表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
箱をあけよう  作者: ひろりん
西大陸砂の国編
185/240

親切な人に出会いました。

ドカッドカッと勢いよく蹄の踏み鳴らす音がして、

辺りの砂が馬の後ろ脚に蹴られるようにして小さな砂埃を立てる。


馬上にまたがっているのは、分厚い布で体の表面の殆どを覆った人間である。

分厚いマントと背中まである長いベールの様な日よけを被り、

口元までしっかりと覆われた砂漠を渡るときの常識的服装である。


風を切りながら走る馬は、この砂漠を走り慣れているようで、

轡から小さな泡を浮かせながらも、危なげない様子で真っ直ぐに砂漠を走っていた。


馬に乗った男が、一つの砂丘の天辺で止まり、

辺りを忙しく見渡してからピィーっと甲高い口笛を吹いた。


その口笛が聞こえたのか、しばらくしたらもう一つ先の右砂丘から一人、

左砂丘から一人、同じような服装の仲間と見られる馬上の二人が合流した。


彼等が近づいてすぐに、待っていた男が口元を覆っていた布を、

ぐいっと指で引き下ろした。

現れた顔は、精悍な男らしい顔立ちだ。


日に焼けた肌に無精ひげ、大きくに開いた焦げ茶の瞳に太い眉。

それらはいかにも機嫌が悪いらしく、

眉間の皺と共に、顔に渋面を浮かべていた。



「おい、そっちはどうだった?」


その質問に対し、彼等は一様に首を振る。


「いや、まったくだ」

「こちらも見当たらない」


その返答に、問いかけた男は忌々しそうに舌打ちをした。


「あの野郎、どこ行ったんだ」


目の前の二人は顔を見合わせて、同じように口覆いをずらす。

二人は目の前の彼よりも聊か若い感じの青年だ。


「今年の雨期は短かったので、水場が一つ消えました。

 その結果、その近辺の獣共の徘徊区域が広がってます。

 もしかしたら、遭遇した可能性があります」


「ルクソーラからメドナスまで砂漠を渡る中商隊が、

 先週襲われて皆殺しだそうです。

 軍に討伐命令が出たそうです。

 まだ現場には到着してませんが、 南の砂漠です。

 あちらまで行ってみますか?」


二人の物騒な報告を聞きつつ、男は考える。

言われた場所は西と南。決して近い場所ではない。

どちらに行くかで命運は決まる。


そして、どうしたもんかと天を仰いで空を見つめると、

遠い空に1匹の鳥が飛んでいた。


その鳥は、死肉を漁る鳥。

砂漠の死の使い。


生きたエサを見つけた時、仲間への目印のように空を丸く回る。

エサを見失わない様に、ゆっくりと後を追いながら旋回し、

エサが倒れ動かなくなったら仲間を呼ぶのだ。


つまりその下に、何かしらの生きている存在があるということ。


奴がいなくなってから、すでに5日。

水を持っていたことは確認しているが、

あの下で倒れていても可笑しくない。


男は、連れの二人に向けて顎を突き出して鳥を示した。


「おい、あれどう思う」


その仕草を受けて、二人は軽く頷いた。


「あのあたりは、消えた水場の近くです。

 獣の共食いかもしれませんが、駆ければ夜半までには着くでしょう。

 行かれますか?」


「待ってください。

 我らの手持ちの獣避けの香はあとわずかです。

 朝までもたないかもしれません」


二人の意見に男は眉を顰めてさらに考える。


そうしたら、新しい馬上の男が背後の砂丘から現れた。


「若、エピの痕跡を見つけましたぞ。

 あちらの方角ですじゃ」


その男が指さす先は、先ほど見つけた鳥が舞う場所、西の水場の傍。


「じい、獣避けの香は余分に持っているか?」


じいと呼ばれた男は、皺皺の顔をにやりと歪めて、かかかっと笑った。


「当り前ですじゃ。

 わしはこの砂漠をもっとも知る者ですぞ。

 若が産まれる前から、十二分に用意はしておりますじゃ」


その返事を聞いて、若と呼ばれていた男は馬首を翻した。


「西の水場だ。行くぞ」


彼の号令で3頭の馬が続いた。


勢いよくかけていく彼等の後ろ姿は、

あっという間に砂の海に隠れて見えなくなった。


 



