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箱をあけよう  作者: ひろりん
西大陸砂の国編
200/240

市場でお買いものです。

今回は完全メイ視点です。

メイです。


いろいろと目まぐるしく目の前で悶着がありましたが、

何とか無事に食事を取ることが出来ました。


それにしても、この方たちはカナンさんの仕事仲間ですよね。

皆さん、随分と変わった方なのですね。

我が道を行くと言うか、ちょっと残念というか。


だって、ご飯の前では暴れないは幼稚園生でも学ぶ常識でしょう。

ご飯が駄目になったら泣きますよ絶対。

泣くのは誰とは言いません、私がです。


政府のお役人で責任者という立場なら、偉い人ですよね。

日本で言ったら、省庁の官僚って感じでしょうか。

なのに、どこか残念な印象が強いです。

なんとなく至極もったいない感じが致します。


いきなり剣を抜いて打ち合うなんて、ずいぶん血の気の多い人達です。

好戦的で短気というか、それともこれが西大陸の標準なのだろうか。

そうだとすると、イルベリー国の人達と随分違う。

腕っぷし自慢な船員が多い船の中でもあんなことする人いなかったと思う。


まあ、レヴィ船長やあのバルトさんの監視の目が厳しいって言うのもあったけど、

殴り合いの喧嘩だってあまり見かけなかったのよね。


ルディ曰く、狭い空間に押し込められたストレスから、

以前は小突き合い、殴り合いなんてどこかしらであって、その都度

全てバルトさんが間に入って仲裁という名の鉄拳制裁が振り下ろされた。

それが一種の娯楽の様にもなっていた時があったらしいです。

だけど、どうしてだか最近はめったにないと言っていた。


ルディは見るからに熊で怪力なバルトさんに叶わないのは解っているので、

あえて誰も挑戦しなくなったのではと言っていたけど、

私の予測では多分、レナードさんのご飯が美味しすぎるのが喧嘩をやめた理由だと思う。

だって、喧嘩をした船員は罰として船倉で転がされ、二日間食事抜きなんだそうです。

船倉は最下層のバラストの一層上。

厨房で使われる窯は一層の船倉からぶち抜きで建っている。

つまり船倉隣りの窯の壁から物凄い良い香りが漂いまくりなのです。


あの美味しいご飯を船倉で匂いだけ嗅ぎながら二日我慢するのです。

目から鱗が取れたように、喧嘩なんかでご飯抜きなんか、

絶対に割に合わないと納得するはずなのです。


先程カナンさんが、二人に喧嘩をやめないと食事抜きって言った気がします。

多分、それが二人に効いたから喧嘩をやめたのだと思う。


このコニスさんの持ってきたお昼ご飯。

これは、それだけの威力を持つ美味しさだ。


ふわふわのフランにほろほろと口で梳けるお肉と野菜のシチュー。

野菜は蕪や芋などの根野菜を中心としたものだが、

噛むと舌の上で味が染みていて大変旨い。

ずしっとお腹に溜まるボリュームと味付けの濃さに食べている実感がわく。

その上、舌触りの滑らかさはクリームシチューにも負けてない。


色とりどりな新鮮な野菜はスティック状になっていて、

ほんのり甘いヨーグルトのディップは爽やかな風味。

味付けの濃い料理の後で口にすると、諄さが消える。


香ばしい赤豆のフランは食べた時にナッツの香りがふわりと香る隠し味。

シチューをかけて食べると、途端にビーフストロガノフのような、

芳醇な香りを伴って口の中で広がる。 

最初のふわふわフランとのコンビとでは全く違う印象になる。


ナンのようなピタのような薄焼きパンにゆでた葉野菜とチーズ。

その上にカラリ炒めた数種類のナッツとヨーグルトソース。

野菜の甘みとナッツは歯ごたえがよく、ヨーグルトソースが胃に優しい。


これは、絶品でした。


レナードさんが東大陸の覇者ならば、

コニスさんのとこのコックさんは西大陸代表に違いない。


この国にいる間に、是日お会いして、他の料理も堪能してみたいものです。

お弁当でこの威力なら、お店に並ぶアツアツ出来立ての威力は半端ないでしょう。


多分レナードさんがこの料理を知ったら、あのきらきら小鹿な目を輝かせて、

嬉しそうに料理研究に励むだろう。

彼は大変向上心の強い最強のコックさんですから。


だって、あの大評判になった鰹節を使った焼きそば。

後で知ったことだが、あれは私が何気なしに言った鰹節を使う日本の料理を参考に、

思考錯誤の末に作り出した料理だったらしい。

料理は日々研究って、毎日新しい料理を考えているレナードさんは本当に素晴らしいのです。

おそらく、コニスさんのお店のコックもレナードさんと同類に違いない。

だって、こんなに美味しいんですから。


沢山あったお昼ご飯は、見事全員のお腹に綺麗さっぱり収まりました。

あれだけあったフランの一粒すらお皿に残っていません。

それだけではやはり足らなかったのか、ヤードルさんは、

パンを鍋の底に押し付けて、汁一滴も残さずに食べてしまいました。


全員のお皿にデザートを乗せます。


しかし、一つ問題がありました。

このシャルトは、半端なく大きいんです。

1人につき大きさが日本でいう巻きずし一本サイズ。

これで一人分って嘘でしょうって驚きました。

四角い小なべにぎっしり入ってましたからね。


私はというと、ついでくれた料理を食べただけでもう、お腹いっぱいなのですよ。

デザートと言うのは小さくてかわいい物を連想するではないですか。

ほら、トムさんのデザートみたいに。

だから、ご飯の調節を間違えたと言うか、要するに食べ過ぎました。

これでは私のお腹がはちきれます。

だから私は泣く泣くお断りしようと思っていたんです。


ですが、人数分足らないとコニスさんが言ってたのが不幸中の幸いでした。

ヤトお爺ちゃんが自分のを半分にしてくれた為、私のシャルトは半分サイズ。

なんとかお腹に収まる?サイズでした。

ヤトお爺ちゃんのシャルトが半分になるのに、いいの?

