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箱をあけよう  作者: ひろりん
第5章:遺跡編
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ディコンの決意。

棺の周りを囲む結界のような光の球の内部には、炎がごうごうと燃え盛っていた。

中の棺の形すら炎の揺らぎに邪魔されて見えない。


炎の塊のような場所から、火の粉がバチバチと音を立てて四方に飛び散る。

火が、炎が意思を持ってその食指を伸ばしているように見えた。


棺を囲む岩壁の白い石が、炎にあぶられて赤く熱を持って反射する。

炎の動きに連動するように、更なる振動が地面に伝わる。


神の力の封印が解けて、今にも炎が暴れ出しそうに見える。

その熱気で周囲の温度は上がり続けていた。


唯さえも煮えた窯の火がぐらぐらと沸き立つ状態なのに、

その動きを応援するように、地面の揺れがどんどん大きくなる。


ドンっと大きく上下に揺れれば、あっけなく爆発しそうだ。


これは、さっさと避難したほうがいいのではないでしょうか。

日本であれば、緊急避難命令のサイレンが鳴り響いているに違いない。


地震に火事。

痛いだけじゃすまない。


下手したら、ぷちっと潰れて、じゅうっと焼かれて、木っ端微塵の大爆発です。

微塵になっちゃったら、流石に死なないとは言えない気がする。

ミンチになって飛び散っても元に戻るって、結構グロテスクだし、

B級映画でもないかぎりまず無理だよね。


部屋温度の上昇も相まって、汗が額に噴出す。


床に落ちていた折れた槍の穂先や軸の幾つかがころころと転がり、

音を立てて壁に一斉にぶつかり、派手に壊れる音を立てる。

岩壁がぐらぐらと左右に揺れる。


メイが座りこんでいる足元すら上下にぶれ、膝小僧に何度も硬い岩肌をぶつける。

頭の上から、何かが割れるような大きな音がして見上げると、

ビシッビシッっと大きな亀裂が天井に入っていくのが見える。


「メイ、危ない、こちらへ。」


メイは、側に居たカースに咄嗟に抱きかかえられて、壁際まで避ける。

先ほどまで座っていた場所に大きな石が落ちてきて、ゴゴンという硬い音を響かせる。


鳥居付近の天井が大きく崩れ、鳥居の頭に当たって岩が砕かれ落ちる。

その鳥居自体がなんの材質で出来ているのかはわからないが、

岩よりも硬いものであることに間違いない。


割れて落ちた石の破片が、床に落ち更に細かく砕け散る。

石礫が上からも降りかかり、床で弾けた礫が更に角度を変えて飛んでくる。


メイの怪我をしていないほうの手のひらにビシリとあたり、

手の甲に痛みが走り、パクッと財布の口を開けるように傷が出来た。

その場所から、たらりと赤い血が流れる。


貧血気味ではないので慌てることは無いが、

絶え間なく降り注ぐ礫と砂と振動に、ほぼ全員の意識が集中する。



この世界でも地震があるのは既に身をもって体験しているが、

以前に体験したものとは規模が違う気がする。


以前の地震が震度3から4だとすると、

今回の地震は震度6強から7というところだろうか。


危険な状態で、本当ならば全員揃ってまず脱出ではないかと思うのに、

ぐらぐらと揺れる地震にも火事にもまけず、フィオンとニドはその対決を強めていた。


いや、正確に言えば、圧倒的な実力さを持ってして

フィオンがニドを一方的に嬲っているようにも見える。


ニドの投げた武器はすべて避けられ、背中に隠し持っていた剣も、

フィオンの持つ特殊な武器、硬糸が一刀両断し、横にまっ二つに折れた。

指に仕込んだ毒の爪も、フィオンに指ごと落され、

ニドの血で真っ赤に染まった両の手には、指が今合計で4本しか残っていない。


今は、フィオンの硬糸が真っ直ぐに鳥居の上に伸び、

そのまま降りてきて、ニドの首に巻きついていた。


細いキラキラした糸は、ニドの首をぎりぎりと締め上げ、

その体を宙に持ち上げるように引っ張っていた。

ニドは、不自由な足を踏ん張りつつも、爪先立ちでかろうじて大地に留まっていた。


「ぐ、ぐぁ、がぁ、うぅ。」


ニドの顔が、次第に青くなっていく。

首にしまっている糸が、首の皮に幾つもの締め上げ痕をつけ、

ボンレスハムのようなくびれを作る。


「お前だろう。この里に薬と武器の別のルートを持ち込んだのは。

 お陰で闇の市場は荒れた。 

 お前にはどうとでも責任を取ってもらう。」


冷たい声がニドの耳にひやりと流れる。

