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箱をあけよう  作者: ひろりん
第5章:遺跡編
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綺麗なお姉さんは怖いです。

は、埴輪が喋った。


唯さえ松明がぼうっと2つ燈っているだけの暗さなのに、

呪いの人形のように言葉を話すなんて、嫌な方向にミラクル。



腰が抜けそうになるほどの衝撃に、

私だけでなくゼノさんやレヴィ船長も多分驚いたと思う。


しかし、ゼノさんとカミーユさんは、声に向かって抜刀し埴輪に向かって剣を構える。

カースとレヴィ船長は、私を自分達の背後に素早く隠すように移動した。

さすが皆さんです。 反射神経が発達していらっしゃいます。


「お前は誰だ。ここで何をしている」


ゼノさんはいつになく緊張感に溢れた声で埴輪に問いかけた。


それに答えるように、細い体躯の埴輪がすっと前に進み出てきてた。


話すだけでなく動く埴輪。 怪奇現象です。

ドキドキして、心は突撃レポート番組を見ている気がする。



あれ? でも明かりの下でよく見ると、顔から下は人間のようです。


埴輪ちっくな人の間違いかと思っていたら、

その埴輪顔が取れてその下から人間の顔が出てきました。

綺麗な女の人でした。


なんだ、お面を被っていたのですね。

よく見ればそのお面も、埴輪のような色をしているけどちょっと違う。


三つの目に、赤、黒、オレンジの石がはめ込まれた

祭りの踊り獅子のような顔のお面です。


全体的に厳つく、大きな口から除くのは大きな牙。


けっして可愛いと表現される顔ではありません。

祭り趣旨だけに使われるのでしょう。


ちょっとだけ驚かせるつもりなのでしょうが、心臓に悪いと思いますよ。

そのお面は明るいところでのみ着ける事をお勧めしたいと思います。


「ふふ、私は祭りの祭司。

 近々祭りが行われる遺跡に私がいるのは当然でしょう。

 私からしてみれば貴方達こそ部外者。 

 そもそも、イルドゥクは、歓迎されない招待客。

 この場合、ここで何をと尋ねるのは私からではなくて?」


綺麗な女の人は、剣を向けられているのに、動揺すらしない。

それどころか剣など目に入らぬくらいに堂々とした対応。


その様子に、ゼノさんたちも顔を一段と強張らせ、

辺りを酷く警戒する。


「この人形はなんだ」


時間を稼ぐ為なのか、歓迎されていないとはっきり言われているのに、

この状況でゼノさんは彼女との会話を続ける。

それを解かっているのかいないのか、彼女は軽やかに声をあげる。


「だから、質問は受け付けてはいないのだけれど。 ……まあ、いいわ。

 これらは100年前の儀式で使った人型。

 本来必要としたものの代用品。

 ちょうど100体あるわ。 

 こうして見ると、ちょっと壮観でしょう」


彼女は、この気色悪い光景を、

まるでおもちゃが並んでいるかのように面白そうに説明をする。


長細い廊下のような場所に真っ直ぐに直立する埴輪達。

空洞の目が暗く、何かを言いたげな口はぽっかりと開いている。

人形と明らかにわかる意思のない表情。

だが、見つめているとなにかが吸い込まれるような、そんな独特な空間を作り出していた。


「代用品?」


「そう、こんなものを使うから儀式は成功しないのよ。

 お料理だってレシピ通りに作らなければ失敗するのに、

 どうしてこんな簡単なことを解からなかったのかしら」


彼女は可愛らしいしぐさで首を軽く傾げた。


いや、まあ、確かに。

レシピ通りならば多分失敗しない。

あれ、料理の話だっけ、

なんだか話がきちんと頭に入ってこない気がする。


「それで、今回は本物の人柱を使うということか。

 人として、良心が痛まないのか」


そんな彼女の可愛らしいしぐさにも意味がないとばかりに、

ゼノさんが、忌々しそうに唾を床に吐きつけた。


「良心? どうして?