っとヤトお爺ちゃんに聞いたら、

ワシは甘い物はそこまで必要ないと言って笑ってくれたんです。


旅の間に甘い物もしっかり食べていたところを見ていただけに、

この言葉は本当でないと解りましたが、

ここは素直にご厚意に甘えることにしました。


だって、シャルトをちょっとだけ食べて見たかったのですよ。

……乙女は甘い物に弱いのです。


でもこのシャルトも大絶賛間違いなしです。


デザートの蜂蜜のかかったシャルトはとにかく甘い、甘すぎる程です。

けれど、リンゴのようなさっぱりな風味と、

さくさくのパイとサブレの二層生地が蜂蜜で溶け合って絶妙なる調和です。

お砂糖なしの紅茶と一緒に食べていくと、

疲れが一気に飛びそうなくらいに美味しい。


ああ、トムさんにも食べさせてあげたいくらいに美味しいデザートです。

いい意味の小さな幸せが、ここにもありました。



えー、気を取り直してこの国の料理についての最初の評価を言いたいと思います。

フランといい、お肉の蕩け具合といい、デザートといい、美味しいです。

3つ星を通り越して4つ星評価つけちゃいます。


でも、この国に料理って、私思うに量と言い使っている材料といい、

随分とカロリー過多な気がします。

皆さんに付き合って食べていたら、お金が貯まるより前に、

丸く丸くなってしまうのではないでしょうか。


それが胸とかにつくのなら大歓迎ですが、先日の旅先での経験からも、

お腹に着くであろうことは確実。


あのきゅっと引き締まったウエストを持つミーアさん。

彼女のあの細い体のどこにあんなに沢山の食糧が入るのだか、

甚だ疑問です。どうして、彼女はあんなにも食べて太らないのでしょうか。

あとで、ちょっとだけ聞いてみたいと思います。


一応、ウエスト引き締め運動とばかりに、

洗い物をしながら簡単に腰ツイストしてみました。


……効けばいいのですが。



*******




さて、昼食についていろいろ言いましたが、

昼食後は皆様いろいろあって、再び執務室には戻らないようです。


それはまず、老師様の一言から始まりました。


「ワシは研究に戻る。後はお前らで勝手にしろ」


「そんな!老師様。

 私の計算書も決算書も絵図面も工程表まだ手も付けてないではないですか」


ヤードルさんが抗議の声を上げた。


「お前の案件の一番面倒な物は済んだはずだ。

 あとは、お前の所のボンクラを働かせろ。

 なんでもかんでもワシの所に持ってくるな。

 自分達の頭を使えと言ってやれ!簡易図面は引いてやった。

 伐採計画書は穴だらけだ。使い物にならん。

 上の役立たずの言うことをいちいち聞くな。

 先年のブルージュ渓谷の伐採計画書を参考にお前たちで立ち上げろ。 

 工程表は職人街のガリオロッソに見てもらって修正を掛けろ。

 後は、職人連中がなんとかするはずだ。

 適材適所を見極めろ。 それくらい出来る様になれ!」


「そんな~。僕の首が飛んじゃいますよ」


ミーアさんが、手についた蜂蜜を舐めながら抗議する。


「私の案件はどうなるのよ。学園の稟議書は?」


「あれは、学園の馬鹿禿共が早とちりしているだけだ。

 よく物事を見極めてから書類を提出しろと言え。

 生徒や保護者の言動にいちいち振り回されてどうなる。

 他国の重鎮の息子だろうが、学園では唯の馬鹿でしかないわ。

 馬鹿が授業についてこれないで暴れると言うなら放校にするしかあるまい。

 馬鹿息子の所業を書き連ねて、その国の王族宛てに抗議書を送れ。

 お前の他の案件は、人為的ミスが原因だ。

 ここに持ってくる前にそのミスを突き止めろ。

 そうじゃなければ話にならん」


「うっ」


口元についた蜂蜜を上品にハンカチで拭きながら、

似合ってない流し目でナヴァルさんが老師に視線を向ける。