**************



 













痛い。


首が、肩が重い。

それに、全身が非常に怠い。


その重さを例えると、特売の洗剤をついつい買いすぎてしまって、

後悔した時のようだ。


あの時は、近所のスーパーの感謝セールとかで、

洗剤が一箱99円だったんですよ。

それもおひとり様5箱まで。


洗剤なんて腐るものではないですもの。

もちろん買いますよね、5箱きっちり。


で、序に調子に乗った感謝セールで安い日用品を買い足した結果、

こうなった思われる重さになってしまい、

両手にそれぞれ20kg前後という錘で5km先の我が家までよろよろと歩いて帰った。


何故こんなに買ってしまったのだと後悔もさることながら、

折角の安売りで出来た節約をタクシーに乗って帰って散財するなんてと、

なんとなく何かに負けたくないような可笑しな意地があった。


そんな馬鹿な拘りでよたよたとひたすら進む道のりは遠かった。


その時に感じていた重さに似ている。


家にたどり着いたときは達成感と疲労感で半端なく疲れていたが、

大変なのは翌日だった。

首、肩、背中、腰、膝、腕、腿、脹脛と、

人体模型君で表すと人間の筋肉の仕組みがわかるぞと、

言われるくらいに全身の筋肉がひいいいと見事な悲鳴を上げていた。


そう筋肉痛ですよ。

筋肉が大変に痛いと書いて筋肉痛。

あれから、私は決意しました。

お得セールの時の洗剤購入は3箱までと。


その決意通りに、あれから洗剤を買いすぎる愚行は犯していない。

それどころか、両手に持てないほどの荷物は決して持たない。

ふっ、私だって学習するのだ。


しかし、それなのにどうして私の体はあの時のように筋肉痛を有するのか。


疑問を持った矢先に、目をぱちっと開いた。


目の前の画像がゆらりと揺れる。

ちりちりと眼球に感じる熱気が、何度も瞬く瞼の痙攣を引き起こす。

目の端がぱりぱりに乾いていて、指でこするとじゃりっと砂が擦れた。


何度か手で砂を払って、ようやく目の前の景色が判別できた。

壁に遮って出来たわずかな影と砂に埋もれた瓦礫。


この砂漠に落ちてほぼ一昼夜過ごしたわけですが、

この日差しの強さに砂埃は、今までになかった環境だけになかなか慣れませんね。


「あ、ああ、そっか、私、寝ちゃったんだ。 えーと、お早う」


私の独り言に応える声はどこにも居ない。

お早うって言える相手がいないって随分寂しい。


独り暮らし歴がながいと言っても、人が住んでない場所でと言うわけではない。

本当の孤独って、人間が住めない環境にいることを言うのかもしれない。


起きたばかりなのに、なんだか気分がすっきりしない。

照が居たなら、挨拶に何かしら返事が返ってきていたのに。


改めて考えるに、全くの一人ってこの世界では初めてかもしれませんね。

船の上では皆がいたし、他の時だって照が傍にいてくれた。

今思うと、私って随分恵まれていたと思う。


こんな砂漠にいるとどんな人でもいいから話がしたいとか思ってしまう。

人恋しさって、環境に左右されるのね。


感傷に浸って過去を想い、見慣れぬ景色を題材に哲学したいところですが、

何も変わらない砂色の景色を見つめ、筋肉痛で動こうとしない私に、

焦れた私のお腹が早々に声を上げた。


ぐぅぐきゅるきゅるる~ぎゅぎゅ。


感傷に浸るってどうやるんでしたっけ。

お腹がすきすぎて、頭がぐるぐるとまわってますよ。


壁の影の位置を見るに、まだ午前中だ。

寝たといっても寝過ごしたりはしていない様だ。


ここから移動しなくてはいけないことを考えても、

あと1時間くらいで出発した方がいいだろう。


