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箱をあけよう  作者: ひろりん
西大陸砂の国編
189/240

砂漠のお勉強会。

さっくさっくさっくと、規則正しいリズムで馬さんの足が砂を蹴っている。

ぽくっぽくっぽくっと軽快なリズムでエピさんの足が砂地を進む。


エピさんの背中の上で、そおっと視線を泳がして後ろを見ると、

馬さんのU字な蹄跡とエピさんの所々断ち切れた円の様な3つ蹄の跡。


砂地に2種類の足跡が判で押したように見事に連なり、

その足跡達は上がり下がりする砂丘に点線的な痕跡を残している。


砂漠を走る熱い風は地面すれすれに小さな風を纏って、

その痕跡を少しずつ吹き消し続ける。


遠目の砂丘にあったはずの点線はすでに跡形もなく消されていた。

足元の空気が小さな渦を作り、私達の周りに気流を生み出す。

暑い風が全身を撫でる様に巻き上がり、前方へ抜ける。


風の動きを追うように私の視線は一転して正面の砂丘に向ける。

相も変わらず変わり映えしない砂の風景。

照りつける強烈な太陽の日差しを砂地が目に痛い程に乱反射する。

その光は直射日光と差異がない程に眩しい。


フード代わりのコートを目深に引き下ろす。


本日は、晴天なり。

いや、本日もと言うべきだろう。


空に雲が浮かんでいても太陽が陰ることはめったにない砂漠の天気。

真っ赤な太陽は本日もご機嫌のようで、紫外線指数100%。

日焼けサロンいらずの脅威の自然の威力で、

こんがりきつね色というより今にも焦げて炭になりそうだ。


こんなに暑いのに、汗は思っていたより出ない。

というより、あまりにも空気が乾燥しすぎて汗が流れるより先に、

綺麗に乾いていくのだ。

洗濯指数も100%に違いない。


さて、そんな晴天の太陽の下、

私達は現在総勢5名(馬さんとエピさんを含む)の、

のんびりゆったり砂漠紀行満喫中です。


ここは一気に砂漠を抜けるべく足早に進めてはと一瞬考えたのだが、

すぐにその考えは却下するに至る。


エピさんだって、馬さんだって、この炎天下の中疾走するのは多分嫌だろう。

私だって、こんな炎天下で走れと言われたら、確実に首を横に振る。


だがそれだけではないようです。


カナンさん曰くゆっくり行くのにはきちんとした理由があるのだそうです。


砂漠では、体力を極力温存させるのが一番生存率が高い方法なのだとか。

生存率って言葉がすんなり出るほどに砂漠の旅は過酷だと言う事なのだろう。


利口な旅人は、目的地までただひたすら、

ゆっくりゆっくりと最短距離を進むのを常とします。

そうすることが結果的に一番良い結果を残すのだそうです。


うーん、なるほど。

これは、有名なウサギとカメ寓話ですね。

勝者はカメと声高に言いたいのだろう。


カメを見習ってとは言わないが、

無理せずゆっくり行くのが砂漠を渡る先人の知恵なのだそうです。


常に先を見つめる先人の知恵と言われ、

砂漠の恐ろしさをわずかとはいえ垣間見た今なら解る気がします。


無理して砂漠を抜けようと頑張って疲れた時に、昨夜の様な獣に襲われたなら、

私なら確実に虫の息です。そう考えたらぞっとします。


砂漠は決して人間に優しい環境ではないのです。

今でも、沢山の行方不明者という名の死者がでるそうです。

砂漠を渡る万全の用意をしてあっても、絶対安心はありえない。