「老師、私の案件は考えていただけるのでしょうね? 

 王を始め重役の方々がお待ちしておりますが」


「ふん。 それこそ、お前らの頭は空なのかと言ってやれ。

 王の姉の嫁ぎ先の要求を何故この国が訊いてやらねばならん。

 そもそもなぜ技術譲渡を望むのか考えても解ろうに。

 

 あの国は、利益重視の戦争屋だ。

 征服戦争を正当な国益だと述べる阿呆どもだ。

 技術を譲渡せねば国交が断絶すると言うならするといい。

 この国にはまったく問題はないわい。

 我が国の技術譲渡の上で戦争が起こり、

 攻め込んだ地で死人の山を築いた時の方が問題となろう。

 

 この国の王女を娶ったのも、我が国の技術ゆえと言うなら、

 王女を返還もしくは、いっそのことあの国お得意の修道院にでも捨て置け。

 外国に嫁ぐからには王女も命の覚悟はできておろう。

 いつまでも我が国の王女と思うなと書いておくれ。

 我儘放題に育てたこの国の王族の責任を、民に、

 国に押し付けるなと言えばあ奴らも納得するだろう」


「それを言えるのは、貴方だけなのですよ。

 王は姉君にはとんと逆らえぬ気質ですからね」


「そんな腑抜けた王ならば、いっそもっと拭抜けさせてしまえ。

 知らぬ存ぜぬで、我儘な姉なぞ存在しなかったといって断ってしまえ。

 次代の教育も終わっておろう。 どちらにとっても損な話でもないだろう」


難しい言葉ばかりで何が何だかわかりませんが、

老師様の横で、カナンさんがさらさらとメモを取っている。


三人はどこか難しそうな、且つ可哀想な変な顔をしている。

しかし、沢山あると言った仕事の幾つかは終わったのだろう。

三者三様ならぬ言動も、落ち着いて紅茶を飲む態度からも、

今すぐ何かをしなくてはいけないという午前中の焦った気迫は見えなかった。


「ああ、今晩で地獄は終わると思っていたのに~」

「そうね、抗議書を親だけでなく王族や、いっそのこと付き合いのある他国にも、

 こんなことがあったのよってそれとなく漏らすってのもいいわよね」

「老師がそうおっしゃるなら、王とて反論はしますまい。

 ましてや、次代に譲る道が出来たと喜ぶやもしれませんね」


そんな三人にカナンさんが、先ほどから書き連ねていたメモをそれぞれ渡した。


「こちらは、先程の老師の意見をまとめたものです。

 それに合わせて必要な書類を宰相府に依頼する依頼書と、

 職人への委託契約書は明日にでも持ってきていただければ、

 老師の確認の上で、提出出来る様にしておきます」



ふうん。

いろいろ仕事が大変そうですね。

まあ、さっぱりわかりませんけどね。


「なんだ、マール。何か文句があるのか?」


じっと見ていたら老師様がぎろりと睨んだ。

私はゆっくりと首を振った。


「いいえ。 お皿を洗いますので、片付けてもよろしいでしょうか」


老師様のお皿の上は、すでに何もない。

蜂蜜を残りのパンにつけてまで綺麗に食べていたのを見てましたからね。

甘党なんですね。 了解しました。


「……ああ、片付けてくれ。 洗濯を済ませたら買い物に行け。

 ヤトが付いていくのだろう」


老師のお皿を受け取り洗い場に持っていく。

カナンさんが腰を浮かせて、洗い物を重ねて持ってくてくれた。

大変助かります。


「あの、私も一緒に行きます。 メイさんとヤトだけでは、

 何かあった時に大変ですから」


カナンさんの発言に老師が眉を顰めた。


「お前は駄目だ。ワシの研究が滞っておると言っておるだろう。

 実験も、助手がいなくては話にならん。

 ルカも折角帰ってきたのだから手伝え」


「ルカが居るなら私が居なくても……」

「え~、僕、まだ孤児院に行く仕事が残っているだけど~

 それに、一緒にいるなら老師よりマールちゃんの傍がいいなあ」」

 

