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箱をあけよう  作者: ひろりん
第6章:帰還編
179/240

親の願い、子の気持ち。

この話で芽衣子の故郷の話は終わりです。

月が棚引く雲に隠れて庭が暗闇に覆い尽くされる。

薄暗い影は濃黒に染まり手元さえも見えなくなる。

確かな明かりは居間から横に伸びる蛍光灯の光だけ。

けれど、芽衣子には手の中のエメラルド自身が未だ光っているように見えた。


先程まで見えていたレヴィ船長の姿。

このエメラルドのような瞳を思い出しては、愛しさと会えない切なさが募る。


「レヴィ船長、もう絶対に忘れません」


ぎゅっと指輪を胸に抱き締めたまま、何度も何度も記憶を心に上書きする。


レヴィ船長のエメラルドの瞳、優しいカースの微笑、

セランの安心できる大きな手、ルディ達と過ごした船での生活。

ミリアさんやピーナさんと笑って過ごした街中の毎日。

ステファンさん、エリシア様や紫、ポルクおじいちゃんやマーサさんに、

いろいろ教えてもらった王城での日々。

レヴィ船長のお友達やゼノさんと一緒に入った遺跡の探検。

かけがえのない大事な友達である照との思い出。

メイが出会い、沢山の人と一緒に泣いたり笑ったり転んだりで過ごした全てが、

本当の意味でのメイの宝物だった。


宝物が見えなくなっていたから、ずっと違和感があったのだ。

何故、忘れたのかとかそんなことは解らない。


多分、神様達の都合とか拘りとか難しいことなんだろう。

私には理解できない事情がいろいろとあるのかもしれない。


その結果として、私が寝ているうちに記憶が無くなったと。


仕方がないのだろうが、理不尽さにため息をつく。

だから、春海はあの時私が怒るかもしれないって言ってたのだろう。


確かに、異世界から帰ってきたから記憶消しちゃうね~って、

言われて怒らない人がいるならお目にかかりたいものだ。


今度春海にあったら、とりあえず文句を言うことにしたいと思います。


はあ、でも、本当に思い出せてよかった。


もちろん今は、不安を齎すあの違和感は無くなっている。

気分的にかなりさっぱりしていた。


記憶が戻ったら、芽衣子のすることは決まっている。

あちらの世界に帰る方法を探すのだ。



こちらの世界に不満があるわけではない。

芽衣子の生まれたなじみのある世界だ。

言葉も常識もすべてが今までに培ってきた記憶の中にある。


異世界の生活はこの世界と違ってすべてに文化的に劣っていると言えるだろう。

電気もなければ、機械もテレビもない。

便利なコンビニもなければ、なんでもそろう百貨店もない。

車や電車、飛行機が発達していて、必要な物がどこからでも手に入る便利社会。


あちらの世界とこちらの世界、比べなくても発展の差は大きい。

異世界の人にとって、こちらの世界はドラえもんの未来世界にしか見えないだろう。

だけど、芽衣子にどちらの世界を選ぶかと聞かれたら答えは決まっている。


レヴィ船長やセランやカースや照が待っているあの世界だ。

何故なら、芽衣子は知ってしまったからだ。


心から芽衣子を必要とする人がいる喜びを。

芽衣子も傍に居たいと決めた人の存在を。

心が幸福で満たされるその感動を知ってしまったから。


だから、芽衣子は迷わない。

あの世界に帰るのだ。


そう、帰る。


私の居場所はあちらのあの人達の傍なのだから。


芽衣子は、決意を新たに流れる涙をぐいっと拭う。


「帰ります。絶対に。約束したもの」


異世界への行き方は解らない。

だけど、探すつもりだった。


約束は破らないのがいい女の第一条件なのです。

出来る淑女を目指している私が、第一条件をクリアできないなんて、

絶対にあってはいけないのです。


ええ、本当に!