砂漠には過酷な自然の驚異が多々発生し、

それは突如自然災害となって襲いかかるのだ。

砂嵐とか竜巻、アリジゴクのような流砂や風に砂が舞って起こる風砂などもある。


それに、砂漠を横行する獣や、砂漠を徘徊する盗賊など、

自然災害以外の外的要因ですら危険は尽きない。


それらに巻き込まれ死んだ旅人は、砂漠にその遺骸を晒し砂に沈む。

そして、いつしか辺りの砂と一緒になるのだとか。


なるほど、お墓も死体もなくすべてが乾いた砂になる循環型究極エコですね。


砂漠の民と言われる民族は砂漠での風葬を重要視している風習があるそうです。

お墓がないのは日本人としてなんとなく寂しい気がするのですが、

そこはまあ、文化の違いと言うものですね。


世の中の常識は常に変化に富んでいるのです。

自然の力って本当にすごいですねという一言だけで、

とりあえず風葬に対する感想は終わりにしたいと思います。


つまり言いたいことは、砂漠を渡るには焦りも油断も禁物なのだということです。

本当にいろいろと厳しい環境なのです。


だから、こんな太陽の照りつける中なら岩場の上で自火目玉焼きできるかもとか、

天然の石焼き芋も可能だろうかなどと、考えた私は不謹慎かしら。


そうですよね。 心から反省しましょう。


卵も芋もないのに、私はなにを考えているのでしょうね。

今度考えるときはお芋の一つでも持っている時にしたいと思います。


現実問題は、そんな過酷な砂漠でもしカナンさんに会えなかったなら、

私はミイラになるところだったと言うことです。


うん、間違いない。

干からび蛙成らぬ、干からびミイラとなっていたでしょう。

ダイエットしたいと常日頃から思ってはいたけど、そんなやせ方は嬉しくないし、

乙女としてご遠慮したい。


そう思うと、本当にカナンさんの方向音痴には感謝してもし足りないのです。

本当に私は助かりました。命の恩人と言っても過言ではないでしょう。


が、しかし、それとこれとは話は別なのです。



******


エピさんとグレンさんの勝負の結果はヤトお爺さんの独り勝ちでした。

お爺さんはどうやら五分以内に落ちるで賭けていたらしい。

五分、持ちませんでしたね、確かに。


あれからなにやらグレンさんに至急の用事が入ったとか何とかで、

折角合流できたのに、私達はまたもや二手に分かれることとなりました。


最初と違うのは、グレンさんの爺やさんであるお爺さんが、

私達が向かうマッカラ王国まで同行してくれることになったこと。


グレンさんの最初の暴言からでも解る様に、

彼等はカナンさんの方向音痴っぷりと本当によく御存じなのです。

あっさりとグレンさんは爺やさんを私達に付けてくれました。


そして、本人は急ぎの仕事があるとかで、来たときと同じく、

風のように馬を走らせて南に向けて、部下二人を連れ馬を走らせていきました。


友人を助ける為だけに馬を走らせて砂漠を駆け、

風のように去っていくなんて、まるでどこかの勧善懲悪のヒーローのようです。


本当に、なんていい人なんでしょう。


別れ際にも初対面な私にちゃんと東大陸の公用語で挨拶を返していかれました。


「先ほどは失礼したが、俺は急な用事でいかねばならない。

 いつかまた会い見まえることもあろう。

 その時まで達者でな。ケシャク・サラーム」


ケシャウ・サラゥームゥ?


