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箱をあけよう  作者: ひろりん
第1章:船上編
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嵐がきました。

船の揺れが大きくなってきました。


波が大きくなってきて、足元がおぼつかない。

ですが、皆、それぞれ忙しく、しなくてはならないことをしています。


そんな中、私は何をすればいいのでしょうか。


ロープでぐるぐる巻きになる前に何か出来ることあるかもしれない。

そう思って厨房へ降りていった。



食堂では、いすと机が一箇所にまとめられロープで括られています。


厨房の調味料の入った戸棚はロープで取っ手を縛ってありました。


でも、鍋とかはそのままです。

結構重いので、いいのかも。



ですが、厨房にいたのはマートルだけでした。


レナードさんとラルクさんは、一番下の船倉にある食料庫に行ったらしい。


で、マートルはここで火の番をしているんだとか。


釜の火は消さないですが、レンガの竈の火は落としたみたい。

いつもついていた火が今は灰の中。



いつもレナードさんが竈の前に立っていて料理していたので、

マートルがそこにいるのはちょっと違和感。



はっ駄目。


そんなこと考えている場合じゃないんだった。



「マートル、私、手伝う、ある?」



「いや、ここは、もう終わったよ。

 でも、あーっと、んー」



なにか言いたそうです。


「何?言って」



右眉を下げて、目じりをぽりぽりかきながら、いい辛そうにしながら言ってくれた。



「ちょっとだけ火の番を代わってくれないか?

 俺、甲板に落し物したかもしれないんだ。

 取りにいってすぐ戻ってくるから」



落し物?



「本当にすぐ帰ってくるから。お願い」



「何落としたの?」



「船に乗る時に彼女がお守りにって、札刺髪留の皮ひもをくれたんだ。

 最近、髪いつも覆っているだろ。

 だから、ポケットに入れてたんだ。

 でも、さっき気がついたらなくなってたんだ」


「髪留?」


「ああ、俺の無事を祈って、彼女の髪と神様の札を皮に編みこんで作ってくれたんだ」


そういえば、以前、マートルは皮ひもで髪を括ってあったけど、

結構カラフルな皮だったような。


「多分、さっき、甲板に足りなくなったロープを取りに行った時に落としたんだ。

 早く探さないと、嵐が来たら流されてしまう」


でも、火の番って。

実際、何をどうしたらいいのかわからない。


変わってあげたいけど、嵐に遭遇時に大変なことになったら、私では対処できない。


そう思って断ろうとマートルを見たら、必死な顔をしていた。


「頼む!」





「……レナードさんとラルクさん、すぐ、帰る?」



こんな顔で頼まれたら、断れるのは人でなしくらいだろう。


結局、早く帰ってくるようにマートルに強く言って引き受けた。


「お願い、早く、帰る」



「わかってる。見つけたらすぐ帰ってくるよ」


マートルは走って甲板に出て行った。



それから何をするでもなく、ジッと竈の灰を見つめていた。

だって、火の番だもの。



足元のゆれが大きくなって、ぐらぐらするたびに戸棚や鍋が、

がしゃがしゃと壁にあたって大きな音を立てる。


竈から薄く煙が出てきた。


船の揺れにあわせて灰の中に空気が入り、

消えかけた火が大きくなっているのかも。


どうしよう。


周囲を見渡したが、水は海水しか、今はここに無い。


でも、海水は掛けちゃいけないって、学校に来た消防士の叔父さんに言われたんだよ。

もし、海水をかけたら、海水の成分から水素が発生して爆発するかもしれないからって。


火を消す方法って、水をかける以外にあったかな?

科学の実験で何か、何か。


ええっと、あ、そうだ。火が燃えるには空気が必要。

つまり、酸欠状態になれば、火は消える。

竈が酸欠状態になるには?

空気が通れないように土とかで空気の通り道を遮断することが必要。


土。


ないよね。


海の上だし。


土が駄目なら、何かで密閉かな。そうしたら空気遮断が出来るかも。


見渡したら、石釜にいれる用の銅の型鍋が平台の下に。


20cmくらいの正方形のケーキの型みたいな鍋。


それを逆さにして灰の上にかぶせました。


汚れてしまうけど、これなら火事は起こらないでしょう。


うん。



煙がしばらく鍋と竈の隙間から出ていたが、しばらくしたら煙は出なくなった。



これでよし。



右腕で大きくガッツポーズ。


しばらくして、レナードさんとラルクさんが帰ってきました。



「メイ、マートルはどうした?」



「火の番、変わった。

 マートル、すぐ、帰る」



竈の中の鍋にレナードさんが目を留めた。


「これは? メイか?」


「煙、出てた。

 火消す、海水駄目、だから、蓋」


レナードさんのいつもの癖、頭をつるつるなでながら、

嬉しそうに言った。


「よく、知ってたな。

 ほとんどの奴は、海水ぶっ掛けるとこだ」


「マートルは以前、海水掛けようとしました」

 

ラルクさんが、ぼそっとつぶやいた。


「メイ、よくやった」


レナードさんとラルクさんが私の肩を軽く叩いて褒めてくれた。



「メイ、ここはもういい。 俺達がいるから。

 マートルを見つけたら、すぐ厨房に帰れって言ってくれ」


マートルはまだ帰ってこない。


探し物がまだ見つからないのかな。


風がどんどん強くなっていて、波が船の横を叩きつけている。

外は多分、雨が強く降っているんだろう。


どんよりとした黒い雲のせいでよく見えないのかもしれない。



マートルを手伝ってこよう。



探し物するんだったら、一人より二人のほうが効率いいに決まってるし。



ぐらぐらする船の中を、右へ左へと壁にぶつかりながら、

甲板へ向かっていく。



船内の中は、さっきまでと打って変わったように人がいなかった。

 

多分、皆、することを済ませて、ロープ巻きになっているんだろう。



甲板に出てくると、船長とバルトさんの大声がして、

幾人かロープを体に巻きつけた状態でヤードから伸びるロープの調節をしていた。


やっぱり雨と風が酷い。

皆、ずぶぬれになっていた。


海からの波のしぶきも、体と顔に叩きつける様にかかる。


雨でぬれているのか、海水につかっているのか、わからない状態だ。


真上の空はもう真っ黒だ。


戸口に立って、そこから出ないようにしてマートルを目で探した。



見つけた。



マートルは、第二マストの近くのロープに体を括りつけているみたい。


でも、ぐったりとして動かない。


大丈夫かな?



