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箱をあけよう  作者: ひろりん
第5章:遺跡編
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予想外の行動です。

こわばっていた体がすっぽりと包まれるようにレヴィ船長に抱きしめられた。

ここ数日で馴染みとなったレヴィ船長の香りがふわりと鼻をくすぐる。


冷たくなっていた指先にレヴィ船長の背中の体温が移り、じわりと暖かくなる。

押し付けた耳に聞こえてくるのは、とくんとくんという心臓の音。

いつもよりもすこし早い鼓動を聞きながら、感覚が戻ってきた指先が背中の布地を掴む。

布地越しに香る汗とレヴィ船長の香り。


ああ、レヴィ船長だ。

間違いなく本物です。


「メイ、顔を見せてくれ。」


レヴィ船長に言われて、顔をそっと持ち上げると、

硬い指先で私の目尻に溜まっていた涙をそっと撫でるように拭った。

そして、その延長上で指先が私の頬をそっと撫でるとピリっとした痛みが走って、

とっさに顔をしかめた。


「痛むか?」


これは、先ほど槍先を逸らすときに切れた傷ですね。

あの時は、頭に血が昇るというかぐるぐると考え事をしていたせいで、

痛みはあれども特に気にしてませんでした。


だって、黒こげバチバチコースに比べたら、こんな傷はたいしたものではないでしょう。


今は、痛むかと言われれば痛いような気はしますが、

多分、薄皮一枚切れただけなので、訴えるほど痛いというわけではありません。


「大丈夫です。」


にっこり笑って答えました。

槍につんつんと突かれたようなものですから、そんなにたいした怪我ではありません。


レヴィ船長の緑の瞳が、苦笑と共に細くなり、

私の頬の傷の上に、優しく唇を押し付けました。

暖かい唇が、傷に沿って数回キスを落していきます。


「早く治るまじないだ。他は落ち着いたところで二人きりになった時にする。」


レヴィ船長は抱擁を解くと、にやっと面白そうな顔で笑いました。

そして、呆然としていた私の唇にちゅっと軽く口付けました。


他? 落ち着いたところって、どこ?

二人っきりって、いつ?


言葉の意味を考えていると顔がかあっと赤くなり、気がつけば

落ち着いていたはずの心臓がばくばくと物凄い音を立てています。


私、知らなかったけど実はむっつり助平かも。

こんなに頭に血が昇ったら、鼻血が出そうだ。

もしくは怪我の場所から大量出血するのでは。



うん? 怪我? 

