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箱をあけよう  作者: ひろりん
第5章:遺跡編
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友情の定義。

目の前にあるのは、真っ赤に燃え滾る火柱。

躊躇するのはわかりきっているので、メイは目を瞑ったまま火の中に飛び込んだ。


突き出していた手のひらからジュウっと焦げるような音がして、

全身が、味わったことも無いくらいの高熱で焼け付くような熱さを感じた。

が、それも一瞬でその感覚が無くなる。


今は、ぬるま湯に全身が浸かっている感じで、体にやけに空気がまとわりつく。

手や足を動かすのにも、浮力の抵抗のようなものを感じ、体がやけに重く感じる。


熱かった手のひらや指先を見ると、やっぱり火傷のように赤く腫れている。

水ぶくれが出来る一歩手前らしく、じんじんと痛みが痺れをおこす。


やっぱり無傷ではいけなかったみたい。

痺れる指先で体のあちこちを確認すると、庇っていた顔や背中や腹部は無事のようだ。


とりあえず顔に被害がないようでほっとする。

もうお岩さんは嫌ですからね。

服も、あちこち焦げているというか、溶けている。


髪も毛先がちょっと焦げている感じ。

なんとなく臭い。


だけど、体の機能が損なわれている感じはない。

この程度なら、軽症というべきだろう。

黒こげにならなくて本当によかった。胸をほっと撫で下ろす。



メイは、気を取り直して改めて辺りを見渡すと、

そこはあの火柱の中とは思えないほどに広い空間。


オレンジとベージュが混ざりこんだような斑なクリーム色の空間は、どこか異質だ。

足をついても、そこが床なのか天井なのか、さっぱりわからない。

物というものが一切無く、そこには空間しかないからだ。

多分、重力という概念が存在しないのだろう。


試しに足を浮かせて、蹴れないはずの空気の層を蹴ると、前にふよふよと進む。

なんとなく面白くなってそれを何度も繰り返す。

無重力というのは、もしかしてこんなものなのかもしれないと

宇宙無体験ではあるのだが、メイにはそう思え、なんとなく楽しくなった。


そうしたら、視界の端に自分以外の何かが見えた。


空気の層を蹴って、目的物まで蹴り進むと、

そこには、真っ白な人骨が一体横たわっていた。


骨なのでそれが誰なのかはさっぱりわからないが、不思議と恐怖とか脅えを感じなかった。


メイにとって、お化けとかホラーハウスとかは本当に苦手な部類で、もし出会えば、

確実に念仏を唱えて、後ろ向きに布団をかぶるのが一番だと豪語すること間違いなしなのだが、

この骨は、理科準備室によくある人体模型君よりも怖くなかった。


そのことに首を傾げながら、ゆっくりと近づくと、

後ろでどさりとこの場所に似つかわしくない重さを伴う音がした。


びっくりしてメイが振り返ると、目を瞑った褐色のオスカル様ではなくて、

ディコンさんが倒れてました。その側にはお猿も目を廻して倒れている。


あ、ああ、そうですよ。

ディコンさんを捜すのが一番の目的ではないですか。

すっかり忘れてましたね。駄目じゃないですか、私。


なぜだか、この空間に入ったとたんに、現実味というのが途端に薄れてしまって、

目の前のことしか考えられなくなっていた。


目の前のことだけって、どこまで即物的なのかと、自分で自分の頭を叩きたくなる。


まず、うつ伏せで倒れこんでいるディコンさんを抱き起こした。


ディコンさんは、どこも怪我していなければ、火傷もなさそうだ。

お猿が庇ったのだろう。


そして、先ほどと同じように、頬をぺちぺちと叩く。


「ディコンさん、ディコンさん、もしもーし。聞こえたら目を開けてください。」


「う、うーん。」


ディコンさんは、軽く唸った後ゆっくりと目を開けた。

そして、私の顔を見て、ガバッっと体を起こした。


いきなり体を起こしてきたので、もうすこしで互いの頭をぶつける所でした。

オルカル様ばりの美人顔に、本能的に体を引いたのが勝因ですね。


私の反射神経もまだまだ大丈夫と訳の解からない感想が頭に残る。


「え? 君、は? どうして? 俺は死んだはずでは……。」


ディコンさんはびっくりして何度も首を振って周囲に視線を動かして辺りを探る。

私はというと、そんなディコンを見るにつけて、ちょっとだけむかっとした。


何がむかついたって?

