ディコンの帰還。
封印の外で、なにやら難しい顔をしている人達とは対照的に、
火柱の空間の中では、やや緊張感に欠ける顔の面々が相対していた。
ディコンは、突然現れた白髪の美女な樹来に驚いて目を瞠っているし、
樹来はメイの提案をどうしたものかという困り顔だ。
メイは先ほどまで、自分に出来る精一杯の虚勢を貼り付け、
何やらひきつったような顔をしていたのだが、どうやら疲れたようだ。
今は力が抜けたような恍けた顔をしている。
ちなみにその顔は、メイにとってはいつもの顔である。
「えーっと、樹来、それでどうしたらいいのか知ってる?
私は、宝珠からどうやって力を引き出すのか知らないんだけど。」
白い髪がさらりと背中で揺れ、メイの目線に合わすようにその背を屈めると、
樹来はにこやかな微笑みを向けた。
「はい。 一時的にでかまいませんから、私と契約を交わしてください。
貴方の血の一滴ほどをくだされば、それを媒介に宝珠から力を引き出します。」
そういって、私の右手を騎士のように持ち上げた。
あらためて持ち上げられた私の右手をじっと見つめると、
私の右手の甲には、もう血は止まっているが先ほど槍で怪我をした傷があった。
もう瘡蓋状態になっている傷口に、樹来はその唇を当てた。
カリっと瘡蓋がほんの一欠けら、皮膚の一部と共に剥がれる。
痛みはないが、その場所から米粒ほどの血がうっすらと滲む。
その滲んだ血が樹来の唇に吸い取られた。
血を吸い取ったというより、吸着紙に吸い取らせたような感じだ。
しかし、この体制って慣れないというか、落ち着かない。
以前にステファンさんやほかの人達、そうそう、目の前のディコンさんにも、
手の甲キスされたけど、この国の人たちって、
挨拶や感謝の気持ちが多すぎというか、大げさすぎると思うのですよ。
彼らはキスをしながら、じっと私の顔を見つめる。
それが礼儀なのか作法なのかはわからないが、見られているこちらとしては、
その視線の強さにたじろぎ、訳もなく後ろめたいような気分になり、
体が固まってしまうのですよ。
はっきり言って、接触不足が通常運転の私にはハードルが高目です。
ハードルというより、跳び箱に近いかもしれない。
そういえば子供の頃、跳び箱が飛べなくて放課後残って練習したなあ。
その時、お尻をぶつけて大きな青あざを作ったのは苦い思い出だ。
はあ、現実逃避をしていても現状は変わりませんけどね。
血を舐めとっていた樹来も、じっと私の顔を見つめる。
が、樹来は何か考えながら視線をそらし、屈めていた体も元の通り伸ばされる。
視線が外され、上から見下ろされる状態になってほっとした。
普段から見下ろされることに慣れている私が、下から見上げられると、
なんだか居心地が悪いということなんだろうか。
樹来は私の手をそっと放して、両手を自分の胸に当てて何か呟いた。
その時、私の鳩尾のあたりから小さな暖かいものがすうっと出て行った気がした。
照の時の契約とはちょっと違う気がするけど、樹来だとこんな感じなのだろう。
「えーと、これで終わりなのかな。」
立ち上がった樹来は、首を傾げて質問する私の顔を、
先ほどからの驚いたような顔のままでで見返した。
「ええ、はい。 契約は終わりなのですが、正直かなり驚きました。
秋久の白封球とは比べ物にならないくらいの質量です。」
はい?
