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箱をあけよう  作者: ひろりん
第5章:遺跡編
166/240

もう一つの愛。

朱加のお話です。

ずっとずっと長い間、砂嵐の荒野の中にいたの。

前も後ろも、上下すら解らない、とても酷い激しい嵐。


荒れ狂う砂に囲まれただけの無機質な空間。

いつから自分がそこにいたのかすら解らない。


暗く寂しく煩い空間。


見えるものは舞い踊る砂だけ。

聞こえてくるのは砂が騒ぐ音のみ。




声を上げても、泣き叫んでも、誰も気が付かない。

涙はとっくに枯れた。

誰もいない、私一人だけの空間。



砂の渦に足をとらわれて体が重い。

いつの間にか前に進む気力もなくなり、その場に座り込む。


体を、心を削り落とすような風景が延々と広がり、

私は一人で膝を抱える。


目を閉じ、耳を手で塞ぐ。

砂嵐を見ないように。

砂の音を聞かないように。


そうして、嫌なもの全てを遮断するの。

楽しい夢を見るために。

失った極彩色の過去の夢を。



楽しかった時のことを、何度も何度も繰り返し思い出す。

忘れないために、時折、そっと宝物に手を触れて確かめる。


あの人と最後にした約束を忘れないように、ずっと覚えていられるように。

何度も何度も、気が遠くなるほどに繰り返す。


砂の中に浮かび上がる白い球と金の腕輪。

誰もいない砂の世界に光る暖かな物は、たったこれだけ。

私の光、私に残されたもの。

私と彼の約束。


だけど、夢の中でまどろむ私に、時折邪魔が入る。

それはいつも、唐突に私の夢を壊そうとやってくる。


邪魔は、大きな虚無。

何度も何度も、真っ黒な大きな手を無造作に伸ばして、

私の大切な宝物を、私のために残されたものを奪いに来る。


炭と泥を溶かした気持ちの悪い怪物。

誰であろうと、私から宝物を奪うものは許さない。


だけど、気を付けないといけない。

虚無は最初、懐かしい気配を纏って現れる。


私が、ずっと待ち望んでいたあの人の気配を真似る。

私は、その気配を追って振り返り、窺い、

不意をついてその心に尋ねる。


虚無は、ただの被り物。

偽物、うそつき、偽善者、欲まみれの簒奪者。

だから、その心はあの人にように輝かない。


私は、虚無を一欠けらも残さず焼き尽くす。

もう二度と奪いに来ないように、灰すら残さず焼き尽くす。

虚無は軋みを上げて炎上し、業火に包まれて姿を消す。


そうして、虚無のいなくなった空間は、また孤独な砂の世界。


私以外誰もいなくなった砂嵐の荒野で、

私は再度膝を抱えて眠りにつく。

また、楽しかったころの夢を見るために。


そうして、何度も何度もこの行動を繰り返す。

どんなにしても、どうやっても砂は消えない。

砂の世界にとらわれたまま、私は一人目を瞑る。



金の腕輪に触れると、より鮮やかに記憶がよみがえる。

白い球に触れると、力が戻ってくる。


だから、たった一人でも平気よ。

砂の中であっても見る夢は、砂の世界ではないのだから。




********





朱加は、冷たくなった秋久の体を抱え、

泣き続けて体が干からびるほどに力を使った。

巨大な炎の渦が、大地を空を舐めるように這っていく。


それは、国を、村を、森を、川を、大地を、人々を、全てを焼き尽くた。

どこか遠くで誰かが私の名前を呼んでいた気がしたが、朱加には届かない。


悲しみで怒りで、全てを呪った。

力が暴走し器がもたないと無意識で悲鳴を上げたとき、

見知った気配が私の体を包んだ。


私のもう一人の友人で、私とは異なるけれど同じもの。

優しく賢い自慢の友人、樹来。


樹来の力が流れ込んできて、私の力を押さえつけるのがわかった。

私の心も器も壊れてしまいそうに軋みを叫ぶ。

だけど、そんなことはどうでもよかった。



もうここで死ぬのだ。

秋久と共に死ねるのならそれでいいと思っていた。


だが、それから数年で朱加は目覚めてしまった。

目覚めて目に入る景色は、以前に見たことのある風景。


秋久とセイが出会った遺跡の中。

秋久の世界の痕跡が残る不思議な遺跡。