最後の言葉の意味は解らないけれど、

西大陸では当たり前な挨拶的言葉なのかもしれない。


「はい。 有難うございます。

 グレン様、貴方もどうかご無事で」


だから、私もマーサさんに教わった通りのお辞儀をして返した。

膝を軽く曲げて右手を左手に添えるものの、顔はまっすぐ前を向く。

外で出会った時のちょっとだけ目上の人に対するお辞儀、

バージョン4です。これは頭を下げないのです。


私のお辞儀にちょっとだけ目を瞬かせていたグレンさんは、

すぐに笑顔になり、何かをカナンさんに言うと、

颯爽と馬上の人となって去って行かれました。



本当に風の様な人でした。


そして、改めて私とカナンさんとお爺ちゃん(ヤトさん)だけとなり、

人の好い快活な笑顔をみせる元気印のお爺ちゃんとの道行になりました。


お天気も良いし新たな同行者は頼もしいご老人ということで、

幸先がいいと浮かれていたのですが、やはり問題はおこりました。


最初からカナンさんの方向音痴を予防するため黄色ターバンのお爺さんが乗る馬が先導し、

カナンさんと私が乗るエピさんがその後ろに付く形で歩を進めているのですが、

どうしてだかわかりませんが、気が付けば逸れてます。


私が離れてしまった足跡に気づいて声をあげるか、エピさんが文句をいうか、

お爺さんが気が付いて引き返してくるかを何度も繰り返しました。

ですので、遅々として歩みが遅れてます。


本来なら、すでに西のオアシスについていてもいいころなのに、

未だ姿かたちすら見えません。


私の観察から推測するに、

カナンさんが手綱を右に左にといつの間にかきっているのが原因だと思われます。


エピさんは、基本カナンさんが握る手綱の指示に逆らいません。

それが、主人として認めていることなのかもしれませんが、

その都度、エピさんがグルル(チガウ~)と愚痴を呟いています。


そして、同行者であるグレンさんの部下のお爺さんの眉間に縦皺が。

その縦皺は瞬く間に数を増やし今や折り目のごとしで、

目つきが剣呑になってきてます。

遂には、呪詛の様な西大陸の言葉と、はっきりとした舌打ちが聞えました。


言っている意味は解りませんが、これは絶対に褒め言葉ではないでしょう。


なのに、カナンさんはどこ吹く風のごとくに全く気にせず、

これを更に何度も、ええ、何度も何度も繰り返しました。


私たちは一つの場所をぐるぐるとまわっているのだと推測いたします。


最初は軽く怒っていたお爺さんの声がだんだんと掠れ気味になり、

最後はドスが聞いたヤクザな脅しの様にカナンさんに詰め寄ります。


その目つきははっきり言って人を殺しそうなほど怖いです。


ひらひらと風に泳ぐ頭に巻いた黄色ターバンの端が縦に揺れているのですが、

なんだか怒りの炎が体言化されているように揺らいで見えます。


そして、カナンさんが何かをぼそりと言った時、ついにお爺さんが切れました。

ええ、見事にぶっつりと。


それからのヤトお爺さんの行動は凄かった。

にこにこ笑っていた仏がいきなりくわっと鬼神に変わり、

次いで雷のような電光石火がカナンさんの首筋を直撃しました。


カナンさんを見下ろす顔は正に別人です。


更に、見事に意識が刈り取られたカナンさんに、

なにか吐き捨ているような口調でかっと怒りながら怒鳴りました。


何を言っていたのかは西大陸の言葉なのでわかりませんが、

お爺さんの怒る理由はわかりますのであえて何も言いません。


お爺さんの天誅を受けたカナンさん。


カナンさんの体がぐらっと揺らぎ、私に背を預けるような形で崩れました。

慌てて私が支えましたが、もう少しでエピさんの背中から転げ落ちるところでした。


お爺さんは慣れたもので、意識のないカナンさんの体を、

あっという間に自身の馬の背に担ぎ上げ、落ちない様にしっかりと馬の背中に括りつけ、

エピさんの手綱と馬の手綱を結び、

私がエピさんから落ちない様にとロープで足元と腰の二か所を固定されました。


これで晴れて一本の紐で結ばれた(括られた?)旅仲間です。


つまり、まっすぐ一直線にロープで馬とエピさんが繋がれている状態。

ほら、よく砂漠のラクダがロープで一列に繋がって歩いている絵があるでしょう。

パッと見た感じはあんな状態です。


細かく言えば、本当に一本のロープでお爺さんの手から始まって、

馬の背に括られたカナンさんでぐるぐる巻きで伸び、エピさんの手綱とつなぎ、

胸からお腹にロープを回して、私の足までが繋がっていると言うことです。


実に器用です。



こうして意識のないカナンさんを含めたゆったり満喫砂漠の旅が出来上がったのです。

カナンさんが寝ている為、旅はサクサクと進みました。



そんなこんなの私達の砂漠紀行ですが、

カナンさんを乗せてないエピさんはなんとなくですが、

鼻息がグフッグフッと嬉しそうです。


(ラクラク、イイ~)