ああ、何のんびりしているんですか、私は。

さっき、刺された怪我人がいるではないですか。


「ディコンさんのお祖母ちゃん、槍で刺されたんです。

 急いで手当てをしないと。」


慌てて我に返ると、レヴィ船長の肩越しに壁に転がされたお祖母ちゃんを捜した。

カースとフィオンさんが、壁際に倒れていたお祖母ちゃんの側で、

膝をついてなにやらごそごそしてました。


「カース、どうだ。」


レヴィ船長に声を掛けられ、カースが振り向いて小さく頷いた。


「急所は外れてます。出血も止まりましたし、命に別状はないでしょう。」


カースは包帯のような布をお祖母ちゃんの体に巻きつけていた。


先ほど凄い出血だったので、心配でした。

ああ、よかった、助かるんだ。


ディコンさんのお祖母ちゃん、先ほど私達を庇って槍の前に飛び出したように見えた。

ディコンさんが凄く大事なんだろう。

助かるとわかってほっとした。


カースはてきぱきとお祖母ちゃんの手当てを終わらせた。

セランの手際には及ばないが、さすがカースだ。

その手先の動きには全く危なげなところが無い。


そしてあらかた手当てを終えたら、私の方にやってきた。


「メイ、次は貴方の番です。」


レヴィ船長が立ち上がり、私の前にカースが代わりに膝をついた。

カースの目は、すこし悲しそうに私の顔を見ている。


また、心配かけちゃったなあ。本当に申し訳ないです。

それとも、そんな目をするほどに酷い傷なのでしょうか。


「また、そんなに怪我をして、本当に貴方は、仕方ない妹ですね。

 顔に傷なんか作って、痕になったらどうするんですか。

 仮にも貴方は女性なのですよ。 もう少し落ち着きというものをもって……。」



カースは、ちくちくと文句を言いながら、てきぱきと手当てをしてくれます。

綺麗な布でそっと首の傷や腕や足の傷が再度開かないように包帯を巻かれました。


もう血は止まっているし、そこまで痛いわけじゃあないが、

痛くないようにそろりと触れる優しい手つきにほっと安心して、

気がつけばされるがままに厳重に包帯が巻きつけられた。


「カース、有難う。」


包帯の巻き過ぎで、些か大げさではないかと思うのだが、

心配をかけたのでなにも言えない。


カースは苦笑しながら、私の頭をゆっくりと撫でた。


「よく、頑張りましたね。」


カースの褒め言葉に、にっこり100点笑顔で答えます。


「はい。」


これでカースの流石な妹理想像にすこしでも近づけたらいいな。

私の理想の未来に一歩前進です。

そんな風ににやにやと笑っていたら、私の後ろから声がした。



「う、ううん。」


あ、忘れてました。

くるりと後ろを向いてディコンさんの顔をぺちぺちと軽く叩きながら呼びかけた。


「ディコンさん、ディコンさん、聞こえますか?

 もし、意識戻っているなら、目を開けてください。」


確か、セランがしていた意識のない人の救命措置って、

軽い刺激と共に呼びかけるだったような気がする。


ディコンさんは、うっすらと目を開けて何度か瞼をぱちぱちと瞬いて、

それから、ぼんやりと私の顔をみた。


「ディコンさん、大丈夫ですか。

 自分が誰だかわかりますか。返事してください。」


意識がぼんやりしてるのだろう。

返事は、ゆっくりとだが小さく呟くようにして返って来た。


「あ、ああ、大丈夫だ。 俺は、どうして、あの、君は……。」


ディコンさんの言葉に重なるようにして、カースが言葉を載せた。


「ディコン、問題ないようなら、さっさと目を覚まして起きてください。

 のんびり話をしていられる状況ではないのですよ。」


カースの厳しい言葉に、ディコンさんの目がぱちりと大きく開かれた。

私がちょっとだけびっくりするのは、その両目。

へえ、青と金の綺麗な目です。オッドアイなんて始めてみた。

青に金だなんて、綺麗で神秘的な瞳、2色まとめてなんてお得な容貌だろう。


以前に友人がカラーコンタクトを悪戯に入れて人工オッドアイになって得意顔だったけど、

やっぱり瞳孔は黒いままなので、あまり感動は無かった気がする。


本当のオッドアイって、びっくりするほど綺麗だ。

青はどちらかというと群青色に近い青だが、中心の瞳孔はサファイアのような輝き。

金は中心がやや明るめの茶色で、月の光の金のリングで縁取りされているような瞳。


神様の悪戯というか、遺伝子の悪戯と言おうか。

美しいその組み合わせにため息が出てしまいそうだ。


私のじっと見つめる視線を受けて、ディコンさんがすっと視線をずらした。


「すまない。気を悪くしないでくれ。」


何故?

