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箱をあけよう  作者: ひろりん
第5章:遺跡編
165/240

謝罪とこれからと。

煙ように突如現れたディコンに、レヴィウスとカースが走り寄る。

ディコンは、あらためて目に映る彼らの姿がなんだかやけに懐かしく嬉しいと感じていた。

こんな風に、素直に気持ちを認められるのは、本当に久しぶりだとも。



ディコンは、踏みしめる大地に足を取られよろける。

傍にいた樹来が、腕を組んでいた延長でその体を支えるが、

体のバランス感覚がまだ戻ってないらしく、ぐらぐらと体が揺れた。


まだ、現実の大地の感覚になれないのか、

それとも、先ほどから続く足の痺れが原因なのかはわからない。

だが、ディコンの足は、自身の感覚を取り戻すのに数分を要した。




ようやく感覚が戻った時、そばで待っていたレヴィウスが、

ディコンに問いかけた。


「ディコン、もう大丈夫なのか。

 体に異常はないのか。」


レヴィウスが、ディコンを上から下まで見つめる。

先ほどまでの様子を見ていたからもあるのだろうが、

言葉の端に心配したとの気持ちが見える。


レヴィウスのこんな顔は、そういえば見覚えがある。


子供のころから何度も自分に向けられていたことを思い出した。

俺を心配し、必要とあれば手を貸そうといつもその言葉が最後に付け加えられる。


だが、俺は、自分勝手な理由でいつも彼や友人の手を断っていた。


自分一人でいい。 問題などない。 気にするな。 

俺は大丈夫だと言い続けたのは自分だ。


それが、どれだけ彼らを傷つけているかわかろうともしなかった。


メイに諭された友情の定義が、レヴィウス達の気持ちを再確認して、暖かく記憶を彩る。


レヴィウス達は、俺と友人でいたいから友人でいるのだとメイは告げた。

その言葉が、どれだけうれしかったか。

それが本当ならば、飛び上がる程に嬉しい。


同時に、疑う心しか持たない自分の醜い心を、どれだけ疎ましく思ったか。


自己嫌悪が、更に輪をかけて、友情に影を落とすことにすら気づいていなかった。


そうして、彼らとの関係に見えない溝を勝手に作って、

その溝が深さを増すことにイラつきながらも、自分を止めることが出来なかった。


だけど、メイに言われて気が付いた。


こんな俺に、レヴィウス達はいつでも手を広げていてくれたことに。

それは、彼らが俺を友人として認めているということ。


どうしてもわからなかった。

無条件で伸ばされる手は、友情の印だということが。


本当は、俺は、ずっとその手を取りたかったのだ。

意地を張り続け、素直に認めることが出来なくなっていた。


最後まで伸ばされていた手を振り切り、断ち切るように炎に飛び込んだのは自分。


友情を利用して、レヴィウス達を試したのは、俺。

本当はいつもそこにあったのに、殊更に否定した馬鹿な俺。


俺は、俺の醜い心が引き起こした行動を、今、心から悔いていた。


もう一度、取り戻したい。

彼らとの友情の絆を。



その為に、メイと約束した一番にしなくてはいけないことを心に刻む。

胸に手をあてて、大きく深呼吸をする。


俺は、こんな俺と友人であり続けていてくれた彼らに、俺の心を打ち明け、

謝罪し、再度、友情を得るための努力をどんなに時間がかかってもすると決めた。


だから、自分の醜い心からも、

自分が仕出かした最低な行為からも逃げないと決めたのだ。


その結果、彼らに軽蔑されても貶されても、すべて受け入れよう。

彼女と約束したのだ。

俺が、俺である為に、俺が本当に求めているものを手に入れるために。


後悔など絶対にしない。




ディコンは、顔を引き締めてまっすぐにレヴィウスを見返して頷いた。

その顔には決意を新たに自分に向き直ろうとしている様子が見て取れた。


「ああ、大丈夫だ。 もう、何ともない。」


そうかとばかりにゆっくりと頷くレヴィウスが、いきなり大きく振りかぶった。

そして、ディコンの顔を左横から殴った。


ディコンが、避けようと思えば避けられるくらいのゆっくりな拳。