楽々、ああ、確かにそうですよね。

二人乗っていたのが一人になったのですから、総重量の問題では、

エピさんの背中は楽に感じるはずですよね。


(コブン、カルナイ~)


うう、やっぱり、ダイエット必須なのですね。

親分に軽いと言われる日はいつか来るのでしょうか。


先頭を歩く馬さんは、エピさんのように感情表現豊かではないのか、

余り感情が流れてこない。

精々、暑いとか喉が渇いた感じの感情が流れてくるだけだ。


まあ、例え言われたとしても、今の私に何か言っても多分聞こえないと思います。


何故かというと、西大陸の言葉講座がヤトお爺ちゃん先生によって、

私を生徒に行われていたからです。


(ええか? 嬢ちゃん、これがグシェス・エルドじゃ。

 これが無いと一日とこの砂漠では生きていけん。)


黄色のターバンを巻きつけたお爺さんが、腰に付けた水袋を軽く叩いた。


ヤトお爺さんは、西大陸の言葉で楽しそうに笑いながら、

私にいろいろ話かけてくれてます。


お爺ちゃんが叩いたものは、何かの動物の皮を舐めしたもので出来ている水袋だ。

未だ中身がしっかり入っていて、ポンポンと叩くたびにチャポンと音を立てる。


私は、お爺さんが言った言葉の中で一番強い語尾の単語を復唱する。


「グシェルスゥ・エルドゥ?」


(いやいや、グ・シェ・ス・エ・ル・ド。 そら、もう一回言うてみい)


「グシェス・エルド?」


(そうじゃそうじゃ、よう出来たよう出来た、それから、次は……)


なるほど、私の耳にはかなりの巻き舌に聞こえるのだが、

本来はスタッカートのように打ち切る物らしい。


この様子から解る様に、私は今、お爺さんによる西大陸の言葉を

必死で覚えようとしています。


ヤトお爺ちゃんはとっても教え方が上手なのです。

亀の甲より年の功ということでしょうか。



*********




お爺ちゃんは東大陸の言葉は片言話せるらしく、

最初からいろいろと私に話しかけてくれました。


くしゃくしゃの笑い顔で、自分を指さして自己紹介。

ヤト爺ちゃん(ヤト・ラ・パンテ)と言っていました。


(嬢ちゃん、嬢ちゃんは、好いた人は居るかの? もしくは、夫持ちかの?)


「え? は? あの、カナンさん、ヤトお爺ちゃんは今何を言われたのですか?」


「……メイさんは、ご結婚されているのですか?」


「は? いえいえ、独り身ですよ」


(独身だそうです)


(ほう、そろそろいかねえと、とうがたっちまうで。

 おなごの花は短いものじゃて昔からいいよるよの。

 で、カナン坊はどうじゃ?

 ちいっと愛想はないし、若に比べたら花は無いが、いい物件じゃと思うがのう)


「……ご結婚は考えているのですか?」


先程のお爺ちゃんの言葉の長さから考えて、他にも何か言ってそうなのだけど、

私にはさっぱりわからない。

なので、カナンさんの質問に首を軽く傾げながらとりあえず答えていきます。


「そうですね。いつかはと考えています」


(いつか結婚したいそうです)


お爺ちゃんは嬉しそうに頭の上で手を叩いた。

シンバルを叩いているお猿の人形のようです。


(カナン坊よ、もうプロポーズの返事をもらったのか!でかした!)