芽衣子は暗闇の中で大きく深呼吸した。


やっと私は私に成れた気がした。

変身したわけじゃないから、今の私が本当の私と言っていいのか解らないが、

なんだか生まれ変わったみたいな気分だった。


うん、なんだか空気も美味しい気がしてきた。


両手を広げて空気を思いっきり吸う。


「芽衣子、そんなところで貴方何しているの。

 体操なんて、明日の朝にしなさい。

 貴方が外でのんびりしているから、折角のお花はもう萎んじゃったわよ。

 凄く勝也さんが手間暇かけているのに、本当にか弱い花なのね~

 願花って言われるのもわかる気がする神秘さだったわよ」


祥子が勝也を伴って温室から出てきた。

祥子は芽衣子に、はいっと携帯を返してくれた。


「お母さん、いい写真は撮れたの?」


「ふふん、私を誰だと思っているの?

 自称、世界一の自宅カメラマン件、自宅限定映画監督よ。

 芽衣子、明日、カメラ屋に行って早速現像してきてね。

 あ、動画はCDに焼いて貰ってね。よろしく」


「現像は人任せなのね」


「だって、インク代って高いし自分でやるとめんどくさいし、

 カメラ屋さんだと早いし安いし、お買いもの割引券くれるし、

 写真として持っているなら綺麗な方がいいもの。

 それに、私がそうすることで世界にお金が回るのよ。 

 世の中の役に立っているのよ。 そうでしょう?」


なるほど、いろいろと祥子的には選ぶポイントを押えているということだろう。

しかし、世界にお金が回るとは言い過ぎの様な気もするが、

確かに理にかなっていると言わざるを得ないだろう。


「明日には現像できるのか?」


勝也の問いに、祥子は頷いた。


「明日、買い物に行く前に、駅前の松宮カメラによって行くわ。

 買い物帰りに受け取れると思うの」


ウキウキとしながら縁側から家に入る両親の背中を見ながら、

不意に寂しさを感じた。

芽衣子が異世界に行ってしまうともうこの両親とは会えなくなるのだ。


もしかすると、二度と再会は叶わないかもしれない。

これから先どんどんと年老いていくであろう両親を置いて異世界に行こうとする娘は、

世界一の親不孝者だと罵られるかもしれない。


育ててもらった恩も忘れて、自分勝手にこの世界を飛び出す芽衣子を、

両親は許さないかもしれないと悲しく思った。


でも、許されなくても父と母には話しておきたかった。

異世界に行くとはいえなくとも、きちんと自分で決めたことを話したかった。


そこまで決意を決めて真剣に頷いていると、

いつの間にか眉間に皺が出来ていたようだ。


私の顔をみて、祥子がぷうっと笑った。

私の真剣さを嘲笑うかのような大笑いである。


「あはははは。 芽衣子ってば、なんて顔しているのよ。

 若いからってそんなに油断してたら大変なんだからね。

 そんなに眉間に皺寄せて、気を付けないと皺とれなくなるわよ。

 ねえ、芽衣子、貴方知ってる? 

 2件隣りの奥さんのあの迫力の皺って20代からの継続品ですって」


芽衣子はぎょっとして思わず自身の眉間に手を当てた。


「う、嘘、取れなくなるの?

