迷子警報発令します。
メーデーメーデー。
サイレンが鳴り響く。
私の頭の中で、ただ今絶賛警報発令中です。
その名も、砂漠迷子警報です。
衝撃的な事実発覚に、ここがどこだか一瞬忘れて、
気が付けば目を見開いて口を開けたまま茫然としていた私です。
その結果として、当然のごとく砂が目の中に入り、
目の中を縦横無尽にころころしたあげく私の涙腺をことごとく刺激した。
そして口の中も同じく、大変にじゃりじゃりする。
明日は多分、目がウサギのごとく赤くになるに違いない。
赤橙は回らないが、目を血走らせた乙女(自己申告です)が頭を回してます。
絶世の美女ならばミステリアスで素敵ですむかもしれないが、
私にはそこまで出来る素養は元からない。
目が壮絶に痛くて、口が吐きそうに気持ち悪いだけだ。
ということで、ただ今顔面を手で覆って、黙って痛みに耐えている状態です。
私のおかしげな様子に、糸目なカナンの顔が困った様に少し曇る。
「メ、メイさん? あの、大丈夫ですか?」
カナンさんは、出会ったばかりの私を優しく気遣ってくれる。
お金が無い一文無しの私に仕事の斡旋まで。
本当に、とても優しい人だ。
私は、基本的に優しい人は大好きです。
誰かに優しくされると、私も優しくしたいなあって思う。
心がほんのり温かくなると、誰かの心も暖かくなればいいと願う。
ほんのちょっとの幸せでも、積り重なれば
とてもよい人生だと思うのですよ。
ですが、今はそれとこれとは別問題です。
涙目をカッと見開いて現実を見ましょう。
真っ赤に潤血しているであろう鬼気迫る目で、カナンさんに向き直ります。
「あのですね、カナンさん、大変失礼なんですが、
今までに方向音痴って言われたことありますか?」
砂漠で砂嵐に会い、空腹の為方向感覚が一時的に狂っただけとか、
言わないだろうか。
一縷の望みとかけて質問をしてみる。
カナンさんは私の鬼気迫る様子に一瞬たじろぎ後ずさった。
そして、質問に対して何か思うところがあったのか、
細目を更に糸のようにして空をふっと仰ぎ見る。
「メイさん。 世の中の常識は、時に私にとっての非常識となるのです。
世界中にありとあらゆる考えや法則があり、
それは時に批難され批判の誹りを受けることがあります。
ですが、全ての学問に置いて、真実は遠い先に見えるもの。
最後に正しい答にたどり着く限りは何事も解らないと言うことです」
うん?
何が言いたいの?
簡潔に言っちゃってください。
「ええっと、カナンさん。
その意味は?」
「……他者の判断は時に間違っているということです。
私は、絶対に、方向音痴ではないのです!」
なるほど。
温和な態度な大人の人だと思っていましたが、意外に子供っぽいんですね。
間違っていると認めたくない基準がその辺にあるのかもしれません。
糸目のままで表情も変わらないのですが、
そっぽ向いていても耳がほんのり赤いです。
なるほど、耳は素直なんですね。
ポルクお爺ちゃんのように、言いくるめるわけでもなく、
言い訳だと解っていてさらに言い張る姿はちょっと子供のようです。
思わず微笑ましくなり、くすっと声が自然に出た。。
「……その笑いの意味はなんですか?」
カナンさんが私に目線を合わせて、ちょっとだけ眉を上げる。
「聞きたいんですか?」
私のくすくす笑いが止まらない。
私の様子を見ながら、カナンさんは肩をがくっと落とした。
「いいえ、聞きたくないような気がします」
止まらない私の笑い声は少しずつ大きくなり、
私につられるようにして、次第にカナンさんも笑い始めた。
砂漠の熱い風が通り抜ける瓦礫の傍で、
私達は意味もなく笑い合い、なんとなくほっとしていた。
現状は何も変わらないんですけどね。
しばらく、笑っていたら喉が渇いた。
私はペットボトルのお茶お一口こくり。
カナンさんは、水が入った皮袋をぐいっと煽った。
お互いになんとなく落ち着くと、
長年来の友人に接するように顔を見合わせて微笑んだ。
なんでしょうね、
この雰囲気。
居心地がいいっていう感じです。
私がそう思っていると、カナンさんも同じように思ったようです。
「まだ出会って間が無いのに、私がこんなにも打ち解けるなんて。
メイさん、貴方は本当に不思議な人ですね」
「いえいえ、カナンさんの不思議さには負けますから」
合いの手と言うんでしょうか。
するりと言葉が出てくる。
老人ホームで縁側に座ってお茶を飲む友人って感じでしょうか。
気が付けば、警戒心という壁がお互いになくなっていた感じです。
不思議なご縁もあったものです。
唐突に、カナンさんが風に耳を澄ませるように手を耳に当てた。
何が聞こえるのかと私も耳をすましてみるが、
風に吹かれて砂が舞踊る音しか聞こえない。
何が聞こえるのか聞いてみようかどうしようかと悩んでいたら、
カナンさんがにっこりと笑って言った。
「エピが私を見つけたようです。
よかった。 これで楽に移動ができます」
エピ?
