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箱をあけよう  作者: ひろりん
第5章:遺跡編
163/240

メイへの想い。

封印の外の4人のお話です。


メイが目の前で、勢いよく火柱の中に飛び込んだ。


それを目のあたりにして、レヴィウスもカースも息が出来なくなるほどに驚き、

必死で手を伸ばした。


炎の勢いが一層激しくなり、その手の平の皮膚を容赦なしに炙る。

火傷ですまないほどに熱くなり、その感覚すべてを失いそうになる。


本能が自発的に手を炎から遠ざけたと気付いたときには、

火柱の中にはもうメイの姿はどこにも見えなかった。


誰もが何も言えずに、ただ茫然と立ち尽くしていた。


カースも、レヴィウスも、目の前の現実が受け入れられない。


カースの血圧は一気に下がり、額からじわりと冷たい汗が沸いて出る。

心臓が、ばくばくと音を立てて耳の奥で煩い。


自分の吐き出される息が喉を震わせ、声にならない声を空気に乗せる。


炎の中に飛び込んだメイの姿が、壊れた映像のように、

何度も何度もその場面が繰り返される。


頭に導き出されるメイの死という最悪の結論を、心が、頭が、全身が拒否する。


「メ…イ?メイ、…そんな、…何故。一体…どう…して、……今のは。」」


カースはがくりと膝を落すと、真っ青の顔で呆然と火柱を見つめていた。

カースの頭の中では、先ほどの理解不能なメイの言葉がぐるぐると回る。


大好きだよと言った言葉。 あれは、…遺言?


冷静になれと頭のどこかで声がするが、血の気が引きすぎてそれどころではない。

それにあわせて襲ってくる吐き気が眩暈を冗長させる。


メイも、私を置いて逝ってしまうのですか、……妹のように。


カースは目の前の現実に打ちのめされ、襲ってくる絶望と悲しみに、

なす術もなく、ただ打ちひしがれていた。






レヴィウスは、呆然としたまま、その胸元を押さえて火柱を見つめていた。


先程まで確かに感じられた、メイの温みと柔らかな唇の感触が未だ残る。

あの時に感じた暖かく大きな幸せが、今、寒波を伴った嵐となってレヴィウスを襲っていた。


胸に飛び込んできたとき、メイの言っていることに疑問を感じて、

とっさに抱きしめそこねた片腕が下げれない。


メイがいない現実に、目を閉じてしまいたいのに、閉じられない。

今、閉じてしまったら、メイがいないことを、メイの死を認めそうで怖かったからだ。


あの時どうしてメイを抱きしめて、胸に抱え込んでしまわなかったのか。

メイが、こんなことをしでかすとわかっていたなら、

絶対にこの腕から出さなかったものをと、数分前の過去の自分を後悔する。


メイがいない。 


死んでしまった? 


