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箱をあけよう  作者: ひろりん
第5章:遺跡編
171/240

閑話:樹来の傾倒。

遺跡編の補足説明も兼ねてのお話です。

樹来の過去と重ねて読んでみてください。

私は樹来。

この名前は前の契約者である秋久が付けた名前だ。


以前に他の名で呼ばれたこともあるが、もう遠い昔のことだ。


私自身の核と言うものは、いつから存在したか解らない程遠い昔に造られた。


私はかつて、人も動物も住まない深い深い森に根付いた一本の木だった。

大地に根を張り大きく枝を伸ばし葉を茂らせ実を落とした。


果実は鳥の食物となり、その種は鳥に運ばれ遠くの森のあちこちで子孫となった。

私は自然の一部であり、私が自然そのものであった。

そうして幾千年経った後、ぼんやりとした意識が私を覆っていた。


最初は、鳥が歌うように私も歌い、雨を喜ぶように私も喜び、

遠くの地で、人間に切られた同胞の悲しみを聞き、同様に悲しんだだけだった。


だが、そんな中で、私はふいに思考し始めた。

この私の感情と言うものはなんなのだと疑問をもったのだ。

周りを見渡してみても、問いに答をくれる同族はいなかった。


だから、意識を広く大きく伸ばし、より多くの同胞から情報を得た。


ある老年の木は、感情とは無駄な排除すべき考えだとの意志を伝える。

ある若年の木は、感情とは素晴らしい喜びを伝えあえる方法だと。


その相反する答えの元となった考えを産みだした要因と言うものが、

人という存在だった。

聞けば聞くほどに、不可解で疑問は大きくなるばかり。


数多くの同胞に痛みを悲しみを喜びを嬉しさを与えた不可解な存在、

人間という生き物に、その世界に興味を持った。

知りたいと強く思ったのだ。


その私の願に、大地の神が応えてくれた。


「器あれ。その願をついぞ叶えましょうぞ」


暖かな光が根から染み渡り、枝に葉の隅々まで力が満ちた。


おそらくその時に私は私となったのだろう。

更に時が過ぎ、私の本体が生命の理により朽ち果てても、

私自身は終焉を終えず力ある存在として残ったのは、

ある意味、当然のことの様に思えた。


私を引き止める頸木であった本体の呪縛を離れ、

私は私の興味のまま、人型や動物の形を取り、沢山の土地を放浪した。


放浪中に、多くの人間に出会い、さまざまな事柄に遭遇した。


私と同様の力ある存在にも、多くはないが出会った。


風が一年中吹きすさぶ土地で、風の精霊に。

雪が一年中降り積もる土地で、氷と雪の精霊に。


彼等は、自分が世界の力の一部であると言うことを知っていた。

世界からの力の借り受ける存在、神の意志を世界に伝える一因でもあり、

精霊と言うものであることを知っていたのだ。


私もこの世界を形作る存在の欠片を担っているのだと、

自分も精霊という存在であることを、大凡ながら理解していた。

それと同時に私の力は安定し、世界のバランスを崩さぬように、

力を大地から世界から借り受ける手法を会得した。


私は、私という存在に自信を持ち、力ある存在として自負を背負った。

だから、世界に影響を与えつつある大多数である人間に近づいてみた。


私の気を惹こうとする人間や、

私を捕縛しようとする人間にもあった。


その中で気まぐれで、気に入った人間相手に簡単な契約を結んで、

その一生を見守ったこともある。


だが、人間の一生は短い。

気が付けば、すぐに私の前から消えていった。

次第に空虚感を覚えた。

そして、人と接することが空しくなっていた。


それを何度か繰り返した後、私は火山の噴火で滅びたとある国で、

生まれたばかりの精霊に出会った。


大きな噴火口のすぐそばに、生まれたばかりの火の精霊がいた。


噴火により自然の大きな力が溜まり固まった後に生み出された力ある精霊。

その精霊が生み出された故に、国がマグマに埋まり滅んだのか、

