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箱をあけよう  作者: ひろりん
第5章:遺跡編
170/240

飛ばされるようです。

長らくお待たせしました。メイのお話です。



メイです。


先程、朱加さんがどうやらいきなり現れた男前の幽霊を前に、

幸せオーラ満載になり、唐突に消えてしまいました。



余りにも突然のことで、何が起こったのか説明しろといわれても出来ません。 

なにしろ、私自身がさっぱりわかってませんからね。


ですが、目の前の骸骨さんは砂になっている。

朱加さんは幽霊さんと仲良く抱き合って消えた。

朱加さんが大事に握りしめていた腕輪は床に転がっている。


それから導き出される答と言えば、昇天?

つまり、成仏しちゃったんでしょうか。


あの幸せそうな顔は多分そうなんでしょう。


なにがどうしてこうなったのかは、さっぱりわかりませんが、

朱加さんが幸せならば秋久さんも樹来も異議を唱えないだろう。


本当に朱加さんよかったね。

お二人の幸せの旅立ちを心よりお祝いいたします。

あれ?これって結婚式の定番文句だよね。

この場合違うようなあっているような。 

まあいいか。 幸せなら問題なしだ。


天に登って行った二人の軌跡を視線で追い、あの辺りだったかと辺りを付けて、

空中を見上げて思わず合掌した。


お幸せに!