秋久と何度も通った。

元の世界に帰る方法が他にあるかもしれないと。

だから、朱加の記憶にこの遺跡の風景があった。


朱加は、秋久のもとへは行けなかったのだと知った。

あの時に抱きしめた秋久の遺体ですら、朱加の手元に残らなかった。


空虚感に襲われ体を振るわせる。

だけど、私の流れる涙に暖かな小さな手が添えられる。


寝覚めの合図は、秋久の遺児、アイクの偶然に流した血。


まだ10にも満たない小さな子供。

セイの顔立ちと髪の色を受け継いだが、その瞳は秋久と同じ黒。


秋久はやはりいないのだと改めて悲しみが押し寄せる。


とめどなく流れる涙に、アイクは泣かないでと慰めてくれた。

自分が父の代わりにそばにいるからと言ってくれた。


子供の戯言であっても、今の空っぽの朱加には唯一の暖かな光。

その光に、暖かさにただ縋った。


アイクは毎日のように、朱加がいる遺跡を訪れて、

顔すら知らない父の話をねだる。



秋久との出会い。

樹来との会話。

秋久が話してくれた秋久の世界の話。

3人で旅をしながら出会った多くの物語。

秋久とセイの出会い。


一つ一つを思い出しながら、ゆっくりとアイクに秋久のことを語った。

思い出を話しながら、アイクの黒い瞳を見つめる。


秋久と同じ色、だけど、その瞳に宿る暖かさは別のもの。


朱加の手元に残ったのは、朱加のオレンジの石だけ。

秋久の石も、樹来の石も行方知れずのままだ。


一人になり、暇なときに樹来に呼びかけるが、応えはない。

朱加をこの地に縫い付けたまま、強固な樹来の封印は、

その意志だけを残し実行していた。

眠りに落ちた友人は、なかなか目覚めない。


そうして、月日が流れ、アイクは少年から青年に、そして大人になる。


柔らかな頬は、男性特有の硬い頬に。

小さな顎は、精悍な顔立ちを際立たせるように割れて髭が伸び始める。

モミジのようだった子供の手は、大きなごつごつした大人の手に変わった。

身長は、秋久を優に超え、長い脚が逞しい体を支える。

細い肩は、がっしりとした胸板を抱え、筋肉に覆われる。


アイクは、男らしく逞しい見目麗しい男性に成長した。

子供のころから、朱加に知識を与えられていたアイクは賢く聡い。

求められ村長となったアイクは、自信に満ち溢れ、堂々としていた。



だが、朱加は変わらない。

アイクが10才の時にであったままだ。

見かけは16,7くらいだが、赤い髪、赤い瞳の女性らしい体つき。

だが、誰が見ても人とは思わない美貌。


アイクの村の人間達は、秋久の球の力の一部を操る私を始祖と言い、

神として崇めた。


厳しい自然に囲まれた彼らの不自由な暮らしが少しでもよくなるように、

祈りと共に、秋久の球から力を引き出して、彼らの生活を彩るものとして

その力を行使した。


凍った雪を溶かし、大地に川を作り、風で大岩を砕く。

熱を地面に伏せ、大地を肥やす。

動物植物は増え、人々の生活は満足を生み出した。


そんな力を見せられたら、人々が朱加を神と称してもしかたない。


だが、この地に、縫い付けられた自分は、神ではない。

秋久との血の契約で、球の力をほんの少し動かすことが出来ただけ。


そんな大層なものではないと何度も否定したが、

村の住人の純粋に慕ってくれる気持ちが嬉しく、

暖かな歓待を拒絶することが出来なかった。


緩やかに過ぎていく朱加の日々。


ある日、アイクは言った。

朱加に結婚してほしいと。

アイクは私を愛しているのだと告げた。


秋久と同じ瞳、でもそっと抱きしめてくれるのは秋久よりも大きな体躯。

暖かな体温と、そっと触れる唇。


そして、子供のころから私がよくアイクに聞かせた秋久の詠んだ歌を、

私にささげてくれた。


アイクにとっての帰る場所は私がいる場所だといって。


心に、じんと温かさが喜びが染み渡る。


朱加にとって、アイクは秋久の代わりなどではなくなっていたと気づいた。

いつの間にか、朱加もアイクを愛していた。


自分とアイクは違う存在だと解っていても、その心を止められなかった。

そうして、朱加とアイクは契りを交わし夫婦となった。