マグマの奔流が大いなる力を産みだした結果として精霊が産まれたのかは、

はっきり言って解らない。


だが、誰もいないマグマが冷えて固まった大地に、

生まれたばかりの小さな火の精霊が、真っ直ぐに私を見ていた。


本来、木と大地の精霊である私と火の精霊の愛称は最悪だ。

火の精霊は、私が知る限り情に流されやすく単純で、押しが強く利己的で、

大きすぎる力を感情のままに振るう。

長い年月をかけて大地に根付く自然を、激情のままに焼き尽くし命を奪う。


癇癪玉を抱えた子供の様な性質なものが多く、

その行動は時として理解不能なほどに我儘だ。

力で持って全てを従わす傲慢な精霊。


私は、常に考え、先をみて行動することを性分としていた。

正直、傍迷惑な火の精霊などと一緒に行動したくない。

そう思ってその場を離れた。


だが、人間にして5歳くらいの姿しか取れないその幼い精霊は、

私の後をずっとついてきた。


引き離すために、山を越え川を下り谷を抜けた。

だが、彼女は執拗に私を追ってきた。

火の存在を伝い、空気を移動するように風の回廊に火を乗せ駆け抜け、

気が付けば私のすぐ後ろに居て、力強い金の瞳で見上げてくるのだ。


後でわかったのだが、彼女は当初私を親か何かだと思ったらしい。

俗にいう刷り込みというものだ。

本能的に、目があった瞬間に自分と同じような存在だと理解し、

行動を共にすることが当たり前だと彼女は思っていたと後で聞いた。


精霊に親などいる筈もない。

いるとすれば、世界そのものが親であろう。

なのに、明らかな親愛の情を寄せながら彼にすり寄ってくる。


気が付けば、彼女の執拗さに呆れ、いつのまにか降参してた。

せめて独り立ちできるまではと思い、

彼女を連れて人里から離れた山間部に引き籠った。


かつては海底火山であったが今は隆起して山となっている切り立った大地。

彼女の力を伸ばしつつ、私の力を損なわない場所。

人間が居らず、大自然がそのままの形で存在する地。

姿を力を気にせずに解放できる場所に結界を張った。


そうして数百年、彼女が力の使い方を覚え、そろそろ離れ時かと思った時、

結界を張ったこの地に、異世界の人間が突如現れた。


それが、秋久である。


この世界にはない力強き奔流をその秋久から感じた。

秋久は、首から異世界の神が作った宝珠を下げていた。


ちょっとした好奇心と初めてであった異世界の人間に興味が湧いた。

だから、彼と接触した。

何度か会ううちに、彼は次第に自分のことを話すようになった。


彼が異世界の生まれで、年若くして検非違使という職に就き、

徳高き主にも好ましく受け入れられていた良識ある若者だと言うことも解った。


異世界の人間と言っても、この世界の人間と何ら変わることなく、

彼自身に特別な能力があるわけではなかった。


事情があって、偶然にもこの世界に来ることになってしまったが、

この世界と彼の世界を繋ぐ管理者と言うものに会ったことも。

そこで、大地の神の加護を受け、こちらの言葉を解る様にしてもらったことや、

この世界の説明を受けたことも聞いた。


そして、帰る為に必要な5つの宝玉を集めないと宝珠が出来ないと言うことも。


彼は、異世界にまだ幼い妹と弟を残してきており、

どうしても帰らないといけないと言うことも。


そして、この世界に来て初めて出会った存在である私を、

人間でないと知っていながら案内人をしてくれないかと尋ねてきた。

私は、私をまっすぐに見る黒い瞳のこの青年を意外に気に入っていた。


彼は、私が力ある精霊であることを知ったうえで、私を友人と呼んだ。

私の力が目当てかと聞いたら、笑って答えた。

私が人外であるがゆえに、嘘をつかない存在であるから余計に気に入ったのだと。


嘘をつかぬ存在。

その言葉に眉を顰めたら、悲しい目で秋久は語った。



**********



秋久の主は帝の御側近くにつかえる徳高き貴人。