その暢気に自殺を口にしたところですよ。


普段の大人になろうキャンペーン真っ最中の私ならば、ここでぐっと我慢するはずだ。多分。

なにしろ、相手は私よりも年上だし、レヴィ船長やカースの大事なお友達。

それに、ディコンさんがあんな行動を取らなければならない理由を知っているからだ。


でも、なぜだかここでは心の押さえというかストッパー的な心の枷のようなものが、

役に立たないようで、気がつけばディコンさんを低い声で呼びつけていた。



「ディコンさん、まずは落ち着いてここに座ってください。

 早く、ここにきて。 ほら、いいから、私の真似をしてこんな風に座る。」


私の横の前の床をばんばんと叩いて、そこにディコンさんを座らせた。

何がなんだかわかっていない混乱気味のディコンさんは大人しく私の真似をして、

正座して、背を伸ばした。


「ディコンさん、まず、言っておく事があります。

 ここは、天国でも死後の世界でもありません。

 私も貴方も、まだ立派に生きています。」


「は? でもここは、何もないし、俺は怪我もなにも痛みすらなくて……。」


「いいから、黙って話を聞いてください。

 ここは、貴方が飛び込んだ火柱の中の空間です。

 私のご先祖と貴方のご先祖が同郷であるので、私も貴方の後を追ってこれました。

 まあ、どういう時間の流れかはわかりませんが、

 私のほうが少しばかり早く着いたようです。」


ディコンさんは不思議そうな顔をして、首を傾げた。


「君が、俺の後を追ってってどうして? 」


「それは、貴方が最大の過ちを起こしたからです。

 私は、貴方に盛大に文句を言いたいんです。」


「文句って……。」


私はディコンさんをミリアさん直伝の睨みで黙らせて、話を続けた。


「ディコンさん、どうして自分の命を簡単に投げ出すんですか。

 そんなことをしたら、どれだけの人達が苦しむか解かっていますか?