だが、かなりの力を込めて握られた拳は、威力を余すところなく予告する。


ディコンは、奥歯を喰いしばり、足の指に力を入れて地面に立つ。

一瞬で覚悟を決めて、頬に当てられる拳に視線を沿わせながらも、

レヴィウスからの拳を受けた。


ガツっ。


大きな音が、骨から骨に伝わり、耳の中を揺らす。


拳は右の頬骨にあたって、体が左に傾ぎ、衝撃で2,3歩後退する。

頬から頭に貫通するような痛みで、頭に沢山の小さな星が舞った。


そして、衝撃を与えられた脳が三半規管を揺さぶって、眩暈が視線を揺らす。


ぐらぐらとした視界の中に自分に伸ばされるカースの両手。

見えているし、その手がこの後どうするのか。

それは、昔から痛いほど身を持って知っている。


だが、反省の意味合いも込めて、そのカースのこの先の行動も避けるつもりはなかった。

むしろ、心から受け入れた。


ディコンは予想される痛みに、とっさに身構えるが体が対応しない。

先ほどのレヴィウスの拳を受けたときのように、

歯を喰いしばることも出来ないし、しない。


無抵抗、反応薄なディコンの左右の米神に、カースの拳が当たり、

中指の骨がツボを刺激するように、ぐりぐりと力任せにネジリこまれた。


螺子をひねるかのごとくに、ぎりぎりと左右に何度もねじる。

レヴィウスの拳の痛みと違う、神経を削り取るような痛みだ。


昔から、トアルやコナーがよくお世話になっていたが、

比較的被害が少なかった自分はこの痛みを忘れていた。


大人になっても、この痛みが平気な人間なといやしないだろう。

それほどにただ痛かった。


痛みに顔を顰め、目じりに皺を増やしながらも、

浮き出てくる涙をぐっと堪えた。


だが、自然と喉から出る声が痛みを訴える。


「い、いた、いたたたたた。 ごめん、カース。

 それは、そ、それは、い、いた、痛すぎる。 カース。」


ディコンの手がカースの両手をバンバンと叩く。


なんだか、さっきも同じようなことをした気がすると、

痛みにのた打ち回りながらも、先ほどのメイとの会話を思い出して笑った。


「何を呑気に笑っているんです。」


ゆっくりと手を外したカースは、その手を腰にあてて、

仁王立ちでカースを半眼で見据えた。


「痛みで狂いましたか。」


カースの冷たい視線が冷やかに吹き荒れる。


「い、いや、ごめん。 カース。 

 笑ったのは、ただ単に彼女を思い出しただけだよ。」


カースの視線に、ディコンは苦笑いで理由を答えた。


本当は、ディコンは、レヴィウスが、カースが怒ってくれたことも嬉しかった。

殴られて小突かれて嬉しいなんて初めての経験だと、自身の持つ感情に素直に驚いた。

だが、そんなことは口にしないし、態度に出さない。


なぜなら、ディコンは殴られたかったから。

彼らは、それを知って、あえて殴ってくれたのがわかったのだ。


彼らは、俺をまだ友人として見ていてくれる。

だから、俺の心を慮ってくれた。

これがその証拠とばかりに、頬に、米神に痛みが体に残る。

そのことが、たとえようもなく嬉しかった。



「彼女?」


カースの質問に、今度こそ嬉しさを隠さずに笑いながら答えた。

ディコンの記憶に残るメイの明るい笑顔が、

ともすれば怖気づきそうになるディコンの背中を常に押してくれていた。


ディコンの心に、ぽうっと暖かな光が灯っているような気がして、

想像の中のメイの笑顔に、笑顔で返す。



「メイさんだよ。

 さっき、両頬引っ張られて怒られたばかりなんだ。

 本当に凄いんだよ、彼女。

 初対面なのに、彼女、俺の顔を容赦なく引っ張ったんだ。

 引っ張られた頬は痛いし、顔は横に伸びるし、揚句に変な顔だって。

 あんまりだと思わないか?」


字面だけ聞いていると明らかに苦情なのだが、ディコンは両頬を押え、

嬉しそうに記憶を反芻している。


「その上、開口一番の台詞が、私は貴方に盛大に文句を言いたいって。

 ものすごく怒りながら床をバンバン叩いて、座って話をきけって睨まれた。

 あれは、あの姿勢は、君が教えたのかい? はっきり言って拷問だよ。