多くの家人を抱えても遜色ない程の財を持ちながら、驕ったところが無い。

人の機敏に聡く、下人にすら優しい彼の自慢の最上の主だったらしい。

秋久は子供のころから主に仕え、覚え目出度き仕事ぶりを褒められ、

格別なはからいを受けることもあった。


彼は家人の中でも格別に扱われ、家を持ち年老いた父母は安泰だと微笑み、

幼い弟や妹は小姓や女童として主の継父の家で職を得た。

主の勧めにより、よい血筋の見目麗しい女房の一人を娶ることが決まり、

人生は順風で、滞りなく安泰と見えていた。



ある日、秋久の主が病で倒れ床に伏した。

唐突な病の気は重く、坊主の祈祷も高名な薬師の薬も効かぬらしく、

主の家門は病鬼を背負ったと世間に噂されて彼処処の足が遠のいた。


そんな中、主が病気快癒の為に異界の妙薬を求めていると、

同期な彼の友人であり親友の男が彼に言った。

そして、その薬の出所に心当たりがあるとも。

その陰陽師は人を選ぶらしく、

正しき心根の者でないと薬はおろか札さえも分けてもらえぬのだとか。


そんな怪しい手札は我が主に相応しくないと断ったが、

このまま手をこまねいていて彼らの大事な主が死んだらどうするのだと、

その男は秋久に朝な夕なに囁いた。


主が館で寝たきりになり二月が経ち、黄泉の護摩送りが必要かもしれぬと、

家人が囁き始めた時に、友人の言葉に遂に頷いてしまった。


あくる日、友人の男と共に、

噂で聞いた妙薬を扱う得体のしれない陰陽師の家を訪ねた。


亀を思わせるような小さき無骨な男とは数分話をした。

亀男は秋久を気に入って薬を分けてくれた。

そこで、異界の妙薬を求めた際に箱をも譲られた。


陰陽師曰く、この薬の効果は心正しき人間には効くが、

妖気に取りつかれ悪しき心をもった人間にはまったく聞かぬと。

だが、もし薬が効かなくともこの箱と秋久が傍におれば、

必ず幸運が訪れる故に心配することはないと。


心に光明が垣間見えた。


彼の友人は言った。

急ぎ箱と薬をもって主の元へ急げと。

秋久は、その言葉通りに跡を友人に任せて主の館に急いだ。


だから、薬方と共に、後に巻紙が渡されたことを秋久は知らなかった。


その巻物にはこう書いてあったらしい。


何があってもその箱は開けてはならぬと。

その箱は開けると帰らずの箱となり神隠しの箱となろうと。


彼の友人である男はその巻物を彼に渡すことをしなかった。


和久がもってきた薬は主には効能弱く、箱の幸運を持ってしても、

一進一退の状態が長く続いた。


そんな折、彼の傍らにある箱が呪いの箱で、

秋久が主を呪っているのだと噂がたった。

そんな馬鹿な事と一笑にしていたが、下役人がやってきて、

彼の家の庭から呪札が出てきたと告げた。


彼はやってもいない罪に問われ職を追われ、

彼の年老いた両親は家を追い出された。

許嫁の女性から縁切りの書状が届いた。


牢の中で両親の死と主の死を聞き、

かつての自分の職の後任に彼の友人が付き、

友人は彼の許嫁であった女性を娶ったと噂で聞いた。

だが、秋久はそれでも友人を疑うことなどなかった。



秋久を問い詰める役人の前で、彼の友人に説明を乞うよう要請したが、

役人は取り合わず重い刑罰を求めた。

それでも言い募る秋久を哀れに思った顔見知りの上役が秋久の友人を連れてきた時、

彼の友人で会った男は、明らかな蔑みの目で秋久を見下ろした。


その上で、何もやましきことが無いのならば箱を開けてみるがよいといった。

呪箱を開けると災厄が鬼と共に襲うと言われており、

開けて何もなければ問題なかろうと。


何も知らなかった秋久は自身の潔白を示すために箱を開けてしまった。

煙が箱から湧き出て目を耳を間隔がすべて揺れた中、

秋久は、今までに見たことのない恐ろしい顔でにたりと笑う、

鬼の顔を持つかつての親友の姿を見た。


その時全てわかった。

秋久は友人であった男に貶められたのだと。