朱加は、幸せだった。

秋久を失った悲しみは消えないけれど、

より大きなアイクの愛に包まれて、心が癒されていた。


ある日、アイクは悲壮な顔をして朱加に告げた。

妻をめとって子供をなさねばならないと。

義務を放棄することは、村を人々を、自分を育ててくれた祖母を見捨てる事だと。


断れないと、泣きながら許しをこうアイクを朱加は許した。

朱加はアイクの子となすことが出来ないから。


朱加はどうやっても、人にはなれないのだから。


そんな朱加の手を取ってアイクは告げる。

真実の妻は朱加だけだと。

この先、何人の妻をめとって子をなそうと、愛しているのは朱加だけだとも。


その言葉は真実で、アイクは生涯で4人の妻を持ち、

8人の子供をなしたが、ほぼ毎日朱加のもとを訪れる。

夜の半ばから朝にかけて、アイクはいつも朱加を抱きしめて眠ってくれた。


平和な日々が繰り返される。


時がたち、いつしか人々が炎の夜の惨劇の恐怖を忘れたとき、

村の中で、朱加の存在が敬愛から、神の力を管理する異質な対象へと変化していた。


何も覚えていない村の若者達は、その力を自分達のために欲した。


その力で、もっと多くの幸福を。

その力で、より多くの富と享楽を。


彼らは、欲望のままに、アイクの持つ球の力を、

朱加の使う炎の力を利用しようと画策する。


老いが見え始めたアイクの顔に、度々苦悩の色が見え始めた。


アイクは朱加が誰にも傷つけられないように、遺跡の内部の罠に手を加える。

儀式のときでしか人が訪れない遺跡には、古代人の知恵が詰まっている。

その遺跡の細部にわたって、さまざまな罠を仕掛ける。


自分がいなくなっても、朱加に危険が迫らぬよう。

縦横無人に罠を仕掛け、村人を侵入者を遠ざける。


朱加のもとにくるのは、アイクだけ。


そして、年老いて、死に足をかける時ですら、

アイクは朱加のそばにいた。


「愛しているよ朱加、愛しい君。 

 美しく優しいさみしがり屋の僕の妻。

 死してのちも私は、君のものだ。

 だから、一人にはしない。

 あの時歌った歌のように、

 僕の魂は必ず帰ってくるよ君の元に。

 この白い球を目印に、きっと見つけるよ。

 そして、ずっと一緒だ。永遠に。

 だから、朱加、待っていて。」


アイクの最後の言葉は、朱加の心に染み渡った。

最後に向けた優しい瞳は、アイクの言葉を信じさせた。


だから、アイクの体を抱えたまま、朱加はおとなしく眠りについた。

アイクの残した白い球と一緒に。


時折まどろむ意識の中で伸ばした手の先には、必ず触れるアイクの骨。

優しく抱きしめてくれないけれど、秋久のように消えてしまわない。

朱加を一人にしない。


だから、優しいまどろみの中で待っていられた。


帰ってくる。

その言葉を信じて、ずっと待つ。


だが、一人の男が狂気に染まった目で朱加を起こした。


目覚めにささげられたのは、アイクの血を受け継ぐ小さな女性の血。

彼女は腕に、アイクのしていた金の腕輪をはめていた。

それは、アイクの直系の子孫の印。

彼女の首から流れおちる血は大地を赤黒く覆い、

その体には、すでに生気は感じられない。


狂気に支配された男は、自分はアイクの子孫だと言った。

微かに感じるアイクの血。


なのに、朱加を化け物と蔑む視線を向ける。


その男は、朱加のためにアイクが残してくれた秋久の球を取り上げようとした。


力を得るために。


秋久が、殺されたときのように、この球を奪おうとしたのだ。

朱加の脳裏に、目の前の男が秋久を殺した憎い男の姿と重なる。



それは、秋久の球。

それは、アイクとの約束。

それは、朱加のためにあるもの。


その時、朱加の力が再度、暴走した。


アイクとの絆が、秋久の血の契約が、

宝珠の力を朱加に与え、膨大な力を炎に変える。


流れ込む膨大な力が、朱加を狂わせる。


樹来の声がどこかでしたような気がしたが、

朱加の意識はすでに砂に覆われたように、

雑音だけが響く、何も誰も見えない砂の世界にあった。


樹来ですら、朱加を止めることが出来なかった。


(もう二度と、私から、取り上げないで。)