 足の痺れがはまだ取れない気がするよ。

 もう二度と、絶対に体験したくないね。」


そういうディコンの目には、嫌そうな感情は全く見えない。

どちらかというと面白い体験をしたとばかりに嬉しそうだ。

だが、カースの次の言葉で、自身の放った言葉を軽く考えていたディコンは、

見事に肩をがくりと落とすことになる。


「そうですか。それはよいことを聞きました。

 これからの説教仕置きには、それをぜひ付け加えましょう。

 随分と効果がありそうなので、楽しみですね。」


しまったとばかりに目を彷徨わせるディコンに、

カースがふんと鼻息荒く冷たく言い放つ。


そんなっとディコンは情けない声をあげそうになるが、

実際には声にはならない。


今のディコンには、反論する資格がない気がしたからだ。


レヴィウスが、逸れた話題を元に戻すべく話を遮る。


「それで、メイは何を言ったんだ。」


はっと、気が付いてディコンも話をもとに戻す。


「あ、ああ、すまない。話が逸れた。

 彼女、メイさんは、本当に怒ってたんだ。

 俺に自殺なんて行為は100万年早いって、

 こう、びしって指を突き付けるようにして言うんだ。

 しかも、俺の最後の言葉や態度は最低最悪の上に、言語道断だって。

 

 そんなこともわからないなんて、

 もしかして、自分以上の馬鹿なのかと本気で呆れられたよ。」


カースは、話を聞きながら頷き、楽しそうに口角をあげた。


「馬鹿の基準がメイ自身だということに、多少の疑問を感じますが、

 この場合、否定できませんね。」


レヴィウスがディコンの言葉の続きを促した。


「続けて。」


ディコンは、眉を寄せて苦笑した。


「彼女は言ったよ。

 俺がしたことは、君達の友情を裏切り、試す行為だと。

 八つ当たりの自己犠牲に浸ってあんな言葉を最後に残すのは、

 本当は自分のことしか考えてない酷い仕打ちだと。

 あんな言葉を残される君達の気持ちを考えない自分本位の行動だと。」


ディコンは、はっきりと自分の心に向き合うように、

一言一言をゆっくりと話す。


「彼女の言葉はその通りなんだ。

 俺は、あの時、最後なんだからと、

 心の中でずっとくすぶっていた疑いを君達にぶつけたんだ。

 だから平気で君達を試すようなことをした。

 レヴィウス、カース、……君達は気が付いていただろう。」


ディコンの問いに、レヴィウスもカースも無言で頷く。


「俺は、ずっと思っていた。

 君達が俺の友人だなんて、どこか違うのではないかと。

 君達が俺を友人として扱ってくれるのが、どうしても信じられなかった。

 これは、俺の劣等感から齎された疑いだ。

 わかっていても、この考えが止まらなかった。

 だが、メイさんに言われてやっとわかったんだ。」

 


レヴィウスは、静かな視線を浮かべながらディコンの話の続きを促した。

ディコンは、胸に手を当てて小さく深呼吸をする。


「彼女、言ったんだ。

 俺は、どれだけレヴィウスとカースのことを知らないんだと。

 君達が、どんな人間か子供のころから知っているくせに、

 何故、そんな疑いを持つことが出来るのだと。

 

 このまま俺が戻らなければ、残された君達が、

 無力感にさいなまれ友を見捨てたという罪悪感に、

 この先もずっと襲われ、悩むのはわかっているだろうって。

 俺の死がどこまも君達を傷つけるものでしかないものだと。

 そのことをなぜ理解しようとしないのだと。

 

 そこまで言われて、やっとわかったんだ。

 本当に、俺が信じてなかったのは、君達ではなく、俺自身だと。」


「……メイが、そんな風に。」


カースは小さく呟きながらも、じんわりと広がるメイからの全幅の信頼に、

ただ、感動していた。


そんなカースを横目にも、ディコンはメイとの会話を思い出しつつ、

自分の心と向き合いながら言葉を続ける。


「俺は、そのことに気が付いたとき、自分の仕出かした馬鹿な行為が、

 どれだけ自分勝手で、どれだけ君達を傷つけたのかやっと理解したんだ。

 その結果、打ちひしがれ、彼女の前で弱みを吐いた。

 