********



この世界に飛ばされた時、秋久は異界の狭間で例の陰陽師に会ったらしい。

箱を開けてしまった以上、選択肢は一つしか残されていないと聞かされたと。


5つの宝玉を集めて宝珠を完成させること。

秋久は、故郷の地を踏むことを諦めてはいなかった。

だから世界を旅することを決めていた。


この世界は秋久にとっては異世界。

だから、世界をよく知る案内人を彼は必要としていた。


なぜ、人間でなく私なのだと尋ねたら、

人間であれば信用できないが、人間でないなら信用できると、

平気な顔で笑う人間不信気味な秋久が面白いと思ったからだ。


5つの宝玉を集める旅も面白そうだとも。


もちろん、異世界というものにも興味があった。

だから、契約する代わりに異世界のことを教えてくれと頼んだ。


秋久は頷いた。


秋久と最も結びつきが強い3つの契約を持ちかけた。

秋久が、無事に異世界に帰る時を見届けたいと思ったから。



秋久は私に名前を付けた。 樹来と。

血と名前、そして魂の契約、すべてがそろった。

私は樹来となり、秋久の精霊となったのだ。

私は、秋久の旅についていくべく必要なすべてをそろえた。


一つ、誤算があるとすれば、共にいた火の精霊の存在である。


彼女は、生まれて初めて見る人間であり、

彼女を妹の様に可愛がってくれる優しい秋久をことのほか気に入っていた。

まるで初めての初恋のように、秋久をずっと目で追い、上機嫌で頬を染めた。


秋久が樹来を連れて行くと決めた時に、

秋久に自分とも契約しろと7日7晩泣いて訴えた。

秋久の服の後ろを握りしめたまま、ずっと離れなかった。

彼女の姿に自分の妹を重ねたのか、秋久は8日目の朝に根負けした。


そして、彼女に、妹の名前である朱加と名づけ、同行を許した。


名を与えられ、魂と血の契約をしたことで、秋久の魂と繋がり力を得た。

その結果、朱加は一気に大人の姿に覚醒した。

余りの妖艶さに秋久は驚いていたが、仕草や態度は子供の時のまま。

だから、ほどなくしていつもの対応に落ち着いた。


宝玉を集める為、人の住む町へと降りる。

そこで、人恋しさから憎しみを抱いた醜い老婆、そして、

許されぬ愛に身を焦がし、ついには嫉妬にくるった揚句に、

妹を殺そうとした男に出会った。

二人は宝玉を持っていた。


秋久は真摯に彼等と向き合い、希望を叶えるべく努力した。

老婆は秋久と共にいることに満足し、死するときに秋久に宝玉を託した。


嫉妬にくるった男は、秋久と剣を合わせて力の限り戦い打ちのめした。

打ちのめされた彼は宝玉を回収され、後に信仰に目覚めて神の教えに下った。



5年かかった。

だが、秋久の宝珠に2つの宝玉が入った。



ある日、旅の途中で宝珠から突如激しい力が溢れ、崖横の大岩を砕いた。

宝珠がもつとてつもない力だ。


秋久は管理者に連絡を取り、その力について尋ねた。

宝玉は宝珠に馴染むまで暴れることがあるそうだ。

宝玉は意志を持つ力であるから秋久を覚えるまでは仕方ないと。


馴染ませるには宝珠の主である秋久が力を行使するしかないらしい。


秋久は宝珠の力を操るべく何度も力を行使し、安易に力を使った。

力を使えば使うほど、宝玉は宝珠に馴染んでいくと聞いたから。

だから、秋久は迷うことなく力を使う。人外の力を。


秋久の意志とは関係ないところで、その力が雷を産み、河を逆流させ、岩を割り、

人を傷つけるほどに暴れることもあった。

まるで宝珠が意志を持って暴れているかのように見えた。


樹来と朱加がその力を逸らすことで何とか、

秋久は宝珠を使いこなしていたのが現状だった。


秋久は、樹来と朱加の力、そして宝珠の力をもって、

あちこちの国で事をなし、悩める問題を力で持って制し、宝石の回収を試みた。

秋久達一行はいつしか神の伝令師とも言われ、

戦時下の国から救世主のように受け入れられ、

攻撃を受けた側は彼ら一行を悪魔の旅人とも呼んだ。

 