いいや、そんな馬鹿なことは絶対に認められない。


必死で現実を拒否しようと、自分の心臓を掴みあげるように胸元を握り締めた。

今にも止まってしまいそうな心臓をどんどんと叩き、

無理やりに、落ち込んだ思考回路を起動させる。


考えろ、澱みに留まるな、レヴィウス。

自分で自分を叱咤する。


俺のメイは、何故ここにいない。 

あのメイに限って自殺など絶対にありえない。


メイの約束しますと言った声と笑顔が不意に記憶に蘇る。


「そうだ、あの時メイは約束した、俺と。」


俺は、知っている。 

メイはどんなときでも、人生を決してあきらめない。


そんな女に惚れた俺が、彼女の生を諦めてどうするんだ。


彼女ならば、絶対に死んでない。

メイは生きて俺のもとに帰ってくる。

だからこその<約束>だろう。 


彼女は、生きて帰るだけの確信をもってして飛び込んだと考えるほうが彼女らしい。


メイが、俺たちに言えない何かを心に抱えていることには気が付いていた。

いつか、彼女が話せる日が来るまで、待っているつもりだった。


もしかしたら、今回の行動の要因もそこにあるのかもしれないと思い至った。

メイが、彼女がどこか遠くに行ってしまうような、錯覚が頭によぎる。


だが、同時にその錯覚を即座に否定する。

彼女は、俺の所に帰ってくると言ったのだ。


炎に飛び込むという暴挙な行為をした彼女に、何かしらの変化があるかもしれない。

帰って気辛い要因が、彼女の上に降りかかるやもしれない。


だが、たとえ、メイに何かがあってその容姿云々が変わってしまったとしても、

彼女が彼女であるのならば、彼女が何者になろうともかまわない。


あの魂に、あの心に、メイの存在すべてに、

レヴィウスは惹きつけられ惚れたのだから。


生きているならば、絶対にどんなことをしても、どんなところにいっても取り戻す。

誰にも、どこにもやらない。


この腕に再び取り返したなら、二度と離さない。


決意を胸にそこまで考えたら、レヴィウスの意識は段々と落ち着いてきた。

そして、炎を見つめ、必死でメイをその手に取り戻す方法を考えはじめた。


メイは飛び込むとき、ディコンを助け出すと言っていた。


メイがあそこまで言い切るからには、

メイはディコンを追って封印の中に入ったのだろう。

だが、あそこから、メイをディコンを、無事に助け出すにはどうしたらいい。


レヴィウスは、じっと考えを深めていく。






フィオンは、何故ここでメイが飛び込んだのか到底理解できないでいた。


メイの考えは浅慮で読みやすいと高を括っていたフィオンにとってそれは、

強烈な衝撃を彼にもたらした。


驚きにあけられた口をそのままに、彼は何度も目を瞬かせた。


だが、その目は他の二人とは、いささか持ちえる感情の趣が違うようだ。

もちろん、信じられないものでも見るように、火柱を呆然と見つめていたのは同じ。


しかし、フィオンの驚きは、理解不能な超常現象を見たかのような驚きだ。


今までのフィオンが知っているメイと、その行動、その考え方。

そして、炎の中に飛び込んだ彼女の言葉とその行動。


それらを繋ぎあわせると、今までに会ったことのない人物像が導き出される。


あえてそれを口に出して表現すると、メイという存在は、未確認不可思議生物だ。

まだまだ奥が深く、底がない。


そして、同時に悟ったのだ。


フィオンが理解していたと思っていたのは幻だったと。

本当は何一つメイのことを理解していなかったのだと思い知った瞬間だった。

それは、悲しみというよりは新しい喜びをフィオンにもたらした。


「なんでそうなるんだ。 わからん。

 そんな行動はありえないだろう、普通の女なら。 

 本当に、どこまで規格外なんだよ。」


フィオンの知る女とは、泣く喚く笑うをせわしなく繰り返す、

感情に揺さぶられる馬鹿な存在だ。

レミやその他の女のように、蔦のような性質を持ち、誰かに依存して生きる。

子供を孕むための本能的な行動を、愛だの恋だのと称して大事にする愚かしい存在だ。