目の前のフィオンの顔が、ニドには残酷な鬼の顔に見えた。

赤金の瞳は、その恐怖を更に煽る。


ニドの指先が痺れてきて、空気が肺から消えていく。

鬼の牙が自分の首を切りつけ食い破る幻想が見える。


ニドは糸を切ろうと手に持っていたナイフ代わりの槍の先で、

何度も糸の上を滑らせるが、ビンっと強く弾かれるだけで糸は切れる気配すらない。


「無駄だ。知っているだろう。

 レグドールの蜘蛛の糸は、そう安々と切れない。」


大型の目が4つある蜘蛛の糸。

肉食で雑食、食欲旺盛な蜘蛛の糸。

その糸はどんなものでも絡み取る。

驚くべき強度で、刃物が全く通らない。


ニドの口から、蟹のように泡が吐き出される。

苦しげに首を掻き毟り、目は充血し、狂気に満ちた瞳で視線を彷徨わす。


フィオンに視点が一瞬だけあったと思った時に、

最後の力を振り絞り、口の泡をニドはフィオンに向けて飛ばすように吐いた。


「ぐぅ、くっくらえ。」


だが、その最後の足掻きの攻撃を、フィオンはすっと右に避けただけかわした。

その唾は折った歯が混じっていたようで、地面に落ちてカラン鳴った。

そして、その歯の落ちた地面にジュッっと音を立てて液体が毀れて地面を焼いた。


歯に、何か酸のような薬でも隠し持っていたのだろう。

当ればニドのような焼け爛れた顔になるやもしれない。


フィオンは転がっている歯を踏みつけて粉砕し、口角をやや持ち上げる。

その顔は残虐な鬼が、獲物を見つけてにやりと笑ったようにも見えた。


「しぶといし、腕も立つ。君の様な人材を放逐した元も実に残念がるだろう。 

 だが、遊戯もこれまで。 闇にも粛清が入る。君は邪魔だ。」


フィオンの余裕綽綽の言葉は、ニドには届いていないだろう。

もはや、顔色は土気色に変化し首を掻き毟っていた黒い手もだらりと垂れ下がる。


ひゅうっと最後の一息が途切れ、ニドが白目を剥き始め、これで最後かと思われたとき、

不意に火花が上から降ってきて空気に舞い踊り、フィオンの糸の上に落ちた。


ビンっと糸が焼け、ニドの首の縛りが緩む。

フィオンの体は重心が後ろに傾き、咄嗟にたたらを踏む。

僅かだが、フィオンの意識がニドから逸れた。

その拍子に、ニドは足元に転がっていた倒れている男の体を蹴り上げた。


大柄な体を蹴り上げるほどの力がどこにあるのかと思われるが、

火事場の馬鹿力なのか、フィオンに向かって2m近い男の体が、

意識のない人形のように宙を舞って降ってくる。


それをフィオンが手で凪ぎ払うが、視界が塞がったその隙に、

ニドは軽やかに踵を返して脱兎のように逃げ出した。


あっと声をあげる間も無く、ニドの姿はその部屋から消えていた。


ばたばたと足音が逃げていく。

黒い影がすっとフィオンの側に膝をついた。


いつからいたのだろう。

フィオンの部下の闇の影だ。


「追え。 ここまで追い詰めたらルートの元にいくはずだ。

 元を突き止めたら確実に殺せ。」


フィオンの言葉で、影がすっと足音も無く遠ざかっていった。


「わざと逃がしたのか。」


レヴィウスの疑問に、フィオンは肩をすくめた。


「奴は失敗した、どちらにしても殺される。

 まあ、奴の寿命はもって10日だろう。

 あちらは俺達のように見逃してはもらえないだろうな。」


レヴィウスの眉が寄せられる。


「そういう密約が出来ているということか。」


フィオンがにっこりと微笑んだ。


「まあ、想像にお任せするよ。

 さあ、それより目の前の問題を片付けようか。準備はいいか?」 


フィオンは手に持った糸をするっと回収すると、レヴィウスに向き直った。


「ああ、脱出経路は他にあるのか。」


レヴィウスは、持ってきた火薬の外袋を破く。

フィオンは持っていた札の一番端にある赤い糸の一つをぶちりと千切った。

3箇所に填まっていた黒い石がぼろりと落ちて、板の中で何かがスライドした。


「ああ、投げたら東の鳥居の壁に裏道がある。

 そこに飛び込め。 そこから遺跡の天井まで上がれる。」


カースは東の鳥居の側の壁を探り、その壁の一部が板に偽装されていることに気がついた。

足元付近をさわると、漆喰のようなものが凹んでいた。

そこを押すと、板がカコンと音を立てて外れ、押すと回転扉のように上に開いた。


隠し部屋があることに、メイやディコンは驚いていたが、

レヴィウスもカースも驚いた様子はない。


中は2畳ほどの小さな部屋。

今居る部屋よりも一段と低い場所にあり、床下収納のような部屋になっている。

天井の一部が吹き抜けになっていて、上から縄梯子がぶら下がっていた。