そばに行きたいけど、この嵐の中で、そこまでたどり着ける自信はまったく無い。



どうしよう。


なんとかならないか、そう思って周りを見渡した。


船長もバルトさんもカースもみんな必死だった。


人の事など見る余裕はどこにも見受けられなかった。


ここで、私に出来ることは何もない。

ならば、私もあきらめて船内に戻ろう。

どうかマートルが無事であるように。とりあえず拍手を打った。


その時、大きな風が吹いて、ぐらりと大きく船体が傾いた。


4番目のマストの帆の向きが一気に逆向きに反転する。

帆を固定していた紐が緩んで、嵐の風が船を上下に揺らす。

船尾右方向にいたカースが船員に指示を出しながら、そのマストに近づくと、

ぐらっと大きく後ろが持ち上がる様に船が揺れた。


とっさの動きに足を踏ん張るカースのポケットから、キラっとしたものが落ちた。


あのペンダントだ。


ペンダントはころころ転がっていき、船の縁から落ちそうになった。


はっと、カースが気がついてペンダントを追いかけ、

船の縁で落ちる寸前になんとか捕まえた。


その時、4番目のヤードからのびていたロープが切れた。



ビギッ



そんな音がして、索具の滑車がロープの端に絡まって

風にあおられるように大きく旋回した。


滑車の旋回ルートはカースのいる位置。


「カース、危ない。避けて!」


大きな声で叫ぶ。


カースは私の声に反応して、こっちを向いた。


そして、滑車の危険にすぐに気がついた。

だけど、近すぎる。 駄目だ、よけられない。


ガンッ。


カースの側頭部と右肩に滑車がぶつかった。



カースの頭から血がながれて、

カースの体は、そのまま船の縁に身をおおきく傾かせた。


危ない。



そう思った時、私は、まっすぐカースの方に駆け出していた。



カースの体の半分が船から落ちそうになっている。



落ちないで!



船の外に落ちないように、全体重をかけて、まっすぐカースにぶつかって行った。



アメフト選手みたいに、いのししアタック。



カースと私は、船の縁付近をごろごろ転がって、

ロープで括りつけられた樽付近でとまった。


カースに乗り上げる様にして、顔を上げた時、

私の目に入ったのは、壁のように大きな、とてつもなく大きな波。


大波が来る。


咄嗟に、私はカースの体をかばうように上から被さり、

更に、樽に巻きつけてあったロープを両腕にしっかりと巻きつけた。



ゴゴン



そんな音が耳の中でした。


私とカースの上におおきな波が降ってきた。


全身が波につつまれて、海の水が強い力で上に、下に、横にと縦横無尽にとにかく引っ張る。


更に、海に引きずられないようにと両腕に巻きつけたロープが、メイの腕をギリギリと締め上げる。


腕に、骨に、響く痛みが脳に警鐘を鳴らす。



幸いというか、痛みのおかげで海にひっぱられている間はずっと意識はあった。


だからカースを放さないようにぐっと抱きついていられた。


耳の奥の鼓膜がドンドンと鳴り響くが、なんとか波との1回目の綱引きは勝った。


でも、嵐は続いている。

まだ、終わってない。

さっきのがまだ来るの? 思わずくじけそうになった。


だけど、顔を上げた私の視線とレヴィ船長の視線がかち合った。


レヴィ船長が、視線で、大丈夫かって言っている。


塩辛い海の水が鼻と喉につかえている感じがして声が出ない。


呼吸をするための息が白い湯気のようになって咳と一緒にでる。


苦しかった。

鼻の奥がツーンとして耳鳴りがしている。


でも、レヴィ船長に大丈夫だって伝えたくて大きく頷いた。

だって、カースを今助けられるのは、私だけだもの。


やれるときに踏ん張れなかったら、女がすたるっというでしょう。

母の言葉が脳裏に浮かぶ。


無理でも何でも、やるしかない。


その後も、3度ほど、同じように波にもまれた。

洗濯機の中の洗濯物の気分を初めて味わった気がした。


そうして、どのくらいの時間がたったのか。

段々、体の感覚がなくなってきた。



しばらくして、バルトさんが揺れている滑車を捕まえて、

再び、船の端にロープを括りつけた。



全部のマストが同じ方向を向き、船尾部の三角帆が大きく風を捕らえ、

グンッと船の速度が上がった。



「よし、もうじき抜けるぞ。踏ん張れ!」



レヴィ船長の声がした。



大きな波の音はまだしていたけど、

真上の空はだんだんと黒い雲の陰から抜けて、

明るくなってきた。


薄い雲の合間から青空が見えた。

背後に黒い雲の尻尾が見えた。

黒い雲はまっすぐ以前の船のルートを進んでいた。



嵐のルートから無事反れたんだ。



青空を見たとたん、ほっとした。


そして、ずっと抱きしめていたカースの胸の鼓動が、

とくとくと動いているのを確かめたら力が抜けた。



カースの上に倒れこむようにして、私は意識を失った。




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