中には、利口な男顔負けの手腕を発揮するものもいるが、アニエスのように、

女特有の武器を持ち出した時点で、フィオンの興味は薄れる。


闇の影の仕事をしている女ですら、例外はない。


メイは、フィオンが知る女のどれにも当てはまらない。まさに珍生物だ。

自分を感心させる女がこの世にいたことに、世界の大きさを垣間見た気がした。


面白い、本当に面白い生き物だ。

そんな彼女が死んだ? ありえないだろう。


第一、遺体はどこにも転がっていない。

ということは、ディコンと同様に封印の中に到達していると見るべきだろう。

どうやってかは解らない。 だが、解らないなら調べて知ればいい。


そこに思い到って、にたりと意地悪く微笑んだ。

メイを調べる行為は、とてつもなく楽しそうだ。



そんな3人が、メイの行動に対してそれぞれ結論を見出そうと思考に没頭している中、

先程突然現れた金の髪の美女が、3人を甲高い声で呼びつけた。


「貴方達、ちょっと、聞いてるの。

 そんなところでぼんやりしてないで、こっちを向きなさいよ。」


一番に照の声を聞きつけ反応したのは、

意外にもにやにやと笑っていたフィオンだった。


「……ああ、聞いているさ。君は誰だ。どこから出てきた。」


その赤金の目は、剣呑にして怖い程に凄みを帯びていた。

顔は面白そうに笑っているが、目は何一つ誤魔化すことが出来ないと厳しく攻め立てる。

闇の影の首領としての本性を顕にしたといわんばかりだ。


だが、照はそんな眼差しに脅えるでもなく、鼻息荒く胸をそらし、

堂々と威張るようにして金の髪を後ろに颯爽と流した。


「私が誰かですって? 私は照よ。さっき、メイが言ってたでしょう。

 私が、メイの大事な大事な、だいじーーな親友よ。 

 メイから頼まれたから、貴方達をとりあえず守ることにするわ。

 メイが帰ってくるまで、怪我一つさせないつもりなんだから、感謝して頂戴。」


照の金の目がきらりと強く輝き、その長い髪がふわりと宙に浮く。

金色の鱗粉のような粒子が髪の先から、きらきらと空気の間に乱舞する。


もし、メイがその場にいたなら、

天の川の星が、真近で輝いているようだと言って照を褒めちぎるであろう。

それほどまでにその光景は美しかった。


そんな幻想的な光景の中、地面のゆれは一層酷くなり、

亀裂の入った天井が、がらがらと大きく崩れ始める。


照の水の力の帯がふわっとあたりに漂ってその崩れた岩壁を包み込み、

天井の破損をその場で貼り付け戻す。


その様子は、時間を巻き戻したかのような錯覚を起こす。


そして、照が守ると宣言した彼らの周りに、

一瞬冷たいと感じたくらいの冷たい水の膜が巻きつけられた。


それは、緩過ぎずきつ過ぎずで彼らの体を覆い、

また、その伸ばされた膜の先では、床で転がって意識を失っている男達をも覆っていった。


視界一部がその帯を捉えると、キラキラした粒子がただ空中で舞っている様にしか見えない。

が、湿気を含む空気と光の粒子が、彼らを襲うすべての障害物を排除する。


見事なまでの水と光の防御膜。

その力は明らかに人外のもので、実に圧巻である。


しかし、気になるのは美しい美女ながらも、残念な言葉使いは子供のそれである。

それに対してすこしの違和感を覚えるものの、メイの友人という一言と、

帰ってくるまでの一言に、全員が目を見開いた。


一番に反応したのは、下を向き憔悴していたカースである。


「メイは、帰ってくるんですか。いえ、それより、

 生きているんですか、あの中で。 一体何故、いえ、それよりも、

 ああ、生きているのならば、早く助けに行かなくては。」


先程までのカースとは打って変わった様に、その顔に喜びを載せ、

腰を上げると、照がむくれたように唇を突き出してそれに反論した。


「無理よ。貴方達に助けに行けるくらいなら、とっくに私が飛び込んでるわ。

 それに、メイは生きているわよ。当然でしょう。

 だって、メイはあの人間の祖と同郷ですもの。

 あの封印の火柱は、メイにはさほど障害にもならないはずよ。」