なんとなく幸せ気分でぼんやりとしていたところで、

バキッていう音が背後から聞こえました。


ので、もちろん咄嗟に振り返ります。


目に入るより先に何かが私の胸に飛び込んできました。

もちろん私は無抵抗かつ無反応です。


それが何かと判別する前に、まずは順序立てて考えたいと思います。


まず、振り向いた先に見えたのは、見事に砂になった骸骨。

綺麗なカルシウム顆粒状態です。


骨砂は見事に真っ白です。精製済みの塩のように白いです。

そして、砂の間に埋もれるように半分だけ顔を出している秋久さんの白い封球。


白い砂中に白い球。

普通に考えて保護色で一見判別不能に見えるけれど、

秋久さんの白球は薄炭を少量落としたようなしみがぽつぽつとある。



年月がたってシミが浮いてきたのかしら。

人間の肌みたいですね。


そういえば、女性の肌は20代から下降線ってよく聞くよね。

思い起こせば私だって日本ではそれなりのスキンケアしてたけど、

こっちでは何もしていませんね。

それどころか炎天下にすっぴん多々ありしです。

今更だけどちょっと焦ってきました。


そうやって気にしてみれば、なんとなくですが、

鼻のあたりのそばかすが濃くなっているような気がする。

無事に帰れたら、水っぽい野菜で野菜パックしてみようかしら。

でもまあ、もともとだ言えばそうかもしれないけど。


でも、こちらの世界にきてから大きなお肌トラブルどころか、

ニキビもできなく髪艶もよくなっていい感じなのです。

これはあれですね。

水があったというか、食べ物事情がいいからと答えますね。

多分、レナードさんのごはんとトムさんのおやつに秘密があると思います。


だって、すっごく美味しいですから。

詳しくはわからないけど、バランスとかミネラルとかカルシウムとか、

凄くいい感じで食事に入っているのではと思うんですよ。


人工甘味料とか化学薬品を使ってない料理って素材勝負とかっていうでしょ。

そんな感じで、日本での一人暮らしの時より、

確実にいいもの食べていますからね。


あ、話ずれてますね。本題に戻しましょう。

何の話でしたっけ? ああそう、球のしみ模様の話でした。


球の状態を説明するのに白球の色合いやシミも気になりますが、

それよりもっと気にしないといけないのは、

大きな亀裂が真ん中に一本。


その亀裂は、段々と深く長くなっているようです。



亀裂の周囲から、卵の殻がぼろぼろと剥けるように白い粉が砕けて落ちた。

小さなひび割れが何本も枝分かれして亀裂を更に拡大させる。

それは、少しずつ少しずつ広がっていた。

ビキッビキっと小さな細い根っこが土を這うように球は割れていた。


そして、ここからが本題。

壊れていく球から、ここぞとばかりに飛び出してきたものが、2つ。


赤っぽいものと、微妙に黒い色をしているもの。

それらは、幽霊屋敷の人魂かとばかりの人魂型をしていました。

つまり、真ん丸な核がぼやけた光を放ち、

ねずみの尻尾の様な尾をゆらゆらとなびかせている状態です。


お化け屋敷仕様の人魂ならば、ゆらゆらぼんやりキャーで、

私はもちろん逃げられます。

だけど、それらは鈍い光の癖に行動は素早いようでした。


まっすぐに向かってきた。 


どこに?


私に向かって。


どうやって?


それはもう、勢いよく飛んできました。


それでどうなった?


もちろん、ぶつかりました。




その状態で出てきた私の一言。


あ。


だけでした。正に一言です。


恐ろしいまでにぶつかる気満々な当たり屋な人魂さんたちは、

ぶつかられるこちらのことは、全く考慮されてないようです。


交通標語で表現するならば、正面衝突です。


反射神経も運動神経もどこに置いてきたんだと思われる私に、

ここで逃げられるという考えなんかこれっぽっちもありませんし、

まず浮かびません。


そもそもあれらの人魂もどきは一体何なのか。

どこから出てきたのか。

何故私に向かってきたのか。


そこまで考え至る前に、すでに事故はわが身に及んでました。

異世界人魂交通事故被験者の会とかがあれば、

この感覚に賛同を得られるでしょうか。


まずは、事故報告ですね。








まずは、どん。

胸部にぶつかられるような感覚がした。


それも2回。

二つの人魂が順次にヒットしました。


その威力は授業でソフトボールをお腹に受けたときを思い出す程です。


痛かった。それはもう。


多分、明日には青痣が出来ているでしょう。


人魂に言いたいですよ。

人魂の癖にどうして物理的に痛みなんかを齎すのでしょうか。

普通の人魂ならば透明すり抜け幽霊と同義語ではないのでしょうか。

ちょっと精進が足りませんよ。


当たったところが凹んだらどうするんですか。

どうせ当たって凹ませるんならぽっこりお腹とか

お肉多いお尻とかを選んでくれてもいいのに。


だってだって、たださえも自己主張の少ない場所なのに。

文句を言ってもいいですか。いいですよね。


平らにほぼ近いから、凹んでいるでは大きな違いがあるんですよ。


そんなことをつらつらと考え繰り返しながらですが、

ただ今私は突然やってきた痛みをやり過ごすべく額に脂汗を浮かべてます。


ほら、関係のないことを考えると痛みがどこかに行く感じがするって、

よくいうでしょう。

だから私がベッドの角に小指をぶつけた時とかによくする方法なんですが、

今回は効き目薄いようです。


痛みに歯をくいしばりながら、頭の中で人魂に大いに文句を言います。


しかし、私の体に勝手に入ったというのに彼らには全く聞こえないようです。


人魂達は、私の文句を余所に勝手気ままに暴れまわります。


人魂は、心臓や肺や肋骨付近をくるぐると周り、

実に活発に動き回っているようです。 元気ですね。


私は、はっきり言ってかなり苦しいです。


自分では制御できない何かが、文字通り胸の中で暴れているのです。


その痛みを解りやすく経験から説明すると、

親不知が夜中に痛み出してどうにもならず、

七転八倒する痛み2倍増しくらいです。

歯を抑えても頬を抓っても痛みが全く治まらないように、

胸を抑えても収まりません。


痛みに逆らわないように息を長く細く吐くと、

心臓の音がどっくんどっくんと体中で姦しく音を立てる。


息を吐くのも苦しい状態とはまさにこのこと。


しかし、苦しいながらも頭は動いているようです。

先ほどの疑問に対する答えが、不意にぽんと閃きました。


私の体に入った先ほどの人魂モドキは、もしかして宝珠だったりする?