大きすぎる人間には過ぎたる力。

宝珠が放つ神の力は、敬われる反面、酷く忌避された。

秋久の心は傷つき疲れていた。


守る為に、助ける為に力を使ったのに、力を使えば使うほど回収予定の宝玉は壊れて、

回収不能なまでにその持ち主は狂った。

何がどうしてなのかさっぱりわからない。秋久は頭を抱えていた。


そうして旅を続け、10年近く経ったのに、宝玉の回収はままならない。

秋久は焦っていた。 

この世界に馴染めば馴染むほどに、故郷を忘れていくようだとも言っていた。

私達にもどうしたらいいのか解らなかった。


「大きすぎる力は人を傷つけるだけだ。

 宝珠の力は、人を傷つける為に使ってはならない」


秋久がそのことに気づいたのは、戦に明け暮れた小さな里にたどり着き、

そこで心根の美しい女性、セイ、を愛することを知った時だった。


セイは、秋久の乾いた心を優しく潤した。

異世界人である秋久をあるがまま受け入れ、秋久の心に慈愛の雨を降らした。


秋久はおそらく生まれて初めて人を本気で愛したのだろう。

彼の心は、かつてない程の幸福で満ちていた。


だから、秋久を父とも兄とも慕っていた朱加もやむなく秋久の婚姻に同意し、

やがて生まれてくる子供に未来を夢見るようになった。


だが、世界が、その里を取り巻く環境が、彼等を幸せのままにはしなかった。


戦争はどんどん酷くなり、かつては国であったはずの里の人口は半分以下に減った。

樹来も朱加も秋久と秋久の大切な家族を守る為に力を行使した。

秋久も、自分のできる範囲で宝玉の力を使って攪乱する。


人を直接傷つけることには決して力を使わない秋久のやり方に、

多くの血走った男どもが秋久を日和見主義の軟弱者と批判した。

陰で苛つき罵倒したが、長の妹セイの夫である秋久に、

表だっての直接の被害はなかった。


だから安心していたのである。秋久も樹来も朱加も。


秋久の愛した妻が子供を産んで程無く亡くなった時、

全てが一気に崩れた。


力を求めた里の人間に秋久は無残に殺された。

秋久は遺児を残し守る様にと、樹来と朱加に遺言という強烈な呪縛を残した。


秋久の魂は旅立てず、この世界にも異世界にも帰れず、

どこかで漂うこととなったようだ。だから契約は切れないし消えない。

その結果、私は呪縛に囚われた。


朱加は狂い暴走し、里を谷を森をすべて焼き払った。


私は、秋久の遺言を執行するべく力を使い、朱加を力任せに封印し、

持ち主不在の宝珠が暴走しないように幾つか術を掛け、眠った。


全ては魂の呪縛による遺言の執行の為だ。

力を使い果たし意識だけが薄く残る存在となって、

いつの日か、樹来自身もどうしようもなくなっていた。


じっと誰かを何かを待つだけの月日が流れた。

封印に使う力は、樹来からどんどん流れていく。

樹来はもはや、かつての大きな力を無くしていた。


私は、森の木々に静かなる大地に意識を潜ませ、

じっと待っていた。

封印に流れる力とは別の力を眠りながらも少しずつ溜め込む。

いづれ来る日のために。


不意に、森の木々にさえずる小鳥たちが、神様の守護者がいることを聞いた。

この世界の4つ柱の神々の守護を持つ異世界から来た少女。


天啓だとひらめいた。


秋久と同じ異世界の旅人。

神様の守護を併せ持つ力ある人物。


秋久ですら大地の神の加護一つだけだったのに、4つ柱すべての加護だ。

そんな大層な素晴らしい人ならば、私の重い頸木を、秋久との契約を、

朱加と宝珠の面倒な絡まりも、見事に片付けてくれるに違いない。

そう期待した。


だから、力を振り絞り、猿の姿を取って大地から離れ態々会いに行った。


なのに、立派な加護に包まれたであろう彼女は、明らかに普通だった。


正直、当初は失望した。


見かけは平々凡々のどこにでもいる人間の小娘。

猿の姿で、じっと観察したが何も変わったことがない。


水の精霊とのかかわりはあれど、魂の契約を交わした様子もない。

拘束力のない契約をもつ精霊など、なにか気に入らないことがあれば、