その照の言葉に、レヴィウスが眉を顰めて尋ねる。


「同郷? メイはレグドールではないはずだが。」


「当たり前でしょう。 レグドールではないわ、もちろん。

 メイの容姿を見れば、そんなこと一目瞭然でしょう。 

 つまり、メイが助けに行ったあの人間に、

 メイの同郷の祖先の血が混じっているということなの。」


照はなんでもないように言うが、その言葉は、

フィオンにとって青天の霹靂に近い程の驚きを与えた。


血筋を重んじたレグドールが大事に大事にしてきたのは、

異民族の血であったのだ。 


そのことに甚く驚愕し、そしてなるほどと納得し可笑しくなった。

実に馬鹿馬鹿しいと大笑いしたいくらいだ。


他民族を蔑み拒絶してきた我が一族が、最も大事にしてきたもの、神の血筋。

それが神の血筋ではなく、異民族の血であるという事実は、実に滑稽な暴露話だ。


だが、神の血とされる長の血が、実は異民族の血であったと考えるほうが

フィオンとしては理に適い納得がいく。

神だの力だのと絵空事ではなく、現実としてすんなり受け止められるというものだ。


そうなると、どうしても気になることがある。


「彼女は、メイは、一体どこから来たんだ。

 本当は、セラン医師の娘ではないだろう。」


フィオンは、好奇心の赴くままにレヴィウスとカースに尋ねる。

だが、彼らはその口を開く様子は見せない。


「君はメイの親友だろう。知ってるよね。」


フィオンの視線が動き、照に矛先が向く。

おそらく、照の言動から組みやすしと見たのだろうが、

照も馬鹿ではない。


「知らないわ。 だって、私がメイに初めてあったのは、

 この人達がメイに出会うよりずっと後のことよ。

 メイがどこから来たのかなんて知らないし、聞いてない。」


照は、メイの中で所々とはいえフィオンのメイに対する態度も見ていたし、

メイのフィオンに対する思いや考えもちゃんと理解している。


だから、照は確信している。


メイは生来の鈍さでわかっていないが、

フィオンはメイにとっては不埒な行動を取る要注意人物だと。


人間にしては心を隠すことに長けているフィオンの態度や行動も、

照には、疑いを持たずには居られないほどに怪しすぎる。

メイに関心があるのはわかっているが、それは純粋とは到底言い難い。


レヴィウスやカースのメイに対する好意とは、あからさまに違うと思っていた。


それに、照がワグナーと共にいたときから知識として知っている闇の影の仕事。

人身売買、毒薬、暗殺、誘拐、策謀、闇の市場、全てにおいて物騒極まりない。

それを統括する首領であるこの男が、メイにとって良い存在とは絶対に思えない。


そんな人間に、照の大事なメイの秘密を安々と漏らすわけが無い。

照の警戒心はますます強く発動させられる。


「なんだ。親友だなんて偉そうに言っても何も知らないんだな。」


馬鹿にしたように鼻を鳴らすフィオンの行動は、明らかに挑発だ。


昔の照ならば、頭にすぐ血が昇って言い返すところだが、

大人になり、力と精神が安定し、存在自体が強固となった今の照は違った。


人の気持ちを理解する癖を、メイに植えつけられた今の照は、

フィオンの挑発も笑ってやり過ごすことが出来た。


「あら、昔のことが必要だなんて、そんな安っぽい友情は持ち合わせてないわ。

 私は今のメイと友人なのであって、昔のメイと友人ではないもの。」


照の台詞にほっとしつつ、話題を変えるようにレヴィウスは質問を口にした。


「君は、無人島にいたセイレーンだろう。

 メイが友達になったといっていたが、一緒にいたのか。」


突然現れたメイの親友につけられたセイレーンという単語に、

カースもフィオンも目を見開いて驚く。


が、照は当然とばかりににっこり笑う。

その笑顔は清清しいほどに美しい。


照は、レヴィウスとカースという人物の見極め、そして、

フィオンへの牽制も兼ねて、自分の存在を堂々と告げる。


「ええ、そうよ。あの時からずっと一緒に居たの。