今のは、どちらかというとじっと見つめていた私の台詞ですよね。


「ディコンさんの目、すごく綺麗ですね。いいなあ。」


あ、正直すぎた意見がぽろっと口からこぼれた。

私の頭がカースに軽く叩かれた。 仮にも私、怪我人なのですが。


「メイ、貴方はまた暢気なことを。」


「綺麗? 君は何を言って……。 

 いやそれよりも、カース?レヴィウスも、どうしてここに。

 それに、フィオンさんまで、一体何が……。」


どうやらディコンさんの意識が無事戻ったようです。


ディコンさんの声を聞きつけて、アニエスさんやニドさんの見張りをしていたフィオンさんが、

ゆっくりと歩いてきて私達の前に膝をつきました。


「ディコン、体の調子はどうだ。

 先ほどまで随分と辛そうだったが、もういいのか。」


ディコンさんは、体をゆっくりと起こして、体を左右に軽く揺すると、

不思議そうに頭を傾げた。


「覚えている限りでは、体が酷く重たく泥の様で、全く自由に動けなかったのですが、

 今はもうなんとも無いようです。 俺は、一体……。」


フィオンさんの視線が私の顔に視点を移し、にやりと笑った。


「メイ、君の仕業かい? 解毒剤を持っていたとはね。なかなかやるね。」


解毒剤? あのお水に入っていたのだろうか。

アニエスさんのお水だったけど、アニエスさんが入れたのでしょうか。

いや、多分、彼女のあの様子だと入れてないと思う。

そうしたら、あれは唯のお水だ。


「よくわかりませんが、ディコンさんは脱水症状を起こしていたんだと思います。

 だから、お水で一時的に回復しているだけだと思いますよ。

 毒とか薬とかは、多分大量の汗で流れちゃったのではないかと。」


私が首をかしげてながら頭を捻って答えていたら、

フィオンさんは首をこきこきと鳴らしながらレヴィ船長に向き直った。


首が痛いのかもしれません。さっきまで縄で簀巻き状態でしたから。


「もうすこし早く助けてくれたら良かったんだけどね。」


「奴に気づかれずに近くに寄れる機会を探っていたんですよ。

 メイやディコンを人質に取られては厄介ですからね。」


カースは目線を床で倒れているニドに向けた。

ニドは悔しそうに羽交い絞めされたままカースを睨み返す。


アニエスさんもまだ気絶しているらしく、下を向いて俯いたままだ。


これで終わったのですね。一安心です。

祝黒こげコースからの脱却ですね。

痛いのは嫌なので、万歳三唱です。




*******




「ディコン、儀式のことについてどこまで知っている。」


レヴィウスが話を変えるべくディコンに質問した。

ディコンは苦笑してはっきりと首を振った。


「父親から小さい頃に聞きかじった程度だ。

 詳しいことは俺では解からない。」


「これは一体どういう仕組みか解からないですが、放置するには危険すぎるものでしょう。

 我々としては破壊したいのです。 二度と誰かに悪用されない為にも。」


カースが棺そじっと睨みつけるようにして見た。

相変わらずその棺の周りは小さな結界のように、空気が振動している。


「ああ、出来るのならそのほうがいい。」


フィオンは、自分の右の靴を脱いで底敷をべりっと剥がした。

そして、その下から箱を取り出し、開けて中から薄い板のようなものを取り出した。

その板をレヴィウスにすっと渡した。


幾つも赤い線が入った銅版の板のようなもの。

その赤い線の所々に小さな石が埋まっている。


「知っているか? あちらの大陸の有名な古代遺物エチルマヂス板だ。高かったんだぜ。」


それを聞いてレヴィウスが、目を見開いた。


「話に聞いた過去の遺物だが、まだ存在していたとはな。」


レヴィウスも胸元からゼノから預かった粘土の塊を取り出した。

フィオンはひゅうっと小さく口笛を吹いた。


「発光練り火薬か、色から見て最高品質火力も十分。

 相乗効果が期待できるな。流石ゼノ総長だな。」


物騒なものを簡単に懐や足元から取り出す二人に、

カースを除く全員がちょっとだけあっけに取られる。


「……だが、おそらく、その二つでもこの棺はびくともしない。」


それまで黙って聞いていたディコンがぼそりと呟いた。

全員の視線がディコンさんに注がれる。


「ディコン、説明しろ。」


ディコンはレヴィウスの言葉に頷くと、すうっと息を吸い込んだ。


「200年前、戦争に勝つために封印をあけた長がいたんだ。

 娘を生贄に封印を開けたが、力は制御できずイグドールの国の殆どは一夜で焼き尽くされた。

 かつて神の力を欲した欲深い者達の起こした惨劇が再度蘇ったんだ。

 

 神の力を止めるためにイグドールに伝わる古の遺物を持ち出したが、

 何一つ効果が無かったとされている。 

 それどころか全ての衝撃を吸収してその破壊力を更に増したとある。

 