「ここですね。 メイ、ディコン、怪我をしている老人を連れてここに入りなさい。」


フィオンは、気絶したエルバフの体を廊下に放り投げ、他の男達は壁側に転がす。


アルナ、ディコン、メイ、カースの順に隠し部屋に入り、

レヴィウスとフィオンがお互いに顔を見合わせて、

タイミングを計って、それぞれの獲物を棺の中に投げ入れた。



レヴィウスとフィオンが相次いで隠し部屋に飛び込む。


真っ白い白夜のような閃光が飛び散ると思って、

全員が身構えたが、待てども一向に爆発反応どころか、光すら上がらない。


「どういうことだ。」


フィオンは首を傾げて壁の向こうの部屋を伺う。


そして、見た光景に呆然とした。


「馬鹿な、山一つ吹っ飛ばせるほどの威力だぞ。

 それを吸収するなど……。」


ディコンがふうっと小さくため息をついた。


「だから言っただろう。 どんな攻撃も効かないんだよ。

 このままだと200年前みたいに、あの炎が一斉にこの付近一帯を焼き尽くすだろう。

 その前に再度封印をするしか方法はないんだ。

 それが出来るのは、長の血を引く者だけだ。

 神の怒りを解いてもらうために、生贄となる。

 それだけが、長の血筋がこの里で生き延びてきた理由。」


ディコンは、ゆっくりと立ち上がり隠し部屋の入り口の板を持ち上げる。

その向こうに見えるのは先程までの炎とは格段に規模を上げたマグマのような赤い塊。


ゴボゴボと火の塊を滝のように流れさせ始めた。

棺の周りの封印はかろうじて残っているものの、もはや風前の灯火であった。


その光景に誰もが息を呑み、体を振るわせた。



その中で唯一人、ディコンの喉がごくりと唾を嚥下し、

軽やかに隠し部屋から元の部屋に戻った。


ディコンはゆっくりと火の側に近づき、振り向いた。


「父は幼い頃に俺に言った。

 守るべきものを守る為に長の血筋は残されたのだと。

 だから今、俺は俺の大事な物を守る為に、俺の人生はあったと確信している。

 レヴィウス、カース、レイモン、コナー、トアル、お前達5人は俺の生涯の友。

 お前達に友と呼ばれるたびに、俺はお前達に何を返せるだろうかといつも思っていた。

 こんな俺を受け入れ、友として守ってくれた事を常に感謝していた。

 俺は、お前達の済むこの国を守る為にこの命を使えることを誇りに思う。」


レヴィウスがディコンの思考に気がついて、目を大きく開き慌てて声をあげた。


「まて、ディコン、落ち着け。 まだ、時間はあるはずだ。」


ディコンは、逆光でその表情は見えないが、落ち着いた声で応え首を振った。


「レヴィウス、君に友と呼ばれることは、俺の人生で一番の幸せだった。

 友としても男としても、守られっぱなしは性に合わない。今こそ借りを返したい。」


そして、真っ青な顔をしたカースに向かって、首を軽く傾げた。


「カース、ウィケナに伝えてくれ、元気な子を産めと。

 俺は天からいつも見守っていると、よろしく頼む。」


カースは、メイの肩をぎゅっと掴んだまま、その声を震わせた。


「ディコン、他に手があるやもしれません。

 早まらないでください。」


ディコンは、フィオンを見つめ頭を下げた。


「フィオンさん、後はよろしくお願いします。

 俺は、すべきことをします。

 それが、俺に出来る最大の証だから。」


フィオンは目を瞑り、唇をぎりっと噛んだ後、搾り出すように言葉を押し出した。


「……ああ。 あとのことは任せておけ。

 ウィケナには里は一切関わらせん。」


ディコンさんは、ゆっくりと炎に向かって足を向けた。

そのときの表情は満足そうに微笑んでいた。


「「止せ!」」


レヴィウスとカースの制止も全く聞かず、ディコンは炎の中に飛び込んだ。


その時、どことも無く現れたお猿が、ディコンの頭の上に飛び乗り、

大きく甲高い雄たけびを上げた。


「お猿?」


その声は、まかり間違えば最後の雄たけびにも聞こえたが、

メイの耳には、ちがう言葉が届いていた。


「キッキッキーキキーカァーキー」

(死なせない。 秋久の子供。 私達の大切な約束。)


お猿の目が、金の瞳に輝く。


ディコンの腕に、金の輪がするりと嵌められた。

そのとたんにディコンの体が小さな光に包まれた。


そして、炎の中にゆっくりと迎え入れられるようにして、

ディコンの体は炎と共に見えなくなった。




やっと最後にお猿が登場です。

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