 今のばしたら何とかなる?」


芽衣子は慌てて指先で眉間のしわをのばす。


「え~知らないわ~

 だって、私は幸せ皺しか、皺って認めない主義だから」


「えっと、お母さん、意味わからないし」


キャラキャラと笑う祥子に勝也が声をかけ、芽衣子にも部屋に入るよう促した。


「芽衣子、話したいことがある。 座りなさい」


「あ、はい。 私もお父さんとお母さんに聞いてほしいことがあるの」


そうかとだけ頷いて、祥子が机の上の急須を芽衣子に差し出した。


「はい。芽衣子。お茶入れて。

 芽衣子のお茶、本当に美味しかったのよ。

 すっごく感心したわ。カテキンパワー100%の威力よ。

 貴方のお茶は新しい奇跡を起こすかもしれないわよ。

 お母さん、貴方のお茶を飲むと3歳若返ったような気になるのよ。

 多分、貴方の皺もとれるわよ」


「え?本当?」


「多分ね」


美味しいと言われるのは嬉しいし、

皺が取れるやら若返るやらと言われて断わるはずがない。 

もちろん、喜んでお茶を入れさせてもらいますとも。


にっこり笑った祥子に促されていそいそとお茶を入れる芽衣子に、

勝也が苦笑しながら自分の湯呑を差し出した。


「芽衣子は相変わらずだな。

 お前のその騙されやすいところは誰に似たんだろうな」


「え?」


「ああ、勝也さん。 酷いわそんな言い方。

 私が芽衣子を騙している極悪人みたいじゃないの。

 私は嘘は言ってないわよ。

 カテキンパワーってすごいらしいって以前にテレビで特集してたでしょ。

 それに、私の希望を載せただけよ」


なんだ、やっぱりそうかと思う。

カテキンなんちゃらの奇跡は起きないのかとちょっとがっかりとするけど、

詰る程のことではない。


「いいよ。美味しいお茶が飲みたいってことでしょう。

 褒められたのは確かだし、

 別に騙されたとか思ってないから気にしてないよ」


熱いお茶を湯呑に注ぎながら、ゆっくりと首をふった。


「うふふ。 やっぱり芽衣子は芽衣子ね。

 さすが私と勝也さんの子だわ。

 産んでよかった。さすがだわ、私。

 ねえ、次の子は勝也さんに似た子だと嬉しいわ。

 芽衣子のように騙されやすいのも不安だから。」


「ああ、そうだな。

 兄弟がいるのはいいことだしな」


は?


言っていることがわからなくて思わず首を傾げる。


「うふふ、願花の威力は流石だわ。

 お母さん、今度は男の子がいいなあって思ってたの。

 そしたら、希望が叶っちゃったの」


え?


「だけど、大丈夫なのか?

 芽衣子を産んで随分経ってるし、祥子の体が心配なんだが」


勝也が祥子のお腹に心配そうに手を当てる。


「勝也さん、私の内臓年齢は20代って先生に太鼓判押されたのよ。

 高齢出産なんてなんのそのよ。問題なしなし」


はい?