すぐに離れてしまう当てにならないものだ。

若い精霊と言えど、契約すら結べない愚かな小娘。


頭がいいわけでもなく、武勇に優れているわけでもなく、

容姿が美しいわけでもない。騙されやすく全てにおいて単純。

取り柄らしい取り柄すら見つからない普通の人間。


秋久と比べても、明らかに劣っている。

その他大勢に区分されるべき、ただの人間だ。


強い宝珠の持ち主でありながら、

宝珠を使いこなすことも出来ない半端者。


どうしてこれが4つ柱の神様の守護者なのだと頭を捻った。


だが、猿として同行しつつ彼女の動向を窺っていると、

時折、樹来から見ても、いや、おそらく人間の常識からしてみても、

彼女、メイ様は理解不能としか思えない行動をしばしばとることがあった。


秋久がもっていた宝珠の何倍もの力を持つ宝珠を携えているのに、

その力を行使することも頼ることもなく、その体のみで感情のまま突進する。


神様の守護者故に恐怖や痛みを感じないのかとも思ったが、そうではないらしい。

痛みに恐ろしさに震えながらも誰かのために立つのだ。


彼女の瞳は、どんな時でも揺らがない。

手を伸ばした人を決して見捨てない。


秋久の様に力を振るうわけではない。

以前の契約者の様に知恵を働かせるわけでもない。


だが、どんな時でも傍に居ると信じさせてくれる何かを彼女は持っていた。

暖かな心の拠所となってくれる強い魂の輝きが、

樹来の目をどうしようもなく惹きつけた。


その上驚くことに、力を行使しないのに宝玉の力が暴走することがない。

意志を持つ宝玉は、よほど彼女の魂が気に入ったということだろう。

いや、宝珠が宝玉が彼女の魂に魅せられていると言っても過言ではない。


決して神の力に頼らないメイ様。

そんな彼女の力になるべく、彼女の負担にならぬよう、

宝珠自体が力を選んで使っていた。驚くべき現象だ。


些細な彼女の望みにすら宝珠は願を叶えようと動いた。

秋久が使った山をも打ち砕く力には、遥かに及ばない程の僅かな力の奔流。

だが、緻密で繊細で強靭な力。

その力は響き合い美しい調を奏でながら力を循環させていた。


素晴らしく調和のとれた宝珠。

その力の優位性は、おそらく神々ですら凌駕するほどの力を秘めていた。


秋久の子孫であるディコンが病魔に蝕まれていた時にも、

彼女は少しでも良くなりますようにと願を込めて水を飲ましただけだ。


だが、宝珠は彼女の願いを叶えるべくディコンに力を送った。

ディコンは先ほどまでの病状が嘘のように劇的に回復した。

それは宝珠が癒しの力を送ったからだ。


メイ様は、宝珠の力を使った自覚は全くないだろう。

なぜなら、宝珠自身が率先して彼女の望みを叶えようと動いたからだ。


水の精霊も同じことだ。

メイ様の御為に、自らの意志で全てを投げ出して力を使う。

多分、メイ様の命が危なくなれば、その命すべて投げ出しても守るだろう。


神様の守護者にして、この世界の大いなる宝珠に愛され慈しまれた人間。

水の精霊が力を自らを差し出し、大いなる4つ柱の神々でさえも、

彼女を助けようと手を伸ばす。それほどに愛された人間。


それはその魂の輝きゆえ。


こんな人間が存在するのかと心の底から驚愕した。

人が持つ心という名の大きな強い力に初めて震撼した。

それは勇気とも信心とも時に捉えられるが、多分別な物。


メイ様の輝きは他者をも巻き込むと、もっともっと美しく輝き響き合うのだ。

つまり、異世界人の力というわけでなく誰しもが心に持つもの。


彼女は一つ一つ丁寧にそれを目覚めさせていく。

彼女とかかわったディコン様の魂は少しずつ美しい音色を奏で始めていた。


そして、それは樹来であっても同じこと。

彼女の魂が奏でる調はとてつもなく美しい。


蝶が花に群がる様に、美しい響きに惹きつけられる。

気が付けば樹来も魅せられていた。


だが、ディコンは自ら死を選ぶべく封印の中に飛び込んだ。