どうして疑問形なのかといいますと、ちゃんと自分なりの理由があります。


そもそも宝珠ってどんな形なんでしょうか。

今更ですが、4つも集まったのにさっぱり見たことありません。


そして、根本的なこと。

今までの宝珠収集と全然違うからです。


今までの宝珠は、知らないうちに入っていたいうことが多々あるように、

私には痛みや害はなく全く手が係らずじまいでした。


どちらかというと私の体は素通りで白い球へ、

はい、いらっしゃいって感じで難なく過ぎたのだ。


同じ宝珠なのに何が違う?


自分で集めた宝珠ではないから、入魂拒否とか?

でも、樹来や秋久さんは簡単に入る入るって言ってたよね。


こんなに苦しいなんて予想外だ。

なんだか吐き気すらしてきた。


ぐるぐると疑問を頭に張り付けながら、

体の中の宝珠にお願いだから大人しくしてと必死で祈りました。


吐き気と痛み、序に頭痛に眩暈まで一気に襲ってくる。

自分の体が鉛のように重くなり、重度の貧血症状だ。


体が痺れ、自分の手足すら重荷に感じる。

負荷を散らすために無意識に体がくの字に折曲がる。

重力に負けた髪が逆立ち、じっとりと汗で濡れた服の上を更なる汗が滑って落ちる。


倒れそうになる体を支える為、無意識にぐっと足を開いて踏ん張る。

そうしたら、首から下げている私のアシカ球、

もとい封球が襟首からぽろんと出てきた。


汗で張り付いた髪と球が鬱陶しくなって脇によけようとして、

不意に目に何かが映りました。


あれ?


私の首からぶらーんと皮紐でぶら下って揺れているのは、

以前は白を含め5色であったアシカ球。

もう一度確認とばかりにじっと見つめて、驚愕で目を剥きました。


ああ、し、白の部分がありません。

さっきまであったはずの白い部分が、なんと緑になってます。


胸の痛みもそこそこに、慌てて球を持ち上げてぐるりと回します。

指で一つ一つを指さし確認します。


青、黄、橙、紫、そして緑。

ああ、やっぱり見間違いではなかった。


「え? なんで? いつの間に?」


白、白はどこに消えた。



思わず言葉に出して問うがもちろん誰も答えてくれない。

当たり前だ。ここには私の他には誰もいない。


秋久さんの持っていた宝珠の内一つがこの緑なのかと思ったが、

夢の中の記憶から違うと確信した。


夢の記憶は多少おぼろげではあるが、秋久さんの宝珠は赤と黒。

見た人魂モドキも赤と黒だ。


赤と黒。

足して混ぜても緑にはならない。


筋肉痛で痛む首をひねる。


結論から言うと、この緑は秋久さんの宝珠ではないということ。

だけど、今、緑がアシカ球の一員に。


うーん。


つまり、どこからかやってきた宝珠が、

開いていた白の場所に先んじて5つめを埋めてしまったということなのか。


それが正解に近い気がして心の中で思わずにやりと笑う。


調子に乗って続いて考えよう。


どこからかやってきた緑。 それは、どこから?