「白球に違いがあるの?」
「秋久は宝玉2つでした。 メイ様、貴方は4つですね。」
あ、やっぱりわかるんですね。
「うん。」
「貴方の白珠から、本当に大きな力を感じます。
これだけの力の封玉なら、空き容量が一つでも、
秋久の2つの宝珠を収めることが出来ると思います。」
ふうん、そうなんだ。
球に違いがあるのは秋久さんが言ってたけど、大きさも違うのか。
普通の飴玉とコーラ飴くらいの差だろうか。
しかし、うーん、力って言ってもねえ。
正直、使い方知らないので、なんだろうねえとしか思えない。
でも、そういわれみれば、空き容量ってあと一つで埋まっちゃうんでした。
5つの宝珠で球が完成するんだから、そういうことだよね。
まだ、埋まってないところをみると、ディコンさんの宝珠は、
まだ何かが足らなくて、吸い込まれてないということだろう。
あははは、は、はぁ。
ぎりぎりセーフです。危ないところでした。
容量がない場合は、吸い込むはもちろん出来ないでしょうからどうなるんでしょうか。
まあ、考えたら怖いので、今はラッキーってことで、ちょっとホッとしました。
顔がこわばっているような気がしますが、そこはそう大人の対応ですよ。
二人に気づかれない内に、ことを収めてしまいましょうです。
「ええ、わかってくれたならよかったわ。
さあ、樹来、ディコンさんを連れて外へ出て。
もう、時間がないの。
多分、外の地震の規模はどんどん大きくなっている。
それに、この空間自体も長く持たないと貴方も言ったでしょう。
無事、この空間から出れたら、外にいる彼らと一緒に遺跡の外へ逃げて。
遺跡の中にいると危ないから。」
私の場合は、白い球掃除機任せなので、どうなるかなんてわからない。
が、死なない加護があるので、何とかなるのだろう。
ディコンさんさえ、ここから出てしまえば、あとは野となれ山となれです。
行き当たりばったりだとは自覚しているが、
今まで何とかなったのだから、多分なんとかなるはずだ。
きっと、ええ、多分、おそらく、未来形。
正直、どこかに飛ばされるとか、爆発とか、危険物の匂いがぷんぷんして、
後ろを向いてさっさと逃げ出したい気持ちが山盛りだ。
だけど、秋久さんは言っていた。
私が逃げたら、レヴィ船長やカースのいるこの大陸そのものがなくなるらしい。
それこそ後悔の二文字では絶対にすまないことくらい、私だってわかる。
私の大事な人たちが死んで、私だけが生き残るだなんて嫌だ。
そう考えたら、私の選択肢は一つしか残ってない。
私の白球が少しでも掃除機能を働かして、宝珠の威力を吸い取ってくれるなら、
爆発の規模も小さくなるかもしれない。
私の白い球は優秀らしいので、そこに希望をかけようではありませんか。
出来れば爆発とか飛ばされるとかは怖いので、
白い球に、心の底から精一杯のエールを送りたいと思います。
あと、序のように聞こえますが、気がかりついでに思うこと。
私は、ここに残って、あの秋久さんの言葉を朱加に伝えたいと思っている。
朱加にとって、最後に受け取る秋久さんの気持ちとなるだろうから。
朱加は宝珠から力を引き出して、この封印と力と存在を維持していると
秋久さんは言っていた。
私が、宝珠を吸い取る、もしくは、この封印を解くということは、
朱加はその存在を維持できないかもしれないということ。
つまり、朱加の消滅を意味する。
夢の中で聞こえた秋久さんの声、どうしたらいいかわからないという言葉。
その言葉の向けられた先にあるもの、それは多分、朱加についてなんだろうと思う。
朱加を助けたいけれど、消滅は望まない。
封印を力を解除したいけれど、朱加が消えてしまう。
そういうことでしょう。
私は、樹来にその意味を踏まえた上で問う。
「樹来、本当にいいの? 朱加のこと。」
樹来は、ゆっくり首を振って答えた。
「はい。 朱加も狂ったまま一人生き続けるのは辛いはずですから。」
樹来の黄緑の瞳には、覚悟と決意が見えた。
「うん。……わかった。」
私は、しっかりと頷いた。
「では、私達は行きます。 ご武運を。」
樹来が、座り込んでいたディコンさんを強引に引っ張って立たせる。
ディコンさんの足は、まだ痺れ続行中のようで、よろよろしてます。
正座効果が強すぎたかもしれません。
慣れない人に正座は、10分までにすべきでしたでしょうか。
樹来がディコンさんの腕を絡めるようにしてその背を押し、私の目の前に立つ。
いきなりの展開と会話についていけてないディコンさんが、いきなり慌てた。
「ああ、ま、待って、俺はまだ君に聞きたいことがあるんだ。」
聞きたいこと?