朱加の悲壮な声が、力となり炎となってその男を、

アイクが守った村を焼いた。



いつかアイクが見つけてくれるまで、

私はずっとこの球を持って、ここにいるの。


邪魔するものは許さない。

私から大事な物を取り上げる存在は排除する。


怒りのままに朱加の炎が村を焼き尽くし、そのすべてを灰燼に還そうとしたとき、

アイクの血を引くもう一つの魂が、朱加に訴えた。


お願いだ。 眠りについてくれ。

怒りを収めてくれと。


その魂の持ち主は、朱加にささげられた少女の体を抱きしめ、悲壮な声を上げた。


その姿は、秋久を、そしてアイクの体を抱きしめて慟哭した、

かつての朱加の姿に重なって見えた。


怒りが急激に逸れ、悲しみと眠りが朱加の上に訪れる。

朱加の力が、すうっと閉じられる。


抱き合った二つの遺体を朱加の世界に残したまま、

朱加は再度の眠りにつく。


まだアイクの迎えの時は来ない。


朱加はずっと眠りの中、砂嵐の中にいた。



*********



虚無が、またしても来たようだ。

無遠慮に私を起こす嫌な奴ら。


排除したにも関わらず、またすぐにやってくるなんて。

なんて横暴で邪魔な奴ら。


再度、力を振るって虚無を打ち払おうと、

器に力を送り込む。


しかし、目の前の砂の景色が緩やかに歪むのをみて、首を傾げた。


砂嵐の中に、ぼうっと浮かんでくる人影が見えた。

虚無ではない、人の影。


何百年ぶりだろうか。

砂に覆われてない、確かな人間の人影。


今までにない変化に、久しく浮上しなかった心が騒ぐ。



やっとアイクが見つけてくれたのかと、迎えに出て失望した。

アイクではない、ちんちくりんな女の子だ。

取り立ててどこがと特徴が挙げられない普通の容姿。


出会ったことなどないのに、

凹凸の少ない顔立ちがどこか懐かしさを思い起こさせる。


まっすぐにこちらを見つける黒い瞳。

そして、全身にあふれる大きな力と意志は光を伴って眩しい。


これは、誰だ。 何者だ。

対峙する存在は人間であるが、その体に内包する力は人間のものではない。


その瞳を見たとき、自分の中の何かがカチリと音を立てた。

私の中に流れ込んでいる宝珠の力が、いやおうなしに向きを変えようとする。

強大な力の奔流に、いやおうなしに飲み込まれていくようだ。


ずっと私と共にあった、秋久の宝珠。

その力と意志は、すでに朱加の力の大部分と結合している。

それなのに、今、必死で朱加が抑えているけれど、

気を抜けば宝珠の力は、一斉に彼女へとなだれ込もうとしていた。


宝珠自体が意志をもち、彼女を主人とするべく動いているようだ。

それをとどめ、彼女を打ち払う力は私にはない。


元々、朱加はただの一精霊にすぎないのだ。

宝珠が秋久を主人としたから、朱加がそのおこぼれに預かっていたに過ぎない。


宝珠が新たな主として彼女を選ぶのならば、朱加の影響力は消える。

存在の体部分を宝珠に頼っている今の朱加では、どうにも出来ないだろう。


私は、この子に勝てない。

宝珠を従えた彼女の力は、私の力を凌駕する。


アイクの迎えを待たずに、私は消えるのか。

なくなる希望に、見えなくなる未来に、絶望した。


せめて一太刀と勢いづくが、話を聞けと喧嘩を売られた。


よかろう。


恨み言紛いの遺言を残すだけになるやもしれるが、それも悪くない。