「あの~お母さん、お父さん。 

 さっきから何を言っているの?」


勝也と祥子はきょとんとした目で芽衣子を見返した。


「芽衣子、お前察しが悪すぎるんじゃないか」


「あら勝也さん、それが芽衣子の標準装備なんだから責めちゃだめよ。

 芽衣子を驚かせるっていう私の人生の楽しみが減っちゃうわ」


私を驚かすのが楽しみって、母よ…。

はあ、まあ、いつものことだからそれはいいか。

それよりも大切なのは、肝心の議題だ。


「それで、簡潔に言うとどういうことなの?」


私にもわかりやすく言ってください。

まわりくどい言い方は推奨いたしません。


「今年の秋にはお前の弟が産まれるということだ」


父は目を逸らしながら、湯のみのお茶をずずずっとすすっている。


「は? ええええ!?」


思わず目が飛び出そうにびっくりした。

私の反応に祥子がぷうっと再度笑い始めた。


「あはははは。 ああ、面白い。

 芽衣子のその顔。 想像していた通りで笑いが止まらないわ。

 あははははは、ああ、苦しい」


「え? これってドッキリ?」


心臓に悪いです。

苦しい程笑わなくてもいいでしょう。加減しましょうよ。


いいかげんに娘で遊ぶのはやめてくださいと、

文句を言おうとしたら、勝也が湯呑を机にとんと置いて、

祥子の背中をさすって笑いを止めた。


「祥子、いい加減にしなさい。

 芽衣子、今言ったことは本当だ。

 嘘でもどっきりでもないよ。

 お前の兄弟が祥子のお腹にいるんだ」


芽衣子は目を瞬かせた。

まさかの弟が産まれる発言に思考回路が付いてこなかったようだ。


「えっと、そこにいるの? 本当に?」


祥子は笑いを止めて自身のお腹をさすった。


「ええ、そうよ。

 芽衣子、貴方は喜んでくれるのよね」


祥子の顔が少し申し訳なさそうに歪んだ。

どうしてそんな顔をするのだろうか。

芽衣子は小さく首を傾げながら笑った。


「そっかあ、男の子、私の弟なんだよね。

 ええっと、確かに凄く驚いたけど、うん、いいことだよ。 

 以前から兄弟ってほしいなあって思ってたから大歓迎だよ。

 お母さんに問題が無いのなら、神様に感謝したいくらいだよ」


私の言葉を聞いて、父も母もほっとした顔をしていた。


そうか、私の弟かあ。

血のつながった確かな繋がりがもう一つ産まれるのだ。

新しい生命の誕生に喜ばないはずがない。


それに、自分勝手な言い分かもしれないが、

両親以上に私はほっとしていたと思う。


私が居なくなっても、両親には弟が居てくれる。

産まれてもいないのに、他力本願ばかりなお姉ちゃんでごめんなさい。

心の底からまだ見ぬ弟に向かって頭を下げた。


「子供用品を揃えないとね。 芽衣子のはもう古いし危ないわ。

 育児用具はレンタルがあるんですって、市役所に聞きに行きましょう。

 あ、雅美の所もそろそろかもしれないから、一緒に買い物に行こうかしら。

 荷物持ちは嶋さんと勝也さんで決まりね。

 あ、村井くんにも手伝ってもらいましょう」


うきうきと予定を語る祥子の顔を、勝也が嬉しそうに見ていた。

これは、もうじき二人の世界に入るに違いないと芽衣子は確信した。

ならば、さらっと私の話も言っておこう。


「あ、あのね、私も話があるんだけど、いいかな?」


そろ~っと片手をあげて、申し訳なさそうに言葉を挟んだ。


二人は芽衣子がそこに居ることを今更に思い出したような顔をして、

こちらを向いた。


「ああ、そういえば芽衣子もそんなことをいってたな」


「もう、芽衣子ったら、雰囲気を読んでくれたっていいのに。

 でもいいわ。 しかたないから聞いてあげる。

 悩みがあるんでしょう? 帰ってきてからずっと浮かない顔してたもの。

 この母には芽衣子のことはお見通しよ。 さあ、言ってみなさい。

 あ、でも、くだらない悩みなら蹴っ飛ばすから。いいわね」


蹴っ飛ばすって、妊婦は安静にしてください。


「あのですね。 えーと、私、好きな人が出来たんです」


勝也の目が細くなる。


「……ほう」


祥子は目を輝かせ始めた。

そして身を乗り出すようにして芽衣子に詰め寄る。


「嘘、芽衣子が、恋話? これってドッキリ返し? 

 え? 違う。 本当なの?

 きゃー素敵、ねえ、どんな人、何歳? 何しているの? どこで知り合ったの?

 背は高い? 収入は?」


芽衣子の湯呑を持つ手に汗がジワリと出てきた。

そんなどこかの女子高校生みたいに早口で聞かれても…。


「祥子、そう立て続けに聞くものではないよ。

 芽衣子、いいからちゃんと話しなさい」


勝也は真剣な顔で祥子を諌め、芽衣子に続きを促した。

芽衣子は、祥子の質問の内容を思い出しながら、一つずつ答えていく。


「えっと、歳は30過ぎだったと思う。

 きちんと聞いたことないから知らない。

 仕事は船長さん。出会ったのは偶然海で、えっと、あとなんだっけ?」


「あら、年上ね。

 そうね、芽衣子には年上がいいわ。

 貴方、のんびりしているものね。

 それで? どんなひと? 背は高い? カッコいいの?」


勝也が祥子の口の前に手を翳した。


「祥子、ちょっとだけ黙っていてくれ。

 芽衣子、どんな人なんだ? きちんとお前の言葉で教えてくれ」


祥子は頬を膨らませていたけど、しぶしぶ口をつぐんだ。


「あのね、とても素敵な人なの。

 背も高くて、力強くて優しい人。

 男らしくて、皆に頼りにされていて、責任感の強い人。

 そこがちょっとお父さんに似ているかな。

 

