乙女心は役に立ちません
医務室に着きました。
部屋に入ると、意外にも人が少ないです。
さっき、ルディが怪我人が沢山でたからって言ってたのに、部屋にいるのは2,3人です。
それも、彼らの治療はもう殆ど終わっているみたい。
どういうことだろう?
「おい、この右腕は10日は動かすなよ。
ポッキリ折れてるからな。動かすと、曲がったまま固まっちまうぞ」
セランは、折れた右腕に添え木をあて、その上からぐるぐると包帯を巻き、
そして、腕を釣れるように三角の布を患者の首にまわします。
うん、実に手際よく作業してます。
なるほど、骨折してるんですね。そっちの人は足かな?
同じような添え木治療をしているけど、脚の爪先が紫色に変色している。
うわぁ、実に痛そう。
だけど、彼らの表情は実に明るい。実に陽気で、痛みなんてなんのそのと言った感じです。
彼らというか、海の男は我慢強いのだろうか。
「いいかお前ら、痛み止めの薬は必ず水で飲め!酒で飲むなよ!」
「だけど先生、薬を酒で飲むといい具合に寝れるんだよ」
「そうそう、酔って寝てりゃ明日には骨なんざ元に戻ってるって甲板長だって言ってるし」
ああ、いやに陽気だと思ったら、酔ってたのですか。
「はぁ~、アイツは例外中の例外だろうが。あれと一緒の理屈で動くと後で後悔するぞ」
彼らは渋い顔のセランの忠告を聞き流す感じで、立ち上がった。
「先生~、ありがとうさんでした」
「でした~」
右腕の治療が終わった人が足を怪我してる人に肩をかして、
お互いに助け合いながら部屋を出て行きました。
ちなみに鼻歌交じりのよくわからない歌も一緒に歌いながら。
え~と、酒混じりとはいえ、仲良きことは良き事かなですね。
早く良くなるといいですね。お大事に。
彼らの快癒を願って旗を振る感じで、背中を見送っていたら、
セランが薬のビンを片付け終えたみたい。
「よう、メイ。 体の調子はどうだ?
よたよた歩いてたってアントンが言ってたけど、どっか怪我してたか?」
いつもの様に髭を片手で触りながら、私の方を見る。
本当にアントンさんはお喋りですね。
マートル2号なんじゃないの?
「怪我、無い、でも、体、痛いだけ。大丈夫」
「あの大波にさらわれそうになったのを何度も止めたんだ。体も痛くなるさ
むしろそれだけで済んで幸運と言うべきだろうな。
過去には嵐の波に引きずられて、足や腕がちぎれて無くなったって奴もいた。
もちろんそいつは、今はこの世にいないがな」
腕が引きちぎれて無くなった私を想像して、ぶるっと震えがきた。
本当に、波にさらわれなくて、腕が無くならなくてよかったよ。
もしさらわれていたら、最悪腕無しの上、海水でふやけたゾンビコースです。
そう思ったら、確かに今の私の症状は幸運なのですね。
一人幸運をかみしめていたら、セランは、私に目線を合わせて厳しい顔をしました。
「でも、メイ。 お前は無茶をしすぎだ。
船から落ちかけたカースを助けに、嵐の甲板に飛び出して行くなんて。
命知らずのバカがすることだ。
ましてや、お前の体格でそんな無茶をすることは、無謀の一言につきる」
あら?
なんか、最近、似たような言葉を誰かに言われたような気がしました。
これってデジャブ?
「さっきも言ったように、今回は運が良かっただけだ。
二度と、するな。わかったか?」
セランの目は真剣で、私を本当に心配してくれていることが
ありありと表れていました。
厳しいけど、優しい。
セランは故郷のお父さんのようです。
セランの目を見つめながら、深く頷きました。
「はい。ごめんなさい。心配、ありがとう」
私って本当に果報者だ。
気が付けば、セランに感謝しながら微笑んでた。
「二人とも気を失って、ここに運ばれた時は、本当にびっくりしたんだからな」
あ、二人で思い出しました。
そういえば、カースはどうしたんでしょう。
医務室にいると思っていたのに、どこにもいません。
「カースは? 怪我は大丈夫? どこ?」
「ああ、いまのところは問題ない。
頭の傷からの出血は止まった。で、奴は部屋のベットだ」
頭の傷って、あのドバッと血がでていたヤツですよね。
なら、今、カースは貧血真っ只中ということ。
だったら、貧血で寝てるのかな?