このままこの場所にいて、昨夜のように獣に襲われるなんてまっぴらだ。

思い出して首をぶるっと震わせた。



嫌なことは、さっさと忘れましょう。

折角助かったのだから、いいことだけを念頭に一日を始めるのです。


そういえば、昨夜の食事から丸一日経っている。

お腹が訴えても仕方ないでしょう。


まずは、食事ですね。


ということで、お赤飯おむすびごま塩付。

重箱一段の殆どを一つに握ったので、大きさは上等。

コンビニおにぎりの3倍以上の大きさだ。


朝食は一日の基本。さあ、これを食べて頑張りましょう。


あーんと大きく口を開けて、食べようとしたら、

私の背後から、ごとっと大きな音がしました。


慌てて振り向いたら、人の手が砂から生えていた。


いや、正確には生えていたというより、砂に埋まって行き倒れている人の腕でした。


骨ばった腕が、ぷるぷると震えながら、私の方に手を伸ばしていた。


そして、力を振り絞るとばかりに這っていた体が、ぼふっと砂に再度埋まった。

全身が薄茶色の砂と同色のマントに覆われているが、

これは、おそらく人です。


先程、どんな人でもいいから出てこないかしらと思っていたから、

幻想でもあらわれたのだろうか。


ちょっと茫然としていたら、

最後まで持ち上げていた手が力なくぱたりと砂に埋まった。


は、茫然としているところではありません。

これはおそらく、幻想ではなく現実です。


慌てておにぎりを袋に戻し袂に入れ、倒れている人の傍に駆け寄った。

もちろん体中の筋肉は悲鳴を上げるけれど、それはまるっと無視だ。



「ちょっと、大丈夫ですか?

 もしもし、生きてますか?」


傍に膝をついて倒れた人の体を揺すると、手首をがしっと掴まれた。

瀕死のようなのに大変力強い人です。


「……」


なにかを言ったようです。


「…j………fp……」


砂に顔を押し付けたままなので、何を言っているのか解りません。


「聞こえませんよ。」


手首を掴えていたその指を開き、薄茶色のマントに包まれた体を、

俯せ状態から仰向けになる様によいしょっと転がしました。


肩を掴んだ感じでは、かなり大柄な男性です。


「jfdkjoijois,mvis...routmbosi」


顔面は砂まみれですが、

顔についている砂をぱっぱっと掃います。


うなされる様にして口が何やら呟いています。


今度ははっきりと聞こえましたが、問題がありました。

主に私の方の問題です。


つまり、さっぱり言ってる言葉解りません。


「あの~、申し訳ないですが、貴方の言葉は私には理解できません」


とりあえず、私が解る唯一の言葉で返事をする。

身振り手振りは、寝ているもしくは意識を失っている相手では無理。

意志疎通はもちろん出来ません。


私がこの異世界で唯一話せる言葉はカースたちが話している東大陸の公用語だ。


で、目の前の人は明らかに違う言語を呟いてます。


ということは、この人は西大陸か公用語を話さないくらいに僻地にいる人かどちらかだ。


この人が私のように飛ばされたとか考えるより、

私の方が西大陸か僻地に飛んだと考える方が妥当だろう。


思わずため息が出そうになるが、

目の前の倒れている人を放っていくわけにはいかない。


とりあえず、さっきまで私が寝ていたほんの少しの木陰に、

ずるずると引きずっていきます。


筋肉痛で力が入らない身では、かなりの重労働です。

無事に木陰に運び入れた時には、手足の震えがかなり酷くなってました。


痛む手足を振るえる指先で、何とかマッサージをしていると、

倒れていた人がまた何か呟きました。


「hish... movie,hish...]