「なんですか?」
できれば後にしていただけると、大変時間的にも助かるのですが。
「あ、え、あの、き、君の名前は?」
あれ?言ってなかったですか?
うーん、私のほうはウィケナさんや皆さんからディコンさんのお話を聞いてますので、
正直よく知っている感覚しかなかったので、自己紹介し忘れたのでしょう。
なんてことだ。
やっぱり、私のほうがディコンさんよりも、ちょっと馬鹿決定です。
そう考えれば、今の私はディコンさんにとって、
名前も言わずに説教をする変な女認定です。
いや、12、3だと思われている時点で、変な子供かもしれません。
一応、取り繕う意味合いも込めまして、コホンと咳を一つ。
「えーっ、挨拶もまだの内に、本当に失礼いたしました。
私の名前は、メイです。
レヴィ船長のお家でお世話になっている居候です。
以後、よろしくお見知りおきくださいませ。」
背筋を伸ばして、マーサさんに仕込まれた、道端での挨拶その2。
足を片足ひき少し膝を折り中腰で頭を少し下げ、
両手はお腹の前にそろえる、簡単略式お辞儀をする。
「あ、ああ、俺は、いえ、私はディコンです。
こちらこそよろしく、メイさん。」
ディコンさんは、樹来さんに腕を絡められたまま、
右手を胸の前に膝を軽く折るお辞儀で返します。
ほう、なかなかやりますね。
礼儀が様になっているようで、なかなか格好いいです。
「はい。丁寧なご挨拶を有難うございます。
では、もういいですね。 行ってください。
ディコンさん、外に出たら、先ほど決めた一番にしたいことをなさってくださいね。
もう二度と、貴方が後悔しないために。
そして、レヴィ船長やカースをよろしくお願いします。
樹来、ディコンさんを外へ。」
樹来が頷いて、ディコンさんの腕をぐいっと掴み後ろから羽交い絞めのようにして、
力を発揮するために薄く発光し始めた。白い髪がふわりと空中に浮かぶ。
「ま、まだ君に聞きたいことが……」
ディコンさんが、樹来の突然の拘束に慌てて抵抗しながら声を発したが、
その姿が樹来の発した薄い緑の燐光に包まれ、すうっと溶けるように消えて行った。
ディコンさん、貴方は実はマイペース型の人間ですね。
時間がないといっているにも関わらず、何をおしゃべりしたいのでしょうか。
私も、多分に漏れずマイペース型なので、気が合いそうです。
とりあえず、ディコンさんは外に脱出成功です。
第一目標達成ですね。
まあ、あとはカースかレヴィ船長がなんとかしてくれるだろう。
多分、ディコンさんのカースの説教部屋行は確実だろう。
うん、仲間が増えるのは、心強いものです。
だって、私も多分出たら説教部屋行決定ですからね。
心配かけたでしょうから。
……、何時間コースなのでしょうか、想像したくないです。
えーと、気を取り直して話題を変えます。
それにしても、樹来は力持ちですね。
線が細いといってもディコンさんは男の人です。
それも、ウィケナさんたちの言葉によると、かなり腕の立つ部類に入るらしい。
それなのに、後ろからがっしりホールドですよ。
美人な上に力持ちだなんて、頼もしいです。
照にも、その技伝授してもらおうかしら。
そうしたら、雨の日に照と腕相撲出来るかも。
つらつらしょうもないことを考えていると、周りの空気から熱が消えた。
気温でいうと、真夏の空気から、春の空気に変わったくらいかな。
何が起こったのかと周りを見渡すと、数メートル先に何かがぼうっと光ってました。
光っていたもの、ああ、そうですね。 さっきからそこにありました。
先ほど見つけた白骨死体。
怖くない骸骨さんです。