鉄分補強メニューをレナードさんにお願いしたら聞いてくれるだろうか。
「何、命の心配という程の怪我じゃない。そんなに心配しなくていい」
鉄分メニューをどういえばいいのかと考えていたら、
どうやら難しい顔をしていたようです。
ポンポンと頭の上でセランの手が撥ねた。
「はい」
まずは、お父さんのような顔のセランに、笑顔で返事を返しました。
ですが、私はどうすればいいのでしょう。
セランが私を呼んでるって言ってたけど、この状態で私は必要ないよね。
あ、でも、包帯とかの備品の補充とかのお手伝いとかなら、ゆっくりとなら出来るかも。
「あの、何か、手伝い、ある?」
「ああ、今からカースの部屋に行ってソファで寝てろ」
診察台の上に置いてあった毛布を一枚渡されました。
えっと? 今の言葉と手伝いが繋がらない。
う~ん聞き間違いだろうか?
思わず首をかしげると、
「俺は、昨日から一睡もしてない。だから今から寝る。
が、カースの頭の傷が これから熱を持つ可能性か高い」
カースが? 発熱?
「だが、ただじっと側で待っているのは、いろいろと忙しい俺には無理だ。
なので、お前はソファでジッとして寝ていろ。
そして、カースの熱が上がってきたら、これを飲ませてくれ。
解熱剤だ。痛みがあるようなら、こっちの痛み止めも一緒にだな」
ほうほう。薬の用法は解りました。解熱剤と痛み止めの水薬ですね。
でも、私の仕事は、ただ、ソファでじっとしているだけでいいのですか?
「これ、手伝い?」
「ああ、船長にも説明してメイを3日ほど借りた。
さっきも言ったように、俺は今、猛烈に忙しいからな」
そうなのかな。
どう見てもいつも通りに、のんびり仕事しているようにしか見えないんだけど。
セランは私の頭をそっとなでてくれました。
「3日もゆっくりしてたら、その体の痛みも消えるだろう」
この仕事の割り振りは明らかに私の筋肉痛を気遣ってという事。
船長の許可ありと言うことは、ルディやレナードさんの了解も取れているということだろう。
彼らの温かい心遣いにほっこりと胸が温かくなります。
彼らに、セランに、私は心から感謝しよう。
「ありがとう、セラン」
********
毛布をもってカースの部屋へ入ると、部屋奥のベットでカースが寝てました。
でも、死人のような生気の無い顔でした。
思わずベットに近づき、カースの顔の前に手をかざし耳を寄せて、息をしてるか確かめました。
聞こえてくるのは規則正しい息づかいと浅い呼吸音が聞こえました。
よかった。生きてた。ちょっとほっとしました。
この顔色は貧血だからということだろうか。
そのまま、ベットの側においてある椅子に腰掛けて、
カースの額に手をあてました。
私とそんなに体温は変わらない。
熱はまだ、みたいです。
頭の右側面には大きなガーゼとぐるぐるにまかれた包帯。
ガーゼには赤黒い血のシミが見える。
痛かっただろうな。
さっきの陽気な患者の様にとまではいかずとも、早く怪我がよくなりますように。
額から手を離して、額に掛かっていた髪の毛を横にずらした。
暫くカースの寝顔を見ながら早く良くなるようにと念力を送っていたが、
すぐに手持ちぶさになった。
なので、椅子に座ったままカースの部屋をぐるっと見渡した。
部屋には、基本、船長の部屋と変わりない家具。
床に打ち付けられた木のベッド。
ぎっしりと詰まった本棚、机の上には海図が描かれた紙と文鎮。
羽ペンがインク壷の中に3つも入ってる。
それから、レヴィ船長のとこにあったものと同じ飾り棚。
その飾り棚の一番下の段に、あのペンダントが置いてありました。
金の装飾に青い石のペンダント。
繊細で細やかな装飾。
多分、女性の持ち物だよね。
慌てて探しに来たいつもと違うカースの姿を思い出した。
これは、あのカースがあんなに取り乱すほど大切なもの。
マートルもお守りの髪ひもを無くしたと解った時は、酷く焦っていた。
カースにとってのこの首飾りは、多分、幸運のお守りのようだったに違いない。
カースにとっての大切な誰かからの贈り物なのかもしれない。
だから、本当に大事にしてたんだろう。
でも、今回は、たまたまネックレスの部分の皮ひもが切れていたから、
ポケットに入れていて、そして、たまたま嵐の甲板で落ちたから、今回の事故にあった。
そう考えると、なんだか、不幸のお守りになっちゃってる。
そして、不幸のお守りのままだと、二度目三度目かありそうな気がしてきました。
うーん、それは駄目だよね。
それなら、幸運とまでいかなくても、せめてネックレス部分を直せないかな?