それが何なのかと尋ねようとしたら、
すぐ近くの東の丘を越えたところに、ひょこっと動物が現れた。
その動物は、パッと見は馬のようだが2つ脚。明らかに違う。
長毛種であることや、ロバの様な太い脚にくにゃりとした長い首。
後ろから見るとラクダの様だとも思ったが、
正面から見るとダチョウにも見えるから表現に困る。
「見えますか? 彼が私のエピです。
この世で最も賢い動物の一つだと私は思ってます」
エピと呼ばれた動物は、まっすぐにこちらを目指して歩いてくる。
そう、歩いてくるのだ。
ぽくぽくと。
5日ぶりに探していた主人との対面と言う割には、
エピとやらは随分のんびりと構えている。
そして、エピを待つカナンさんもかなりのんびりだ。
ここに緑茶と湯呑があれば、ぴったりな感じののんびりさだ
そうして、ようやく瓦礫の廃墟の前まできてから、
頭を左右に振って何かの匂いを嗅ぐように鼻を動かし、
ぶるるっと鼻息を一瞬荒くして、がつがつっと足元の砂を乱暴に蹴った。
エピの声がメイに聞こえた。
(ココ、獣クサイ)
そして、何度も落ち着かなく目線を左右に動かして、
カナンさんに目線で何やら訴えていた。
なるほど、昨夜の獣たちの匂いですね。
あの獣匂を野生の鼻で嗅ぎ分けたのですね。さすがです。
カナンさんは重い腰をゆっくりとあげ、
私に手を差し伸べた。
「メイさん、行きましょうか。
この辺りはどうやらエピにとって警戒すべき場所の様です。
夜になる前になるべく遠くに移動しましょう」
私は差し出された手をとり、筋肉痛で痛む体に心で活を入れ、
まっすぐにエピという動物の傍まで行った。
首がひょろりと長く、小さな頭部に黒い立派な嘴、大きな狐のような三角な耳。
くりっとした瞳は理知的な光を携え、賢い動物であることが窺い知れる。
嘴がある容姿からはまるでダチョウのようだが、羽根がない2つ脚歩行動物だ。
長い脚は足元に幾程徐々に太くなり、
硬く頑丈な三割れのひずめが足元を固定する。
そして全身を覆っている硬い毛は長毛で色は茶と白の縞々だ。
長く垂れる尻尾は体と同じく縞々模様のふわふわ。
くりくり瞳にばさばさの長い睫。
これが人間ならアイドルまっしぐらだ。
こちらをじっと見つめ首をちょんと傾げる様子は、
下手なアイドルなんか目じゃないくらい可愛い。
「この子が、カナンさんのエピさんですか?」
その可愛さに思わず手が出そうになるが、
一瞬、長い嘴がギラリと光ったような気がして手が止まる。
「はい。 エピと言うのは分類学的種族の名です。
私は、エピという響きが気に入っていますので、そのまま呼んでます」
うん? 分類なんですって?