 だって、メイの側は本当に居心地が良いの。

 貴方達だって、その気持ちわかるでしょう。」



同意を求められるように言われ、

カースは、照の笑顔と言葉を受けてメイを思い出し、肩の力をふっと抜く。


さらに、照の落ち着いた態度とその力。

そして、メイの生還を確信するような言葉に安心し、

きつく握り締めていた手が、ゆっくりと開かれる。


カースの記憶の中のメイは次々と顔を変え、

コマ送りのように色鮮やかに再生される。


カースは、気がつけばわずかに微笑んでいた。


「そうですね。 メイならば、どんな存在も否定しないでしょう。

 びっくりするほどお人よしで、強く優しく、そして暖かい。

 だから、メイの側は誰よりも居心地がいいんです。」


レヴィウスもメイの笑顔を思い出し、その緑の目が優しく笑う。


「ああ、そうだな。」


緊迫していた空気に、彼らのメイに対する想いが暖かな緩みをもたらしていた。


いつも世間を斜め読みする癖がついているフィオンですら、

メイに対する評価には、同意するしかないと軽い失笑を覚え、自身を省みた。


確かに、メイの側は心地よかったと再度メイの価値を自分で再修正する。

面白い上に居心地がいいのなら、その価値は二倍に跳ね上がる。


そして、メイのことについて言及するのは無理だと判断して、

照を、レヴィウスを、カースを問いただすことを諦めた。


それに、フィオン自身も、メイの過去についてなど、

本当はどうでもよいと思っていることに、たった今、気がついた。


照の言葉を借りるならば、知りたい手に入れたいと思ったのは、

フィオンを惹きつけたのは今のメイだからということだろう。


その考えに思い当たり、ストンと何かが納得する。

そうしたら、いつの間にかフィオンは、

レヴィウス達と同じようにメイへの好意を隠すことなく唯笑っていた。


こんな風に笑ったのは、本当に久しぶりの感覚だった。

心地良い笑いに、フィオンの心がいつに無く暖かくなっていた。




レヴィウスはフィオンのそんな心の動きを見計らっていたのか、

丁度よいところで、別の話題を振ることにする。


「メイが無事なのはわかった。

 ディコンを助けに行ったことも理解した。

 だが、メイとディコンは帰ってこれるのか。

 聞いた話では、入れば出られないと聞いたが。」


照はきょとんとした目をして、首を振った。


「知らないわ。 そういえば、メイも帰り方知らないんじゃないかしら。

 でも、それはあの猿が何とかするでしょう。

 私の力を阻害しただけでなく、メイをアイツが引っ張り込んだんだから、

 それくらいしてもらわないと、八つ裂きにしても足らないわ。」


照が猿を思い出して、その金の目に怒りを滲ませる。


「猿?ですか。 あのメイが頭に乗せていた。」


カースの問いに、照は明らかに気分を害したように、美しい鼻に皺を寄せる。


セイレーンとは精霊であり、力あるもの。


昔から船乗り達に畏怖されてきた化け物的存在であるが、どうも仕草が人間らしい。

恐怖心を感じるどころか、普通の人間を相手にしているように感情豊かだ。


メイがセイレーンである彼女に何らかの影響を及ぼしているということなのだろうと、

カースはひそかに心の中で、さすが私のメイですと、メイに喝采を送る。


「ええ、そうよ。 唯の猿の振りして、無邪気なしぐさでメイに近づいて、

 メイを利用する為に、ここの封印のこと、あの男を助ける方法を教えたのよ。」


「猿が、ですか?」


カースの再度確かめるかのような問いに、

レヴィウスは顎に手をあてながら推測を口にした。


「おそらく、その猿はセイレーンと同じような存在。

 そう言う事だろう。」


「そうよ。 さっきから、そういってるでしょう。」


いろいろと照に突っ込みを入れたいところだが、

相手は人間ではないのだからとぐっと我慢する。


カースの頭の中に、メイと猿が仲良く話している様子を思い出した。


微笑ましいとしか思っていなかったが、メイを利用しようとするなんて、