二人はぶつぶつを言っていたけど、ヤトお爺ちゃんの言葉で止まった。


「方向音痴と味覚音痴、どちらも今回は邪魔じゃよ。

 嬢ちゃんに、最初はきちんと仕事を覚えせさせる為にも、

 間違った情報は排除するべきじゃ。のう、そうは思わんか?」


「正論だな」


二人の老人の言葉に、二人の頭ががっくりと下がった。 

方向音痴はカナンさんのことだと思うが、

もう一つ、味覚音痴ってルカさんのことだろうか。

あとで、ヤトお爺ちゃんにきちんと聞こうと思います。



************



 

お鍋を片付けて、敷物を丸めて、部屋を元通りに片付けました。

皆さんが率先して片付けてくれたのでとても楽でした。


その後、ヤードルさん達が帰る序に、

一階の洗濯場まで案内してもらいました。


今日の洗濯は、とりあえず老師様のお部屋の洗濯物籠が1つ。

シーツなどの大物は時間があるときにしたいと思います。

お裁縫ポーチをポケットに入れ、倉庫にあった洗濯板と盥、石鹸を持って行きました。

ヤードルさんとミーアさん、ナヴァルさんのお付の人が手伝ってくれて、

これらすべてを一回で運べました。人手があるって有難いことですね。



洗濯場は、一階の塔の脇で警備室のすぐ近く。

大きな井戸の上には、もちろんポンプ。

警備室と塔の間の日当たりのよい花壇脇に、大きな物干し竿がありました。

今日は誰も使ってないみたいで洗濯物は何もありません。


洗う前に服をチェック。

服を広げて細かく見ていきます。

ボタンの取れかけたのが2か所。ほつれているのが4か所。

持ってきた裁縫道具の中の色が付いた糸でほつれ場所に簡単に印をします。

ボタンは鋏でブチンと切ります。

乾いた後でどっちも直します。



洗い場で石鹸を泡立てて立てかけてあった洗濯板を使い、ごしごしと洗っていきます。

船の中で大量の洗濯ものを洗った私の経験からしてみると、

これだけの量は大したことではありません。それに服の生地だって薄手だし、

十分の一にも満たない量です。問題なしです。


老師様の服やらタオルやら手ぬぐいやら下着やらとありましたが、

海水を使わないからか、はたまた、石鹸の質が良いのか、

実に簡単に綺麗になります。気持ちいいですね。


お空は青空、いい天気。

長閑な空気に、空を飛ぶトンビの声が聞こえます。


ピロロロロロ~(イイキブン~)


そうですね、こんな日はイイキブンです。

洗濯日和ですね~


ふんふんと鼻歌を歌いながら洗って、

不意に空を見上げたら頭にポンっと予報がなった。


(本日晴天、しかし、本日夕刻に集中豪雨予定あり)


あ、そうなの?

