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箱をあけよう  作者: ひろりん
第6章:帰還編
178/240

求めあう声。

この話はいつもよりちょっと短めです。

物足りない方はごめんなさい。

時系列としては、メイがちょうどレヴィウスの幻を見ている時に合わせてます。


暗闇の中でぽつんと丸い光が灯っている。

天空に浮かぶ月のような明るい丸い光が、地面を切り取ったように照らしていた。

光の大きさは、調度人一人が収まるくらいの小さな光だ。


それはレヴィウスの足元から始まり、ポンポンっと池の中の置石のように、

少しずつ前へと移動する。

そしてある程度先に進むと彼を待つようにピタッと止まる。


最初はゆっくり、だが気が付けばレヴィウスは光を追って走っていた。

彼の動きに呼応するように、また光が先に先にと進んでいく。

月の光は、明らかにレヴィウスを誘導していた。


光を追いながら、不意に周囲を見渡すと何もなかった。

暗闇が深すぎるのか、彼の目は月の光以外に何もとらえることが出来なかった。

夜目には慣れているレヴィウスから見ても、その暗闇は異常だった。


かなりの距離を走った。

走っている間に頭が冷えてくる。


光を追いながらも、いつものように自身の手の感覚から確める。


爪が手のひらにあたる感覚は確かにある。

力を込めるとわずかだが痛みが呼び起こされる。

だが、その感覚さえも微妙にあやふやだった。


そこで唐突に理解したのだ。

ああ、ここは自身の夢の中なのだろうと。


自分のいる場所は明らかに現実とはかけ離れていた。

これほどに何もない無機質な空間は夢であるとしか思えない。


そして同時に疑問を持った。

何故俺は、あの光を追いかけているのだろうと。

あれを追いかけることに何か意味があるのだろうかと訝しみ、

脚を止めかけた時、光がピタッと止まった。


レヴィウスが近づいても光は動かない。


光に足先が触れた時、どこからか声が聞こえた。


(……は誰?)


……この声は。


聞えてくる微かな声に耳を欹てる。

声の出所を探す為に暗闇の中に必死で目を彷徨わせる。


足元の光が不意に緩んで、幾分程先にぼんやりと光る壁が見えた。

いや、突然現れたと言っていいような唐突さだった。


(……が聴きたいの)


小さくて聞き取りづらいが確かにメイの声だ。

どこだ、どこからしている。

周囲に広がるのは暗闇のみで、人がいる気配はない。


(……が見たいの)


壁の一部が発光しているように再度ぼうっと光る。

その光の中に動く人影が見えたような気がした。


その影に、聞えてくる声に確信する。

あれはメイだ。

レヴィウスは、まっすぐ壁に向かって走った。


(……お願いだから)


メイの声が震えている。

泣いているのだろうか。


メイの泣き顔が目の前にちらつくように再生される。

泣いているであろうその場に自分がいないことに、

手を伸ばして抱きしめられないもどかしさに苛立ち臍をかむ。


壁に飛びつくように到達し、鈍く灯る淡い光源に手を伸ばす。

触れる感触は平らな平面。

扉も、窓も何もない。

本当にただの壁だ。

だが、壁の光が映しているのは明らかにメイの姿だ。


「メイ!」


何故そこにメイが映っているのか。

原理は解らないが、その光の中にレヴィウスが求めてやまないメイの姿があった。


壁を拳で思いっきり殴りつける。

骨に振動が伝わる。

だが、壁には何も変化はない。

それに、壁の向こうのメイもレヴィウスに気が付いたようなそぶりはない。

余りの頑強ぶりに舌打ちしたくなる。


「メイ!ここだ。 俺はここにいる!」


レヴィウスは何度も何度も壁を殴り、蹴った。

拳から、蹴り上げた足から、痛覚を鈍く脳に伝えてくる。

変化のない壁に、段々と焦りは強くなる。


壁の中のメイは、今にも泣きそうに顔を歪め言葉を落とした。


(……会いたい)


ずくんと胸が音を立てた。

泣きそうに潤んだ瞳は、今までに見たことのない程の確かな恋情を見せていた。


その言葉が、その瞳が向けられる相手は……俺なのか?

