身振り手振りは異世界でも通じました。
つんっとした薬品の匂いがした。
鼻から抜けたとき、冷たいような、痛いような
嬉しくない感覚がした。
この感じは、昔、小学校の医務室で、
鼻の頭に塗られた消毒薬の匂いに似てる。
そう思ったとき、私のすぐ近くで
男の人の声がした。
おとうさん?それにしては、声が野太いような。
とりあえず、目を開けるべきだろう。
ちょっと、薄めに目を開けてみた。
ぜんぜん知らない男の人が、私の顔を
じっと見ていた。
それも、至近距離。
はっ?目が青い?
顔よりも目が一番に合うのだろう。
驚くより、納得してしまう。
百聞は、なんとやらではないか。
息をするのより早く、瞬きしてみる。
「##****:::?」
目の前の青目の外人が、私に何かいったけど、
さっぱりわからない。
「***:::、::?」
また、話しかけてきたけど、わかんない。
一応大学出ているから、英語と、第二外国語でフランス語取ったけど、
言葉のとっかかりというか、まったく違うようだ。
わからないと言うのは、どうやって言えばいいのかな。
思わず、頭の中で、変な外人がカタコトで「ワタシ、ニホンゴワカリマセン」って
両手を肩まであげて、首をふるしぐさが浮かんだ。
いやいや、あれは怪しすぎるだろう。
とりあえずあれはやめよう。
否定は首を振るのいいのかな?
「何を言っているのか、わかりません。」
日本語で堂々と言って、首を振る。
得意というか、話せる言語って日本語だけだし。
同じことを数回していたら、青い目の人が、眉間にしわを寄せて
右の眉を大きくあげた。
しばらく、じっと私を見ていたが、そのうち大きなため息をついた。
うーん、私の言ってること通じたのかな?
彼は、2歩ほど離れて壁際の机のそばのいすに座った。
彼の横にもう一人別の男の人がいた。
びっくりした。
いままでそこにいたの?
全然気がつかなかった。
赤褐色の髪に綺麗な緑の目、
逞しい体つきに、長い足、
30才くらいかな。
男らしい眉に、日焼けしている肌。
いままで生きてきて22年、こんな
印象的な雰囲気を持った人はあったことが無かった。
彼は私を見ていた。
私も彼から目を離せなかった。
しばらくすると、彼はなにか青い目に人に言ってから
部屋から出て行った。
誰だろう?
帰ってくるかな?
残された青い目の人は、じっと観察するように、私をみていた。
あらためてみると、結構ナイスミドルって感じのおじさんだよね。
お腹、出てないし。ひげも似合ってるし、足長いし。
外国の人って、顔の彫り深いから、彫刻みたいだし。
白衣似合っている。お医者さんなのかな。
髪は、焦げ茶色にちらほら白いものが混ざってる。
しわは目じりのとこにちょっとだけ。
まだ、そんなにお年寄りってわけではないよね。
若白髪ってやつだね。心配性なのかな。
こっちも負けない。
じっくり観察する。
傍目からみたら、にらめっこしているようだ。
しばらくすると、青い目のおじさんが目を逸らした。
観察終了かな。
とりあえず、勝った。
心の中で、むなしい一人勝利をあげて、周りの観察を
遅まきながらすることにした。
私は今、ベットの上だ。
えーと、さっきまで、どこにいたんだっけ?
頭が混乱して、順序よく考えられない。
ベットの上を見ていた目線が不意に、左右にぶれた。
そうして、上下にも。
そのまま、揺れている感覚が、体に伝わってくる。
フラッシュバックっていうのかな、海の上で遭難していた自分を
思い出した。
私、何かにぶつかった?
そうして、海に落ちたんじゃなかったけ?