 娘の兄に当たる者が自身を使って再度封印するのがやっとだったそうだ。

 その後は、皆が知っている歴史通りだ。

 レグドールは大半の民を失い、土地を追われて谷に住み着いた。」


ディコンは、壁に手をついて体を支えるようにして立った。

すこしふらつくようだが、特には問題なさそうだ。


レヴィウスが手を差し伸べるために近寄ったら、

突然、大きな体躯の大男がぬっと顔を出し、通路から入ってきた。


「アニエス様、やっぱり、俺も何か手伝いを……。」


ここにきてすぐの頃にいたエルバフといわれていた男の人だ。


男は驚愕に目を大きく見開いて、周囲をざっと見渡した。

突如、気絶していたはずのアニエスが顔を上げて、叫ぶように助けを求めた。


「助けてエルバフ。助けて、お願い。」


エルバフは、一瞬でその目に怒りを滾らせ、唸りを上げ剣を抜き、

カースやレヴィウスに向かって切りかかってきた。


「この野郎、糞イグドゥルめ、アニエス様になんてことをしやがる。

 お前ら全員揃って地獄へ送ってやる。」


レヴィウスとカースはその剣幕に押されながらも携えた短剣と槍を構える。

エルバフの剣勢は凄まじく、剣の斬雨が怒涛のようにレヴィウス達に打ち付けられる。

その勢いと怪力は、二人を相手にしても全く怯む事はない。


エルバフは、自身のその強靭な肉体を生かし、

剣を使いつつも、その拳と蹴りを間を縫うようにして攻撃に入れる。


一撃一撃の力は、レヴィウスが歯を噛み締めるほどに重い。

同じような長剣か、半月刀のようなものでもあればレヴィウスとて負けてはいないのだが、

いかんせん、今ここには調達した槍と携帯していた短剣しかない。


次第に、ずるずると後退するように押し負ける。


力に押されてカースが、壁まで蹴り飛ばされる。

ぐうっと苦しそうなカースのくぐもった声が口から漏れた。


形勢不利と見たフィオンがレヴィウスの加勢に入る。



「フィオン、この糞裏切り者め。

 里を、俺達を売りやがったな、犬以下の畜生だ、貴様。

 切り刻んで谷底に放りこんでやる。地獄で後悔しながら死肉を抉られろ。」


エルバフの動きはどんどん勢いがつき止まらない。

振り回す剣も、拳も、感情が荒れ狂うがごとくにますます重く乱れ飛ぶ。


アニエスを見張っていたカミーユが、この状況を把握しようと体の向きを一瞬変えた。

その一瞬に、転がっているニドの蹴りが膝後ろから入った。


突然の膝落しにカミーユの手から、槍がカランと落ちる。


ニドは素早く槍先に手首の縄を押し付けて、縄を切る。

そして、足の縄を切り、返す刃でアニエスの縄を切った。


ニドは自由になって素早く体を起こし槍を構える。

そして、アニエスに向かって声をあげた。


「エルバフと私が抑えている間に、アニエス様、貴方はお逃げ下さい。

 大丈夫、夜明けまでにはまだ時間はある。 宵闇に隠れていけば何とかなります。」


「なにを言うの、ニド。

 すぐそこに私が求めていた力が、手に入る所あるのよ。

 ここで諦めるなど。」


アニエスが目を逆立てて反論する言葉を、ニドが遮った。


「いいえ。あれは、無理です。

 先ほどの言葉を聞いたでしょう。 あれは、人の手に制御できるようなものではない。

 それに、ゼノ総長がここに居ないということは、

 イルベリー国軍がすぐそこまで来ているのでしょう。

 もう一刻の猶予もありません。 すぐにこの里、いいえ、この国から脱出を。」


「200年前の失態は私には関係が無い。

 私ならば完璧に制御してみせるわ。」


アニエスの甲高い声がニドの言葉に反論し、アニエスの目が怒りに釣りあがる。

興奮しているアニエスに向けられるニドの視線は否定の意思で左右にぶれる。

ますます、アニエスは感情のコントロールを失う。


「見ていなさい。 私は始祖と同じ、朱金の目を持つのだから。

 私は選ばれた存在なのよ。 私は特別なの。 

 神の力は私にこそ相応しいの。 」


アニエスは怒りのままに乱暴に唾を飛ばしながらニドを、全員を睨みつけて駆け出した。


メイは、アニエスの行動に驚いたものの、その足が向かう先に気がついて、

反射的に大きな声でアニエスを呼んだ。


「駄目、アニエスさん。

 そっちにいくと死んじゃう。」


エルバフの視線が、ばっとアニエスを振り返った


彼が見たのは、エルバフが見たことのない怒った顔のアニエスと、

この部屋の中心にある棺の結界の中に、アニエスが真っ直ぐに飛び込んだ姿だった。


「あ、ああ、アニエス様ぁぁぁ。」


エルバフは踵を返して、その後に続こうとして後ろから激しく殴られた。

後頭部に短剣の柄がめり込み、槍が下から下がった顎を掬い上げるように殴りあげた。


「アニエス様……。」


ぼそりと小さく呟き、エルバフの意識はそこでぷつりと切れた。



棺がバチバチと音を立てて、その中に吸い込まれるようにして、

アニエスの体は棺の中に埋もれていく。


光はその色を変えまるでそのもの自体が生きているかのように、

大きな音を立て始めた。


誰もが、予想外の出来事に唯呆然と棺の様子を見ていた。




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