傍まで歩いて行って、横からじっとその骨を見つめます。
首からかかっている紐の先の古ぼけた白い球が、多分秋久さんの球でしょう。
ということは、この骨は秋久さんでしょうか。
しかし、よっく見ると、この骸骨、髪の毛残ってます。
毛根強いですね。 じゃない。
髪、黒くないですよ。きらきらしてます。白髪って光りませんよね。
どちらかというと、白髪というより、すすけた金の髪ですが。
ということは、この骸骨さん、秋久さんとは別の人。
秋久さんは、夢で見た限りでは、かなり細見。
それに、身長も樹来よりやや低めだった。
この骸骨、目測で測ってみるだけでも、かなり大きい。
それに、男の人の骨とはいえ、かなりの骨太です。
化学室の人体模型君に比べると、大人と子供くらいに違います。
多分、肉をつけると、かなりの大柄の体格の人が出来上がるに違いない。
この骸骨さんは一体誰だろう。
うーんと唸りながら骸骨の周りを一周したら、足元にこつんと何かが当たった。
足元の当たったものを見下ろすと、金の立派な腕輪がころころと床に転がった。
その腕輪にはオレンジ色の石がしっかりはまっている。
これは、そう、覚えてますよ。見たことがあります。
夢で見た秋久さんのしていた腕輪です。
照が私にくれたものとよく似ているけど、作りは少し違う。
照の腕輪は照の美意識が元となっているのか、結構装飾が綺麗で女性物っぽい。
これは、どちらかというと無骨な男の人向けのような装飾です。
飾り気というものがほとんどない。
しゃがんで、腕輪を拾い上げて、手のひらの上に載せた。
夢の中では、このオレンジの石から朱加は出てきた。
照だって、私の腕輪の石の中の部屋で眠っている。
ということは、この石は朱加の部屋みたいなものだと思う。
つまり、今現在、朱加はこのオレンジの石の中。
「あのー、もしもし、朱加さん、そこにいるんですよね。
すこし出てきてくれませんか。お話があるんです。」
こういう場合の呼びかけってどういう風にするんだろうか。
夢で見た殺されたおバカな大男と同じように言うのは、正直恥ずかしい。
オレンジ色の石に反応は全くない。
聞こえてないのかもしれないので、石を指でつっつきながらもう一度呼びかける。
「おーいい。 朱加さんー。起きてください。
っていうか、起きろー。朝ですよー。モーニングコールです。
アロハー、ハワユー、ボンジュール、アニョハセオ、グーテンモルゲン、
ニイハオ、お早うございます。」
とりあえず、知っている言葉を並べてみた。
意味はとりあえず気にしない方向で。
そうしたら、どの言葉が朱加さんを起こしたのか解りませんが、
オレンジの石から赤い光がすうっと出てきた。
「誰? 私を呼ぶのは。」
寝入りばなに起こされて怒っているような不機嫌な声がしました。
この声は朱加さんです。
「あ、私です。 初めまして、私はメイです。
朱加さん、お早うございます。」
今度こそ、最初に挨拶です。
ディコンさんの時のように、名前を名乗ってなかったという失態は犯しません。
「???」
知らない人を目の前に警戒警報が発動された朱加さんの綺麗な顔の中央に、
太い皺が寄りました。
ああ、気を付けないと、縦皺はくせになると取れませんよ。
「あのですね。 時間がないので手早くしたいのですが、
まず、手を出してください。」
朱加さんは、警戒心満載の怒ったままの顔で私をにらみつけます。
「お前、さては、私を封じに来たか。
お前から確かに大きな力の波動が見える。
今の私では太刀打ちできぬほどに。」
褒められてますか?