難しい言葉は東大陸の言葉でも解らないんですよ。自慢ではないですが。
私が首を傾げると、カナンさんはエピの首をゆっくりと撫でて、
荒い鼻息をなだめる様に口元に水袋をあてた。
エピは、水袋の先を嘴に引っ掻けるようにして持ち上げ、
喉の皮膚を風船のように膨らませ、
そこに水をため込んでから、一滴もこぼさずにごくりと飲んだ。
上手ですね。
なんとなく飲み方が慣れているって感じです。
それにしても美味しそうに水を飲んでいる。
目を細めちゃって、可愛いです。
毛並は硬そうですが、撫でたら怒りますかね。
私の視線の意味を理解したのか、カナンさんが私に釘をさした。
「エピは、パッと見は大人しそうに見えますが、かなり気性は荒いです。
初対面でうかつに手を出そうものなら、蹴られますよ。
気を付けてくださいね」
再度伸ばしかけた手を、飛び上がるごとくにひっこめた。
カナンさん曰く、
見た感じでは随分と可愛らしい動物だが、実はその性質はかなり強烈らしい。
とても賢く気難しく主人に忠実である一面はあるが、
その反面気位が高く、気に入らない人間はとことん嫌い尽くす性質を持つ。
例えば、動物的直観というのだろうか。
気に入らない人間が彼らに乗ろうとすると、
途端に嘴で突き威嚇するように金切り声をあげる。
それでも強行するならば、跳ね回り背から落とした挙句に踏みつける。
転がって逃げた相手を嘴で追廻し、更に何度も踏みつけるのだ。
彼等の心情において手加減をするかしないかという判断はあれど、
踏みつけ突いて追いたてる狩猟見本をみているようだ。
うん。
これに追い立てられると結構怖いかも。
「まあ、私のエピは賢いので馬鹿をいちいち相手にはしませんが、
基本、よく知らない人間には懐きません。
エピに触れることが出来るのは、私以外では私の知人2,3人だけでしょうか。」
ちらりとエピを見たら、言葉を理解しているらしく、
鼻息荒く胸を張っていた。
(オレ、カシコイ。
ダカラ、神様のシュゴシャ、ノルユルス)
ふんと鼻息を私に掛けた後、ぽてぽて歩いてきて、
嘴の先をというより首から上部分を、私の頭に勢いよくでんと乗っけた。
そして、そのまま頭の上でくわぁっと大きく欠伸をした。
セランがよく私の頭を顎や腕の休憩所のように無造作に乗せていることがある。
あれは、なんとなく親子のスキンシップだと私は思っている。
だが、ラクダもどきな動物にまでされるとは思わなかった。
エピは私の頭の上で喉をくるるぅと鳴らしながら、
顎と喉を私の頭皮にこすり付けていた。
け、毛づくろいしているのでしょうか。私の頭の上で?
カナンさんは、びっくりしたような声で言った。
「メイさん、貴方はどうやらエピに気に入られたようです。
エピの方から触らせるなんて。
これなら、貴方を乗せることに問題はないですね」
その言葉を受けて、ぶるるっとエピの激しい鼻息が私の髪を天辺を靡かせた。
(オマエ、オレノコブン)
これは、気に入られたというのでしょうか。
オマエって、コブンって子分ですか?
なんだかかなりエピ様目線だと思うのですが。
神様の守護者って解っているのに、私、子分なんですか?
いえ、乗せてもらう気満々なので、文句は言いませんけどね。
やっぱり、こちらの世界での神様の支持率はかなり低空しているようです。
晴嵐とか春海はもっと頑張って布教活動した方がいいのかもしれませんよ。
エピに気に入られたいうのとはちょっと違うような気がするんですが、
頭の上に乗せられた嘴は、ずしりと重い錘の様です。
カナンさんは、エピの腰にくくりつけてある荷物の内の一つ、
多分水袋と思われる物を一つ取り、自分の腰に皮紐で結わいつけた。
「さあ、用意はいいですか?
メイさんの荷物は、ああ、それだけですか?