(いえ、……今のは一般論です。いつか誰かとしたいということです)


カナンさんの淡々とした口調に、お爺さんの顔が途端に歪む。

そして、とてつもなく大きなため息をついた。


そして、猛烈な勢いで二人でまたもや会話を始めてしまいました。

私はなんとなく置いてけぼりです。


気になるのは、ため息の意味です。

なんですか、そのため息は。

私が独り身で良くないと言いたいのでしょうか。


こんな感じで時折入るカナンさんの通訳が有難いとはいえ、

最初は予想以上に勉強も道行も進みませんでした。


一応、話の受け答えの途中でカナンさんの注訳が付いたり、

通訳してくれたりと最初は和やかに話しをしていたのですが、

すぐに途中から脱線するように、二人だけで話し始めてしまうんです。


仲間外れはちょっとさみしいです。


最初は小さな言葉でも訳してくれたりとしていたのですが、

次第に話題が白熱してきたのか、カナンさんが怒りだし、

ヤトお爺ちゃんが煽るように笑い、最後には二人だけで楽しそうにお話しているのですよ。


まあ、男の話には女は口を挟めないって言うものでしょうか。

船でも、面白そうな話をしているみたいだから、何の話って聞いたら、

マートルやラルクさんが男の話だって、仲間に入れてくれないことがよくありました。


だから、態度と動作で言っていることの意味を推測するしかできません。

が、おそらく殆ど違うでしょう。


ぼうっと見ていると暇なので、気が付けば私は親分の艶やかな毛並を撫でているか、

自分の考えに浸っているかと言った感じになっていました。






そう言えば、西大陸の結婚適齢期っていつなんだろうか。


イルベリー国でもっとも結婚適齢期は14~16歳。

私の実年齢はともかく、イルベリー国での私の公式年齢は17歳。

うん、ちょっとだけ危ない年齢。

実年齢を気にしたら確実に立派な行遅れです。


レヴィ船長が貰ってくれれば、すぐにでも独身やめるつもりなのですけど、

3000クレスたまってイルベリー国に帰る日はまだまだ先の話だよね。


それに、国に無事帰れたとしても、肝心要のレヴィ船長に貰ってもらえるとは限らない。

だって、傍に居てほしいって言われたのに、私は飛んでいなくなっちゃったし。


無事に帰ったら一緒に過ごせる時間が欲しいって、別れるときにお願いしたけど、

私、今考えればその返事、聞いてないのです。

神様達と同じく、私、レヴィ船長に言い捨てしてるんです。

時間が無かったとはいえ、返事をもらってない以上、

私のお願いは時間切れとかで無効になっているかもしれない。


そう考えたら、私のお嫁入り道は遥かに険しく遠いかもしれません。

ため息とともに涙が出そうです。


レヴィ船長の周りには母が言うように素敵なライバルが沢山いるのです。

レヴィ船長に釣り合うくらいに背が高くて美人で鼻が高くて頭がよくて胸が大きくて。


……駄目だ、何一つ勝てる要素がない。


失恋したら、父が言うように泣いて家に帰るに決定なのか。

いやいや、そんなこと絶対に考えたらいけない


そもそも、頑張ってレヴィ船長にアプローチって、どうやるの?