 喧嘩や怪我や、行方不明まではまあ良いとしても、いや、本当はよくないけど、

 でも、自殺だけは駄目です。 絶対に、絶対にしてはいけないことです。

 そもそも、あの遺言はいただけません。最低最悪の上、言語道断です、ディコンさん。」


自殺というキーワードに私の心がキリキリと音を立てるが、それは今はまるっと無視する。

今は、私のことではなくて、彼、ディコンさんへの苦情事が最優先だからだ。


「最低って言われても……。」


ディコンさんは困った顔をして米神を指でかく。

でも、私は頭に血が昇っているようで、遠慮なんか出来ない。


「レヴィ船長達と友達になれたのが嬉しいのなら、どうして借りなんて思うの。

 そもそも友達って貸し借りで片付くものではないでしょう。

 レヴィ船長やカースが貴方に何かをして貴方が救われたとしても、、

 それはレヴィ船長がやりたくてしたことよ。 

 貴方に恩をきせようなんて欠片も思ってないはず。

 私の大事なレヴィ船長やカース、そして、トアルさんもレイモンさんも、

 ただ貴方と一緒に居たいから側にいるの。

 貴方の存在が大事だから、ここまで貴方を迎えに来た。

 どうしてそれがわからないの。」


ディコンさんは、目を見開いて私の顔を見つめる。

そんなに驚くことだろうか。

他人の私が一瞥しただけでわかるほどディコンさんは、皆に愛されているのに。


「大事? そんな、俺なんかを……。」


戸惑い声を途切れさせるディコンさんに、私は畳み掛けるように言葉を載せる。


「俺なんか? そんな台詞はディコンさんには100万年早いです。

 ウィケナさんが聞いたら泣きますし、レヴィ船長なら怒りますよ。」


「100万年って、そんな大げさな……。 でも、レヴィウスなら怒るだろうな。」


ディコンさんは、ちょっと顔を引きつらせながら、微笑んだ。


「当たりまえです。

 自分の命を捨てて国を、友人達を守って貴方は良い気分かもしれませんが、

 そんな八つ当たりにも近い自己犠牲は有害です。

 後に残されるレヴィ船長やカースたちがどれだけ苦しむと思うんですか。

 今の貴方は、自分のことしか考えない最低な人間です。」


「八つ当たりに有害、酷い言いぐさだ。 

 でも、そうか、……確かにそうだな。 俺は……最低だ。

 改めて思えば、自分の事を忘れて欲しくなくて、

 あんな言葉を最後に残したのかもしれない。」


半分以上人生を諦めているようなその態度と、他人事のように語るその口調に、

段々と私の頭が冷えてくる。


私は、はあっと大きくため息をついた。


「ディコンさん、もしかしなくても貴方は私以上の、いえ、世界一の馬鹿ですか。」


「は? 馬鹿って……。」


私の突然の暴言にびっくりして、ディコンさんが固まった。


「貴方は、レヴィ船長やカースやトアルさんやレイモンさんを何だと思っているんですか。

 彼らが友人と認めた貴方をそんなに簡単に忘れる人間だと思うのですか。

 貴方は彼らをそこまで見下げ果てた薄情な最低の人間だと思っているのですか。」


ディコンさんは、あわてて首を大きく振りその言葉を否定する。


「そんな事は決して思っていない。

 レヴィウス達は、そんなたぐいの人間なんかじゃ決して無い。

 彼らは、俺にはもったいないくらい素晴らしく、情に厚い人格者だ。」


私は、ディコンさんの目を下からぐいっと睨みつけた。

目の前に指をびしっと突きつけた。


「そこまで解かっているのなら、先ほどの遺言のような捨て台詞が、

 どれほど彼らを傷つけたか理解してますか。

 貴方をこんなところまで助けに来た彼らに、無力感を植え付けただけではなく、

 友人を見捨てたという最低な自己嫌悪感を与えたんです。

 貴方のしたことは、友人として最低な裏切りです。」


ディコンさんは、私の言葉に顔を強張らせたけれど、

そのまま視線を逸らすことなく私を睨み返しました。


「そんな、違う。 俺は、そんな、そんなつもりではなかった。

 俺が犠牲になることで、彼らの命を生活を守れる。

 そうだ。 それだけしか、考えてなかった。

 レヴィウス達を傷つけるつもりなど……。」


ディコンさんの激しく首を振りながら反論してくるが、私は目線を逸らさない。


だって、火柱に落ちる前に笑ったディコンさんの最後の顔の意味、

それがどういうものだったのか、なんとなくわかっていたから。


あの笑みは、皆を守るために死ぬ聖人の笑みではない。

あれは、何かに執着して笑う背徳感を背負った笑み。


私の前で、彼が最後に見せた顔と同種のもの。



「嘘。貴方は知っていたはずです。

 彼らが自分が彼らの為に死ぬという貴方を見てどういう反応をするか試した。

 違いますか?」


ディコンさんは、顔を歪め悪人のように態と笑う。

その歪んだ口から心の滾りを吐き出すように叫んだ。


「ああ、そうだ。

 俺は、最低な方法で試した。

 俺のことを友人と呼ぶ彼らの本心を。

 彼らと仲良くなればなるほど疑いを持って接することしか出来なくなった。

 何故、俺を友人として扱ってくれるのか、理解できなかったから。

 だから、最後に試したんだ。」


くしゃりと前髪を右手でかき乱し、目線をあわさない。


「そう、その結果はどうだった? 満足した?