大事な物以外はエピにくくりつけましょう」
出された手に、空の重箱が入った紙袋を渡しました。
空なのでどこか隅に放置しても問題はないのだけど、
なんとなく砂漠にゴミを捨てるような気がするし、
この重箱は赤い朱塗りで鶴亀亀甲模様の縁起物。
ここで、ちょっとした貧乏性が出てくるのは仕方ないよね。
うん、持って行けるなら持っていこう。
なにしろ一文無しだから、限りある資源は大切にしなくてはいけないよね。
カナンさんはひらりとエピの上にまたがって、上から私に手を伸ばしてくれた。
エピの背の高さは馬よりもちょっと高い感じ。
私は、馬に持ち上げてもらう要領で、鐙に片足を置いて片手をカナンさんに、
反対の手をカナンさんの後ろのエピのお尻に当て、
カナンさんの手を引くのに合わせて大地を反対の足で勢いよく蹴ってエピに乗った。
以前にレヴィ船長の馬に乗せてもらった時に、
ちょっとだけコツと言うものを教えてもらったので何とかできました。
私は今、カナンさんの後ろにいる形になります。
「……乗りましたね。しっかり掴まってください。
さあ、行きますよ」
カナンさんは、鐙で軽く腹を叩くようにして、エピに出発を促した。
最初のぽくぽくという歩き方から、
段々とぽんぽんとリズムよく飛び跳ねる様になり、最後はトトトと速足です。
(ココキライ)
どうやら、エピは早くこの場所から離れたいようです。
私としても、獣が現れると解っているこの場所から離れられて、
心からほっとしました。
カナンさんは、慣れた様子で手綱をくいくいと左右に引っ張りながら、
行先誘導しています。
エピもそれに反対することなく、スムーズに方向を変えていきます。
初めて乗ったエピは、馬よりも揺れない上に砂地を滑る様に走るため、
余り振動がありません。
エピの走り方って、馬と似ているようで違います。
どちらかというと、ダチョウの走り方と似ているかも。
人間と同じように左右の足を交互に動かしているだけですが、
首や頭を前傾姿勢にして体を斜めに倒すようにしてぐいぐいと進みます。
かなりのハイスピードです。
風を切って走る速度は自転車よりも絶対早い。
そして、馬よりも背中の幅がない為、
私の股関節は痛くなく、私のお尻もまだ無事です。
エピさん、偉そうに言うだけあります。ナイスな走りです。
これなら子分にされても、文句言いません。
風を感じながら黙って自分のお尻の無事を喜んでいたら、
カナンさんが話を始めました。
「エピは、私が思うに砂漠を渡るにもっとも適した動物だと思います。
一度水や食事をやると、そのあと10日は水を飲まなくても大丈夫ですし、
熱い日差しにも体力は落ちないし、寿命は長い。
昔は、砂漠でエピが唯一の移動の手段だったのです。
人に従順ではないのと、出産率が非常に低く個体数が少ないのが難点で、
今は私の周りにもエピを飼っている人はいません。
最近は馬やロバなどの4つ脚の動物が、主流となっています。
今回の遺跡への移動の際にも、エピに乗っていたのは私だけでした。
もっとエピの育成に力を入れてほしいものです」
そうですね。
エピくんにもお嫁さん必要でしょうし、
希少動物は保護すべきですよね。
親分にお嫁さんが来たら、性格も丸く穏やかになるのではないでしょうか。
子分として切に願いたいと思います。
「今回の私の砂漠渡の目的は、この砂漠の北東にある遺跡へ行くことでした。
私の師が突然思いついた説を立証するために、資料が必要だったので。
案内人と数人の同行者と共に行動していたのですが、5日前の遺跡からの帰り道、
急な砂嵐で、私はエピの上から落ちて気を失ってしまいまして、
気が付けば傍には誰もおらず、私は一人砂の中で埋もれていました。
私のエピは大変頭の良い子なので、必ず私を見つけてくれると信じてましたが、
同行者の行方も気になりましたから、とりあえず街まで歩いて移動しようと
昼夜問わず歩いたのですが、何故か目的地に着かなかったのです。
砂嵐にあった場所からだと、エピや馬の脚で1日半あれば着くはずなのです。
人の足でも3日あれば何とかなると聞きました。
ですが、あれは嘘のようです。
どこをどう歩いたのか、気が付けばあの水場に倒れていました。