大物シーツ洗って無くてよかった。


空を見ると雲は穏やかだし、風も爽やか。

それなのに集中豪雨。夕立のようなものだろうか。


ならば、夕刻までに帰ってこないと大変だ。

洗濯物が濡れて大変なことになる。


服を物干し竿にひっかけて捩じる様に絞っていたら、

暇そうに私の方を見ていた塔の警備の人が声を掛けてくれた。


「やあ、大変そうだね。よかったら手伝おうか?」


昨日、塔の警備室で身分証明書を作ってくれた警備のおじさん、

いえ、お兄さん達です。

親切に手伝ってくれるなんて、オジサンだと思ってしまって御免なさい。

心の中で謝ります。


私が精一杯絞った服は力が全然足りないらしく、

物干し竿からぽたぽたと滴が落ちていきます。


「有難うございます。お願いします」


神の助けとばかりに親切なお兄さん達の好意に甘えます。

私は、もう二度と、この二人をおじさん呼ばわりはしないと心に誓いました。


お兄さんの一人は、にっこりと笑って私の絞っていた洗濯物を絞り上げます。

ルディに負けないくらいに素晴らしい腕前です。あっという間に水気が切れます。

そして、もう一人は洗濯竿にさっさと干していく。

私は、その横でパンパンと軽く皺伸ばしをするだけです。


「お兄さん達、大変お上手です」


褒めるとお兄さん達は、にっこり笑いながら自己紹介してくれた。


「お兄さん、いいね。 僕は妹が欲しかったんだ。

 僕はセーム。君は、マールだろ。

 名前も似ているような気がするね。兄妹って感じがするかな。

 さっきヤードルが言ってたのを聞いたんだ」


いや、それは愛称というか、別名ですが……


もう一人のお兄さんが、洗濯ものを干しながら私の顔を覗きこんだ。


「あ、おれ、ショーダイル。ショーでいいよ、マールちゃん。

 ちっこいのによく働くなってさっきから感心してたんだ。

 これくらいならいつでも言ってくれよ。俺達暇だからな。

 で、マールちゃん。 あのさあ、ちょっと聞いていいかなあ。

 昨晩何事もなかったの? あの老師に酷く苛められたとか。

 変な物を見たとか、なかった?

 随分静かだったみたいだけど」


夜?