心当たりは、……もちろん、ある。


ディコンさんだ。


私がこの場所に飛び込む前に私の白い球が反応したのはディコンさんだった。

つまり、ディコンさんがあの時あの場所で宝珠を持っていたということ。


深緑の色。

綺麗ですよね、森の緑というか。


宝珠の色は何をもって色を成すのでしょう。


いや、そんな平和的疑問は今は置いといて、

深緑がディコンさんの宝珠だったとする。


ここを出て、早速レヴィ船長やカースと仲直りしたのかもしれない。

十中八九そうだろう。

レヴィ船長やカースがディコンさんを許さないなんてはずはないからね。

彼らは、度量がとても深い素敵な人達だから。


で、その結果、宝珠が満足して離れ、私の元へどんぶらこ。

さすがレヴィ船長のお友達。 

仕事が迅速的確ですね。 




……早いでしょう。

もうちょっと待ちましょうよ。


いや、屈託がなくなり悩み事がなくなったということなので、

それはいいこと、いいことなのです。

本来ならば、めでたしめでたしです。


そう、本当にいいことなのですが。

わかっていても、今の私の事情を察してくれと言いたいのは、

もちろん私の勝手ですね。


つまり、今の状態は宝珠が白球に入りたくても入れない状態。


アシカ球完成の為、満員ですと白球が入魂拒否。


だから、秋久さんの宝珠が私の体の中で暴れていると。


……。


額に流れる冷や汗が止まることなく地面に滴り落ちる。


鈍い鈍痛を引き起こす神経信号に、すこしだけ現実逃避です。




春海に今の私の状況を詳しく説明したならば、

必ず大笑いされるかもしれません。いや、多分されるだろう。

先の見通しが甘いよねって、笑い顔やしたり顔が目に浮かぶようだ。

この狸め、こんな私にもわかる様にきちんと助言とかいうべきでしょう。

今度会ったら特上抹茶最中を要求してやる。


カースやレヴィ船長のような頭のよい人物ならば、

こういう時ぱっといい考えが浮かぶのかもしれません。

ちょっとだけでもいいからレンタルしたい、その頭。


どうにかなるように一緒に考えてほしい。


どうにか、ああそういえば、宝珠5つだけなんてケチなこと言わずに、

6つ7つと、少しだけ無理をすれば入らないかしら。


前に樹来が2つは入るだろうって言ってたし。


私のは秋久さんの球よりちょっとだけ大きいし。

こう、ぎゅっぎゅっとつめれば入るかもしれないですよ。


ほら、満員電車で駅員が人を押し込むところをテレビで見ましたよ。

一つの車両に一体何人まで乗車可能なんでしょうか。


でも、電車だって可能なんだから皆が協力すると入るかもしれないです。


さあ宝珠のみなさん、ちゃっちゃっと奥に詰めてください。


私のアシカ球に目で合図を送りお願いするがまったくの無反応です。


駄目か。やっぱり。

くっ、譲り合いの精神は素晴らしい日本文化なのですよ。


宝珠に向かってなだめてもすかしても煽ててもやっぱり応答なし。

どうしたもんでしょうか、本当に困りました。


痛みから体の筋肉が痙攣をおこしかけ、自然と床に転がりました。


中腰の姿勢は辛いです。

しゃっくりも出てきて軋む背骨に振動を響かせて、

更なる痛みをもたらします。


痛みに息絶え絶えでふうふうと言っていたら、

耳もとに微かに音楽が聞こえてきました。


弦をつま弾くような聞き覚えのある癒しの音楽。

ポロンポロンっと、軽やかに流れる暖かな旋律。

懐かしい音色に耳にやさしい音階。


音色に耳を傾けると痛みがすうっと一気に引いていきました。

顰めていた眉間の皺がなくなります。

ぎりぎりと噛みしめていた奥歯から力が抜ける。


ああ、助かりました。

癒しの神様有難う。


今ほど神様のありがたみを実感したことはない。

九死に一生を得るとはこのことでしょうか。


転がったままで大きく何度も深呼吸しました。


胸の中に入った宝珠が、どうやら大人しくなったようです。

癒し音楽のおかげで眠ったのかもしれませんね。

ここはこのまま、眠った状態のままにしてほしいところです。


音楽はまだゆっくりとした曲調で流れてます。

縮こまった体をうんと伸ばして床で背伸びします。


まずは、筋肉痛を治すには曲にあわせて屈伸体操です。


おいっちにと掛け声をかけながらですが、

ストレッチモドキのなんちゃってラジオ体操を始めようとして、

ちょっとした違和感を感じました。


違和感の正体はすぐに判明しました。


それは私の胸です。


平らにほぼ近いと解っていても、

寄せてあげればちょっとはありますと答える私の微かな膨らみが、

今は、なんとなんと山と谷が出来てます。


両手で私の胸を抑えて確認します。


むにゅっと潰れました。

やわらかいですね。


この大きさは憧れのCカップ、いやもう一つおまけがつくかも。

これは突然の成長期?