それとも近くにいる他の誰かなのか。

会えない間に積もった不安が胸をちりっと焦がす。


(……に会いたいの)


言葉が胸にずしりと響く。

メイが会いたい相手がレヴィウスならばと願って耳を欹てる。

だが、メイの相手の名前は聞こえてこない。


そこまで考えて、思わず馬鹿なことをと自分と殴りたくなった。

嫉妬に駆られてメイを泣かしたままでいるのは男として最低ではないか。


メイが求めているのが自分かどうかなど関係ない。


俺がメイに会いたいのだ。

それ以外に何が必要だというのだ。


(貴方に、会いたい)


メイが初めて見せる激しい感情。

一途でまっすぐな、眩しいほどの想い。


遺跡で別れるとき、メイはレヴィウスのことを世界で一番好きだと言った。

あの言葉を疑ったことはない。


だが、メイの好意と愛情の差はさほどない。

だからこそ、あそこまで簡単にレヴィウスの前から消えて見せるのだ。


だからメイなのだと言われてしまえばそのとおりなのだが、

遺跡で火柱を見つめながら無性に悔しい想いを抱いたことも事実だ。


レヴィウスがメイを愛するように、

メイにもレヴィウスを求めてほしかった。


レヴィウスがメイを見つめるように、

メイにもレヴィウスしか見えない様になればいい。


どこにも行かない様に、誰にも取られない様に、レヴィウスの妻にしたかった。

永遠の愛を誓う言葉をメイの口から聞きたかった。

それは、歓喜を伴った甘い企みだ。


メイはしらないだろう。

会いたい気持ちはレヴィウスの方が何倍も強い。


遺跡であんな風に別れてから、何度も何度も夢でメイを探した。

落胆の中で目覚める朝は、メイがそばにいない苦々しい現実が影を落とす。


あの時、最後に触れたキスの感触が日々消えていく。

別れ際の顔が何度も何度も夢の中で繰り返される。


あの時、どうしてあの手を離したのかと後悔したくなる。

頭では、メイの行動によってディコンは救われたのだからと解っているが、

メイが居ない喪失感が、胸にぽっかりと穴をあけた。



レヴィウスにとって絶対に失ってはいけないものを無くしたような喪失感と

世界が闇に包まれるほどの絶望感が襲ってきてはレヴィウスを打ちのめす。


その都度、レヴィウスに向けられたメイの最後の言葉と、

メイの友人であるセイレーンの言葉を思い出して希望を裏打ちする。


大丈夫だ、きっとメイは生きている。

どこかにきっと。

だから、絶対に会える。


だが、助かったとして酷いけがをしているかもしれない。

誰かに助けられたとして、悲しい想いをしているかもしれない。

メイを守っていたセイレーンも傍にいないのだ。

レヴィウスがメイにたどり着くまで無事でいる保証はどこにもなかった。


不安と心配とがぐるぐると頭を巡った。


毎日、毎日、思いは募る。

会いたい思いと会えない不安が交互にレヴィウスをかき乱した。


メイに会いたかった。

あの夜にしたように、あの柔らかい体を思いっきり抱きしめて、

首筋に顔をうずめその拍動を感じたかった。


小さな唇が赤く腫れあがる程に口づけをして、

苦しそうな吐息が色づく瞬間を夢見た。


頬を赤く染めとぎれとぎれの呼吸の中で俺の名を呼ぶメイを、

もう一度この目に焼き付けたかった。


隙間が無いくらいに体を触れ合せてお互いの体温がそこにあることを、

メイが生きているということを確めたかった。



もう二度とあんな真似はしてくれるなと懇願し、

お前を誰にも、死の神にですら渡したくない。

俺の傍から離れるなとその瞳を見て告げたかった。



なのに。

目の前にあれだけ求めたメイの姿が見えるのに、声が、手が届かない。


激情のままに殴った拳が悲鳴を上げても壁を叩きつける。


この先にメイが居る。


邪魔なのはこの壁だ。


(お願い……、行かないで。

 私を置いて行かないで! 私は、…)


その声を聞いたら、レヴィウスは声を張り上げていた。


「メイ、ここだ! 俺はここにいる!

 もっとだ。 もっと俺を呼べ。もっとはっきりと俺を求めろ!」


壁の向こうでメイが泣いていた。


(会いたい、会いたいの。

 お願い、貴方に会わせて。 貴方に触れたい。

 私は、貴方を愛しているの)


