ジェットコースターの行き先は。
はい?
レ、レヴィ船長、今なんと仰いました?
愛?なんて、耳慣れない言葉が聞こえてきたような無いような。
先ほどの言葉は、願望が生んだ幻覚の一種でしょうか。
びっくりして目を見開いて、レヴィ船長を問いかけるように見上げた私に、
どこか苦しいようなため息が聞こえました。
「……メイが好きだ。」
耳の横で紡がれる言葉と吐息が私の耳をくすぐる。
首をすくめて目を閉じたら、首をくいっと持ち上げられ、
反射的にあいた口に再度、唇が重なった。
私は、息苦しくて酸欠で何も考えられないまま、
ぼうっとした目でレヴィ船長を見あげた。
レヴィ船長の唇が動かない私の表情を追うように、
顔中にキスの雨を降らした。
「メイ、メイ、俺のメイ。 愛している、お前を。」
キスされたとこから、感覚が戻ってくる。
そして、動かない頭が少しずつレヴィ船長の言葉を拾い始めた。
何度も繰り返される愛の言葉。
愛している、その言葉が熱く胸に、じんっと響く。
私とレヴィ船長。
誰が見ても似合わないし、つりあわない。
私もそう思う。
だから好きなだけでよかった。
片思いから脱出なんて考えても見なかった。
でも、レヴィ船長が好きになってくれるなんて、
天地さかさまの逆転ホームランです。
感激しすぎて、自分でも何を考えているのかわかりません。
「メイ、何を考えている。」
レヴィ船長のちょっと不機嫌な声がして、私の上唇を軽く噛んだ。
「あにょ、あっ…。」
言い訳しようとしたら、舌を絡まされて、噛み付くような口付けが襲ってきた。
「今は、俺のことだけ考えてくれ。」
その嬉しい言葉に、じわっと涙が浮き出てきてぼろぼろ涙がこぼれた。
嬉しくて嬉しくて涙が止まらない。
泣きながら、笑顔を浮かべた。
「はい。」
レヴィ船長は、私の涙をゆっくりと指で拭いながら、
頬に、目尻に残った涙を唇でそっと拭っていった。
いきなりの幸福への上昇に、何がなんだかわからない。
だけど、幸福の絶頂って意味が解かった気がした。
歓喜と混乱が渦をまくが、忙しなく落とされる口付けに、
息が苦しくなって、体が震えてきて目の前が白くなってきた。
これは、意識を飛ばす前兆かもしれません。
幸せすぎる夢。
今、ここで死んだら最高に幸せかも。
は、いけません。
死ぬなんて、もったいなさ過ぎる。
でも、私は今、世界で一番の幸せ者です。
数え切れないくらい口付けをした後、ぐいっと体を持ち上げられ体の位置がずれる。
月の光がレヴィ船長と私の顔を両方照らす。
きらきらと光る緑の瞳がじっと食い入るように私の瞳を見ていた。
私の顔がその緑の瞳にくっきりと映っていた。
真っ直ぐに向けられる緑の瞳が、私の瞳を射抜くように見つめていた。
私は、その瞳に吸い寄せられ目が離せなくなり、じっと見つめ返していた。
周りの景色も時間も何もかもが止まったように感じる。
音も色も、周りの空気さえも全てが動いていない。
世界には、私とレヴィ船長しかいないような錯覚を覚える。
この感覚は、以前に確か何処かで……。
頭の中で記憶を手繰り寄せ、思い出そうとしていたら、
レヴィ船長がふっと鮮やかに笑った。
「覚えているか?」
その笑みで一気に思い出した。 あの時と同じだからだ。
私は、目を晒さずに答える。
「初めて出会った時。」
レヴィ船長の目が嬉しそうに輝き、優しく私を抱きしめた。
耳に吐息がかかり、テノールの心地よい声が心地よく響く。
「そうだ。あの時からだ。」
あの時、そう多分私はあの時に、レヴィ船長に恋をしたんだと思う。
ほんの2,3分のことかもしれない。
でも、あの時から、レヴィ船長は私の特別になったんだと思う。
黙って見つめているとレヴィ船長は私の背中をゆっくりと撫でながら、
ぎゅっと抱きしめてきた。
「お前が愛しい。」
そして、首後ろの髪の毛をすっと持ち上げると項にキスをする。
「ん……。」
くすぐったくて、体をちょっと捩る。
だけども、手の動きは止まらない。
何処か甘酸っぱく痛みを感じるような舌と唇の動きに目が回る。
「…あぁ……んっ……くぅん。」
私の呼吸が浅くなり、小さく細く息を漏らし時折自分のものではないような
変な声が耳に残っていく。
「メイ、お前は? 」
掠れて、何かを堪えるような声が私の耳元で懇願する。
その声に押されるように、胸の中で泳いでいた想いがどんどんと満ちてくる。
首を項を、耳をレヴィ船長の柔らかい唇がその輪郭を沿うように進み、
時折、私の呼吸を奪うように口付ける。
私は熱に浮かされるように、無意識に言葉を途切れ途切れに紡ぐ。
「はぁ…、あっ…好き、好き…です。レ、レヴィ船長……うぅん。」
レヴィ船長の手は背中を滑らすように動き、
腰を抱きかかえるように私の体を持ち上げる。
その間に繰り返される甘く痺れる口付け。
私の体からすべての力が抜けて、足元がくらくら揺れる。
レヴィ船長の広い胸にもたれかかるように、前襟を掴んだまま荒い息を吐く。
私は人形のようにくたりとなり、
体の全てをレヴィ船長に預けて大人しく抱かれていた。
感覚が麻痺したような、体が宙に浮いているような不思議な気分。
なんだか、自分がどこに行くのかわからない不安が襲ってきて、
レヴィ船長の背中にそっと手を回して、その熱を手のひらで確かめた。
しばらく私の呼吸が収まるのを待って、レヴィ船長が私をそっと抱き起こした。
指で私の唇をそっと撫でる。
そして、視線は唇から私の瞳に移動する。
目を合わせたまま言葉を紡ぐ。
「メイ、今のお前の気持ちと俺の気持ちでは温度が違う。
解かっている。だから本当なら待つつもりだった。
お前の気持ちが俺に追いついてくるのを。
だが、あんな男に触れられているお前を見て、堪えきれなくなった。」
レヴィ船長の顔が忌々しそうにクシャリと歪んだ。
温度?