 俺の八つ当たりの遺言は君達を傷つけ、友情を貶めた。

 もう、君達の友人である資格など、俺にはない。

 もう取り返しがつかないと。

 

 俺は、君達との友情を、信頼を裏切った行為をした自分を恥じた。

 彼女の言うとおり、最低最悪で有害極まりない。

  

 本当に、心から後悔したよ。


 そんな俺に、彼女は言ったよ。

 

 そこまでわかっているなら、後悔しているのなら、

 帰って一番にすることはもう言わなくてもわかるでしょうって。」


メイの笑顔を思い出し、ディコンはつられたように笑い、

レヴィウスとカースを笑顔で見やった。

  

ディコンの嬉しそうな顔にカースも途端に微笑む。


「メイらしいですね。」


ディコンの雲が晴れたような晴れやかな顔を見て、

メイの説教は確かにディコンにとどいたようだと、心の中でメイを称賛した。

さすが、私の妹ですとも。


「彼女らしい…か。

 メイさんは、本当に変わった子だよね。 

 最初はただ迫力に押されたっていうのもあったんだ。

 知らない女の子に、いきなり説教されてびっくりしただけだった。

 だけど、彼女の言うことは、全部的を得ていて、正直最初は怖かった。

 俺の心を全部透かして見ているようで、気味が悪いっていうか。

 でも、彼女と話をしていると、不思議と落ち着く自分がいるんだ。

 なんだか、俺よりずっと年上の人間と話をしているようで、

 気が付いたらいうことを素直に聞いてた。

 あんなに小さな子なのにね。

 それに、態度も礼儀的というか威圧的というか、

 こう、腰に手を当てて、ぴしっと指さして、

 俺なんてと自分を卑下する言葉は、100万年早いっていうんだ。

 そのうえ、頬をぴっぱる力も絶妙で、思わず君を思い出したよ。

 本当に凄い迫力だった。」


変なところに感心しているディコンに呆れつつも、カースは嬉しそうに笑った。


「そうですか。

 彼女は私のお仕置きに慣れてますからね。

 どれくらいの力で引っ張ればいいのか、身に染みて覚えているのでしょう。

 あれだけされていれば、私の仕草が標準として、

 似てくるのは当然でしょうね。」


カースの言葉を聞いて、ディコンの目が楽しそうに瞬いた。


「ははは、そう。凄いね、メイさん。

 君のお仕置きに慣れるってどれだけなんだよ。

 トアルやコナーだって、あれほどそっくりに再現できないと思うよ。」


ディコンの言葉に、レヴィウスやカースの顔も楽しそうに笑う。





「くくっくく、くはっ。 ぶはぁ、」


くぐもった声が背後から聞こえてくる。


ディコンがその声の方向に視線を向けると、

後ろで笑いをこらえているフィオンの背中が目に入った。


フィオンは話を邪魔すると野暮なので、あえて我慢して爆笑しないように、

ずっと必死でお腹を押さえて体をくの時にまげて、涙目で笑っていた。


フィオンの脳裏では、ディコンの語るメイの姿が実際に、

目に映っているようにリアルに想像できる。

彼女の様子を聞き、実際に知る彼女の声、彼女の言葉を頭の中で再現する。


彼女の怒った顔、睨む顔、諭す顔、そして優しげな微笑み。

どれを想像しても、楽しかった。


今のフィオンは、メイが何をしたとしても笑っただろう。

そんな自分が初めてで、フィオンは、更に笑いが止められない。

まさに悪循環に陥っている。



子供のように笑っているフィオンの姿はまさに衝撃的で、

ディコンは呆然とし驚きで言葉が出てこない。




「それでディコン。

 俺たちに言いたいことはないのか。」


レヴィウスの言葉が、ディコンの逸れていた意識を元の会話に引き戻した。


レヴィウスの緑の瞳が静かに自分の言葉を待っている。

ディコンは、これから自分が発するであろう言葉を思考に載せ、吐く息を振るわせた。


ともすれば怖気づきそうになる自分の背中に、

自分で自分に活を入れる。勇気を出せと。


そうだ、メイも言ったではないか。


勇気は湧いて出るものではないんだ。

むりやりひねり出すものだと。


あの火柱に飛び込んだ小さな彼女がひねり出した勇気は、

今の俺よりもさらに沢山勇気を振り絞ったに違いない。


そこまで考えて、深呼吸の後、覚悟を決めた。



「あ、ああ、すまない。

 レヴィウス、カース、俺は君達に謝りたい。」


カースはメイのことを考えて緩んでいた顔をあらためて引き締め、

ディコンに冷静に向き直る。


「何について謝るというのです。」


カースの冷やかな態度に、針がチクチクとささるような気がする。

しかし、ここでひるんだら、メイとの約束が果たせない。


レヴィウスの緑の目が、話の続きを促すようにディコンを待っていた。


その目を見ていたら心が怯みそうになるが、

メイの言葉が幻想となって彼の耳に囁きかけてくる。


(大丈夫ですよ。)