うーん、こういった場合は多分、水と言っていると推測するのがよいのでしょうか。

私が持っているのはお茶。

それも大変に濃い日本茶です。


カテキンたっぷりなので愛飲しているのですが、

こちらの世界では見たことがありません。

紅茶はあるのに、残念です。



しかし、水分には変わりないでしょう。

と言うことで、口元にまずはキャップ一杯のお茶を入れて、

ゆっくりと開いている口にぽとぽと落としました。


気絶している人に水を飲ませると、気管に入って咽てしまうことがあるので、

ゆっくりと丁寧にです。


そうすると、口の中の舌がお茶を吸い込むようにして動き、

何度も喉がごくりと嚥下しました。


それを2,3度繰り返したら、意識が戻ったようです。

ゆっくりとですが、おそらく目を開けたのだと思います。


おそらくと言うのは、フードが落ちてあらわになった目は、

大変な糸目でした。


柔らかそうな茶色の短髪に角ばった男性特有の顎。

その顎には柔らかそうな無精ひげが生えてます。

歳の頃は30代後半か40を少し超えたくらいでしょうか。


「mikera...kdi..kenwieu?」


ゆっくりと体をおこしながら私に話しかけてくる顔は、

先程までの死にかけた状態のせいか聊か疲れが見える笑顔です。

なんだか、その悠然とした態度には育ちの良さが見えますね。


私は困った顔で首を振ります。


「ごめんなさい、私、貴方の言葉は理解できません」


私がそう返すと、彼はびっくりしたように何度か瞼を動かして、

ゆっくりと微笑んだ。


「あ、ああ、そうですか。

 貴方は東大陸の方なのですね。 

 これならば、言葉はわかりますか?」


いきなり紡がれた言葉は、確かに私が解る言葉。


「あ、はい。 わかります」


一気に、ほうっと肩の重みが降りた気がした。

よかった。 この人、東大陸の言葉が解るようです。


以前にカースが識学率は高くないと言っていただけに、

西大陸と東大陸の少なくとも2か国の言葉が話せるこの人は、

若そうに見えますが、大変頭の良い人のようです。


「そうですか。 

 それでは改めて、助けていただいてぐぅぎゅるぎゅるぐぅぅううう~」


彼は穏やかにほほ笑んで丁寧に礼を言おうとしたが、

それを邪魔するように大きな不協和音が鳴り響いた。


先程、私が響かせたお腹の音よりももっと大きな音でした。


「あ、いや、これは申し訳ない、あのぐぅぅぐぎゅるぎゅる~」


一生懸命にお腹を押さえるが、彼のお腹の聞き分けは余りよろしくない様だ。


「お腹、すいているんですね」


私が事実を述べただけなのだが、彼は泣きそうに顔を歪めてぼそりと呟きました。


「……はい。 

 もう5日、碌な物を食べていませぐううううぅううう~」


なんと、5日。

ならばこその、あのお腹の音なのだろう。

私は精々一日でこのすき具合なのに、5日だなんて。


私は袂に入れたままのおにぎりをそっと差し出した。


「これ、よかったら食べてください。

 食べたことのないものかもしれませんが、私の故郷の食べ物です」


男性は細目をこれでもかとばかりに見開いたが、

それでも2mm程度開いたぐらい。


「い、いいんですか? 貴方の食べものではないのですか?