よくわからないけど、あんな男というのは多分フィオンさんのことだろう。
フィオンさんに、からかわれていたのが気に障ったということだ。
「御免なさい。レヴィ船長。」
私が不注意なばかりに、大事なレヴィ船長にあんな悔しげな顔をさせてしまった。
本当に大失敗です。
フィオン蚊の吸血行為くらいさっとかわして、
ぱちんと叩いておけばよかったんです。
キンチョールは無いけどハエ叩きで対応するべきでした。
一応、恩人だと思っていたので、遠慮が出たのだと思います。
次が万が一あったなら、きっぱりとした大人の対応をしたいと思います。
下を向いて蚊対策について考えていると、
レヴィ船長の大きな手がそっと私の頬を暖める。
「お前には俺の気持ちを知っておいて欲しい。
メイ、俺はお前が欲しい。お前の人生の全てが。」
頭の中に、レヴィ船長の言葉が何度も何度も反響する。
心臓がばくばくと音を立てて、耳に煩いくらいに太鼓を叩く。
普段無口に近いレヴィ船長からの大判振る舞いのこのお言葉。
これこそ、本当に都合のいい夢のような気がします。
ですが、願望から生まれた夢とはいえ、いき過ぎな気がします。
現実なのでしょうか。
夢かどうか確かめるために、レヴィ船長が触れている側とは反対側の頬を抓った。
「メイ?」
思いっきり抓ったのに、頭が混乱して痛いのか痛くないのかわからない。
どうしようと思っていたら、いつの間にか涙が出てきた。
「レ、レヴィ船長、これは夢ですか? 幻ですか?
私、本当にここに居るんでしょうか。」
レヴィ船長はちょっと苦笑しながら私の抓った頬をそっと撫でて
その上にキスを落とした。
「夢にされては叶わない。」
レヴィ船長の手が、私の服のボタンを一つ二つと外して、
私の胸元をすっと広げると、私の左の胸、どくどくと音を立てている心臓の上に
そっと唇をあてて、きゅっと痛いほど吸い付いた。
痛みを感じて目を瞑っていたら、ゆっくりとレヴィ船長の頭が離れていき、
私の左の胸の上に赤いしるしがくっきりと残った。
「夢でない印だ。」
レヴィ船長がにやりと笑った。
いつものレヴィ船長の顔に、ちょっと瞬きをしてはっと我に返った。
い、今のは、噂に聞くキスマークというものでしょうか。
顔がぼひゅんと赤くなり、体中が瞬間沸騰した。
なんだか目も一気に回ってくる。
ははっと嬉しそうに笑ったレヴィ船長が、私から一歩下がった。
はだけられた服の襟元が風ですうっと冷やされてぶるっと震える。
ボタンをしめようと手を伸ばして目に入ったものに、
自分でも驚くほど驚愕した。
目に入ったもの。
それは、レヴィ船長がつけた赤い印と、首に下げた5色の玉。
頭のなかで、大きな不協和音が何処かで鳴り響いた。
なにかが、がらがらと心の中で崩れ落ちる。
これは、現実だと最悪の形で認識する。
丁度、大きな黒い雲で月が隠れ、辺り一帯が闇に包まれる。
私の顔が段々と青く白くなるのが解かる。
そして、それをレヴィ船長に知られないことに感謝した。
レヴィ船長からの告白は、天地がひっくり返るほど驚いたし、
涙がでて止まらないくらい嬉しかった。
生まれて初めての好きになった人からの告白に、
世界中に感謝したいくらいに幸福を感じていた。
でも、私は……。
宝玉はあと一つ。
もし、この旅で宝玉を持っている人にあったなら、
私は、元の世界に戻ることが出来る……はず。
元の世界。
浮かんでくるのは、懐かしい家族に友達、懐かしい故郷の風景。
今は手が届かない穏やかな風景達。
体が硬直し、小さな震えが襲ってきた。
急に暗闇になったので私が怖くて戸惑ったと思ったのか、
レヴィ船長が私の肩を抱き、そっと胸に引き寄せる。
私は、大きな暖かな胸に震える手を沿わして、その存在を確かめる。
「レ、レヴィ船長。」
私の頭の上から声が返ってくる。
「ああ、ここにいる。大丈夫だ。」
テノールの声が私の耳元で呟き、私の耳に髪の毛をそっとかけた。
元の世界にはレヴィ船長はいない。
泣きたくなるような悲しい現実に、動揺が止められなかった。