寝ただけでしたが。


「いいえ。 何もなかったですよ。老師様もお優しいですし」


「「は?優しい?」」


二人は顔を見合わせて不思議な顔をしました。

何か私可笑しいことでも言ったでしょうか。

仕事は沢山言われたような気がしますが、

あれくらいなら仕事としてみても普通の範囲内です。

王城での仕事も、船の雑用も一日中それこそ分刻みでありましたから。


老師様の罠で後頭部に瘤は出来ましたが、ワザとではないと言われてましたし、

瘤が出来たおかげで、無事に雇ってもらえて、三食住み込み給料つき。

私の中でとっくに示談は成立しています。


それに、老師様は私に出来ないことを無理に言ってくる感じの方ではない気がします。

だって、カナンさんや皆さんがあれだけ尊敬している方なのだから、

きっと優しい方でいい上司なんですよ。


ショーさんは、沈黙を取り繕うように引き攣った笑みを見せて話題を変えました。


「ま、まあ、それはともかく、何もなかったのならよかった、よかった。」

「ああ、そうだな。

 いいかい、マールちゃん、何かあったならすぐにお兄ちゃん達に言うんだぞ」


警備のお兄さん達は本当にいい人達です。

ちょっと子ども扱いされている気がしますが、気にしない事にします。


だって、洗濯ものは全て干し終わり、今は元気よく風にはためいていますからね。


「お兄さん達、大変助かりました。有難うございました」


ぺこりと頭を下げて洗濯板と盥と石鹸を抱えて上がりました。





**********






そして、やってきましたマッカラ王国の台所。この国唯一の食材市場。


「らっしゃい、らっしゃい。

 本日入荷のカドスの甘露煮だよ。正真正銘のルマドク産。

 甘いよ~。甘くて舌がしびれらあ。どうだいおひとつ、そこの美人な姉さん」


ガタイのいい体格から降ろされる威勢のいい男性の声に、

振り返った明らかに今晩のおかずを探しているであろう主婦Aさん。


「あら本当に?この間のおすすめも美味しかったのよねえ

 そうねえ、いただこうかしら」


「甘い物もいいけれど、時にはぴりりと辛いマッカラ王国特性の胡椒漬けだよ。

 これを野菜や肉に絡めて炒めれば、アッと言う間に美味しい夕食の一品さ。

 色白器量よしの奥さん、ご主人の胃袋をがっつり掴んむのが夫婦円満の秘訣さ。

 さあさあ、どうだいどうだい!」


「うふ、そうね。今晩はこれにしようかしら。

 でもねえ、ウチの人、ものすごく食べるのよねえ。

 ねえねえ、こっちも買うからおまけして頂戴な」


隣に負けずと声を張り上げる色黒の売り子親父に足を止めたのは、

明らかに主婦エプロンをした主婦Bさん。


「今日みたいに太陽が照っている時は、さっぱりしたものもいいよねえ。

 こっちは、ジェノワースの酢漬けだよ。オンジの香りがさっぱりして、

 食欲が無い時にはこれが一番だよ。

 可愛いお嬢ちゃん、ちょっと味見してみないかい」


マンボーのような目が小さく顔が大きい、のぺっとしたおじさんの声に振り向いたのは、

可愛いお嬢ちゃん、買い物籠を腕にかけたメイド姿の私です。

可愛いお嬢ちゃんと呼ばれたからには、振り向かない人がどこにいるでしょうか。

女性なら振り向きたいと思うはず。


ちなみにメイ以外にも、少なくとも5人は振り返って店に立ち寄っている。

にこにこ笑っているマンボーの顔は至極明るい。



次々と声かけられる美辞麗句。

振り向いた先に差し出されるのは、美味しい一品。

それに舌鼓を打ちながらご飯のおかずを決める風景。



ああ。これですよ。

素晴らしい!これは、デパ地下惣菜コーナーに負けてない威力です。

時折差し出される試食が素晴らしい。


私が立っている一階通路の両脇には所せましと店店店。

正に魚介市場ならぬデパ地下惣菜市場です。


ここで、何故築地とかの市場やイルベリー国の市場を連想しないのかというと、

その様相が明らかに違うからだ。


イルベリー国の市場に限らず、ごく一般的な市場というのは、

基本的に広場の出店状態をいう。

つまり、テントの様な物を広場なりの開けた場所で張って、

その下で露店を出して品物を売る形。

机があったり、籠が並んでいたりといろいろだ。

道行く人の目にも耳にも鼻にも楽しい乱雑な魅力ある場所。


でも、マッカラ王国の市場は全く別物でした。


ヤトお爺ちゃんに案内してもらって連れてこられた市場は、

外ではなく、建物の中。


中央広場の4辻のちょうど真ん中に時計塔がある。

その4辻の角地の建物の一つが食材市場でした。


角地の建物の入り口も中もカロンタさんの所の馬房とほぼ変わらない造り。

中に入ると、同じように横幅はないのに奥行がとてつもなく広く上に高い。

そして中央の階段を囲うように店が立ち並び、それが5階まで続いている。


正にデパート市場なんです。


この角地4件の建物は煉瓦の色は同じなれど、入り口の看板が違う。

道場の看板の様な縦に大きな立て看板が玄関に掛かっている。