あの水場は枯れていると聞いていたので立ち寄るつもりもなかったのですが、
時折、砂の流れや砂嵐などで目印が移動することがあるのです。
自然の悪戯でしょうが、目当ての国境の町にたどり着くことのできず、
5日間ずっと彷徨っていました。
眉唾な事ばかりいう友人の言葉を信じたのが大誤算でした。
ああ、その友人と言うのは、貴方と同じ東大陸出身の者なんですよ。
彼は、私の数少ない友人の一人ですが、口が悪く粗忽なのが欠点でして、
ですが、それを差し引いてもまあ、そこそこにいい奴なのです。
今度あうことがあれば紹介しますね。
彼は当然ながら東大陸の言葉を話せますので、貴方も気が休まるでしょう。
しかし、彼の大言壮語にあまり歓心を寄せてはいけませんよ。
彼は、あまりにも大雑把過ぎるといいますか、
時に、不確かな物言いをすることがあるのです。
今回はそのせいで、私は5日も砂漠で彷徨ったのですから。
ですが、その結果として貴方と出会えたのですから、
友人には文句をなるべく言わないようにしましょう。
それも砂漠が齎した運命だったのですから」
そうですね。
カナンさんが迷子になっていなければ、
私は今頃砂漠を一人で当てもなく彷徨うところでした。
それを考えたら、カナンさんのいうところの砂漠の悪戯という運命に、
その困った友人さんにも心から感謝しなくてはいけないですね。
うんうんと頷きながらエピの上で大人しくカナンさんの話を聞いていましたが、
ちょっと嫌なことに気が付きました。
先程から影の位置が反対を向いています。
そして、エピで走って半刻ほど過ぎたのに、
目の前には先程離れたばかりの瓦礫が残る廃墟跡。
あれって、もしかしなくても同じ場所だよね。
それとも似てるだけ?
ぶるるとエピが唸った。
(カナン、マタダメ)
……。
「ああ、また砂漠の悪戯ですか。
本当に、砂漠とはやっかいなところですね」
いや、そこはなんとなく違う気がします。
先程のエピの言葉からも、カナンさんのせいだと確信できました。
しかし、カナンさんに違うでしょうと問い詰める気もありません。
お日様の光はかなり横這いになってきてます。
つまり午後半場を過ぎたと言う事。
夜まで、そんなに時間がないのです。
早くこの場所から離れないとあの獣たち再来は免れません。
砂漠の運命に私は逆らう決心を決めました。
カナンさんに任せていたら、おそらく無限ループな迷子地獄になりかねない。
「カ、カナンさん。そうだ、あの、地図とか持ってないんですか?」
以前に旅番組で砂漠を旅するキャラバンは、
彼ら独自の砂漠の地図を持っていると聞いたことがある。
「ありますが、役に立ちませんよ。
砂漠の悪戯は厄介ですから」
うん。あくまでも砂漠のせいにしたいんですね。了解です。
しぶしぶながらも見せてくれたのは、簡単だけれど確かに地図。
砂漠、森、谷、国の名前らしき文字、国境線。
うーん。読めませんねやっぱり。
しかし、地図とは絵のようなものですから、
目的地と現在地、方角さえ間違わなければ目的地に着くはずなのです。
太陽の位置を見ながら、今の居場所を把握して行先を聞く。
「向かう先はどこなんですか?」
「北の国境の町にまずは向かいます。
この地図で言うと、ここですね」
カナンさんが指さした場所は赤い国境線らしき線の上に書かれた小さな凸マーク。
なるほど、ここが国境の町なのですね。
カナンさんはその指を更に上に動かして、
山と森の絵の向こうの二重丸の塔のマークを示した。
「こちらが、マッカラ王国です。
私たちがこれから向かう最終目的地です」
マッカラ王国ね、マッカラ王国。
どっかで聞いたことのある様な無いような。
とりあえず思い出せないので、それはどこかへ置いておく。
カナンさんは、地図を見ながら遺跡の場所とか港の場所を、
指でさしながら丁寧に教えてくれた。
私達がいる今の場所も。
国境の町は、この場所からみるとやや北東の方角だ。
そして、行ってきたという遺跡は、ここからだと北西になる。
どうやら、カナンさんは砂漠で彷徨って南下してきたようです。
「砂漠の悪戯に私も挑戦してもいいでしょうか?」
「……いいですよ」
カナンさんは、ちょっとだけそっぽを向いて答える。
(ソウシロ、カナン、ダメダメ)
エピの了解もいただきました。