主に私の白い球がですが。
「ああ、そういわれてみればそうなのかもしれないんですが、
その話は置いといて、別の話をしたいんですが。」
落ち着いて落ち着いてと、両手を前に出して上下に小さく振りますが、
朱加さんは、ますますいきり立ちます。
「私を滅して、私から大事なものすべてを奪う気か。
よかろう。だが、私もただでは消えぬぞ。
力の限り抵抗してお前もろとも露と消えようぞ。」
朱加さんの髪がゆらあっと炎を纏う。
あきらかに、勘違いしてますね。
まあ、結果的にはそうなるのかもしれませんが、私の意図したところは違います。
「朱加さん、ちょっと待って。
落ち着いてください。誤解です。
貴方に渡すものがあるんです。」
まずは、この殺気満々の朱加さんに話を聞いてもらわないといけません。
どうしたらいいでしょうか。
誤解を解くために手を大きくふりました。
「そのしぐさは、なんと、私に罠をかけようというのか、面白い。
われは炎。何物も我をとどめることは出来ぬわ。」
ああ、もっと勘違い空回りです。
もう、しっちゃかめっちゃかですね。
「それは、凄いですね。
じゃなくて、朱加さん、少し話を聞いてくれませんか。」
赤い瞳が一層大きく怒りに燃え、ネコ目気味な目尻がさらに上がる。
「敵となれ合うつもりはない。
それとも、ここまできて臆したか。」
ああもう、話、全然聞いてくれない。いい加減疲れてきた。
私の夢の中でも、話を聞いてくれないが、現実ではもっと聞いてくれない。
本当に、どうしてこう皆、人の話を聞いてくれないんだか。
「人の話もろくすっぽ聞けないなんて、気が短いにもほどがあります。
大人げないですね。」
あ、心の声が。
「なんだと。」
あ、喧嘩を売った気がするが、まあいいか。
やっと話ができるかもだし。
「私は、貴方の敵じゃないって言ってるんですよ。
まずは、話を聞いてください。
そのうえで、貴方が判断すればいい。
それが大人な対応です。」
敵愾心満載の相手を煽って、私はどうしろというのでしょうね。
お世辞とかお愛想スキルは持ち合わせていないのですよ。
「……よかろう。 話を聞いたうえで焼き尽くしてくれる。」
あ、ぞくっとした。 背筋が寒い。
本当に、なんとかなるのだろうかとちょっとだけ苦笑いした。
************
レヴィウス達が照と話をしている間に、外から見る封印にも変化が訪れていた。
火柱を挙げていた結界がやんわりとその光を緩めていた。
炎は焚火ほどに小さくなり、その熱を一気に下げ、部屋の空気が冷める。
4人はその変化に驚き、話を中断して封印の様子を窺う。
封印は、何事もなかったように、棺だけがその場所に残っていた。
光は相変わらずブウーンという耳障りな音を立てているが、
こちらから見えるのは、棺と1体の人骨のみである。
最初に、この部屋に入ってきたときに見た通常の状態というものだろう。
あの恐ろしい火柱がなくなったことで、ほっとするが、
目に見える棺の中には、メイの姿どころか、ディコン姿も見えない。
「メイとディコンはどこにいるのでしょうか。」
カースの呟くような声に、照が答える。
「この中よ。さっきから言ってるじゃない。」
当然の事実のようにあっさりと告げる照に、
カースはイラつきながらも、ぐっと抑える。
頭の中に相手は人間でないし、メイの友人なのだからと、
講釈を入れながら、自分をなだめる。
「それは、どういった作りなのですか?」
照は首を軽く傾げて簡単に答える。
「知らないわ。 空気の層を力で何重にもたたむと見えない空間ができるの。
大きさも広さも自由だし、いろんなものを入れておくのに便利なのよ。」
あっさりと簡単に別空間の作り方を教えてくれるが、
それが理解し実行できる人間は誰一人いないだろう。
カースは話題を変えるべく、小さくため息をついた。