男性にアプローチするのに一発逆転の必殺技ってあるのだろうか。

母は、必要なのは真心と乙女心って言っていたけど、真心はともかく、

乙女心を示すってどうしたらいいのだろうか。


本当に、世の中は疑問質問だらけですよ。


世の女の人達は一体どうやって素敵な旦那様を手に入れたのだろう。

マーサさんにしっかり聞いておくんだった。


実は、マーサさんは並み居るライバルを全て倒してセザンさんを旦那様とした金星勇者。

セザンさんは、イルベリー国の結婚したい男の不動の1位を20年続けた玉の輿。


顔よし金あり家柄よく、人柄良好、頭脳明晰、仕事完璧と全てが揃った一級品。

当然のごとく、我こそはと参戦する令嬢が後を絶たなかったとか。

ポルクお爺ちゃん曰く、それはそれは見ていて圧倒される戦いだったとか。


それを聞いて普通に、へえっ凄いって、単純に驚いていたんだけど、

具体的にどうやってとか聞いてない。


一生結婚しないと言い続けたセザンさんに求婚させたその手腕は見事だったと聞いている。

その手腕って、どんなものだったのだろうか。


礼儀作法にかこつけてしっかり聞いておくんでした。

そうすれば、レヴィ船長にマーサさん直伝の成功間違いなしアプローチできたのに。


お城にいるときは、何処か他人事のように考えていたから、

自分の身になって考えると言うことをしなかったのです。


だって、一方通行な片想いで満足していましたから。


でも、今は、片思いより両想いがいい。

伸ばした手の先を掴んで抱きしめて欲しい相手はレヴィ船長に以外には考えられない。


こんなに誰かを欲しいと思ったことは今まで一度もなかった。

この想いは諦められない忘れられない、いや、絶対に忘れたくない。

だから、この世界に帰ってきた。


そうだ、せっかく同じ世界に帰ってきたんだ。

弱音なんか吐いている場合じゃない。


イルベリー国に帰ったら絶対にマーサさんに必殺技を聞きに行こう。

それで、再度レヴィ船長に猛烈アプローチを掛けるのです。


イルベリー国に帰ってすぐにマーサさんに伝授してもらうとして、

私が会得するに1年いやもっとかもしれない。

となると、確実に行遅れ決定ですね。


何処かで時間短縮方法などが無いものか。

ああ、カースのような立派な頭脳が欠片でも欲しいです。


カナンさんとお爺ちゃんの会話を余所に、

私は自分の考えにとっぷりと浸かっていました。




********





メイがエピの喉を撫でながら、独りで思考にふけり始めたのを横目に、

カナンとヤト爺の論争はますます激しくなる。




(なんじゃい、お前たちはそろいもそろってへたれじゃ)


(ほっといてください。貴方に関係ないでしょう)


(それならカナン坊、お前が駄目なら、ワシはどうじゃ?

 ちーと歳は食ってるが、自他ともに認める絶倫じゃぞ~。

 すぐに可愛い赤子こさえてやるて)


カナンが、突然ヤトのターバンの端を掴んで乱暴に引っ張った。

ヤトは突然の奇行にぐえっとエピの様な声を出す。


カナンに手ひどく引っ張られても、ヤトの馬を操縦する体勢は崩れない。

流石、砂漠の民と言われる一族であるのだろう。

そんなどうでもいいことでカナンはヤト爺を再確認する。

この人は自分よりはるかに年上の老獪な人間なのだと。


(ヤト爺、子、孫とひ孫と合わせて30人以上いる貴方にはもう必要ないでしょう。

 余り馬鹿なことを言うと、先月結婚した30年下の奥様や夫人に言いつけますよ。

 大体、貴方と彼女では歳の差がありすぎるでしょう)


ターバンの端をカナンの手から取り上げると、

ヤトはカナンの言葉を馬鹿にするように鼻で笑った。


(ふん。馬鹿な事じゃと、だからお前も若もへたれだと言うておるのよ。

 28にもなって、おなご一人捕まえられんとは、情けない。ああ、情けない)


ヤト爺は、ため息をつきながら両手をお手上げのように上にあげて首を振る。

年上な老人を思いやろうと少し考えていたカナンの右米神に、

小さな青筋がぴきりと浮かぶ。

 

(ワシは奥は奥でちゃんと愛が強すぎて失神するくらい愛しておるよ。

 しかし、いつも言うておるが、ワシの愛は大きすぎ1人では収まらん。

 妻全員も賛同しておるし、せめて7人は欲しいところよとな。

 今は6人じゃて、あと一つ席が空いておるのよ。 

 胸や尻が足らないようじゃが、そこはワシの楽しみということならよかろうに)


そして、徐に腕を組んで真剣な顔で頷いていたと思うと、

メイの方を向いて瞼をせわしなく動かして瞬きを繰り返した。

俗にいうウインクである。

ヤトなりの女性に対するアプローチ方法なのだろう。


しかし、メイは何やら自分の考えに没頭しているようで全く気が付かない。


その様子を見て、カナンは笑いながらヤトの視線を遮る様に体を反転させ、

メイの為に、自分の為に反論する。


突然反転したエピにびっくりしてメイが思考の海から戻ってきたようだ。

少しびっくりした様でカナンの服の裾をぎゅっと掴んだ。


それを見てカナンの目は優しくメイのつむじを見下ろす。

そして、ヤト爺に向かってきっぱりとした口調で先ほどの提案は断った。


(嫌です。駄目です。却下します。彼女は貴方にはもったいなさすぎます)