 彼は、頑張れば何でも出来ちゃうから、無理を黙ってする人なの。

 周りに心配を掛けまいと、いつも平気な振りして顔に全然ださないの。

 頭もよくって、なんでも先んじて一人でこなしてしまうの。

 

 周りもそれが当然みたいに畏敬の念をもって彼に接している。

 皆言うのよ、彼は特別だって。彼ならなんてことはないって。

 そんなことないのに。

 彼だって他の人みたいに痛みを感じるし、心無い言葉で傷つくことだってある。

 だって、人間だもの。 当然でしょう。


 なのに、周りの期待に応えようと感情を殺してしまうの。

 苦しみも悲しみも全部、内に秘めてしまう困った人。

 誰にも弱みを言わないで、強くあろうといつも努力している人。

 でもいつも頑張ってばかりだといつか壊れちゃうでしょう。


 私、そんなあの人の傍で、あの人が壊れないように支えになりたい。

 疲れて帰ってくるあの人の帰る場所になりたい。 

 彼が彼のままででいられる心安らぐ拠所になりたい。

 そう思っているの」


芽衣子はレヴィ船長を思い出しながら自分の言葉をつらつらと語る。

手を胸に当て嬉しそうに笑っていた。


「そうか。 それで、その相手はお前のことをどう思っているんだ?」


勝也の問いに芽衣子はレヴィ船長の言葉を思い出した。


「ずっと傍にいてほしいって言ってくれた。

 真剣な目で、私の人生すべてが欲しいって言ってくれたの。

 それで、よく考えてくれって。

 

 本当に本当に嬉しかった。

 この世に生まれてきて本当に良かったと思った瞬間だったわ。


 私はあの人と一生一緒に生きて行きたい。

 お父さんとお母さんみたいに、ずっと一緒にどこまでもついていきたい。 

 だから、私、あの人の傍にいこうと思う」


「その人と結婚するということか。

 お前の口ぶりだと、随分と遠くに住んでいる人のようだが、外国なのか?

 いや、船乗りだと言ったな。 外洋航路とかの船長なのか?」


勝也の言葉にちょっと顔を歪める。

異世界だとは言えない。


私が記憶を無くしたように、異世界のことを話すと何か問題が起こるかもしれない。

母は今大事な時なのだ。問題が起こってからでは遅い。


なにしろ春海をはじめ、神様関連は予告もなしに事をなすことを大変得意としている。


「彼の故郷は、すごくすごく遠いところなの。

 一度行くと、なかなか帰ってこれないくらいに遠い遠い場所。

 私、ちょっと事情があって、返事を保留にしたまま勝手に居なくなったから、

 返事を伝える為に彼を追いかけないといけないの」


勝也の目がびっくりしたように瞬く。


「追いかけてどうするんだ?」


どうするって、もちろん決まってる。


「お嫁さんにしてくださいって、押しかけるつもり」


勝也の目が大きく見開かれる。

しばらく呆然としていたが、祥子に肩をゆすられ我に返る。


勝也は、大きくため息をつきながら、投げやりな口調で呟いた。


「女の子なんて育てるもんじゃないな。

 やっと一緒に暮らせると思ったのに。

 あんなに大事にしてても、余所の男にかっさらわれる」


それに対して祥子が肘で勝也の脇を突いた。


「あら、貴方、私の父と同じ台詞を言ってるわよ。

 父親の心境って、いつの時代も同じなのね。

 でも、勝也さんは私の父とは違うでしょう。

 父は貴方を殴ったけど、貴方はどうするの?」


勝也は顎に手を当てて、ふむっと考えた。


「殴るも何も、芽衣子から押しかけるんだ。

 明らかに迷惑をかけるのはこっちだ。

 それに、そんなにいい男なら芽衣子が押しかけて行っても、

 断られるかもしれないだろう」


祥子がにやっと笑った。

実に意地の悪い笑みだ。


「断られるかもしれないわねえ。

 泣きながら帰ってくるかもね。

 子供の頃のように、二人で迎えに行きましょうか。

 傷心芽衣子のお迎えを兼ねての海外旅行もいいわね。

 予測では、振られて泣きべそ1年ってとこかしら」


は? 