どうせ消えてなくなるなら、

話を聞いたうえで、全ての力を振り絞り、少しでも抗ってやる。


だけど、最後に一目、アイクに会いたかった。

そこまで考えたら、あきらめの中に少しだけの意地が残された。



「それで、何を話そうというのか。 我を倒しに来た娘よ。」


「娘って、さっき名前いったでしょう。

 私は、メイよ。貴方は朱加さんでしょう。 

 えっと、話は手早くしたいから、先に出すね。

 これ、貴方に還したいから手を出してくれるかな。」


拗ねたような幼い顔をした娘が、持っていた腕輪を朱加に差し出した。

朱加はそれを見て瞠目し、ゆっくりと手を伸ばした。


ころんと、朱加の広げられた手のひらの上に腕輪が転がるように置かれた。


「はい。秋久さんとの大事な腕輪なんでしょう。

 無くさないように、ちゃんと腕に付けておいたほうがいいよ。」


子供を諭すように話す娘にイラつき、朱加が唸った。


「娘、お前、なぜ、秋久の名前を知っている。」


唸り始めた朱加に、メイと名乗った娘は少しだけたじろぐが、

その態度は変わることがない。


「秋久さんに会って、頼みごとされたの。」


死んだはずの秋久に会ったと告げるメイを益々睨みつける。

お前は力を持つ存在のくせに、なぜそのような戯言を口にするのかと。


「嘘をつくな。 秋久ははるか昔に死している。」


しかし、娘はそのにらみにもちょっと困った顔をしただけで、

あっさりと答える。


「いや、だって本当だもの。

 まあ、あったのは幽霊だけど。

 多分、朱加さんが心配で心配で、‘成仏’できなかったんだね。」


成仏という言葉に、朱加の記憶の欠片が動いた。

その言葉は、たしか秋久から聞いたことがある。


「その言葉は、依然に秋久がよく使っていた。」


死した魂が、天の御仏に許され旅立つことだと、秋久が言っていた。


「ふうん、そうなんだ。

 同じ国から来たからね。

 言葉が同じなのは当たり前だよね。」


平然と答える娘に、驚きの目を向ける。


「同じ国? もしや異世界から……。」


「ああ、うん、そうだよ。

 どうやってきたとかは多分同じだと思うんだけど、

 少し時代が違うけど、同じ世界の同じ国だよ。

 だから、秋久さんから呼びかけてきたの。」


異世界の常識というのかどうかわからないが、

目の前の娘は死した秋久と会うのが当然のように話をする。


異世界。

朱加の知らない秋久の世界。

彼女から感じる力の奔流の理由に納得する。

異世界の神の大いなる力の片鱗だ。


つまり、目の前の彼女も封球を持っているということ。

だからこそ、今の状態なのだろう。


だが、それだけで、信用するわけにはいかない。

彼女の体から樹来の力の片鱗も、微量だがちらほら見える。


疑いの眼差し鋭く彼女を見つめるが、

彼女は、落ち着きなく何かを探るようにポケットに手を彷徨わしていた。


「秋久が、よく口にしていた歌があるの。

 知っている?」


「歌?」


「飛ぶ鳥の 明日香の里を 置きて去なば 」


この歌は、秋久と私、アイクだけしか知らない。

何度も秋久にねだって教えてもらい、

私がアイクに教え、アイクが私に捧げてくれた歌。


秋久が故郷の明日香を偲んで詠んだ歌だ。


「えーっと。ちょっと待って、聞いたことあるよ。

 