体をひねって、自分を確認しようをすると、
とたんに、痛みが左肩と左足に響く。
痛みが急激に襲ってきて、小さい悲鳴のような声がでた。
痛みのひどい場所から、伝染するように頭痛とめまいが
おそいはじめた。
体が、後ろ向きにベットに倒れた。
息を短く吐き、体をこわばらせる。
痛みがすこしでも引くように、
じんじん痛む左肩に右手をそっとあてようとして、
その手を止められた。
青い目の彼が再び私の至近距離にいて、私の手を止めたようだ。
そうして、彼は私の左肩に軟膏のようなものを塗りつけた。
私が、動かないうちに、そのままガーゼをはり、くるくるを
脇を肩を覆うように包帯をまいていく。
そして、私の体の左側をずっとさすっていった。
左足首まできて、私の体がこわばったのを確認して、
またさっきの軟膏を塗りつける。
そして、同じようにガーゼを包帯を巻いてくれた。
実に、手際よい。
軟膏を、ぬってもらった箇所がひんやりして、気持ちよい。
長い、息をはく。
ああ、だいぶ楽になった。
お礼を言わないとね。
「ありがとうございます。」
ベットの上の私の様子をじっと見てた彼に、
私は小さく頭を下げる。
そして、ふと気がついた。
私、服、下着しかきてない。
寒いと思った。
ではなくて、ええと、この、中肉中背な、ぷよぷよな体を見られている。
ということだよね。ナイスバティから程遠い
ダイエットしましょう体を。
はっつまり、あの緑の目の彼にも見られたってことだよね。
わかってたら腹筋部分息をとめて少しでも
細くしたのに。
一応、嫁入り前の娘ですから、
一気に羞恥心というものが
頭をよぎって、顔が赤くなってきた。
でも、今は、目の前にいるのは、お医者さんのみ。
お医者さん相手に照れるのもいまさらだし。
どういったリアクションが正しいのかわからない。
うーん。とりあえず、掛けてくれていたごつい
布を引き寄せて、隠せるところは隠そう。
かろうじて、痛みがなく動かせる右手で、布を引き寄せようとすると、
お腹の辺りにばさって、ワイシャツのような服が落とされた。
「::::***。」
声がした方をみると、それを羽織れって言っているようなしぐさを、彼はしていた。
ゆっくり、痛みが響かないように、
右手を軸にして体を起こし、シャツをはおる。
大きいから、ゆったり着れる。
でも、ボタンがとめられない。
ボタンのとこでもたもたしていたら、彼の手がにゅっとのびてきて、
大きな手で、器用にボタンをとめてくれた。
子供の時以来だよ。
服を他人に着せてもらうなんてね。
そうして、シャツを着終わったところで、ノックの音がした。
「:::***:*:=-^」
別の人の声がして、机の左横の木のドアが開いた。
明るい茶色のくるくる巻き毛にそばかす、大きな茶色の目の男の子が
お医者さんのそばにトレーを持って入ってきた。
そこから、美味しそうな匂いした。
ぐうっ
反射的になった。
うん。正直なお腹だよ。
欲しいって言葉でしゃべるより、明確だもんね。
何か二人でしゃべってたが、少年がにこにこ笑いながら、
トレーを持ってきてくれた。
野菜スープとちいさな黒いパン、あと、りんごみたいな果実が一個。
トレーをベットの上に置き、
少年がスプーンを渡してくれた。
そして、これを飲むんだよってなしぐさをしてくれる。
一口、飲んでみたら、美味しい。
二口目をすくおうとすると、右手の上に少年の手が乗せられて、
パンを指さされる。
ああ、パン食べるのね。
スプーンを置いて、パンに手を伸ばした。
硬い。乾パンっていうより、石みたい。
片手でちぎれないので、苦労してたら、少年がパンを私の手から取り上げて、
目の前でスープに漬けた。スープに全部浸したあとで、スプーンを再び
渡された。
硬いパンはスープがしみこんで、やわらかいスポンジのように
なっていた。
なるほど、こうして食べるのね。
パンがしっとりして美味しいよ。
全部食べ終わったところで、少年の手が果実を二つにうまく割った。
それを渡されて、食べるんだよってな感じで身振りする。
そのまま、かじった。
甘酸っぱい。梨のような舌触りなのに、マンゴーみたいな濃い味。
瑞々しく、美味しかった。
「美味しい!」
びっくりして、果実を見つめていると
「ルーレ」
少年が不意に言った。
少年の方をみると、果実を指さしながら、もう一度言った。
「ルーレ。」
えーと。これは果実の名前なのかな?
果実を私も指さして、復唱してみる。
「ルーレ?」
少年がにこにこしながらうなずいた。
そうか、この美味しい果実はルーレというのか。
ぼんやりとだが、なんとなくはじめての意志疎通ができたような
感じがした。
そのままくるくる少年は自分の胸を指差して、
「ルディ」
と言った。
私も反復してみる。
「ルディ?」
少年はルディと言う名前のようだ。
にっこり笑っている。
次は、私を指差した。
ああ、私の名前ね。
「芽衣子。」
「メーロ?」
うーん。迷路ではないし。
言いにくいのかな。外人さんだし。
「メイ」
省略してみた。
「メイ」
通じたようだ。よかったよかった。
こんな感じで芽衣子の初の異文化交流がはじまった。