大丈夫と言って抱きしめてくれるレヴィ船長の居ない世界に、
私は帰ってしまうのだろうか。
目の前にあったはずの最高の幸福が、
砂上の楼閣のようにさらっと消えていく気がした。
なんだか幸福と不幸のジェットコースターに乗り込んだようだ。
上がったり下がったりを繰り返しているような気がして、気持ちが悪くなる。
レヴィ船長の手がぐっと力を入れて私の肩を抱きしめる。
「どうした、メイ。」
「……ええっと、頭が突然のことで混乱してぐちゃぐちゃに……。」
暗闇の中でだが、レヴィ船長が苦笑しているのがわかった。
「そうだろうな。 すまない。
だが、考えてくれるか。」
私は暗闇の中でこくりと大きく頷いた。
「……はい。」
暗闇の中、レヴィ船長の手に引かれて皆のところに帰った。
暖かな手のぬくもりが嬉しく、そして苦しかった。
迎えてくれたカースやトアルさんのほっとした顔に、
心配させちゃいけないと、ちょっとだけ無理に微笑んだ。
その晩やっぱり寒くなり、がたがたと冷え込む体を焚き火の前で
レヴィ船長とカースに挟まれて眠った。
毛布蓑虫で川の字で寝てぐるぐると考えた。
寝ながら考えるなんて、私の人生初のことだ。
瞼の下に大きな紙を貼り付けるようにして、
考えなきゃいけないことを繰り返す。
考えないといけないこと。
決めなければいけないこと。
それは、私が大きな決断をしないといけないと言う事。
あと一つで宝玉は揃って玉が完成する。
私の世界に返れる。
帰れば、家族が、友人が、安全な世界が待っている。
優しく元気一杯の母の顔。
母よりも若いくせにくたびれたように笑う父の顔。
気心がしれた友人達。
沢山の思い出と懐かしい風景。
私の人生の大半を過ごしてきた大切な場所。
残してきた大きな後悔と過去。
私が決して目を逸らしてはいけないもの。
私が歩いてきた道は平坦ではなかったけど、
真っ直ぐに進んできた道だ。
暖かな春風のような馴染みの心地よさは、胸を潤わす。
帰りたい。
その気持ちに変わりはない。
だけど帰ったら、多分、二度と帰ってはこれない。
つまり、私はレヴィ船長に二度と会えないということ。
絶対に嫌われたくない、大切で大事な人を永遠に失う。
レヴィ船長からの告白、熱い抱擁、痺れる疼き。
人生で初めて、耐え難いほどの幸福がこの世にあることを知った。
この幸福と先に待っている別れが、想像で私を押しつぶす。
背中に大きな荷物を抱えて潰れそうになっている気がする。
帰るのならば、レヴィ船長の告白には応えてはいけない。
レヴィ船長を大切に思うからこそ、私は私から手を離さないといけない。
正論を考えるのならば、そうだ。
だけど、先ほどの告白からどうやら我侭になったようだ。
伸ばされた手を離したくない。
側にずっと居たい。
私の中の天使と悪魔が戦争を始めた。
それに、この世界で得た新しい私の家族。
この世界の兄とも慕うカースや父になってくれたセラン。
この世界で知り合った優しい人を失うということ。
照は私の腕輪に入っているから、多分一緒に居れるけど、
他の人達とは二度と会えない。
でも、家族が元の世界で待っている。
元の世界は私が産まれた見知った世界だ。
その分、馴染みも深いし、愛着もひとしおだ。
それに、ここでは異世界人は私一人だ。
私だけが、違う。だから、戻りたいと思う心は常にあった。
でも、ここに居たい。 レヴィ船長と、皆と離れたくない。
胸が引き裂かれるような痛みをどちらにも覚える。
どうしたらいいんだろう。
私は、どうしたいのだろう。
私の望む未来はどっち?
ぐるぐる悩んでいたけど、気がついたら何かに誘われるように
眠りに落ちていた。
ポケットの中に入れていたお猿から貰ったオレンジの石が、
ブウゥンっとかすかな唸りを上げて振動を始めていた。
人間の耳では決して聞き取れない高い周波数を放つその波動に、
聞きとがめる人間は誰も居なかった。
自分なりに何度も書き直しましたが、
余り甘くなりません。
文章力の無さに涙が出そうです。