看板の文字は、ヤトさん曰く、食材市場と書かれているらしい。

つまり、食料品取扱い店ということ。


ちなみに、他の3角の店は、薬種金属市場、書架市場、皮布紡績卸市場である。

これらの4つの店はすべて国営の店舗。つまり、馬房と同じく国の施設なのだとか。


街は、4辻のこの市場を先頭に、それに準じた品ぞろえで道沿いに店が並ぶ。

よってその4つの道には解りやすい名前が付いている。


食材市場が売っているのは、食品一般と珍しい異国の食材や調味料。

それゆえ、食事通りには、酒屋や飲食店、カフェや宿屋や甘味処などなど、

俗にいうレストラン街が立ち並ぶ。


薬種金属市場が売っているのは、青銅、銅、錫、鉄などの重金属や、

薬草や乾物などの原材料、そして鉱石や墨や古木なども扱う。

だから貴金属通りには、武器屋、金物屋、時計屋、農耕器具屋、薬屋などなど。


書架市場は、本屋と言うより半分図書館で博物館と言った方がいい。

珍しい本や地図、絵、標本や図面、模型などが6階まで埋まっている。

よって、書架通りには、絵本から始まって専門書や文芸書、雑貨に画廊、

文具関連の店。


皮布紡績卸市場は、4,5階が紡績工場でもあり、歯車を使った珍しい織り機が、

珍重されているこの国独自技法を使った透けるような薄い布地を生産している。

1、2階では生糸や染め糸、あらゆる布や皮製品を扱う。

そんな布地通りには、服飾店、生花店、宝飾店、靴屋、帽子屋と華やかな店が立ち並ぶ。


そして、その4本の道の突き当りには、この国の主要設備がそれぞれ設置されている。

道に面していない内側の敷地には、住民の居住区や職人街がある。


で、話は戻りますが、書架通りの先には、王城と学園、賢者の塔があるのです。


賢者の塔を出て、書架通りを抜けてヤトお爺ちゃんに案内されたのが、食材市場。

真っ直ぐな一本道なので、しっかり覚えました。



市場の建物に入ってすぐの場所に、大きな案内図がありました。


きょろきょろ見渡して、案内図と場所を確認すると、

一階はお惣菜に近いお店が多い。

だから、主婦の人達がごった返している。


「いるのは、塩じゃったか。

 あと、嬢ちゃんに必要な物を買わんとな」


ヤトお爺ちゃんはにっこり笑って私の手を轢いてくれます。


お昼にあれだけ美味しい物を食べましたからね、

とりあえず今は、勧誘の声にも美味しそうな匂いにも負けません。


ヤトお爺ちゃんについて、3階で老師様言いつけの買い物をして、

そこで見かけた何種類かの小麦粉と調味料の幾つかを購入し、

4階で野菜とお肉を買ってもらい卵を一袋買いました。

買い物籠にどんどん入れていきます。


買い物で使う言葉も覚えましたよ。


「これは、いくらですか?」


「ああ、これはねえ、良い物だけど安くないんだよ。20シンク。

 こっちなら、安くなるんだけど、どうだい?」


「半分なら、半額?」


「半分? いいよ、もう。 18にまけとくよ。

 その代りまた買いに来てくれよ。 顔を忘れないうちにさ。」


お酢を一瓶18シンクで手に入れました。

値切り万歳です。

ヤトお爺ちゃんの教え方は本当に上手です。


塩はヤトお爺ちゃんがお店の人に何やら宅配を頼んでました。

一袋って考えていたよりも重そうでした。

日本の1kgサイズで考えていたら、コメ10kg袋とほぼ同サイズ。

あれだけにすべて塩が入っているとなると、重さは相当なものだと思います。

宅配で正解です。私が持っていくとなると腰が抜けるでしょう。


お店の人との宅配の申し込みのやり方や、お店の場所や、

詳しい食材の見分け方など、ヤトお爺ちゃんはとにかく物知りでした。


「ええか、無理なことを言ってくる輩の物は一切買わないのが鉄則じゃ。

 この店は国営の店じゃ。民の為にある店の商品を、押し売りするのは違法じゃよ。

 じゃが、民が値切るのはいい物を買う為の鉄則で、

 店とのいい交流を示すものあるでの。」


ふんふんと頷きます。


「困ったことがあったら、先程会った4階の責任者のトウドに言えばええ。

 老師ともワシとも昵懇でな。なんとかしてくれるはずじゃよ」


トウドさんですね。

4階と言えば、お酢を買った場所のあの方ですね、了解です。

確か、細見で小柄な温厚そうな顔の方でした。

忘れない様に手のひらに名前を書きます。


道も覚えましたし、今度からどこに食材があるかしっかり覚えました。

買い物の仕方も解りましたし、

お店の人にヤトお爺ちゃんから紹介もしてもらいました。


これで、明日から買い物は何とか出来そうです。


そして、あらかた廻った、さあ帰ろう市場を出て、

帰りの道を辿ろうとしたらヤトさんに手を引かれました。


「嬢ちゃん、あっちに綺麗な店がたんとある。

 あそこで、いろいろ見て帰ろうかの。

 女性は買い物が好きじゃろうて」


ヤトお爺ちゃんの足が向かう場所は反対の辻のきらきらしい服飾関連のお店。


買い物ですか?