 彼らは有効に使われて喜ぶべきではなくって。

 そのまま奴隷に売られていても、酷い扱いに死んだほうがましだと思うかもしれない。

 それならば、ここで死んだとして楽にしてくれて有難うと感謝されると思ったわ」


えーっと、奴隷ってそんなに酷い扱いなの?

職業奴隷って賃金ももらえるって聞いてたのに。


「今は、そんな風に死んでいくのは稀です。

 殆どの奴隷は生きてさえいれば、いつか自由になれるかもしれない。

 自分たちで自分の命を買い取り自由を手に入れられる。

 お前達はそれを毟り取っているだけだ」


カミーユさんが援護射撃のように、ゼノさんの応援に言葉を重ねる。


そうですよね。ちょっとそれを聞いてほっとしました。


でも彼女は、楽しそうにくすくすと笑い、自身の赤い口元に指を沿わせる。


「それこそ詭弁というものよ。

 奴隷であったということは差別の対象になる。

 奴隷から自由になったとして、職業を選べる? ありえないわ。

 貴方達は差別する側だからそんな甘いことがいえるのよ。

 奴隷は一生奴隷よ。 私達が一生レグドールであるのと同じようにね」


頭がなんだかこんがらがってきました。

レグドールってこの里の人たちだよね。

彼らは、この里に住んでいて奴隷というわけじゃないよね。


でも、彼女は里の人間は奴隷と一緒だと言っているような気がする。


それに、ウィケナさんやお兄さんのディコンさんはレグドールの里の出身だと

言っていたけど、ちょっと見た限りでは、皆が彼らを差別していた記憶はどこにもない。それどころか、大事な友人だとか、信頼できる人間だとか、嬉しそうに言っていた。


「あの、それって気のせいではないですか?