 違うでしょう。 」


私は、その右手をゆっくりと剥がし、前髪をそっと上げる。

その顔は今にも泣き出しそうなくらいに悲壮な顔をしていた。


ディコンさんの泣きそうな顔に、そっと手を触れた。

その途端に、一滴の涙が流れた。

その顔には、後悔の念が張り付いている。


「ディコンさん、今なら理解できるでしょう。

 彼らは、確かにあの瞬間まで、貴方の真実の友だった。

 最後の瞬間にみたレヴィ船長の顔とカースの顔、悲痛な叫び。

 ずっと忘れられない。 そうでしょう。

 そして、それを与えてしまった自分を今は後悔している。

 違いますか?」


ディコンさんが、緩やかに頷いた。


「ああ、そうだ、そのとおりだ。

 俺は、君の言うとおり、最大の過ちを犯した。

 こんな俺は、彼らの友人に相応しくない。

 俺は、自分で彼らの友人でいる資格を無くしたんだ。

 もう、どんなに後悔しても取り返しがつかない。これは、俺の罰だ。」


悔し涙が、幾つも頬を伝う。

私は、それを丁寧に拭いながら、ゆっくりと微笑んだ。


「いいえ。 まだ間に合います。

 何のために私がここにいるのだと思いますか。

 貴方を彼らの元に無事返す為に、私はここに来たんです。」


ディコンさんの瞳が困惑に揺れる。びっくりして涙が止まったようだ。

長い睫毛に涙がちょこんと乗っかっている。


「しかし、俺が居なくなれば封印は出来ないはず……。」


私は、更ににっこりと微笑んで、出来るだけ余裕のある表情を無理に作る。


「出来ます。 他に方法はあるんです。

 それを知っているからこそ、私はここに来たんです。

 貴方を無事にここから出し、彼らの元に貴方を帰す為に。」


とりあえずは嘘ではない。

正確には、球が掃除機となり吸い込むのだけれど、

原理を問われると説明できないので、ざっくりと言うに留めておく。


「そう、そうなのか。 他に方法があったのか。

 それならば、…でも、君小さいのに一人で大丈夫なのか。」


ディコンさんの目が、心配そうに私を見る。

本当に、私を一体幾つだと思って居るんでしょうね。


「当たり前です。これでも、成人女性ですよ。

 すこしの面倒事は、自分で解決できます。」


そう言いながら胸を張る。

実際の年齢を言うと、セランが作ってくれた身分証明書が嘘になるから言わないけどね。


「ええ? 成人しているの? 12,3だと思ってた。」


12、3って、今までで一番幼く見積もられたと思います。

私が、がっくりと肩を落としていると、ディコンさんのクスクスという笑い声が聞こえた。


「ごめん。成人女性に失礼したね。でも、君は本当に勇気があるね。

 こんなところに俺を追って飛び込むだなんて。古の勇者か女神のようだよ。

 君こそ、命を大事にしてないのでは?」


私の事はとりあえずいいんですよ。

巻き込まれ運命確実人生ですから。


でも勇者とか女神とか私には一番似合わない名称だ。

私は、一般の小市民です。

そこらに転がっている唯の一人の人間です。

ちょっとだけ、神様の加護とかついて死なないですが、

なんの力もない、頭もよくない、普通のどこにでもいる女の子です。

でも、だからこそ、言えることがある。


「それこそ違います。私は、世界で一番、命を大切にしてますよ。

 私は、勇者でもないただの小市民ですから、日々、生きていくことに精一杯です。

 どんな時でも、どんな目にあったとしても、死ぬつもりで行動など出来ません。」



ここに来る前にも、カースやレヴィ船長に帰ったときのご褒美をお願いしてます。

ご褒美をいうエサを目の前にぶら下げて、自分の心を鼓舞するんです。