  飛ぶ鳥の 明日香の里を 置きて去なば

  君があたりは 見えずかもあらむ 

 

 だったと思う。

 はあ、よかった、覚えてたよ。

 私のざる頭にも、少しだけ賢いところあったんだね。」


緊張感の全く感じられないその言葉に、思わず返答に困る。

その脳天気極まりない言葉に、警戒心が砕けそうになる。


歌はあっている。間違いない。

この世界には存在しない音律を含む、違う世界の言葉。


もしかしたら、異世界人同士で朱加の知らない方法があるのかもしれない。

死した秋久は本当に、彼女に語ったのかもしれない。

だけど、疑いは簡単に捨て去ることは出来ない。


「……秋久は、何を語ったの。」


緩みかけた警戒心を総動員して、メイに尋ねる。


「えーっと、何をと言われると、省略しにくいんだけど。

 秋久さんと樹来と朱加さんが仲良くしているところから始まって、

 セイさんって、美人で青い目のきれいな人と結婚して子供が出来て、

 秋久さんが死んで、朱加さんが暴走したところまでかな。」


セイの、秋久の伴侶の名前を知っているのか。


里には、今やセイの名を知っている人間はどこにもいない。

ましてや、セイの容姿を知っているものなで、今は樹来くらいしかいないだろう。

アイクですら、母の名を知らなかった。


なぜなら、セイは国を滅ぼした男の妹ということで、存在を異否されたからだ。

アイクは神の血を引き継ぐ男の子供として、里の老人たちに育てられたというのに。


樹来の加護を示す金の腕輪が腕に、そして秋久の白い球を首にかけたアイクは、

村の信仰のシンボルのようになっていた。


朱加の力とその加護も原因だろう。


朱加は、メイの言葉を半分疑いつつも、残りの半分で信じ始めていた。


「……そう。 それで、秋久は、お前になんと言ったの。」


嘘は許さないとばかりに、まっすぐに黒い瞳を見つめる。

空間を支配しつつ、本音が出やすくなるように、意識を誘導する。


力を込めつつ試すように瞳に嘘の陰りを探すが、全く見つからない。


「秋久さんは、朱加さんを助けてほしいって。

 もう、貴方のその白い球の封印はもたないって。

 時間がたち緩みすぎていて、もうじき爆発するって。

 だから、その前に朱加さんを助けてほしいって言われた。」


目の前の娘の言葉には嘘はない。

澄みきった瞳に、怒りや疑いを持ち続けるのは朱加にだって難しい。

だが、それよりももっと驚いたのは、彼女の言葉。


「封球がもたない?」


朱加は、首を傾げて言葉の意味を問いかける。

これは異世界の神の大いなる力の塊のはず。

もたないとは、どういうことだろうか。


「うん。 

 秋久さんのいうのには、私の世界の少ない何とかの神様の球だったらしいけど、

 神の力が薄れてきているから、もういくらも持たないだろうって。

 爆発して大変なことになる前に、宝珠を私に回収して、

 朱加さんを助けてほしいって言ってた。」


そう言って、目の前の娘は胸元から彼女の封球を無造作に取り出した。

そしてその力の強靭さに唖然とする。


秋久の力を1とするなら、娘の力はその10倍を遥かに超えている。

そのうえ、この世界の沢山の力が渦を巻いていた。


宝珠たちはよほど彼女を気に入っているのか、

大人しく順当に封球に収まってることにも本当に驚く。


この世界の力そのものである宝珠は、決して大人しくない。

秋久がもっていた時も、時折制御を離れて勝手に動くことすらあった。

その力を逸らして自然に返していたのは、朱加と樹来だ。


彼女の宝珠は力に満ち溢れているけれど、暴走する気配は全くない。

よほど強い神の加護を持ち合わせているのだろう。


あれだけの力が集まっていれば、この里どころか、