幻想の彼女の笑顔は、そういって彼の背を押してくれている気がした。


ディコンは、すうっと息を吸い込むと、一気に腹をくくる。


「俺は、あの時、君たちを試したんだ。

 俺は今まで、君たちにとって俺が友人であるという事を疑っていた。

 それは、俺が勝手に持っていた劣等感が引き起こしたものだが、

 ずっと、ずっと信じられなかったんだ。

 だから、最後に試したくてあんな言葉を言った。

 君たちを守るために身を犠牲にするなんて、馬鹿な言葉を言った。

 あれは、本心なんかじゃないんだ。

 国のことなんか全く考えてなかった。

 本当は、ただ確認したいだけだったんだ。 

 自分の為に。

 俺の言葉に君達が本当の友人なら傷つくだろうって。

 だた、傷つけて確認したかっただけだったんだ。

 俺は、彼女に、メイさんに言われてやっとわかった。

 俺は、最低な人間だ。」


レヴィウスとカースの瞳を交互に見る。

彼らの瞳はまっすぐにディコンに返される。


「それで?」


レヴィウスが続きを促す。


「俺が、最低最悪で馬鹿なことはわかっている。

 君達を傷つけ、試すような真似をした。

 もう許してもらえないかもしれないと、覚悟はできている。

 でも、だけど、俺は、こんな俺でも、もう一度、君たちと友達でいたい。

 今更何をと怒る気持ちもわかる。

 だが、いつか許してもらえたらと心から願っている。

 これが今の俺の本心だ。」


ディコンは、一気に息を吐き出して、レヴィウスとカースの反応を待つ。


「ディコン、貴方は本当に馬鹿ですね。」


「ああ、……わかっている。」


カースの冷たい言葉にディコンは、俯いて軽く苦笑いする。


「貴方は、メイの次の大馬鹿です。

 そんなバカを放置するなど、大犯罪に等しいです。

 よって、こんな馬鹿な真似を二度としないように、

 しっかりきっかりと脳に刷り込ましてもらいます。

 覚悟はいいですね。」


「……は?……え?」


カースの言葉に、ディコンはあっけにとられたように、目を瞠る。


「一刻や二刻の説教では足りませんからね。

 みっちり隙間なくその頭に詰め込めるように、全力を尽くしましょう。

 これは、私からあなたへの罰です。 いいですね、ディコン。」


ディコンは、カースの言葉に、自分への許しをみつけほっとし、

緊張の顔が少しだけ緩む。

カースの青い瞳は、ディコンへの罰を楽しそうに宣言し、晴れやかに笑っていた。



そして、黙ったままのレヴィウスに向き直ると、

レヴィウスは、まっすぐにディコンを見た。


この深い緑の瞳は、今までのディコンにとっても直視したくない瞳だった。

自分の醜い心の中が見透かされそうな気がして苦手としていたが、

今はその瞳の光を歓迎するように、裁定を待ちじっと見つめ返す。


レヴィウスは、低く耳に残る声で淡々と言葉を放つ。


「ディコン、俺は同情や憐みで友人を決めるつもりはない。

 今までも、そして、これからも。」


レヴィウスの言葉に、背中に冷や汗が流れる。


「あ、ああ。 ……もちろんだ。」


縁切りを覚悟につばをごくりと飲み込んだ。


「俺は、友とは対等のものだと思っている。

 なのに、お前は俺たちに遠慮ばかりだ。

 ディコン、お前はもっと俺たちを頼れ。

 なにもかも、自分一人で抱え込むな。」


レヴィウスの言葉が、耳に反響のように広がる。

奇遇にも、さっきメイに言われた言葉と同じだと理解して嬉しくなる。


頼れと言われることは、ディコンを再度、友として認めてくれるということ。

友なのだから、遠慮するなと言われているのだ。


「……レヴィウス、許して、くれるのか。」


茫然とした表情をそのままに、浮かれたような気分で、