メイの激しい叫ぶ様な声に胸がかあっと熱くなる。

気が付けば、全身を打ちつけるように渾身の力を込めて壁に体当たりをしていた。


カシャンっとガラスの膜が割れるような音が耳の奥でして、

目の前の壁ががらがらと崩れ落ちる。

先程までの壁の強固さが嘘のようにあっけなく壊れた。


余りのあっけなさに勢いが保てなくなり、一瞬その場に立ちすくむ。

だが、壁の疑問はあっという間に頭から消え失せる。


目の前にメイが立っていたからだ。


「メイ」


メイを見つめて話しかける。


幻ではない証拠にメイの声が聴きたかった。


メイは、月の光を浴びてきらきらと光輝いて見えた。


その神秘的な美しさに、会えた喜びに言葉が詰る。


久しぶりに会えたメイはまるで別人のように見えた。

髪も伸びていて、見たこともないような服を着ている。


そして、化粧をしているのか、別人かと見まごうばかりな大人びた印象がある。

会えなかった間に変わっていたメイの姿にすこし戸惑う。


だが、メイはレヴィウスの顔を見るなり、嬉しさで一気に瞳を輝かせた。

黒い美しい瞳が捉えているのは彼の緑の瞳。

真っ直ぐで温かい愛情を感じさせる視線がレヴィウスに向けられている。


ぼろぼろと泣き出したが、それは悲しみでも嫌悪の涙でもない。


無言ではあるが、メイの感情豊かな表情に答は出ていた。


あの声は、やはりレヴィウスを呼んでいたのだ。

メイが、俺を求めてくれている。

あの、心に響いた声が、甘く脳裏を痺れさせる。


「メイ、愛している」


会ったら一番にあれからどうなったのかとか、怪我はしてないのかとか、

聞こうと思っていたことは頭からすでに零れ落ちていた。

口から出た言葉は一言だけ。


レヴィウスの言葉を聞いたメイの瞳から止めどなく涙が落ちる。

涙が月の光で宝石のように輝いていた。


抱きしめたいが、月の光で輝いているメイが消えてしまいそうだった。

メイが消えてしまったならと、不安が再度過る。


目の前にあれほど待ち望んだメイがいる。

だが、このメイは覚えているだろうか。

あの時にした約束を。


遺跡から帰ったら、俺の要望を一つ叶えてもらうよ約束したことを。


「メイ、約束だ」


憶えているかとの問いかけも兼ねて、口に出す。

とにかくメイの声が聞きたかった。


「レヴィ船長」


メイの声が愛しそうに俺を呼ぶ。

耳に甘く届くメイの声。


やっと、やっとお前に会えた。

もっとその声が聴きたい。


「メイ、帰ってこい」


お前の居場所は俺の傍だ。

俺がそう決めた。

たとえ神や運命が阻もうとも、俺は決してお前を諦めない。

あの時、約束しただろう。俺の傍にいると。

 


メイは両手を胸で握りしめ、俺の目を見つめたまま答えた。


「はい」


その了承の言葉に心が跳ねる。

涙でくしゃくしゃになった顔が愛おしい。

泣きながら笑ったメイの顔は惚れ直すほどに美しい。


ああ、やはりメイだ。

この顔は、この表情は、俺のメイだ。


俺に向けて見せられる歓喜の涙。

愛しさが胸に苦しい程押し寄せる。


黒い瞳には俺の姿が映る。


「メイ、お前に会いたい」


先程のように、俺に会いたいと熱い想いを載せた言葉を、

その口から言ってほしかった。

メイは泣きながら微笑み答えた。


「私も、レヴィ船長に会いたいです」


両手を広げてこの胸に抱こうと、

メイを迎えに行こうと足を前に一歩踏み出そうとしたが、

足が固まったようにその場から動けなかった。


それどころか、メイを前にしているのに、

足元から少しずつ石のように固まっているような感覚があった。


何が起こっている?


心の中でやっと会えた安堵感が一瞬で消え焦燥感に襲われる。


メイがこちらに走り出そうとしたときに、メイの姿が不意に消えた。

そして同時に、レヴィウスの足元がふっと崩れた。









見えなくなったメイの存在を求めて手を上に伸ばして、

手にひやりとした冷たさを感じてふっと目を覚ました。



目覚めた時に見えたものは、いつもの部屋のいつもの天井。

そとから漏れる光は、外が白んできていることを示していた。



ああ、やはり夢だったのかと、

起きてすぐに両手で顔を覆いながら大きなため息をついた。


夢なのに。

現実ではないのに。


先程みたメイの姿を思い出すだけで体が熱くなった。


あれは、レヴィウスの想像の産物なのだろうと解っていても、

なぜかあのメイの泣き顔が頭から離れない。


メイがレヴィウスを呼んでいた。

会いたいと叫ぶように泣いていた。

会えたら、夢のように歓喜の涙を流してくれるだろうか。


メイの声がレヴィウスを奮い立たせる。


メイを迎えに行く。

どこに居ようと必ず見つけ出す。


メイが消えてからひと月が経っていた。


明日、この家から出て船に乗る。


メイに帰ってこいと放った言葉に、はっきりした返答はあった。

あれが夢だとしても、メイならば帰って来ようとするはずだ。


俺やカース、セランや多くの人がメイの帰りを待っていることを知っているから。


「メイ、俺も会いたい。

 早く、この腕に帰ってこい」


誰もいない空気を掴むようにレヴィウスの手のひらがぎゅうっと握りしめられた。





次はメイの話です。

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