くるっとカナンさんがこちらを向き、糸目を少し開けて、

真剣な顔でメイに向きなおる。


「メイさん、先ほどのヤト爺の言葉は綺麗さっぱり忘れてください。

 記憶から消去した方が害がありません」


メイはというと、突然自分に向けてふられた言葉に全く意味が解らず、

顔をひきつらせたまま、小さく頷いた。





******




えっと、ヤトお爺ちゃんが私に何か言いましたでしょうか。


しまった。所詮わからないからと全く持って聞いていませんでした。

これがカース相手なら、確実にお説教アンド軽いげんこつAコースです。


私をじっと見つめる楽しそうなヤトお爺ちゃんと苦々しい顔のカナンさん。


すいません。聞いていませんでしたって言ったら怒りますか?怒りますよね。


私は、つい、いえ思わず、そのまま頷いてしまいました。

あとは、野となれ山となれです。


そして、日本人特有の笑ってごまかせスマイルだ.

私は、意識して大きくにっこりと二人に向かって笑った。





(ほっ、ほっ、ほっ、若いっていうのはいいものじゃのう。

 カナン坊もついに本音が出たの。ええのう、ええのう。

 ならば、ワシに下手を打たれんように、カナン坊、押して押して押しまくれ。

 出ないとあっという間に、どこかの馬の骨に持って行かれちまうのじゃぞ)


お爺ちゃんは、カナンさんの胸を指でつんつん突きながら笑っている。

カナンさんはその指を振り払うように乱暴に叩き落とした。


(貴方は、がっつき過ぎなんです。 

 70を遠に過ぎているのに、この色ボケ爺!)


カナンさんはお爺ちゃんを指さして何やらイライラしてます。

カナンさんも怒鳴ることあるんですね~カルシウムが足らないのでしょうか。

砂漠だからね。小魚はないでしょう。


(男はから色を無くしたら、もはや男といわんのじゃ。

 ワシは90過ぎても子を成せるはずじゃ!)


ヤトお爺ちゃんは胸を張って腰に手を当てて何やら嬉しそうだ。


(そんな台詞は新しい奥様相手に言ってください)


カナンさんは、鼻の頭に皺を作るくらいに眉を寄せている。

これは、どういう意味なんでしょうか。

やはり、推測だけだと話が繋がりませんね。


ポンポンと弾む如くに交わされる会話。

私は、やっぱり二人の会話に口を挟むことは出来ませんでした。 


ココは西大陸。

天才でも全くない私が知らない言葉を習得するには、

凹んでも解らなくても勉強するしかないでしょう。

 

だから、今は必死でヒヤリングをすることに決めました。


東大陸の言葉だって解り始めるのに最初は聞くだけでした。

船の上で2週間でなんとか片言は憶えられたのです。

まあ、セランとルディが傍で教えてくれましたから何とかなったのですが。


ここでも、2週間あれば多分単語の幾つかは憶えられるでしょう。

問題は、私の頭のざるの目が粗すぎると言うことです。


西大陸の言葉を覚える先から東大陸の言葉を忘れそうです。

もし、そうなったら、カースのお説教が寿限無のように聞こえるかもしれません。


そうなったら、耳から耳へ流すしかなくなるのです。


うん? あれ? 