 ぐぐぐぐぅきゅゆゆゆゆるるるる~」


その言葉に、私の正直なお腹もぐうぅと音を立てて抗議した。

が、訴え具合ですでに負けている。

なにしろすきっ腹5日だ。あちらの方が数段上だ。


私はお腹を押さえたまま、早口に答えた。


「い、いいんです。

 私は昨日沢山食べましたし、まだ少し食べるものだってあります。

 だから、貴方は遠慮せずそれを食べてください」


お腹を押さえているから赤くなる顔を隠せないまま、

おにぎりへの未練を断ち切るとばかりに彼の手におにぎりの袋を渡した。


彼はしばらく私を見て後、

手の上に乗せられたおにぎりの袋をじっと見つめた。


その間も彼のお腹は怪獣が鳴くがごとくに叫び続けている。

その訴えを無視できなかったのか、彼はごくりと唾をのんだ。


「あの、有難うございます。

 それでは、遠慮なくいただきます。

 貴方の優しい気遣いに心から感謝いたしまぐきゅるきゅるきゅ~」


そういって彼は袋ごと食べようとしたので、慌ててその手を止める。


「あ、あの、その袋は食べられません。

 その袋から出して食べてください」


「あ、ああ、この薄いものは袋なのですね。

 このような物は初めて見ましたぐぎゃるるるぐぅぅ~」


そう言いながら彼はゆっくりと袋をがさがさと開けて、

おにぎりを取り出した。


しばらく袋をがさがさと触りながら、引っ張ったり広げたりしていたけど、

彼のお腹が一斉に苦情を申し立てた。


ぐぐぐぐるるるるる~ぐぎゅるぐぐぐぅぅぅ~。


その音に負けた彼は、苦笑しながら私に袋を返してくれた。

私は袋を小さくたたみトートバッグに入れた。


おにぎりを改めて見た彼の目は、少しびっくりしていたようだったけど、

しばらくしてぱくりと大きな口を開けておにぎりを食べた。


5日食事をしていないというのは、とてつもなく辛いのだろう。

がつがつと貪るようにして食べる様子は、とても必死さを感じさせた。


大きな私の顔の半分はありそうなおにぎりは、

あっという間に彼の口に消えた。


そして一息ついた彼は、ふうっと大きく息を吐き、

お腹をポンポンと叩いた。


「ああ、本当に美味しかった。有難う。

 珍しい食感だったが、実に美味しかった。

 それに、あれだけしか食べていないのにお腹が大変膨れた。

 実に効率の良い食べ物だ」


そういって、彼は腰の皮袋を取り出し、くびっと煽った。

おそらく水だ。


それをみてちょっとほっとした。


私がもつペットボトルのお茶はもう半分も残っていない。

これを飲み干したらもう水はないと思っていたから、

ちょっとだけ気が楽になった。


私は、袋の中の飴を取り出して口に入れる。


暑さで少し解けていた飴は、疲れた体にとても美味しく感じた。


緩む私の顔を見ながら、彼が話しかけてきた。


「ところで、貴方はどちらに行かれるのですか?

 どうしてこのようなところにおられるのですか?

 よろしければ教えてくれませんか?」


その質問にどう答えようかちょっと悩む。

なにしろここがどこかもわからないのだ。


「ちょっとよんどころない事情がありましてこんなところにいるのですが、

 私はイルベリー国に帰りたいと思ってます」


「イルベリー国? 

 これはまた随分と遠い場所へ行かれるのですね。

 ご家族か同乗者が、港か国境で待っていらっしゃるのですか?」


私は首を傾げる。

セランやカースはおそらく船の上。


「いいえ、私は一人です」


その私の返事に糸目の彼の表情がこわばった。


「それでは、国からの迎えが来ているとか、

 船の手続きが出来ているとかではないのですね。

 失礼かと思いますが、貴方一人であのような遠い国に行くのは、

 無謀極まりないと思います。

 女性の一人旅は、正直に申し上げて命の保証は出来ません。

 そのように危険を冒してまで帰る必要はあるのですか?」


厳しい言葉だが、心配してくれる心が伝わってくる。

ああ、この人いいひとなんだなあって思った。


「心配してくださって本当にありがとうございます。

 ですが、どうしても会いたい人達がいるのです。

 だから、あの国に帰ろうと思っています」


私の言葉に更に眉を狭めた彼は小さくため息をついた。


「そうですか。 それではお引止めいたしませんが、

 失礼ですが、貴方は帰国に伴う金銭をお持ちなのですか?

 この国からイルベリー国まで、船旅で大凡3か月はかかります。

 船賃やその他の経費を考えると膨大な金子が必要になりますが」


え?

船旅で3か月?

そんなに?


ここがどこなのかはわからないが、

随分と遠いところに晴嵐は飛ばしてくれたものだ。

晴嵐は方向音痴を自覚すべきですね。


その上で、今度はちゃんとお願いしよう。

せめてイルベリー国近辺に落としてくださいと。


「ぼ、膨大ってそんなにかかるんですか?」


ちなみにもちろん私の所持金は0である。

日本円なら多少はあるが、使えないのは当然解っている。


船の切符ってどのくらいかかるのでしょうか。


レヴィ船長の船には客人は乗っていなかったから、

乗船にどのくらいかかるのか相場がわかりません。


「そうですね、最低でも3000クレス、

 もしかしたら4000クレスはかかるでしょうか」


3、3000クレス?!