この世界の根底を揺るがすことすら出来るやもしれない。

恐ろしいほどの力の集積。


「娘、その宝珠、いくつ集まっているのか。」


「だから、私の名前はメイよ。

 今は4つだよ。 あと一つなの。

 本当なら一つだけしか入らないだけど、私の白球は強くて頑丈らしいから、

 二つくらいなら入るって樹来も言ったし、多分、大丈夫だと思うの。」


平然と球をぶらぶらとさせて、揚句に指で突いて遊んでいる様に、

朱加はめまいがしそうになった。

秋久は、傷もつけぬほどに慎重に、かつ丁寧に扱っていたのに。


「……お前が、私から白封球を盗みに来たものでないことは、わかった。

 そこまで大きな力を持つ球があるのなら、盗む必要もなかろう。

 我が主、秋久の命であるならば、宝珠の引き渡しも、もはや否とは言えまい。

 だが、先ほどの私に対する提案は遠慮したい。」


宝珠がその球に吸い込まれるならそれでいい。

だが、長く宝珠の力を共有し続けた為、朱加の力の大部分は白封球と連携している。


宝珠が彼女の球に引き渡されるということは、朱加の力も存在も同時に消える。

私の長すぎた生がここで終わることを意味していた。


「私のことは、気にせず放置していい。

 爆発して私の存在がなくなるならそれでいい。

 私はもう疲れたの。」


いつまで待ってもアイクは帰ってこない。

白封球はもうじき爆発して力を失うらしい。

その時、朱加も壊れてしまうだろう。



もう、朱加にはアイクを待つことは出来なくなるのだ。

約束を守れないのは悲しいけれど、

砂の中で待ち続ける人生に、朱加はもう疲れていた。


毎日毎日、変化のない砂の世界で、失望と絶望と希望を繰り返す。

それでも逢いたいという想いと、疲れたという想いがぶつかって混ざり合い、

もうどうするのが一番なのかわからなくなっていた。


朱加の心はもう全てを捨てようとしていた。


私の顔をじっと見ていた娘は、その目を細め、

そして一呼吸してから目を閉じた。


ぱちりと開いた目には、決意のような光が見えた。

彼女は、ポケットの中から何かを取り出した。



「ねえ、朱加さん。

 もう一度手を出してくれる?」


彼女に言われて、ぼうっとしたまま手を差し出す。


「はい。」


そうして載せられたのは、長く行方知れずだったあと二つのオレンジの石。

秋久と樹来の石。

友情の証。


「これは。……どうして。」


「あのね、秋久さんと樹来は、貴方を助けてほしいって言ったの。

 それは、貴方が自暴自棄になってほしいってことではないのよ。

 秋久さんは、貴方のこと娘って言ってた。

 私の娘って。 死して後にどうしても気になってこの石にとどまった。

 なのに、私をここまで案内するのに、全ての力を使ってしまったの。

 それほどに貴方を愛してる。

 この石は、貴方への愛のメッセージ。」



彼女の語る一つ一つの言葉が、朱加の心に届き、美しい音を立てる。

それは祈りの言葉にもにた力を持ち、朱加の壊れかけた心に潤いを与えた。


彼女の、メイの声が、朱加の灰色の世界を鮮明に彩る。

それと同時に、ずっと聞こえていた砂の音が耳から消えた。

砂の風景が収まり、嵐は静けさを迎え入れていた。


今の朱加に見えるのは、メイとメイから感じる優しい力の流れ。

そして、差し出された二つの懐かしい石。


秋久からの、愛の伝言。


柔らかな心地よい力が朱加を撫でていく。

それに、呼応するように朱加の手のひらの上で、

オレンジの光が優しく淡く光り始めた。


朱加が、その光を追うように指を這わすと、オレンジの光から、

一つの影が現れた。


もしかして秋久が、まだここにいるのだろうかと期待して目を瞠る。


影が、ゆらりと揺れて朱加の前に姿を形造る。


(朱加。)