私は、秋久との契約にして彼の子孫を守るという約束があった。

だから、樹来はディコンを守るべく偶発的に一緒に朱加の封印に侵入できた。


飛び込んだとき、私を排除しようとする反発が確かにあった。

だが、身近で秋久の魂の気配がした。

今思えば、秋久の魂が私をディコンを守ったのだろうと思う。


そんな秋久の想いに応えるべく、契約を果たす為、

彼を連れ出すべく最後の力を使うつもりだった。


また長期の眠りに入る毎日に戻るかもしれない。

宝珠の爆発のあおりを受けて、

存在が消えてしまうやもしれないことも覚悟しておりました。


唯一の心残りは、もうメイ様のあの美しい魂の調を聞けなくなること。

それが少し残念な気持ちもありました。


ですが、メイ様はたった1人で封印の中まで追ってきてくれたのです。

ディコンと猿の姿であった私を助ける為に。

ええ、私の為にでもあったのです。


そして、おそらく彼女の大事な方々を守る為にでもあったでしょうが。


水の精霊との契約の印を自ら放棄してまで、一人で赴いてくださったのです。


契約の印である腕輪を外して置いてきたということは、

メイ様はあの若い水の精霊の命を惜しんだということ。


なんとお優しい方なのか。


秋久の宝珠に用いられた朱加の封印は、異世界の力とまじりあった血の契約。

時が経ち酷く歪んだ封印は、朱加の意志もあり、

朱加が求める力以外を徹底的に排除する傾向にあった。


メイ様達が話し合いをしている隙に封印の傍に降り、

朱加に会う為にこっそりと封印の中に入ろうしたが、

あっけなく拒絶されたことからも明らかだ。


秋久との契約があり、朱加となじみである樹来ですら拒まれたのだ。

おそらくこの世界の神々でさえも不可能だろう。


あの時、樹来が中に入れたのは、秋久との契約の名残と、

秋久の子孫であるディコンがいたからだ。


中に入るには、条件にあった者のみ。

即ち朱加が求めていた秋久の子孫か、

秋久と同じ異世界人でより強い力を持つ宝珠の持ち主だけだ。


異世界の神の力が根底にある力であるがゆえに、

より大きな力を持つメイ様は封印の中に入れるのだ。


おそらくあの年若い水の精霊の力では宝珠の圧に耐えられない。

もしメイ様が連れ入ればその命は宝珠の反発を受けて永遠に失われる。


狂ってしまった宝珠の力は激しく軋んでいた。


それをお解りであったのでしょう。

メイ様は自ら水の精霊を置いてこられました。


彼女の願を受けて、宝珠は水の精霊との契約の頸木を、

あっけなく無効化させていました。

それもこれもあの水の精霊を守るためのメイ様の崇高なる心配り。


それなのに、あの若い精霊は何故契約が無効化されたのか解っていない。

それどころか、樹来が契約阻害したのではと疑っている。


経験を積まない精霊であれば仕方ないのかもしれないが、

あれは宝珠がメイ様の願いを叶える形で力を行使した結果なのだ。


全く、そんなことではこの先のメイ様の未来が危ぶまれます。

あの若い精霊では明らかに力不足でしょう。


そして、メイ様は全く無防備な状態のまま封印に飛び込んでこられた。


彼女は普通の人間だ。怪我もするし痛みも相応にある普通の人間。

普通な人間が爆発に巻き込まれたなら、その結果は悲惨なことになる。


封印を解いて宝玉をメイ様の宝珠に回収してもらう。

その際に古い秋久の宝珠は暴発するが、メイ様はその力を宝珠に吸収させる。

メイ様は、力のあおりを受けて飛ばされるかもしれないが、

神の加護があるから死なないし怪我などもしない。問題ない単純な計画だ。


だか、実際に今にも破裂しそうな膨大な力を間近で見たら、

その恐ろしさに震えが走った。


こちらの神の加護では足らないかもしれない。

それほどに巨大な狂った力だった。


もしかすると体を損ねたり、心が壊れたりするかもしれない。

神の加護が行き届かないなら、それは死を意味する。

それほどに凶暴な破壊力がそこにはあった。


メイ様が失われる?

あの魂の輝きが消える?