ちょっと待て。

なんて未来を予測するのだ。


「芽衣子、本当に情けないな。 それでも俺達の娘か?」


父も、どうしてそこを否定しないのだ。

そもそも振られる前提で話を進めないでもらいたい。

 

そんな未来予想は本当にいらない。

泣きながら帰ってくるなんて絶対に嫌だ。

そんな情けない真似はしたくないし、絶対にしない。


勝也と祥子を睨みつけるように目つきを鋭くする。

そしてぐっと右手を握ってガッツポーズで力を入れた。


「帰ってこない。お嫁さんにしてくれるまで頑張る!

 絶対に、絶対に彼と幸せになるの。 もう決めた!」


勝也はぱんっと両膝を叩き、にこっと笑った。


「よしわかった。

 お前がそこまで決意しているのなら、俺は何も言わん。

 そのかわり、泣いて帰ってきたら家に入れないからそのつもりでいろよ」


勝也の顔は笑っているが、膝を掴む手はわずかに震えていた。

強がりをいう勝也に祥子が苦笑いした。


「芽衣子だもの、仕方ないわね。

 でも、やっぱり血は争えないものなのね。

 貴方、変なところおばあちゃんに似ちゃったみたいね」


「おばあちゃん?」


「あら知らなかった? 田舎のおばあちゃんよ。

 貴方昔からよく懐いていたでしょう。

 おばあちゃん、有名な押しかけ女房だったのよ。

 田舎の地主の長男、賢く男前で婚約者もいた男の人を追いかけて、

 押しかけて見事お嫁さんになったの。

 財産も地位もお金も持たずに、文字通り身一つでおじいちゃんを陥落させたの」

 


まったく知らなかった。

そうか。先人が居たのか。

お婆ちゃんとは小さい時に一緒にお芋を食べたよね。

あのおばあちゃんに出来たのなら、私にだって出来るはず。


人間、頑張ればちょっとは可能性があるはずだ。

なんだか希望が湧いてきた。


「へえ、知らなかった。

 お婆ちゃん、実は凄い人だったんだね」


ぜひともそのテクニックを伝授してほしかった。

日記とか残ってないかな。


「まあ、芽衣子と違っておばあちゃんは知性と美貌に溢れていたけど」


がくっと来た。

基本性能が最初から違っていたとは。

無い袖は振れないとはこのことだ。

 

「ち、知性と美貌は無くても、もちろん頑張るよ。

 頑張って立派な淑女になって、絶対彼の傍に立つの。

 まずは恋人、その後、お嫁さん!」


夢はどんどん膨らむ。

大志を抱けと偉い人は言ったではないか。

夢を抱くだけなら、ただなんだからどんと大きく行こうではないか。


あっちに帰ったら、マーサさんの淑女バイブルを必読しよう。

すこしでも早く淑女に届くように頑張るのです。



「その意気よ。頑張りなさい!

