筋肉痛は辛いものです。
体がまっすぐに進みません。
まるで、酔っ払いのように、あっちへこっちへ。
壁つたいに少しずつ降りていきます。
たいしたことの無い距離なのに、普段の10倍長くなった感じです。
全身筋肉痛って、きついものなのですね。
前から、人がやってきてます。が、よけられません。
お願いですから、よけてください。
「おう、ペッソ。 もう、起きていいのか?
今回はお手柄だったな」
前から来た人達に話しかけられた。
どこかで見た顔。
私が首をかしげて、誰だろうと思っていると、
「なんだ、そのへっぴり腰は。もうちょっと気合いれてみろよ」
背中を軽く叩かれました。
……べしゃって転びました。
本人は軽くだったんでしょう。
多分、昨日までの私ならば、この衝撃を軽く受け止められたでしょう。
ですが、今は踏ん張りが効かないといいますか、とにかく痛くて涙が出そうです。
神様、筋肉痛はケガの内に入りますか?
はやく治るのかな。
転んだ私の脇の間に、後ろからごつい腕がにょっと生えました。
そして、誰かがグイっと引っ張りあげてくれました。
「おい、子供だぞ。 乱暴にするな」
あっ甲板で網とかロープとかの修理の仕事をしていた小太りオジサンです。
見知った顔を見つけて、ようやく目の前の彼らがわかりました。
名前は知りませんが、このオジサンの部下たちです。
そういえば、こんな顔してたような、ないような。
実にいいかげんな観察眼です。
立たせてもらったので、頭をさげてお礼を言いました。
「ありがとう」
オジサンは丸い顔をくしゃっとさせたようないい笑顔です。
「いいってことよ。 俺はアントンだ。
お前の名前は何だ? ペッソ」
あ、自己紹介です。
おじさんは、頭全体を覆うように、よくわからない柄の赤のバンダナを
某ひょっこり島に出ていたキャラクターのように巻いていて、
そして、アンパンのような顔をしていた。
アントンとアンパン。
実に覚えやすいかも。
「私、名前、メイ。 よろしく」
にぱっと笑いました。
「そうか、メイだな、よろしくな、メイ」
アントンさんは気のいいアンパンマンのようです。
そうしていたら、目の前にいた3人のガタイのいい男達が次々に自己紹介してくれました。
「メイ、俺はコリン、こっちはゾルダック、あっちはハロルドだよ」
順番に、
コリンは赤み掛かった茶色の髪に、焦げ茶の目
ゾルダックはくすんだ金髪に青い目、
ハロルドは濃い茶髪に、グレーの目。
体格は皆、似たり寄ったり。
ごつい筋肉マンでした。
こんな体格の人たちに囲まれると、アントンさんはすごくちっちゃくみえるよ。
アントンさんだけをみると、しっかりと筋肉のついたごつい小太りオジサン。
身長差が優に30cmはある。
「おい、仕事に戻るぞ。 今日中に痛んだロープを新しいのに取り替えるぞ」
だけど、そんなアントンさんに三人はペコペコしてる。
小さい巨人ってことだね。
尊敬されているのがありありとわかります。
「「「はい。アントン」」」
三人とも、とてもよいお返事をして甲板の方に向かっていきました。
「これからどこに行くんだ?」
「医務室です。セラン、会うです」
三人の行った先をじっと見ていると、
アントンさんが衝撃的な事実を教えてくれました。
「メイ、大丈夫なのか?
昨日の晩も食堂にいなかったし、昨日の嵐の後から今まで目が覚めなかったんだろ」
は?
「嵐、昨日?」
「おう。嵐は昨日のことだぜ」
なんと。
「今、俺達は朝食を食べてきたとこだ。
メイも医務室より先に、食事食べてきたほうがいいんじゃないか?」
朝ごはん。
その言葉を聞いたとたんに、お腹が大きな音で要求し始めました。
なるほど。
ご飯を食べてないから、余計に力が入らないのね。
お腹も背中も痛いので、お腹まで感覚が麻痺していたようです。
それとも、昨日海水を飲んだ気がしたので、お腹が錯覚していたのかも。
私としたことが、なんたる失態です。
腹時計の正確さには、自信があったのに。
「セランには、先に食事に行ったって、伝えておいてやるよ。
行って来い」
ぐううううー。
返事をしたようです。
「はは、腹の方が早い返事だ」
アントンさんはニコニコ笑いながら手を振ってくれました。
なにはともあれ、先にご飯です。
そうすれば、この体にも力が入るはず。
やっと食堂にたどり着くと、ルディが一番に気がついて私の元に走ってきてくれた。
「メイ。良かった。 目が覚めたんだ」
私の顔を見るなり、ぎゅって抱きついてきた。
痛いです。筋肉痛が!