でも、それって私がいつもしていることですよね。

なら、ちょっとくらいは忘れても問題ないのか。

そうだよ。うん。問題ない。


今は目先の問題に集中しなくては。

お金を稼ぐには言葉習得は必須なのです。


目指せ、3000クレスですよ。

目標を立てて計画的にですね。


時折、思い出したようにカナンさんやヤト爺さんから質問が来るので、

お爺さんの言葉とカナンさんの言葉を重ねあわせて単語を拾う感じで、

頭の中の言葉を擦り合わせます。


簡単に言うと、エルド=ウオルツ=水って感じですね。


私が西大陸の言葉を学ぼうとしていると解ったのか、

お爺ちゃんがゆっくりと単語をきる様に話始め、カナンさんも

通訳を必要最小限にしてくれました。







そうして途中ですったもんだとカナンさんが馬の背中に括りつけられたりと、

ありましたがヤトお爺ちゃんの西大陸講座は続いてます。


お爺さんはなんだか言葉を教え慣れているようで、

本当にびっくりするほど解りやすいのです。

多分、私が通っていた大学の先生達よりも上手です。


単語を一つ覚えると、その一つを繋げるように、

他の単語を動作を付けて教えてくれるのです。


例えば、エルド・マール・クルーといえば水を飲むかな。

同じように、エルド・マール・オシュは、多分水を置くだと思う。


単語を覚えながら文章を覚える感じです。

本当にすんなりと言葉が頭に入る。


まあ、どれだけ頭に残るか解らないので、

とりあえず今は詰め込めるだけ詰め込みます。



(嬢ちゃんは、素直でほんにめんこいのう。 ホシケレ、ホシケレ)


「ホシュケルレェ?」


(ホ・シ・ケ・レじゃて。嬢ちゃんのように素直で可愛い娘っこをさす言葉じゃて。

メイ・ラ・クーデ・セール・ホシケレ)


そう言って、私を指さしてにこにこ笑顔。


意味は解らないけど、なんとなく褒め言葉の様な気がする。


クーデはお嬢さんという単語なのはカナンさんから聞いた。

セール、マールは語尾でいう、ですますに当たる。

男性が使うときはセール、女性が使うときはマール。


なら、メイお嬢さんはいい子ですとかいい生徒とか、いい人とかそんな感じでしょうか。

褒められたのならばお返しをしましょう。


「ヤト・ラ・パンテ・マール・ホシケレ」


パンテはお爺ちゃんだったと思う。

繋げると、多分ヤトお爺ちゃんはいい人です。という意味になるだろうか。


一瞬、目をぱちくりとしていたヤトお爺ちゃんは、

唐突に、うしゃっしゃとお腹を抱えて笑い、

大きな骨ばった色黒の手で、私の頭を優しく撫でてくれました。


どうやら間違ってないようです。

ちょっとホッとしました。


(ワシが可愛いとなあ。 

 そんなことを言われたのは30年ぶりじゃよ。

 ホンに、おもろい子だて)



こうやって、砂漠の中の西大陸言葉講座は進んだのです。 

夜が更けて空に満点の星空が浮かぶ頃、カナンさんが目を覚まして、

ヤトお爺ちゃんになにやらいろいろと文句を言っていたようなのですが、

私は基本早寝早起きなので、その時すでにどっぷり睡眠中。


慣れない勉強で頭を使ったせいか、

それとも枕になってくれた親分の暖かさのせいか、

砂漠に目立つ焚火の傍で、実に気持ちよく寝入りました。



言葉をしっかり覚えて、一日も早く船代を稼ぐのです。

なんだか今は疲れた分だけ、少しずつ帰れる日に近づいているような、

可笑しな充足感があります。


帰ったらすることも決まったので、帰る前にちゃんと計画を立てようと思います。

題して、アプローチ大作戦です。


会えるのは当分先だと思うので、それまでに計画をしっかり煮詰めよう。

ぐつぐつ味付けしっかりです。

 


それに、優しいカナンさんやエピ親分、ヤトお爺ちゃんの存在は、

なんとなくですが私の明日を心地よく照らしてくれているような気がしました。


それに甘えて依存と言うわけではないのですが、

実に単純ですが、見てくれる人が居ると言うことで、

頑張ろうと意欲が湧いてくるんです。


1人でないと言うことの素晴らしさですね。


つらつらと今日一日の嬉しいことや楽しかったことなどを、

一つずつ思い浮かべながらゆっくりと意識を沈ませていきました。


いつか来るであろう、レヴィ船長達と会える日を夢見て。




名残惜しいけれど、砂漠はもう終わりです。

次は町中になります。

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