まさかの女性ホルモン活性化!


ブラボー、ワンダフル、サンキューベリーマッチ、スパシーバ。

カタカナで思いつく限りの称賛を言ってみた。


私の胸、凹むどころか大きくなってます。

これは打ち身から内出血を起こして内部で腫れたのかもしれませんが、

しかしながら、抑えても突いても痛みはありません。


不意にそこで納得しました。

なるほどこれは夢ですね。


夢。そうですよね、夢です。

先ほどの痛みで私は気を失っているのかもしれません。

癒しの音楽はそういえば夢でしか聞いたことないですものね。

納得しました。了解です。


しかし、夢ならばもう少しだけ堪能したいです。

憧れの巨乳には程遠いが、嬉し楽しの谷間があるのです。


夢の谷間!



ああ、なんて素敵な夢。

これならば、淑女への階段一足飛びなのですよ。

マーサさんにくどくど言われた男の子と変わらないという私の問題点。

これならば100%男の子に間違われることはないでしょう。


しかし、楽しい夢の堪能は短い時間と決まっているようです。

谷間に遊んでいる間に、気が付けば癒しの音楽の調が止まっていました。


あれ?っと思っていたら、ビキっと大きな音がしました。

音の発生場所。

秋久さんの白い球。


少しずつひび割れていた宝珠が、見事に二つに割れころんと転がりました。


その途端に切り口から真っ白な光が一面に広がります。

目もあけていられない激しく強い輝き。


かっと広がる閃光が、私の体全体を影も残さないくらいに照らします。


耳が、目が、そして私の感覚全てが光に覆い尽くされて、

存在をなくしそうな程の強烈な光の奔流。

音も時間も世界も、私を含む全てが光に飲み込まれる。


まるで、光に溶かされそうな感じがします。


眩しさに目を瞑り手を翳していたら、体が後ろに引っ張られました。


いえ、どちらかというと後ろではなく上へですね。

無造作に大きな爪で背後からお腹をがしっと掴みあげられるような感じで、

体がふわっと宙に持ち上がりました。


その様子は、一言でいうとクレーンゲームで吊り上げられた景品って感じです。

違うのはその安定感。

がっしりしっかりと掴んで放しません。

クレーンゲームならば取り放題の機械の手です。

固定感半端ないです。


持ち上げられる感覚は先ほど体験した無重力の感覚とは違う。

なにしろ自分の意志で進むことも動くことも出来ない状態ですから。


足元が付かない場所、つまり空中。

現実と切り離されるような覚束ない感覚に陥る。

何が起こったのか解らず、目を白黒させ口をぱくぱくしていたら、

上から声が降って来ました。




「約定は果たされた。 疾く帰り来よ。」 





頭の上というか、どこか遠くから空間を突き破る様な、

凛とした声が耳に届きました。 


それは声というより、従える意志を伝える拒否できない音。

男の人とも女の人ともいえないような声。

人であって人でない。そんな感じがぴったりな響き。


ちょっとうっとりします。

こんな素敵な声が世紀の歌姫とか呼ばれるのかも。

この声の人が居たら確実にファンになるに違いない。

そしてサイン色紙をもらって宝物に。 

 