確か、イルベリー国の金貨が1ベリルで、西大陸だと1クレス。

私が王城でもらったお給料は金貨10枚、10ベリルとちょっと。

住み込み1か月の女官では破格の給料だって言われたけど、

あれが3000枚ですか?


「どこかの港の近くで働いて、お金が溜まったら帰ろうと思っていたのですが」


フェリーとか、客船専用の下働きとかないでしょうか。

そこで小銭を稼いで貯金箱に細々入れていけば、貯まりませんか?


糸目な彼は眉を寄せて考える様に言った。


「港の近くですか?

 あのあたりで働いても碌な稼ぎはありませんよ。

 一ヶ月で1クレスたまるかどうかも怪しいものです」


なんと。

そんなことでは10年働いても船に乗れません。


「貴方は特殊な職業の方ではなさそうですし、

 普通の宿屋の下働きや倉庫の掃除などでは、

 毎日の生活がやっとではないでしょうか。

 それに、貴方は西大陸の言葉を話せないのでしょう。

 良い条件の職場は望めないと思いますが」


特殊?

よくわかりませんが、私の道のりが遠いということだけはわかりました。


話が通じない、言葉が解らないというハンデは確かに大きい。

テレビでも外国人の就職は非常に困難だと言っていた。


くっ、こんなところでも就職浪人だなんて。

日本にいた時よりも職探しは、困難を極めそうです。


がっくり項垂れている私に、

彼は、幾分申し訳なさそうに言葉を切り出した。


「諦めてこの国で暮らすという選択肢はないのですか?」


私は、ゆっくりと顔を上げて彼を見ました。

彼は私を気づかってくれているのだろう。


私は、ゆっくりとだが首を振った。


「ご気遣い有難うございます。

 でも、私は何年かかろうとも国に帰ります。

 約束したんです。 必ず帰ると。 だから帰ります」


決意を新たに拳を握っていると、

糸目の彼が私の肩にぽんと手を置きました。


「わかりました。 

 それでは提案なのですが、 もし、よろしければ、

 私の知り合いの職場で働きませんか?

 港の近くではありませんが、旨く節約すれば、

 ひと月半クレスくらいは溜まるかもしれませんよ。」


「え? い、いいんですか?」


正に、天の声です。

捨てる神あれば拾う神ありというのは本当でしたね。


「ええ、私の上司の家で働き手を探してまして、

 身元確かな人という条件だったのですが、

 私の紹介ならなんとかなるでしょう。

 なかなか大変な仕事ですが、それでも良ければ紹介いたしましょう」


なんて親切な人なんだろう。

こんな砂漠で人の人情が心に沁みます。

有難う糸目の人。


「あの、有難うございます。 ぜひ、紹介してください。

 私の名前はメイです。 よろしくお願いいたします。

 私、一生懸命働きます。

 こちらの言葉も頑張って覚えます。

 なるべく迷惑を掛けないようにしますので、ぜひお願いいたします」


手を床について深く頭を下げた。


「はい。解りました。 喜んでご紹介いたしましょう。

 お名前はメイさんですね。 私は、カナンと言います。

 改めてこちらこそよろしくお願いいたします」


頭を上げる様に手を差し出されたので、その手を取る。

しっかりと握手をしてにっこりと笑いあった。


ああ、これで職も得られるし、何よりもこの砂漠から出られる。

右も左もわからない砂漠迷子の私に、まさに天の助けです。

 


「ところで、貴方は私の行く方角がわかりますか?」


は?


「私は急な砂嵐で同行者と逸れてしまいまして、

 水はもっていたのですが、食糧を乗せたエピともはぐれてしまい、

 本来ならこの廃村まで2日で来れるはずなのですが、

 もう5日彷徨っていたのです」


砂嵐?

エピ?


同行者と言うからには誰かと一緒だったのだろう。


だけど、最後の方の言葉は聞き流したくないものでした。


「えーと、貴方はどちらの方角から来られたかわかりますか?」


一応聞いてみる。


「あっちだったかな? いや、こっち?」


彼は指で右左と刺しながら、くびを捻る。


私はごくりと唾を飲み込んだ。

この人も迷子だ!



迷子二人で砂漠紀行。

考えるだけで涙が出ます。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