に笑って答えた。
「俺は、彼女を捕まえたらすぐにでも妻帯するつもりだ。
腕の中に閉じ込めて決して逃がさない。
必要なら喜んで事にあたるつもりだ。
孫のついての計画があるなら、グレンにしっかりと言っておくんだな」
レヴィウスは一月以内に彼女が見つかると信じている。
つまりひと月以内に妻帯すると言っているも同然だ。
「そうか、その件は了解した。
レヴィウス、カース、
黄金のリンゴは信じる者の頭上にしか輝かないという。
運は強く信じる者に引き寄せられる。
決して自分を疑うな。
その手で確実に奇跡を掴みとれ。
これは、人生の大半を過ぎた老人からの手向けだ」
領主の言葉に二人は大きくはっきりと頷いた。
そして、黄金のリンゴを掴みとる様に拳をぐっと固めた。
必ずメイを、運命を、奇跡を掴みとる。
明日の日の光が待ち遠しかった。
グレン坊ちゃんはレヴィウス達に会えません。
とても、ええ、とても悔しがるでしょう。
でも会えません。