そこまで妄想して遅いながらもようやく気が付きました。


今の呼びかけは、もしかして、もしかしなくても日本語です。

大変に気が付くのが遅いですが、確かに日本語でした。


歌姫は日本語を。


どこのだれがと首を回してきょろきょろを周りを窺います。

ですが、突然私の体はものすごい勢いでぐんっと上に向かって引き揚げられました。



「え? わ、わわわわ、ちょっと」


両手をばたばたと動かし待ってと慌てて声を掛けたけれど、

急激に何かに引っ張れているのは変わらない。



どかっ、ばき、どんと背後から大きな音がしたけれど、

それが何なのかさっぱりと解らない。

視界はなんだか列車の車窓からの眺めみたいに下から上に流れていく。



星が隆線を描くように、視界は光と線で囲まれている。

これは、もしかして、秋久さんの言っていた飛ばされ現象中でしょうか。


気を失って夢を見ている最中に飛ばされているのだろうか。

あり得る話だ。


ちろりと自分の胸をみる。

うん、まだ萎んでない。 夢続行中だ。


さっき、球が見事に真っ二つに割れた。

あれも夢なんだろうか。


だけど、夢にしては相変わらずサービス悪いです。

私の想像力が貧困ということなのでしょうか。

なんだか自分が情けなくなってきました。いつものことですが。


考えている間にも、私の体はぐんぐん上昇しています。


空気が薄い、というか空気圧っていうのかな。

なんだか、肺が押しつぶされるような感じで息が微妙に苦しい。

お魚が水を求めてパクパクするように私の口も開く。


しばらくしたら、慣れるのだろうか。

次第に私の周りの景色が色を失い、意識がぼうっと霞んできた。


霞みつつある目をごしごしこすり、重い瞼をなんとか制御する。

夢を見ているのに目を開けている努力をしているなんてなんだかおかしい。


ちょっと笑えてきた。


冷静に考えて今の私はというと、背後から掴みあげというのか、

犬の子みたいに簡単に持ち運びされている。

どうせなら、スーパーマンみたいにカッコよくがいいのに。


夢なのに。私の夢のはずなのに。

どうして、決まらないんだろうか。


私は飛んでいる、いや、飛ばされている。

一体、いつまで飛ぶのだろうか。

飛ぶ習慣のない人間の身ですから、

なんとなく地面に足が付かないというのは落ち着かない。


足が地面についていたのはと考えていたら唐突に思い出しました。


正に目から鱗です。ぽろっと思い出しましたよ。

鳥頭というよりザル頭ですから、多分目地が荒すぎなのです。

大事なこと忘れているではありませんか、私。


古い遺跡。

酷く揺れていた大地。

崩落の恐怖がいつ起こってもおかしくない場所。



レヴィ船長達がいる場所はそんな危険な場所だった。


日本のニュースでみた過去の恐ろしい大地震の映像がちらちらと脳裏によぎる。

天井が崩れ生き埋めになってしまった人達。

苦しむ人々と襲いくる火災に地割れ。


初めてその映像を見たとき、天災はここまでの被害をもたらすのかと驚愕し、

苦しむ様子に涙が止まらなかった。


だけど私は何もできなかった。

今回も同じなんだろうか。


多分、宝珠は私が持っている。

封球は割れた。

だからあの光にこの私の状況。


レヴィ船長達が問題にしていた神の力については、

私が飛ばされることでどうにかなるはず。


でも、地震や崩落は明らかに別問題。

世の中で一番怖いものといえば、地震雷火事親父。まあ、時々母親に代わる。


地震は、恐怖要項先頭を突っ走る天災害ワースト一番ですよ。


せっかく膨らんだ夢のCカップに浮かれた気持ちはあっというまに萎んでしまった。


頭をよぎる悲惨な映像と、嫌な想像。

不安で不安で息が詰まる。


私だけがここに居る。

皆をあんな危険な場所に置き去りにしたまま。


きりきりと胸が痛む。 


それに、なんだかどんどん心細くなってきた。

後ろ向きのままというのも不安を煽る要因だ。


未来が真っ暗になりそうで泣きたくなった私の耳に、

どこからか美しい鐘の音が鳴り響いているのが聞こえた。