「では、この方向に真っ直ぐです。
時折方角を調整していきますので、よろしくお願いします」
指さしながら、カナンさんに行く方向を示した。
時折、方向を変えようとするカナンさんを宥めて進んでいくこと半刻。
未だ元の場所には戻っていない。
つまり、廃墟跡は遠くなった。
なんとか移動できたようだ。
私が方向音痴でなかったことがこれほどありがたいと思ったことは、
かつてなかったかもしれない。
この調子でいくと、早ければ明日か明後日にはもしかしたら国境につくかもと、
調子にのって嬉しくなり一人にやけていたら、
トトトトとリズムよく走っていたエピの足がいきなりぴたと止まった。
急ブレーキを掛けたような感じで、思いっきり体が前に飛び出す。
慣性の法則というものですね。
「え? あ? ぎゃっ!」
カナンさんが足を踏ん張って鐙を引き締め、背を大きく反る。
私は、慣性の法則のままに、前に体が傾ぐ。
その結果として、カナンさんの背中に鼻がつぶれる様な感じで衝突しました。
当然のことながら、私とカナンさんの体格差からも私が勝てるわけがありません。
高級車と軽自動車くらいに違います。
ぶつかった衝撃は強烈。
鼻が痛くて額が痛くて目が回って星が出そうでした。
私達はそのまま転がる様にしてエピからまっさかさまです。
「危ない!」
カナンさんは私を抱えたまま体を丸めて、背中からまっすぐに砂地に落ちました。
咄嗟に私の背中を抱える様に体を捩じってくれたカナンさんのおかげで、
私は顔面以外に痛むところはありませんでしたが、
カナンさんは、私の上に乗っかる様に砂地に倒れこみました。
そして、砂地をごろごろすること3回転。
砂埃がもうもうと舞い、私の目もくらくらまわります。
やっと砂埃が収まった時、
カナンさんは、私のお腹に顔を伏せる様に倒れてました。
いち早く意識がはっきりしたであろうカナンさんは、
私の目が回っているうちに慌てて私の上から飛び起きた。
「だ、大丈夫ですか? メイさん」
私は、目の前がくらくらしている気がするのですが、
なんとか「はい」と答えました。
しかし、目は回ってますが耳は健在です。
小さい声でカナンさんが呟いたのが聞こえました。
「柔らかい」とぼそり一言。
き、聞こえましたよ。
それは、私のお腹が脂肪分たっぷりだということですよね。
解っていても言ってはいけない言葉をご存知でしょうか。
乙女に対してそれは禁句ですよ。
ダイエットしようと思ってはいるのですが、
世の中には美味しい料理が多すぎるのです。
食べる前に、食べた後はダイエットをしようと思っているのですが、
食べた後には、すっかり忘れているんですよね。
こんな感じだから私はいまだにぷにぷにお腹なままなのです。
カナンさんは、自分の手を見つめたまま、なぜかわきわきと動かしています。
あれは、私の脂肪比率を見極めようとしているのでしょうか。
解っているが指摘されるとちょっと八つ当たりしたくなるのが人間と言うものです。
「うわっ?!」
思わず、カナンさんのわき腹あたりをきゅっと抓ってしまった私は悪くないと思います。
で、何故、エピは止まったのでしょうか。
倒れた体を起こして、カナンさんの目線の先を追うと、
前方の砂丘の遥か向こうに、何やら小さくもうもうと舞う砂埃が見えた。
そして、だんだんと大きくなるどどどどっいう蹄の立てる騒音。
あれは何かと尋ねようとしたら、カナンさんが先に教えてくれた。
「ああ、やっと逸れた同行者が合流できるようです。
まったく、案内人ともあろうものが砂漠で迷子になるなど。
後できちんと言っておかなくては」
いやいや。
多分に彼らの言い分は違うと予測されます。
それから待つこと数十分。
砂漠の距離は近いように見えて遠く、遠いように見えて近いのです。
砂の地面は距離感をおかしくさせるのですから。
昨日歩いてよくわかってます。
そして、先頭を走っていた馬に乗っていた男性が開口一番に述べた言葉で、
私の推測が間違っていなかったことを確信した。
「こんの大馬鹿カナン、くそ方向音痴!
お前、俺達がどれだけ探したと思っているんだ!大間抜けのへたれ野郎!」
東大陸の言葉を使う馬上の男性。
最初の第一声は、聞くに堪えない罵声でした。