なんて猿だ、忌々しいことこの上ないとカースの猿への高感度が急降下する。


「なるほど、メイのお人よしにつけ込まれたということですね。」


カースは言いながらも大きくため息をついた。

照は、カースのため息に呼応するように大きくその肩を下げた。


「そう、そうなのよ。 

 困っているから助けてくれって言われたら、メイは断れないの。

 はあぁ。 でも、それがメイだから、仕方ないのよね。」


その台詞で、ああっなるほどっ、と3人揃って諸手を打ちたい程に納得する。


また、メイは厄介ごとを引き受けたのだと。


そして苦笑する。


メイだから。

その一言で納得してしまうのだ。


彼らは、お互いの目を合わせて笑いあった。


レヴィウス達が心から愛し求めたのはそんなメイなのだから。

心底惚れた弱みだ。諦めるしかない。


目の前のセイレーンも、彼らと同じ気持ちなのだろうと思う。


「危ないことはしないでと言っても、気をつけるからって口だけ。

 いつも人のために走り回って、傷つけられても痛くても大丈夫だって笑っているの。

 私の時もそうだった。 あんなに酷いこといっぱいしたのに、

 笑って忘れたって言うのよ。 それどころか、友達になろうって言ってくれた。」


その言葉に、レヴィウス達の頭にメイの太陽のような暖かい笑顔が浮かぶ。

そして、メイならば言うだろうなと目を細くして頷いた。


カースの時のそうだった。

首を絞め殺そうとしたのに、忘れたで終わらしたのはメイだ。

そのうえ、体を張って命を助けてくれ、そして妹に立候補までしてくれた。


いまでは、カースの大事な妹、かけがえのない家族となった。


それを思い出すとカースの頬も緩む。


「だから、私はそんなメイを精一杯守る為に大きくなったの。

 今の私の力なら、このくらいの火力もいざとなれば抑えられる。

 誰にも、特にあの猿などに負けはしないわ。」


照の目は、決意を胸にきらきらと輝いていた。

まっすぐな好意を伴う言動は好ましいものだ。


特にその対象がメイであるなら、カースとしても申し分ない。

なにしろ、メイはいつも何か騒動に巻き込まれるのだから。


その照の言葉に、レヴィウスもカースも、そしてフィオンも、

自分達もメイを力の限りで守りたいと強く思っていた。


あの笑顔を側でずっと見ていたいから。


「ああでも、メイはさっき凄く怒っていたから、

 衝動的にあの中に飛び込んじゃったのかもしれないわ。

 そう考えると、猿のせいばかりとも言えないわね。」


「怒っていた? メイが? 何故?」


カースが眉を顰めると、照は肩を軽く掬いあげる。


「貴方達の心を守るためよ。」


照の言葉に、カースは首をかしげて言葉の先を促す。


「先に飛び込んだ貴方達の友人のあの男が、貴方達の心を傷つけたからよ。

 私は、眠っていたから詳しいことは解からないわ。

 でも、メイの感情は伝わってきたの。


 メイは、怒っていたの、貴方達を傷つけた彼に。

 だから、絶対捕まえて文句言って貴方達の前に引っ張ってくるはずよ。

 そうしないと、貴方達の心の傷は癒されないと知っているから。


 友人を失って悲しみ苦しむ未来から貴方達を救うために、

 貴方達に笑ってもらうために、あの子は何も考えずに飛び込んだに違いないわ。」


本当に考えなしなんだからっと、照は怒ったように言いながらも、

その美しい顔は誇らしげに、そして嬉しそうに笑っていた。



だが、その照の言葉を聞いて、

レヴィウスの心は、一気に心臓を鷲掴みされたような感激と苦痛を同時に覚えた。

それは、熱さと激しさを伴ってさらに荒れ狂う。


自分の、自分達の為に、炎の中に飛び込んだという事実を聞いて、

歓喜と苦痛が一緒にレヴィウスの上に落ちてきた。


それほどまでに、自分達はメイに愛されているのだと実感し、

心が振るえ、嬉しさのあまりにのた打ち回りそうになる。


どくんどくんと心臓を流れる赤い血が、メイの愛情を受けて、

踊り狂いそうになっている気がした。


自分で止められないくらいに血が上り、嬉しさに耳が頬が赤く染まる。