リンゴンリンゴンと鳴り響く美しい鐘の音。


止むことのない荘厳な響き。


高らかに鳴り響く鐘の音に、何故か湧き出た安心感。

癒しの音楽というわけではないが気が楽になった。


体から力が抜けて、ぎゅっと握りしめていた手を開く。


目線を外に向けてみれば、相変わらずの線が流れるような景色。

それを見ていると走馬灯っていうのかな。

どんどんといろんなことが浮かんでは消え、浮かんでは消えた。


夜の海で遭難していた時の恐怖。

船の上の甲板磨き。

マストに翻った洗濯物。


無人島で出会ったおじいさん。

月の光できらきら輝いていたルーレの花。

青く透き通った綺麗な湖に映った月の影。


港の玄関。海蛇のように海に沈んだ鎖。

街いっぱいに流れる水路に、白い石畳。

元気のいい呼び込みの声に楽しそうな笑い声。色とりどりの市場のテント。


王城の東の庭にあるバラの海。

ちょっと懐かしい本の香りがする王室図書館。

私のいた部屋の窓に毎朝必ず止まっている噂好きの鳥達。

おやつ部屋で定位置になった私の椅子。


満月の光が綺麗に差し込むレヴィ船長のお家の庭。

ピーナさんがくれた花柄の服にレヴィ船長が買ってくれたレモン色の服。

背の低い私が台所の上の棚でも手が届くように、

バルトさんが作ってくれた踏み台。

言葉が拙い私の為に、カースが作ってくれた単語帳代わりの手帳。

小さなうっかり怪我が多い私の為に、

セランが用意してくれた私の部屋の薬箱。


私の記憶の中の、確かに私がそこに居た場所。


シャボン玉が膨らんであっという間に消える様に、

思い出してはパチンと消える。


体が引き上げられるにつれ、少しずつ小さくなっていく鐘の音。

少しでもよく聞こえる様に手を耳に当てて鐘の音を拾う。


ふっとレヴィ船長の顔が浮かんだ。


勇気を出すために別れ際に自分からしたキスは、

歯がちょっと当たってカチっと音が鳴った。

驚いた顔をしていたレヴィ船長の顔を思い出して、ちょっと頬が赤くなる。


何時も私に向けて微笑んでくれる笑顔。

怒った顔、拗ねたような困った顔。

面白そうに笑う子供のような顔、真剣な凛々しい顔。

何かに挑む雄々しく勇ましい顔。


先程と同じように浮かんでは消える。


さっきまであんなに傍にいたのに、今はこんなに遠い。


抱きしめてくれた温もりを、香りを、その胸の硬さを、ごつごつした手を、

まだ覚えているのにこんなに寂しい。


鐘の音が小さくなって聞えなくなる。

同じようにレヴィ船長の笑顔が、存在が、どんどん遠ざかる。

喪失感が一気に襲ってきて涙が毀れる。


帰ってくるから。


どんなところに居ても、どこにいても。


どんなふうになっても、絶対に貴方の所に帰りたい。


だからレヴィ船長、カース、皆、無事でいて。


封印がなくなっても地震は変わらないだろう。

傍に私がいても地震に対してさして役に立つとは思えない。

だけど、私に構わず逃げてほしかった。


樹来に伝言を頼んだけれど聞いてくれただろうか。


皆が無事の姿を見れないのが、こうして離れていく今すごく心残りだ。


遺跡が崩れてしまうかもしれない。

地面が割れるかもしれない。

私の大事なレヴィ船長やカースが、照が怪我をするかもしれない。


あの地下深くの場所に居る皆のことが心配だった。


照。お願い、照。


お猿ではなくて樹来。


それから、ついでにどこかにいるであろう4柱の神様達。


皆を助けて下さい。

私の大事な人達を守ってください。

お願いします。


無茶かもしれないけど頼る相手が彼等しか思いつかなかった。


飛ばされながら両手を祈る様にして組み、

照と樹来に、どこにいるのか解らない神様達に向けて願を掛けた。


目を瞑って必死で祈っていたら、いつの間にか意識を失った。


飛ばされた先は、解る人にはわかると思います。

罵詈雑言嫌味文句なんでも受け付けます。

渋茶は付きませんが、ザブトン敷いて平身低頭でお待ちしております。

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