確かに、嫌いではないですか、私、無一文なのです。

お金がないなら見るべきではありません。

見なければ、知らなければ欲しがることもないはず。


余計な煩悩は最初から排除すべきなのです。


「ヤトお爺ちゃん、老師様に無駄な物を一切買うなと言われてます。

 私、駄目です。行きません。 御免なさい」


老師様はこのことを見通していたのでしょうか。

仕事を言いつける際に確かに言っていました。

今日の買い物の仕方だと、確かに老師様の名前で買うので、後日清算というものですね。

それだと、個人の物を買えば怒られるのは当然です。

私の世界でも、使い込みとか横領罪になるのです。

犯罪です。 しっかり覚えていますよ。


「なに、嬢ちゃんの財布もあ奴の財布も痛まんよ。ワシからのプレゼントじゃ」


プレゼント、いい響きな言葉ですが、

私個人の買い物をヤトお爺ちゃんにねだるのはちょっと違う気がするのです。


ヤトお爺ちゃんには言葉を教えてもらったり、

買い物の仕方から西大陸の一般常識まで、いろいろ教わっているのです。

その上、方向音痴のカナンさんと私をこの国まで無事に連れてきてくれました。


老師様の言葉の半分ほどとはいえ、理解できるのはヤトお爺ちゃんのお蔭、

この国で今こうしてここに無事に居られているのもです。

つまり、この場合、先生とか恩師と言う立場ですよね。

そう考えたら、私の方がヤトお爺ちゃんに驕るのが筋ではないかと

思うのですよ。


しかし、今の私は無一文。


私は首を再度振ります。


「有難うございます。でも、いらないです」


言い方が失礼な気がするが、他の言い方を知らない。

もっと頭がよければ、ヤトお爺ちゃんを傷つけずに断れるのに。

言葉の壁が高いです。


ですが、私の言動に別段怒った様子もなく、

ヤトお爺ちゃんはにこにこ笑ったまま聞いてきました。


「ここには、一杯いろんなものがあるのじゃ。

 嬢ちゃんは、欲しいものはないのかの」


欲しい物ですか。

改めて言われると、服とかそういった物ではない気がします。


使用人部屋のクローゼットには何かしらの物が入っていたし、

今現在、私は特にこれといって不自由を感じることもない。


キラキラで着飾っても、見せたい相手のレヴィ船長もカースもいないし、

この国の女性服は、周りを見ても胸のあたりが大変大きいし着丈も長い。

私だとかなり詰め物をするか、子供サイズ。

うう、考えたらなんとなく落ち込む気がする。


甘い物は昼間のデザートでまだお腹いっぱいだ。

本は読めないし、体は丈夫なので薬は必要ない。


うん、ないね。


今、あえて言うなら、思いつくのはエピさんにあげるキャロでしょうか。


だから、首を振りました。


「今は、ないです。

 でも、私のお給料が出たら、一緒にお店に行きます。

 その時は、ヤトお爺ちゃんに美味しいご飯をご馳走します」


もちろんエピさんにもキャロを。

忘れない様に、手のひらにキャロって書きました。


「そうかいそうかい。 それなら楽しみにしておこうかの。

 本当に、嬢ちゃんはいい子じゃの。働き者じゃし何より素直じゃ。

 カナン坊にはもったいないくらいじゃ。

 ワシの妻はともかく、ワシの孫の嫁にもええかもしれんの。

 女嫌いの若も嬢ちゃんを知れば、傍に置くぐらいするかもしれん。

 そうじゃ、嬢ちゃん、若を見てどう思ったかの?」


私は首を傾げます。

幾つか解らない単語があったので意味が繋がりません。


「ほれ、砂漠で嬢ちゃんがひざまくらした男じゃよ。

 少々頼りないが、ワシが育てておるからの。

 あれもあと数年したらええ男になるはずじゃよ」


ヤトお爺ちゃんは自分の膝を叩き、そして今から寝る風に頬に手をやった。


膝を叩いて、あれは、枕かな? 繋げて膝枕。

私がひざまくらした男の人? 

あ、カナンさんのお友達。確か名前が…。

ぐるぐると記憶を引っ張り出して、やっと名前を思い出した。


「えーと、そう、確か、グレンさん。

 グレンさんが、どうかしたんですか?」


やっと名前を思い出した私をにこにこ見ながら、

ヤトお爺ちゃんは不可思議なことを聞いてきました。


「若は、嬢ちゃんの好みの男性からみてどう思うのじゃ?」


好みの男性ですか。レヴィ船長と言ってもヤトお爺ちゃんには解らない。

それよりも、誰かと誰かを比べるって、ずばり無理でしょう。

だって、レヴィ船長はグレンさんではないんですから。


しかし、ヤトお爺ちゃんは私の答えを待っている。


ここで私が返せる言葉の中で適切なのは、

「素敵な男性ですね」の一言でした。

一般論的模範解答だと思います。


うん、グレンさんの顔は確か普通に整っていた気がする。

いきなり怒鳴って、エピさんにまけて転がって、

考えれば騒がしい人だったなあ。


「ほうほう、ワシはどうじゃな」


「ヤトお爺ちゃんは、可愛ホシケレお爺ちゃんです」


砂漠の街で覚えた鉄壁のフレーズは変わりません。

私にとって、ヤトお爺ちゃんは本当のお爺ちゃんの様に親切で、

私の師匠で恩人です。


「かっかっか、当り前じゃよ。嬢ちゃんには特にの。

 まあええ、若者は悩むが特権。

 先達を楽しませてくれると期待しようかの。

 青春とは実に、ええ物じゃ」



そんな感じで、ヤトお爺ちゃんの手を引っ張ってやっと帰路につきました。

道すがら、ヤトお爺ちゃんは本当に楽しそうな笑い顔を崩しませんでした。


頭の中で警報が発令しました。


(集中豪雨まであと半刻。雷雨の可能性あり)


雷雨? あと半刻?

大変だ。もっと急がなきゃ。


「もうじき雨が降ります。雷も振るかもです。

 急ぎましょう。早く帰らないと、洗濯物が心配です」


私の言葉に、目を瞠ったヤトお爺ちゃんが視線を空に向けます。

空には、のんびりとした相変わらずの白い雲が浮かんでいるだけ。


「雨? 雨が降る様にも見えんが、山の天気は解りずらいからの」


「でも、降るんです。 急がないと酷い雨が一杯です」

 

集中豪雨って言ってたからね、洗濯物が濡れて悲惨な状態になりかねない。


「……雨となあ…」


眉を顰めて空を見上げていたヤトお爺ちゃんを、

ぐいぐいと引っ張って先を急ぎました。




 

はたして洗濯物は無事なのか。

次回に期待してください。

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