切れた皮ひもを見ながら考えた。
代えの皮ひもは沢山ある。セランの医務室に沢山あった。
だけど、どうせなら、もっと頑丈で丈夫で長持ちな紐をつけたらどうだろうか。
ちらっとカースをみたら、よく寝ていた。熱も出ている様子はない。
ので、
裁縫道具の置いてある小部屋に、ちょっと戻って、いろんな色の糸と、
丁度良い長さの麻紐を一本取ってきた。
ソファの上に座って、麻紐をより分け細くして、端を両膝で抑えて、
12色の木綿糸をミサンガを編むようにして、麻糸に巻きつけていった。
昔、サッカーが流行った時にミサンガ作りをいろいろやったもの。
単純な組み方から、組みひものような組み方まで。
あんまりにも綺麗に出来たので友人に見せたら、私も私もとねだられ、
ついには、職人かと思えるほど上達した。
あの時は、こんな事できたってなんの役に立つのかと思っていたけど、
今、こうやって役にたってる。なんだか、不思議な気分です。
就職できなくて、資格も取ってなくて、
誰にも必要とされてないのでは、一時期、なんとなく思っていた。
本当に私は今まで何をしてきたんだろうって
何者にもなれない自分が情けなかった。
でも、本当にそうだった?
自分が見えていなかっただけ。
探していなかっただけで、あの世界でもあったのかもしれない。
私が考え方を変えるだけで、違った生き方を出来ていたかもしれない。
そんな風にもとの世界のことから自分のことを考えながらも、
私の手は、12色の綺麗な組みひもを編んでいった。
編み終わった組みひもの端をペンダントのヘッドに通して、
輪にしたら、端の紐同士を一本ずつ結んで、ネックレスが完成です。
麻紐がベースになっているし、木綿糸は編みこんでいくととても頑丈だ。
日本の組紐ってそんな感じに編まれているって聞いたことがある。
これなら、ちょっとのことでは切れないでしょう。
頑丈で丈夫で長持ちなら幸運のお守りカムバックかもです。
それに、カラフルで綺麗だよね。
金の装飾と合わさると、うん、可愛いじゃない。
我ながらの出来栄えに感心していたら、ベッドからカースの声がした。
ペンダントを飾り棚にもどして、カースの側によると、
うっすらと汗をかき、頬と首筋が赤くなっていた。
そして、眉間には苦しげな皺が。
大変だ、熱が出てきたのかも。
熱! 熱が出てきたら、何をするんだっけ?
頭の中で、うろ覚えの救急医療の薀蓄がぐるぐると回る。
そして、出た答えは、まずは、冷やそうでした。
体の熱を効果的に下げるには、
布を水でぬらし、額と脇の下に入れるんだったよね。
確か、保健体育で習った。
シーツを脇からめくったら、カースの体には右肩にしっかり包帯が巻かれていた。
そうだった。肩にも怪我してるのよね。
肩を動かさないように、脇の下にぬれた布をはさみ、
ガーゼにあたらないように、額の上にぬれた布を置いた。
だけど、カースの熱はどんどん高くなって、
冷たい布がすぐにあったかくなってきちゃう。
氷嚢? 氷?
だけど、この船で氷って見たことない。
厨房ですら冷蔵庫ってなかった。
熱にうなされるカースをおろおろと見下ろしていたら、
小刻みに揺れる額の包帯からジワリと血が滲み出してきた。
痛みを感じるのか、カースの息が荒くなっていく。
眉間の皺が更に深くなり、手や肩に力が入り、血が、傷口が開いていく。
どうしたらいい? セランを呼ぶべき?とおろおろしていたら、
ベッドサイドに置いた解熱剤に痛み止めが目に入った。
セランが持たせてくれた水薬。
そうでした。これ、お薬です。これさえ飲めば、熱も引いて痛みも消えるはず。
でも、意識の無いまま口にいれると呼吸困難になるかも。
肺に水がはいって苦しいかも。
そうしたら、せっかくのお薬を吐き出してしまって無駄になる。
どうしたらいい?