そうでもないと、火の中に飛び込むなんて暴挙は足がすくみます。


だって、火傷や怪我はやっぱり痛いし、大怪我は正直したくない。

私は、死なない加護を免罪符にし、やっとのことで足を踏み出すのだ。

勿論、それだけの気力を振り絞るのだから、結果としてご褒美を貰う気も満々です。

まあ、神様守護に頼りきりだという自覚はありですが。


でも、使えるものは使わなくちゃ、エコではないでしょう。

マーサさんなら、それは当然ですと褒めてくれるだろう。

淑女の鏡、お茶の葉でも再利用なエコの先駆者でもありますから。


「それに、勇気があるのではありません。

 あんなものは、自然発生しないんです。

 無理やりひねり出すに決まってるでしょう。

 怖いものは怖いですし、痛いのも恐ろしいのも大の苦手です。」


ディコンさんの目つきが変わり、穏やかな顔で面白そうに笑った。


「小さな女神が、俺を追いかけるのに勇気を振り絞ったということかな。

 そこまでする価値が俺にあるということかな。」


私は、両手をディコンさんの頬にあて、そのまま、その頬を両端に引っ張った。


「そんな台詞は100万年早いといったでしょう。

 これが、カースなら、頬を引っ張るくらいの罰ではすみませんよ。」


ディコンさんは、美人顔を変な延び延び顔になりながら、

放してもらおうと私の手を軽く叩いた。

美人な顔も横に餅のように伸びるとドラえもんのようでちょっと可笑しくなる。


ふふふと思わず笑いながら、本音がでた。


「ディコンさん、変な顔。」


ぱっと手を離すと、ディコンさんは頬を押さえながら、反論した。


「変な顔って言うな。君が伸ばしたんだろうか。」


まあ、そうですけどね。

でも、美形な顔はすこしだけ変なほうが、安心するってもんですよ。

人間味があるっているか、肩の力が抜けるというか。

 

「ディコンさん、貴方は自分が誰かにとって最も大事な人であるという自覚を持ってください。

 レヴィ船長達を大事に思うのならば、友情の為に死ぬのではなく、

 友情の為に生きる道を探してください。

 

 どんな辛い選択肢でも、必死で探せばそこには必ず何かが見つかります。

 一人で抱え込まないで、皆で分かち合う強さを持ってください。

 一人では見えない出口も、沢山の人の手助けがあれば光は見えます。

  

 大丈夫、彼らは頼られて喜びこそすれ、迷惑に思うことなど決してありません。

 誠実で真面目な貴方に、信頼を、愛情を持って接している人は、

 貴方が思っているより多いのです。」


痛む頬を撫でながら、こちらを見つめるディコンさん。

私の言う事が、少しでも心に届いてレヴィ船長達の友情を理解していくれるといい。


私の大事な彼らがこの先もずっと苦しむことになって欲しくない。

あんな悲しくて苦しくて誰にも頼れないどうしようもない重荷を、

レヴィ船長やカースには背負って欲しくなかった。


だって、大好きな人には笑っていてもらいたいでしょう。


だから貴方は、決して道を間違えないで欲しい。

私が失った、あの人のように。

まだ、貴方は取り戻すことが出来るのだから、決して諦めないで欲しい。


「知ってますか? 

 貴方のことを心配して、たくさんの人が、

 警邏や軍に問い合わせし、その安否を毎日心配していたことを。

 知っていますか? 

 貴方とコナーさんが帰ってこないと聞いて、

 直ぐにこの里に向かうと即決した貴方の友人達の苦悩と驚愕を。

 知っていますか?

 貴方達を助ける為に、沢山の人たちの協力を得て、

 今私達がここにきているということを。

 