だが、一方で自分が情けなくて叱咤する。

惚れた女を守れないでなにが一人前の男だと言えるだろうかと。


メイが聞いたら、それは誤解だと言うかもしれないが、

惚れた女を危険に飛び込ます真似をさせたのは、レヴィウスのせいでもあるのだ。

それが、無性に悔しい。



「それでは、私達はここで、メイとディコンが、

 無事に出てくるのを待てばよいのですね。」


カースは気を取り直して立ち上がり、服についた土埃をパンパンと落ち着いて落とす。


照は、すこしだけ言いよどんだが、カースの質問には自分に返せる言葉で返す。


「ええ、貴方達のお友達は、無事にここに帰ってくるでしょうね。

 だって、メイがあんなに怒って飛び込んだんですもの。」


少しばかり答えの照準がずれている。

そのことにはカースとて気がついているが、目を細くするに留める。


「そうですか。ディコンにはとりあえず、

 夜も眠れないくらいに説教をすることにしましょう。

 メイのおかげで学生時代より数段進化した説教技術。

 これを、ディコンに披露することに決定です。

 二度とあんな真似をさせない為に、脳裏に徹底的に刷り込みます。」


これで、無事に帰ってきたディコンの説教部屋行きは決定した。

レヴィウスは、そんなカースを楽しそうにみて応援のエールを送った。


「ああ、そうしてやれ。

 ディコンの奴にはいい薬だ。」


彼らのディコンに対する確かな友情をフィオンは面白そうに見ていた。


「やれやれ、必死で生還しても、説教地獄とは。

 いやはや、ディコンには同情するね。」


そこには、迎えられる未来が確信される確かな響きがあり、

穏やかな空気が流れていた。


だが、レヴィウスは気付いていた。

照は、ディコンは帰っていると言ったが、メイについては言わなかった。

それはどういうことだろう。


「メイも、一緒に帰ってくるのではないのか。」


レヴィウスの問いに、照の眉が申し訳なさそうに少し下がる。


「それは、もちろん、生きて戻るでしょうね。」


照はそのことについて答えをぼかすような表現をする。

そして、それに応援するようににっこりと鉄壁の笑顔を顔に載せた。


照は、メイが彼らにまだ何も打ち明けていないことを知っていた。


メイが神様の守護者であり、異世界から来たことを彼らは知らない。


メイが話さない以上、照はそのことについて話すつもりは毛頭なかった。


だから、そのことを避けつつ、どういう風に説明するか、

取り繕った動かない笑顔の表情の下で照は必死に頭を回らした。


「メイは、この封印を解除するつもりなのよ。 あの猿の誘導でね。

 だから、メイの言ってた、もしかしたらはありえるかもしれないわ。」


照にカースの剣呑な視線が無遠慮に突き刺さる。


「は? この封印を解除ですか。

 どういうことなのですか。 それに、もしかしたらとは何なのです。」


照は軽く肩をすくめながら、再度微笑む。


「さっき、最後にメイが貴方に言った言葉、覚えているかしら?」


照の質問の意味がわからないが、とりあえずカースは、

記憶の一つ一つを掘り起こすように上に視線をめぐらせ、

メイが発した言葉を繰り返すように呟いた。


「確か、この腕輪渡されて、貴方との大事な約束だと。

 それから、これがあれば貴方はメイがどこに飛ばされても見つけられると。

 うん? ……飛ばされる?」


照は、はあっと大きくため息をついた。


「この封印、私が見る限り時が経ちすぎているわ。 かなり緩んでいる。

 多分、メイはこの封印を解除する手伝いをするつもりなんでしょう。

 あの猿は、本当はメイをそのために巻き込んだのだから。

 その結果、力に煽られて、もしかしたら、

 どこか遠くに飛ばされる可能性があるということを言ったのだと思うわ。」


照の言葉に、レヴィウスもカースもフィオンですらも、

言葉を発せずにいた。



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