力はそんなに強くないけど、地味に痛いです。
「セランが、船長がついてるから心配ないって言ってたけど、
食いしん坊なメイが夕飯の時間になっても起きてこなかったから、
本当に大丈夫だろうかって心配してたんだ」
沢山、心配させちゃったのね。
こんなに心配してくれてる。
その気持ちが嬉しかった。
「心配、ありがとう。ルディ」
ちょっと、体の痛みでなみだ目になりながら、
抱きつかれているままに両手で、ルディの背をポンポンとリズムよく叩いた。
「おう、メイ、目が覚めたのか。
朝食を後でルディにもって行かせようと思っていたところだ。
もう、大分いいなら、食べていけ」
レナードさんが厨房から顔を出して、大きな声を掛けてくれた。
あっ私、手伝いしてない。
厨房の下っ端なのに。
中で手伝おうとルディから離れたら、
「メイ、今日から3日は厨房で働かなくていいって」
ルディが問題発言を。
私、首?
まだ、下っ端3日目なのに。
目を大きく開けて、ショックを受けていると、
ルディは私が何を考えているかわかったみたいで、苦笑しながら次の言葉を言った。
「メイは、ご飯食べたら医務室でセランの手伝いだって。
結構、けが人出たんだ。
人手が要るし、それに メイは、今、力仕事できないでしょ」
よく、わかるんですね。
「生まれたての子馬のようにプルプル震えて歩いていれば、
誰だってわかるよ」
うん、いい表現です。
でも、お腹一杯食べれば、治るかもしれないですよ。
明日には厨房で働けるようになるかもです。
尚もルディに言い募ろうとしたら、ビシッと言われた。
「船長命令!だよ」
はい。従いましょう。船長命令は絶対ですものね。
そうして私の手を取り、空いている机に連れて行き、
朝食を持ってきてくれた。
今日の朝食はカリカリベーコンと焼きトマトのチーズ乗せ、
ジャガバター、それに、コーンスープに玉ねぎを練りこんだ固焼きパンです。
「はい、ゆっくり食べてね。 飲み物はここに置くね」
至れり尽くせりです。
ああ、本当に美味しそうです。
匂いもそうですが、見た目も天晴れです。
唾液が絶えず出てきます。
一口、口に入れます。
ベーコンの厚みがたまりません。
1cm以上ありますね。
チーズとトマトのハーモニー。
うーん。とろける。
くう、私、生きてて良かった。
心の底からそう思う瞬間は今です。
一口一口食べていると、ご飯を食べ終わった皆が
それぞれ、声を掛けてくれました。
なぜか、皆、大変フレンドリーです。
下っ端生活3日ともなれば、多少とも慣れてくれたのかな。
うーん。それにしても、
今日のご飯は格別のような気がします。
ご馳走様でした。
お皿を舐めたみたいに綺麗に食べ終わりました。
大変、美味しゅうございました。
食器を片付けようとしたら、さっとルディがやってきて、
私の手から食器を奪っていった。
「皆、昨日の一件、知ってるんだよ。
アントンさんやコリンたちが、
昨日の晩、ここで皆に話してたからね」
昨日?
私、寝こけてたんだよね。
何かあったの?
首をかしげていると、
「昨日の嵐で被害が少なかったのは、メイのおかげだって。
それに、怪我をしたカースさんを、体を張って助けたんだろ。
嵐をものともせずって、昨日の晩にここで、
アントンさんとコリン達が、とくとくと酒のつまみに話してたよ」
はい?
「皆、勇気あるやつだって。
メイこと、骨のあるやつだって」
えーと、骨? 軟体動物ではないから、間違ってはいないけど、
何か、とても大げさになっているような。
「ルディ、違う。レヴィ船長、皆、頑張った。
だから、嵐、私、おかげ、違う」
だって、嵐が来るって私は伝えただけ。
レヴィ船長やアントンさん、
ルディやバルトさんが信じてくれたから、嵐を避けるために、すぐに動いてくれたからだし。
「それに、あんなことあったすぐ後なのに、
カースさんを助けに行っちゃうなんて」
あんな事?
何だっけ?
「ペンダントの一件だよ」
そうだ、ころっと忘れてた。
「うん、忘れた」
そう言うと、ルディは目を細めて、私の髪を軽くなでて褒めてくれた。
何にも考えてなかっただけなのに、褒められました。
なんだか、体は痛いけど得をした気分です。
「さぁ、医務室に行っておいで。じゃあね、メイ」
お腹が落ち着いたら、幾分、体の動きが滑らかになったようです。
今度は足に力をいれても、へちょってなりません。
よし、いきましょう。
厨房の三人にご馳走様の挨拶をして、
ゆっくりと医務室に向かっていきました。