苦しそうな息の下で、カースがごにょごにょと寝言を言っていた。
夢でうなされているようだった。
苦しそうで、脂汗をかいている。
「いやだ、母様、ミーナ。
やめろ、よせ」
苦しげな息と一緒にかすれた声で、救いを求めるように、カースは声を絞り出す。
いやな夢を見ているようだ。
この熱が恐ろしい夢を呼んでいるのかも。
そうならば、早く薬を飲ませてあげるべきだよね。
で、さっきから頭の中に浮かぶのは、以前に映画でみたワンシーン。
あれしかない?
でも、女の私からするって、乙女道に反するというか、なんというか。
尚も、しり込みしていると、カースの左手がシーツから出て、
何かを求める様にまっすぐに伸ばされた。
「駄目だ。行くな!」
泣き叫ぶような声に、思わずその手をとったら、ぎゅってすごい力で握り締められ、
そのまま手を引っ張られて、左手でカースの胸に抱きしめられた。
何事?
苦しいです。
頭を動かしても腕が緩まない。
「止めてくれ! 違う!」
カースのうわごとはさらに激しくなってる。
腕の力は一寸たりとも緩まない。
ぐぐぐ、これは、二人とも危機です。
カースは熱で、私は窒息です。
離れようと腕を突っ張ろうとするも、力が違いすぎて出来ない。
それどころかもっと力を込めて抱きしめてくる。
うう、離れるのは無理です。
よし。それならば、押して駄目なら、引いてみなです。
私は力いっぱいカースを抱きしめました。
それで、「大丈夫、ここにいるよ。」
そうカースの耳元で呟いた。
行くなとか離れるなとかうわごとで言っていたので、
誰かに傍にいてほしいと言うことだろうと思います。
夢の中の誰かの代わりになることは出来ないと思いますが、
私がここにいるから、一人じゃないよという意味です。
病気の時って心細いし、誰かに傍にいてほしい時ってあるよね。
大丈夫、大丈夫と、背中を撫でていたら、
いつの間にか、ふっとカースの腕の力が緩み、拘束がとかれた。
今だとばかりに、カースの腕の中から脱出です。
そして、無事に見下ろしたカースの表情は、額の汗はながれる滝のよう、
呼吸もひどくなって、ぜいぜい、ひゅうひゅうって
喘息の患者みたいな苦しそうな息になってました。
私がもたもたしていたから、更に症状悪化したようです。
ええい。女は度胸だ。
水薬を一口、口に含む。
カースの顔をガッチリと固定して、キスした。
でも、口と口の隙間から水薬が流れ落ちる。
難しい。
もう一度、今度は痛み止めの方を口に含み、
角度を変えて、しっかり唇が合うようにキスをした。
今度は、薬が私の口から流れてカースの口に入り、
カースののどからゴクリと嚥下する音がした。
今度は解熱剤ね。
よし。
三度目のキス。
何度もキスをして、
薬をカースの喉に落としていった
もう、回数こなすと、
人口救助って感じがありありとする。
……するはず。
真近でみた、熱にうなされたカースは、綺麗な顔が熱をもって赤く染まって、
とっても、そう、壮絶に色っぽかった。
くっ、これが色気なのね。
カースって、口開かなきゃ、ほんとに綺麗なのよね。
私の数十倍色気があるよね。
自分で言って悲しくなってきた。
とりあえず、水薬を半分ほど飲ませ、しばらくしたら呼吸が落ち着いてきた。
よかった。薬が効いてきたのかな。
セランの薬は本当によく効くよのね。
枕元に置いてあった濡れ布で、汗で濡れていた顔と額、首筋をそおっと拭いた。
カースの眉間のしわが無くなって気持ちよく寝ている。
安心したら、私の体がとたんに重く感じた。
筋肉痛がぶり返したのか、体中の関節が痛みの大合唱を始めた気がした。
私は、ベットから離れてソファに座ってちょっとだけ横になりました。