 ある人は言ってましたよ。

 レグドールの人たちが気にするほど、外の人たちは気にしてないって」


ちょっと思っていたことが、ぺろっと口から出た。

だけど、その時の彼女の目の光に、以前に見知った感情の色が一瞬現れて消えた。

そのことに、私は息をひゅっと引き込むようにして飲んだ。


目の前の彼女は、怒りをあらわにして口調がキツクなる。


「ああ、貴方はイグドゥルではないのね。

 では、答えてくれるかしら。

 そんな事をいうレグドールの人間は誰?」


誰って、誰だっけ。

頭ががぼうっとしていて、記憶が旨くまとまりません。


「御免なさい、覚えていません。

 でも、私の周りの人たちは理由も無く差別する人はいません。

 一部の人間だけをみて、そんな風に言わないでください」


彼女は、ちょっと驚いたとばかりに目を見開いた。

だが、すぐにそれは何を考えているかわからない笑みで消える。


「ふうん、なるほどね。

 素敵ね、貴方。 可愛くて素直で真っ直ぐで。

 今すぐ、くびり殺したくなるほど忌々しい目をしている。

 その目を抉り取って、二度と口がきけなくなるように、

 舌を切り取ってしまいましょうか」


彼女の目は怪しげに光りながら、恐ろしげな言葉を告げる。

目を抉って舌を切り取ってって、埴輪作成希望ですか。


「メイ、黙っていてください」


カースに小さな声で叱咤され、

カースとレヴィ船長が私を更に後ろに隠す。


「あら、貴方の名前はメイと言うのね。それなら話は変わるわ。

 ほほほ、名前を知れてよかったわ。

 もうすこしで、八つ裂きにするところだったわ」


目の前の女性は、モナリザのように優しい微笑みでありながら、

どこか有無を言わせない雰囲気を漂わせている。

これが貴婦人の微笑みってものですね。

ですが、言っている言葉は途轍もなく恐ろしい脅し文句。


モナリザといえば、聖母とか優しい女性とかの印象があるのだけど、

漂ってくる雰囲気は、けっして優しそうでない。


そういえば、高校の時の風紀の先生が怒っていませんよといって

にっこり笑っていたのに、背筋がゾクゾクするほどに冷気を感じた。 

いや確実に怒っていると、誰もが確信できるほどに。


この場合は、怒っているんだろうか。

いまいち貼り付けた絵画のような微笑からは推測できない。


「君は、レグドールの長の孫娘か」


ゼノさんが、やや低い声を吐き出すように押し出した。


「あら、私の事ご存知なのね。 嫌ね、有名になったものだわ。

 私の情報はあちこちで散逸させているはずなのに、

 吹聴したのはどこの誰なのかしら。

 困ったものね、後でお仕置きをしなくてはね」


彼女はころころを笑いながら、細くたおやかな腕を腰に当てて

緩やかに体重を左に寄せて立つ。

煤けたような金の長い髪がさらりと背中に流される。

ワンピースのような服が、メリハリのある体の線を浮かび上がらせる。


これは、ポンキュボンの美人さんです。

ちょっとだけ、いいなあ、なんて思ってしまいます。


一度でいいからルパンの不二子ちゃんのようになって見たい。

ちょっとだけ目の前の彼女に憧れを抱いてしまいます。


彼女はちらりと背後に視線を動かし、小さく誰かを呼んだ。

闇の一部がゆらりと揺れて、背中の曲がった小さな男がうっすらと影から姿を現した。

分厚いフードによって顔はさっぱり見えない。


だが、その手には、人の頭ほどの大きさの煙の漂う香炉が持たれていた。


香炉?

もしかしてにおい消しですか、私達あんまり臭いから。


「あれは、駄目です。 吸ってはいけません。

 急いで口を布で覆ってください」


カースの焦った声がした。

手ぬぐいをポケットから出そうとしたのだけど、

なぜか体が重いことに気がついた。


「あら、これをご存じなの?

 貴方達は本当にいろいろと賢いこと。でも、もう遅いわ。 

 貴方達がこの通路に入ったところからこの香は焚かれていたの。

 ほら、わかるかしら? 後は、仕上げだけ」


体だけじゃなくて思考も鈍くなっているようだ。

言われていることは解かるのだけど、

それに対してどうこうしようという意思が全く働かない。


その上、ゆらゆらと振り子のように揺れるその香炉を見つめていたら、

なんだか本当に眠くなってきた。

こんなところで緊張感がないと怒られるかもしれませんが、

瞼が錘をつけたみたいに重いのです。



「あの道を通ってこれるなんて、素晴らしいわ。

 イルドゥクを馬鹿にはできないわね。

 でも、お陰で私は楽に最後の鍵を手に入れられる。 

 貴方達には礼を言わなくてはね」


鍵?