懐かしい声。

待ち望んだ声。


(朱加、私の愛しい君。)


少しかすれたような声なのに、耳をくすぐる甘い声。


一目見たいとずっと思っていた笑顔。

朱加を妻に乞う時と寸部も変わらない逞しい愛しい姿。

愛にあふれた優しい黒い瞳。


その瞳の黒はどこまでも甘く暖かい。


「……アイク。」


朱加の目から、暖かい涙が毀れた。


(愛しているよ、朱加。 愛しい妻。

 父が、私をここに導いてくれた。

 やっと、やっと君のもとにたどり着いた。)


アイクの透けた手が、ゆっくりと朱加に伸ばされる。

朱加は、慌ててオレンジの石に自身の力を込める。


透けていたアイクの体が、少しずつ色を形を成していく。


アイクの腕が朱加を抱きしめ、すっぽりと包んだ。


「ただいま。朱加。

 愛しているよ。 僕の愛しい君。」


アイクの声が、耳のそばで朱加の名前を告げる。

それは、何度も夢で繰り返した記憶の中の幸せと同じ。


「……お帰りなさい。アイク。

 私も愛しているわ。私の夫、唯一の貴方。

 貴方だけを、ずっと待っていたの。」


朱加の腕が、確かめるようにアイクの背に伸びる。

その暖かさに涙を絶えず流しながら、

朱加はアイクから与えられる口づけを受け入れた。


どうしてアイクが石の中にいたのかはわからない。

神の慈悲か、もしくは、秋久の計らいだろうと思う。


先ほど、メイは言っていた。

この石は、愛の伝言だと。


その文字通り、石はアイクを、朱加の愛しい人を連れてきてくれた。


アイクから、感じる力は人外の気配。

どちらかというと、気薄な魂だけの意識体。

秋久と樹来の力の欠片を感じるが、それだけで力あるものではない。


生まれ変わるでもなく、人とは違う存在。

けれど、アイクであるなら、たとえ幽霊でも妖怪でもなんでもよかった。


朱加のそばに帰ってきてくれた。

もう、アイクはどこにも行かない。


狂おしいほどの喜びに、朱加は胸がいっぱいになった。

胸に喜びが溢れて、おぼれそうになる。


アイクが帰ってきてくれたなら、朱加はもう何もいらなかった。

ここで、アイクの魂と共に溶けてしまえるのら、

何にも代えがたい幸せだ。


「もういいの。

 私は、貴方さえいれば、もう何もいらない。」


アイクの背中を、魂を包み込むようにその手に力を乗せる。

愛しい顔を見つめあいながら、微笑みを交わす。


朱加はアイクとずっと一緒にいる。

朱加の砂の世界は崩壊し、アイクと朱加を残して、

オレンジの優しい光に包まれた。




*********





メイは何が起こったのか解らない状況変化に戸惑い、目を白黒させながらも、

その幸せそうな朱加の様子を、オレンジの光に包まれながら消える二人を、

じっと見ていた。


光が収まり見渡すと、そこには朱加もアイクもいなくなっていた。

その場所にいるのは、メイだけ。


メイの視界に映るのは、床に鎮座している3つのオレンジの石がはまった金の腕輪。

美しく光る石達が嬉しそうにきらりと光った。



その時、背後から何かが割れるような大きな音がした。


メリ、バキッ。


その音に驚いて、メイが振り返ると、

2つの宝珠が小さな2色の光となり、すうっとメイの体に飛び込んだ。


ずっと待っていた場所に飛び込むようにまっすぐに。




文章がかなり荒れてましたので修正しました。

すこしでも読みやすくなっているといいのですが。

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