ディコンはレヴィウスの返答を待つ。


「お前は、生きて帰った。 

 俺は友人を失わなかった。 

 だから、さっき殴ったので済々だ。」


レヴィウスは、ゆっくりと拳を前に突き出す。


「よく帰った。 ディコン。」


カースも同じように拳をレヴィウスに揃えて出す。


「ディコン、無事でよかったです。」


二人の顔を見ながら、ディコンは自分のぐっと握った拳を2人に揃えるようにして出す。

3つの拳が、三方から集まりぶつかり、この中央に小さな円を作る。


これは、昔からレヴィウス達と交わしてきた仲間の合図。

この合図に自分が加われる嬉しさを再認識し、今、心から実感していた。


帰ってこれたのだと。


心の中のわだかまりが、じわっと溶けて暖かく流れる。


本当に、生きてここに、彼らのいるこの場所に、帰ってこれてよかったと。

そして、ここに還してくれた俺の小さな女神に心から感謝した。


「有難う、レヴィウス。

 有難う、カース。

 俺は、ここに帰ってこれて本当に良かった。

 君たちと友であることを、もう二度と疑ったりしない。

 俺の女神にかけて誓おう。」


折角のディコンの誓いの台詞を、後ろで黙って聞いていたフィオンが口を挟んだ。


「あれ? ディコン、お前、女神信仰なんてしてたのか?」


意外だとばかりに首を傾げるフィオンに苦笑で返す。


「いや、あの、信仰というか、まあ、この場合の女神っていうのは、

 一応命の恩人である、メ、メイさんのことですが。」


その恥ずかしそうに繰り出される言葉に、レヴィウスもカースも一瞬言葉に詰まる。

更にフィオンが追い打ちとばかりに、ぶはっと大きく笑った。


「く、くく、くは、女神、あの子が、

 そりゃ持ち上げすぎだろうが、は、ははは、

 ああ、想像するだけで腹が痛い。」


笑い転げるフィオンに、呆れるように冷たい視線を浴びせるのはカース。


「何を想像しているんですか。貴方は。

 女神は言い過ぎかもしれませんが、メイが命の恩人であることは間違いないでしょう。」


カースのメイへ向けられる言葉は、ディコンが今までに聞いたことがないほどに

優しい響きを持っていた。


女性が嫌いなのかと、いぶかしむ声があるカースにしては珍しい。

ディコンは、素直にそれにも驚いていた。


「驚いた。 女性に対してのカースのそんな様子は初めて見たよ。」


ディコンは、いつものカースとは違う反応に、目を瞬く。

その反応の相手がメイだということに、いささか戸惑う。


そして今、メイについて聞いてもみようとふと思いついたことを、

早速レヴィウスに聞いてみる。


「レヴィウス、メイさんは君の所の居候だって自己紹介で言ってた。

 彼女は、どうして居候なんかになったんだ?

 随分としっかりした礼儀作法を身に付けてたけど、

 彼女は、普段何をしている人なのかな。 」


レヴィウスは、ディコンのその言葉に眉をひそめた。

ディコンは、今まで特定の女性の事情なんて気にしたこともなかったはずだ。


「メイに関心があるのか。」


レヴィウスの問いに、ディコンが頬を赤く染める。


「あ、ああ。

 今は、感謝の気持ちが多いけど、それだけじゃない。

 俺は、多分、彼女をもっと知りたいと思っている。」


自分の気持ちを改めて認め、もしかしたらこれは初恋というものかもと、

少しだけ恥ずかしく嬉しい想いを心に抱いた。


恥ずかしそうに頬をかくディコンに、カースの冷たいブリザードが吹き荒れる。


「私の妹に、出来心でちょっかいをかけるのは、

 いくら友であるディコンでも許しませんよ。」


そのカースの言葉に、ディコンは目を見開いて驚く。


「は? 妹?