そのことに思い至って驚きに茫然としていたら、

メイ様は私に優しく声を掛けてくださいました。


「お疲れ様。 そして、今までよく頑張ったね、樹来」


メイ様の瞳に宿る優しい光が、私の心に深々と降ってくる。


気が付けば、私はメイ様にしがみ付く様にその体を抱きしめておりました。

暖かな手が背中をゆっくりと撫でてくれる。

どこか懐かしさを感じる暖かな瞬間。


その時、ようやくですが解ったのです。


私が、秋久との約束や契約にずっと囚われていたのは、

呪縛ではなく、私自身が秋久を朱加を大切に思っていたからだと。


契約だの約束だのは建前で、本当は私自身の意志で自らの力と存在を削る程に、

秋久や朱加を守りたいと思っていたのだと。


秋久と朱加と過ごした短い日々がとても幸せで、

私にとってたとえようもない程に大事だった。


だから、長い間の苦しみにも、孤独にも耐えられた。


今まで一人でよく頑張ってきたと、差し伸べられた手と労わりの言葉。

私の心の痛みを苦しみを理解しようと寄り添ってくれる暖かな魂に、

とてつもなく心が揺さぶられました。


そして聞こえてくるあの美しい魂の響き。


精霊として生まれてきて、この方に会えて本当に良かったと、

この軌跡に私は心から初めて神に感謝しました。


その時、私は生まれて初めての涙を流しました。

そして思いました。失いたくない、メイ様を。

この方を、何があっても私は失いたくないと。


ですから、封印から出る為に簡易契約と称して、

メイ様を言い含める様にして、きっちりと血の契約を結びました。


血から聞えるメイ様の真っ白な魂は私を甘く満たします。


そして、メイ様の宝珠から流れる力により、たちまち甦る私の力。

私は、メイ様を守るべく、彼女の周りに私の力を沿わせました。

宝珠が私を認め、メイ様を守るべく、私に力を貸してくれたのです。


私はあの時、メイ様の精霊として認められていたのです。


程無くして、メイ様の存在を感じることは出来なくなりましたが、

彼女が無事、異世界に戻ったその瞬間まで私の守りは働いていたことは確かです。


私は彼女を守ったのです。


ですが、彼女の居ない世界はなんと無機質なことか。


メイ様がこの世界からいなくなったのに、世界は変わりなく回っていました。

そのことにも多少苛つきましたが、私には希望がありました。


メイ様は、異世界にお帰りになるときに、必ず帰ってくると誓っておられました。

私はその言葉を確かに聞いたのです。


そして帰ってこられたなら、あの時の様に、メイ様の精霊でありたい。

私もメイ様を信じ寄り添いたいと思うようになっていました。


私が彼女の精霊であったなら、どんな危険からも彼女を守れるでしょう。

メイ様にとっても最善な選択だと思いませんか。


私は、生まれて初めて、他者の契約者を欲しいと思いました。


今は、私の精霊としての存在は全て、

彼女に出会う為だったのだとすら思っているのです。


メイ様は、あの時、私の存在全てを受け入れてくれました。


だから、私はメイ様の全てを守るべくこれから先、力を尽くそうと思いました。

彼女が大切に思うのならば、煩いだけの水の精霊すら受け入れましょう。


私は、彼女の傍で全てを捧げたいのです。


以前の私ならば、そんな状態の精霊など鼻で笑っていたでしょう。

ですが、私は生まれて初めて歓喜しているのです。


あの方と生きる人生は、とてつもなく希望と楽しみに満ちているに違いないと、

確信してもいるのです。


次に彼女と出会った時には、誰よりも先に彼女と魂の契約をするつもりです。

あの若い水の精霊より先に、私は彼女の魂と共にある未来を掴みとるのです。


だから、私は彼女を探す家族と行動を共にすることにしました。


彼女の選んだ大切な人達は唯の人間だが、

私が知る限りでは、最もメイ様を守るにふさわしい素質を持った希少な人間。


メイ様は、私に会った時、メイ様の家族を私が守っていたと知ったら、

驚き感謝し、私に微笑んでくださるだろうか。

そして、またあの時の様に、お疲れ様と労わって下さるだろうか。


そんな未来が楽しみで仕方ない。


なんて素晴らしい未来。

早く、早く会いたい。

あの美しき調に。


自ら魂の呪縛さえも望むほどに待ち焦がれる。

あの美しき魂を。


私は、必ず、メイ様の精霊になるのです。

だから早く、早く帰ってきてください、私の主、メイ様。


樹来のイメージががらがらと崩れたかもしれませんが、

彼は実はこんな感じです。ちょっと残念?でもいいのです。

私の中で完璧な存在など、ある人以外誰もいないのです。

愛ゆえに。大好きな言葉です。


樹来がメイを主人と認めた過程はこんな状態でした。

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