「鍵とはなん、何なんだ」


つかえながら言葉を続けるゼノさんをちらりと見たら、

私よりも体がぐらぐらと揺れている。

私の体も多分揺れているので、その効果2倍でしょう。


「最後の扉がどうしても開かなかったのよ。

 だから仕方なく儀式は外で行う予定だったのだけど。

 これでなんの問題もなくなったわ」


体が重い。

自分の手足、頭、肩、全てに重力が圧し掛かっている。


どさっという音がした。


重い瞼を薄く開けると、カミーユさん、カースが倒れていた。

ゼノさんは、中腰状態で剣を床に差したまま、全身に冷や汗をかいていた。


どうしたのと駆け寄って手を伸ばそうとして、

自分の体がぐにゃりと崩れ落ちるのを感じた。


体に冷たく硬い感触が伝わり、耳の向こうでキーンと小さな甲高い音がした。


私の体に覆いかぶさるように、レヴィ船長の腕が抱きしめる。

腕が、全身がぶるぶると小刻みに震えている。


「メイは、渡さない。彼女に、何を、する、気だ」


途切れ途切れにレヴィ船長の声が耳に届く。


ぐっ、とくぐもるような声がして、背中がふいに軽くなった。


苦しそうな声に、様子をみようと目を開けようとしたが、

瞼がボンドでくっつけたようにさっぱり開かない。



「ふふ、死にゆく貴方達に教えてあげるほど親切ではないわ。

 ニド、解かっているわね。 その子はこちらに。

 他は、儀式を邪魔しないように例の場所へ」


薄れ行く意識の端で、強く掴まれていたレヴィ船長の手が、

乱暴に引きはがされ、冷たい骨ばった手の誰かに、

ひょいと担ぎ上げられた気がした。


お腹に感じる圧迫感が、思考を更に鈍らせる。

段々と頭に血が昇って、耳鳴りが頭痛を凌駕する。


私の手足が宙でゆらゆらと揺れている感覚がした。

それを最後に、ぷつりと意識が切れた。






***********










メイを隔離して、他を決して出てこれない地下牢に繋いだ。


彼らに施した薬は、おそらく祭りが終わった翌日まで消えない。

レグドールの里に伝わる痺れ薬にして眠り薬の強力版である。


その報告を聞いて後、先ほどまでいた部屋にアニエスは戻った。


身代わり人形がある、あの奇妙な廊下のような横長な空間。

里の人間でも忌むべき場所として、誰も近づかない。

だから、あの部屋はアニエスだけの場所だった。

自分以外誰一人として入ってこない。

誰にも邪魔されない、静かな空間。


無事に諸事を片付けて、ふうっと一息をつき、

その場所に唯一置いてある小さな簡易椅子に腰掛けた。


「ねえ、本当にあの子が鍵を開けられるの?」


アニエスは膝に頬杖をつくようにして、暗闇に身を沈めているニドに声を掛けた。

その様子は、先程までの大人びた顔ではなくどこか子供がすねるような顔を見せる。


「はい。潜入していた奴らの部下を締め上げました。

 幼いが優秀な他国の言語学者だそうです。

 あそこまで遺跡の罠を抜けられるのです。

 信憑性はしかるべきかと」


ニドの言葉にあわせて、アニエスの前にバサっと紙が広げられた。

それは、ゼノ達が持っていた遺跡の地図に違いなかった。


「ワグナーの地図ね。

 こんなものがあるから、よからぬ邪魔が入るのよ。

 燃してしまいなさい。

 儀式まであと半日。 準備は進んでいる?」


ワグナーの地図はくるくると丸められ、松明の明かりの中に、

ぽいっと放り投げられた。


黄ばんでごわごわになっている羊皮紙は、あっという間に火が燃え移る。

繊維の一本一本がよれるように、火に縮れて灰になった。


「先ほど、奴隷の配置を終えました。

 学者達の居る部屋も、合図と共に天井を落すように手配してます。

 闇の影はカイミール様の件もあり、今のところ邪魔をする様子はありません」


高くも低くもない抑揚の無い声に注意をあげるわけでもなく、

アニエスはぼうっと宙をみていた。


「そう、あの男が言っていたあの子は?」


「解毒薬を飲ましてありますので、もう直に気づくかと」


その言葉に、さきほどまでの顔とは全く違う苛ついた顔が重なる。


「何故、あの子なのかしら。 

 私にあんな事をいうなんて、八つ裂きにしても飽き足らないのに。

 無事に扉を開けたら、満足するまで痛めつけてもいいかしら」


アニエスは手をぽんと叩き、嬉しそうに提案する。

しかし、ニドは、ゆっくりと首をふった。


「それは、契約を破ることになりましょう。

 貴方の名に置いてなされた約定を違えるとこは正直よろしくないかと」


「あら、私の名前で約定したって、相手が死んでしまえば問題ないでしょう。

 祭りが終われば、全てが変わるのだし」


きゃらきゃらと笑いながら提案する言葉に、ため息を隠しながらニドは言葉を告げた。


「ええ、相手が死んでいればです。

 それには祭りを無事終わらせなければ、それまでは駄目です」


アニエスは背後の埴輪に背を預けながら、嬉しそうに微笑んだ。


「うふふふ。 楽しみだわ。

 あと半日。ねえ、貴方も楽しみよね。一緒に復讐が果たせる。

 覚えているわよね。 私達は一蓮托生。貴方は私を決して裏切れない」


その言葉に、ニドはそっとアニエスの足元に膝をつき、その足の甲にそっと頭を垂れた。


「……はい。 私の忠誠はいかなる時も貴方と共にあります」


そんなニドの頭をアニエスはそっと撫でで、優しく微笑んだ。

ニドは、大人しく頭を垂れながら、ぼそりと呪いのように呟いた。


「……あと半日」



 

すこし修正しました。

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