 芽衣子が芽衣子でありさえすれば、どこかに勝機はあるわ。

 でもねえ、素敵な人なんでしょう。

 きっと、ライバルは多いわね。 胸バーンな美人とか、理知的美人とか」


祥子の言葉にどきっとする。

ピーナのお店で働いていた時も、王城に居た時も、

レヴィ船長のもてっぷりはよく噂で耳にした。


レヴィ船長はイルベリー国の独身男性ランキングにずっと乗り続けている強者だと、

以前に王城の先輩であるローラさんも憧れるって言っていた。


胸バーンに理知的美人。

か、勝てる要素が見当たらない。


「ラ、ライバルにも負けないもん!」


強がりを言いながらも口の端が引き攣ってきた。

それをみて勝也が芽衣子に言った。


「まあいい。 お前のお手並みを拝見しようか。

 お前が遠くの国に行くことはわかった。

 だが、一つだけ。お父さんからお前に頼みがある」


父の真剣な表情に、芽衣子は姿勢を正す。


「何?お父さん」


勝也はまっすぐに芽衣子の目を見つめて言った。


「絶対に、俺達より先に死なないでくれ。 簡単に死を選ぶな。

 どんなことがあっても生きてくれ。

 お前はよくわかっていると思うが、親よりも子が先に死んでしまうことは、

 親にとってみれば身を切られるより辛いことだ。

 遠い外国の俺達も助けられない場所で、命をむやみに落とすような事だけはするな。

 もしそうなったら、俺達はこの決断を悔やんでも悔やみきれないようになる」


もし、私がそうなったら、父も母も言葉通りに自分を責めるだろう。

大事な存在に置いて去られる辛さはよくわかっている。


「うん。わかった」


父の目をみて頷いた。

寿命というものがいつまであるのか解らないが、生きる努力はするつもりだ。


祥子が真面目な顔で芽衣子の手を握った。

いつもは暖かい母の手が、すこし冷たい。

軽口に負けないくらいに実は緊張していたのだろうか。


「そうよ。芽衣子。

 私たちは、貴方がどこに行こうと、どこで暮らそうと、

 貴方が生きて幸せでいてくれさえすれば何の問題もないの。

 貴方が世界のどこかで生きている。

 それだけで私達は幸せなの。 貴方も親になればわかるわ。」


「お母さん……」


祥子はにっこり笑って芽衣子の手の甲をポンと叩いた。


「私達のことは気にしなくていいわよ。

 元々、芽衣子に老後の面倒を見てもらおうなんて欠片も思ってないから。

 私達は私達で好き勝手に人生を歩いているのよ。

 だから、貴方は貴方の人生の真ん中を歩いていきなさい」


芽衣子は、父と母の心の大きさに本当に感謝した。


「うん。 有難う。

 私、お父さんとお母さんの子供でよかった」


「うふふ、嬉しいこと言ってくれるわね、本当に。

 私達こそ、芽衣子が私達の娘で本当に良かったと思っているわ。

 ねえ、勝也さん」


「ああ、そうだな。

 芽衣子、外国に行ったら病気には気を付けるんだぞ。

 胃薬と風邪薬、ああ、梅干しも持って行け。

 それから、お前は考えなしの所が多々あるから、

 くれぐれも面倒なことに巻き込まれないようにしろよ。

 いいな、ニュースに報道されるような事件にだけは巻き込まれてくれるなよ」


事件ってテロとかのことだろうか。

父の心配は随分と畑違いだ。

思わず、ぷっと笑った。


「大丈夫だよ。子供じゃないんだし、十分気を付けるから。

 それに、そんな危ないところには絶対にいかない様にする。」


うん。

異世界にいくのだから、こちらの報道番組には決して報道されないだろう。

それだけは自信がある。


「勝也さん、心配しても仕方ないわ。

 芽衣子ですもの。 いろいろあっても何とかなるでしょう。

 

 あ、でも、私からも一つ言っておくわね。

 

 恋路を叶えるのに、大事な物は乙女心と真心よ! 

 色気のないところが心配だけど、真心だけは誰よりもしなやかで大きいわ。

 貴方は、私の自慢の娘よ。

 貴方の大事な人が本当に素敵な人なら、

 芽衣子を逃すなんて馬鹿な真似はしないと思うわ。

 頑張って芽衣子! 


 あ、悩み相談くらいなら乗ってあげるけどあまり期待しないでね。 

 この子も産まれるし、いろいろと忙しくなるからね。

 正直いうと、貴方にかまってあげられないのよ」


そう言われれば、その通りだ。

子供を産むまでは単調な道だが、育児は産まれてからが大変なのだ。


「お母さん。元気な弟を産んであげてね」


その芽衣子の言葉に母、祥子は抜群に素晴らしい笑みを見せた。


「もちろんよ。 私も久々の大仕事を頑張るんだから。

 芽衣子、貴方も気合いを入れて頑張りなさい。

 カッコいい息子を期待しているわ」


祥子の言葉に、芽衣子は笑いながら頷いた。

芽衣子の弟が出来ます。

まあ、芽衣子はここでは会えませんが。


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