 カース、君の妹って確か昔に亡くなったって聞いたけど、生きていたの?」


フィオンが、カースの言葉に口を挟む。


「おいおい、血がつながってない妹だろ。

 ちゃんと説明しろよ、ディコンが参戦してくると面倒だろ。

 だたさえ、メイちゃんはディコンの顔に見惚れていたっていうのに。」


フィオンの爆弾発言に、レヴィウスとカースの目が見開かれる。


「なんですって?」


「多分、メイちゃんはディコンの顔が好みなんだろうな。

 意識のないディコンの顔を、見つめていた時は、

 いつかディコンの顔に穴が開くんじゃないかと思ったくらいだ。」


フィオンの言葉に、そんなことがあったのかと知り、

ディコンの顔が更に赤くなる。


「メイは、人と話すとき、目を、顔をまっすぐにみる癖があるんです。

 それだけですよ。 へんな誤解をしないようにしてください。

 大体、貴方がメイに横やりを入れてくることも、私は認めてませんからね。」


フィオンは楽しそうに肩を持ち上げた。


「お前に認められなくても、俺は気にしない。

 だけど、そうだな。 

 彼女から兄と慕われているお前の邪魔は、

 正直ありがたいとは言い難いな。」


ディコンは、二人の会話に驚き、ついていけなくなっている。


「ええっと、あの、フィオンさん。

 それは、一体、どういう意味でしょうか。」


ディコンの問いに、応えるのはにやりとした自信ありげな邪気を伴った黒い笑み。


「そのまんまさ。」


ディコンは、背中に冷たい汗が流れるのに気が付いた。


黙って聞いていたレヴィウスも言葉を放った。


「勝手なことをほざくな。

 メイは、お前には渡さない。」


ディコンが耳を疑うようなレヴィウスの発言。

長年一緒に育ってきて今までの人生の中で、初めて聞いたレヴィウスの女性への執着。

そして、恋敵だと暗に警告してきたフィオンへの敵愾心。


ディコンの頭の中で、沢山の警告音が甲高く響き渡る。


「あの、レヴィウス、メイさんは、もしかして、

 もしかしなくても、君の大事なひとなのかな?」


そうであってほしくないと一縷の望みをかけてレヴィウスの瞳を仰ぎ見る。


レヴィウスは、フィオンに負けないほどににやりと笑う。

そして、ディコンの初恋を壊す衝撃を加える。

 

「ああ、俺が惚れた唯一の女だ。

 だから、俺はお前だろうが誰だろうが、譲らない。」


ディコンの全身が冷水を欠けられたように寒くなる。

本気だ。どうしよう。

どうにもしようがない状態に、ただ狼狽える。


カースが真剣な顔で3人に警告を促す。


「最初に言っておきますが、決めるのはメイです。

 彼女の気持ち無視した行為をするものは、徹底的に排除します。

 セランも、ポルク様もそのつもりですので、心に留めておいてください。」


セランはともかく、ポルク様の名前で、フィオンは苦虫を噛み潰したような顔になる。


「厄介な敵がそこにもいたな。」


レヴィウスは、フィオンのことはほっといて、ディコンに宣言した。


「お前が彼女を好きでも、俺はひかない。

 だから、お前も遠慮するな。

 お前は俺の友であると同時に、

 今日からは俺の恋敵になる。

 そのつもりで参戦してこい。」


真剣な顔で拳を突き出すレヴィウスに、ディコンは素直にうなずき、

同じように拳をこつんと合わせた。


「ああ、わかった。」


ディコンの顔に、もう自身を蔑んだ屈託はなかった。

初恋を自覚したとたんに、強力な恋敵と巨大な壁にぶち当たる。

まさに前途多難だ。


だが、彼らとの友情は確かにディコンの心に根付いた。

もう、二度と、疑わない。

俺が、求めていたもの、真実の友情。


それを手に入れることが出来た今の自分が誇らしい。

そして、それを手伝ってくれた、文字通りの命の恩人で、彼の女神、

メイが好きだと認める今の自分がとても好きだった。


ディコンの心の中の暗いしこりが、いつの間にか消えていた。


 


ディコンのしこりが消えた。

そのことが意味することは、読んでいる皆さんにはもうわかりますよね。



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