 貴方は、何でもかんでも一人で背負いすぎです。

 そんな貴方が潰れるのではないかと多くの人が心配しているんです。

 貴方は、自分が思うよりずっと愛されているんです。 

 自分なんてと卑下しないで、目を開いて知ってください。


 そして、正面から受け止めて下さい。

 そうするとこが、友人として胸を張るということなんです。

 彼らを悲しませない為に、何をするべきかと考えたら、

 一番にすることは解かるはずです。」


「一番に? 何を?」


「それは、私が言わなくてもう答えにたどり着いているでしょう。

 そうでしょう。ディコンさん。」


私はにっこりと微笑むと、ディコンさんは、苦笑いしながら足を崩した。

どうやら、足が痺れてきたようだ。密かに足を摩っている。


正座をすることは、精神的にも良い効果が得られたようだと密かにほくそ笑む。

やはり、日本人の心、正座は素晴らしい。



「ああ、そうだな。

 俺は、ここから出たら、レヴィウス達に謝ろう。

 こんな俺だが、友人を続けさせて欲しいと頼むつもりだ。

 許してもらうまで何度も頼む。決して諦めない。

 彼らを、友人を失いたくない。」


私は、ディコンを見習って足を崩し隣に座る。

そして、許してくれるだろうかとふと不安に駆られているであろうディコンさんの頭を、

ゆっくりと撫でた。


「大丈夫。レヴィ船長達は貴方をちゃんと待ってくれている。

 まあ、カースに説教もらうのは覚悟したほうが良いと思うけど、

 心配しなくても、大丈夫だよ。私が保証する。」


ディコンさんの髪は、さらさらでちょっとだけ悪戯したくなるほど、艶やかだ。

指で梳くように、髪を手櫛でとかす。

ふふふ、これでカースの説教仲間が出来ましたよ。

一人でお説教を受けなくてすみますね。



私のその手をディコンさんが掴んで、ゆっくりと手の甲にキスをした。


「は?」


ディコンさんは、真剣な顔で私の手を取り、唇を押し当てながら言葉を呟いた。


「小さな俺の女神に心から感謝する。有難う。」


ああ、感謝の証ですか。

そういえば、以前にステファンさんにもされましたね。

本当にこの国の人たちって結構接触過多ですね。


ちゅうっときつく吸い付かれたので、手の甲に赤い痕がついた。

感謝の気持ちが強すぎたようだ。

ディコンさんは意外に感激屋なのかもしれません。


それを証拠に、私の白い球がかあっと熱くなり、点滅する。

これは、宝珠が反応していると言う事でしょう。


ディコンさんが求めていたものが何なのかは解かりませんが、

死にかけて解かったというものでしょうか。

お釈迦様のように悟りを開いたのかもしれないですね。


しかし、一向に離れないこの手は、どうしたものかと考えていたら、

お猿がちょんと足元に座っていた。


「あ、お猿。 ディコンさんを守ってくれてたんだよね。 ご苦労様。 

 それから、えっと、……本当に今までよく頑張ったね。樹来。」


座っていたお猿の姿が、樹来本来の姿に変わる。

真っ白な髪に新緑を思わせる緑の瞳の美人な精霊。

ディコンさんは驚いて、私の手を離した。

やはり、ディコンさんも大人美人には弱いらしい。


「はい。……はい。有難うございます。」


樹来の顔が、泣きそうな子供の顔になる。

そっと近づいて、ご苦労様と腕をぽんぽんと叩く。

そうしたら、がばりと縋りつくように抱きしめられた。

女性にしては意外にがっしりな造りのその体は震えていた。


秋久さんが死んで朱加が狂って一番辛く、大変な時期を一人で過ごしたのは樹来だ。

秋久さんは500年以上だって言ってた。一人で過ごすにはとても長い時間だ。

私が知っている限りだけでも、その苦労は並大抵ではないはずだ。

背中に手を廻して、ぽんぽんとリズムよく叩く。


その苦労を本来なら心ゆくまでいたわってやりたいが、今はあまり時間がないようだ。

先ほどから、この空間の中にも熱が入り始めた。

震えが収まってきた樹来の体を起こし、真剣な顔で向き合う。


「あのね、早速で悪いけど、樹来。

 ディコンさんをここから出すのを手伝ってくれる?

 私の宝珠から力取ってかまわないから。」


朱加が宝珠の力を使っているというなら、樹来も出来るはずだ。

そうでなければ、ここまで長く封印を施すなど出来なかったと思うから。


樹来は涙を拭きながら、すっくと立った。


「はい。 貴方が望むのであればそれは問題ありませんが、

 貴方は一人で大丈夫なのですか?

 ここの封印はもう幾らも持たないと思うのですが。」


そうか、やっぱり出来るのか。良かった。

ここに入るのは飛び込むで良かったけど、正直帰り方まで考えてなかったからね。

ディコンさんに帰れると宣言した以上、樹来が知らなかったらピンチでしたよ。


ほっとした気分も手伝い、私は、態と自信有りげに頷いた。

そして、堂々と胸を張る。


「ええ、大丈夫よ。 知っているでしょう。

 だから、貴方は、いえ、貴方達は私を呼んだ。そうでしょう。」


本当は自信なんてこれっぽちも無いが、ここでそれをばらすわけには行かない。

ディコンさんを外に出すのが先決だ。


秋久さんの言では、封印が壊れると爆発するかもしれない。

爆発して飛ばされたら、加護のある私は無事でも、

ディコンさんは最悪死んでしまうだろう。



「……はい。」


「大丈夫。心配なら、ディコンさんを連れて出た後、外に居る人たちを守って。

 照が外で力を使っているけど、一人では力尽きるかもしれない。

 だから、照を手伝ってあげて。 私はそこまで手が届かないから。」


にっこり笑って樹来とディコンさんに微笑む。

どうか、私の心の脅えに気づかないでと、願いを心で唱えながら。



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