「…そうですか。
では、先ほどの話に戻りましょう。
封印を解除するために、猿がメイを必要としたのはわかりした。
ですが、解除するだけなのに、飛ばされるというのは理解できません。」
カースの真剣な顔に、照はにっこり笑って答える。
詳しく説明したくないときの大人な対応だ。
「理解できないといっても、そうなるとしか言えないわ。
これだけの力ですもの。 ありえる話よ。
大丈夫、どこに飛ばされても、私が見つけるわ。
まあ、多少時間がかかるかもしれないけれど、問題ないわ。
メイの血を辿っていけば必ず見つけ出せる。
この腕輪はメイと私の約束。
これが消えなければメイがどこに飛ばされようと、必ず助けに行ける。
だけど、この封印の中にはこの腕輪を付けていくことが出来ない。
だから、メイは貴方に私の腕輪を託したのよ。」
カースは、左手首につけられたメイの金の腕輪をじっと見つめた。
「どうして、私に。」
「貴方がメイの兄だからでしょう。
絶対の信頼を置いている相手でないと、メイはこの腕輪を他の人に渡しはしないし、
私もそれを甘受しない。」
照の言葉の後、カースの瞳に驚きと嬉しさが浮かび上がる。
メイの絶対の信頼という言葉が、心にじんと染み渡る。
お互いが強い想いを持つほどその絆は強くなる。
メイの言葉を思い出し、そっと腕輪に手を沿わす。
自分もその想いに応えなくてはと、心新たに一新する。
「そうですか、わかりました。
しかし、メイに危険はないのですか?
力に飛ばされ、大怪我をするのでは。」
カースの心配はもっともであるが、照が答える間もなく、
フィオンが更に追い討ちをかける。
「怪我ですまないだろう。常識の範囲で考えるのなら、
爆発で飛ばされるなんて、結果は今度こそあの世行きじゃないか。」
しかし、黙って聞いていたレヴィウスが首を振って訂正する。
「おそらく怪我はするだろうが、死なないのだろう。
メイは、いつも、私は死なないと言い切っていた。
それには、セイレーンである君が大いに関係がある。
そうではないか。」
レヴィウスの確信にも似た推測に、照は余裕の態度を持って微笑む。
「想像にお任せするわ。」
カースもレヴィウスも、フィオンですら、その肩を撫で下ろした。
「精霊は嘘は言わないと死んだ爺さんに聞いたことがある。
それが本当なら、一安心だな。」
フィオンの言葉に、後の二人も軽く頷く。
本当は、照の力など及びもつかないくらいの大きな加護なのであるが、
照は一切嘘は言ってない。
彼らの都合のいい解釈に、乗っかっただけだ。
そもそも力のある精霊という存在である照は嘘をつかないし、つけない。
つく必要がないといった意味でもある。
照などの力ある生き物が発する言葉は、それ自体が力をもつからだ。
だから、嘘をつくとそれだけ身が危険を呼び寄せることになりかねない。
照は本能的にそれを知っていた。
だから、嘘をつくという概念は持ち合わせていない。
言葉は必要な時に必要なだけ話せばいいのだから。
大人になった照には、その選択肢は容易い。
何かを考え込んでいたレヴィウスが、照の何かを聞こうと口を開きかけたとき、
封印の向こうから、薄緑の光がふわっと浮き上がった。
そして、その光が次第に濃くなり形を作り始めた。
きらきらと発光しながら形を変えていく光景は、まさに驚きの連続だ。
目を一瞬たりとも離せない。
そうして見つめ続けた彼らの目の前に、ディコンと白髪の美しい精霊が姿を現した。
「「ディコン!」」
レヴィウスとカースの同時の呼びかけに、ディコンの混乱したままの顔が、
二人の方向に向けられる。
「あ、え、……レヴィウス、カース。」
ディコンは、茫然とした様子で二人の顔を見比べていた。
注意:メイは勘違いしていますが、秋久さんの球とメイの球の大きさに違いはあまりありません。




